マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート 作:みみずくやしき
朝起きると、カーテンを開けて日の光を全身に浴びる。
私の一日がみかづき荘から始まるのはとっくの昔に日常となっていた。色々なことがあったけれどいつも通りの朝だ。
だけど、以前と少しだけ違うこともある。
「お姉ちゃん、おはよう!」
「おはよう、うい」
みかづき荘には住人が一人増えていたんだ。
笑顔で駆け寄る彼女はとても大切で、とっても愛おしい私の妹。こうしてまた一緒に暮らせていることが本当に嬉しくて、自然と顔がほころぶ。
実はういが戻ってきた後、数日だけ宝崎市の家に帰っていた。お父さんとお母さんが仕事の都合で海外に行っていたけど、ちょうど帰ってくるって聞かされたからだ。
その時はいなかった期間のことをどう話そうか悩んだ。でもどういうわけか、最初から一緒にみかづき荘で暮らしてることになっていたんだ。ういの持ち物や写真も元に戻っていて、そのまま時間だけが過ぎたみたい。
灯花ちゃんが言うには途切れた因果が戻ってそれに合うようになっただけってことらしい。ういが消えたらみんなの記憶まで全部変わっていたことを考えると、逆が起きてもおかしくないよね。
でも、因果ってなんだろう。魔法少女の素質や『願い』が叶えられる限界値。色々と考えられるけどはっきりとしない。ういが消えて戻ってきて世界がそれに合わせて変わったのなら、同じように『願い』を使ったらまた世界が書き換わってしまうのかな。
……私にはよくわからない。
今はただ目の前の幸せを感じていたいから、そのちょっとした疑問を心の奥底にしまい込んだ。
「いろはちゃんおっはよー!」
「つ、鶴乃ちゃん!? まだ朝早いよ!?」
「早起きしたからね!」
それにしたって来るのが早すぎるかも。用事があるからみんな起きるのが早いのはわかるけど……フェリシアちゃんはまだみたい。けれど、それがいつものみかづき荘って感じがする。
ほんの少し離れていただけなのに寂しく思っていたのは、自分の一部になっていたからなんだろうな。
鶴乃ちゃんと一緒にフェリシアちゃんを起こしたり朝ごはんを食べたりして、少し時間が経つ。まだお昼には早い頃、みかづき荘に来る人たちがいた。
「邪魔するぞ。都と帆秋も一緒だ。途中で会ったものでな」
それは十七夜さんとひなのさんにくれはさんの三人。先日、やちよさんが電話で来てくれるように頼んでいたんだ。
呼んだ理由は、これから行う裁判のこと。
『マギウスと幹部の処遇』に関しての質問は私たちにも届いていた。それで灯花ちゃんとねむちゃんから裁判をしたらどうかって言われて、内容を決めたんだ。今日は各地域のリーダーの人を呼んでその修正と改善をすることになっている。
「アタシと十七夜に関しては相談だって納得できるが、コイツを呼んだ理由はなんだ? おかげでいきなり弁護士になるとか言い出してるんだぞ」
「交友関係の広さよ。多くの魔法少女と知り合っていて連絡が取れるのは彼女ぐらいなものだから」
事情を聞いた十七夜さんとひなのさんは納得したような顔をしてくれはさんを見つめる。当の本人は相変わらずの真顔。
「つーかその持ってるのなんだ? 食い物か?」
「メロンパン」
「だよな! オレにもくれ!」
「……あげなきゃダメ?」
「オマエ全部食べる気でいたのか……?」
持っていた大きな袋からメロンパンを取り出してしぶしぶといった感じで渡す姿は、私が抱いていた彼女のイメージとは全然違うものだった。
「くれはさんってもっとこう……クールでかっこいい感じじゃ……」
「さなちゃんもそう思うよね?」
正直に言えばハロウィンの時に聞いたウォールナッツに何日も通って同じケーキを人に食べさせてた話とか、南凪の不審者って呼ばれてることは冗談か誇張した話なんじゃないかなって思うところもあった。みとちゃんを尾行してた話なんて特に。
