マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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桜の轍

 はっきり言って、すっかり忘れていた。

 

 学校に通うことに疑問を抱いて直談判しようとしていたのに、映画撮影が始まって騒動が起きてそれどころじゃなくなっていた。データベースにあれば忘れることはないので、正確に言えば気分じゃなかったというだけだけど。

 

「│私が学校に行く意味はある?│」

「一般常識を学ぶためなのだけど……それじゃ納得しなさそうだね。ちょっとテストしてみようか。学校で自己紹介をした時の話を思い出してどう思う?」

 

 ねむの言う自己紹介とは、私が帰国子女という設定でくれはと帆奈のクラスに編入した時のこと。自由学園というだけあって色んな人がいて溶け込みやすいだろうという触れ込みと、その設定があるから多少は変な言動をとっても平気と言われたので問題なく行えたはずだ。

 

『このクラスでは二度目ですが……今日は転校生を紹介します』

『│柊桜子、17歳。帰国子女という設定になっている。生まれたばかりだから0歳だけど見た目はそれぐらいだから│』

『あの、柊さん……?』

『│間違えた。言ったらダメだった。……みなさんと仲良くしたいです。これからよろしくお願いします│』

 

 そんな感じ。 

 

「│用意してくれた文を参照したから大丈夫│」

「ねむー、映画撮影で学んだんじゃないのー?」

「人の心を考えることはできるって灯花も認めたじゃないか。……そうだ、もう少し他の人と話してみてほしい。違う刺激が必要なのかもしれない」

「│わかった│」

 

 どうやらまだまだ常識に疎いらしい。

 その日は引き下がってまた学校で授業を受けたけど、やっぱり退屈なのは変わらない。

 だからって抜け出していろはに会いに行ったりすると怒られるし、それは嫌だからきちんと受ける。サーバーに接続してあるから知識はあるし知っていることを繰り返し聞いているだけだけども。

 

 そんな学校生活でも退屈でない時間はある。自由に動けるお昼休みだ。今ではくれはと帆奈、令と一緒に過ごすのが普通になっていた。

 

 昼と言えばお昼ごはん。帆奈と令が食べるものはよく変わる。購買で買ったパンのことが多いけど、帆奈はたまにお弁当を作ってくれはに食べさせてたり食べさせられてたり。だいたい令がいない時が多い。いるとくれはが遠慮するからだと思う。メロンパンしか食べないから栄養バランスを心配しているようだし素直に受け取ればいいのに。

 

 三人の横で私はただ話すだけ。食べたものがどこにいくかわからないから私は食べないほうがいいって言われてる。普通の人に見られると都合が悪いから事情を知っている三人といるのが安全。

 味が気になることはあるけれど、私はこれで満足してる。いろはやういが美味しそうに食べているところを見るだけで嬉しいのと同じ。いつの間にかここにいるだけでぽかぽかするようになってたから。

 

「というかこの前の映画撮影の件、新聞に載ってたらしいよ。資料館で謎の火災発生って見出しのとこに」

「みくら達が事情聴取を受けたみたい」

「なにも知らなかったら怪しいとは思うだろうね。下手に詮索されなきゃいいけど……観鳥さんならやるなぁ」

「│ちょっと待って│」

 

 サーバーからねむが入れてくれた新聞のデータを読み取る。内容は資料館として使われていた大正時代に建てられたお屋敷が不審火で全焼したというもの。工匠学舎の学生たちがいたものの怪我はなし……怪しまれてるわけじゃない。

 そのことを話すと、便利だねって喜ばれた。満足。

 

 私の昼はこうして過ぎていく。

 普段ならそれでいいけど、ねむから言われたことを達成するためにはこの三人以外と話さないといけない。

 

 なるべくなら事情を知っている同じ魔法少女がいい。校内であと知っているのはひなの、めぐる、真里愛。でもそのうち一人は……。

 

「本日のパーソナリティは南凪の喋る機関銃こと批々木めぐるが務めさせていただきますのでどうぞよしなに~!」

 

 校内放送から聞こえるこの調子。お昼は彼女が放送を担当することが多くてあまり会えない。放課後も実況することが多いらしく、くれはに付いていくこともあって私とは予定が合わない。

 ひなのは魔法少女たちの相談相手とかで忙しいみたいだし、あとは真里愛ぐらい。けれども転入した時に挨拶をしたぐらいであんまり会ったことがない。

 

 それを話そうか考えていたら、先に令が話しかけてきた。

 

