マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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パート- 羽根の行方

 わたしはごく普通の黒羽根。村人Aぐらいの立ち位置の影の薄い存在です。

 マギウスの翼に入ったのにも大層な理由はありませんでした。だって、魔法少女なら誰しも魔女にはなりたくないですから。

 

 だからいつか白羽根に、なんて出世欲もありませんでした。

 黒羽根を束ねる白羽根には、わが水名女学園の誇る明槻月夜センパイのような方が相応しいのです。わたしはお嬢様っぽいという理由だけで毎年生徒会役員をやらされているぐらいなので……分不相応ですよ。

 

 お嬢様、といえば水名や聖リリアンナでない方でいかにもな方を一人知っています。

 ふわふわとした淡い栗色のロングヘアで青いセーラー服の少女。そう、世間一般では南凪の不審者で通じてしまうあの帆秋くれはさんです。

 

 見た目やオーラがそうでも実際は違うことは重々承知しております。

 迷子の子どもキュゥべえのお手伝い中に出会ってなぜか七海やちよさんを押し付けられてしまったり、喫茶店で酢飯を頼むことになりかけたり、偶然出会った魔法少女とウォールナッツに行ったら出会ったりと、どんな方かはこの辺りでもう十分理解できるはず。

 

 おそらくはこの性質。わたしはその、若気の至りな『願い』の影響で面倒事を呼び込む体質ですので、いつの間にやら影響されて出会ってしまったのかもしれません。

 けれども、この時ばかりはそれが結構役に立っていたのです。

 それは時期で言いますとウォールナッツで出会った後、『ミザリーウォーターのウワサ』が消されたという話が聞こえたぐらいのことでしょうか。

 

「……そっか、帆秋さんはやっぱりまた誰かを助けようと」

「くれはちゃんって本当にいつも誰かを連れてるよね。くみのときもそうだったよ」

 

 納得したような声を出したのは観鳥令さん。本部付きの白羽根で実力があるのはもちろん、広報も担当しているそれはそれはもう凄い方です。

 それに同意したのが牧野郁美さん。彼女はわたしと同じく黒羽根ですが、目立たないわたしと違ってとても個性的。

 

 初めて白羽根の方に呼び出されたときはいつの間にかなにかをやらかしてしまったのかと焦ったものですが、どうやらどこかから出会ったことを知られていたみたいで、このように、実際はくれはさんのことを聞かれただけだったのです。

 

 この頃の彼女といえば、羽根たちの中でも七海やちよさんに並ぶ要注意人物として有名になっていました。

 神浜の多くの魔法少女だけではなく見滝原の実力者ともコネクションを持つ交友関係の広さはもちろん、時折目撃された、固有魔法にドッペルという持てる全てを利用し尽くす命を投げ捨てるような戦い方は、普通の黒羽根のみなさんには恐怖の象徴でしかなかったみたいです。

 

 観鳥さんはその役割から多くの情報を知る立場です。広報部には他にも人がいますが、くれはさんに関しては全部彼女が担当してたみたいでした。

 でも多分、それが悪かったんです。くれはさんの体調が段々と悪くなっていくに連れて、彼女の焦りも増していっていたのです。時々出会うだけのわたしですら心配だったのですから、よく一緒にいた観鳥さんは相当気にかけていたことでしょう。

 

 

 そうして、もう随分と気温が下がってきて十二月に差し掛かる頃。わたしはまたも呼び出されました。まったく心当たりがないものの、今度こそなにかをやらかしてしまったのかと思ったのですが。

 

「では、あとは三人に任せますね」

 

 ……なんと! 梓センパイに新人の黒羽根さんの担当を任せられたのですっ! もちろん、わたし一人では頼りないので観鳥さんと牧野さんも一緒にです。

 

 その新人とは、保澄雫さんという方です。

 研修で穢れに満ちた聖堂に行ったあと、模擬戦会場に向かう途中に彼女が私たちに聞いたことは、羽根なら一度は思ったことでしょう。

 揃いのローブを着て、戦い方を変えて、固有魔法を使わないで自分たちを隠す。なぜ良いことをしてるのに素性を隠さないといけないか。その疑問はもっともです。

 