だって、今までずっと私たちを助けてくれてたんだ。『ミザリーウォーターのうわさ』の時はウワサの場所を調べるのを手伝ってくれた。電波塔での戦いでは三人のドッペルを倒してくれたり、記憶ミュージアムでは私たちを逃がすために一人残って戦ってくれたりもした。ウワサを着込んだアリナさんとの決戦も、彼女がいなかったら全員無事でいられたかわからない。
最初こそ冷たい人だと思っていたけど、優しくて頼れる強い人って印象が段々と強くなっていた。そんなだからメロンパンの山を物欲しそうに見ながら手元のそれを頬張っているのはなんというか、私がまだ知らない新しい一面を見た気がしたんだ。
「良いのは見た目だけと言われるほどだからな。むしろ今まで気を張りすぎてたのだろう」
「アタシにとっては他人事じゃないんだが……」
南凪でどうしてるかって話を聞くと私でもやっぱり不審者かなって思う。でも、素の姿を見せている今のくれはさんはとても楽しそう。
「おいしい?」
「もちろんよ」
「……良かったわね、本当に」
味の感想を聞いたりその返答で微笑むやちよさんのことはよくわからなかったけど、良いことなのは間違いない。
それで少しの間楽しく話して、一段落ついたところで遂にその相談をすることになった。
前提として、魔法少女の裁判である以上、本当の裁判と違う部分があることを伝えた。
なんでも14歳に満たない子はそもそも刑罰を受けないんだって。でも、この裁判の性質上灯花ちゃんとねむちゃんを対象から外すわけにいかない。
だからまず、裁判の対象。決まっているのは灯花ちゃん、ねむちゃん、アリナさんのマギウス三人と、最初期からいた天音姉妹の二人とみふゆさん。
それと中立とはいえグリーフシードを渡してイブの孵化を近づかせていたみたまさんと、最初から裏切るつもりだったという織莉子さんのことも処遇の質問には含まれている。洗脳されていた巴さんのことも中にはあった。
「織莉子とマミは今回は別にいいんじゃないの。内部で動いてただけなのと洗脳されてた人でしょ」
巴さんのことはみんなそれで納得がいった。本人は利用されていただけだったみたいだし、それなら鶴乃ちゃんだって同じような状態になっていたから。
織莉子さんは……組織の中では特になにもしていないという話が元羽根の人たちから聞けているし、まどかちゃんたちが言うにはむしろ巴さんとの決定的な対立を回避してくれたみたい。
それで唯一狙われていて命の危機に瀕していたくれはさんがそう言うのなら、と話が決まった。一応法廷には来てもらうけど、このことは裁判前に通知する予定になっている。
問題は、その後のことだった。
「……この裁判をする『万年桜のウワサ』とは? 存在は話には聞いているが可能なのか?」
「私たちは本職じゃないもの。データを詰め込んだ万年桜のウワサにやってもらったほうがいいわ」
万年桜さんは内容を書き換えてもらって外で行動できるようになったんだ。灯花ちゃんのサーバー……っていうものと接続して一般的な知識を持つようになったんだって。
ルール通りに動くウワサなら心理的なブレをなくして公平に判断することができる。法律などの概念を与えて犯した罪と軽減できる行動を割り出して判決を下す、ということらしい。
「それを設定したのがマギウスだと突っ込まれそうだがな」
「ウワサに全てを任せたら反発が出るだろうし、魔法少女同士でしか裁けないこともある。判決を下す裁判官はいいとしても――」
「弁護士は私がやるわ」
「わかった。わかったから座れ、な?」
三人の意見を纏めると、公平にできるといってもマギウスが内容を書き換えられるウワサに全部を任せたら、必ずどこかで疑問を持つ魔法少女が出てきて結果を無視されかねない。責任を分散させるためにも実際の裁判と同じように検事と弁護士を増やしたほうがいいということだった。
加えて話し合いで決まったのが魔法少女たちから意見書を貰うという内容や証人尋問など。それらが付け加えられて本当の裁判のようになってきていた。
最初に決めた内容からどんどん変わっていくけど、私たちをその気にさせた理由は十七夜さんの質問に込められていた。