「そうそう、前の話を正式に決めようと思ってね。新聞部のマスコット、やってくれる?」

「│マスコット……宣伝用のキャラクター……│」

「いいキャラしてるし観鳥報にひとつコーナーを作ろうと思うんだ。ネコ日記も好評なんだけどマンネリ化は避けたい。そこで桜子さんってわけ」

「私は?」

「あんたのことはみんな知ってるでしょ」

 

 頼られるのは悪い気はしない。それに昼休み以外の学校が退屈でなくなる可能性もある。だから了承したら、放課後にバックナンバーを見せてもらえることになった。

 撮影場所がどうとか新コーナーの内容を考えていると昼休みが過ぎて午後の授業に。授業中も引き続き考えてたらあまり退屈じゃなかった。さっそく効果が出ている。

 

 放課後は帆奈は買い物に行くらしいから、くれはに部室に案内してもらうと既に外に令がいた。なぜかひなのと一緒に。

 

「どうしたの?」

「ねむから連絡が来てな。桜子のサポートをしてほしいって頼まれた。他のヤツと話すんだろ?」

 

 くれはと令が私を見る。

 タイミングを逃しただけだから言ってないわけじゃない。ねむは過保護。

 

「桜子、お前は0歳だよな?」

「│そう│」

「というわけで適任を呼んである」

 

 部室を覗いてみると、そこにはもう一人魔法少女がいた。

 

「頼む、こいつにもう少し常識を教えてやってくれ」

「もちろん。それに私も桜子ちゃんとしっかりお話ししてみたかったの」

 

 真里愛だった。

 微笑む彼女のことを聖母という人もいるらしい。名前が真里愛だから真里愛様とクラスで呼ばれているのだとか。それに学童保育でアルバイトをしているとくれはからも聞いている。その一環で南凪の海浜公園に行った時にくれはと初めて会ったようだ。

 

 一旦新聞部のことは置いておいて話してみる。学童保育では指導員のサポートをしているそうで、子供たちと遊んだり宿題を見てたりしてるんだとか。くれはに後者は無理だろうけど、彼女なら教えられるのだろう。

 話し上手という言葉が似合う彼女はなんだか不思議な感じ。データを参照して合っている雰囲気のものを探す。

 

「│団地妻、未亡人みたい│」

「確かに」

「むぐぐ……並ばせるとますます胃が痛くなる……すまん真里愛、こいつらに悪気はないんだ」

「あらあら、うふふ。いいのいいの。クラスでも言われることがあるんだから」

「こりゃ娘と母ってとこだね。どれ一枚撮っておこうか」

「│待った、母親はねむ│」

 

 私がそう言うと、なぜか場が一瞬だけ静かになった。

 

「あー……間違いじゃないか。創ったのは彼女だし」

「考えたのはいろはらしいけど」

「いやだがな、どちらにせよ……」

「……? 桜子ちゃんにもお母さんがいるのね?」

 

 真里愛の言う通り、ねむはお母さん。過保護なところはあるけど一緒にいると甘えたくなる特別な存在の一人。

 

「│でも、どうして? 私がウワサだから不思議に思ったの?│」

「気を悪くしたらごめんね。話してたらなんというか自然物みたい……って言うのかしら。ちょっと不思議な感覚なんだけど、そんな感じがして……」

「妖怪や神様みたいな伝承の存在に近いってことかな。桜子さんはウワサだからねぇ」

 

 伝承の存在は間違いじゃない。だって私は物語だ。

 けどそれが引っかかって、帰ったあとにねむの本の世界に意識を移した。

 

 そこには私と同じウワサたちがいる。一番新しい子はここにはいないけど、『絶交階段のウワサ』や『マチビト馬のウワサ』といった、かつていろはたちと戦ったらしい子たちがいる。

 けど実体を持っているのは私ぐらい。外に出ているとねむの負荷になるし、再度の具現化も消耗するからダメ。脚の調子が悪化するかも。

 

 今日疑問に思ったことを聞いてみると、『名無し人工知能のウワサ』が教えてくれた。

 問題は生きる時間、らしい。ウワサはうわさの内容に合わせた行動を永遠にし続ける。それこそ物語という情報が消失しない限りずっと。その時間差がズレた感覚を生み出して不思議な雰囲気を作ってるのかもしれない。

 

 この時はまだ、ズレをどこか他人事のように思っていた。

 

 

 

 新聞部のマスコットになってからというもの、私は令の撮影の手伝いをすることが増えた。時間が合えばくれはもいる。

 

「今日は花見の名所に行こう。まだ咲いてないだろうけど下見にね」

「│私の結界のほうが綺麗│」

「確かにあれは綺麗ね」

「でも一般人には行かせられないからねー……あ、桜子さんって花を咲かせられるのかな。できたらいつでもシャッターチャンスを作れるんだけど」

「│知らない│」

 

