マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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パート- 紅、朱に交われば

 

 それはある意味で信頼であり、憎しみであった。

 

「……結菜」

「帆秋……ッ!」

 

 ()()()()()()、帆秋くれはが立っていた。

 彼女は私を視認すると前に出てくる。手には凝った装飾のカトラスが握られていて、準備は整っているようだ。

 

 必ず、ここで出会うと思っていた。

 荒れ果て崩壊したビルを背に立つその姿を何度思い描いたことか、この金棒で殴り飛ばす日を待ったことか。それが遂に来たのだ。

 

 互いにそれ以上の言葉はない。冗長な口上も、長ったらしい恨み言も、わかりきった結末に辿り着くだけの添え物でしかないのだから。彼女だって、今さら説得しに来たわけじゃないでしょう。

 

 容赦などしない。

 ここに来るまでに相手をしてきたヤツらのように、初手で潰す。

 

「『対象変更』!」

 

 変更したのは攻撃先。この金棒はなにを攻撃しても帆秋へと痛恨の一撃を叩き出す必殺の武器と化した。帆秋の速度は知っている。どれだけ速くとも関係ない。必ず、その身を砕く。

 

「はぁッ!」

 

 カトラスを構えて近づいてくる瞬間に全力で地面を叩いた。コンクリートを砕く音と帆秋の悲鳴が重なる――はずなのに。

 

「ぐ――ッ!?」

 

 あの時の意趣返しのごとく、加速の付いた蹴りを受けた。地面に振り下ろした大きな隙を狙われては避けることもできず、あろうことか直撃。追撃を避けるために咄嗟に後ろに跳べたのは経験の産物でしかない。

 

 私が魔法を間違えた? いいえ、そんなわけがない。もう何度も使ったこの魔法の発動を見落とすわけがない。穢れが増えた感覚が確かにあって、手ごたえだってあった。

 

 ならば帆秋が一撃を耐えたか。それも違う。

 あいつは、その真顔のままだ。

 

「いったいなにを……」

「あなたの魔法、対象を変えるんだって観鳥が言っていたのよ。おかげでなんとなくわかった。だから、止めた」

 

 止めた?

 そんな呆けた言葉が口から洩れた。

 

 そんなわけがない。帆秋くれはの固有魔法は物を止める『停止』だと調べが出ている。その魔法でどうやって、なにを、止めている。

 むしろこの感覚は"打ち消し"に近い。攻撃対象を帆秋に変更したはずが解除されている。

 

 私がもう少し平常心を保っていたら思考を回転させて、この違和感を追求していたに違いない。一度他のメンバーと合流して、絶対の効果を持つ『対象変更』を打ち消せたトリックについて検証を試みることもありえた。

 

 しかし、ここは決戦の場であり、私はキモチの石を4つ持っているリーダーだ。

 目の前にいるのはあの帆秋くれはで、背を向けるなどありえない。

 

 なによりも、その行為こそが私の憤怒をより赤く燃え上がらせた。

 

「今の、カトラスを振っていたら勝ちだったでしょぅ……?」

 

 首でもソウルジェムでもいい。隙だらけの姿に振るうのはいとも容易いことで、警戒されていない初手にこそ輝くもの。それをしないということは、手加減された――もっと言うならば、生かされた。

 

「なにか勘違いしてるみたいだけど、私は殺しに来たわけじゃない」

「黙れッ!」

 

 ふざけるな。そんな甘い言葉が許されるか。

 なら、この街は――!