「自分はウワサにブレがないとは思えん。更紗君の『暗示』が効いていたということは物事を判断する意思があるはずだ。『読心』や『心を繋げる力』が効いたのも同じだろう。ルール通りに動くというが、心があるウワサがそれを否定して反発する可能性はないのか?」
……思い当たることがある。それは電波塔で出会った『名無し人工知能のウワサ』のアイさんだ。ウワサのルール通りに動いてはいたものの、自ら倒されるために行動していた。つまり、本能に逆らって反発していたんだ。万年桜が咲いた時に灯花ちゃんとねむちゃんが言ったウワサのエラーという言葉も考えると、絶対にない話じゃない。
十七夜さんの言葉はそれを意図したことじゃないと思う。けれど私には、アイさんとさなちゃんの姿が万年桜さんと私たち四人に重なって見えたんだ。
だから電波塔での一件も含めて説明した。ウワサには確かに心があるってことを。
「つまり決められた内容以外は自由に動くのだな? うむ、大体わかった。細かいところは後で創造主に聞くとしよう。……で、だ」
「弁護士と検事ね」
「オマエどれだけやりたいんだ」
でも、くれはさんなら灯花ちゃんたちに悪い判断はしないだろうって信じられる。その姿を見て私にも欲が出てきた。情が湧いてしまうから裁判官はできないと思っていけれど、助けたいって気持ちを持った弁護士ならできるのかもしれないなんて思い始めたんだ。
その気持ちは他人から見たらわかりやすかったんだと思う。見透かしたかのようにやちよさんが私を見ていて、十七夜さんが気づいた。
「環君は情を捨てられるタイプではないだろう。アリナを含めてかつての敵でも親身になれるのなら帆秋と一緒に弁護をすればいい」
「私が……?」
「みかづき荘のリーダーとしてになるわね。いろは、無理にとは言わないわ」
重荷に思うことなんてない。私は私の思うままに行動することができるんだから否定する理由はない。私を見るういの思いも同じ。その分までお姉ちゃんが頑張るって、心に決めたんだ。
だけど、気になることがあって私はそれを口にした。
「でも十七夜さん、さっきの言い方だと……」
「検事は自分がやる」
まるで『読心』でも使ったかのように言い当てた彼女は、毅然とした態度で続ける。
「はっきり言うが、自分は一切怒りを抱いていないわけではない。心情だけじゃなく立場上追求せねばならないこともあるからな」
「……それ、みたまに対してもか?」
「覚悟はしている」
その言葉は、重かった。
二人は同じ大東学院で仲が良いってことぐらいしか関係性を知らないけど、やちよさんとひなのさんの表情を見るとそれだけじゃないんだと思う。
「……他にもななかや葉月なんかが向いてそうだけど」
「あ、あの人たちと言い合いをするのは無理ですよ……!」
「それとは別に帆秋と仲が良いというのもあるな。自分にも当てはまりそうだが、東を任せられている以上ここは譲れん」
神浜が東西で対立していた頃と関係があるように顔役の三人が話を進めて、結局その場は検事側にもう一人増やすという形で収まった。
……それで、心情的に自ずと最後になったのが刑の内容についてだった。
既に決まっているものは四つ。『監察』は執行猶予と同じで、変身すると痛みが伴うようにするのが『制限刑』、ソウルジェムが壊れるように処置するのが『無力化刑』。そして『極刑』がソウルジェムの破壊。
「指輪を加工して変身に制限とか……できるのか?」
「わたしもよくわからないけど直接弄るんじゃなくて腕輪で制御するみたいだよ。ウワサの力でやるのかも」
「書き換えれば解除できると思うが、柊君が変身できなくなれば不可逆的なものになるか……」
そのことも含めて執行は万年桜さんの手によって行われる。だから慎重に決めないと。
極刑になるとしたら一番罪が重くなるだろう灯花ちゃんとねむちゃん、それにアリナさんだ。でも万年桜さんには少年法の知識も入ってるそうだから適用されることもないらしいし、入れなくていいんじゃないかって意見が出た。私も重すぎるんじゃないかなって思っていたしそこに異論はない。