 ちょっとムッとした。花見をするなら私の結界のほうが絶対良い。いろはたちだってそう言うに決まってる。

 けど、なにも見ないで判断するのはダメだ。ちゃんと記録しようと令に付いていった。

 

 その場所は参京区の広い公園。人気があるみたいでランニングコースになっていたりする場所。今日もそこそこ人がいる。

 桜はやっぱり咲いてないけど、しばらく撮影しているから周囲を見てて良いと言われた。

 

 実はここに来た時から気になっている桜の木がある。来る途中にその一本がすごく有名だって聞いたから探してみたけど、私のより小さかった。

 

「│あなたは私よりすごいの?│」

 

 これなら私のほうが有名になる。

 本当にこれだけなのかまずはお手並み拝見。あなたが好敵手たるか見せてもらう。根本から枝の先までじっくり。

 ……普通。特別優れてるところがあるようには見えない。つぼみがあるけど咲くには時間がかかるはず。これなら私のほうがすごい。

 

「なにか引っかかったかな?」

 

 声に振り向くと知らないお爺さんがいた。

 咲いてないのにじっと眺めていたから、木に物が引っかかって取れないのかと思われたらしい。

 

「│観察をしてるだけ。この場所が花見に優れているのか、すごいかどうか。あなたはどう思う?│」

「そうだね、すごい桜だとは思うよ。長い間たくさんの人を見守ってきた桜だからね。まあ、花見にはまだ早いと思うが……」

「│必要なら私が咲かせる│」

 

 それができるのは桜の精だけだって言われたけど、私は『万年桜のウワサ』。多分できる。

 

 なんでもお爺さんは子供の時からこの桜を見てきたんだとか。それはつまり、言っていた通りに桜が見守ってきたということ。ずっと見守り続けるという点に共感を覚えた私は少し考えを変えた。もう少し見てみる必要がある。

 

 この桜のことを教えてくれたお爺さんに感謝を伝えたあとも私は観察を続けた。令とくれはが呼びに来るまでずっと。来たあとも令にもっと情報はないかと聞いてみた。

 

「この桜にまつわるエピソードは多いよ。災害時の避難の目印だったり、明治時代には裕福な外国人が花見を楽しんだらしい」

 

 明治時代……ということは樹齢100年を超える大先輩だ。私は0歳だもの。

 

「ちなみにその外国人たちのためにウォールナッツが料理を用意したとか。いやあすごい。月木彦と瑠璃も味わったそうだし、観鳥さんたちはとんでもない名店の人と知り合いなわけだ」

「私も料理教室のことは反省する」

 

 聞けば聞くほど話が出てきてなんだか面白い。まだ完全に認めたわけじゃないけど、いつの間にかまた少し目的が変わっていてもっと観察したいと思うようになった。

 だからそれからも大先輩のもとに通った。

 

 毎日毎日、色んな人が通って行く。赤ちゃんを連れた人、学生、大人、色々。

 そんな中、またあのお爺さんと出会った。今度はお婆さんも一緒。夫婦なんだって。

 

「あなたが話にあった桜の精さんね?」

「│かもしれない│」

「いやいや、冗談だよ」

 

 お散歩に来たらしい二人と少しだけ話すと、去り際に今日は寒いからってカイロをくれた。買いに行ったって言う桜の香りのするビスケットも。

 カイロはぬくぬくするするしビスケットは良い香りがする。食べられないけど。

 

 どうしようかなと考えてると、パシャッとシャッター音が聞こえた。令とくれはがいた。

 

「ふっふっふ……桜に通う柊桜子の人との出会いを追っていく連載、名づけて『桜の轍』。これは良い新コーナーになるよ」

「やったわね」

「│盗撮は犯罪│」

「そうよ」

「帆秋さんはどっちの味方なのさ……」

 

 それはそれとして。

 

 こんな風に大先輩は目の前で起こる出来事を見てきたんだろう。何年もかけて何千人何万人と見守ってきたんだ。彼ら一人一人に物語があって、大先輩はそれをずっと見てきたんだ。尊敬する。

 大先輩にあって私にないもの。それは時間だ。過ごした年月もそうだけど、それ以上に在り方が違う。

 

 今、言われたことがわかった。

 私は『万年桜のウワサ』。四人を見守る物語。始まることも終わることも考えず、綴られた内容の通り不変に生きるもの。

 だけど、私たちウワサが変わらなくてもその周囲は変化していく。時間があるんじゃない。時間を纏っているんだ。『名無し人工知能のウワサ』――いや、アイもそれに気づいたのかもしれない。

