マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

134 / 141
パート- 涙する紅羽の灯

 

 背後から聞こえた声が、くれはを震わせた。

 「わかってたでしょ」と囁く、心が冷えたように暗く、見透かすばかりの自分の声だった。

 

 振り向いて見えたのは、鏡写しの見知った顔。作り物のように綺麗に整った己の姿だ。

 その後ろには倒れ伏す無数の死体の山。すべてが知っている人間で、誰しもが苦痛に歪んだ表情をしている。絶望がくれはの瞳に焼き付いた。

 

「あなたはもう、なにもできない。助けられるものなんてない」

 

 もうひとりの自分の瞳にはなにも映っていない。希望も絶望も、なにもかも忘れてしまったように虚空を見ている。

 感情を失った表情はひとつと変わらず、口だけを動かした。

 

「真実を追うなんて言って、心に封じてたのに。見ないふりしてたのはあなたよ」

「ちが……」

「違わない。だってあなたは、誰かを助けたいんじゃなくて、誰かを助ける人間になりたいだけなんだから」

 

 死体が2つ、動いた。

 

「るいお姉ちゃんみたいに、あーちゃんみたいにって、昔から言ってた。ふたりが死んでからおかしくなったんじゃない。あなたはずっと、代役になろうとしていたの」

 

 また、死体が2つ動く。

 

「どうして言いつけを守り続けてきたのかは、よく知ってるじゃない。破ってしまったらパパとママを否定することになる。確かに愛されていた過去を切り捨てることなんてできない。もしもの奇跡を待っていただけ――」

 

 そんなことはないと言い返せなかった。

 一度知ってしまえば、逃げることはできない。

 

「なんで観鳥に手を伸ばしたの? ひなの先輩でもできたことよ」

「なんで帆奈とみことに協力したの? あなたがいなくてもいいじゃない」

「なんでブロッサムにいるの? かことかえでで十分よ」

「なんで今も新聞部にいるの? 桜子がいるわ」

「なんで紗枝を気にかけるの? 相談所があるのよ」

 

 動く。動く。動く。動く。動く。

 

「や、めて……」

「そうよ、あなたは。誰にも、なににもなれないあなたは」

 

 

 

 

 

 

 

「必要ないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る。ただひたすら、走る。

 息を切らして足を止めそうになっても、止まるわけにはいかない。あの頃みたいに現実から逃げるわけじゃなく、進むために、苦しくても走り続けた。

 

「かごめちゃん、いざとなれば観鳥さんが背負ってくよ」

「大丈夫、ですっ、令さんは周囲を……!」

 

 魔法少女じゃない身じゃ遥かにツラいだろうに、かごめちゃんもよく頑張る。

 

 観鳥さんたちは、中央区での自動浄化システム奪取作戦の現場に行っていた。

 結果を言えば成功。キュゥべえはシステムと完全に一体になったわけではなくて、今いる個体を排除してしまえば、ういちゃんが接続を取り戻すことができたんだ。記録するために傍で見ていたかごめちゃんから仔細は聞いた。

 

 それ自体は良かったんだけど、問題はその後だ。制御を取り戻せても、出現した鏡の魔女の結界が邪魔をして、自動浄化システムを元の大きさに戻すことができなかったんだ。

 

 今、神浜市の空には無数の鏡が浮かんでいる。

 残ったキュゥべえが言うには、アレを使って過去を改変してタイムパラドクスを大量に引き起こす。そして"現在"を壊すんだそうだ。あまりのスケールの違いにそれ以上理解できなかった。

 

 なにはともあれ、防ぐためには鏡を壊せばいい。対応する株分けの鏡の魔女を倒して割ればいいんだ。

 

 だけど数えるのも億劫なほどの鏡だ。言うのは簡単だけど、現実的に考えればどれだけ時間がかかるかわかったものじゃない――

 

 うん、観鳥さんたちだけだったらね。

 

『ほとりんそっち!』

『わかったっ!』

『オー、私も負けてられないデース!』

『わたくしも奮起いたしますわ!』

『よし、私も!』

『アシュリー選手、ゆうな選手、ささら選手も続けて仕掛けたーっ!』

『なんでこの人は戦闘中に実況してるんすか……? とと、ひかるも任せられた身! ひかる軍団突撃っす!』

 