ただ、極刑以外の刑に反応したのがくれはさんだった。
「待って。その無力化刑って、魔法少女として死ねって言ってるのと同じじゃない」
「それだけのことをしたということだ。帆秋、弁護を引き受けると言ったが……遊び半分でやるつもりだったか?」
「違うわ」
「だろうな。だから聞こう、関わるのならその覚悟を持っているのだな?」
言葉にしてみれば強いそれは柔らかな口調。
くれはさんは一度目を閉じてから気持ちを切り替えるようにして言った。
「……私は、『願い』を否定したくない。それがどんな内容でも願ったことに意味があったはずだから、魔法少女としての力を封じることは私にとっては同じ意味よ。それが覚悟」
「どんな内容でも、か」
今度は十七夜さんが一拍置いた。
「言い方が悪いかもしれないが、一般人と変わらない非力な魔法少女にされるということは、黒羽根の溜飲を下げることになるだろう。七海たちがそこまで考えていたかはこの際いい」
「十七夜……」
「神浜にいる以上穢れを浄化しなくてもドッペルで浄化される。グリーフシードを使うにしても、それを分け合う新たな魔法少女の関係性のモデルになるかもしれない。君の心情を考慮してもデメリットだけではないものだ」
多分、マギウスのことや羽根のこと、他の魔法少女のこととか、それら全部を考えての立場に立とうとしているんだ。一人の魔法少女としてじゃなくて東を束ねる魔法少女としてくれはさんに伝えてる。
それはひなのさんも同じだった。
「いいか、マギウス全員を救おうとすれば多くの元羽根と市外の魔法少女が不満を持つだろう。逆をすればいろはたちが望まない結果になる。あちらを立てればこちらが立たずってヤツだ」
「……そうね」
「今回に限った話じゃないのはオマエもわかるな? マギウスの翼だってそれに縋ってたヤツらがいたが、アタシらは敵対して戦った。結果だけ見ればうまくいったが……この先全部そうなる保障なんてない。どうあっても二つに一つしか選べない同じようなことが起きたら――いや、話が逸れたな」
これはきっと、みんなに関係することなんだ。それこそ十七夜さんとひなのさんを含めて。
私たちはワガママを通して戦ったから今がある。羽根の人たちの想いを無視したと言われたらそうなのかもしれない。だけど、だからこそ、私たちは頑張らないといけない。
「なあ、さっきから話がめんどくせーんだよ! 助けたい奴は助けるでいいんじゃねぇの!?」
「うむ、深月君の考えも真っ直ぐだ。……少し長くなったな。信念は知っているし、虚飾でもないと十分わかっている。自分は納得した。この問いはここで終わりだ」
「……私も無力化刑についてはわかったわ」
どうしても刑の話は重くなってしまうし、フェリシアちゃんやういには理解しきれないところがあったかもしれない。私だって難しく思う。けれども、クリスマスに刑罰の歴史の本を貰っていたさなちゃんはその後の刑の細かい内容を更に詰めるのに活躍してくれていた。
それで、気が付いたらかなり時間が過ぎてしまっていた。早めに始めたはずなのに、決めないといけないことが多すぎて進んでるのに中々終わりが見えない。他の街の魔法少女の意見も必要だからということで、今日はここまでってことになったんだ。
その日の夜、今日は泊まっていくらしい鶴乃ちゃんも交えて、私たちはリビングで話し合いの内容をもう一度思い出していた。
気になったことはいっぱいあるけど、特に聞きたかったことがある。あの場では話の腰を折ってしまうから言えなかったこと。
それは十七夜さんがくれはさんの想いをよく知っている理由だ。みたまさんのように同じ学校でもないし、住んでる場所も違う。十七夜さんに初めて出会ったのはウワサを消そうとみんなに協力してもらった時で、それ以前の二人の関係性を全然知らない。
疑問を伝えると、鶴乃ちゃんがポンと手を打った。