 

 それからも私は大先輩を観察した。令やねむが心配してるみたいだけど、大丈夫。来るのは放課後だけだし授業には出てる。

 そして、やはりというかあのお爺さんとお婆さんとも時々出会った。

 

「へえ、学校では新聞部に」

「│私はマスコット│」

 

 ある日は学校でのことを話した。

 マスコットで活躍してると言ったら喜んでくれた。

 

「│体調悪い?│」

「いやお茶が変なとこに入ってね」

 

 ちょっと暖かい日には食べているところを見た。

 身体に悪いところがあれば灯花に聞いておくと言って安心させようとした。

 

「│友達は……メロンが好きで神出鬼没のクラスメイトがいる│」

「お爺さん、もしかして……」

「南凪だものなぁ……」

 

 綺麗な青空の日に知り合いのことを話した。

 私に友達がいるって話は嬉しそうに聞いてくれた。

 

 この関係は変わらないと思ってたけど、やっぱり時間は過ぎていく。

 ある日言われた。しばらくお散歩をお休みするって。お茶を飲んだ時に咳き込んでたのが良くなくて、お爺さんが入院するんだって。お婆さんも看てなくちゃいけないから来れない。

 

「実はな、あの日を最後に散歩をやめるつもりだったんだ。それがお前さんを見て昔を思い出した。婆さんと言ってたんだよ。これだけこの桜と縁があるならいつか桜の精と出会えるかもと」

「それでずっとあなたがいるものだから、入院の日まで散歩を続けるって言いだしたの」

「ありがとう、面白い繋がりだった」

 

 時間が流れていけばカイロは冷たくなるしビスケットは消えていく。けどウワサの時間は人と違う。変わらないんだ。

 終わる。その瞬間を大先輩も見ていたのだろうか。私には、よくわからない。

 

 万年桜のウワサとして生きてからというもの、四人がまた出会えることを願い続けてきた。一時は存在意義が失われる事態に遭遇したけど今は仲良くしてる。だからもう過ぎたことだと、そのもしもを考えることはなかった。その日も、次の日も。

 

 ただ、少しして起きたことがあった。

 またいつものように大先輩を観察してた時に話しかけてくる人がいた。見たことのないおばさんで、私がずっとここにいることに気づいたから話しかけたみたい。あのお爺さんとお婆さんの二人とよく話してた子か聞かれたから肯定した。二人と近所で友達らしい。

 

「あそこの家、しばらく来れないと思うわよ? ずっと待ってるあなたを見るのも忍びなくて……」

「│入院してるのは知ってる。元気になった?│」

「それもなんだけどね。……実はあの家でご不幸があったみたいで、バタバタしてるの」

 

 ……それは。

 

 それは。

 

 不幸。悪いこと。具体的に言うと、なんだろう。

 言い方はたくさんがあるからこういうのは人の方がよくわかる。言葉はよく変わるものだし、そうに決まってる。

 

 一旦学校に戻って新聞部を見てみるけど誰もいない。化学部に行くと、今日も相談を受けてたのかひなのと真里愛がいた。私が桜の下で色んな人に会っていることは令から伝えられてる。すぐに事情を察してくれた。

 

「本当にそう言ったんだな? その……」

「│教えてくれないの?│」

「……桜子ちゃん、ご不幸があったっていうのはね。亡くなったってことなの」

「│物を無くしたの? 見つければ不幸じゃなくなる?│」

「いや、つまりだな……その家の誰かが亡くなった。死んだんだ」

 

 死んだ。

 

 ……わかってた。不幸があったとはそういう意味だって、当然のように知識があった。

 

 それがどんなものかは映画撮影のことで理解したはずだった。

 幼馴染の人格に乗っ取られることはなかったけどその想いは伝わってきた。彼女は過去に将来を誓った月木彦と、身を退いて祝福した瑠璃を同時に亡くした。残された者の気持ちがどれだけ辛く悲しいものなのか、データ以上のなにかが私を震えさせた。

 

 けど、今の私が感じるこれは。

 

「……物事には終わりがある。人も物語も、なんであれ終わる。だけどな、今を生きるアタシらにもできることはある。繋がりを持つために、あったことを確実にするために悼むんだ。自分に刻み込むようにな」

「それがきっと、生きるってことなの。まだまだ私にも難しいけどね」

 

 二人は他にもなにか言ってくれたけどジクジクと痛むなにかで聞こえない。

 逃げるようにその場を去って、みかづき荘に行っていたねむと合流したらすぐに私が変なことに気づかれた。説明しようにもうまく話せない。どう言えばいいのかすっかり忘れてしまったみたいに。

