マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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果てなしのミラーズ 前編

 どんよりとした曇り空の下、私は目の前のお屋敷を眺めていました。

 多くの鏡が設置されたその内装から鏡屋敷と呼ばれる、この場所にあるのが『果てなしのミラーズ』。他の結界と比べて異質な鏡の魔女の結界です。

 

 ここに来るのは始めてではなく、物珍しさから見つめているわけではありません。

 ただ、思い出していたんです。梨花ちゃんのことを。

 

 ミラーズに足を踏み入れる理由は大体は二つに分けられます。調整屋さんで紹介されたからか、鏡の魔女の使い魔から招待状を受け取ったからのいずれかです。

 

 しかし私はどちらでもない。本当に偶然だったんです。なんだか胸騒ぎがして、あまり人がいないこの辺りで気持ちを落ち着けようとしていたら、屋敷から焦った様子で出てきた衣美里さんに声をかけられたのが理由でした。

 梨花ちゃんが結界の中ではぐれて、偽者が現れている。私なら本物か判断できるはずだから手伝ってほしいと言われ……すぐに駆け出して結界に飛び込んだんです。

 

 私が着いた時にはひなのさん、いろはさん、鶴乃さんと共に、数人の梨花ちゃんがいました。

 異様な光景でしたが偽者がいると聞いていましたし、本物はいないと判断できました。なぜかと問われるとはっきりとはわからないのですが、直感のようなものだと思います。

 

 ですが、偽者たちを前にすると早く見つけなきゃという気持ちが私を焦らせました。気が立っていたのかもしれません。その時はとにかく、梨花ちゃんを騙る存在が許せなくて、杖を握る手に力が入って……普段なら魔女や使い魔に放つ、青い魔力の弾を撃っていました。

 梨花ちゃんの姿をしていても使い魔のようなもの。私たちを陥れるための罠だって割り切ればいい。実際、その瞬間まで私もそう思っていました。

 

 魔法が貫く今際、その中の一人と目が合ったんです。目が潤んで、悲しそうにした偽者と。

 それさえも罠だと言われれば返す言葉はありません。ただ、ひょっとしたら……役割を与えられた彼女たちにも思うところがあったんじゃないかと、今でもふと思い出すんです。

 

 その後、ミラーズのより深い場所で気絶していた梨花ちゃんを助け出して私たちは脱出しました。それが最初に立ち寄った時の記憶です。

 

 こんな経験があったので気にかかる敵はいますが、腕試しにちょうど良いのは事実ですし、あの偽者が落とすコインはみたまさんに渡せば調整の支払いにしてくれたりします。普通の使い魔もいるので何回か訪れたりしましたが……今日のように扉を開けたらたくさんの人がいる光景というのは初めてでした。

 

 入ってすぐの玄関ホールの階段には、人の数倍大きい鏡があります。あそこがミラーズの入り口です。ちょうど今、ボリュームのあるポニーテールの方が前に立っていて――

 

「五十鈴れん選手が来ました! ではさっそく……激闘コインファイトinミラーズ特別編! 実況はもちろん、心に響いて世界に巡れ! 枇々木めぐるがお送りいたします!」

 

 南凪のめぐるさんの声が周囲を震わせる。お屋敷に木霊して、耳がツーンとしました。どうやらメガホンの音量ミスのようです……はい……。

 周囲を見ると他の方々も同じような様子で、耳を押さえていたりしました。

 

「れん、大丈夫?」

 

 けれども、声をかけてくれたくれはさんは平気そうです。よく一緒にいて実況されていると帆奈さんが言っていましたから慣れているのだと思います。

 この場では彼女以外によく知っている人はいません。顔見知り程度の仲の方はいますが、まだ少し緊張するんです。

 

 なるべく近くにいようと寄ると、くれはさんは階段の上を指しました。

 

「それでは! 全選手入場ですッ!」

「らしいけど」

 

 入場……してますよね? 