「そっか、いろはちゃんとさなちゃん、それとういちゃんは知らないよね」
「話したことなかったわね。帆奈がみかづき荘に来た時もそういうタイミングじゃなかったし……」
思いがけない名前が出てきて、「帆奈ちゃん?」と言葉が漏れた。一体どう関係してるのかわからなくて私以外も同じ反応の中、ただ一人、フェリシアちゃんだけは微妙な顔をしていた。
「この中だと直接関わったのはわたしとやちよ、フェリシアは……」
「あー……確か……このはとくれはが戦ってたってとこに行っただけだぞ」
「そうそう、あの時はあなたのおかげで収まったのもあるわね」
またも予想していない話。あの二人が会っているところはそんなに見てないけれど、争い合うような仲じゃなかったはず。
それと帆奈ちゃんがどう関係しているのかは、やちよさんが続けた。
「帆奈はね、神浜を巻き込む大騒動を起こして遂には帆秋さんと殺し合うところまでいったのよ。いえ……最初から捕まえようとしていたから、向こうが一方的に殺そうとしていたのかしら」
「……え?」
私にとってそれは到底信じられない内容だった。確かに最初は敵意を剥き出しにしてくる怖い子だと思っていたけど、記憶ミュージアムでの一件の後でみかづき荘に来た時はそんな様子はまったくなかったんだ。くれはさんのことを質問すると楽しそうに答えてくれるから、むしろ好意を抱いているゆえの反感だったんだろうなって考えを改めたんだから。
それでやちよさんが話してくれたのは『昏倒事件』のこと。その言葉はももこさんが言っていたのを覚えている。なんでもその頃の帆奈ちゃんは今の姿からは想像もつかない手段を使って色んな人を傷つけて、くれはさんを苦しめようとしていたそうだ。
記憶を封じられていたくれはさんと十七夜さんがある意味で初めて出会ったのは二度目の昏倒事件の時。協力して事件を解決したらしい。
「帆秋さんは本当によく知ってたわ。『暗示』という固有魔法の性質から私たち神浜の魔法少女の魔法まで。それらを総動員して大捕物をしたんだから」
逆に言えばそれだけのことをしなければ捕まえられなかったということ。友人だったとはいえ、その相手を監視するって言って四六時中傍にいようとすることをやちよさんと十七夜さんが心配したのは十分理解できる。
「……でも、今は仲良しですよね」
「うん、わたしもゆまちゃんから聞いた話じゃそんな雰囲気はないし」
「それが十七夜が帆秋さんのことを理解して信頼してる理由なのよ。すぐ近くでやり遂げてみせたのだもの。今さら疑うこともないはずよ」
やちよさんが言ったそれを自分にも当てはめて考えてみる。
『願い』を否定したくない気持ちと誰かを助けたいという気持ち。それらがくれはさんを動かしてるのかな、と私は思ったんだ。
それから数日後。みかづき荘にはまた三人組がやってきた。
「おじゃましまーす」
「お邪魔します」
今度はいつも通りの灯花ちゃんに車椅子を使っているねむちゃん。歩けなくはないんだけど、ウワサを創造することで命を使ったから不調らしい。しばらくはそのままでいるみたい。
そして、その車椅子を押しているのが三人目。
「│……いろは、なにか?│」
「ううん、なんでもないよ」
外で行動できるようになった万年桜さんだ。白いワンピース姿の彼女は結界の中で見た時とまったく同じ。
十七夜さんたちを呼んだ日には都合が合わなくて来てもらえなかったから、私たちはそこでなにを決めたかを三人に話した。
すると、一番最初に声を上げたのは灯花ちゃんだった。
「万年桜を法廷にするのはいいけど、そんなに人を呼ぶなんて聞いてなーい!」
「一応避難場所として残してあるのだけど」
これ見よがしにわかりやすく不満を表してて、その言い方は冗談みたいなものだった。年相応の子供らしさを見せてくれたと言ってもいい。
でも少し引っかかったことがあった。それを自分の中で形にするのに少し時間がかかってしまって、出来上がる前にやちよさんが言ったんだ。
