マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート 作:みみずくやしき
海浜公園を吹き抜ける風は冷たく流れていった。
今日は友達のお見舞いを理由にブロッサムをお休みしている。それは嘘偽りない真実であるし、私もそのつもりでいた。
そのはずだったのに、降りるべき駅を通り過ぎて焦燥感に駆られるにもかかわらず、まるで他人に押されているかのようにここに来てベンチに座っている。
ついぞ行くという連絡すらできず、渡そうと用意したお花を抱えているだけ。
曇天の空模様が重くのしかかる。
心配なんて言葉を私が使う資格があるのかと問い詰められてるようだ。
重いため息を吐く理由はひなのさんから受けた連絡。
くれはさんがまた無茶なことをしたという一報は、当然のように私にも届けられていた。
季節と同じく冷え切った関係はあのクリスマスの日から変わっていない。
かこちゃんやかえでちゃんと一緒に働くブロッサムは前に戻っただけなのに、どうしようもない違和感を覚える。そう感じたのは私だけじゃないみたいで、店に来るお客さんからも口々に聞こえてきて否応なしに現実だと示してきていた。
私は彼女の『特別』にはなれない。
力が強いわけでも精神が強いわけでもない。並び立つことなんてできない。いつまでもその他大勢の中の一人。
ぽつり、と水滴が落ちた。
「……せめて、これだけでも置いてこよう」
足取りは重くて、海浜公園を出ることさえ思ったよりも時間がかかった。
大きな家が立ち並ぶこの辺りにはあまり来たことがないけれど、くれはさんの家は大きなお屋敷のような家で目立つから、すぐに見つけられた。リビングまでは入ったことがある人もいるのに、それ以上は帆奈ちゃんしか踏み込ませていない、そんな場所。
隔絶するような門の前でインターホンを押す指が止まる。
私が来ても良かったのかと今になって疑念が湧き始めたんだ。ななかさんたちのように協力をしているわけでもなければ呼ばれたわけでもない。連絡をすることさえできなかった押しかけで、このお花だって自己満足でしかないんだから。
俯いた視界に入る地面は湿っていた。
こんな気持ちで会えるわけがないんだ。
でも、踵を返そうとした私は引き止められた。
「……っ、この反応……!」
悪寒が包む。くれはさんを掴むキリサキさんの姿を目の前に突きつけられたみたいだ。
意図的に避け続けていた魔法少女や魔女でない魔力を感じる。反応は家の中。なんでこんなところに、という疑問よりも先に私は変身していた。
怖い。またウワサがいるという事実が。
怖い。私がすべきことではないことで傷つけてしまうことが。
怖い。くれはさんに嫌われることが。
けど――失うことは、もっと怖い。
一言断ってから門を飛び越える。扉に手をかけると開いていた。だから勢い良く開けて、すぐ目の前にあった結界に飛び込む。
恐怖で破裂しそうなほど脈打つ心臓は痛いけど、癒えない痛みじゃないんだから耐えられる。
そこは家の中をどこまでも広げたような空間だった。地面は家具が散乱して、上からは屋根が吊り下がっている。所々に立つマネキンと一色で塗り潰した人の看板は気味が悪い。
使い魔のように襲いかかってくる敵はいない。だから知っている魔力の反応がある場所まで一気に駆け抜けた。
逆さまの家具が並ぶ一際異様なそこでは、七色に煌めく人の影が円を描くように踊っていた。
その中心にいるのはくれはさんと帆奈ちゃんだ。ただ、くれはさんは頭を抱えてしゃがみ込んでいて動けていない。周囲から伸びる影の攻撃を全部帆奈ちゃんが防いでいる状態で、ギリギリの戦い。
高所から見下ろすその光景に、今なら奇襲をかけられる。
けど、そこで止まった。帆奈ちゃんですら防戦一方なのに私が行ってどうなるの? 守られるだけの私が。
「あ、ああ……なんで、あなたは……」
「『止まれ! 動くな! 干渉するな!』」
苦しんでる姿を見るだけで心が痛む。飛び込んだらもっと状況が悪くなるのかもしれない。また、あれを見ることになってしまう。
だけど、それって。
「い、いや、ヤダ……あぐ、あ、ああ……!」
「くれはっ!」
……違う。私は強くないけど、そこまで弱くなったつもりはないのに。
一度だけ、守れたことがあったのに!