 紹介にしても大体は顔見知りのはずですが……彼女はそれでも実況を始めたのです。

 

「自分を試しにミラーズへ来たッ! 神浜市立大附属学校、五十鈴れん選手!」

「そ、そうですが……」

 

「カタァァァァァいッ説明不要! 耐える力! 中央学園!! 粟根こころ選手だ!!」

「あはは、テンション高いなあ……」

 

「歴史研究部の鞭が今ベールを脱ぐ! 工匠学舎から、古町みくら選手だ!!」

「鞭……鞭なのかな、これ」

 

「特に理由はないッ! 彼女が来るのは当たりまえ! 生徒会にはないしょだ!! 水名女学園! 七瀬ゆきか選手が来てくれたー!」

「この大所帯にわたしが来ていいんでしょうか……今になって心配になってきました」

 

「ブロッサムのバイトはどーしたッ、闘志の炎、未だ消えずッ!! 投げるも斬るも思いのまま! 南凪自由学園、帆秋くれは選手だ!!」

「今日は休みよ」

 

「神浜だったらこの人を外せない! 東の顔役大東学院、和泉十七夜選手だ!!」

「うむ、十七夜選手だ」

 

「名作はこの少女が完成させた! 参京院教育学園! 柊ねむ選手!」

「僕は行かないけどね」

 

「若き天才が現れた! どこにいたんだリリアンナッ! めぐる達はあなたを待っていたッ! 里見灯花選手の登場だぁーッ!」

「くふふっ、よろしくねー」

 

 多種多様な反応をするみなさんを見て、あれ、と思いました。

 話を聞いた時は栄総合学園の人も来るということだったのですが、この中にいません。

 

 同じことを疑問に抱いたくれはさんが問いかけると、「アリナ選手の予定だったんですがボイコットされました」と返事が。

 

「アリナまで来ていたら元マギウスが揃ってたわね」

「むしろ好都合だろう。自分も三人は面倒が見切れん。そもそも変身許可を出したのは里見君だけだ」

 

 その通りに、ここには元マギウスが二人と東の顔役の十七夜さんがいます。

 なぜこの面々の中に私たちがいるのかと言うと、事の始まりはくれはさんからの連絡でした。なんでも灯花さんの要望でミラーズを探索したいそうで、その付き添いを頼まれたかと思ったらいつの間にかめぐるさんの提案でイベントになってしまったのです……。

 

 なので、灯花さん、ねむさん、十七夜さん、くれはさんは元々のメンバーです。そこに予定が空いていた私たちが増えたという形になります。

 

「……って、ねむ選手は行かないんですか!? 密かに学校対抗のつもりだったんですが!」

「自衛のためという条件が満たされるだろうけど、変身が許可されてない僕が行ったら危険だ。外から確認したいことだってあるからね」

「わたくしも最初からそのつもりなんだけどにゃー」

 

 マギウスの人たちの裁判は知っています。私もその場にいて、特定の時にしか変身できなくなる判決を聞いたんです。

 変身許可は出しているとのことですが、なにか行き違いでもあったのか十七夜さんも交えて話し合いが始まっていました。なぜかゆきかさんまで巻き込まれていますが私は完全に蚊帳の外です。

 

 どうしようかと考えていると、くれはさんが私の手を引いて別の方向へ。あれよあれよという間にこころさんも引き連れて、二人一緒に工匠学舎のみくらさんを紹介されました。

 一応、彼女のことは調整屋で魔法少女をスカウトして映画撮影をしていたと聞いています。その話は結構広まっていて、相談所を出入りする魔法少女なら大体は知っているかと。

 

 背の高いクールな人……といった雰囲気で最初はちょっと怖く思っていたのですが、みくらさんは眼鏡のフレームを少し押し上げて、微笑んでくれました。

 

「はじめまして、古町みくらです」

「わ、本当に綺麗な人……! すらっとしてて、憧れるなぁ……」

「みくらは映画じゃ男装してたのよ」

 

 長身の彼女が演じるとなるとそれは様になるだろうと納得できます。固有魔法絡みの騒動でお蔵入りになったのが残念です。

 

 そんなみくらさんの名前自体は、調整屋で耳にする前に新聞で見かけたことがありました。特別古墳に興味を持っているわけではないので、すごい人もいるんだなぁと思った程度でしたが……名前を聞いた時に、そういえばと思い出すほどには心に残っていたのです。