 

「故意じゃなくても、姉さんを殺したあなたを憎まないわけじゃない。もしも観鳥が死んでいたら、この感情はもっと突き刺さるぐらいに燃えていたはず……」

「なおさらよぉ……! 姉はあなたを置いて行った! 私が殺した! それに違いはないッ!」

「だからよ。姉さんが助けたあなたも、二木市に遺した想いも、犠牲を出したくない気持ちも……! 私が魔法少女だから同じなのよッ!」

 

 意味の通らない論理だ。魔法少女がなんの意味を持つのか理解する気も起きない。

 されど、叫ぶ声と姿が、先輩と並んで話すあの人が思い浮かぶようでグラつかせる。姉妹とはいえここまで似るものかと、義理とは姉妹の契りを結んだ今だからこそ強く困惑を抱かせた。

 

 環いろはと同じだ。

 そうやって綺麗ごとを並べたところで、力がなければ満たすことなどできない。

 

「あなたに! 鬼になるしかなかった私の気持ちなんてわかるはずが!」

 

 金棒を強く握り、小細工もなにもない接近戦に持ち込む。

 まだ『対象変更』を止められただけ。ただ、それだけなのだから……! 

 

「ええ、わからないわよ! だけど誰にも殺して欲しくない! 死んで欲しくないの! 私は、ずっとそれを願ってる!」

「だからなに! なら降伏して争いを終わらせたら!?」

「なんと言われようが――!」

 

 まただ。

 また、同じ景色が見えた。

 

 先輩なら、その意見をどうした。

 帆秋の姉は――るいは、どうした。

 

 私は今、誰かのために動いている。

 されど、平和的な解決からは程遠いと自分でもわかっている。

 

 力での解決は必ず軋轢を生む。 

 私は願いによって父母会の心を捻じ曲げて選挙制度を変えさせた。だからといって根本的な解決ができたわけじゃない。事あるごとに生徒会に横やりを入れてきて、先輩の言葉がなければ今後の後輩たちにも続いただろう。

 樹里だってそう。一時は力で屈服させて配下につけたものの、それが後の出来事の一因になったこともある。

 

 だからこそ、最後まで責任を取らないといけない。

 なのに、なのに……先輩がいないと、私は。

 

「くれはさん!」

「結菜さん!」

 

 遠く、別方向から名前を呼ぶ声が聞こえる。

 片方は環いろはで、もう片方はひかる。それぞれ怪我をしていて、ツラそうな顔をしながらもこちらに走って来ていた。

 

「こっちは大丈夫、です……! キモチを持ってるのは結菜さんだけですから、後は!」

「作戦通り誘導しようとしたんすが、和泉をリーダーとした援軍が来て中央突破されたっす……!」

「ちぃ……ッ!」

 

 してやられた。神浜の守りを捨てて、すべてを二木市に向けてきている。

 血の惨劇で残った者たちは強くとも数は絶対の差。今度は逆に向こうに地の利があり、こちらの戦力を割いて攻めたところで返り討ちにされるのを読まれていた。

 

(こうなった以上、あの手を使えるのは今しかないっす……)

(……そうねぇ)

 

 意識はテレパシーに回して、視線は帆秋の後ろの廃ビルに向けた。

 

 この策は本来、神浜マギアユニオンと時女一族を一網打尽にするために用意したものだ。

 彼女たちを追い立てて、いまだ解体工事のされていない脆い廃ビルの前に誘い込み、一斉攻撃でビルを崩す。その大質量の瓦礫で潰し、ソウルジェムが割れればいい。割れなくても、瀕死で動けなくなったところを殺す。そういった作戦だ。

 

 しかし、それはこちらが優勢の時にできること。逆に追い立てられれば、全員の意思を合わせてこの場所に連れてくることは難しい。

 

 ――ただ、帆秋だけは餌食にできる。

 

(……行ってくるっす)

 

 私の無言を承認と受け取ったひかるが、この場から晴れていく。

 作戦のために周辺に待機させていた子たちと合流して崩すのだろう。

 

 ……私がこのまま引きつけて、通せば、勝ち。

 回復する前に追撃すればいい。なにも躊躇う必要はない。どんな手を使おうが、ここで勝てばいい。だから行かせたのでしょう。

 

「いい加減にぃ、終わりなさぁいッ!」

「あなたこそ……っ! これじゃなにも終わらないのよッ!」

 

 金棒を振るう。振るう。振るう。

 対して、カトラスの攻撃は以前が嘘のように致命的な一撃を避けている。それがいっそう心を惑わせる。

 

