マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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果てなしのミラーズ 後編

 

 みたまさんが消えたという一報は、私にも届けられた。

 

 その電話が来たのは喫茶店であいみとまさらにミラーズでの出来事を話していたとき。すぐに話題はそっちに変わった。

 

「こころが最後にミラーズに行った日から見てないんだよね?」

「もう三日よ。行方不明者届が出されて警察沙汰になるかもしれない」

 

 彼女がいなくなって私たちに一番影響があるのは『調整』だと思う。

 魔女の数は段々と減っていってるし、強さも落ちている気がするけど、やっぱり調整を受けられなくなるのは厳しい。ソウルジェムに触れてもらうそれはメンタルケアの意味もあるのかもしれないし、既に日常の一部分だもの。

 

 そして、そんな利益云々を抜きにした感情が私たちにはあった。

 みたまさんとの思い出はたくさんある。常日頃の会話だけじゃない。私とまさらをハイキングに誘ってくれたり、神浜で騒動が起きたときには場所を貸してくれたりもした。

 料理は壊滅的に下手なんだけど、それだって愛嬌の一つ。いつだって笑顔を見せてくれて親身になってくれたあの人を放っておくなんて選択肢は最初からない。

 

 同じように思っている魔法少女の子は多いみたいで、調整屋はどこだーってみんなが探してるんだって。

 

 情報を教えてくれたのは最初に電話をかけてきた人。こういう時には先頭に立って行動を起こす、くれはさんだ。

 そういえば、出会い始めは彼女のことを帆秋さんと呼んでいた気がする。一緒に遊ぶことも多いから仲が深まっていって、いつの間にか名前で呼ぶようになっていた。

 

「それで、他になんて?」

「あいみの『行動予測』で探れないかって」

「前にやったみたいに? どーだろ……情報がないし、やっても少し先の結果しか出ないからなぁ。ねね、他には? 範囲を絞り込めることとか言ってなかった?」

「そういうのはなかったけど……ミラーズのコピーが外に出てくるかもしれないから単独行動は避けて、だって」

「へぇ、外に……それヤバくない!? ちょ、ちょっと待ってて! 一応連絡してみないと!」 

 

 あいみが急に慌てて電話をしたのは参京院の夏希さんだった。特定のチームに入っているわけじゃない彼女のことが心配だったみたい。手分けして探すにしても複数人いたほうが良いわけだし、あいみはそっちに合流することになった。

 

 まさらと二人になったあとに私たちが探したのは中央区の辺り。あの戦いで被害が出た場所にいたら簡単には見つからないだろうし、なにより危ない。万が一普通の人が来ても姿を消せるまさらと、瓦礫が崩れても耐える力がある私がここに入るのは適任だった。

 

 この場で戦ったわけじゃないけど、崩れたビルや抉れたコンクリートの地面が戦いの大きさを想像させる。復興にはまだ時間がかかりそう。普通の魔女相手の被害なら誤魔化しきれてもこれじゃ隠しようがない。ここまで被害が広がったのは初動の遅れのせいだって、市長さんが責任を取らされて辞任するなんて話もあるらしい。

 

 それでも、中央区のランドマークは奇跡的に立っていた。

 

 出身が中央区で中央学園に通っているからこの塔はよく見ている。馴染みがあるからだけじゃなくて、まさらと一緒に景色を見たりバレンタインに来たりもした思い出の場所。

 どうして登山が好きなのかって聞かれたりもしたっけ。それで一緒に行ったハイキングはあの日の一番を超えていって……様々な切っ掛けになった場所でもあるんだ。

 

 だからこそ、サポートしてくれたみたまさんを見つけないと。

 気持ちを切り替えてもっと念入りに探すけど、それでも一向に見つからない。魔力の反応で探ってみても結果は同じだった。

 

 ……ふと、まさか、なんて最悪の想像が頭を過る。この場所を探しただけでその判断は早いとわかっているのに、小さな不安は消えなかった。

 

 追われるように捜索場所を変えることを提案して、次に見始めたのは魔女の結界。戦闘能力のない彼女が結界に入ってしまったら、逃げられなくなっているのかもしれないから。

 けれど、普通は自ら結界に入るわけがないとも思う。突発的なトラブルかそれとも……。

 

 直感に従った私の足は、自ずとあの場所へと向かっていた。

 

