ガンダムビルドダイバーズRe:RISE RTA   作:奇人男

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集いしガバが新たなロスを引き起こす。光差す道となれ!
 


僕達の翼②

 

宇宙で見る星々の輝きの、なんと眩く鮮烈なことだろうか。

地上から見えるものとはまるで別物のように、星達はギラギラと瞬いている。地球と宇宙、分厚い大気の壁を隔てているだけでこれほど違った見え方をするものなのだろうかと、僕は感嘆した。

たとえそれがネットワーク世界に映し出された現実の似姿なのだとしても。

 

GBNに数多ある宇宙ステージのディメンションは広大無辺の無重力空間というだけでなく、こうした一人の人間から見えているだろう宇宙の姿も可能な限り再現しようと試みていると聞いたことがある。

レーダー上では1km以上も離れている隕石や宇宙ゴミ(スペースデブリ)がすぐ近くにあるように見えたり、遠近感が掴みにくい感覚には僕もすごく戸惑った。

今だって、レーダーと速度計に絶えず目配せして僚機(パートナー)の位置確認をしていなければ、すぐにその黄金のガンプラを見失ってしまいそうだった。

 

とはいえ、慣れてきているのも事実だったと思う。

既にユリさんと一緒に2つのミッションをクリアしている。シナンジュを倒したのも束の間、クシャトリヤやドライセンやギラ・ズールといった敵機と立て続けに戦ってみれば、コンソールのステータス表示に気を配るだけの余裕も生まれるし、敵にロックオンされたときの甲高いアラート音にも驚かずに済むようにもなる。

『戦闘モード』のユリさんは、仮に僕がドジったとしても感情的に怒鳴りつけたりは決してしないのだけれど、操縦桿(スティック)を引けとかAMBAC(アンバック)機動をもう少し抑えてやってみろとか背中に目をつけろとか、とにかく鋭く指示を出してくるので、そのたびに頭をはたかれているみたいだった。

 

夜の帳に包まれた地球を眼下に臨み、深い闇に沈むアフリカ大陸の姿を見下ろしながら、僕とヴァルキランダー(モルジアーナ)は次のステージである地球低軌道上――地球連邦政府首相官邸(ラプラス)の残骸へと向かっている。

 

『デブリは目視したらすぐ近づいてくるからね。ぶつからないように気をつけて』

 

先行するフェネクスからの通信が僕の耳朶を打った。

実際、コロニーの残骸が飛散した宙域はかなりデブリが多かった。僕達のガンプラがくぐり抜けられないほどの密度ではないけれど、それでも気を抜いたらデブリに激突してダメージを受けるのは間違いない。

僕は操縦桿(スティック)を握り直して対物センサーを見やり、真空に漂う残骸に接触しないよう慎重を期した。デブリの漂う宇宙(そら)を、赤い竜と黄金の不死鳥が軽やかに泳いでゆく。

 

やがてはるか遠くに目視したと感じたラプラスの残骸は見る見るうちに近づいて、食べかけのドーナツのような破れた円環状の巨大構造物が僕達のすぐ間近に迫ってきた。

2機のガンプラが所定の位置に到着したのと同時に、コックピットのスピーカーがノイズを奏で始める。正確には、ノイズが混じり込みながらも聴衆に向けて朗々と語り訴える、見知らぬ男性の声。

 

“地球と宇宙に住むすべてのみなさん、こんにちは。わたしは地球連邦政府首相、リカルド・マーセナスです。間もなく西暦が終わり、我々は宇宙世紀という未知の世界に踏み出そうとしています――”

 

ステージ演出として流されるラプラスの亡霊の声――連邦政府初代首相の演説をバックに、コンソールに『MISSION START』のシステムメッセージが表示され、レーダーが敵機の出現と接近を報せた。

 

『敵機確認。ギラ・ズールが6、クラーケ・ズールが2! 左右から4機ずつの編隊で来る!』

「僕は右の編隊を受け持ちます。左はお任せします!」

『了解! パルくんなら慌てずにやれば楽勝だよ!』

 

ユリさんの声に背中を押されるまま、フットペダルを踏み込んだ。ヴァルキランダーは敵機へ向けて前進を開始して、コックピットにかかるGが僕の身体をシートに押し付けた。

 

“国家、民族、宗教……これらの壁を取り払い、人類が本当にひとつになるためには、まだまだ多くの試練を乗り越えなければならないことも事実です。しかしいま、我々はスペースコロニーという新しい生活の場を手に入れました。間もなく始まる宇宙世紀とともに移民も本格化し、多くの人が宇宙で暮らすことを当たり前とする時代が来るでしょう。これは人の重さに押しつぶされそうな地球を救うべく、人類が一丸となったことの輝かしい成果です――”

 

宇宙世紀の始まりを告げるリカルド・マーセナス初代首相の演説が、BGMのように無線を騒がせ続けている。宇宙世紀最初の悲劇の舞台で銃火を交わすことの皮肉と露悪は、戦闘開始の高揚感と共に気にもならなくなっていた。

 

 

 

