マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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耳を撫でて彼岸の声

 はじめまして、ボクは安名メル! 

 大東学院に通う――通っていたですかね? 魔法少女……元が付くかもしれないです。どれもこれも曖昧ですね。

 

 というのも実はボク、『魔女化』という現象を起こしてしまったのです。魔法少女の方にとってはショッキングな話ですが……あ、ご存知ですか?

 それではその説明は置いておいて、こちらにいるのが雪野かなえさん。ボクより先にここにいた幽霊さんなのです。とても優しい方ですよ。

 

 ところで、ボクの来歴を聞きたいですか? 聞きたいですよね! 

 ではお話ししましょう。安名メルの歩んだ道を!

 

 

 

 

 ボクと言えば占い。占いと言えばボクです。ご存じでなければ覚えてください。

 とはいえ、さすがに生まれながらに興味を持っているわけではなかったです。ある日ふと見た星座占いが見事に的中してからというものの、占いで危険を回避できるのだとのめり込むようになったのです。

 

 良い結果が出ればそのまま伝える。悪い結果が出れば回避方法も伝える。そんな風に人の役に立つ占いがしたかったですが、本の内容を読んでるだけとか言われて信じてもらえることはほとんどなかったです。

 そこであのキュゥべえに願いました。『ボク自身が考えたオリジナルのメソッドで、絶対に当たる占い師になりたい』と。

 

 願った直後に変化はなかったですが、家に帰ってタロットカードを触ると願い通りにオリジナルのメソッドが思い浮かびました。しかもその方法で占うと必ず当たるのです。

 このときは本当に嬉しかったです。願いが叶った。みんなを助ける占い師になれるって、張り切ったのです。

 

 それからは毎朝自分を占うのがボクの日課。占いは必ず当たるので運勢が悪かったら家から出ないようにしていました。質の悪いものほど回避が難しいですから。

 

 その日も悪い結果が出たので学校を休もうと思っていたのですが、これまたいつものように、魔法少女の知り合いである十七夜さんに外に連れ出されたのです。まったく占いを気にしない剛胆な姿に付き合うたびにやっぱり悪いことが起きるので身が持ちません。

 占いを気にするなら占いをしなければいいと言いますが、それでは対策もできない。悪い結果を信じてるから事態が悪いほうに流れるんじゃなく元から悪いのです。

 

「む……魔女の反応だ。ここは魔女退治といこうじゃないか」

「だから今日のボクには命の危機が迫ってるって言ってるじゃないですか!?」

 

 冗談じゃない。無理やり引っ張られて入った結界じゃ魔女がボクを狙ってくる。逃げたかと思ったら魔女の口づけで車を操って十七夜さんからボクを遠ざけるし、確実に命を狙ってきている。

 ここのところ魔女が減っていましたからグリーフシードは持ってなかったです。逃げに逃げ、使い魔にも襲われ、遂には本当にここで死ぬのだと思いました。

 

 ですが、やってきたのは死神ではなかったのです。魔女は青い槍の一閃で消え去ったのですから。

 

「大丈夫?」

 

 そう! 七海先輩です!

 十七夜さんから西の魔法少女とは接触しないように言われてましたが、彼女は優しかったのです。占いを信じてくれて、ボクをみかづき荘へ連れて行って明日までいていいと言ってくれました。

 突発的な行動でしたが、もうこの時にボクは決めました。彼女のチームに入ると。

 

 ……ええ、運命とは不思議なもので、その日その時、十七夜さんがボクを連れ出さなければ七海先輩と出会うことはなかったのです。

 何事も必要な時に起こるべくして起こる。ボクはこの言葉が一層好きになりました。

 

 

 さてさてこの頃の七海先輩のチームは七海先輩、鶴乃さん、ももこさん、みふゆさん、ボクの五人でした。仲は良好。自分のことですが良いチームだったと思うです。

  

 そしてボクの占いはやっぱり百発百中で、良い結果ばっかり出るものだから鶴乃さんが占ってほしいなんて言ってきたこともあるんですよ。食事に注意なんて結果が出て危うく万々歳が食中毒騒ぎになるところでしたが。あ、紆余曲折を経て鶴乃さんは腹痛になったです。