 神浜の魔法少女と、色んなグループの人たちひとりひとり。名前を知らない人同士が、同じ目的のために背中を預けて信じあえる。そういう光景を、走りながら何度も見てきた。キモチの石による強化がなくても、協力すれば倒すことができるんだ。

 

 調整屋さんを指揮の拠点にして、予知や予測の固有魔法を持つ魔法少女や、ワープの固有魔法を持つ人たちの手を借りて対峙するのは以前もやった。状況は悪くなるだけじゃない。

 

 それでも観鳥さんたちが急いで向かっているのは、南凪を担当すると宣言したからだ。

 一際大きな、電波塔さえ入れてしまいそうなサイズの鏡がある場所は――南凪の海浜公園。二重のバリアで守られたそれこそが、おそらく最終的な狙い。

 

 もっとも、願いを告げていないかごめちゃんは戦えず、戦力にはならない。観鳥さんも特別強いわけじゃないしね。

 なのに共々行くと言ったことで、その場にいた魔法少女たちに目的は察せられていたみたいだ。

 

 そう、行き先は海浜公園じゃなくて帆秋さんの家だ。

 瀬奈みことが狙ってくることは十分に考えられるし、今の彼女の状態を考えたら……早く合流しないと危ないだろう。

 

 途中まではバリアを調査するピュエラケアの人たちとワープで来た。だけどそこからはこうして全速力で走っている。幾人かの魔法少女の手助けもあり、順調に進めていたけれど……。

 

「コピーの数が増えてきてる……」

 

 時折バズーカで追い払ってはいても、それも次第に難しくなってくる。単純にこの場所に多いのか、あるいは、観鳥さんたちを行かせまいとしているのかは、コピーの安定しない口調ではっきりしない。

 

 そうして、やっとのことで辿り着いた時に見えたのは激戦地だった。

 

 お屋敷みたいな家を包んでいるのは白の結界。飛んでくる攻撃を防ぎ続けるそれは安全地帯を作り上げている。屋根の上にはペレネルさんがいて、彼女が展開しているのがわかった。

 

 だけど不可解なのは、その前で暴れまわっている――ウサギの魔女だ。

 頭に王冠を乗せて、内側にいくつもの眼を浮かべたマントを身に着けた姿はぬいぐるみのようでちょっと可愛い。

 だけど指揮棒のように剣を振り回して、コピーたちが持っていただろう武器を飛ばして自由自在に操っている。雨のように降り注ぐ武器は身体を貫き、時には盾になる。あれが自分たちに向けられたらと思うと……ぞっとした。

 

 アレがどこから来たのかはわからない。

 ただコピーに対して強力な戦力になっているのに違いなく、好きにさせているようだ。

 

 そんな光景に驚いているのに気づいたのか、フッと目の前にペレネルさんが現れた。ワープだ。

 

「あのっ、あの魔女は……?」

「ここは危険です。先にこちらへ」

「確かに、悠長に話してる場合じゃなさそうだ」

 

 かごめちゃんに示してみせた先には株分けの鏡の魔女までいる。空に浮かぶ鏡に対応しているみたいで、複数体の姿が見えた。

 

 ペレネルさんの提案を拒否する理由もなく、彼女の手に揃って触れると視界が急に切り替わる。一瞬で見知った家の中に着いた。

 

 薄暗いリビングにはこのみさんがいたけれど……包帯を巻いていて、ところどころ怪我をしている。

 

「このみ嬢、怪我の具合は」

「大丈夫、です……まだ……」

 

 そうは言うものの、呼吸は荒い。魔法を使って治療しても自身の穢れが増えているようで、グリーフシードも使ってやっとみたいだった。

 

 このみさんを落ち着かせると、ペレネルさんは今の状況を説明してくれた。

 神浜市が結界で覆われてからというもの、この家にはコピーたちが大挙して攻めてきたらしい。あのワープは鏡の魔女の結界のせいか短距離でしか飛べないそうで、自分だけならともかく、帆秋さんを伴ってはコピーたちに追いつかれるから逃げようにも逃げられなかったんだとか。