ステージ3『ラプラスの亡霊』をクリアして、僕の撃墜数は7。ミッション評価は初めてAを取得した。

ユリさんはその倍近い数を落としていたけど、それでもミッション評価が目に見えて高くなったのは僕に大きな自信をつけさせてくれた。

撃墜数、命中率、回避率、クリアタイム、残り耐久度。それらすべてはGBNというゲームの客観的なスコアとして示されているものだ。その上、『通常モード』のユリさんは僕をとことん褒めてくれた。

 

「いいよいいよ、敵が見えてる! さっすがパルくん!」

 

「パルくん射撃のセンスあるね! その調子で墜としまくれっ!」

 

「今の回避挙動、最高だっ! NPD(モブ)の攻撃なんざぁ怖くない!」

 

「ミッション評価A! 偉いぞパルくん! 君は選ばれた優良種だぜっ!」

 

そりゃあ確かに、『通常モード』と『戦闘モード』をうまく使い分けられている――もっと言えば飴と鞭だと理解する頭も働いてはいたのだけれど。

徹底的に効率を追求した無駄のない動きで、あっという間に敵機を粉砕していくユリさん。

腕前に劣る初心者が自分の足を引っ張っているなどとはまったく考えず、それどころか成長を喜び手放しで褒めてくれるユリさん。

どちらが本物なのかという問題じゃなく、その両方を併せ持つのがユリさんなんだろう。

 

練習も含めてろくなバトル経験のなかった僕だけど、ユリさんのおかげでバトルにも慣れてきたし自信をつけることもできた。今の僕ならきっとヴァルキランダー(モルジアーナ)に恥じない戦いができる。これなら他のミッションも、いずれは憧れの大規模チーム戦だって……。

 

 

 

そんな風に思っていたのも束の間、僕は次のミッションで容赦なく打ちのめされることになった。

 

 

 

 

 

 

―ミッションエリアに移動します―

 

 

 

システムメッセージが表示されてすぐ、僕達の身体は青い光に包まれた。僕達が次に攻略する、ステージ4『重力の井戸の底で』は地球ステージが舞台だ。トリントン基地に侵攻する巨大MAシャンブロの撃破を目指すミッションで、原作のアニメーションは英語に翻訳されたものを観たことがあった。ユリさんもシナリオの大筋は知っているのか、これまでのミッションもイベントデモを全部スキップしていた。

 

だからというわけではないけれど、ミッション開始地点に転送されたとき、僕にはその場所がどこなのか判然としなかった。

そこは床も天井も明度の低いグレーで、一定の間隔で鉄枠に覆われた施設用照明が点在しているし、作業用と思わしきクレーン等の工作機械や、ビームマシンガンやビームガトリングを懸架したウェポンラックが壁面に固定されていた。

見上げれば、横倒しになってメンテナンスベッドに固定されているヴァルキランダーがいた。コックピット・ハッチへ通じるようにプラットフォームが設えられていて、見た感じはどう見てもMS用のハンガーだ。だけど何故ヴァルキランダーを寝せておく必要があるのかがよくわからない。

内部ではエンジンの唸り声に混じって、ごうごうと暴風を突っ切るような轟音が響いている。多分船の中だろうとまでは理解したけれど、どうしてミッション開始地点がここなのだろう。

 

周囲をキョロキョロと見渡していると、突然けたたましいブザーがハンガーに鳴り響き、僕はビクッと身体を竦ませた。横たわるヴァルキランダーとは反対側の壁がゆっくりと割れていって――いや、壁だと思っていたそれは側面ハッチだった。

 

ハッチが開放された瞬間、流れ込む気流が轟音と共に全身にぶつかってきた。咄嗟に手すりに縋りつき、飛ばされないように蹲る。ハッチが開放されていくにつれて目の前に広がっていく景色は、青く澄み切った空と、右から左へ流れていく雲の奔流だ。そして視線を下に向ければ、街の至るところから黒煙をたなびかせる市街地の光景が見えた。

 

僕は今更になって、ここがシャンブロとの戦いの舞台となったトリントン基地のはるか上空であると悟った。

 

当然、ここは宇宙じゃない。重力がある。上下がある。高低がある。天地がある。

眼下に広がる光景にそれを認識させられた瞬間、僕の意識は過去の記憶の中に引き戻されていた。

 

 

 

雷雲。豪雨。目まぐるしく視界が回転して、ごうごうと乱気流が機体を揺らす。

 

鼻の奥がツンと痛み、鳴り止まない耳鳴りが平衡感覚を狂わせる。

 

自らの意志とは無関係に、僕は落ちて、墜ちていく……。

 

それは無意識の奥底、僕の心の根っこに刻み込まれた、恐怖そのものだった。

さあっと頭から血の気が引いて、臍の下から力が抜けていくのがわかった。腰を抜かして尻餅をついたと思えば、視界のすべては色彩をなくして白と黒と灰色に吞み込まれる。

五感を聾する暴風の中、早鐘を打つ心臓の音だけがうるさいくらいにハッキリと聴こえる。

今にも床から引き剥がされて飛ばされそうな恐怖の中、僕は胎児のように身体を丸めて頭を抱えた。全身の震えと連動するように、声にならない呻きが絶え間なく口から漏れ出ていた。