「真実を知らない魔法少女が魔女を利用しているなんて聞けば脅威にしか映らないし、私たちはその後ろめたさも理解してる。だからこうして姿や口調、振舞いを隠してるんだよ」

 

 覇気がない声で言う観鳥さんがそれを一番実践しています。『観鳥さん』という一人称を使ってませんし、本当に白羽根の一人として行動しているのです。

 魔女を利用する後ろめたさを納得して呑み込めているのがやはり白羽根たる理由なのでしょう。

 

 ……正直に言いますと、わたしはその全てに諸手を挙げて賛成できるかと問われたら「いいえ」と言うしかありません。

 願いの影響で起こるトラブルに周囲を巻き込みたくないのと同じで、不幸をばら撒く魔女はなるべく倒したいですから。そう思ってるので助けられる人は助けて当然ですけど、自らその元を作るのはどうにも違うのではないかと……。

 けど直接魔女をけしかけるとかはしてないみたいですし、あとやっぱり魔女にはなりたくないし……と、微妙な感じなのです。

 

 そんなこんなで研修の日々は続いていきました。

 保澄さんは元から戦える魔法少女だったようで、黒羽根の中でめきめきと頭角を現していきました。この分なら魔女が強くなる前なら一人で倒せたはずです。

 「それが普通じゃないんですか」と言う彼女の考えも間違ってないでしょう。わたしも最初はそうでした。

 しかし、黒羽根のほとんどはそれが難しいような魔法少女ばかりなのです。生きるために魔女を倒すことができない彼女たちは、きっとわたし以上に解放にかける気持ちも大きいのだと思います。

 

 一人で戦える実力。『空間結合』という有用な固有魔法。その辺りが見えてくると彼女のような希少な存在がマギウスの翼に入ったことが不思議でした。

 その理由を知ったのは魔女退治という実地研修のあとで四人で食事に行ったときのことです。

 素性を隠しているのにローブを脱いで羽根同士で行動していいのかというのは、その、強固な関係を築くための悪習として羽根たちの間で続いているみたいで。

 

 ともかく、保澄さんがマギウスの翼に入った理由とは、『マギウスの翼が私の居場所だから』というものでした。

 

「居場所、か。珍しいね。みんな、自分の居場所を守るための場所だと思ってるからさ」

「でも理由はそれぞれだからね。そういう人がいてもいいんだよ。……雫ちゃん、私の理由はね、夢を守りたかったの」

「……夢?」

「そう。同じ黒羽根で別の部署に配属されてる子がいるんだけど、その子と二人で積み上げた夢が消えることが許せなかったんだ。願いで近づいたのに魔法少女になったから消えるなんておかしいもの」

 

 言ってくれたのなら自分もと、牧野さんがいつものキャラ作りをしないで語る姿は真剣そのもの。

 解放を望むのは同じでも、そう願う理由はみなさん重いものを持っているのだと突きつけられたみたいです。

 

「……観鳥さんもね、大元は大多数の黒羽根と同じだよ。単純に魔女化の苦しみから解放されたい。そして――」

「くれはさん、ですか」

「ああ、そういえば面識があったよね。うん、そうだよ。それが観鳥さんにできるせめてものことだから」

「……でも、今のくれはさんは」

「“私”は、そうでもしないと助けられないから」

 

 それは白羽根としてではなく彼女本人の言葉のはずなのに一人称が違って、微かな違和感をわたしに抱かせました。

 

「観鳥さんはもう行くよ。これからまだやることがあるんだ」

「……大丈夫ですか? 顔色も悪いですし、最近、無理をしてるんじゃ……」

「大丈夫だよ」

 

 そんなわけがありません。今の彼女はなにかをしていないと落ち着かないというやつです。

 しかし、わたしに彼女を止められるわけがなく、見えない手に押されるように焦る背中を見送るのが精一杯でした。

 

