マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート 作:みみずくやしき
工匠区というのは、神浜市の東側に属する区だ。今時珍しい路面電車が走る街並みは情緒を感じさせる。古き良きを体現する理由は工匠の名を冠する通り、腕に覚えを持つ職人が多く住んでいるからというのもあるのだろう。
ゆえに時代錯誤な慣習・風習が残っているのが玉に瑕。市外に住む私ですら感じ取れるのだから、生まれ育った人の気持ちは想像できるつもり。
そのある意味真っ直ぐに偏屈な土地を学区とするのが『工匠学舎』。工業系やデザイン系などの学部が揃った地域に適した学舎だ。
しかし、技術に特化したとはいえ学生の部活動は自由。それを象徴するように校舎の一角にあるのが私が部長を務める歴史研究部の部室。仮、が付くけれど。
属するのは私を含めて三人。
そのうちの一人、高等部二年で幼馴染の『
「……あ、なんですか?」
「そろそろ来るって連絡が――」
来たんだけど、という言葉は勢いよく開けられた扉の音で消え去った。原因は当然ながら私たちの一年後輩の『
「我が歴史研究部は廃部です!」
その驚かされた発言こそ、私こと『
「――というわけです」
結論から話してくれたのはいいものの、要領を得なかった発言の真意は単純だった。
つまるところ、廃部になるかもしれない原因は活動実績のなさにある。私たち歴史研究部は実績が皆無。活動しない部活に予算を落とすわけもなく、このままでは来年度には廃部になる……と、廊下で偶然出会った顧問に言われたそうだ。
「随分と先の話ですね。発足したばかりですよ?」
「それって、普通に部活らしいことをやれって言われただけよ。……でも、食いつきは良かったって思ってるよね、三穂野」
「……バレました?」
毎日顔を突き合わせているのだもの。いたずらっぽく、にこりと笑う彼女の性格はよく知っていた。
それはそれとして、こういう話が出ても仕方がない部分はある。歴史好きの私は郷土史、文学好きの吉良は文学史、映画好きの三穂野は映画史の研究をそれぞれしているという体だけど、論考を書き進めたり読書したり映画を見たり、物は言いようというもので各々好きなことをしているだけだ。実際に歴史研究をしているのは私だけかもしれない。
けれどそれが創部時の約束。そもそも、この歴史研究部は隠れ蓑なのだから。
思い出すのはある日の夕暮れ時、私と吉良、そして偶然居合わせた三穂野の三人でキュゥべえと自称する白い動物に出会ったことだ。私たちに『魔法少女』の素質があると言い、魔女という怪物と戦う代わりにどんな願いでも一つだけ叶えてくれるという契約を持ちかけてきた。
吉良は「まるで悪魔の契約ですね」なんて言っていたけれど、あの時の私にはどうしても叶えたい願いがあった。
偶然前方後円墳だったかもしれない場所を見つけて、神浜市立大学の教授にも調べてみる価値はあると言われたのに、バイパス道路建設の工事で壊されてしまうかもしれないところだったんだ。予算も通り、この段階まで来てしまっては私たちの力だけでは止められる可能性は限りなく低い。最初からもっと頑張ってれば間に合ったのかな、なんて後悔の気持ちを抱いていた。
キュゥべえはまさにそんな気持ちを見透かしたかのようなタイミングでその契約を持ちかけたものだから、吉良が一旦止めても思いは変わらなかった。
私を突き動かしたのは、誰にも知られることなく歴史に埋もれて忘れられてしまうかもしれない古代の人々の想いを知りたい、という研究者気質だったのだろう。だからそのまま契約を交わした。『古墳の発掘を実現させたい。歴史に埋もれた人々の息吹を感じたい』という『願い』で。
その結果はすぐに現れた。教授と同期の市議会議員さんが動いてくれて道路建設は中断。市立大の発掘調査が決まったと連絡が来たんだ。もう、笑うしかなかった。あまりにも急で都合が良すぎる。
効果を実感した二人は順に願いを伝えて契約をしていった。三穂野は『将来、映画撮影の資金に困らないこと』。吉良は『私の紡ぐ言葉が誰かの心に届いて欲しい』。内容が内容だからすぐに効果はわからなかったけど、魔法少女に変身できることが叶ったはずだと二人にも実感を沸かせたはず。