 

 良い結果が出ればその通り。悪い結果もその通り。便利なものだったですが……この固有魔法に最初に違和感を抱いたのは七海先輩でした。

 今度は占いが鶴乃さんを奇行に走らせて遂にはみかづき荘のお風呂が壊れた時のことです。これにはさすがにボクも薄々おかしいと思ったです。占わなければ起こらなかったような出来事だったのですから。

 

「考えてみたんだけど……あなたの占いの力は結果通りの未来に誘導するものなんじゃないかしら」

 

 確かに鶴乃さんの固有魔法である『幸運』でも不運を覆せなかったのです。回避するにはどれもこれも難しいものばかり。悪い結果が出たと言っても、それが予測や予知という類のものならばもっと簡単に避けられてもいいはずです。

 

 つまり、ボクの固有魔法は『未来予知』ではなく、占いを成立させようとする『未来誘導』と言うべき代物だったのです。

 

 そんなわけでこの日から占い禁止令が出ました。回避させたいのに占いが不幸を呼び寄せては本末転倒。納得がいかなかったですが、従うことにしました。

 ……まあ、ボクにとって占いはアイデンティティーや生きがいを超えてもはやそのものなので、隠れて占うことはあったですが。この頃の七海先輩はまだ高校生なのに制服との相性が最悪とか出たり、バレンタインにクラスの子を占って一騒動起こしたりで怒られたり反省したりしたです。

 

 ボクの占いを含めて色々なことがありました。経験した中で一番大きな騒ぎとなったのは……鏡の魔女の件ですね。

 

 それは魔女不足でどこもグリーフシードが不足してテリトリー争いが大きくなった時期のことです。ボクみたいに東の魔法少女が西側にいる方が珍しく、東西対立の気運が高まっていて中立地帯の中央区も含めてピリピリしてたです。

 

 事件の始まりは、中央区の結界で魔法少女が対立する区の所属だと名乗る魔法少女に襲われたことでした。誰がやった。やり返せ。そんな声が各地から響く。仕組まれたかのように現れた火種は徐々に燃え広がり、東西に敵対意識を高めていったです。

 七海先輩と十七夜さんの交渉、みふゆさんの根回しでなんとか抑えるのも限界がある。板挟みになる中央区のひなのさんの苦労も日に日に増していきました。

 

 まったく最初の襲撃さえなければこんなことには……と、ボクも怒ってました。プンプンです。

 そんな中、ある日学校で十七夜さんに言われたのです。

 

「実は昨日、中央区の結界で安名に襲われた魔法少女がいてな」

「なるほどボクに……はぁっ!?」

 

 当然ボクじゃないです。占いで休みすぎた結果、出席日数が足りなくて放課後はずっと補習でしたから。そのことは先生も知ってるですし、十七夜さんの『読心』なら嘘じゃないって判断できるです。

 というより冗談じゃない。この事でボクのことを東のスパイだとか言う人も出始めていて、どんどん状況が悪くなっていくです。

 

 けれど、これが決め手でした。ボクが二人いる……それは東西を争わせようとする何者かの意図が隠れているということです。そして初期に起きた襲撃は全て中央区の結界で起きている。十中八九、魔女の仕業です。

 

 そんなことをする魔女がいるとは思ってなかったですが、特異な結界があったのも事実。七海先輩、十七夜さん、みふゆさん、ももこさん、鶴乃さん、ボクというメンバーで乗り込みました。ふふん、これだけの精鋭ならどんな魔女でも勝てるです!