 そのことを話すと、少し照れたように「私の友人のおかげでもあるから……」と新聞には載っていなかった裏の話を聞かせてくれました。

 

「――と、そんなところ。あとは五十鈴さんが新聞で読んだ通りね」

「そっか、れんちゃんは読んだんだっけ」

「はい……こころさんは……」

「私は調整屋でまさらが聞いたことしか知らなくて……みくらさん、その記事まだ見れるかな?」

「ネットのなら多分……」

 

 ……こうして話していますが、実を言うと、こころさんともあまり出会ったことがないんです。同じ魔法少女の一員としてワルプルギスの夜と戦った仲ではありますが、普段の行動範囲がまるっきり違います。

 彼女はハイキングなどが趣味のアウトドア派らしく、対する私はインドア派。それも、梨花ちゃんに誘われるまで最後に海に行ったのがいつだったのか忘れてしまうぐらいの。

 

 でも、同じ点はあります。梨花ちゃんと同じ中央学園というだけでなく……こころさんにも、キラキラとした大切なものがあるんです。

 少しくれはさんに似ているけど、もっと冷静なあの人。彼女のことを話す表情を見ていると、私が梨花ちゃんのことを話している時にもこんな感じなのかなって、思うんです……はい……。

 

 その想いを胸に秘めて四人で記事を眺めていると、向こうの話し合いが終わったようで私たちが呼ばれました。

 

「決まった?」

「ああ、特に変更はない。すぐに梓と桜子君も来るそうだ。柊君には待っていてもらう」

 

 と、いうことらしいです。

 特別に必要な準備というものもないので、変身した私たちはそのまま結界に飛び込みました。

 

 くるりと景色が切り替わって、肌に感じる空気が変わる。

 ミラーズの様子はいつもと同じ。全体的に青く、ソファや照明が乱立している様子は調整屋に近い。壁には多種多様の鏡が飾られていて、まさに鏡屋敷の景色です。

 

 これだけなら普通の結界よりも楽なのですが、そう簡単にはいきません。複雑と言われる理由は別にあります。

 この結界、内部の所々が鏡に写したように反射しているんです。なのにその全てがどこか別の場所を写していて、上下左右がバラバラどころか景色が途切れているところさえもある。注意しないと迷ってしまいますし、敵との距離感も曖昧になってしまいます。

 

「イタっ」

「あ、そこは壁です……」

 

 慣れていないとくれはさんみたいに激突してしまうこともあって……危ないです……はい……。

 

 少し不思議なところがある彼女でもさすがに故意にやってるわけではありません。本当に驚いたことなんですが……初めて来たみたいなんです。

 魔法少女になってあまり時間の経っていないみくらさんでも来ているのに、今日まで近づいたことすらないそうで見るもの全てが新鮮みたいです。招待状が届かなくてもみたまさんとは会っているはずなのに、教えてくれなかったのでしょうか?

 

 それに比べて、先導する十七夜さんはかなり慣れているようです。

 道案内以外にも戦闘だってそう。時々現れる使い魔を倒して先に進んでいますが、大体は彼女の攻撃で倒されています。

 

 安全なのは良いことなのですが変化がないのも事実。

 途中、私たちに守られるように進む灯花さんが話し始めました。

 

「ねーみんなー、わたくしが講義をしてあげよっかー?」

 

 変身を許可されても戦闘に参加することは許されず、手持ち無沙汰のようで傘をくるくる回していたので暇だったんだと思います。誰かが返事をする前に、当然のように『講義』は始まりました。

 

「そもそもね、なにをしようとしてるのかって言うと、自動浄化システムの拡大のためなんだ。まず――」

 

 それはソウルジェムの穢れという基本から始まり、今後の展望へと繋がる話でした。

 ……みくらさんやめぐるさんがいるので、魔女化に関して触れそうになったときには十七夜さんがそれとなく止めていました。あの事実を受け止めるにはそれなりの準備が必要だと思います。特に、みくらさんの場合は友人だというお二人も一緒じゃないと……ダメな気がするんです。

 