 

 そんな私をねむは抱きしめてくれた。撫でてくれた。なにも聞かずに私が落ち着くまで好きにいさせてくれた。暖かくて、それがまた想起させた。

 しばらくして離れると、灯花までいたことに気づいた。この頃には話せるようになっていたから、余すことなく全てを伝えた。

 

「なるほど。桜子にはまだ難しかったのかもしれない。生死の問題と心の揺れ動きをこの前の一件で見たあとの実体験だ。不変のウワサが命について考え始めたとなると……」

「映画に今回と短期間に多くのショックを受けちゃったのが原因だねー。でも、そんな心配することかにゃー? 桜子は生命が宇宙の一部でいずれ土に還るってきちんと理解してるんだよ。この様子ならもう立ち直ったんじゃない?」

「│灯花の言う通り、もう大丈夫。……私はウワサ。人間よりもプログラムや機械に近いから│」

「む、機械だって繊細なんだよ。ちゃんとメンテナンスしてあげないといけないし、エラーを吐いたら動かない。くふふっ、人間と同じだね」

 

 同じ。

 灯花が言うならそうなんだろう。決定的に違うところを除けば。

 

「偉そうなことを言ったけど僕たちは人生経験が少ない。ここは年長者に聞こうじゃないか」

 

 ねむが見た方向にはもう一人分のマグカップがある。

 だってここはみかづき荘。みんなちょうど用事だったり遊びに出かけたりしていたけど、彼女はいた。

 

「……まあ、年長者なのは間違いじゃないからいいわ」

 

 やちよは元々二人となにかを話してたみたいで、私が来たから中断してたそう。込み入った話かと判断して席を外そうとしてたのを灯花が止めてた。

 私が聞いたのは人が死んだらなにをしてあげればいいかということ。そうすればジクジクが治るかと思って。

 

「そうね……南凪の二人が言っていたみたいに悼むのがいいわ。お葬式の時とかは棺にお花を入れたりするのだけど……」

「│花……?│」

「ええ、手向けの花よ。祖母が亡くなった時のことだけど……私も似たようなことを思って、考えて、感じたわ。それが二人を繋いでくれる最後の贈り物で、空に昇っていくんだって。本当かどうかはわからないし、人それぞれだけど……想いは同じはずだから」

「故人との最後の儀式だね。別れを惜しみ、弔うんだ」

 

 それを聞いた私は自然と大先輩のもとに向かっていた。

 あの二人がどこに住んでいたかは知らないし、それどころか名前すら聞いてない。桜の下で出会って、別れた。だからその場所が一番良いと思った。

 

 まだ桜は咲いていない。できるかどうかわからないけど、少し成長していたつぼみの一つにウワサの力を込める。

 

 込める。咲かない。

 ……込める。何度も、何度も。

 

 そこまでして、やっと一つだけ咲いた。

 この桜のひとひらが空に届くように今度は願いを込めて、空に手向ける。

 

「│せめてちゃんと、お別れを言いたかったな……│」

 

 視界がぼやけて、水滴が落ちた。

 

 私は、ウワサだ。老いることない生命だけれど、終わりのある物語だ。

 いろは、うい、灯花、ねむ。それだけじゃない。いつしかみんな亡くなる。人はみんな星の欠片。空に昇って誰しも土に還るのに、物語が忘れられても空気に消えるだけ。

 それを思うと……また胸がぎゅっと痛くなった。

 

 

 

 

 翌日、新聞部には令とひなのと真里愛がいた。

 どうやら揃って待っていたそうで、私を見るなり令が言った。

 

「話は聞いたよ。まずは謝る。ゴメン」

「│……なに?│」

「『桜の轍』を既に観鳥報に載せてたみたいでな。本人は反省どころか自己嫌悪してるぐらいなんだが……」

 

 渡された最新号には大先輩のもとに通い始めてから今までのことがまとめられていた。軌跡が見えるようで不思議。色んな人と会ったけど、もちろんその中にはお爺さんとお婆さんのことも書かれている。

 少し思い出したけど大丈夫。別れは済ませた。

 

「観鳥さん、ピュアな心を売った自分が最低な自覚はあるよ」

「じゃあなんで載せた」

「発行部数と人気のために……」

「今回ばかりは擁護できん……」

「めっ、よ」

 

 責められてるけど私は令のことを悪く思ってない。観鳥報は楽しみにしてるし、待ってる人もいる。そのままでいいって言ったらオーバーに感謝された。

 

