ナルサカの鬼   作:雪宮春夏

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 こんにちは。
 おそらく今月最後の投稿です。雪宮春夏です。
 今回は珍しく一話で終わる予定……いや、これ自体が前振り込みなのか。
 いろいろな人達が動きつつあります。
 どうぞご覧下さい。



five  清十字怪奇探偵団の襲撃

 

 水面下で着々と彼らの準備は進んでいた。

「日曜日には、学校のみんなが来るんだぞー!?」 

 リクオに関わりのある、全てのモノを巻き込みながら。

 

 

 奴良組の幹部格は須く組を率いる頭で構成されている。

 組があるなるば当然構成員が存在しており、その組が掲げる「おそれ」の定義も様々だ。

 有事の際は総大将の元に集い協力する傍ら、平時は総会などの例外を除き、領土から出ずに他の組を交流を持たないという長も珍しくなく、組の長が変わること二代、当然奴良組の内部が嘗てと何一つ変わらないというのは大きな間違いである。

「乱痴気騒ぎはそのような理由か……」

 ぼんやりとそんなことを考えながら、蠟燭一本しかない薄闇に包まれたとある一室で、俺はその場にいる人物からも視認されないようにジッと息を潜めていた。

 小さな一つの蠟燭の明かりを囲んで車座に座っているのは複数人の幹部格。

 俺の後見である、「牛鬼組」組長にして奴良組の中でも数少ない武闘派の筆頭、捩眼山の牛鬼。

 リクオに対して否定的な事で有名な「独眼鬼組」組長の一ツ目入道。

 商業に特化した「おそれ」を掲げる、鴆一派と方向は異なるものの、兵糧系としては同じように後衛支援を主にすると言える、「妖怪商人連合会」会長、算盤坊。

 他の三名は、名前すら知らないがその殆どが総会で見た覚えのある面々であった。

「思いもよらなんだな……」

 塵一つない空気を揺らした最初の一言は誰によるものか、それも分からぬうちに口々にそこにいる者達は口を開いた。

「フン……本家の奴ら、うかれおって……」

「しかしまずいぞ……総大将の孫が覚醒したとすれば……」

 ゆらゆらと揺れる蠟燭の明かりの中である者は顔を歪め、ある者は静かに瞳を閉ざす。

「今のうちに……奴を、消さねばなるまい……」

 

 

「実際、何人が真面目に考えているんだ?」

 あんたのようにと、言葉に出さずとも伝わったのだろう。

 チラリとこちらに目線を転じた牛鬼は何も答えぬまま、会合場所から離れることを優先していた。

「……次の日曜に、リクオ様のご学友が多数、本家を訪れるそうだな」

 脈絡もなく始まったかに見える牛鬼の言葉は、しかしその意図は十分すぎる程に、会話の相手である俺には伝わるものだった。

「巻き込む……つもりなのか」

 批難の混じった問いはしかし、向けられた冷徹な牛鬼の瞳に勢いを失う。

「……数年前、リクオ様は()()()()()()()()()()()()妖怪へと変化し、その事件の下手人であった幹部、ガゴゼを葬った」

 暗にそれと類似する状況を生み出し、試そうとしているのだと、悟らざるおえない。

 それでもしリクオが覚醒しなかったとしても、牛鬼は気にしないのだろう。

 奴良組を愛する男は、奴良組が関わりを持たない人間など眼中にない。

 たとえ跡取り候補であるリクオが大切に思っていようとも、その本人に価値を見いだせない現状では、その付属品など気にする余地もないと言った所か。

(それでも……人を進んで襲わないだけ、奴良組の外側の妖怪とは全然違うんだから……まだマシなんだよな)

 そう己に思い込ませようと努力しながら、俺はこれから否応なく起こるだろう出来事から目をそらした。

「……分かった。旧鼠の奴にはそう伝えておく」

 そのまま俺は逃げるようにその場を離れた。

 

 

 その報いがこれなのかと、思わず天を仰いでしまった俺は、いもしないだろう神様に恨み言を言いたくなった。

 中途半端に開かれた障子はまだ、日の光が差しているからか白い。万全を期して日中も光が入らない西側に部屋を設けてもらい、更に奥へ寝具を敷いていたのは正解だったのだと自覚する。……だが開け放った当人達が悲鳴を上げたのは想定外だったが。