 残ったのは黒羽根の三人。

 牧野さんはわたしと保澄さんを見て、こう言いました。

 

「二人とも、聞いて欲しいことがあるの」

「観鳥さんのことですよね」

「……わかっちゃうよね。研修の最初の時と比べてもやつれてきてるもの」

 

 彼女が話してくれたのは、観鳥さんがくれはさんをどう思っているかということです。

 

「令ちゃんね、本当にくれはちゃんのことを大切に思ってるの。事あるごとに話題にしてたぐらいだもの。でもね、今の自分はあの人の隣には立てないって自分を責めてるみたいなんだ」

 

 わたしや保澄さんでも、二人は仲が良かったけれど今は離れていることはわかっていました。

 ですが、休学をしてまで会わないようにしているということまでは知らなかったのです。それは彼女自身の決意かプライドかは想像しかできませんが、相当な思いでしょう。

 

「魔女化の運命から解放したいっていうのは多分、本当の気持ち。けど令ちゃんはそれでみんなを救って、くれはさんに褒めてもらいたいんじゃないかな。自分は横にいられるんだって証明したいのかもしれない」

 

 それは、なんというか。

 

 わたしがくれはさんに会ったときはいつも観鳥さんの名前を聞いていました。

 『観鳥なら写真で捕まえられたはず』、『観鳥、ナポリタンを邪道って言うのよ』、『案内は観鳥が得意なのよね』。

 それは小さな声でしたからわたし以外には聞こえてないでしょうし、聞かせるつもりもない言葉だったはずです。ですが、まるで横にいるのが当たり前のように漏れ出ていたのでした。

 

「もう、引き合わせたほうがいいんじゃないでしょうか。だって――」

「……これはね、二人の問題なんだ。無理矢理会わせても反発するように離れていって、次は二度とくっつかなくなっちゃうかもしれない」

 

 なんだか、悲しいです。お互いのことを想って行動しているのにそれが互いを傷つけてしまうなんて。

 くれはさんは観鳥さんに戻ってきてほしいからマギウスの翼を追ってウワサを消す。そのためにドッペルを利用し続ける。でも、少しづつ限界に近付いているように見えます。

 観鳥さんはくれはさんを助けたいからマギウスの翼に入っている。ドッペルがその証明だから、それを世界中に広げたいんですよね。神浜以外でもドッペルが使えるようになれば本当の意味で魔女化から解放されるのですから。

 

  

 二人と別れて帰る道は、いつもと変わらない見慣れた道でしたが、少し違いました。

 

 理由。

 わたしがマギウスの翼であり続ける理由ってなんでしょうか。

 

 保澄さんのように居場所そのものと思っているわけではありません。もちろん羽根のみなさんは大事ですが、学校も大事です。

 牧野さんのように解放されることで守れる絶対的なものがあるわけでもありません。わたしの願いは本当に自分勝手なものでして、誇れるものではないですから。

 では、観鳥さんのように助けたい誰かがいるのでしょうか。

 それもまた、違います。魔女になりたくないというのも、わたしがなりたくないだけ。

 

 ……こう考えると、わたしは信念や決意といったものを持っていなかったのかもしれません。

 

 確かにみなさんが魔女化の運命から解放されるのは良いことです。

 なので羽根の中にはこれが正義だと言う方もいます。ええ、正しいことのはずです。

 ですが、魔女やウワサを利用したそれは絶対的な正義ではないと理解しているはずなのに、漫然と手伝いをしているのです。

 

「……難しいなあ」

 

 助けられる人は助けたい。

 でも、くれはさんも観鳥さんも互いを助けようとしてマイナスの結果を生み出してしまっている。助けることってなんなのでしょうか。

 以前なら自分一人の犠牲で全員を助けられるとしたらその選択をしたはずですが、あの二人を見ているとそれもまた違う気がします。

 