「そうだ桜子さん、桜は咲かせられた? 練習してたみたいだけど」

「│できたけど、しない。桜が咲くとみんないなくなる│」

「……おい、どうした」

「│咲くと別れてしまう。別れはダメ│」」

 

 花が咲くのは別れの時だ。またあんな気持ちになるのなら、私は咲かせない。誰も消えてほしくない。 

 四人を守るためなら私は絶対に桜を咲かせない。春が来たら私を含めて全ての桜を切り倒したっていい。魔法少女じゃなくてもウワサだからそれだけのことはできる。どれだけ時間がかかってもやってみせる。

 

「もしかして……二人とも、ちょっと……」

 

 真里愛が小声でひなのと令に言っていたのは概ね私が思っていること。思い込みとか勘違いとか刷り込みとか聞こえるけど、そうじゃない。

 

「ちょっと発想が飛躍してるよ。因果関係がない」

「ああ、桜が咲くことが別れを生み出すんじゃない。春は冬が終わって生命が動き出す目覚めの季節で、物事の節目になることが多いから別れも多くなるだけ。偶然の一致だ」

「│そうは思えない│」

 

 ひなの達は違うって言う。私も違うと言う。話は平行線のまま進まない。

 

 誰もが年月と共に亡くなると思って頭に色んな人が思い浮かんだ。そこに例外はないって、悲しくなった。

 私は大先輩とは違う。ただ佇んで別れを見送るなんてできない。ウワサとしても四人のうち一人でも欠けたら存在意義を失う、弱い桜。だから決めたんだ。

 

 でも、同時に疑問が浮かんだ。

 ウワサと同じく時間を纏う彼女は、どうなんだろう。今日はまだ見ていないくれはは。

 

 彼女は私と同じ。

 許可なく伝えることでもないし、誰も言わないから私も言わなかった。

 

 本当に彼女は変わらない。多分まだ人の目にはわからないけど、ふと気づいて計測を始めた時から微量にも変化していない。髪、爪、身長、体重、その他全て。外的要因による変化はあっても目に見えないなにかが基準に戻している。だから栄養バランスなんて気にする必要はない。体内環境さえ同様のはず。同じく時間を纏っている。

 

 けれども、彼女は変わったとひなのに聞いた。その心と精神が変わって進み始めたんだって。

 

 人でありながらウワサと同じ側面を持つ彼女ならこの問答の答えも出るのだろうか。気づけば、私は行き先を告げずにその場を離れていた。

 新聞部にいないなら勉強会。参京区の相談所近くで度々行われているそれに参加しているに違いない。

 

「くれは? 今日はブロッサムでしょ。勉強会から逃げてるし」

「│地図のアプリを入れてると聞いた│」

「あんな盗聴されまくるヤツすぐに消したに決まってるじゃん。いひっ、だってわざわざ盗み聞きする必要ないし~?」

「やっぱり本当に仲が良いんですね……私も、梨花ちゃんと……」

 

 帆奈とれんが言った。彼女も一緒じゃないみたい。

 次は参京区から新西区。みかづき荘に行く時の道筋から少し外れてその場所に辿り着く。

 

「帆秋さん? 今日は用事があるみたいだから私が代わったんだ。今度爬虫類展に連れて行ってくれるって言うんだもん」

「かえでちゃんとお出かけかぁ……うん、楽しんできてね」

「│どこに行ったか知らない?│」

「お花を買っていったから、あそこかな」

 

 このみが教えてくれた場所は南凪区。戻ってきた。

 学校へ行く道から外れてしばらく歩くとそこは墓地。いくつもの名前が並ぶ中、推測通りに『帆秋』の前に彼女はいた。

 ふわふわとした髪と白いカーネーションが風でなびいて、目と目が合う。真顔がほんの少し綻びを見せていた。

 

「│……ここ│」

「家族のお墓よ」

 

 そう、彼女も別れを。

 もう用事は済んだみたいで帰るところだったらしく、話がしたいと言ったら墓地から少し離れたところにあるベンチに案内された。

 

「│花は手向けた? お別れは言った?│」

「……ええ。両親と姉妹には言ったわ。けどどうしたの急に」

「│同じ気持ちになってほしくない│」

 

 彼女も令と一緒にいたから事情を知ってる。けれど自分に言い聞かせるように一から話した。くれはは、なにも言わずに耳を傾けてくれた。

 

「│……だから、花が咲くと別れてしまう│」

「花もいつか枯れるわ」

 

 それは、そうだけど。

 だからって枯れたら会えるわけじゃない。もう理解した。

 

「このみが言ってた。花を供えることは、命あるものはいつかは死ぬって儚さを説く意味もあるって。プリザーブドフラワーなんてものもあるけど本質は同じよ」

 