 

 と、思ってました。

 この結界に入った直後にボクらは引き離されてしまったです。しかも内部は恐ろしく複雑でどこが先なのかもわからない迷宮。明らかにピンチでした。

 特に一番厄介だったのはどこからともなく出現する偽者です。結界に突入したメンバーを写し取ったかのようにそれぞれの姿で現れるものだから苦労したです。ただ、見た目はそっくりでも話し方に違和感があるので気づけるです。ボクはボクなのに私と言ったりするですし。

 

 かなり危険な場所でしたが、ボクは鶴乃さんに助けてもらってなんとか全員合流しました。

 これで襲撃の原因はわかったので早々に出口を探して撤退。だってこのメンバーで勝てそうにないなら到底無理なのです。

 

 この結界の主である魔女は鏡に惹かれる性質があったので、それを利用して東側の廃墟に誘導されました。これで大騒動も一件落着、中央区で同じ争いが起こることはなくなったです。

 

 それからもみかづき荘での日々はとっても楽しかったですよ。

 七海先輩は密かに姉のように思ってたですし、鶴乃さんとももこさんはボクの相談に乗ってくれたり距離の近い友人として頼りにしていた。みふゆさんは家事がダメだったりしたですが、それでも魔法少女の先輩としていつだって信頼していた。みんな大好きだったです。

 それはお互いに同じ。特に、七海先輩はみんなに慕われていました。会話ポジション争奪戦が繰り広げられたり、みふゆさんがずーっと引っ付いてたり。本当に、本当に……楽しかったです。

 

 ……そして、その日はやってきました。

 

 朝、どうしても我慢できずに自分のことを占ったらラッキーデイ。十七夜さんに引きずり出されることもなく、弾む気持ちで学校に行って学生生活を過ごしました。放課後にみかづき荘のみなさんと会うのが楽しみだったのです。

 テンションが高かったからか七海先輩に占ったことがバレて怒られたりもしたですが、それはそれ。万々歳の手伝いがある鶴乃さん以外で大東区から流れてきた魔女を倒しに行ったです。なんだかんだでいつも通りの雰囲気でした。

 

 しかし今まで倒されなかった魔女は手強く、ボクたちの消耗は激しかった。グリーフシードのストックもなくて、段々と追い詰められていったです。

 魔法少女の戦いは命懸けのものですからいつかはこんな日が来る。そんな当たり前のことを幸福が忘れさせていた。だからこそ、魔女が七海先輩を狙っていると気づいたボクの行動は決まっていました。

 

「――メルッ!」

 

 ギリギリで押しのけて、全力で魔法を使う。それでも防ぎきれなかった攻撃がボクを襲う。

 完璧とはいかなかったですが、占い通りその日はボクにとってラッキーデイでした。だって、今度はボクが尊敬するリーダーを守れたんですから。

 

 魔女は逃げていって結界も消えた。けれど、ボクは立てませんでした。

 致命傷じゃなかったけど戦闘の消耗に傷の回復でボクのソウルジェムは真っ黒。理由は見当がつかなかったですが、良くないものだとは感覚で知ってたです。

 

 もうダメだって、わかりました。身体がどんどん冷えていって意識が深く落ちていく。

 泣いてボクの手を取る七海先輩を見ると悲しくて――そこで、途絶えました。

 

 後悔はない。

 ……なんて思えたら良かったです。正直に言えばまだまだやりたいことはあったですし、恋もしてみたかった。なにより、このボクの行為が七海先輩たちを苦しめてしまうとは考えもしなかったのです。

 

「ここだね……あたしとメルが会ったのは」

 

 そしてふと気づくと、幽霊のかなえさんと出会っていたわけです。

 彼女はボクの前に七海先輩とチームを組んでいた人で、ソウルジェムが砕けて亡くなってしまったそうでした。それからは七海先輩を見守っているそうです。

 

 正直状況がよく呑み込めませんでしたが、ボクたちのことには誰も気づかない。こちらからもほぼ干渉できない。自分は死んだのだと信じるしかなかったです。

 

 はてさてボクがいなくなったあと、七海先輩はチームを解散してしまいました。みふゆさんはどこかに行ってしまい、ももこさんとの仲も悪くなる。唯一近づけていたのは鶴乃さんぐらいです。

 一人になったみかづき荘はあの頃が嘘みたいに静まり返っていて、七海先輩はとても悲しそうに見えました。自分は悪くないのに責任を背負いこんでいるみたいに見えたです。

 

 ……大体この後ですかね。この先よく出会うことになる彼女と出会ったのは。

 

「ん……この頃からの付き合いかな。随分と長くなった」

 

 それは見かけた結界に入った時のこと。先客が四人ほどいたです。

 七海先輩が最初に注目したのは偶然連日出会っていた阿見莉愛さんで、他の三人のことは彼女の友人ぐらいにしか思ってなかったはず。その中の一人、帆秋くれはさんのことも。

 

 最初はそんな出会いでも、段々と印象は変わっていってたです。

 昏倒事件の折、一度目も二度目も彼女は友人のために全力を尽くしていました。そんな人を七海先輩が気にかけないわけないじゃないですか。だって、見ず知らずのボクを助けてくれたんですよ?