「ぐ、あ……!」

 

 遂には、金棒の薙ぎ払いが帆秋の片腕を直撃した。もはやひしゃげて使い物にならないだろう。

 だというのに、()()()()()()()()()()()()、近づいた私の手首を強く掴んだ。

 

「結菜……ッ!」

「っ……」

 

 語気や声質は違えども、同じだった。

 話した時間はそう長くなくとも、先輩と同じ目をしたあの人と。

 

 私は忘れていたのだろうか。もう二度と、あんな悲劇を起こさせないと誓ったことを。

 そんなわけがない。今でも瞼を閉じれば血の惨劇が浮かぶ。憎しみの声が聞こえる。

 

 復讐の憎悪。

 引き摺られる仲間。

 ただ、流される者。

 

 ……どうして、リーダーをやっているのか。

 

 私と私がせめぎ合い、無間の穴に落ちたようにいつまでも答えへとたどり着かない。

 決別したい過去が目の前に来て全身を揺さぶり、復讐の声にノイズをかける。

 

 憎まず、嫉まず、利己的にならず、なによりも誰かのためであり、世の平和と安寧を願い続ける。

 

 私はそれを棄てて、良かったのか。

 先輩の遺志を受け継がず、すべての責任を取るなど――

 

(結菜さん!)

 

 ひかるの合図で意識が浮かび上がった。

 何度もこの動きは練習した。反射的に探った魔力反応は斜め後ろの指定の退避位置。間違いない。あと数秒でビルが崩れる。

 

 猛攻により帆秋は既に倒壊の範囲内に押し込んでいる。もはや、勝負は決した。

 パラパラと零れ落ちる建築材と異常な振動を身体に感じ、倒壊が起きる。

 

 環いろはが走る。遠くから水流や流れて矢が飛んでくる。

 されど大質量の前には届かず、ひときわ大きな瓦礫が落下して、やはり、血が溢れ出た。

 

「あ……そんな、くれはさん――!」

 

 悲鳴が聞こえた。

 信じられないという声にならない恐怖が、耳に届いた。

 

「なんで……」

 

 

 

 

 

「なんでっすか……」

 

 

 

 

 

「なんで、()()()()()()()()んすか……ッ!」

 

 

 

 ……ああ。

 

 なんで、かしらねぇ。

 

 背に伸し掛かる瓦礫が重い。私の下にできた僅かな空間に帆秋はいて、驚愕の表情を向けていた。

 問われても、自分がしたことなのにその理由がわからない。確実に殺すことのできるチャンスだったというのにこんな手段に出てしまった。

 

「あなたのその表情が見たかったのかしらぁ……」

「言ってる場合じゃないでしょう……!?」

 

 私の口から溢れる血を見て言ったのでしょうけど、『対象変更』で衝撃は逃している。数が多かったからいくつかはそのまま受けたけど致命傷じゃない。

 

 だけど、瓦礫をどかしたら立つ気力を失って、仰向けに倒れた。

 建築物がなくなってよく見える、いつもと変わらない夜空を素直に綺麗だと思えた。

 

 もう話す力もない。ソウルジェムが無事なのだから死にはしない。忌々しいことに魔女化だってさせてくれないことだろう。ただ、疲れただけだ。私に残った原動力が元の位置に戻って途端に動けなくなってしまった。

 

「……もしも、他の出会いなら――」

 

 だから、普段は考えるはずもない夢を想った。

 少しだけ、なにかがズレていたら、どうなっていたのかを。

 

 先輩も、るいも。誰も死なずに今を迎えられていたら、私と帆秋はどんな関係でいたのだろう。同じように導かれ共に遊んだのか。ショッピング、遊園地、動物園……僅かな嫉妬心を抱きつつも、仲良くいられたのかもしれない。どろどろと粘りつき、憎たらしいほどにこびりついた感情が、きっと真鍮のように光り輝いていたのだ。

 そう――血で霞む視界に見える帆秋の手さえも、握り返す可能性があったはず。

 