これが、私たちの新たな日常の始まりだった。
魔女を捜して歩き回り、時には紹介された調整屋さんが教えてくれた『果てなしのミラーズ』という場所で鍛錬をする。協力して互いの魔法の性質を確認しあって戦っていく。
そんな非日常が増えた日常生活は充実してると言えば間違いじゃないけど、魔女退治の前も後も気を張り続けて疲れが溜まっていく一方だった。
その中で私たちが欲したのは"憩いの場"。提案した吉良の言葉通りに心休まる場所が必要だったのは事実だし、三穂野が言うように青春や高校生活を魔女のために諦めるのはもったいない気がした。
話の流れで部活を作るということになったから発言者の三穂野に任せてみると、次の日には空き教室が仮部室になっていた。あの前方後円墳の件で新聞に載った私の名前が効果覿面だったらしく、歴史研究のためという名目なら学校側も快く許可を出してくれたそうだ。思いつくこともそうだけどつくづくその行動力には驚かされる。
……と、歴史研究部とその裏の顔の歴史はそんなところ。
そんな偽造サークルじみたものだけど、廃部は困るし予算も貰っているのだから、活動実績は歴史関係のものを真剣にやることに。もともと三人でなにかを発表しようという話はあったから話し合いはスムーズに進んだ。
「歴史モノの映画、撮りましょう!」
と言うか、三穂野のその一言で決まった。私は時代考証、吉良は脚本、三穂野は監督と役割分担が簡単に済んだのも大きいだろう。
題材にするのは私が古い文献で見つけた神浜で実際にあった悲劇だ。当時は新聞沙汰にまでなったみたいだけど今では歴史に埋もれた事件なんて、歴史研究部にとってお誂え向きだもの。
それは大正時代の末期のこと。とある女学生が実業家の男性と婚約した。女学生『瑠璃』は水名の没落した名家の娘。青年『月木彦』は今でいう工匠区の出身で、若くして財を成した成功者。西のお嬢様と東の生まれで成金や成り上がりと呼ばれる存在の二人の縁組はそれはもう大胆。親同士が決めたものでも本人たちは一目で恋に落ち、周囲の人たちも古くから続く東西の対立を解消することができるかもしれないと夢見たそうだ。
もちろんそう簡単に話は終わらない。だって、これは悲劇なんだもの。
その後、月木彦の幼馴染の存在が露見し、過去に将来を誓い合っていたことが発覚した。しかし、東のことを良く思わない暴漢に襲われた月木彦は記憶喪失になり幼馴染のことを忘れて瑠璃だけを想うようになる。瑠璃にとってそれは喜ぶべきことではなかったのか、幼馴染への罪悪感やいつか想いが甦ってしまうのではないかという不安があったのかは定かではないけれど、心を苛んでついに心中――と、いう終わりを迎える。
そうして決まった題材を元に吉良が脚本を書き、三穂野が撮影に使う洋館を押さえて生徒会に追加の予算を出させて小道具などを格安で借りられるようにしてくれた。残るはロケ地の選定とキャストだけ。
ロケハンは合間に行っていくとして、問題はキャストだった。私たち魔法少女は人の命がかかっている以上、魔女退治を優先する。ということはいざ撮影となった時に普通の人が紛れていると魔女と遭遇した時に対処がしにくい。正直に言ったところで信じてもらえないし、何度も理由をつけて離れるのは不自然だ。
ならば、いっそのこと魔法少女だけで演じてしまえばいいと言ったのは吉良。
確かに問題は解決できるけれどそう都合良く集まるものかと心配になり、カミハマジェンヌたちをどうスカウトするかは魔法少女としての先輩に聞いてみることにした。
「なるほど、それでウチに?」
彼女は工匠区にある竹細工工房の一人娘の天音月咲さん。今まで同じ空間で日常を過ごしてきたクラスメイトが同じ魔法少女だったものだから、結界で偶然出会った時には私も吉良も彼女でさえも驚いた。他にも魔法少女がいることはキュゥべえから聞いていたけどあまりにも近すぎる。
「無茶な話だとは思ってるけど、良い案はある? うまく役に合った人がいればいいけど……」