 

「それが七海やちよ。やちよのおばあさんもそうだった」

 

 情報交換をしたいからと連絡先を手に入れて、会えなくてもそれとなく他の魔法少女から近況を聞いてたりしてたです。静海このはさんたちを追っているのがくれはさんだという噂が流れた時だって、疑ってたんじゃなくて情報を渡したかっただけです。

 

 それだけに、更紗帆奈さんと並んで歩く姿を監視として後ろから見てた時は嬉しかったはず。まだ信用できないと思いつつも、友人を救えた彼女を祝福してた。

 他にも倒れて調整屋に運び込まれたと聞いたらその日のうちに八雲みたまさんに話を聞きに行くぐらいには気にかけてたのです。

 

「そして、今度は彼女だね」

 

 ある日、また街中を駆けているくれはさんを見かけて怪しんだ七海先輩はその後を追いました。かなえさんもボクも知ってるですが、七海先輩は魔力の痕跡を追うのが得意なのです。それはもう簡単に、彼女が結界に飛び込んだことがわかりました。

 

 そこでウサギみたいな人と一戦交えたあと、最近探していた小さいキュゥべえを抱きかかえた魔法少女と遭遇しました。白いフードを被ってクロスボウを武器にする、環いろはちゃんです。

 

 たぶん、いろはちゃんのこともくれはさんと同じ理由で気にかけてたはずです。彼女は見かけによらず頑固で、危険だってわかっていても妹さんを探しに何度も神浜に来るんですから。

 

 いろはちゃんは七海先輩に良い変化を与えてくれました。

 神浜に出現し始めたウワサを追ってももこさんや鶴乃さんと協力する彼女は、必然的に七海先輩と彼女らを引き合わせてくれた。みかづき荘も住人が増えていくにつれてだんだんと騒がしさを取り戻していって、昔みたいに笑顔が溢れる場所になったのです。

 

 しかし、悲しいことにみふゆさんとは敵対することになってしまいました。

 くれはさんも仲が良かった観鳥さんがマギウスの翼に行ってしまって……また暗雲が立ち込めたです。

 

 この悪い予感は占いをしていなくとも的中しました。記憶ミュージアムという場所でボクとかなえさんの死の記憶をマギウスに利用されて、七海先輩が苦しむことになってしまったのです。

 

「……チームは解散、なんてやちよは言った」

 

 せっかく出来た仲間なのにそんなことを言っちゃダメだって何度も叫びました。でも声は届かない。触れもしない。歯がゆさだけが増していくばかり。

 それに、もし届いても簡単には意見を変えなかっただろうと今なら思うです。

 

 七海先輩は自分の固有魔法のことを詳しくわかっていなかった。

 だからかなえさんやボクが守って死んでいくのを、固有魔法によって生かされている――自分が殺したと考えていたのです。優しいあの人なら、大切な人をその『誰かを犠牲にして生き残る』魔法の効果範囲から遠ざけるに決まってる。仲間がいるからこそ、その選択をしてたのです。

 

「やちよは責任を感じてた。あたしはあたしの意思で進むべき道を選んだのに」

 

 ボクだってそうです。犠牲にしただなんて思ってほしくない。

 

 その想いは、いろはちゃんが受け継いでくれました。

 なにを言われても七海先輩を拒絶せず、絶対に離れないと宣言したのです。言いたいことを全部言ってくれたです。

 

 ……本当にすごいです。

 七海先輩の魔法を否定するために自分一人でウワサを倒すと突撃していって、その通りに倒し切ってみせたんですから。無茶な行為でも彼女にとっては無理じゃなかった。

 それからは彼女がリーダーとなり、七海先輩の不安と恐怖を完全に消し去ってくれた。未来へと導いてくれたのです。

 