 でも、夢は夢。

 そんな未来はもうない。

 

 掴むな。

 憐れむな。

 私は敵であり、あなたの復讐相手。それは変わらず、戻れないのだから。

 

 されど、私が今まで受けてきた恩を少しは返せたのだろうか。

 同じように庇い、誰を助けることを思っていたのが、気の迷いではなく本心なのだとしたら、まだ私は……。

 

「こんなことを願うなんてねぇ……」

 

 ――ああ、結局、私も狂っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諦め気づいたその瞬間、心に巣くうキモチが暴れ始めた。

 

 キモチの力を借りることで強大な力を引き出せると、今までの戦いで判明していた。だからいざという時の最終手段として、半数にも及ぶ4つのキモチの力を用いて殲滅するつもりだった。

 

 今まで抑えられていたのは、私に覚悟があったから。従えようとする心があったから。キモチの力を使わず、"紅晴結菜"として勝たなければ意味がなかったから――!

 そこに隙を作ってしまえばどうなるか。思考がその答えを導き出すと同時に、後悔にも似た感情が溢れ出す。

 

 私は、また間違えたというの。

 

「逃げ――」

 

 私が、右半身から崩れていく。

 右腕が木の根のような毛に、肩が緑色のケープに、右目が羽根に覆われて、感覚が途絶えた。

 

「があ、あぁあ……っ!?」

「結菜さんっ!?」

 

 心が滅茶苦茶だ。あらゆる感情が暴走を始めている。私が私でなくなっていく。

 どうして争わせるのか、腕輪となって憑りつくのか、今になって納得がいく答えが出た。最初から奪おうとしていたのだ。強力な魔法少女の身体を。

 

「∴ひかる――ダメ ̄殺シタクナ_――」

 

 身体が勝手に立ち上がり、走り寄ってきたひかる目がけて右腕が振るわれる。

 ただそれだけの行為で空気が紙のように裂けて、轟音と共に衝撃波が地面を揺らす。そんなものを真正面から受けてしまえば全身がズタズタに引き裂かれてしまう。

 

 迫りくる結末から目を背けようにもそれすら許されない。首も視線も動かせず、これが罰だとばかりに私を慕ってくれていた者の最期を視界に捉えさせようとしている。

 

 しかし、先ほどは落下する瓦礫に阻まれていた水流が、今度はひかるを包み込みその姿を消し去った。

 ひかるがいた場所を暴虐の一撃が通り過ぎて、別の場所に魔力反応があることを認識し、あの水が回避させたのだと理解するも、続いて視界に帆秋が入った。

 

「結菜っ!」

「∵ト ̄マレ_!」

 

 止まれだなんて、まるで正反対のことを心の底から全力で叫んだ。

 殺そうとしていた相手が死んで欲しくないなんて、"同じ"じゃない。

 

 そんなことに今さら気づいて。

 腕が振り上げられて、降ろされた。

 

「――っ」

 

 どうにか防いでくれたのは――白の結界だった。

 一瞬で現れたのは同じく白い衣装を纏った誰か。その細い目の奥から鋭い視線をこちらに叩きつけてくる。

 

「ペレネル……」

「一旦退きますよ」

 

 やはりこの魔法少女もワープの魔法を持っているのか、姿が消えると環いろはの場所にいた。

 

「あのっ、今の結菜さんは危険な状態なんです! このままじゃ……!」

「ええ、すぐに止めなければ彼女は消えてしまう。良くも悪くも……先ほどの倒壊で多くの魔法少女がこの場所に気づきました。すぐに来ることでしょう」

 

 ……それは。

 

「――ひとりで無理するなよ! あたしらも手伝うッ!」

「南津サンは起きたばっかりなのに元気なことで……!」

「言ってる場合じゃないであります!」

「止めるんよ!」

 

「こんなのハードモードだよ……!」

「いいから! らんか、カバー!」

「命令すんなレナ! 共同戦線ってだけなんだから!」

 