 なら私たちはそれだ。自然と同じ時間の流れに生きていない。置いていかれて見送る存在。

 

「│くれは、怖くない?│」

「……なにが」

「│変わらないことが│」

「そう思うことはあったわ。永遠の命を欲しがる人はいるけど、永遠に変わらないなんて置いていかれるみたいで、恐怖でしかなかったから」

 

 これも、答えは知っていた。

 

 彼女と将来の話をしたとういが嬉しそうに教えてくれたから、もう乗り越えたんだとわかっていた。絶対に手放したくないほど恋しく、とっても嬉しくなれるものがある。変わらないものがあるから、それに関係した将来を選ぶって言葉が示してる。

 

 くれはにとってのそれは令、帆奈、このみ、ひなの、杏子、ゆま……それだけじゃない、もっと多くの繋がり。

 けど、それは……変わるはずだ。

 

「だから、私は人との繋がりを大事にしたい。身体が変わらなくても関係と心は変わっていく。悪くなることもあるだろうけど、生きるってそういうことなんじゃないかしら」

「│繋がりは変わる。矛盾してる│」

「それでも、変わらない想いはあるわ」

 

 想いは変わらない。

 私にとってのそれは、あの四人だ。いろはは姉、ういは妹、灯花は先生、ねむはお母さん。いずれ関係が変わることがあっても、大切な人であることは変わらない。ウワサだけじゃなく人もそういうこと?

 

 くれはは、少しだけ悲しそうに続けた。

 

「ねえ桜子。いろはにうい、灯花やねむを放っておいて幸せになりたいと思う?」

「│思わない│」

「私もそうよ」

 

 四人を想う気持ちが変わることはない。そのために私はいる。

 もし、もしも……遠く離れた場所に行きたいって誰かが言ったら、私はどうする。引き止めるかもしれない。付いて行こうとするかもしれない。けれど、それが新しい一歩で幸福を招き寄せるものだったら……惜しみながらも祝福したい。

 

「│別れは、悲しいだけじゃないの?│」

「……そう思いたいわね。私にはこれ以上言えないけど」

 

 明日、その桜のもとに来てほしいという言葉に、ただただ頷いた。

 

  

 

 

 言われた通りに大先輩のところに行くと、この場所では見慣れない景色が広がっていた。

 ねむ、灯花、みかづき荘の人たち、南凪の知り合い、それにもっとたくさんの魔法少女まで揃っている。

 

 その中でやはり写真を撮っていた令は、私に気づくと一目散に駆けてきた。

 

「帆秋さんが都合がつく人を片っ端から呼んでくれたんだ。ちょっと早いけどピクニックをしようってさ」

 

 昨日言っていたのはこのため? でも、なぜ。

 その疑問の答えは、南凪の面々に囲まれたねむが教えてくれた。

 

「どうかな。なにも春は悪いことだけじゃない。こうしてみんな楽しそうにしてる」

「│……咲くと別れるって言ったのを聞いた?│」

「アタシから連絡を入れた。それで相談してたんだが……いろはとくれはの意見が一致して、これだ」

 

 見ると、近くに来たいろはがやちよと一緒に微笑んでいた。

 桜は悪いものじゃないと教えたかったんだと思うけど、きちんと私に届いた。みんなが喜んでくれるものが悪いはずない。

 

 くれはを見ると相変わらず変わっていなかった。

 でも、別れは悲しいだけじゃないって思える切っ掛けは彼女がくれたんだ。

 

「春は大事ですよ。我が放送部も新入部員が来て廃部の危機を脱したんですから! めぐる選手、一世一代の名実況が爆発したわけです!」

 

 めぐるが教えてくれた。春は新しい関係が生まれる。別れだけじゃなく、出会いもあると。

 

「私もね、そのうち学童保育のアルバイトじゃなくなるけど……それまでに出来た関係は消えないの。たった一年でも小さい子って大きくなるのよ。そんな子たちにまた会えたら……将来の楽しみが増えると思わない?」

 

 真里愛が教えてくれた。想いは継がれていくもの。その先があると。

 

「桜子ちゃんが桜を否定するのは悲しいから。それに、別れにも色々あるってことを知ってほしかったんだ」

「大切なあなたのためだからって、結構強引だったのよ」

 

 いろはとやちよが教えてくれた。私は、みんなに想われてると。

 

「ま、そういうことだ。別れが新たなスタートになることもある」

 

 もう気づいてる。

 花が咲くことは別れじゃない。別れは悲しいだけじゃない。

 