「それこそ調整屋だよ! あそこならいっぱい魔法少女が来るから!」
そういえば、その手があった。
こうして調整屋さんを彼女から紹介されることは二度目となる。主である八雲さんの調整を受けてから、魔女との戦いがグッと楽になったから時々三人で行っているけれど、その度に違う魔法少女を見かける場所だと記憶している。
快く協力してくれる魔法少女は多いからとの頼もしい言葉を受け、これも監督の役目だと張り切る三穂野を手伝う形でスカウトを始めた――けれど、その期間は短かった。
「映画! どうですか!」
初めに三穂野が声をかけたのが、話してみると吉良の知り合いだったと発覚した柊ねむさん。その後に来たのが南凪自由学園の柊桜子さんと帆秋くれはさんという方だった。
この帆秋さんが、全てを解決してくれたのだ。
「本当にちょうどいいタイミング。スカウトならくれはちゃんに任せるのが一番よ~。だって、あの南凪の不審者よ?」
「吉良、もしかして……」
「あの噂で間違いないですね」
『南凪の不審者』とは神浜を騒がしている噂の一つだ。どこからともなく現れてじっと見つめてくるんだとか。メロンパンを渡すと帰ってくれるらしい。記憶を切り裂くキリサキさんや、花を押し付けてくる花裂け女みたいな真偽不明の都市伝説めいたものだと思っていたけど……。
「そう言われてるみたいね」
見れば見るほど噂の情報に当てはまる。唯一違う点としては、メロンパンではなくメロンアイスを持っていることぐらい。
ただ、やっぱり都市伝説は都市伝説だ。お嬢様然としたクールな外見に反して実に話しやすい人物で不審者だという気はまったくしない。多趣味で交友関係が広い。吉良が「これだけいれば私たちの魔法もわかるかもしれませんね」なんて言うぐらいにはその数は多い。その結果、色々な所に出かけるものだから勘違いされていたんだろう。
彼女は事情を伝えるとすぐに連絡をしてくれた。調整屋さんのご厚意で裏のスペースで待たせてもらうと、すぐに要望通りの人が現れていく。
最初の要望はお嬢様らしい人。これは帆秋さん自身が当てはまるけど、水名だったら水名の学生のほうが良いんじゃないかと言われて呼んでくれたのが二人。
「映画でしたらこの阿見莉愛にお任せを! さあ行きましょう帆秋さん、銀幕デビューが待ってるわ!」
「ちょっと待ってね。ゆきかは?」
「頼まれると断れませんが、わたしがいるとトラブルが……」
一人はモデルをやっているらしい阿見……えーっと……阿見莉愛さん。もう一人は謙遜するけれどお嬢様らしい雰囲気の七瀬ゆきかさん。水名はお嬢様学校だと言っても、ここまで綺麗な人と
七瀬さんは少し心配しているようだけれど、彼女の手を帆秋さんが握る。
「ゆきか」
「はいっ!?」
「あなたが雫を助けてくれたことは知ってる。だから、私もあなたを助けるわ。どんなトラブルが起きようと解決するから。あなたしかいないの」
「近い、近いです! ええと、あの、その……は、はい……」
なんと言うべきか、急に私たちの前で恋愛ものの一幕が繰り広げられた。
「あれ、素でやっているんですかね」
「言葉が足りないというか、勘違いされるよね……」
「……いえ、これは来てます! 別の機会があればこういう映画も――」
そんなことがありつつ、スカウトは進んでいく。
水名で大人気のアイドル、史乃沙優希さんを呼ぼうとした時はさすがに私たちが遠慮した。確かPRドラマにも出ていた本職の人。やっぱり忙しいだろうし、スケジュールが合わせづらい。
天音さんのお姉さんだという月夜さんも習い事の関係という理由で今回は見送ることに。お嬢様らしい見た目の七瀬さんが彼女こそ真のお嬢様とまで言うのだから一度会ってみたい気もする。
けど天音月咲さんは工匠で、お姉さんが水名。それに名乗っているのが明槻と別の名字……と、そこまでで余計な勘繰りはやめた。今する話じゃない。
次の要望は妹らしい人で、これは工匠の月木彦の妹役のこと。特に時間がかかることもなく「月咲と理子でいいんじゃないかしら。工匠だし」という帆秋さんの意見で決まった。実のところ、映画の話をした時に天音さんから千秋屋の千秋さんを連れて見学してもいいかと聞かれていたからちょうど良い。