「……当たり前だけど、最初から極刑になるつもりはなかったのね。二人が提案したことだから断罪されるつもりかと邪推したわ」
その指摘に場が静まり返った。
遅れて私が抱いた感覚も同じ。ねむちゃんが死んじゃったら万年桜さんがどうなるかわからない。避難場所にしてあるってことは最初から極刑になるつもりはなかったんじゃないかな。でも、わざわざそんな危険な刑を提案したのも事実。二人なら私たちに気づかれずに、全部の罪を背負って自分たちを極刑で処刑させることもできたんじゃないかって思ったんだ。
矛盾する二つの意思に混乱する。結局、どっちなのかわからない。
「……そんなこと考えてないよね? わたし、嫌だよ……」
ういが駆け寄ると、二人は顔を見合わせて話し始めた。
「最初は思ったよ。死ぬことが断罪になるのなら、それは背負った責任が多いわたくしたちにとって意味のあること。わたくしたちに向けられた呪いや怨みがいずれういにも向いてしまうんじゃないかって恐怖もあったから」
でも、ういの手を握って笑顔を向ける姿はそんなことを微塵も感じさせない。
「でもね、それってわたくしたちが消えて楽になるだけだって気づいたんだ。逆の立場でういが同じことしたら悲しいもん」
「手伝ってくれるういの気持ちを無駄にしたくない。説明会の時にお姉さんが言った、『同じことを繰り返さないように、みんなで一緒にどう生きるかを考えよう』という言葉の意味を裏切りたくなかった。……それに、生きて償えとくれはお姉さんにも言われたからね」
……良かった。二人が今はそんなことを考えていないことを知れたのはもちろん、私の言葉にちゃんと意味があったんだって実感することができて。
「打算的な話だけど、灯花がいないと自動浄化システムの拡大の目途なんて立たないし」
「くふっ、わたくしとしても全部投げ出して終わりなんて真似はしたくないにゃー」
あとは、なるべく刑が軽くなるようにみんなに納得してもらいたい。それがみんなで考えるってことの一つになるのかもしれないから。
「いろはさん。そろそろ時間じゃないですか?」
「……あ、そうだね。じゃあ私、出かけてきます」
「お姉さま、用事?」
その言葉を笑顔で肯定する。
みんなに夕方には戻ってくるって言い残してみかづき荘から外に出た。行く先は歩いて行ける距離じゃない。駅に向かって電車に乗って待ち合わせの場所へ。
私が向かう先は中央区の無事な場所で、今も人通りが多い場所だ。その人を見つけられるかなって少し心配だったけど、やっぱりわかりやすい。
「時間ぴったりね、いろは」
遠目からでもその淡い栗色の髪がわかった。周りの人とはどこか違う雰囲気で待ってくれていたのはくれはさんだ。
今日は私たちが裁判で使う情報を集めることになっていて、一緒に証人になってくれる人を探したり意見書の回収をしたりするんだ。
参京区と北養区に向かう前にまずは逆方向の栄区へ。並んで歩いていると、なんだか不思議な感じがする。いつも周囲に誰かがいた彼女の隣にいるのが私だけって状況を珍しく思ったのかもしれない。それはくれはさんも同じみたいだった。
「そういえば、あなたと私だけってことはほとんどなかったわね」
「いつもは帆奈ちゃんや観鳥さん、それにこのみさんがいますもんね」
「……最近は前より積極的な気がするの」
「あ、あはは……」
くれはさんを巡る関係はなんというか、うん……その……そういうことなんだよね、多分。だとしたら、ういにはまだ早いかな。
ちなみにかえでちゃんとかこちゃんは同じブロッサムで繋がりがあるからこのみさんを応援してるんだって。同じ学校だからってのもあるのかも。この前も校内でかこちゃんとこのみさんが会っていたのを見たから。
一緒に歩いているとかえでちゃんになにか言われそうだけど……でもね、実は正確に言うと二人だけじゃないの。
「モキュッ!」
「小さいキュゥべえ……」
イブとの戦いで消えたと思っていたあの子はいつの間にか戻ってきてくれたんだ。今まで通り一緒にいたり、気まぐれにどこかに行ってるみたい。今日は出かけようとした私のカバンに入り込んで付いて来ていた。