「二人とも動かないで!」
意を決して飛び降りる。生成した鋏を飛ばして一番近い影を切断しようとしたけど弾かれた。でも隙間ができたから、その間を進んで二人の横に。
「春名このみ……っ! 今さら――」
「出口なら案内できるから!」
くれはさんを背負おうと近づくと、ふらふらしながらも自分で立ち上がった。
「……大丈夫」
そんなわけない。自分に『停止』を使ったんだ。これ以上心配させないように恐怖を全部心の底に押し留めているんだ。
こんなにか弱い人に私は今まで頼って押し付けていたのかと、責める思いが湧いてくる。だけれど、そうして責めることができるのも、生きていてくれればこそなんだから。
何度でも謝ろう。そしてもう終わりにしよう。最後に助けることができたならそれでいいんだ。
影を鋏で払って、叩き落として、彼女の手を引っ張って走り続ける。ベッドを飛び越えてテーブルを押しのけた先に見えた出口に滑り込んだ。
ぐるりと世界が変わる。手入れの行き届いた庭に放り出されて、ずぶ濡れの地面が手に触れる。外はいつの間にか雨が降り始めていた。
掴んだままのくれはさんを引き寄せてもっと遠くへ逃げようとするも、それを帆奈ちゃんが手で制す。
「こいつ、家から出てこないみたい……むかつく」
言われた通りどれだけ経とうとさっきのウワサは追いかけようとしてこない。この家がテリトリーだと誇示しているみたいにそのままだった。
私の手を振り払ったくれはさんが家を見つめる。
「帆奈、このみ、私は……」
「喋んないでいいよ。しばらくここから離れよ? どっかでこいつの対策考えないと帰れないし」
無言で私を見る帆奈ちゃんの目は、「どうにかしろ」と訴えていた。
それはある意味でいつものように、頼ったのはひなのさんだった。ちょうど相談所に衣美里ちゃんと一緒にいると連絡があった。
「くれっちどうしたの!?」
「お前また……! 昨日の今日だぞ!」
「違うって! 今回はくれはのせいじゃない!」
それで元から出かけようとしていたくれはさんたちを連れて相談所に着いたのはいいものの、ひなのさんに様子を説明できなかったから驚かせてしまった。
一言も話そうとせずにただただ帆奈ちゃんに寄り添われる彼女は今まで見たことがない姿で、表現する言葉さえなかったのだから。
帆奈ちゃんが言うには、あのウワサは悪辣なものだったそうだ。
家の中で急に動けなくなったのはおそらくウワサのルール通りの現象。それを避けようと『停止』で干渉を止めたらルールに反したと判断されて結界に呑み込まれた。
問題はそのウワサの性質。なんらかの攻撃を受けていたのか、くれはさんは錯乱状態に陥ってしまって無防備になっていたそうだ。緊急事態だからって使った『暗示』も効いているのか効いていないのか微妙な状態で、決め手に欠けていたみたい。
ひなのさんは『暗示』の辺りで難しい顔をしたけど、考え込むように唸ったあとに苦々しく言った。
「この二人でそれじゃ一筋縄じゃいかなさそうだな……今日のところは休め。対策なら考えておく。行く時は声をかけるから勝手に突っ込むなよ」
「休むって言っても家に陣取って出てこないよ。どうしろっての」
「じゃああーしの家来る?」
「は?」
それは突飛なことだったけど、くれはさんにとっても誰かと一緒にいたほうが良いに決まってるし賛成した。ただ、衣美里ちゃんが家に確認を取るとどうしても今日はダメだと言われたみたいで頭を悩ませる。
他にはやちよさんのいるみかづき荘に説明ついでに行くとか、このはさんはどうだとか色々と話が進むけれど、一つの考えが私の口を通して出た。
「……くれはさんは私の家に来て」
ずるい話だよね。この状況に付け込んで自分の目的も果たそうとするなんて。心配なのは本当。でも多分、明日になったらそれを言えなくなっちゃうから。
私の提案は帆奈ちゃんから反論が来ると思っていた。けど彼女は少し考えた顔をして、私にだけ聞こえるように言ったんだ。
「お願い」
思いもしない言葉だった。
なにを頼まれたのか、なぜ託したのかを予想することができない。いつも一緒にいるはずの彼女が言ったことなのだから意味があるはずなのに。