月木彦の幼馴染に関しては柊さんの意見もあり、桜子さんに。その際に聞いたのは彼女はウワサという存在だということ。柊さんの魔法で生み出されたそうだけど、魔法少女は本当に多種多様な魔法を持っているものだと驚かされた。
ここまで来たら誰が主演の月木彦と瑠璃を演じるかを決めていいはず。さっきの光景からして帆秋さんと七瀬さんが似合うかと私は考えていたのだけど。
「その役は三人の誰かがやるものだと思ってたわ」
「ええ、せっかくの歴史研究部の映画ですもの。お三方を中心に撮るべきでは? まあ、どうしてもと言うのであればこの私が主役をやることもやぶさかではありませんが。いえ、むしろこの私こそ主――」
「みくら、どう?」
「最後まで言わせなさいよ!?」
私が、主役を。そんなこと思ってもみなかった。
いつだったか吉良に言われたことがある。私の口癖は「主人公にはなりたくない」だと。それは間違いではないし、確かに自分で口にした言葉だ。歴史研究が好きでも大発見をして歴史に名を残したいわけじゃない。ただ知るのが好きなだけ。歴史の主人公はその時代に生きた人たちで決して私ではない。だから、一歩引いた観察者であり続けたい。……そのほうが楽だから。
決して嫌ってわけではないけれど……主役って柄でもないし。
けれど、歴史研究部の二人は帆秋さんの意見に同調する。三穂野なんて目を輝かせてまでいる。
「人は誰しも、人生という物語の主役からは逃げられません」
「……待って吉良、今そんな面倒な話してた?」
「吉良先輩の言う通りですよ! 実は魔法少女だけで演じるって決まった時、古町先輩を想定して衣装を借りてきました!」
「ああ、だからあの時身長を聞いてきたのね……」
「172cmですからね、古町。絶対に似合いますよ」
微笑む二人にそのまま押し切られて月木彦は私がやることに。
……これ、心の中では最初から決めてたよね。悪い気はしないけど、三穂野にやられっぱなしは面白くない。
「その代わり、ヒロインは私が決めても?」
「いいですよ。主演に気持ち良く演じてもらうのも大事ですからね!」
なら私も意見を通そう。これでおあいこ。
誰になるのかと今か今かと待つ三穂野に指名したのは目の前の後輩。彼女は周囲を見渡して、該当するのが自分しかいないと気づくと急に慌て始めた。
「監督がヒロインをやるんですか!? だ、だいたい私はカメラ兼任ですよ!?」
「あら、言っちゃったわね」
「│藪蛇│」
「もしもし、観鳥?」
カメラのことまでは考えてなかったのだけど、偶然にも撮影を得意とする人もいるみたいで外堀が埋められていく。最初は反対していた三穂野も私との身長差が良い絵になると気づくと意外にもあっさりと受け入れた。それどころか可憐なヒロインになりきるとまで覚悟を決めている。
あとは吉良だけど……ここまでの人数を考えると役者は既に十分だし必要以上に役を増やす意味もない。本人の裏方に徹したいという言葉通りに脚本に集中してもらうことになった。
こうして、三穂野のビシビシとした演技指導を踏まえて撮影が始まっていくのだった。
今日の撮影場所となるのは三穂野が押さえた洋館。まったくの偶然だったのだけど、今は資料館として使われているそこは大正時代に月木彦が建てたお屋敷そのものだった。
私がこの事件を知ったきっかけの古い記事もこの資料館で見つけたもの。偶然とは重なるものらしい。
「観鳥さんは写真が本業なんだけどな」
「頼むわね。そういえば今日は珍しく遅かったけど」
「相談所に用があってね。あきらさんと会ってたんだ」
撮影をしてくれる観鳥さんも到着し、全員の準備が揃うと三穂野が魔法を使う。すると、窓から見える景色が昼から夜に移り変わってレトロな照明が赤絨毯の室内を照らし出した。
これが映画に関することを願った三穂野の固有魔法。本人曰くドラマを盛り上げる『舞台演出』とも言うべきものらしい。特に魔女との戦いで活用できるわけじゃないけど映画を撮るのにはうってつけだった。