 

「あなたたちが来てくれて助かったわ。グリーフシードの数からして籠城にも限界がありますし、くれは嬢とこのみ嬢を連れて撤退しなさい。私とラピヌが必要な時間を稼ぎます」

「えっ? ラピヌちゃんって、どこに……」

「……まさか」

 

 ラピヌちゃんも魔法少女だっていうことは知っている。

 そして、今の神浜市に自動浄化システムはない。

 

 ……じゃあ、さっきの魔女は。

 

 結論を簡単に出せても、心は容易に追いつかなかった。どうにか言葉を絞り出そうとしても霧散していく。こういうのはわかっていても慣れることはないんだ。

 

 隣にいるかごめちゃんも、同様に言葉を失っている。知っている人が、それも自分よりも小さい子が魔女になってしまうなんて……こんな苦しいことはそうそうない。

 

「ああ、いえ――」

 

 なにかを言おうとしたペレネルさんは、外に顔を向ける。

 

「魔力反応が増しました。株分けの鏡の魔女が本格的に攻めてきたようです。私は制御に戻るので……後はお願いします」

 

 そう言って姿を消す。

 断続的に響く轟音と振動は攻撃を防いだ証なんだろう。安心と不安が入り交じる。

 

 観鳥さんたちはそれ以上の言葉を交わさず、このみさんの身を案じながら、帆秋さんがいるという自室へと向かった。

 

「ここだけど……」

「……くれはさん?」

 

 彼女は、ベッドに腰かけたまま天井を眺めていた。こちらに向けられた目は虚ろで、もはやなんの色も映していない。

 

 いざ対面するとどうすべきかと悩んで動けず、初めに近づいていったのはかごめちゃんだった。

 

「一緒に逃げましょう。今、ペレネルさんが外で時間を稼いでくれてるんです……」

「逃げるって、どこへ?」

「え?」

「同じよ、どこに行っても……」

 

 その言葉は悲しみに満ちていた。

 本気で、そう思ってるんだ。

 

 帆秋さんは、今の状況に対して言ってるわけじゃない。

 観鳥さんが東の扱いを自覚した日のように、もしくは、魔法少女が魔女になると知った重みのように、己に伸し掛かる苦しみには逃げ場なんてない。結局のところ、目前の危機よりもそちらのほうが重大なんだ。

 

 ……死んでしまってもいいと思えるほどに。

 

「それでも、一緒に来てください……! みんな、くれはさんのことが心配なんです……」

「……今の私にできることなんてない」

 

 "いてくれるだけでいい"という言葉も慰めになりはしない。

 むしろ、彼女自身の存在を人形のように扱うことで、苦しめている存在そのものになるだろう。

 

 だけど……"私"には、言いたいことがあった。

 

「帆秋さん」

 

 しゃがんで、じっと目線を合わせた。

 自分を支えてきた柱が折れてしまったとき、あなたがしてくれたように。

 

「いっぱい色んなことが変わってきたと思う。立場も、関係も……でも、あの時、手を差し伸べてくれたから、今があるんだ」

 

 姉妹を失い、両親を失い、魔法少女であることを失っても、私たちの関係は変わりはしない。

 目の前にいるのはいつだって同じ。私が憧れ、ずっと隣にいたいと思った、彼女そのものだ。

 

「『同じ魔法少女なら少しはわかる』なんて言ってたけどさ、あの日手を伸ばしてくれたのは、魔法少女だからじゃないでしょ。みんなそうなんだ。魔法少女だからじゃなくて、帆秋さんだから信頼してる。変な行動をして、メロンが大好きで、普段は頼りにならない、だけど必ず手を伸ばしてくれる――帆秋くれはだから」

「でも、私は弱くて……」

「いいんだよ、弱くて。弱いから、痛みがわかる。苦しさと辛さを知っているからこそ、わかることがある。だから、手を伸ばしてくれたんでしょ。数千でも数万でも、何回でもって」

 