帆奈ちゃんが一日とはいえくれはさんと離れることを承知して、自らみかづき荘に行くと言った時のひなのさんと衣美里ちゃんの驚きは大きかった。私だってそうだ。
「でも、あたしのくれはに変なことしないでよ? 明日全部聞かせてもらうからね!」
別れ際に言ったそれは彼女がいつも通りだということを表していて、気まぐれや気の迷いといったものではないと教えていたように思う。
家に連れてきたくれはさんを見ると、お母さんは随分と驚いていた。
そうだ、ずっと近くにいたから慣れてたけど、彼女はお嬢様然とした見た目で有名人になっていてもおかしくないような人なんだ。
こんな状況や心境じゃなければ、くれはさんはこんなに凄いんだっていくらでも喧伝できただろう。そう言えるだけの時間彼女を見てたんだから。
私の部屋で向かい合って座って見つめ合う。ふわふわとした淡い栗色のロングヘアはこんなにも綺麗で初めて見た時と変わってないのに、彼女は酷く疲れ果てているように見える。
頼まれたことはなんだったのか。考える間もない。
チクタクと進む時計の針の音に急かされるように、私は自分勝手な言葉を口にした。
「ごめんなさい」
返事はない。
だから言いたいことをぶつけるように言い続けた。
辞めるって言われた時、唯一の繋がりが消えて離れ離れになるみたいで本当は怖かったこと。
今まで頼りすぎていて追い詰めてしまったこと。
止められないけどもう戦ってほしくないこと。
一緒にいることは互いのためにもうやめたほうがいいこと。
休むべきなのにこんな楽しくもない話を聞かせ続けてしまったこと。
あなたの特別になりたかったことは、言えなかったけど。
一つ話すたびに痛くて痛くて仕方がない。でも彼女はもっと痛いはずなんだ。それが少しでも癒せるなら私は身を引こう。
じわりと滲む視界から逃げるように立つ。
無理を言って付き合ってもらったデートの時のように、ハーブティーを飲めば落ち着くかと思ったんだ。彼女はもう味わうことができないのに。
その行為がいかに卑しいかを自覚して立ったままどうしようもなくなった私に、聞いたことのない音が聞こえる。
「……嫌、あなたまで離れるなんて……」
「くれはさん……?」
か細い、消え去ってしまうような声だった。
「私だって――」
それはクリスマスに聞けなかった言葉。
「私、だって……泣きたいのよ……なんで――」
……自分にできることはこのぐらいしかないから、震えるその身体を優しく抱き留めた。
ぎゅっと弱い力で抱きしめ返される。小さく泣く音が聞こえる。
「……ごめん、なさい。迷惑よね」
「ううん、いいんだよ。泣いたって誰も責めないよ。今まで頑張ったんだもん、少しぐらい休んでも大丈夫。私が側にいるから……」
本当に、自分勝手だ。こんなこと言えるはずじゃないのに、頼ってくれたことが嬉しくてまた一緒にいたいなんて思って。
私はやりたいことを勝手にやったんだもの。彼女だって自分を押し止める必要はないはずだ。
時計の音が消えて、雑音なんてない部屋が私たちを見守ってくれているみたいだった。
それが終わりを迎えたのは夕食を伝える声。訝しむお母さんを今日はいいからと説得して戻ってもらうと、くれはさんは少し明るくなった表情で私に告げる。
「あなたが話してくれたように、私も話したいことがあるの」
くれはさんはゆっくりと自分の『願い』を口にした。
『大人になりたくない』。彼女のイメージとかけ離れたそれは私には願う理由を見つけられないものだった。性格や以前の姿からはその片鱗さえ見当たらない。
彼女の周りのことを考え続けて、それでふと思い至ったのはあのお屋敷のような家だった。
「これ、見て」
そう言って鞄から取り出したのは、あの家を背後に両親と三人で写っている数枚の写真だった。見せてくれた他の写真もくれはさんの服が違うだけであとは全部同じ。なんの変哲もない家族写真に思えた。
……それだけ見たら、単なる写真で考えは終わってた。でも私は直接その家を近くで見たんだ。だから気のせいで済ませることもできる
「三人だけじゃ広すぎるんじゃ……」
「……姉と妹がいたわ。両親よりも早く病気で逝ってしまったけど」
重々しく言われた事実は私の思考を止めるには十分だった。