「じゃあ次は今日の目的について。このミラーズは他の空間に繋がるって言ったよね。だから前にわたくしが作った魔女を誘導するシステムを応用して、使い魔が空間を繋げるように誘導するんだ。ワームホールとかの夢を追うよりこっちのほうが現実的だよねー。それで繋げた別空間から――」

「もっと簡単に」

「私たちの宇宙と別の宇宙を繋げてすごーいパワーを手に入れるんだよー。くれはお姉さんにはこれぐらいのほうが良いかにゃー?」

「わかったわ」

「待て、それはもしや……」

「ここまで言えば気づくよね。あの“羽”の力だよ」

 

 “羽”とは、ワルプルギスの夜との戦いの時に降り注いだ桃色に光る羽のことだと念を押すように言いました。

 私でもあれが超常的なものだとわかります。杖を支えに立っているのがやっとだった私や、傷ついた梨花ちゃんたちを癒し、再び立ち上がらせてくれたんですから。

 

「あの台風、魔女だったのね……」

「ぁ、そ、そうですよね……みくらさんはあの時魔法少女じゃないですから……」

「めぐるもびっくりしましたよ。神浜を守るためにみなさん戦ってたって言うんですから」

 

 本当に、羽の力がなければ危なかった。

 体力や魔力の回復だけではなくみなさんの魔法も強化されていて、性能や出力といったものが普段よりも強く発揮されていました。

 

 私もそう。黒いシルエットの魔法少女と思わしき使い魔に、確かに魂の存在を感じたんです。

 使い慣れればまたその領域にまで辿り着けるのかもしれませんが、その余波と言うべきものは今でもあります。前より、固有魔法の対象となる存在を強く感知できるようになったんです。効果範囲が広がったと言ってもいいかもしれません。……霊感が強くなった、なんて言い方はちょっと怖いですけど。

 

「くふふっ、上手くいけばすぐにでも結果が――」

 

 灯花さんが続けていた話を打ち切る。

 その理由は奥から迫り来る大量の魔力反応です。全員が察知して、すぐに戦闘態勢を整えました。

 

「おおーっと、なんということでしょう! 敵は多数です! しかしこちらは精鋭揃い! みなさん、頑張りましょう!」

 

 ベルを持った使い魔と望遠レンズのような使い魔の群れ。それらが一斉に突撃してきます。

 ……ちょっと、待ってください。この数……!

 

「ここ、こんなにたくさん敵が来るものなの?」

「すみませんっ! すみませんっ! これ絶対わたしのせいですっ!」

 

 前にいた十七夜さんが最初の一体を鞭で倒しても、その後続がすぐやってくる。あまりにも多すぎます。決戦の日を考えれば対処できない数ではないですが……妙に一体一体が強い気がして手間取ってしまう。

 

「れん選手、魔力弾で撃破しました! 続いてもう一体撃破! これは大活躍です!」

「めぐるの実況は敵味方両方を激励するの。両方強くなるからドラマチックな展開になるわよ」

「うむ、傍迷惑だな! 枇々木君、自分たちが片付けるまで黙っていてくれ」

「そんなーっ!?」

 

 口調は軽めなのですが十七夜さんの圧は凄まじく、意地でも実況しますと言い張っていためぐるさんが先に折れました。その間も使い魔が押し寄せてきているのであまり余裕はないのですが……。

 

「こころはみくらを守って。れんはその援護を。めぐるは灯花と十七夜にお願いするわ、いい?」

「自分も同意見だ。異論はない。……さて、里見君。有り余った力を思う存分使うといい」

「許可も出たことだし……今から灯花ちゃんの、お楽しみたーいむっ!」

 

 灯花さんの傘から炎が噴き出す。その固有魔法により無限に近い魔力を持つ彼女の攻撃の威力と持続性は圧倒的です。新たに生成された傘が多数の使い魔を焼き払っていきます。

 ……この人、少し前は敵対していたんですよね……。

 

「ゆきか、行くわよ。私たちは突っ込む」

「と、突撃ですかっ!? いえ、嫌ってわけじゃないんですが! なぜわたしとわざわざ危険な目に……」

「二人とも武器が刃物じゃない」

「え、あの……くれはさん、ゆきかさん……」

 