 欠点のない完全な円ではなく、互いに欠けているパズルのピースだからこそ繋がりあえる。強く真っ直ぐあれる姿は理想的でも、私にはその身近さが最上のもので、いつまでも触れていられる幸せだった。

 

 彼女が完璧な存在であれば、きっとこんな気持ちは抱かなかっただろう。

 以心伝心で通じ合う仲もあるけれど、本当の想いは言葉にしないと伝わらない。なにより、写真と文字の媒体で真実を伝えると決めた身だ。本心を口にするのに、迷いはなかった。

 

「……大好きなんだ。あなたを、失いたくない」

 

 バレバレだったかもしれないけど、ね。

 

 グループ同士の抗争が始まる前……いいや、白羽根として活動していた頃よりもずっと前、声をかけて話を聞いてくれたあの日から変わらない想いだ。

 

 きっかけは単純だ、些細なことだって言われても仕方がない。でも、飄々とした観鳥さんじゃない、単なる中学生の私にとっては、それが小さな世界を救う光で、立っていられる足場を失った自分が寄りかかれる希望だった。

 

 今度は、私が帆秋さんに信じられる存在になる番だ。

 彼女の進んできた道は決して無駄じゃない。そのことを……真実を伝えるんだ。

 

 そのために、このみさんも、かごめちゃんも、今の帆秋さんに必要なものを理解している。

 

「――少しだけ、聞いてください」

 

 二人で魔法少女たちに取材を続ける中、かごめちゃんは帆秋さんに関することも質問していた。

 取り出した本にはそのことも刻まれている。確かに影響を与えてきた結果が。

 

 かごめちゃんが内容を読み始めた。つられて、当時の光景を思い出していく。

 

『大切なお友達だよ。いると大変なことが起きるし、ドキドキするけど……頼りになる人だって信じられる。あの時だって唯一……うん? あの、時?』

 

 水樹塁さんは時折なにか思い出しそうにしながら、帆秋さんのことを大切そうに語ってくれた。

 

『たまに変な夢を見るのよ。瓦礫だらけの中で、必死に私に声をかけるあいつの姿。なんでそこまで必死なんだろうって思うけど……なんでか、心強かったって実感してるのよね』

『求められて……望む人がいるのなら……その声に応えることは、きっと、正しいんです。だって、くれはさんは……ボクが思う、ヒーローだから』

 

 柚希ほとりちゃんと柚希りおんちゃんは、違った反応をしながらも、同じ側面を見ていた。

 

『くれはさんは死にかけてたわたしを助けてくれたんですっ。ええ、彼女のおかげで考え直すこともあって……それで約束しました。必ずお礼はいたしますって』

 

 七瀬ゆきかさんはここに来るまでに手を貸してくれた魔法少女のひとり。レイピアを煌かせ、その約束を守り、全力で道を切り拓いてくれた。

 

『私にとってのくれはさん? うーん……なんでも話せる人かな?』

 

 ここまでの道を繋いでくれたのは紗枝さんもだ。自分の家族をしっかりと守ってくれはさんに心配をかけたくないと、想いを託してくれた。

 

『己の気持ちを隠したまま言いなりになることは正しいのでしょうか。友人として、香春ゆうな一個人として彼女に問う機会があれば……必ず、わたくしはそう問うでしょう』

 

 以前から知っていたという香春ゆうなさんは、帆秋さんの苦悩の理解者となれることを示していて。

 

『誰も死なせないし、殺させないなんて大層なことを真面目に言うんだ。そりゃ、あたしも信じたくなるってもんだろ?』

 

 南津涼子さんが信じる姿は、らしい信条を明確に表していた。

 

『だって、救えないものがあっても、傷つけても、すべてを救う理想に憧れていたのは変わらないでしょう? 私たちは似ていて、同じだったから、わかるのよぉ。愚直なまでに頑固にいられないから、その無力さも、諦念に逃げたくなる気持ちも……』

 

 紅晴結菜――結菜さんって呼ぶなんて変な感じだけど。

 一時は互いに憎み合った彼女もまた同じ。ぶつかりあって、互いに影響を及ぼしていた。

 

 それは、ここまでに名前を挙げた人たちだけじゃない。

 