そんな話は知らない。ひなのさんからは両親が交通事故で亡くなっていることだけしか聞いてないし、帆奈ちゃんだって言ってなかった。
くれはさんは少しずつ自分の生い立ちを話してくれた。
優しい両親に三人姉妹、裕福な家庭環境で困窮することなどなかった。控えめに言っても幸福な家族でいたはずだと。
お姉さんと妹さんが、どれだけお金を積んでも治らない病で亡くなるまでは。
「おかしくなったのはそこから。私は私以外の役割を与えられて――あれはきっと、動物や物に向けるものだった。日が変わると私は『くれは』であることをやめさせられて、人形のように姉や妹になり、ただただ愛を与えられた」
記憶というよりは記録を語るその話は続く。
そんなある日、両親が亡くなった直後に彼女のところにもキュゥべえが来て言ったそうだ。「契約すれば願いを叶えられる。元の幸せを取り戻せる可能性だってある」と。
「あの時の私にとってはその愛が唯一だったから。受けたこの身体を留めておきたかった。この家をそのままにしておきたかった。姉と妹の分まで子供の私を愛してくれたのだから、いつまでもあの時間が続けばいいと思った。だから、願ったのよ……『大人になりたくない』って」
もっと早く来てくれれば病気を治してと願えた。姉と妹、両親を生き返らせてほしいという願いもできた。けれど全てが変わりきってからではそんな発想すら出てこなかった、と自嘲するように話す姿は後悔に溢れていて。
「……馬鹿な話よ。与えられるだけ与えられて、それをそのままにしたかっただけなんだもの。他人のことを考えもせずに自分のことだけを思って願っただけ」
くれはさんはそこで目を伏せた。
「いつしかそれに気づいた私は誰かに愛を与えたくて手を伸ばした。……それが間違いだった。結局、良い気になってたのよ。みことを助けられなかった。帆奈だって止められなかった。観鳥だって――」
これ以上その言葉を紡がせない。
今度は強く、離すことなんてないように抱き寄せた。
「なにを……」
「約束して。間違いだったなんて言わないで」
『願い』が正しかったかどうかは私には判断できない。でも、あなたが人を助けたいと思う理由の始まりは否定なんてさせない。それをしてしまえば、あなたがやってきたこと全てを否定するようだから。
「助けられた人はいっぱいいるんだよ。だから間違いなんかじゃない」
「……でも、ひなの先輩に言われて気づいたの。私は観鳥を傷つけてしまった。帆奈やあなたに恐怖を与えてしまった。もう、手を伸ばさないほうが良いんじゃないかって……私は誰かを助けられるんだ、与えられるんだって言い訳を積み上げて走り続けてきたのを、やめるべきなのかもしれないと思えてしまったから」
本音を言えば、これ以上戦ってほしくない。
けれど私は並び立てるほど強くはない。その他大勢の中の一人であったから、誰もが願うことを伝えて待つことを選ぶんだ。
「今もあなたを願う人はいる。きっと助けられるなにかがある。……でも、みんなが思う未来にはあなたがいるの。だから自分がどうなってもいいって選択はしないで。また辛くなったらそのときは全部話して。誰かを頼れるくれはさんなら、できるはずだから」
「……止めないのね」
「くれはさんの本心はそうじゃないと思うんだ。それに――」
喜びも悲しみもわけあえばいいんだよ。だって、私たちは友達なんだから。
翌日、ひなのさんと帆奈ちゃんとは南凪自由学園で合流するということになったけれど、その前に行きたいところがあるとくれはさんが言い出したんだ。
ブロッサムに寄ったあと、時々迷いながらも辿り着いたのはお墓だった。
「墓参り、来たことなかったの。だからどんな花が良いかもわからなくて」
彼女もアルバイトをしていたはずなのに、私に相談をして最終的に彼女が選んだ花は白いカーネーション。その意味を知らないわけじゃない。証明か離別か、もう一度来ることを示すかは彼女の考え次第だけれど悪い意味であるはずがない。彼女自身の選択なんだもの。
供えて祈るくれはさんの心中はわからない。でも、晴れやかに見えた。
「……全部片付いたらみことに報告しないと」
「帆奈ちゃんにも言ってあげなきゃ」
「そうね」