「もう大丈夫。そう思った矢先のことだった」

 

 ええ、まだ困難は続いたです。

 襲い来るマギウスとその幹部たち。助けに来てくれたくれはさんは瓦礫に消え、生きているとわかって助け出しても、もう彼女はボロボロでした。……心配だったですか? それは、そうですよね。

 

 もしもいろはちゃんが神浜に来ていなければ、ななかさんが助け出してくれなければ。七海先輩は遂に限界を迎えていたのかもしれないです。

 

 しかし、そうはならなかった。くれはさんだって立ち上がり、もう一度進み始めた。

 これでもう七海先輩を縛る運命の鎖は外れました。彼女に宿る希望の力がより強く輝いたのです。

 

 その後もマギウスとの戦いは続きました。

 ここからはもう、なんと言うか……とんでもないことばっかり起きたです。例えば美国織莉子さんに『星屑タイムビューワのウワサ』。占いではないですが未来を予知できる力が大量に現れた時なんてちょっとズルいと思ったですよ。

 

 それにエンブリオ・イブとなったういちゃんを助けないといけないし、ワルプルギスの夜なんてものまでやってくる。次から次へと大きな問題が現れて神浜が大ピンチ。

 しかもウワサを三つも纏ったアリナなんてのもいる。結界で身を守る、巴マミさんの魔法を使う、未来予知をする魔法少女とは思えない力を持った恐ろしい相手です。

 

 けれど、七海先輩ならきっと気づいてくれると思ってました。

 

 そうです。どんなに硬い結界でもかなえさんの『装甲無視』なら突破できるし、未来予知はボクの『未来誘導』で相殺できるのです。七海先輩なら内に眠るボクたちの因果を使うことができる。今度こそ、ボクの占いが助けになる。

 

「やちよ」

「七海先輩」

 

 アリナに傷を負わせて、ウワサを一つ破った。確かに未来へ繋がった。

 そうしてあなたもよくご存じの通り、羽根のように紅の花びらが舞ったわけです。

 

 ……やっと、今ですね。

 

 それがボクが最期に見るもの。手足から身体が徐々に薄くなっていく。『希望を受け継ぐ力』に蓄えられた残滓が消えていく証拠です。ほんの僅かな時間だったですが、これにてボクのお話もお終いです。

 この先を見ることができないのが少し心残りだけど、これが運命を切り開く力になるのです。ボクの占いもそう示していましたから!

 

「……じゃあね」

 

 かなえさんは消えないのかって? 言ったじゃないですか。彼女は幽霊さんなのです。

 そしてボクは、ボクであっても安名メルじゃない。

 

 本当はここにはいないんです。魔法少女としては死にましたが、魔女としては生きてますから。

 ボクの存在を端的に言うなら、『想い』。残留思念とかそういうヤツなのです。もしくは安名メルが遺した希望と言ってもいいかもしれません。

 

 本物のボクは魂が変質して幽霊にすらなれず魔女として生きているだけです。

 でも七海先輩の力がこういう機会を与えてくれたのです。見ることが許されなかった未来を見せてくれた。それだけで十分。

 

 だから、ボクとはここでお別れです。

 ほんの一時、魔法が見せた奇跡であってもボクがいたことを忘れないでください。そして、どうか想いを果たせますように。

 

 こんなことが起きたんです。運命も覆せるはずです。

 またいつか、出会える日が来るのなら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、ふとした思いつきのような行動だった。

 満開の桜を見たからと言えばそうなのかもしれない。懐かしい夢を見たからでもいい。テレビで見た運勢が良かったから程度のなんとなく。それでも確固たる目的を持って、いろはに家のことをお願いして向かったのは『フラワーショップ・ブロッサム』。そこにしたのも近くて知り合いがいるからというだけの理由。

 

「……やちよ? 珍しいわね」

 

 店にはやはり帆秋さんがいた。当たり前のように横に並ぶ春名さんとの光景ももはや見慣れている。店長さんも微笑ましく見ているあたり、それが店の名物になっているのかもしれない。