「なんで裸っ!?」

 突っ込みか問いかけかも分かりづらい調子で声を上げたリクオに、俺は溜息をのみこんでどうにか平静を保ちながら言葉を発する。

「リクオ……仮にも個人に当てられた、プライベートな空間で、どういう格好で寝てようが、それはその存在の自由だと俺は思うんだ」

 平静を保とうとはしていた。

 だが、抑えきれない怒りはそのまま、声音となって現れたのかもしれない。

 思わず言葉に詰まったリクオと異なり、表情を変えることなく近づこうとしてきたのはそれと同行していた少女の一人だった。

「すいません。ちょっとお部屋の中、見せて貰えませんでしょうか?」

「ちょっ……花開院さん!?」

 言葉こそは丁寧だが、その様子はズカズカと言うか、ズケズケと言うか、そんな言葉が似合いそうな行動だった。慌ててリクオが押し止めるものの、光の当たらない場所にいる俺がよほど不審に見えるらしい。ジッと俺に注がれる視線はどこかチクチクと音が出そうであった。

 間違いなく不審に思われているのであろう。

 だからといって、俺は日の光に当たることは出来ない以上、彼女達の傍へと行くことは出来ない。

 さてどうするかと、考えていた所でリクオやその少女と共に障子を開け放った中にいた一人が薄暗い中で俺の顔を認めたのか、おんやと声を上げていた。

「奴良君……もしや彼、桐ヶ谷君じゃないかい?」

 発せられた声で俺も、その発言者の正体に気づく。

 数日前、リクオ達が行った旧校舎探検、その発起人の声だ。

 確か名前は、清継といったか。

「え?! ……あぁ、うん。……そう、です」

 薄暗く、広さがあるとはいえ、同じ部屋にいる相手だ。よくよく目を凝らせば顔を判別位は出来るだろうから、下手に否定しても無駄だろう。流石にリクオもその判断は速く下せたのか、最初は挙動不審となりそうだったものの、おとなしく清継とやらの疑問を肯定したようだった。

「いや、だが彼は……」

 あの日のことを思い出した清継が自然と、あの日の俺の立ち位置と、現在地の矛盾を問いかけようとしたところで、流石に限界かと溜息を零した。

「とりあえず、元いた場所に戻ったらどうだ? 話がしたいならこちらから出向く……いい加減、裸のままは恥ずかしいんだが」

 本当に言葉に出して自覚すると、一緒に大事なものを無くしてしまったかのような喪失感を覚えた。

 リクオは悲鳴を上げたが、どちらかといえば悲鳴を上げるべきだったのは俺の方ではないかという疑惑に気づいたのは、そのすぐ後のことである。

 

 一見妖怪屋敷に見える奴良リクオの邸宅で妖怪会議をする、と言うのが今回の彼らの訪問理由だったらしい。

 清十字怪奇探偵団、と言う団体名まで説明した彼、清継はどうかなと、こちらに問いかけてきた。

「是非君も、参加しないかい!? 桐ヶ谷君!!」

「まず俺は、浮世絵中の生徒じゃないんだが」

 その勧誘の判断基準は何なのかと問いかけたくなるほどその勢いは軽い。

 本人曰く、あくまで妖怪探求に積極的であり、信頼出来る相手ならば学区の違い……どころか年齢の違いなど関係無いのだと言う。

 流石に年齢から正規団員は難しいだろうがと続けられた時点で、結構だと断れば、そうかの一言で直ぐさま引き下がったのは好感が持てた。

 諦めの悪い奴等はしつこく言い募るものだ。

 そんな俺達の会話の横ではリクオがもう一人の男子生徒……島君に言い寄られていた。……訂正、問い詰められていた。

「説明しろよ、奴良……何であの及川さんの保護者役だった人がお前の家で寝てんだよぉ……!!」

 その姿は下手な妖怪よりもよほど凶悪なものだったといっておこう。

(……ここで本人も同じ家にいるって言ったら、いや、流石にそれはかわいそうか)

 同行者であり、俺にとっては新顔の少女を大げさに見えるほど怖がっていた雪女を思い浮かべて俺は思いとどまった。

 大げさだと思うのは俺が本物の陰陽師とまともに対敵していないから抱く感覚だろう。

 彼女はあの怯えようから、幼少期に退治されかけたことでもあるのかもしれない。

 己の正義に酔う輩は得てして、手のつけられないことの方が多いのだ。

 そこに実力が伴えば、目も当てられないからこそ始末も悪い。

 そんなことをつらつらと考えていた俺の横で、切り替え自体が早いのか、清継が二人の会話を切り捨てていた。そんなこと呼ばわりで詰問を妨げられた島君には同情するが、下手に掘り返せば雪女とリクオの主従関係を関係のない彼らに説明する必要がある。