ちょっと抜けたところのあるその言い方はなんだか懐かしい。
合流してから開口一番にひなのさんに謝って、「いきなりどうした!?」と返事をされたりする光景は前の日常が戻ってきたように感じられた。
そしてくれはさんは思っていたことを正直に告げたんだ。
今まで周囲の人たちのことを考えずになりふり構わない手段を使ったことを反省した。でも助けることはやめたくない。身勝手だけれど、だからもう一度力を貸してほしいと。
「……そうか。お前は誰かを頼ることはできるんだ。ただ、助ける範囲に自分を入れるだけでいい。それでみんな納得するさ」
「良い顔してるよ。……それはそれとしてこのみには聞かなきゃいけないこともあるけどね~。お風呂、どうした?」
帆奈ちゃんの言葉になぜかくれはさんが動揺したり、それがおかしくて笑いあったりして。相変わらずの真顔なのがこんなにも嬉しく感じる日が来るなんて思わなかった。
……でも、まだ解決しなきゃいけない問題はたくさんある。
まずはくれはさんの家に居座るあのウワサだ。みかづき荘で聞いた話によると、ウワサはそれぞれ自身に関係する感情や概念に対する耐性と攻撃を持っているみたいで、くれはさんが危険だったのもそれが原因かもしれないそうだ。
「そんなに『暗示』が効かないの?」
「微妙。ただ、ウワサに壊れろとか言ったって具体性がなさすぎて効かないでしょ。というか止めたところで新しいのが出てきて衝撃で解除されるし」
「直接戦っても強いなら弱点を突くのがセオリーらしいがな。でもなぁ……」
やっぱりやちよさんを呼んできたほうが良いのかもしれない。そう思いかけたとき、くれはさんが言った。
「みんな、聞いてほしいことがあるの。あれの攻撃を受けた感覚……ソウルジェムが濁り切る時と似ていた。ドッペルが出てくる前みたいな……」
それは私の知らない感覚で、彼女が何度も受けたものだ。絶望に堕ちるというその感覚に慣れてしまえばなにも感じないのかもしれないけど、まだあまり聞きたくない内容でもある。
彼女が言ったのは、あのウワサは希望をエネルギーにして儚く消える夢という絶望を見せているんじゃないかということ。前に似たようなウワサを見たことがあって、それに近いんだそうだ。
「精神攻撃に加えて魔法少女の持つ希望とドッペルという絶望の性質を両方持ってるなら正面から戦うのは得策じゃない。でも、どちらか一方だけじゃなく、同じ性質を持つもの同士をぶつければ耐性を打ち消せるのかもしれない」
それは、つまり。
『停止』で精神への干渉を止めれば普通に戦えるくれはさんが、希望と対になるあの絶望と穢れの象徴を使うということ。
「私はドッペルを否定しない。……穢れから生まれようと、同じように魔女化で悲しむ魔法少女を救えるのだから。効果はこの身で何度も証明したし、私みたいに意図的に何度も連続で使用しなければこうはならない。穢れから生まれた希望の象徴でもあるのよ」
……前なら、泣いて縋り付いて止めていたはずだ。でも今なら彼女を信じられる。
「大丈夫。もう、私は知ったから」
その言葉に全員が頷いた。
すぐにくれはさんの家に向かって、門を開く。当然全員が結界の中に入った。私だって応援と援護ぐらいはできるから。
あの家の中をどこまでも広げたような空間は相変わらずだったけど、今度は最初から七色の影が私たちを取り囲む。
そのまま攻撃してくるかと思えばなにかを悟ったのか一つに集まって、明確な人影を形作った。帽子、ロングヘア、カトラス、背中から伸びる釣鐘状の化生。これは間違いなくくれはさんを模倣している。
「危なくなったら撤退を手伝って」
「……わかった」
「任せろ。すぐに逃げさせてやる」
塗り潰したくれはさんのようなものが一歩づつこちらに向かってくる。他の影が現れることはないけど、私たちも周囲を警戒する。
そして、鋼と影の円舞が始まった。斬る。弾く。貫く。あの日に見た踊っているような華麗な動きで、淀みなく。私も忘れてたんだ。最初はそれに惹かれたんだって。
釣鐘を避けて『停止』で止めるたびにくれはさんの赤紫のソウルジェムが黒く濁っていく。けれど、彼女の顔に疲労も絶望もなく、純粋に魔力が減っているだけに見えて。