 

 

 

やがて――とても遠くに、誰かの声が聞こえたような気がした。

 

蝋人形のようにガチガチに固まった身体を恐る恐る身じろぎさせて、焦点の合わない瞳で声のするほうを見ると、すぐ間近に合成繊維の厚ぼったい生地が見えた。それを着ている人を僕は一人しか知らない。

それが幻でないと確かめるみたいに、僕は何度も瞬きをした。幸いなことに、僕に呼びかけるその声の主は確かにそこにいてくれた。

 

「パルくん、大丈夫!? 気をしっかり持って! パルくん!」

「……ユリ、さん……?」

 

ユリさんの顔がハッキリと見えたとき――僕自身わからないうちに、目の縁から涙が吹き零れた。

それは不安と恐怖でパニックになっていたためか、それともパニックの渦中にいてなおユリさんがいてくれたからだろうか。どちらにせよ、ユリさんの顔が見られて心底からホッとした気持ちになったのも事実だった。

嬉しいやらありがたいやら恥ずかしいやら情けないやら、頬に流れ落ちる雫を拭って、俯いて洟を啜る音を聞かれませんようにと願った。

 

動悸が収まってくるにつれて、周りを見る余裕も少しずつ戻ってくる。完全に開放されていた側面ハッチはいつの間にか閉じられていた。ユリさんが出入口近くの操作盤でハッチを閉めてくれたんだろう。気流を切り裂く轟音は相変わらず鋼鉄の壁を隔てた先から聞こえていたけれど、重く閉ざされたハッチはここが上空を水平飛行する船の中だという事実からわずかにでも目を背けさせてくれた。

 

「パルくん。ごめんね」

 

僕の背中をさすりながら、ユリさんがぽつりと言った。

 

「このミッション、最初にガランシェールから降下するってことを伝えなかった私のせい」

「そんな、ユリさんのせいじゃ……」

「高い所が苦手だったんだね。君がこんなになっちゃうなんて知らなかった。宇宙ステージじゃ上手く飛んでたし……本当にごめん」

「違っ……違います、ユリさんは悪くありません。僕が……!」

 

僕が弱いから。僕が飛べないから。僕が足手まといだから。

自分を否定する言葉が胸の底から止め処なく湧き上がってくる。身についたと思った自信なんてとうに消えてなくなっていた。悔しくて、情けなくて、やるせない気持ちが胃の腑をぎゅうっと突き上げてくるようだった。拭う端から涙が頬を伝って、床に落ちて弾けた。

僕は塞がりかけた喉から、「もういい」と掠れた声を絞り出した。

 

「もう、もういいです。僕を置いて行ってください。一緒にいたって、足を引っ張るだけですから……」

 

それはお別れのつもりで口にした言葉だった。やっぱり僕には乗り越えることはできないんだ、ヴァルキランダー(モルジアーナ)と一緒に飛ぶことはできないんだという絶望が口にさせた言葉だった。

もう頑張っても仕方ない、もう何もしたくない、何をしたって無駄だってわかってる。僕はユリさんみたいになれない。地球の重力に囚われて、地表に満ちる大気の底で溺れるだけだ。

 

「……どうしても無理だって言うなら、ここで待っててもいいよ。どうせ私一人でもミッションはクリアできる。パルくんが居ようが居まいが、ね」

 

立ち上がり、突き放すように応じたユリさんの声がひどく遠くに聞こえる。惨めさに押し潰されそうで、ぎゅっと両手を握り締めて背中を丸めた。

 

「君が抱えているものは、今すぐにどうにかなるようなものじゃないと思う。私としても無理強いするつもりもないよ。これは遊び(ゲーム)だから。でも……君はここで終わるような奴でもない」

 

けれど、ユリさんが僕に投げかけたのは想像外の言葉だった。反射的に顔を上げてユリさんの顔を視界に入れると、『戦闘モード』のユリさんの、鋭く真摯な瞳が僕を見下ろしていた。

 

「そうやって震えて蹲っていても、君は全然納得なんかしてない。今も強くなりたいって思ってもがいてる。君が泣いてるのは自分を哀れんでるからじゃない、それは弱い自分に負けたくないっていう悔し涙だ。理想どおりの自分になりたくて苦しんでる人間が流す涙だ。……だから、私は君に期待してる」

 

僕の返事を待たずに、ユリさんは踵を返して歩き出した。きっと船内通路を挟んで反対側のハンガーには固定具に繋ぎ止められたフェネクスがいるのだろう。

通路の戸口に立ったユリさんは、立ち止まってメンテナンスベッドに横たわるヴァルキランダーを見る。赤い竜と不死鳥の操手の視線がほんの数秒間だけ絡み合い、やがて彼女は確信めいた感情を込めてこう言った。

 

「君が勇気を持って一歩踏み出せる男だって、誰よりも信じて待ってる。パルくんのガンプラ(相棒)は」

 

それだけ言い残すと、ユリさんは通路の向こう側へと消えていった。

 

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