 

 要望通りの花を選んでくれる彼女との付き合いも長い。その似通った立場から互いに気兼ねなく話せることは多かった。今日だってそう。

 

「墓参り?」

「ええ、大東の……言ったことあったかしら」

 

 これから行く場所を伝えると、いつもの真顔が変化した。些細な差ではあったけれど感情が動きやすい、嘘や隠し事ができない彼女らしかった。

 

 花を受け取って駅へ。その途中、見知った顔を見かけた。

 私と同じく花を持ったみふゆ。それに、彼女と話しているのは。

 

「あら、七海さんまで」

 

 メルのお母さんだ。メルは家で私やみふゆの名前を出しては何度も楽しそうに話していたそうで、葬式の時に顔を合わせたら一方的に知られていたことを思い出す。一周忌の時、みふゆはマギウスの翼にいたから二人揃って会うのはそれ以来。偶然にも墓参りの帰りだそうで、私とみふゆの用事と一致していた。

 

 何事も必要な時に起こるべくして起こる。

 メルが好きだった言葉が巡り合わせてくれたのかもしれないなんて思う。だからこそ、別れ際に告げられた「メルの分まで幸せに生きてね」という言葉は、既に消えたあの力を強く思い出させるものだった。

 

 一人で向かう道が二人になり、肩を並べて歩く。

 かなえとメルのことを話せばどこまでも話題が出るもので、懐かしい。一番付き合いが長いみふゆとだからこそ話せることもある。

 

「あの時はあなたが中々帰ろうとしないから困ったわ」

「ふふっ、いじわるですね。やっちゃんが引き止めたんじゃないですか。……あれ、もしかして」

 

 私がみふゆを見かけたときの反応を今度は彼女がした。

 その視線の先にいるのはやはり見知った顔。鶴乃にももこだ。花を持っているわけじゃないけれど、同じように話していた。そのタイミングで向こうも気づいたようで私の名前を騒がしく呼ぶ声がする。

 

「二人ともなにか用事?」

「調整屋に差し入れ持ってったんだけどさ、取り込み中だったみたいだから。その帰り」

「わたしは出前の帰りだよ!」

 

 それにしてはちょうど出会うなんて珍しい。目的を伝えると一緒に行くと二つ返事が返ってきた。

 これで二人で歩く道が四人に。私やみふゆが知らないことも結構あるもので、話を聞いてみると意外なこともあった。私に対する自分の立ち位置を妹と思ってたなんて、言ってくれても良かったのに。

 

 そうして西洋風の墓が並ぶ墓地に辿り着く。個人個人で来ることはあったけれど、こうして四人揃って来るのは初めて。私とももこの関係。鶴乃の心。みふゆとマギウスの翼。色んなことがあって、乗り越えて、やっとだ。

 

 だから、感じた魔女の反応に不思議と驚きはなかった。

 呑み込まれた結界は最初から最深部。ベールに包まれた水晶玉が天井に浮かび、足元と周囲にタロットカードが散乱する、どこか見覚えのある風景。鎮座する魔女だって緑色をして、頭部に半透明のベールを被っている。

 

「やっちゃん、この魔女は……!」

「……起こるべくして起こる。そういうことなのかしら」

 

 偶然墓参りに行こうと思って、これまた偶然母親と出会ってなんて都合が良すぎる。揃った面々を見てもそう。あなたが私たちを呼んだのかもしれないわね。占いはやめなさいって散々言ったのに。

 

「――メル」

 

 見覚えがあるに決まっている。水晶玉もタロットも全部、彼女を象徴するものだ。

 あの魔女の姿を忘れたことなんてない。その存在こそ私がチームを解散して一人で行動するようになった理由の一つ。かなえを失い、メルまで失った当時の私にはこれ以上耐えられなかったから。

 

 でも、今は違う。

 私たちは魔法少女。希望を信じ、絶望を振り撒く魔女を倒す存在。それを確かに知っている。ワルプルギスの夜を倒すために心を繋げたあの日が示している。

 

 それは私だけじゃない。全員が既に変身してそれぞれの得物を手に取っていた。

 