「これは私の本心。だから見ていてほしい。あなたたちを傷つけるものでも絶望を引き寄せるものでもない――ドッペルを」
大振りの攻撃で影を遠くに逃げさせると、振り返ったくれはさんはそう言った。
遂にその時が来た。背中が裂けるようにツタが伸びる。
穢れを解き放つという意味では以前と変わらないんだろう。
でも、絶望から生まれたわけじゃないそれは内なる感情が溢れ出している。
それは釣鐘だ。あの恐怖の象徴のはずだ。
ああ、でも、ツタから咲き誇る炎はまさしく紅花。釣鐘の内からも燃えるそれは暖かいもので、奇怪な羽根さえも包み込む腕に見えた。
「……違う。あれ、今までと違う!」
シルエットとして見ても、影が模した姿とは細部が違う。
それを証明するようにぶつかりあう釣鐘は影のほうが一方的に壊れていく。それだけじゃない。ツタが釣鐘を振り回すたび、くれはさんの怪我が癒えていく。
「迷ってたのよ。マギウスが正しいのかもしれない。救えるならそれでいいんじゃないか、観鳥のように向こうを利用してやればいんじゃないかって。でも、直接相対してわかった。奴らは解放以外の目的を持ってる」
鳥の羽根を模したカトラスが炎を纏う。
不死鳥なんて言葉は彼女には似合わない。花はいつか散る。だからこそ命を慈しむ。その一時が愛おしくて輝いて見える。
「これに救われたことは真実よ。救済自体は賛同する。同じような魔法少女を救えるなら喜んで協力するわ」
燃えるカトラスは強度までも違う。影のカトラスを真っ二つに叩き折った。
「だけどね」
一層炎が燃え上がる。
「洗脳して!」
釣鐘を溶かし、ツタが影を絡め取る。
「手駒のように使って!」
影の背後から飛来するカトラスを同じ数のそれで迎撃する。
「自分たちの目的のために希望を利用して不幸を振り撒くのなら! あなたたちを打ち砕く! そして――」
最後の守りとなった影のドッペルにカトラスを投げつけて。
「取り戻すッ!」
拳が影を貫いた。
それが最後の一撃となり、雨傘の水滴を振り落とすかのような動作で燃え盛るドッペルが消える。
くれはさんと近づいて行った帆奈ちゃんがなにか話した後。結界が消えたのか、気がつくと澄み渡る青空の庭に立っていた。
これって、つまり……勝ったんだ。くれはさんが、やってくれたんだ!
「おいなんだ今の! あんなんできるなら最初から言え!」
「私もわからないわ。なぜか変わってた」
「あんたそれ思いっきり使ってたの!?」
「いけそうだったから」
「……あははっ! らしいなぁ……」
やっぱりあなたは、くれはさんだよ。
こうしてまた、こんなにもあったかい感情が湧き出してくるんだもの。
……並び立てないから『特別』になれないと思ってたけど、そうじゃないのかもしれない。
いつか来るその時は側にいたい。春花秋月を私とあなたで彩りたいんだ。
■今回の内容
帆秋くれは 魔法少女ストーリー 2話『紅の初花染めの色深く』
■紅の初花染めの色深く
開放条件 精神ダメージを負った状態で信頼度が高いキャラと自宅にいる。
ドッペル解放クエストならぬ強化クエスト。
■くれはちゃん
名前はフォレスト、見た目はアクア。生い立ちはダークで目指す未来はライト。
その正体は熱く燃えるフレイム。
■帆奈ちゃん
散花愁章の頃のテンションに良い意味で戻った。
『暗示』を使わなくても強い絶好調状態。
■このみちゃん
トラウマ克服。花要素が付け加えられてニッコリ。
ブロッサムは絶賛営業中。
■『大人になりたくない』
身体時間が固定される不老と生活環境の保持。
お腹が空いてるときに契約したら危なかった。
■対流のドッペル
その姿は、鋳掛屋。
この感情の主は傷つき倒れた果てに差し伸べられた救いを手に取り、これまでの全てを取り戻すための新たな奇跡を手に入れた。
また、その姿は主の精神面の変化によって従来と違ったものへと変異し、この従順なドッペルもまたその身を燃やしている。
紅の炎は自身を振り回す主を献身的に癒す溶接である。
■ドッペルの変化
ホーリー化で変わるし、着替えただけでも変わるし少しぐらい変えても……バレへんか……。
二次創作! 二次創作です!
■紅の初花染めの色深く思ひし心われ忘れめや
古今和歌集第723番。