その三穂野は今は『瑠璃』として青緑のドレスを身に纏い、普段は束ねた髪はほどいている。それで佇む姿はいつもの活力に満ち溢れた印象からかけ離れていて、こうして見てみると彼女もお嬢様と言えるのかもしれない。
かく言う私も髪を束ね、腕まくりをした白シャツにベストを着ている。それとズボンに山高帽と男装だ。眼鏡でさえもいつものナイロールフレームのものから丸眼鏡に変えている。『月木彦』の衣装だけどなかなかどうして他人から見ると似合っているらしく、評判は良かった。
しかし、演じ始めた阿見さんたちは水名の制服そのまま。そこに混じる帆秋さんは借り物だけれど、普段使われているものに変わりはない。
そこは時代考証担当の私の仕事。手に入れた資料によると、水名女学校の前身となった女学校の制服は今のものとあまり変わりがない。時期的にちょうど洋装に切り替わり始めた頃で、神浜の学校は導入も早かったらしい。正確にその頃のものに近づけてもこれといった驚きもなく、主役の衣装も多少アレンジが加えられている以上はそのままで演じるということになった。
今の場面は洋館で行わるパーティーで、月木彦と瑠璃が初めて出会う馴れ初めのシーンだ。三穂野演じる瑠璃、阿見さん、七瀬さん、帆秋さんが瑠璃の友人の学生役として会話をするというもの。そこに私が演じる月木彦が現れる。
「"ねえねえ、どの方ですの? あなたの許嫁の月木彦さんは……"」
「"えっと……"」
「"いやだわ、お相手の方とは初対面だというのにご存知のはずがないでしょう?"」
「そうねー」
「カーット! 帆秋さん、もう少しなんとかなりませんか!?」
さっきまで瑠璃としてしおらしくしていた三穂野が一瞬で元に戻った。そこまで役になりきるのも凄いけれど、まったく演技ができてない帆秋さんもある意味で凄い。試しに何度か帆秋さんのところだけやってみても同じ結果だった。
「まさかここまで演技ができないとは……」
「私にしたみたいな演技指導は?」
「古町先輩は主役ですし男性の役ですから厳しくやりましたけど、帆秋さんのは普段通りに演じてもらえればピッタリ……のはずだったんです。しかしこれは……吉良先輩、脚本変えられますか? 帆秋さんはもう立ってるだけにしましょう」
「観鳥さんも賛成。この分だとちょっとそっとじゃ無理だし、見た目は良いから賑やかしぐらいにはなるよ」
「発言者を変えるだけで十分対応できる役ですから問題ないです。今日の所はその分を阿見さんと七瀬さんに変えて――」
手に持っていた脚本にその場で修正を加えていた吉良がふらつく。思わず駆け寄って支えると、既に平静を取り戻していた。
「……大丈夫です。ちょっと立ちくらみがしただけですから」
「いえ、ここは一旦休憩にしましょう! いいですわよね三穂野さん!」
「そうですね。スケジュールの確認もしたいですし」
まだ始まったばかりだと言うのに休憩との言葉に不満そうな吉良を宥めて近くにあった椅子に座らせた。そもそも彼女はとてつもない速度で脚本を書きあげている。顔色が少し悪いところを見ると疲れが溜まっているのかもしれない。
「すみません、私が……」
「いいのよ、無理する必要はないんだから」
私がそう言うと、ふぅと息を吐いてリラックスしたようだった。
周囲では他の出演者の皆さんが洋館の装飾を見てなにやら話している。
「……古町、この資料館には今も来るんですか?」
「どうして?」
「来る時の案内が手馴れてましたから」
その言葉に吉良の観察眼を感じた。彼女は歴史好きの私に同じ事を思っているだろうけれど、文学好きにも同じ特性があるらしい。
「せっかくの主役だもの。役作りの参考になる文献がまだあるかもしれないし、目を通しておきたいから」
「心境の変化ですか」
「ちょっと違うかな。月木彦と瑠璃の生きていた時代をもっと知りたいって気持ち。やっぱり私はどこまでも私だよ」
それは誇らしげながらもちょっと自嘲めいたものだったのかもしれない。
少し物事から距離を置いた研究者気質。観察者でありたいそれはある意味では逃避。自己分析するならば、泣いたり笑ったり、怒ったりする感情の発露を押さえたいという欲求の表れというもの。
