結局、あの夜、チカが見た光景は、ユークがキリエに零戦三二型の操縦方法について教えていたのであった。笑い声が響く。でもその笑い声は、何かが違う感じ。でも、なんだか、期待外れのようでチカはなんとも言えない気持ちでいた。
「本の読み過ぎなのかな・・・心臓がどきどきしちゃってる、キリエ・・・。」
ケイトとチカが護衛任務に携わってくれたおかげか、空賊の襲来数が少しずつではあるが減ってきた。やはり、コトブキ飛行隊とは恐れられる存在なのであろう。また、シマヒロ特別飛行隊隊員とも打ち解けはじめている。カレーライスとハンブルクサンドについて、熱く語る隊員がおり、チカとケイトでよく一緒にご飯に行っている。また、ケイトは、飛行隊員に空戦機動を伝授し、チカはいろいろな本を隊員に勧めてくれる。
「ケイトもチカも、もう皆さんと打ち解けてますわ。皆さんが本当に優しい方でこちらとしても助かりますわ。」
エンマがカトウに言う。
「ガハハハッ!!いやぁコトブキ飛行隊の皆さんがいろんなことを教えてくださるからこちらとしても助かるんだぜ。・・・それにこんな温かい空気というか、和やかな空気は、あんたらが来てくれたおかげで生まれた。独り身の俺でも、任務が終われば楽しく感じるぜ。」
「まぁ!私たちがそんな雰囲気を作り出していたとは。なんだか光栄に思えますわ。」
エンマが微笑む。
ある夜、キリエはチカ、エンマ、ケイトたちと簡単な隼の整備をしていた。すると、チカがいきなりキリエに詰め寄る。
「ねぇ、キリエ、最近パンケーキ以外に好きなものできたでしょ」
「どうしたのー、チカ」
「ユークさんといつも一緒だからねー!パンケーキ食べてる時みたいにニコニコしちゃって!二人が編隊組んだらもっとお似合いだよっ」
キリエは顔を真っ赤にする。
「・・・!たまたま!孤児院が一緒で・・・いつも一緒なわけないじゃん!!私はコトブキのみんなとしか一緒に飛ばないし!!まっ!チカだっていつもアキさんとイシくんと一緒じゃん!」
真顔でケイトが二人に割って入る。
「ケイトの予想だが、チカはキリエに、キリエがユークのことをとても大切に思っている、好意を持っているということを言いたいのだとケイトは思う。」
「なんでケイト分かるのー?」
「チカが貸してくれた小説を読んでみた。常に男女が一緒にいれば、それは恋愛という非常に近接的で密着した対人関係を指す。また、特殊な心理状態とも言える。これは、生物の本能における、子孫を残すための種の・・・」
「もう結構でございますわ。仰りたいことは分かりましたわ、ケイト。つまり、キリエはユークさんのことが好きですのね!!」
キリエは頭の中が訳わからなくなっていた。だが、答えらしい答えを出した。
「・・・好きなの・・・かな?・・・多分。」
「ヒューっヒューっ!キリエに彼氏ができちゃった!マロちゃんがパンケーキ食べる勢い!」
「うっさい!!バカチ!!!!!」
チカはキリエと空中戦に入る。
「まあ!恋愛って素晴らしいものですわ。尊さに満ちた世界ですものね。私も磨きをかけますわ。憧れてしまいますわ。」
「恋愛なる心理状態は実に興味深い。」
その夜、キリエが自分の部屋へ戻ろうとした時、廊下にシンヤがいた。煙草を吸っている。
「あれ?シンヤさん?どうしたの、こんなところで」
シンヤが神妙な面持ちでキリエに向かう。そして、
「キリエさん・・・あいつのことが好きなんだろう。」
今日一日でこうも冷やかされては溜まったものではない、ムッとしたが、
「悪気はねえ。ただ、あいつとあんたの笑顔を見ていたら昔の俺を思い出しちまってな。あいつも、あんたも空を飛ぶ身・・・。命の危険は十分ある。あんたは、困難な状況を潜り抜けてきた。あいつも同じ・・・。だが、その状況がいつまで続くか分からない・・・・・・・。」
そう言い残し、シンヤは去っていた。
ポカーンとしていたキリエだったが、心に尋ねても分からない。
(なんて言ったらいいか・・・分かんないよ・・・)
翌日、飛行隊内に衝撃が走ってしまう。どうやら、空賊の中に、ユーハングのエースパイロットにも匹敵する技量を持つ用心棒が加わったという噂がたった。その名は「狼のリュウ」、イジツでは珍しい、ユーハングの世界においてユーハングと敵対していた勢力の機体である、F6Fを使っているようである。12.7mm6挺がつくるその火力、圧倒的な馬力を有するエンジン、その頑丈さ…などユーハング戦闘機、紫電改にあたるような飛行機であった。
「狼のリュウ…だとっ!」
シンヤが声を荒げる。言うまでもない、この用心棒こそ、シンヤが追いかけていた相手である。飛行隊に入って以来に聞いた名だった。