 所詮わたしはその他の黒羽根。そもそもこの考え自体に意味はあるのかどうか。

 それは結局、家に着くまでに答えが出るものではありませんでした。

 

 

 

 それからしばらくして、わたしはある仕事に参加するように言われました。

 魔女を見滝原にばら撒くという、耳を疑うような話です。もちろん聞き返しましたし本気かどうかも確かめました。すると最初から反発されると思っていたのか、今度は見滝原に行く間はある人の護衛に付くことになったのです。

 

 魔女をばら撒くことを納得したわけではありません。でも、実際に見てみないとわからないこともありますから見滝原には行きました。

 しかし、そのある人――巴さんは、あの喫茶店で出会った時と変わっていたのです。羽根たちの中でもそういう話があることは知っていましたが、実際に近くで見てみると明らかになにかが違っていました。

 

 途中で出会った彼女の知り合いだと思われる子たちも口々にその点を指摘します。

 「どうかしてる」、「魔女を放つなんておかしい」。……まったく、その通りです。

 

「……わからないです。わたしにはわからない! 見滝原のみんなが魔女のせいで不幸になってもいいんですか!?」

「そうは思わないわ。でも、これは必要なことよ。救いのために必要なことなの」

「見滝原で戦うのは魔女化の危険があるんですよ……」

「それを知ってて連れてきて、魔女になってもよかったってことですか!?」

「そんなわけない。けど救いのためなのよ。マギウスだけが救いなの」

 

 ……なにか、おかしくないですか?

 思考の海に沈みそうになったとき、わたしたちを槍が襲いました。巴さんがマスケット銃で防いでくれましたが、破壊された建物の破片がわたしのローブに大穴を開けてしまうほど強烈な攻撃。その激しさの主には見覚えがあります。

 

「こりゃ、言われた通り来てみて正解だった」

「佐倉さん!」

 

 それはあの佐倉杏子さんです。確か彼女も巴さんと知り合いだったはず。

 ウォールナッツで見た姿とは違う本気の彼女は、巴さんと言葉を幾つか交わしました。どこに行ってたのか。記憶ミュージアムでくれはさんと戦ったことは本当なのか。そもそもなんで敵対してるのか。その答え一つ一つに先ほどの違和感が付き纏っていました。

 そして、最後に言ったそれが佐倉さんにとっての決め手だったのでしょう。

 

「じゃあ、なんで手を貸してるんだ。そこまでして果たさなきゃいけないことなのかよ」

「そうよ。なにを犠牲にしてでも、必ず成し遂げるのよ」

「――は? ……ふざけるなよ。アンタ、本当に巴マミか!」

「えっ……?」

「誰かのために戦って皆を救うのが、巴マミの誇りだろ! それすら――」

 

 彼女は最後になにを言おうとしたのでしょうか。それを聞くことはなく、テレビのチャンネルを切り替えたように景色が移り変わってその声も消えていました。

 この現象は何度か見たことがあります。保澄さんの『空間結合』です。あまりにも便利なそれをマギウスのみなさんはどういうわけかあまり使いませんが、よく利用する方が他に一人います。

 

「さあ、戻りましょうか。あちらもそろそろ作戦が終わりますから」

「……そうね」

 

 いつの間にかマギウスと同等の地位にいた、由良子と名乗る方です。

 彼女のことは誰も詳しく知りません。どうやって接触してどうやってそこまで上り詰めたのか誰にもわからないのです。

 

 巴さんの違和感。佐倉さんの言おうとしたこと。由良子さんの謎。

 なにもかもがわかりません。一般黒羽根のわたしが知ることでもないのかもしれません。

 

 ただ、『作戦』というものがなにかはすぐにわかりました。

 ある知らせが羽根向けのメルマガに書かれていたのです。『キレーションランドのウワサ崩壊。マギウスの発表によるとエネルギー回収ノルマに影響はなく順調。次の一手が待たれる』、と。

 

 なるほどこれが失敗したから呼び戻したんだなと冷静に理解する思考と、このメルマガ自体に思う感情は別物でした。

 