「へぇ、見境ないなんてこれだけ強い姉さんと戦えるなんてな……!」

「こっちと戦ったあとなのによく言う! って、まだまだこれから! ちょいさー!」

 

「うむ、追ってきたら決戦の舞台というところだな」

「……和泉十七夜、背後から襲われるとか考えないんすか」

「生憎、自分たちのリーダーはお人好しなものでな」

「原因はひかるっす。結菜さんを助けるためなら……!」

 

 いつの間にか、神浜マギアユニオンと、時女一族と、プロミストブラッドが、揃って私を止めようとしている。

 そして、その間を突っ切って、帆秋の前に2人の魔法少女が立った。

 

「うっわ~……すっごいことになってるんだけど!」

「くれは! ここはあたしらがやる!」

 

 あれは最初に出会った際、帆秋と共にいた存在だ。

 やはり凶悪な変身解除の魔眼はキモチを解除するまではいかないものの僅かに動きを止めて、その隙に更紗帆奈が影の手で私の腕を雁字搦めにした。

 

「く、くれはさん……」

「かごめちゃんは下がっとき。アレは放置してたら二木市を滅ぼすで」

 

 一般人の佐鳥かごめを守るように立つピュエラケアの隣には、プロミストブラッドのメンバーもいる。

 

 それらのありえざる姿にどろどろとしたものが流れ落ちると共に、心臓が痛いほどに跳ねた。

 

 引きちぎられそうな身体でも、大きくうねる魔力でわかる。

 キモチが、『対象変更』の使い方を理解し始めている。

 

 できあがるのはもはや避けることすらできない不可視の一撃。ソウルジェムを対象にして腕を振るえば、どんな魔法少女であろうと死すのみ。

 

 『対象変更』の効果に視界に捉える必要はない。認識さえすればいい。

 今、ここにいるすべての魔力反応を捉えた。キモチが供給する魔力によって際限なく力を振るえる。

 

 ――皆殺しだ。

 

 ……やめろ……やめて……!

 

 みんなを、殺したくない。

 守りたかったものなのに、そのすべてが私の手で壊れていってしまう。

 

 その悲しみが悲嘆と結びつき、魔力が増した。

 

『∴_ウゥ ̄ァァーア!!』

 

 影の手を力任せに引きちぎり、無造作に右腕を振り回す。たったそれだけで周囲のビルに亀裂が走り、崩壊を始めた。

 それでも止まらず、振るわれる速度が上がる。大きな瓦礫が散らばり、魔法少女たちへ降り注ぐ。

 

 ほんの少しだけみんなの生きる時間が伸びた。

 同じだけ、私の動揺と苦しみが伸びた。

 

 どうすれば、どうすればいい。

 意識が分解されていく。記憶も薄れ始めていく。このまま"私"という存在が消えれば、この殺戮は止まるのか。私が、死ねば――

 

 思考が己に向いたその瞬間。

 

 

 バチリと、血のように赤い稲妻が世界に走った。

 

 

「――はあぁぁぁぁッ!!」

 

 後方に立つ魔法少女を、崩れ落ちる瓦礫を、腕の攻撃の全てを追い抜いて、砂煙が舞うよりも速く一直線に向かって来る。

 

 あの魔法を、一度だけ見たことがある。

 さくやの『加速』よりも速く、瞬間移動のようにほんの一瞬で駆け抜ける高速移動。身体に相当な負担をかける、彼女にとっての切り札に違いない。

 

 認識できる時間の限界を超えたそれは全ての攻撃避けきり、あろうことか、そのまま私に密着した。

 あの速度で突っ切って来たのなら相当な衝撃が発生する。キモチの力がある私でさえグラついたのに、血濡れになってでも、私を助けようと。

 

「∴モウ_――イイ ̄――」

「あなたは助けてくれた! だから――!」

 

 それは、最後の命を燃やし尽くすかのように絞り出した声だった。

 

「離レ――アナタ――死_――」

「言ったでしょ!? もう誰にも、殺させない! 死なせないッ!」

 