「シンヤ!落ち着きなさいよ!!みんなあなたのことは分かってる。連携が乱れれば、奴はそこに喰らいつく。それこそ…狼のように」
ミホが宥める。
飛行隊長とカトウが、次の物資輸送任務では、大規模な護衛任務になることを伝えた。
キリエは、相変わらず、自分の心情をユークに伝えることができずにいた。そうこうしているうちに、時間が過ぎる。チカやエンマからも何か言われてしまっている。
「はあ~何とかしたいよ」
3日後、輸送船を使った物資輸送が始まった。アレシマの飛行場には、輸送機・爆撃機の操縦者しか残っていない。コトブキ飛行隊は一式戦1型、シマヒロ特別飛行隊は、主に一式戦2型に零戦二一型・三二型、五二型、2機ほど五式戦を含み、隊長は紫電に乗っている。中間地点に差し掛かった時、飛行船のレーダーが大規模な編隊をとらえた。
「10時方向より機影多数!三式戦に四式戦、零戦五二型、……例のF6Fもいるぞ!狼のリュウだ!!回避しろっ!!!」
「俺からはぐれんなよっ!!疾風とF6Fに気をつけろっ!」
隊長とカトウの声が無線に響く。隊長は目がかなりいい。ザラといい勝負かもしれない。敵機が勢いよく突っ込んでくる。
「うわっ!こっちくんな!!」
チカに疾風2機が突っ込んでくる。すぐさま燕返しをする。防弾が施されている疾風には12.7mmでは煙しか出せない。五式戦にのっていたシマヒロ飛行隊機が20mmを浴びせると、爆発して墜落していった。
「うぉぉーーーー!!」
零戦二一型に乗ったミホと他に数機が敵機とシザーズを繰り広げる。そしてエンマが射撃を加える。三式戦は多数落とせたかもしれない。空は黒煙、炎、射撃音、エンジン音に満ちた世界へと変貌した。だが、四式戦や零戦五二型、狼のリュウが乗るF6Fも残っている。
「おいおいおい!今日は敵さんが宴でもすんのかい?この数はあんまりだぜっ!」
カトウは驚きながら後ろについていた零戦五二型を、バレルロールを使って後方を取り返し、7.7mmを思いっきり主翼に叩き込んだ。そして20mmを数発放つ。カトウは零戦二一型に乗っているため、五二型には分が悪いもののなんとか撃墜した。敵を五分の二ほど撃墜しただろうか。こちらにも被害はあるが、何とか耐えきっている。コトブキ飛行隊とシマヒロ飛行隊との連携もうまくいっている。また、敵の構成勢力も判明した。カミナシ組にオニシマ団、そして自由博愛連合の機体も飛んでいたのである。自由博愛連合の幹部が、イサオがいなくなったあと、理想とする世界を目指そうと、イサオの後継者を自称し、空賊ともつるんで「クニ」なるものを作ろうとしている、という噂がある。
「ちょっと!あのマーク!!自由何とかじゃん!!」
「自由博愛連合ですわ。キリエ!」
エンマがキリエに伝える。さらにケイトが付け加える。
「恐らく、ケイトたちコトブキ飛行隊の存在により、私たちを攻撃するいい機会とも言える。」
「まだ居ましたの?あのクソ忌々しいダニども・・・!また地獄を見せてあげますわ!!!」
「この1番槍のチカ様が相手だっ」
「チカ!後ろ頼んだ!!」
「ユークたちもついてきてっ!!」
キリエたちが戦闘を始める。シンヤ、ユークも続く。
「5時方向より疾風とF6F!」
曳光弾が機体を掠める。味方からの無線が鳴り響く。
「おい、カイがやられたぞ!」「ヤマモトもだ!!あれが狼のリュウ・・・」
ユーハング機のエンジンとはまた異なった重低音を鳴らし、12.7mmを物凄い勢いで発射する。防弾装備が不十分なユーハング機はすぐに炎上してしまう。
「畜生!!うっ!!」
カトウが疾風から撃たれている。燃料が噴出し、エンジンやコクピットにも被弾した。
「副隊長さん?カトウさん!?」
「カトウ!!」
エンマとシンヤが叫ぶ。
カトウが零戦から落下傘降下し、少ししてから、彼の二一型は爆散した。その後、シンヤが零戦五二型を落とし、残りの敵機は疾風とF6Fとなった。上方より突っ込んでくる。
「ミホ!上だ!!」
ロールをして、一瞬のところで一撃離脱を交わす。
狼のリュウはシンヤが乗る零戦五二型に食らいついた。シンヤのもとにキリエ、ユークが向かう。4人は戦闘空域から離れていった。数機の疾風も向かう。
「キリエ!どこ行くんだよ!!」
「チカ!ここのダニ共を叩いてからシンヤさんを助けに向かいますわよ!!」
「チカ、エンマ、上から疾風が接近」
エンマたちとシマヒロ飛行隊機で集中攻撃を浴びせる。
キリエ、ユークは狼のリュウを追いかけるも、疾風に行く手を阻まれる。
「ユーク!後ろ任せたよ!!」
「分かった。」
低空に誘い込み、ドッグファイトに誘う。幸いにも、ユークが20mmを当てていたため、機動性が落ちており、すかさずキリエがとどめを刺した。