「鏡屋敷……ここは」

「どうしても無関係と思えないの。管理してるのはみたまさんだし、ミラーズの異変も同じぐらいに起きてる。もしかしたら来てるかも」

「外で待っていた人もいるんでしょう? タイミングが不自然な気もするけど」

「それでも、手がかりがある気がするの」

 

 押し付けるような言い方になっちゃったけど、まさらは私を理解してくれた。

 

 大きな鏡の入り口に触れて、結界の中へ。

 内部の様子は前に来た時と変化はない。いつものように青くて、鏡だらけ。コピーだって出てこないけど、唯一違いがあるとすれば、たまに使い魔が来るぐらいで大量発生が嘘みたいに見えること。

 

 鏡の反射で見落としがないか注意して降りるだけ降りてみる。やっぱり変化はない。

 どんなに進んでも使い魔は前方から来るだけ。前に立つ私の電撃で倒せててまさらの消耗はないに等しい。

 

 でも、進めば進むほど足取りは重くなっていった。

 この結界は本当に異様だ。どんどん複雑になっていくし最深部にいつ着くかもわからない。まるで山頂が見えない登山をしてるようなもの。遭難しているようで、時間的にもそろそろ引き返すべきなのかも。

 

 なんて思った時、私の頬を撫でる魔力が波立った。

 

「なにか来るよ!」

 

 背後のまさらに声をかける。返事が聞こえる前に、熱気のようなドロドロとした魔力の塊が辺りを包んだ。この濃さは余波や自然に発生するものじゃない。明らかになにかが起きてる。

 

 視界が真白に染まって、強風みたいに魔力が押し付けてくる。

 

 ……ふと、気がつくと、私は室内にいた。

 

「あれ、ここ……」

 

 周囲の内装に見覚えがあるなんてものじゃない。今朝も見た景色。ここは私の家だ。

 その、はずだ。窓ガラスが割れていて、片付けられてないゴミが散乱していても間違えるはずがない。倒れていたフォトフレームを手に取ると、私と両親が写る写真があったのだから。

 

 変身したままで魔力の残りも変わってない。私とまさら以外の人影だってないし、感じる濃い魔力も同じ。たぶん、幻覚。

 

 でも、こんなものを見たら嫌でも想像してしまう。

 

 私は家族が好きだ。小さい頃の山登りの思い出がいつまでも輝いていて、他愛ない会話がとっても楽しかった。

 

 だからこそ、「ちょっと出掛けてくるね」と言い残してお母さんが去っていったことが信じられなかったんだ。

 お母さんが出て行ってから、家事のこととか私のことでお父さんがイライラすることが多くなった。悪い空気は私にも影響して、毎日が辛かった。

 お父さんは一生懸命なんだ。責められることじゃない。私も悪くない。全部、勝手に出て行ったお母さんが悪い。今さら言ってもしょうがない。

 

 だから、キュゥべえに願ったんだ。『家を出ていったお母さんに戻ってきてほしい』って。魔法少女になる代わりに、全部が元通りになると心から信じて。

 あの時の私には余裕がなかった。少し考えればわかるよね。去っていった原因を取り除かなきゃまた同じことになるって気づけなかったんだ。最初は仲が良かったのに、ヒビが少しずつ大きくなっていくみたいにまた関係が悪化していった。

 

 願って手に入れた結果を失いたくない。私が守らないといけない。

 仲を保つために家事を代わって、喧嘩をしたら収めて、言いたいことも言わないで受け入れて……そうやって焦っていた時に出会ったのが、まさらだった。

 同情なんかとは無縁だと思っていた彼女がかけてくれた言葉がある。無理をする必要はない。他の誰かのために生きる必要はない、と

 

 その冷たさが火照った身体を癒してくれて、気づけた。

 私は私のために生きる。自分の気持ちに正直になるって。苦しいときは苦しい。痛いときは痛い。我慢せずに言いたいことを言うようになってから、不思議と家族の仲は良くなっていった。

 

 だから、ありえないんだ。

 

 まさらのおかげで気づけた私はこんなことにはなってない。なるはずもない。

 なのにまるで……ありえたかもしれない結果を見せられているような……!