 あの炎と使い魔の群れの中に行くんですかと、止めようとしたんですが……行ってしまいました……はい……。

 しかし、私の心配は杞憂だったようです。四方八方から攻撃が飛んでくる苛烈な場所のはずなのに、それでもくれはさんは驚異的な速度で避けて攻撃をしていますし、ゆきかさんもなんだか傷を負う度に動きが速くなっているような……。

 

「五十鈴さん! 横から来てる!」

「――っ」

「大丈夫、私が!」

 

 真横からベルを持った使い魔の突撃。

 おそらく、気を取られた私を狙ったんだと思います。けれどこころさんが受け止めて、止まったところをみくらさんの鞭が叩きました。

 

 それでもまだ動く。二人は攻撃後の隙ができている。追撃を放つには私しかいない。時間にしてみれば一瞬のことでしたが、その判断を下した私は杖を両手でしっかりと握って振りかぶりました。

 このまま叩いても威力はあまりありません。ですがこの杖は大鎌にもなるんです。半透明の刃が先端から飛び出したのを確認して振り下ろすと、使い魔は真っ二つになりました。

 

「す、すみません、助かりました……」

「……なるほど。武器を変化させることもできるんだ。吉良と三穂野にもできるか聞いてみないと……あっ」

「ふふ、終わったらみんなで話そうよ。だから今は!」

 

 こころさんのトンファーから放たれた雷が迫ってきた別の使い魔を吹き飛ばす。今度はそこに私の魔力弾とみくらさんの鞭が追撃を加えました。

 また咄嗟の連携でしたが、しっかりとできました。

 

 このように私たちは連携で。十七夜さんと灯花さんはそれぞれの個の力で。めぐるさんはサポートで。くれはさんとゆきかさんは最前線で。一度役割が決まれば使い魔の群れを相手取るのは簡単でした。あれだけいた使い魔も段々と数を減らし、遂には最後の一体にカトラスが突き刺さって勝利を得たのです。

 

 首下のソウルジェムの輝きは感覚で七割程度。グリーフシードのストックはありますし、ドッペルという最終手段もありますが一戦で消耗しすぎたかもしれません。

 それは私だけではないようで、全員の状態を確認した十七夜さんが言いました。

 

「今日はここまでだ、これ以上無理をさせるわけにいかん。特に七瀬君にはな」

「ま、まだわたしは大丈夫です……っ」

「帰りましょう」

「えー!? みんなまだまだ平気でしょー!?」

 

 灯花さんは渋っていましたが、くれはさんに支えられる七瀬さんが元黒羽根だということを思い出して帰ることにしたそうです。

 私たちが進んでいたのは探索がほぼ済んでいる低階層でしたので、撤退ルートは簡単にわかります。そのおかげで帰りは先ほどまでの戦いが嘘のように、静かに何事もなく戻ることができました。

 

 現実らしい地面に足を着き、変身を解く。

 玄関ホールには後から来ていたみふゆさんと柊桜子さん、それに待っていたねむさんがいて、本から顔を上げて不思議そうに首をかしげました。予定よりも早い帰りということと、ゆきかさんが妙に消耗していることが原因だと思います。けれど、私たちが事情を説明する前にめぐるさんがメガホンを持ったんです。

 

「というわけで、今回のイベントはこれにて終了です! 集めたコインは調整屋で使用可能ですのでどうぞご贔屓に~! ……あれ、そういえばコピーが出てない? もしかしてコイン0枚です!?」 

「むふっ、色々あったみたいだね」

「│お疲れ様│」

「……妙ですね」

 

 言われてみれば、あれだけ数がいたのに全てが使い魔でした。しかも今まで見たのは四種類なのに二種類だけ。大量発生といい、得も言われぬ不安が背後から忍び寄っている気がする。

 ……多分、私の考えすぎです。みなさんいつも通りにしていますし、他に変化もない。

 

「今回のことは八雲に報告だな。帆秋、付いてきてくれ」

「メロンの特売があるんだけど」

「む、特売は重要だな。その気持ちは自分もわかるぞ。……いや、だがな……心苦しく思う判断だが、事情が事情だ。来てもらう」

「メロン……」

 