これを良とするか悪とするかは人それぞれ。まあ私の幼馴染は、こんな性質を好きだと言ってくれるのだけど。
そんな私たちに近づいてきたのは、車椅子を桜子さんに押される柊さんとそれに付き添う帆秋さんだった。心配になって様子を見に来たそうだ。
吉良と柊さんが知り合いだと言っても、匿名作家であった柊さんの作品に感想を送ったら返事が来て時々メールを交換していただけだったらしい。けれど実際に話してみると高校生と小学生という年の差はあれど、同じ文学好きの魔法少女同士通じ合うところがあるようで、私じゃわからないことまで話せるようだ。
ふと、帆秋さんはどうだろうかと疑問を抱き聞いてみると、答えが返ってきた。
「私も読むわよ、本。この前かこに『フォルデルマンハネオモモンガ殺人事件』を借りたわ」
「ミステリーものですね」
「良いね。知る人ぞ知る名作だよ」
……随分とエキセントリックなタイトル。知ってる二人も二人だけど。
「│タイトルといえば、この映画のタイトルは? まだ聞いてない│」
「実はまだこれというものが思い浮かんでないんです。完成までには決めますが……」
「むふっ、大事なことだからね。焦るものでもない」
この頃には吉良の調子もだいぶ良くなっていた。
そして撮影が再開され、その後は変更された脚本通りにつつがなく進んでいった。
「"早速ですがお嬢さん、一緒に踊っていただけませんか?"」
「"あなたは……"」
「"人呼ンで、東の成り上がり……商船成金の月木彦です"」
出会った月木彦と瑠璃は一目で恋に落ち、逢瀬を重ねて惹かれ合っていく。一緒に食事をし、月木彦の妹たちと出会い、時には水名神社で共にお参りする姿はまさしく恋人同士だった。
「"月木彦さん、次もまた会えますか……?"」
「"はい、是非!"」
しかし、段々と二人を取り巻く東と西の関係が露になっていく。
そもそも神浜における東西の対立が決定的になったのは戦国時代。東を根城とする勢力の裏切りが原因で水名城は落城の憂き目を見た。このことが遺恨となって残っていたそうだ。それは二人の関係にも危機を及ぼすこととなる。
「"お兄ちゃんたち、破談になるかもだって……"」
「"どうして急に!?"」
瑠璃の家が没落した原因は数代前のこと。幕末の混乱の中で藩の重臣だった当主を暗殺で失ったことにある。背後には開港による貿易の利権を狙う東の商人の暗躍があったらしく、ゆえに瑠璃の大伯父は暗躍の筆頭とされていた家の出の月木彦との結婚を猛反対した。
「"私、大伯父にかけあってきます! もしも駄目だと言われたら……一緒に駆け落ちしてくれますか?"」
「"もちろんです。一人になンてさせません"」
当時からしてみても何十年も前の話に瑠璃は納得がいかなかった。説得して失敗するやいなや駆け落ちを決行しようとした決意に大伯父も折れ、しぶしぶ容認せざるを得なくなる。
この頃から両家の親戚も二人を祝福し始めるようになる。この関係が東西対立を解消すると夢見て……。
けれど。
「古町」
……。
「古町?」
「……あ、吉良。どうしたの?」
「どうしたのじゃありませんよ。今度は古町が体調不良ですか?」
「でしたら休憩にしませんこと? 今日は千秋さんが紅鮭弁当を持って来てくださってますのよ!」
資料館の広い庭で太陽が私を照らす。阿見さんの言葉を疑問に感じて時間を確認するともうお昼だ。朝から撮影をしていたけど随分と時間が過ぎるのが早い気がする。夢中になると時間を忘れることがあるから、多分それ。
「私は運ぶのを手伝って来ますのでお二人はご休憩を……あら、七瀬さん?」
「いえなんだか全部順調に行き過ぎてる気が……あっ、私も運ぶの手伝います!」
阿見さんと七瀬さんを見送ってから少しして私たちにもお弁当が渡された。千秋屋さんはお惣菜もおいしいと評判を聞く。実際、その味は上質なものでお昼の時間を幸せなものにしてくれた。
「そういえば三穂野は?」
「どこかで食べ終えて次の撮影のことを考えてるんじゃないですか? 最近そういうの多いですし」
三穂野は撮影の後も次のことを考えているのか時々一人で集中してなにかを考えている。今日もまたそれだろうとお昼の休憩時間を過ごしていた。私もあの時の吉良みたいに資料の調査で疲れていたのかもしれない、なんて思いつつ。