残りの疾風が逃げていく。
「あっ!!逃げんな!!!」
「キリエ、シンヤが・・・」
シンヤのもとへ向かう。すると、シンヤが旋回しながらF6Fに追いかけられていた。シンヤはだいぶ煙を吐いている。
「シンヤ!!」
するとシンヤがいきなり上昇を始めた。
「何してんの!?」
だが、ループ頂点でスーッと失速し、クッとF6Fの後ろをとった。
「あれは、捻りこみだ・・・一部のパイロットしか使えねえ。」
ユークがつぶやく。
シンヤが20mmをF6Fに浴びせた、主翼に命中し、錐揉みとなって落ちていった。だが、損傷の激しさか、シンヤの機体もみるみるうちに高度を落としていく。ユークが近づく、すると、シンヤがユークに伝える。
「奴はもう俺が叩き落した。空賊の奴らももう襲ってこないだろう・・・やりたいことを・・・成し遂げれた・・今度は・・・お前がっ・・・。」
シンヤから声が聞こえなくなった。
「シンヤさん!シンヤさん!!」
「ちょっと!シンヤさん!?」
ユークとキリエが呼びかけるも、応答が無く、零戦五二型は荒野の地表に落ちていった。
任務の後、キリエたちが帰還すると、エンマたちと、飛行隊隊長、カトウにミホが生還していた。しかし、6機ほどまだ帰ってこれてない。低気圧も近づいているため、捜索は明日へと持ち越しになった。あの空中戦の中、今のところ、死傷者は味方には出ておらず、また、狼のリュウを落としたことで、少なくとも、カミナシ組とオニシマ団の活動は今後抑えられることが予想された。あと少しで、派遣任務から2ヶ月が経とうとしている。短期間だが、レオナとザラも加わる。空賊に自由博愛連合がいることで、もっと厄介な話になってくる。1番の狙いは私たちコトブキ飛行隊なのかもしれない。飛行隊長やカトウにミホ、それにエンマとケイトは、捜索の手順について話し合っていた。そのほかの隊員は明日の捜索任務のため、早めに就寝した。チカも寝たに違いない。キリエも何だか疲れを感じている。
キリエは自分の部屋へ戻ろうとした。格納庫のほうを見ると明かりがついている。入ってみるとユークがいた。自分の三二型の前で蹲っている。
「シンヤさん……!」
キリエが駆け寄る。
「ユーク…大丈夫だよっ!シンヤさんは12.7mm食らっても生きてたし…」
ユークが涙を流しながらキリエの顔を見る、そして
「…キリエ、伝えたいことがある」
真剣な顔でキリエを見つめる。
「俺…キリエのこと……好きだ…」
生涯初めての告白をされたキリエ。困惑した。なぜこの場なんだ。自分の中でもや答えが見つかり、口にした。
「私も…だよっ?」
ユークがキリエに抱きついて来た。キリエも自然と抱き返す。抵抗しようと思う意志が全くなかった。
「俺、今まで一人で生きてきたから…人の温かみなんて分からなかった…でも、シンヤさんが俺を気にかけてくれ…キリエが…俺を暖かくしてくれた」
ふと、マリアとアンナが渡してくれたお守りを思い出す。いいことが起きるって、このことなのかもしれない…。ユークとは単に孤児院が一緒という関係だった。でも彼と一緒にいれば、私もなんだか楽しかった気がする。コトブキのみんなと一緒にいる時とは違う感じがしたのだ。キリエの心も身体も熱くなってくる。もう、この身を彼に委ねてもいいのだろうか。
「ユーク、三二型の操縦……教えてくれるかな…?」
そして、私とユークは人生で初めての体験をした。もう彼のことばかり考えてしまう。熱くなってきたので服を脱ぐ。着痩せするんだ、と周りに言い聞かせた私の身体とユークの身体が絡み合う。こんな身体でいいのだろうか。私も本能からか、必死に身体を揺らす。ユークも汗ばんでいる。何回も口付けを交わし、2人で見たこともない世界に入っていく。名前を呼び合う。私はレオナやザラみたいな、大人の女性としての魅力は無いものだと思っていた。でも今、私は新しい自分というのを見つけたのかもしれない。
行為を終えた後、私とユークは互いに放心状態となっていた。はじめての世界、を互いに知ってしまったのだ。もう戻れない…私はどうなってしまうのだろう…。この時になって、頭の中にコトブキ飛行隊、マダムたちの姿が浮かんでくる。コトブキのみんなともいて、今の私ができている。私はコトブキのみんなの事も好きなんだ…。キリエとユークはそのまま一緒に寝てしまった。外で雨が降る音を聞きながら…。朝になり、格納庫が開く音で、2人とも慌てて起きたのは言うまでもない。だがこの夜の出来事を覗き見し、また、新しい世界を知った人がもう1人いる…。恋愛とはこれほどまでも激しい世界、情熱の炎に駆られ、互いに求め合う…なんて刺激の強いことが本に書いてあった気がする。