『くれはさんのことも、観鳥さんにも感謝してるの。おかげで気づけたの! ほら、アリナ先輩も』

『だからアリナはあいつのことはどうでも――よくはないケド』

 

 かりんちゃんとアリナさんはずっと因縁があって、二人して奇妙な関係が続いている。

 

『ふわふわのパンケーキを大切な人と食べる時間。それがとても大切で、かけがえのないものだと気づいたのだから』

 

 ああ、織莉子さんは……どうして手を貸してくれるのかって調整屋で聞いたら、そう言ったっけ。

 

『間違えても終わりじゃないって、くれはさんが教えてくれたんです』

 

 そして、いろはちゃんはそう言って、確かに信頼を寄せていた。

 

「私が取材をした人たちは、誰しもくれはさんと出会っていました。それが偶然か必然かはわかりません。でも、意味があったことだと思うんです。くれはさんには助けられるなにかがあって、その証拠がここにある……」

 

 かごめちゃんは顔を上げて、自分の意思と言葉でもって、帆秋さんに告げた。

 

「……わかったんです。ミラーズで私たちが出会った理由、私が取材を続けてきた理由、この手記を持っている理由が」

 

 開いて差し出したのは、かごめちゃん自身()()()()()()()()というページだった。

 

 その魔法少女の名前を見て、誰しもが目を見開いた。

 だって――『ジャンヌ・ダルク』だなんて、歴史上の人物じゃないか。ただひとり、帆秋さんだけが「タルト」と別の名前を口にしたけれど、誰もが知っている救国の聖女だ。

 

「ジャンヌ・ダルクだけじゃなくて、リズさん、メリッサさん、エリザさんという方の記憶もありません。でも……くれはさんはきっと知ってる。そんな気がしたんです」

「なんであなたが……」

「……読みますね。『くれはさんへ――』」

 

 

 

 

 

 今のあなたはきっと、いつかの未来にいるのでしょう。

 

 想いの箱舟やミラーズといった場所も、こうして語れる理由もわかりませんが……言葉を送れる機会があることを嬉しく思います。記憶が消えたとしても、記録は残る。"写真"も、そういうものなんですね。

 

 私はこの後、火刑に処されます。

 もしかしたら、未来で知ることになるのかもしれないですね。かごめさんも知っていましたから。

 

 きっと、あなたは止めるのでしょう。

 以前のように、不思議な方法で過去に来て、私の前に現れるかもしれません。

 

 でも、いいんです。人として、魔法少女として、私はこの運命を受け入れます。

 私のソウルジェムは既にグリーフシードによる浄化を受け付けず、このままではまたしてもフランスを災厄に包んでしまう。それだけは、絶対に避けなければならないんです。

 

 ありがとう。私に、大切な夢を思い出させてくれて。

 リズとも、メリッサとも、エリザとも違うあなたは、カトリーヌの他にもうひとり妹ができたようでした。一緒にご飯を食べて、私から剣を教えて……あの旅の中で、確かに幸せな時間が増えていたんです。

 

 忘れないように、心に留めておけるように……人は繋いでいく。

 いつかこれを読んだとき、あなたは大人になっていて、私のことは遠い過去の出来事に過ぎないかもしれません。でも、よければ思い出してください。それだけで私は十分救われます。

 

 この世界とあなたたちへと繋がる道は、守ってみせます。

 だから――今一度、私の想いを託します。

 

 

 

 

 

 ――そう、佐鳥かごめは読み上げた。

 人とかかわり、時はうつろい、己をごまかし、されど、繋がりは確かにそこにある。その象徴を、くれはは目にしていた。

 

()()()()()()()

 

 かごめは、強い意志を込めてその名を口にする。

 

「この本はそう名付けました。魔法少女たちの想いを残し、紡いでいく。その記録として、相応しい名前だと思うんです」

 

 彼女たちは願った。幸福な希望だけでなく、傷つき絶望もしてきた。

 されどそれこど、彼女たちが確かに生きてきた証拠。佐鳥かごめが記し続けた、魔法少女たちの記録。

 