 ただの人間と言い張りたいリクオからすれば、血筋で仕えられる関係等隠し通したい所なのだろうが、こんな邸宅に住んでいてただの……平凡な人間と言い張るのは無茶なのではなかろうかと思えてきたのは横に置いておこう。

(世田谷にある明日奈の家よりでかい気がするんだよなぁ……ここ)

 立地の違いやら建てられた年月の違いもあるのだろうが、旧家の家柄だと言うのはご近所からすれば周知の事実なのではなかろうか。

 その上夜な夜な総会などの集まりなどあるのだからリクオ本人がどう思おうが極道として、警察関係者に目をつけられている可能性も、否定できない現実である。

 またもや一人だけ深い思考に沈んでいた俺には構うことなく、彼らの間で妖怪談義は始まっていたらしい。

 先日の人形に宿っていたつくも神とやらはまともな供養をしたのだろうかと、やや脇道よりな考えに走るこちらに気づく事なく、妖怪の理性の無さ、気性の荒さを言い聞かせる少女をぼんやりと眺めた。

 彼女の言うことは何一つ間違いではない。

 妖怪達は基本人間に比べて規則などには縛られないし、大概は自身の持つ巨大な力に溺れ、やりたいようにやると言うのが大半だ。

 まともな頭がいない者達は徒党を組んでもろくなことにはならないし、下手な……人間にとって邪な者が頭となれば、人間にとっては脅威で在り、害悪ともなるだろう。

(そこまで分かっていて、何で近づこうとすることを許容するんだろうな)

 関わらない、近づかない事が一番いいのだ。

 少なくとも巻き込まれない限りは。

 彼女も話す内に自身の力、その使命に酔ってきたのか、どこか熱をはらんだ声でうたうように宿敵を語り出す。

 妖怪の主、ぬらりひょん、そして。

「おう、リクオ。客人かい?」

 続きを遮るように現れた御大に、俺も思わず口を半開きにしてしまった。

「おう、珍しいの~キリト。おめぇが昼間に起きとるなんざ……飴いるかい?」

「いや、その飴は癖が酷いからいいや」

 流れるように会話を始めた御大に、思わずこちらもいつもの調子で答えていた。

 答えてからようやく、今まで締め切られていた部屋に異様な空気……畏れとは違うだろうが、強制的な流れが出来ていたことに気づく。

 故意にか否かは置いておいて、それを目の前の御大がぶった切ったことは間違いないだろう。

 俺以外の面々にも流れるような動作で飴を勧めた御大は好々爺の面を崩さぬまま平凡で完璧な挨拶を済ませていた。

 先ほどまで己の使命に酔いしれていた少女さえ露とも気づかせない徹底ぶりである。

(……凄ぇ)

 百鬼夜行の主と言われる由縁を垣間見た気がした。

 

 

 一度崩れた空気はそう簡単には同じものにはならないらしく、時間と共に弛緩した空気に変わった所でお開きになった。

 最初におかしな気配がすると打ち明けて乗り込んだ少女の奮闘は結局空振りになったようだが、それを責めるものもここにはいない。

 感覚自体は鋭いようなので、出来れば金輪際、この邸宅には来ないことを勧めるが。

 リクオの学友達が帰宅するのと入れ替わるように、雪女が復活した。

 それからまもなくして青田坊と黒田坊が戻ってきたのはタイミングがいいのか、悪いのか。

(いや、良い方か。あの二人がもし鉢合わせしたら、リクオに対する態度とかで文句言いそうだし……)

 下手をしたら、手まで出すかもしれない。

 その情景がありありと思い浮かべられ、自然と苦笑が零れた。

 生存確認を含めた点呼を始める雪女を眺めていると、ふと、聞き覚えのない声と、リクオが話し込んでいるのを見つけた。

 小さな鼠に先導されるまま、駆けていくリクオを見送りながら、見上げた空は既に日が落ちようとしている。

 はくりと、小さく口を開くが、直ぐさま口を閉ざした。

 言うべき言葉がなかったからだ。

 言うべき相手もいないのだけれど。

 

 

 人として生きたいと願った筈なのに、結局は人を犠牲にすることしか出来ない。

 人を傷つけたい訳でもないのに、それ以外の方法はまだ見つかりそうもなかった。

 

 

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