 異変があれば一番早く気づきそうな二人もこの様子です。

 それに、不確かな不安に身を任せるよりも、こころさんやみくらさんと今日のことを話せている現実のほうが重要でした。以前の私ならこうして会話することなんて無理だったのに、前に進めているんだと自覚できるのですから。

 

 私を含めて普段は別の人と組むことが多い分、戦い方の違う人との連携は勉強になりました。杖と鎌の使い分けを褒められて照れてしまいましたけど……嬉しかったです。

 

 解散となったあとの帰り道にもその感情は続く。

 途中までは道が一緒ですから、外で口にしても問題ない普段のことを話してたんです。例えば趣味のことだったり。

 

「帆秋さんはアウトドアのイメージしか言ってなかったのかな? 編み物が好きなんだ。少しずつ積み重ねていくところが同じだから」

「私も似てるかな。ただ室内にいるだけが歴史研究じゃないし。……五十鈴さんは文章を書くのが好きなんだよね? ふふ、吉良と似てるかも」

「ぁ……そうですね……確かに……」

 

 それで始めてわかることもある。実はこころさんと仲の良いあいみさんと私は既に出会っていたり、みくらさんは刃物が苦手だということもこの時初めて知ったのです。

 少しずつですが、相談所以外にも私の世界は確かに広がっていっている。

 

 手を振る二人に微笑み、振り返す。名残惜しくても今日はここまで。

 一人になったあともポカポカとした気分は続いていました。参加して良かったと、心から思えたんです。

 

 それからしばらくして、「れんちゃん」と私の名前を呼ぶ声が背後から聞こえました。聞き慣れてはいるけれど飽きはしない、鮮やかな音でした。

 振り向くと、そこに彼女がいる。いつだって私に笑顔を向けてくれる梨花ちゃんが。

 

「もう終わったの? 一緒に帰ろ!」

 

 ごく自然に握ってくれた彼女の手は季節柄冷たかったのですが、嫌と思うわけがありません。むしろ今度は私が暖めてあげられたらなんて……思ったりしました。

 いつものように横を歩いて話す時間は幸せでした。何度も繰り返しているのにその度に純度が高まっていって、より深く感じられる気がするんです。

 

「くれセンパイ、いつ予定空いてるかなー。ほら、れんちゃんと一緒にミラーズ行ったんならさ、次はあたしが一緒に行ってみたいじゃん」

「勉強会で……聞いてみよう?」

 

 それに、言葉を交わすと世界がより色づいていくようでドキドキします。

 こうしているといつだって始まりを思い出せる。生きると決めて良かったって、強く、強く……思いました。

 

 ……なのに、普段は感じない、起こるはずもない現象が私を包んだんです。

 

「え……?」

 

 私の魔法が反応している。彼女に使える。『成仏』させられると。

 なんで。どうして。梨花ちゃんはここにいるのに、普通の人に対して使えるわけがない――

 

『……あれ、そういえばコピーが出てない?』

 

 まさか。

 

「れんちゃん? どしたの?」

「……違う、あなたは梨花ちゃんじゃない……!」

「えへへ、バレちゃったか」

 

 考える前に変身して杖を突きつけました。

 これは幻覚や変身といった魔法じゃない。そこにある感覚が違う。一度気づいてしまえば違和感が溢れ出していって、先ほどまでの時間が恐ろしく冷たいものに変わっていく。変わらない笑顔が不自然に張り付いているように見えてしまう。

 

 どれだけ同じ声色をして、同じ言葉を並べても……惑わされたり、信じたりしない。

 彼女は偽者だと確信を持った瞬間に鎌を振り抜いていました。ここが人通りの少ないところで良かったと、思考を止めるように別のことを考えて。

 

「鏡の奥へ、来てよ。くれセンパイと一緒に」

 

 血の一滴も流れないコピーは鏡が割れるように消えました。

 私と梨花ちゃんを嘲るように、以前の悲しみなんて幻だったと思わせるように、笑いながら。

 

 いつの間にか降り出したさめざめとした雨に気を向ける余裕もなく、立ち尽くす。

 