 このメルマガは観鳥さんが属する広報部が出しているもので、彼女も記事を書いていると本人から聞いていたので毎回密かに楽しみにしていたのです。

 ですが――実は、クリスマスを過ぎてから観鳥さんの姿を見ることがなくなっていたのです。梓センパイに聞いてみても配置変更となったとしか知らないみたいで不思議そうにしていました。

 

 魔女の件といい、なにか嫌な予感がしました。

 

 

 それからまた少しだけ経ったある日。今度はマギウスに呼び出されました。なんでも次の配属先を決めるためにヒアリングを行うそうです。……観鳥さんも受けたのでしょうか。

 

 待っていたのは里見さんでした。わたしのような黒羽根に特に言うこともないみたいで話は淡々と進んでいきます。

 そして「これが最後の質問」と言った彼女はにっこりと笑ってわたしに問いました。

 

「あなたがマギウスの翼で忠誠を誓ってるのってなーに?」

 

 忠誠、忠誠ってなんでしょう。

 解放を望んでいるわけですので、それを成し遂げる力のあるマギウスに誓う。と、前ならなんの疑問もなく言ったはずです。ですが今の気持ちはまったく違うものでした。巴さんに見滝原の出来事といい、元からあった否定の気持ちが大きくなっていたのです。

 

 しかしここで他になんと言うべきか。それを思いつかなかったのと、だんだんと不機嫌になっていく彼女が怖くて思わず「マギウスです」と言ってしまいました。

 

「ふーん、そっかー。じゃあ明日聖堂に来てよねー。くふっ、他の羽根も来るからローブとペンダントを忘れちゃダメだよー?」

 

 その場はそれで終わりになりました。念を押すように言われたのはなぜかと、また一つ疑問が増えてその日を終えたのです。

 

 ……そして次の日、言われた通り聖堂に来たのはいいのですが。

 穴が開いたローブと代わりのローブを交換していたのはいいものの、うっかりペンダントを穴の開いたローブと一緒にしてしまっていたのです。

 単刀直入に言いますと、忘れちゃダメと言われたのに忘れました。いつもは、いつもはちゃんと付けてるんですよ!? 

 

「さあ、みんな、わたくしたちが解放される日はもう近いよ」

「あとは必要なエネルギーを溜めるだけ」

 

 式典的なものも始まってしまって今さら取りに行きますなんて言えません。なので影が薄いことに感謝して目立たないように話を聞いていたのですが……。

 

「だから皆、これから神浜の魔法少女を容赦なく殺して欲しい。僕たちの未来の障壁になるから」

 

 マギウスは一体なにを言っているのでしょう。

 その後に続けた言葉も、わたしたちの意思を無視して殺戮をさせようとしているようでした。そう言われましても羽根のみなさんはその通りに動かないはずなのに、決まったことのように自信満々です。

 

「ヴァアア……アア……」

「……あれ、みなさん?」

 

 しかし、明らかにみなさんの様子がおかしいのです。程度の差はあれど、巴さんに覚えた違和感と似たなにかがそこにあるようで。

 

 そこで、やっと、気づきました。

 ……ああ、本当に、気づくのが遅かったのです。

 

 この魔女でも魔法少女でもない反応はウワサのもの。急に様子がおかしくなったのは操られているということなのでしょう。ローブとペンダントを忘れないようにというのは、ウワサのルールを満たすように仕向けていたのです。

 正気のわたしは邪魔者にしか見えていないようで、魔力で生成された剣が向けられます。こうなっても黒羽根としての戦い方をするなんて、個として数えられてないようで嫌悪感を抱きました。

 

 とにかくここから出よう。その一心でなんとか廊下に飛び出ると、同じように逃げ出してきた魔法少女と目が合ったのです。

 

「ゆきかさん……?」

「保澄さん!」

 