「│……だからこそ、会いたい│」

「桜子、その気持ちは人の心だよ」

「ええ。だから、胸の奥の二人を大事にしてあげて。会いに行くことができなくても、覚えていることはできるから」

 

 それでも、もしもう一度会えたなら私はどうするのだろう。なにを伝えるのだろう。

 幻でも幽霊でも――

 

「あらあらお爺さん、あの子……」

「おお、まだいてくれたのか。今日は大勢いるが……」

 

 あの声がした。とっさに振り向くと、あの日々と同じように二人がいた。

 エラー? 違う、そこにいる。生きている。なんで。

 

「幽霊……」

「うーむ……非科学的……とはアタシらは言えんな」

「また映画みたいなことは勘弁してほしいけど、違うね」

 

 口々に聞こえる言葉をすり抜けて近くに寄ってみると、確信した。間違いじゃない。本当にあの二人だ。

 

「│……不幸があったって│」

「入院してる間に親族がな……」

「それで忙しくてねぇ。まだ待っているってご近所さんから聞いたからすぐ伝えたかったのに、遅くなっちゃったの」

 

 よく考えてみたら、あのおばさんは"しばらく"って言っていた。じゃあ、最初から私が思い違いをしていただけ。話が食い違ってたんだ。

 ……やっぱり、学校に通う必要はあるらしい。もう少し理解力を高めないといけない。

 

 二人が無事で良かった。でも、誰かが亡くなったことに変わりはないから。

 

「│……見てて│」

 

 ウワサの力を広げる。前よりもずっと力強く、伸び伸びと。

 つぼみが花開く。一つ、また一つとその数は増えていき、遂には満開の桜が周囲を覆い尽くした。

 誰かが夢の中みたいだって言ったけど、幻じゃない。咲かせた。

 

 生きていたことは嬉しい。色々とみんなを騒がせたけど、その間考えて理解したことは無駄にはならない。

 今なら、私の中にいた月木彦の幼馴染のことがわかる。消える間際に「ありがとう」って言っていた彼女。聞いた時は疑問を浮かべるばかりだったけど、再会して想いを果たせることがどんなことか理解した。

 

 出会いがあれば別れがある。その逆も同じ。

 私は、まだまだ学ぶことがあるみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まったく、結構大きな騒ぎになったじゃない。

 そんなことを思いながらいろはと共に桜子を眺める。相変わらずの雰囲気をしているけど嬉しそうなのはわかる。彼女なりに思うところがあって、私たちがその助けになれたなら良かったのだけど。

 

 ……少し心配したのは本当。別れは悲しいだけじゃないけど、悲しい別れはあるのだから。

 

「いずれこの場所で親睦会もしたいですね。……やちよさん、どうかしたんですか? 朝から上の空ですけど……」

「いえ、ちょっとね」

 

 懐かしい夢を見たからか感傷的になっている。

 気分を変えるように周囲を見渡すと、様々な声が聞こえた。

 

「あー! 鶴乃、それオレの!」

「へへーん早い者勝ちー!」

 

「あれじゃどっちが年下だかわかんないわね」

「レナちゃんがそれ言うの?」

「かーえーでー!」

「ほらほら喧嘩しない。アタシらの分なくなるぞ?」

 

「ところでみふゆ、勉強は?」

「か、帰ったら……」

「本当かにゃー? みっちり教えないといけなくなるよ?」

 

 ……本当に、懐かしい。

 それはいろはも知っている話。けれど全てを知ってるわけじゃない。

 

 騒がしい桜の陰に、二人がいた気がした。

 




■今回の内容
 『桜の轍』
 万年桜のウワサ 魔法少女ストーリー 3話 『学校生活はつまらない』
 由貴真里愛 魔法少女ストーリー 1話 『真里愛様は見逃さない』(一部分)

■桜の轍
 本当は時期的にもうちょっと後のイベント。三割ぐらい違う。
 (RTA的には)キャンセルだ。

■桜子ちゃん
 新聞部のマスコット。くれはちゃんは珍獣とかでしょ(適当)。
 なお魔法少女じゃないのでドッペルはない。

■真里愛様
 クラスメイトからも真里愛様。栄と大東に友人がいる。
 実は魔法少女の真実を知ってる人。

■桜のビスケット
 タイミングがズレたのでどこかの誰かが食べるチャンスを逃した。
 交友関係を増やすチャンスを見逃すなんて走者失格ですよ失格!

■桜大先輩
 お前さっき来た時チラチラ見てただろ。
 よし、じゃあ一花咲かせてやるぜ!

■母
 柊ねむは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ! 
 お母さん? ねむが!?

 
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