「もっと魔法少女たちの想いを記したい。白紙のページに、証を刻みたいんです。希望だけでも絶望だけじゃないって知っているくれはさんだから――約束したい。私に教えてください、魔法少女のこと、あなたのことを!」

 

 かごめが望んだのは、その1ページに帆秋くれはの名前を記すこと。

 彼女自身、最初に出会った魔法少女の存在を記すことをしていなかったのは、なぜかわからなかった。

 

 偶然、後回し、タイミング。様々な理由が浮かび上がるも、不思議とかごめはそのどれでもないと固く信じていた。

 

 きっと、この時のためだった。

 運命という言葉がすべてを定めているのなら、世界を変える因果はここにある。

 

「くれはさんがきっかけをくれたから、私は変われました。そしてこれからも変わり続けていくと思うんです。だから、くれはさんももう一度……変われるはずなんです」

 

 かごめの言葉は祈りであり、願いだ。

 少女が己の願望が叶うように告げる。それはまさしく魔法少女の始まり。ただ、存在が違うだけ――

 

「……みんな、待ってて」

 

 くれはは思い出したように部屋を出ると、自らの足で書斎へ向かった。

 

 かごめは信じて見送り、令は変身するとコピーたちの足止めを手伝うため外へと飛び出す。このみはと言えば、途中までくれはに付いて行って、最後はドアの前で待つことを選んだ。

 

 その向こう側。書斎のドアを閉じたくれはは、床に座り込んでいた。

 不安もなにもなかった子供のように、ただただ昔を思い出して、家族みんながいる景色を思い描いた。

 

 それはかつて存在した幸せな世界で、止まることを選べたもしもの世界。

 

 くれはが一度は幸福を捨てられたのは、両親と姉妹のことを強く信じていたからだ。愛されていて疑うことがないからこそ、離れていても歩き続けられた。

 

 理想が崩れても、自分が魔法少女であることが唯一の支えだった。魔法少女であるからこそ、なんの取り柄もない自分が誰かを助けられる。無意識でもそのことに喜びを得ていた。

 

 それさえ失った今――両親の期待を背負うわけでも、姉と妹のようになりたいわけでも、"魔法少女"にこだわる存在でもない。今まで紡いできた繋がりという明かりが、暗闇の中に純粋なる帆秋くれはを映し出している。

 

 彼女は、弱い。

 人との繋がりを求めながらも、変わることが怖かった。

 

 くれはは、ぽつりとつぶやき始めた。

 

「……私ね、学校が楽しいの。優しい先輩がいて、大切な後輩がいて、友達がいて……初めて、みんながいる家より楽しいって、思ったの」

 

 一番は家族だった。家に帰れば最上の幸福が待っていた。

 しかし、都ひなのと出会い、観鳥令に自分から話しかけ、更紗帆奈や瀬奈みことと出会った。今や、多くの知り合いがいる。彼女たちと同じ時間を過ごすことは、なによりもくれはが楽しみにしていた。

 

「色んな人と出会った。お姉ちゃんやあーちゃんみたいな子もいれば、ぜんぜん違う子もいる。誰もが違う。こんなこと知らなかった」

  

 家族以外と触れることで、くれはは確かに成長していた。

 人と人との繋がりが、変化しないはずの彼女を変化させ続けてきた。

 

「未来が怖かった。変わってしまうことが今までの自分を消し去るようで、みんなを忘れてしまいそうで……でも、私、幸せだよ。みんながいなくなったのに、変わってしまったのに、変だよね」

 

 そうやって子供のように話すことをやめたのはいつだったか。いつから、本心を誰かに委ねてきたのか。くれはがそうやって直接家族を見たのは、とても懐かしい気がした。

 

 瀬奈みことに指摘されたことは事実だ。押し付けてくる両親が嫌いだった。

 姉が自分を置いて行ったことはショックだ。ずっと一緒にいて欲しかった。自分も連れて行って欲しかった。

 姉妹の願いを無意味にしたことは後悔している。もっと考えればよかった。

 

 だけど。

 

「許すことも、理解することもできない。起きたことは全部が真実で、受け入れるしかない。世界はそれでも進んでいく……」

 