 彼女も同じように聖堂に来て、ペンダントを外していたのです。

 それ以上の理由は聞きませんでした。黒羽根どころかなぜか魔女までもがこのホテルフェントホープに放たれていたのですから余裕がありません。『空間結合』で逃げようにも、ここ自体がウワサの結界内で近い距離にしか跳べないので走るしかないのです。

 

 横を走る彼女は今までと違って澄み渡っていました。……多分、彼女も洗脳されていたんです。その固有魔法に利用価値があると思われて。

 この状況になって、梓センパイが保澄さんのことを私たち三人に任せた理由がわかった気がします。洗脳されてここに来た保澄さんに負い目を感じていたんです。それでマギウスに絶対的な忠誠を誓ってないわたしたちを選んだのでしょう。

 

 それは正しかったのだと、今なら梓センパイに言えます。偉そうなことを言えないわたしでも、わかることがあるのです。

 

 決めました。

 解放の正しさとか、犠牲が必要とか、そんな難しいことの答えをわたしに求められても困ります。わたしは、どきどきすることが欲しくて、助けられる人は助けたいなぁぐらいにしか思ってないその他大勢の魔法少女の一人なのですから。

 理由。正義。人助け。色々と悩んできましたが。

 

「これが答えですっ!」

 

 そしてわたしは、ローブを投げ捨てた。

 

 いけないとはわかっていても口がにやりと動いてしまう。

 フェントホープは一転して敵地の中央になっている。わたし一人だけではなく助け出す必要がある人もいて……でも、こんなに生きてるって感じがすることが他にあるでしょうか!

 

 もう黒羽根の戦い方をする理由もなく、これがわたしだと証明するように本来の得物のレイピアを取り出す。邪魔するのなら道はこれで作ります!

 けれど意気込んでも相手は多数。誰も彼も正気を失っているようで容赦がありません。避けきれなかった刃が痛みを生み出します。

 

 ……ふ、ふふ。

 

「ゆ、ゆきかさん……」

「――っ、わたし、笑ってました!?」

 

 いけない、これじゃやばい人ですよね……。でも、ヒリヒリして、頭が冴えて、アドレナリンが出まくってるんです。

 鋭利な攻撃からソウルジェムを守るたび生を実感できるんです。わたしのは首輪に鎖で付いたハートの飾りがそれですから、派手に動けばそれだけ揺れるわけです。ええ、命が。

 

 命を運ぶ水が流れるほどに感覚が研ぎ澄まされていく。視界はスローに、けれど動きは滑らかに。

 四方八方から射出される鎖の軌道を見切って安全地帯に滑り込む。生きてる。

 数十本の剣が来るのなら数百回の突きで押し返せばいい。生きてる。

 生きてる、わたし、生きてますっ!

 

 

 そうやって追っ手を撒いた頃。わたしの姿はそれはもう酷いものだったのでしょう。辿り着いた出口の近くで待っていた牧野さんが小さく悲鳴を上げたのですから。

 保澄さんが周囲を警戒している間、牧野さんに治療をしてもらっていると、彼女はあることを教えてくれました。

 

「……実はね、知ってたんだ」

 

 そう、あのヒアリング。あそこでマギウスではなく解放に忠誠を誓った人にはこのことが知らされていたのです。

 彼女たちはマギウスに裏切られたとしても解放という理想のために走り続ける。それはわたしのように裏切ることのない、組織に残る人材ということなわけで。

 

「でも、令ちゃんのことを考えたら解放に忠誠を誓うことも正しいのかわからなくなっちゃって……」

「……そうです、観鳥さんはどうしたんですか」

「私もよく知らない……だけど、一つだけ。こんな今でもフェントホープの地下にいることだけは確かだってことは調べたの」

 

 なんでも梓センパイから流れてきた情報を元に独自に調べたそうです。他にも梓センパイは『ウワサ』がどうとか『キレーションランド』という言葉をマギウスから聞いていたみたいでした。

 そして、わたしの治療を終えた牧野さんは立ち上がって言いました。「くれはちゃんに会おう」と。

 