 

 どうしようもない不安に襲われて心が冷えていく。彼女のちょうど良い暖かさが恋しくて、振り向いた。

 

「まさら――」

 

 見えたのは迫ってくる銀の刃。切っ先が私の心臓を狙うように向けられて――横からもう一つの刃に弾かれる。

 

 まさらが、まさらを刺していた。

 滅多に見ない焦った表情のまさらが、無表情のまさらにダガーを突き刺している。刺されたほうは暴れることもなく消えていった。コピーだ。

 

「……騙って近づくなんて悪趣味ね」

「い、いつから……」

「入ったときから私は一人だった。分断されてたのよ」

 

 それじゃ、ずっと敵に背中を見せていたことになる。本物だと思って信頼してたから警戒なんてしていなかった。

 

 この鏡の迷宮を甘く見ていたのかも。本気で害そうと仕掛けてきたら、こんな奇襲ができてしまうんだ。鍛錬に使えるからって利用していたのが今になって怖くなる。さっきだって、まさらが助けてくれなかったら……。

 

「出ましょう。これ以上いては危険よ」

「でもこの幻、消えないよ……」

「使い魔の反応があるわ。この状況を作り出している存在がいるはず」

 

 怒気を含んだ声だった。ダガーを構えて、周囲を警戒してる。

 私だってこんな光景を見せられて黙ってなんていられない。見つからないなら向こうから出てくるようにすればいいんだ。

 

「……私の側にいてね」

 

 トンファーを思いっきり地面に叩きつけて、衝撃波と電撃を円状に広がらせる。

 それがなにかに当たったのか部屋の景色がぐらりと揺れた。でも、それだけだ。すぐに元に戻ってしまった。

 

 向こうから仕掛けてくるわけでもないし、まさらと顔を見合わせてどうしたものかと二人で悩んでいると、今度は多くの使い魔の反応を感じた。大量発生の時と同じものが段々と近づいてきている。多くの移動する音まで聞こえ始めた。

 そして、幻覚の窓ガラスを突き破ってなにかが転がり込んできた。

 

「誰……!」

「私よ」

 

 問いに日常のトーンで返したその人は、緑の衣装で羽根帽子を被っていた。

 それに後から続く人が二人。どちらも衣装が白と黒だけど対照的に配分が違う。

 

「……む、粟根君と加賀見君か」

「ワタシたちの前に来てたんでしょうか? 今から入るのはやっちゃんが止めるでしょうし」

 

 気が付けば景色がいつものミラーズに戻っていた。何体か別の使い魔も来ているし、外部から干渉されたからかも。

 

 他に見知った人がいるというのは心強い。くれはさん、十七夜さん、みふゆさんという三人と出会えたのは運が良かった。戦力としてとても頼りになるしミラーズにも詳しいはずだ。

 飛び掛かる使い魔をトンファーで倒して、状況を説明しようと近づくと、私の前にまさらが立った。向こうはくれはさんとみふゆさんの前に十七夜さんがいる。

 

「待って、コピーかもしれない」

「そう言う君たちもな」

 

 言われてハッとした。ついさっきまで騙されてたことを考えたらありえない話じゃない。

 ……でも、疑いたくもない。一緒に戦って悩んだ魔法少女を最初から敵だって決めつけてしまうことはしたくないんだ。

 

 向こうも同じ考えのようで、先にみふゆさんが声をかけた。 

 

「みなさん待ってください。コピーも使い魔の一種のはずですよ? ワタシたち、一緒くたに襲われてるじゃありませんか。この中にコピーがいたら同士討ちをしてますよ」

「そうね……」

「……すまない。八雲が消えたことが想像以上に響いてるようだ」

 

 とりあえず、全員で状況を把握することに。

 十七夜さんたちはミラーズが怪しいと判断したから調べに来たらしい。時間を聞くと私たちよりほんの少し後。入れ違いで鏡屋敷に来たようだった。

 こちらの目的と、私たちが分断させられたうえに幻まで見せられたことを伝えると、彼女たちは一様に神妙な表情で私とまさらを見た。

 

「別の場所に飛ばされるという事象は以前も確認されている。それに幻覚……ミラーズはしばらく封鎖するべきだな。一過性のものでなければ本格的に攻略せねばなるまい」

「みたまさんがここまで来るとも思えません。探索は終了して撤退しましょう」

「十七夜はいいの? みたまのことで真っ先に来たのに……」

「可能性の一つを潰しただけだ。元よりミラーズ内にいる可能性は低い」

「……ならいいけど」

 