前と比べたらくれはさんにも慣れたみたいで、身体を伸ばして近づこうとするから私からくれはさんに寄り添う。
そのまま歩いていると今度はカバンから飛び出て、行こうとしていた道と別の方向に向かおうとした。
「モ、モキュ!」
「あっちに行きたいの? うん……でもね……」
そっちは違うから、ってカバンに戻してあげる。
そんなことがあったりしたけど、特に問題もなく私たちは目的の場所である『栄総合学園』に着いた。
「やあ二人とも。帆秋さんの言う通り、先に観鳥さんがある程度調べておいたよ」
待っていたのは観鳥さん。なんでも取材とかの経験があるから向いてるだろうってことで頼んでおいてくれたんだって。私たちにしかできないこと以外は済ませておいてくれたらしい。話を聞いてみると聞き込みなんか本当にすごい量をしてる。
「さすがね観鳥。……観鳥?」
「……正面から褒められるって、なんか久々で」
「いくらでも言うわよ」
恥ずかしそうにしてる観鳥さんを褒め続ける姿は本心だと思う。積極的に来る理由は……そういうところなんじゃないかなぁ……。
「もういい、もういいって! あの人ならあっちで待っててくれてるからさ……いつ気が変わるかわからないし、早く行ったほうがいいよ」
「そうですね……」
無理やり話を打ち切って校内へ。
あの人――アリナさんのことは本音を言うとまだ少し怖いと思うこともある。でも、そういう人じゃないのかもって思う気持ちもあるから。
その彼女は、私の思いを裏付けるかのようにかりんちゃんと教室で待っていてくれていた。
ドアを開けてくれはさんを先頭に中に入るとアリナさんは座っていた椅子から乱暴に立ち上がる。変身していないのに妙な威圧感がある。
「……くれは」
「アリナ……」
目と目が合って、互いに近づいていく。遂に触れられるところまで来て――
「ほんとにフールガールになに吹き込んだワケ!? あれから毎日毎日うるさいんですケド!」
「だから知らないわよ! かりんの勝手でしょう!?」
互いに胸ぐらを掴んで言い合いを始めてしまった。今にも手が出る喧嘩になってしまいそう。
「仲が良いねぇ。一枚撮っておこう」
「ええ……?」
パシャリ、とシャッター音が鳴っても二人は意に介さずに続けている。いつまでも続くかと思ったそれは、間に入ったかりんちゃんが止めた。
「本当に立場をわかってるの!? だって、だってもしかしたら……!」
「アリナ的にどうでもいいんですケド」
椅子に座りなおした彼女は頬杖をついて面倒くさそうに私たちを見る。かりんちゃんが言うにはちょっとは変わったらしけど、私にはよくわからないな。
「あの、今日来たのは……」
「釈明することなんてないワケ。アリナのアートに嘘を吐いたら穢れるヨネ」
「せーんーぱーいー!」
苦笑いを浮かべてしまうけど、ここで下がっちゃダメ。
私が法廷となる万年桜さんの結界に足を踏み入れるまで、そう時間はないのだから。
■今回の内容
『ユメミルサクラ』
■ういちゃん
みかづき荘入り。天使か?
なお属性はダーク(闇)。いろはちゃんはライト(光)。
■万年桜のウワサ
出歩けるようになった。サイバンチョ。
本編での出番はどこ……? ここ(パート38)……?
■アリナ先輩
本当は行方不明と記憶喪失コンボを決める人。ところがそこには元気に走り回る先輩の姿が!
もう二度とあんなことはしないヨネ(大嘘)。
■弁護士助手いろはちゃん
肝心の弁護士がポンコツなので頑張るしかない。
もっとホンシツを見ましょうよ、くれはさん。
■ユメミルサクラ
大失敗すると軒並み死にかねないやべーイベント。お前重いんだよ!
大成功してもそれはそれでアウト。みんな! 愛だよ愛! 裁判なんかやめようよ!
■シリアス
どうあがいてもシリアス。
(明るい展開に持っていけないのは)これはないですね。
■白タヌキ二世
やっぱり帰ってきたモキュ。
お前が明るい百合展開にするんだよ!
■因果
ぜんぜんわからん!