「……はい。もう無理矢理会わせたら、なんて言ってる場合じゃないですよね」

「わかりましたっ! まずはここから脱出しましょう!」

 

 くれはさん、必ず伝えますから待っていてください。

 観鳥さんを助けられるのは、あなたしかいないんですからっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『受信ペンダントのうわさ』による暴走が始まったあと、わたしはマギウスの三人と共にいた。

 穢れに満ちた聖堂でのティータイムはあまりにも遊びがない。話す内容も作戦会議のようで、殺風景な会議室のほうが似合っていることでしょう。

 

「どんなに厄介でも相野みとは一人しかいないんだから。だったらこっちの数を増やせばいいだけだよねー」

「ペンダントのウワサも元の案から少し変えたよ。人目につくのも嫌だからね」

「アリナ的にはあのくれはを貰えればいいワケ」

「何事にも限度はあるものですよ」

「そうなる前にやればいいだけだヨネ」

 

 アリナ・グレイは相変わらず。

 

「与する魔法少女の情報はぜーんぶ調べて、行動パターンも想定して、適切なウワサを配置して、一箇所に集まれないように分断して……くふふっ、もう好きにはさせないから」

「確かにこれを突破するのは簡単ではないでしょうね」

「そうだね――由良子みたいなイレギュラーがない限りは」

 

 柊ねむは簡素にその言葉を口にして。

 

「神浜セントラルタワーでアリナの攻撃を弾いたヨネ。あの奇襲、邪魔されてなければ当たってたはずなんですケド」

「なにか言いたいことはあるかにゃー? 裏切り者さん?」

 

 里見灯花は笑顔の裏に秘めた殺意を向けてきた。

 

 ならば、こちらが行う行動は一つ。

 

「――キリカ」

「ここにいるよ。一人で敵地に潜り込むだなんて織莉子のことが心配だったんだ。でも、もう偽る必要はないんだね」

「マギウス三人を相手に本気かな?」

「ええ。今に至るまでの全てに比べれば」

 

 思えば、ここまでの道程は簡単ではなかった。

 

 帆秋くれはには死んでもらわなければならなかった。

 言い換えるのなら、死に匹敵する強烈な出来事を経験してもらう必要があったのだ。そうでもしなければここに辿り着く前に動けぬ身となっていた。

 

 燃え盛る街。抉り取られたような大地。明日さえ見えない曇天。

 それらは彼女を知った日から姿を変えていき、干渉するたびに好転していった。

 

 立ち向かう魔法少女など一人もいなかったのに、一人、また一人と増えていって。

 もはやそれは絶望ではなく、打倒できる大きな壁。見滝原で待つのではなく、わざとこの神浜に呼び寄せたのだから打ち砕かなければならない。

 

 『予知』がその未来を見せている今こそ、確実に奴を消せる。

 

 さあ、帆秋くれは。ここまで手伝ったのよ。必ず――ワルプルギスの夜を倒しましょう。

 

 




■今回の内容
 『Whereabouts of the feather ~羽根の行方~』
 第7章アナザー『みんなで分かち合えるなら』(一部分)

■ゆきかちゃん
 勝手に会いに来て勝手に『羽根の行方』に参加して勝手に解決した。
 味方陣営にトラブル発生のピンチ。

■織莉子
 ある時はくれはちゃんを殺しにかかり、またある時はチャートを崩壊させてくる存在。
 その正体は正位置ワルプルギススレイヤー。そもそも正位置にさせない。

■キリカ
 織莉子あるところキリカあり。
 これが味方にいる安心感。でもマジで殺しに来るのはやめてくれよな!

■神浜セントラルタワーでの邪魔
 叫び声と共に緑の光線と()()()()が帆秋さんを狙って降り注ぐ。
 運良く全部避けきれたみたいですね(運が良いとは言っていない)。

■くみちゃん
 観鳥さんが絶不調なので素が多い。
 これじゃただの牧野さん……牧野さんじゃない?

■観鳥さん
 やばい。




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