 あの鏡の魔女は魔法少女の複製を作ってなにをしようとしているのでしょう。罠、同士討ち、疑心暗鬼……悪いイメージが次々に思い浮かんでは消えていく。

 確実だったのは、人と人との想いを利用する鏡の魔女を許せないという私の気持ちだけでした。たとえ元々は魔法少女だったとしても、不幸を振り撒くそれは――敵なんです。

 

 だから、スマートフォンを手に取って電話をしました。

 

「もしもし、どうしたの? 今? 家だけど……泣いてる? イヤなことでもあった!? す、すぐ行くから!」

 

 本当の太陽は、暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 梨花ちゃんに連れられて、私は調整屋に向かいました。

 ここには先に行った十七夜さんとくれはさんがいる。主であるみたまさんだっているはずです。辛くても、コピーが接触してきたことは話さないといけない。

 

 調整屋の青い空間にはやっぱりその二人がいました。入ったときには世間話をしていたようです。

 私の様子を見るとなにかが起きたのだと察してくれて、梨花ちゃんに助けてもらいながらおずおずと起きたことを話しました。

 ……すると、空気が段々と鋭さを増していって雰囲気が変わっていく。鏡の魔女へ感じたことは同じなんだと思います。

 

「わかった。七海と都にも連絡を回す」

「結局見なかったけどそのコピーっていうのは外に出てくるの?」

「前にそれで一騒動あったのだ。そうならないように管理しているのが八雲なんだが……」

「あの、みたまさんは……」

 

 十七夜さんは首を横に振る。奥のスペースも見せてもらいましたが、確かにいませんでした。

 

「ここのところ留守にすることが多いと思ったが今日もだ。せめて施錠ぐらいしたらいいものを」

「灯花の調査に付いてくるって話もあったと思うんだけど」

「最初はそうだったな……」

 

 どうやら最初は十七夜さんとみたまさんが灯花さんの付き添いでミラーズに行く予定だったそうです。それがくれはさんが増えて変化していって、いつの間にか今日のようなことになっていたと。

 

 結局、今日のところはそこまででした。

 具体的な対策をするにしても準備が必要なので、今は情報を拡散して注意してもらうしかない。みたまさんが戻ってきたら本格的に動くそうです。

 

 ……だけど、翌日、そのまた翌日になっても調整屋にみたまさんの姿はありませんでした。

 学校にも行ってない。電話も出ない。忽然と姿を消したのです。

 

 まるで、鏡の迷宮が呼び込むように……。

 




■今回の内容
 果てなしのミラーズ 第20鏡層 『真偽を分かつ記憶』
 果てなしのミラーズ 第21鏡層 『消えた調整屋』

■果てなしのミラーズ
 別の場所どころか別の宇宙とも繋がるやべー場所。大ロス発生地帯。
 ハードモードなのでコピーが積極的。内容が7割ぐらい違う。

■れんぱす
 追撃!(精神強化) 追撃!(コネクト) 追撃!(専用メモリア) って感じで……。
 ミラーズだとクーほむと組んでいることが多い。それとは別に梨花ちゃんとも組む(クリスマスver.)。

■こころちゃん
 実はれんぱすより身長が低い。
 まさら(162cm)、れん(160cm)、こころ(155cm)、梨花(153cm)。

■灯花ちゃんのお楽しみタイム
 戦闘開始時ボイスだった。
 第10章3話のセリフの流用だったので新規ボイスに差し替えられた経歴を持つ。

■ミラーズコピー
 固有魔法すらコピーする。あらゆる手で騙してくるヤツら。
 時間をかければ本物に近づくのか後の時系列になるほど見分けがつかない。精度自体も上がっているかもしれない。なお、自我がある(杏子冬服ストーリー)。

■コピーのSDキャラ
 鏡写しのように反転している。
 ミラーズ以外で本人が敵として出てくる場合には反転ではなく特殊仕様。コピーやちよさんと敵として出てくる本物やちよさんは見えている脚が違う。

■コピー雫ちゃん
 時空管理局から追われる異世界渡航者で次元犯罪者。
 ミラーズと『空間結合』の合わせ技により海鳴市に繋げるミラクルを起こした(なのはコラボ)。これも空間結合のちょっとした応用だ。
 
 

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