 繋がれた手から、魔力が直接流れ込んでくる。

 

 暴れ回る感情が唐突に動きを止める。

 私が私の輪郭をしっかりと保ち、分解されていくだけだった心が形を保ち続ける。

 

 彼女の魔法が『対象変更』を打ち消せる力なのなら、全力を懸けたこれは、キモチの動きさえも……。

 

「いろはッ! あと、は……ッ!」

「あなた、なにを……」

「私じゃ、わからない、けれ、ど……」

 

 口から溢れる血で言葉は聞き取りづらく、目からは血の涙が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 環いろはが行ったのは、動きが止まったキモチを私から剥がすことだった。

 元々はエンブリオ・イブ――環いろはの妹である環ういから分かたれた存在なのだから、腕輪同士で精神を繋げれば説得ができるらしい。

 

 その時、繋がった心の奥で、歩んできた道を見た。

 

『一度間違えても、そこで終わりじゃありませんから』

 

 愚直なまでの頑固さ。意思を変えない強さ。

 トップクラスの魔法少女に力及ばずとも、これは、この想いだけは、環いろはは持っている。

 

 ともすれば自分を捨ててしまう危うげな考えに振り回されることがあろうとも、支えられてここまで来たのね。

 

 リーダーになった経緯は違うし、背負ってるものも違う。似てるかと問われれば似ていない。

 それでも私が忘れてしまった願いだけは同じ。

 

 憎まず、嫉まず、利己的にならず、なによりも誰かのためであり、世の平和と安寧を願い続ける。

 彼女は、その象徴だ。

 

『理想はとっても難しいのかもしれません。私ひとりじゃ到底無理なんだと思います。でも、私はひとりじゃない。同じ未来を見てくれる、みんながいるんです。だから、絶対に諦めません』

 

 それだけでも、あなただけを信じることはできる。

 けれども――同じ苦しみを受けた者にしか、共感できないことがある。

 

 彼女が歩んできた影に、帆秋の姿も見えた。強く送られた魔力が記憶を映したようだった。

 憎み、嫉み、利己的で、されど、なによりも誰かのためであり、世の平和と安寧を願い続ける。そんな矛盾した存在を。

 

 行ってしまった親友を取り戻すため、どれだけ傷つき道を誤ろうとも、友と助け合い、想いを果たした。交友のあった環いろはと違って、あなたにとってマギウスは赤の他人でしかないのに、それでも許すのね。

 

 先輩から託された言葉と同じように、あなたも言葉を託されていて。

 

 私は、信じなかったのだろうか。

 私は、前を向かなかったのだろうか。

 

 怨嗟の声は、いつも地獄のように低い位置から聞こえていて、まるで過去のようであった。

 

 未来を、見ていなかったのだろうか。

 二木市の魔法少女のために、行動していたはずのなのに。

 

 同じ魔法少女になったのに、得たのは変える力/止める力。

 

 先輩を/姉を、失った。

 仲間を/妹を、失った。 

 善心を/親を、失った。

 

 等価値でなくとも心に突き刺さるのは同じ。

 

 だから。

 

 復讐を/救済を、した。

 

 魔女を奪っていったマギウスを。友を洗脳したマギウスを。

 憎んだ/許した。

 

 ……環いろはは、取り返しのつかないものを失ったことがない。

 だから、諦めない。幸せな理想を追い続けられる。諦めたことがないから、諦めずにいられる。

 

 それは私たちから見たら砂糖細工のように綺麗で甘く、容易く壊れてしまう儚いもの。

 あぁ、だから、こんなにも愛おしい。そのまま理想を果たせればなんとも素敵なことだろうか。

 

 だからこそ、ああ、やっぱり――私たちは、同じなのね。

 

 届かないから、眩しすぎるから、惹かれる。

 

 失ったからこそわかるものは、あなたが。

 失ってないからこそわかるものは、環いろはが。

 

 なら――

 