「みふゆ、ももこ、鶴乃。いいわね」

「はい……ここで決着をつけましょう」

「ああ! アタシらでやるんだ!」

「……待っててね、メル」

 

 魔女になってしまったメルを私たちが倒す。それが魔法少女としての弔いになるのなら、この槍を振るおう。かつてあなたを守った青の一閃を。あの頃より魔法少女としての力が落ちていても、この想いだけは変わらないのだから。

 

 魔女はタロットを掴み、その絵柄に応じた炎や風を巻き起こしてくる。本当に彼女なのだと示すかのように戦法まで類似している。

 だから鶴乃とももこが炎を打ち消し、みふゆが風を防ぐ。なにも言うこともなく、互いが互いを信頼して動いている。私の進むべき道を作り出してくれる。

 

 それに答えるように、メルに今の私を見せるように、槍に全力の魔力を込めて――その身を、貫いた。

 

 ……これで魔女は消滅する。結界も消える。

 何度も見た同じ光景だというのに、消えていくそれが、私には成仏していくように見えた。

 

 青空が見える。もう、いない。

 

「やちよさん、これを。取り返したってわけじゃないけどさ」

「渡すのならやちよしかいないよ」

 

 魂はソウルジェムとなり、変質して魔女となる。倒したのなら当然グリーフシードだってある。ももこから受け取ったそれは、どことなくメルのソウルジェムを思わせた。

 私はそれを墓石の前に置いて、じっと眺めた。

 

「気休め、自己満足かもしれませんが、魂がここに帰ったとなれば……」

「ええ……」

 

 このグリーフシードはお供え物。実際にメルが戻ってくるわけじゃないし、放置しておくわけにもいかないから持ち帰る。

 それでもこの行為に意味はあるのだから、これからも私は来るだろう。

 

 いつだって、紫苑の花を添えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、くれはも帆奈も外出していて、ゆまも遊びに行っている時間に調整屋の扉を開けた。

 ちょうど客がいないようで、みたまはカップを片手に座っている。テーブルに置かれたマスタードとケチャップに眉をひそめるあたしに気づくと、いそいそと片付けて歩いてきた。

 

「いらっしゃ~い。今日は一人?」

「魔法少女はそれが当たり前――いや、くだらない前置きはなし。聞きたいことがあってね」

 

 料金代わりのグリーフシードを放り投げると難なくそれをキャッチした。調整屋は戦えないって言って普段はとぼけた動きをしていても、魔法少女であることに変わりはないってわけだ。だからなんだってわけじゃないけど。

 

 そんなことよりも大事なことがある。適当にその辺のソファに腰掛けて、その質問を口にした。

 

「アンタに聞きたいのは神浜の東西関係について。そして、くれははそれをどう思っているのか」

 

 考えてもないことだったのか、みたまは意表を突かれたようで数秒の間が空く。

 

「……どうしてわたしに? それこそ本人とか帆奈ちゃんでもいいんじゃないの?」

「くれは以上に色んな魔法少女を見てるだろ。それに他人に聞いてこそ意味があるんだよ」

 

 拒否されてもはいそうですかと簡単に帰る気はなかった。映画の話を聞いてからこの街に不穏なものを感じてたからだ。それをアイツはどう思っているのか、他人からどう見えているのかを知っておきたかった。

 あの七海やちよや和泉十七夜に聞くよりも中立を謳っていた調整屋のほうがいい。なによりあたしの勘がコイツに聞けと騒いでる。

 

 少し待つと、みたまは歴史から話し始めた。戦国時代がどうとかそういうのは聞いた。問題は数年前の事情。魔法少女が対立してた頃の話だ。

 魔法少女のテリトリー争いはどこも同じ。ただ、この街は東西と挟まれる中央に分かれてただけ。一対一なら簡単に済む話でも人が多くなれば制御が利かなくなったりする。それで何度か騒動があったんだと。

 

「今は落ち着いてるけどちょっと前は抗争が起きていたわ。それに引っ張られるように魔法少女だけじゃなく、学校とかでもね。……けれど、南凪、というか中央はどちらにも属してないから昔からその思想は薄いはずよ?」