 不思議とくれはの心は清々しかった。

 変わりゆく感情は後ろめたいものなのに、その変化を受け入れていた。

 

「……大人になるって、そういうことなのね」

 

 くれはは立ち上がると、書斎の机へと向かう。

 なんとなく椅子に座ってみると、小さな時の記憶が蘇った。あの時はこの場所から見える景色はもっと広かったと、少しばかりの寂寥感が身を包んだ。

 

 ……ふと、絶望の始まりだった日記が入っていた引き出しに目をやる。

 日記があった下に、見向きもしなかった薄い箱がある。それを取り出すと、蓋はいとも簡単に開いた。

 

「写真……」

 

 入っていたのは家族写真。そのどれも覚えがある。

 みんなで行った遊園地。水族館。海外に旅行だって出かけた。手を引かれ、手を引き、父も、母も、姉も、妹も――くれはでさえも、笑っていた。

 

 写真に一滴、二滴と涙がこぼれる。あの日々を思い出すと、止められなかった。

 

 大きな手。温かい手。優しい手。小さな手。

 変わってしまった今ではもう、同じ日は来ない。どうして変わってしまったのだろう。どうして、今は違うのだろう。受け入れられても悲しみは変わらず、心には闇が迫る。

 

 ただ、その中には確かに星が輝いていた。

 

「……ありがとう」

 

 きっと、すべてを失った日から知っていた。

 きっと、幸福の幻を振り払った日から気づいていた。

 

 きっと――あの日常だけは、変わることはないと。

 

「みんなのこと、絶対に忘れない。いつまでも、いつまでも……」

 

 写真という証拠を世界に残す記録は、観鳥令が叶えたい夢であり、白紙の予言書が歴史を安定させたものであり、時を形に閉じ込める『停止』である。

 

 真実とは都合の良いものばかりではない。清濁が混合する現実だ。

 されど、だからこそ証拠となり、鏡に映る姿は本当の自分を映し出す。

 

 変わってしまったから気づいて。

 変わらないから輝いていて。

 変えてはいけないから掴めて。

 変わるからこそ前に進める。

 

「みんなからいっぱい貰って愛されて、返しきれないものばかり増えて……ああ、そう、そうなんだ。だから、タルトは次の誰かに託し紡いで――」

 

 自分が生きている意味はまだわからない。

 しかし、帆秋くれはが存在している意味を、己に刻む。

 

「……かごめに、伝えないといけないことがいっぱいある」

 

 そして胸に手を当て、瀬奈みことが抱えていた想いを今一度思い出した。

 どちらかしか選べないというのなら、自分はなにを選ぶべきなのか。いいや、どうあっても二つに一つしか選べないなんて、嫌だった。

 

「パパ、ママ、るいお姉ちゃん、あーちゃん。心からの"それ"は、本当にすべてが終わったあとにする。だから――」

 

 椅子から立つと、出口のドアノブに手をかけて振り返る。

 

「またいつか」

 

 そして、前を向いて歩きだしたのだった。

 

 

 

 

 "さよなら"を、取り戻すために。

 

 




■今回の内容
 『涙する紅羽の灯』
 『想いを継ぐものたち』(一部分)

■涙する紅羽の灯
 タイムと引き換えに発生させたくれはちゃんの最後のイベント。結菜さんが深紅ならこちらは……。
 こんなイベントは原作にありません! 二次創作! 二次創作です!

■解放条件
 ()()()()すべてを満たしていた。
 ・魔法少女ストーリーをすべてクリア
 ・観鳥令の生存。
 ・紅晴結菜の生存。
 ・佐鳥かごめとの信頼度が一定値以上。
 ・タルトとの信頼度が一定値以上。
 ・100人以上の魔法少女と知り合う。

■想いを継ぐものたち
 たるマギイベント第5弾。時系列的には第二部第7章以降のもの。
 『マギアレコード』タイトル回収は実はこのイベントが初。なぜ外伝コラボイベントで……?
 
■『あの幸せな日々』
 いわゆるイベント配布☆3メモリア。
 幼いくれはちゃんと姉妹が写っている思い出の写真。

■ラピヌお姉さま
 普通そんな能力持ってるとは思わない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。