 あなたのように、私は私の力で立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が昇る。

 ビル倒壊の現場に残るわけにもいかなかった私たちは、河川敷に集まっていた。

 

「いたた……」

「おぉ~、あんたの炎すごいなぁ。よし、いろはちゃんはこっち頼むわ」

 

 怪我をした子たちは、回復の固有魔法を持つ魔法少女や、出張調整屋の手によって治療されている。

 その中に混じる環さんは、夜通し戦ってキモチとの引き離しもあったというのによく働いている。その姿にまたひとつ、感心するようだった。

 

 私と帆秋は、そんな様子を橋の上から眺めていた。

 

「平和ね」

「……これからがまた大変よぉ。納得しない子たちは必ずいる。今度は私たちがマギウスのように恨みを向けられることになるのかもしれない」

 

 既に、プロミストブラッドとしての復讐はここまでだと宣言した。

 

 これは私が方向を変えただけ。駆り立てた復讐心は残っているし、私を殺してトップに立とうとする子も出るかもしれない。

 ただ、一時的とはいえ、キモチに乗っ取られた私と共に戦った出来事は楔を打ち込んだらしい。思ったよりも賛同してくれる子は多かった。私たちも彼女たちも、根底は同じなのだと。

 

「でも、良かったの?」

「あなたと同じよ。私だって、神浜を憎む気持ちは変わってない。それでも……前には進める。信じてみようと思ったの。二木市のため、魔法少女のため、これ以上、犠牲が増えないように……」

 

 過去は変わらない。変えられない。

 こうして話している2人でさえ、心の底から許しあったわけではない。

 

「そう言うあなたは、良かったのかしら」

「いろはが言っていたのよ、"誰かを傷つけようとする想いだけは否定できる"って。たとえ姉さんが置いて行ったとしても……あなたたちに優しかったのなら、それは私の知る姉さんだから。なのに傷つけたら、なれない」

 

 ……なれない?

 顔向けができないとかではなく、妙な言葉の選択に違和感を覚えた。

 

 彼女は動きづらそうに脚を動かし、片腕は微塵も動かさないという異様な動きで向きを変えて、手すりに身体を預ける。

 

 それ以上、私も帆秋もなにも言わなかった。

 小鳥のさえずる声と冷たい風が昨晩の疲労を癒すように心地良く、もう少し感じていたかったのかもしれない。

 

「結菜さーん!」

 

 河川敷から走って来たのか、ひかるが手を振りながら近づいてくる。

 その後ろには一通りの治療が終わったようで環さんもいた。

 

「ぬわーっ!? 良い雰囲気になってるっす! ダメっす!」

「私と帆秋にそういうのはないから安心しなさぁい」

「私もないわ。そういうのがなんなのかは知らないけど」

「あ、あはは……」

 

 ……夜はいつか明ける。

 暗く重たい血の復讐のその先を、見つめていた。

 

 




■今回の内容
 第二部第7章『トワイライト・レムナント』
 魔法少女ストーリー 紅晴結菜 2話『革命の裏で』
 魔法少女ストーリー 紅晴結菜 3話『過ぎ去りし日は遠く』

■結菜さん
 本来とちょっと違うも和解ルートへ。自らキモチを4つ装備してくれたのでRTA走者。
 くれはちゃんとの因縁からプロミストブラッド編という名の結菜さん編と化している。他のメンバーのちゃんとした活躍はほんへと他の走者の方にオナシャス!

■いろはちゃん
 裏でメインストーリーらしいことはしている。キモチくんの出番はあっちょっと待ってもらって……。
 結菜さんが折れない場合、心の中で恐怖の9waveすべて環いろは戦が開催。頑固さが体験できる。

■RTAはどこ? ここ……?
 えっそんなん関係ないっしょ(走者の屑)。
 連絡したり根回ししたり他力本願で色々している。次回。

■くれはちゃん
 思うところはあるものの和解ルートを選んだ。選ばされた。
 彼女はいろはちゃんのようにすべてを許せるわけでも救えるわけでもない。それでもまだ信じるものがある。

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