「古町、結局のところ私の魔法とは何なんでしょう?」
「まだ気にしてたのね、それ」
「これだけ魔法少女がいるのですから、わかる人がいるかもしれないですし」
唐突に聞いてきたそれは契約の後からずっと気にしていることだ。三穂野は『舞台演出』とわかりやすいにもかかわらず、私たちのものは具体的にはよくわからない。吉良ほどじゃないけど私も少しは気にしている。きちんとわかれば魔女との戦いにも活用できるかもしれないのに不都合なものだ。
「自分の魔法を確認できてないの?」
突然背後から声が聞こえる。急に誰が、と振り返るとペットボトルのメロンソーダを片手に帆秋さんが観鳥さんと並んで立っていた。……こういうところが南凪の不審者と呼ばれる理由なのかもしれない。驚かせるつもりはなかったのだろうけど心臓に悪い。
「悪いね。こういう人なんだ」
「差し支えなければ『願い』を教えて」
マイペースに話を進める彼女に吉良は自分の『願い』を答えた。『私の紡ぐ言葉が誰かの心に届いて欲しい』という内容だとは私と三穂野も知っているし、特段隠すことでもない。
聞いた彼女は知識か記憶を思い起こすように目を閉じて考え始めて、遂に結論が出たのか目を開く。
「わかりますか?」
「わからないわ」
真顔で臆することもなくそう言い切った。
「『願い』と固有魔法が一致しないこともあるし、それだけじゃ判断が難しいの。ただ……魔法って無意識に発動したりもするのよ。ね、観鳥」
「観鳥さんのは『願い』との相乗効果みたいなものだと思うけど。おかげでシャッターチャンスを逃したことはないよ。良くも悪くもね」
「ひょっとしたら、あなたのもいつの間にか――」
その瞬間、帆秋さんははっとした表情で魔法少女の姿に変身する。
「止まれ」
撮影の途中、魔女退治をしている時に聞いたことがある。帆秋さんの『停止』は止める対象がないと発動できないと。
それを証明するかのように、赤紫のソウルジェムが段々と濁っていっていた。
■今回の内容
『忘却の輪舞曲は久遠に睡る』
古町みくら 魔法少女ストーリー3話 『答えの最終稿』(一部分)
吉良てまり 魔法少女ストーリー1話 『新たな日常』(一部分)
吉良てまり 魔法少女ストーリー2話 『三人の成果』(一部分)
吉良てまり 魔法少女ストーリー3話 『取り戻すべき日々』(一部分)
三穂野せいら 魔法少女ストーリー1話 『願わなかった夢』(一部分)
■忘却の輪舞曲は久遠に睡る
『マジカルハロウィンシアター』が劇ならこっちは映画。魔法の性質がポイント。
RTAなら固有魔法を完全に把握してるので何事もなく終わる。具体的に言うと、大体の問題を解決できるシナリオブレイカー詩音千里を初手で呼んでくる。
■古町みくら
歴史研究部部長の魔法少女。眼鏡属性の172cmで葉月に対抗できる人材。
MSSで吉良愛してると言うぐらいにはてまりと仲が良い。
■吉良てまり
文学系魔法少女。ねむちゃんのメル友で色々とレナちゃんに対抗できる人材。
みくらの幼馴染。せいらと実家が近い。
■三穂野せいら
映画監督魔法少女。ブンドド。友人に中二病がいる。
結構なんでもアリな固有魔法『舞台演出』を持つ『CROSS CONNECTION』要員。
■ゆきかちゃん
RTAじゃないので信頼度が上がっていく。
絶対後々ロクなことにならない。
■歴史研究部
部員は勧誘しない方針。ただし魔法少女なら別。
みくらのボイスで勧誘もしてるので工匠スタート歴史研究部チャートもアリ。
■部活動
意外と両立している魔法少女がいる。美術部、演劇部など文化系が多い。
ハードそうなのは月夜ちゃん(筝曲部・習い事多数)、ささら(バドミントン部・生徒会・明日香)あたり。アーカイブだと葉月も陸上部。
■身長
葉月(175cm) > みくら(172cm) > 莉愛様・織莉子 (170cm)。くれはちゃんもこの辺りかもしれない。
実はレナちゃんとねむちゃんは149cmで同じ。灯花ちゃんとキリカも148cmで同じ。みゃーこ先輩はあやめと同じ145cm。