 

 まったくないわけじゃないけど、と付け加えたのはあの観鳥令との関係だろう。確かくれはと出会った時のこととかで、東西の悪意が根付いてたって気づかされたらしい。

 だけど、それを気にしてたのはくれはじゃない。

 

「つまりさ、アイツは中立ってことか?」

「そうねぇ……くれはちゃんは生まれも育ちも南凪で東西のこととか気にしてなさそうに見えるし、関係ないと思ってるかもしれないけど……」

 

 みたまは一度言葉を止めて、しっかりとした口調で続けた。

 

「『東』寄りよ。彼女はね」

 

 それは工匠区と大東区。最近くれはが行ってた場所で、仲の良いヤツの出身地でもある。

 

「そもそも彼女、話を聞いた限り昔は魔女を追ってか観鳥さんの撮影の手伝いでしか西側に行ってないもの。それ以外はずーっと大東区に行ったっきり。きっと帆奈ちゃんとの関係よ。西側と交流を持ち始めてからも、やちよさんより十七夜と行動しているほうが多かった。よく一緒にパトロールしていたのも大東団地の面々」

 

 言われてみればそんなことが多かった気がする。あたしと何度目かに会った時だって大東区で十七夜と一緒にいたし、その後も東に行っていることが多かった。観覧車草原とやらに行く前に寄ったらしいのは大東の団地。黒羽根共が暴走した時に向かったのも同じ。

 

「にしてはブロッサムにいたりするけど? つーか行く先でどっち側が決めてたらアンタは――ああ、だから中立か。大東の魔法少女が新西区で店を開いてるんだもんな。納得したよ」

 

 まあ、その辺を話したがらないのには理由があるんだろう。誰だってそんなもんの一つや二つはある。所詮、外様の魔法少女だから込み入った事情には触れたくもないね。

 

 これで大体の目的は達した。この先、神浜の魔法少女が一つに纏まるのならすぐに意味はなくなる疑問だったけど、解決したことに意味があるってもの。やっぱり南凪はそういう沙汰との関係が薄いみたいで、気にしてないんだと知れただけでいいだろう。また余計なことに首を突っ込みそうだけど。

 

 ただ、みたまは最後になにかを言いかけた。

 

「だからもしも、わたしの想像通りなら……彼女はまだ――」

「……なんだよ」

「ううん、なんでもないわ。ごめんなさい、今日はもうお店を閉めるから……」

「随分と早いじゃん。まあいいけどさ……邪魔したね」

 

 あたしを追い出すように急ぐそれがなにを意味してたのかは知ったこっちゃない。

 でもさ、一つだけわかることはある。アイツが今のみたまの表情を見たら絶対に放っておかないだろうって。 

 




■今回の内容
 『耳を撫でて彼岸の声』
 安名メル 魔法少女ストーリー 1話 『すぐにできる!運勢占い』
 安名メル 魔法少女ストーリー 2話 『占いでラッキーデイを掴め!』
 安名メル 魔法少女ストーリー 3話 『“絶対に当たる占い”の秘密』
 『呼び水となりて綻び』(一部分)
 第一部第6章『真実を語る記憶』(一部分)

■安名メル
 占い師系魔法少女。退場済み。
 生存していると風が吹いて桶屋が儲かった結果マギウスの翼が弱体化する。チームみかづき荘は強化される。

■雪野かなえ
 鉄パイプ系魔法少女。退場済み。
 生存していると栄総合学園出身が増える。闇のバイヤーとも戦う。

■やちよさん
 弱体化済み。みふゆさんと同じ。
 しかし弱体化してもこれなので全盛期はどれだけ強いんだコイツら!?
 
■幽霊免許
 イベントで集めるもの。
 おいゴラァ! 降りろ! 免許持ってんのかコラ!

■紫苑の花を添えて
 星4メモリア。やちよさんとみふゆさんのお墓参り。
 なお紫苑の花言葉は「君を忘れない」。

■東西
 経歴ガバ + 今までの行動 + 信頼度の結果。
 信頼度が なぎたん > やちよさん なのが大体の原因。この心境のやちよさんより高い。




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