 私たちとしてもこれ以上留まりたくはなかった。手がかりらしいものは見つからなかったけど、十七夜さんの言う通りに、いなかったことがわかっただけでも良しと思うしかない。

 

 人数が増えたこともあって帰り道は楽だ。

 それでも気を抜いちゃダメだってわかってる。私たちを狙う使い魔の数は段々増えてきてるし、心なしか反射する世界まで違うように見える。今だって鏡に別の景色が広がっている。たまに私の知らない子が映ったりするのはホラー映画みたいだ。ミラーズの特徴だってわかっていても驚いちゃう。

 

「……その鏡――いえ、気のせいね。慣れてないとぶつかるから気をつけて」

「ぶつかってたのはくれはさんだよね?」

「二人とも、その辺にしておいたほうがいいわ。また数が増えてる」

「加賀見君の言う通りだ。幸い出口も近い……駆け抜けるぞ!」

 

 使い魔を倒しつつ前に進む。それはやっぱり二種類しかいなくて、無事に出口に辿り着くまで代わり映えしない。招待状を持ってくる使い魔がいないのはなんとなくわかるけど、どうしてあのコピーを作る使い魔を見ないんだろう。

 そんなことを考えながらミラーズの外に出ると、やちよさんが待っていた。

 

「あなたたちまでいたのね」

 

 言葉の意味を考える前にまた別の声が聞こえる。

 少し離れた場所には五人組の姿があった。あれは……ななかさん、美雨さん、このはさん、葉月さん、あやめだ。スズネの一件で出会ったり、ひみかとの繋がりで出会っているからそれなりによく知ってる。

 

「やちよ、ななかたちは後から?」

「逆よ。ミラーズから出てきたの。……別の入り口から入って、ね」

「なんだと!?」

 

 やちよさんが言うには小さな入り口が複数出現してるらしい。ななかさんとこのはさんたちはそれぞれ別の入り口から来て内部で合流したんだとか。

 それはおかしい。結界はそこにある。つまり一つだけなんだ。使い魔が成長して魔女になったとしても、別の結界が生まれるだけで内部が繋がったりはしない。いくらミラーズが特殊だからって、そんなこと……。

 

 ……でも、思い出した言葉がある。

 

「十七夜さん、灯花ちゃんが言ってた別の空間に繋がるってこういうことなんじゃ……」

「あれは宇宙だとかそういう次元の違う話だと思っていたが……急に現実味を帯びてきたか」

「そうですか。彼女がそんなことを」

 

 私たちに気づいたななかさんは一人、歩いてきた。

 

「ななか、本当に別のとこから?」

「ええ、間違いなく。……それに、錯覚などの類ではありません。私の魔法が結界の入り口全てから同一の反応を示しているのです」

「それって……スズネの時に言ってた……」

「『敵』を判別するやつね」

 

 効果も知ってるし、あのななかさんの言うことだ。信じるしかない。

 

「特に大きな反応は三つあります。一つはここ、鏡屋敷。もう一つは大東区の西、そして、南凪区の海側。私たちのはまた別の入り口ですから調査は進んでませんが……」

「だが手がかりになるかもしれんぞ。八雲がそれを感じ取って様子を見に行った可能性がある」

 

 今まではあてもなく探すしかなかったけど、これなら絞り込める。

 もしかしたらミラーズの異変とみたまさんの失踪は別件かもしれないし、見当違いのことをしてるかもしれないけど……一歩ずつ進めてくしかないんだ。

 

「次はそっちの調査をしましょう。私と十七夜で――」

「一つ、よろしいですか」

 

 これからの動きを話そうとやちよさんが纏めようとしたのをななかさんが止めた。

 

「神浜全体に関わる話ですから八雲さんを探すことに異論はありません。鏡の魔女を討伐するのであれば協力します。ですが……里見灯花の目的は聞きました。元マギウスに近いあなたたちは、ミラーズを残しておこうとお思いでは?」

「探りを入れるつもりか?」

「かもしれませんね。……互助組織の件、見極めさせていただきます」

「……ふっ、そういうことか。君も帆秋と仲が良かったな。なに、心配するな。そうそう手は煩わせないぞ」

「ならいいのですが」

 

 ……急になんだろう? 険悪になったかと思えばすぐに元に戻った。まさらに聞いてみても首を横に振るだけ。

 

 二人の思惑は一旦置いておいて情報交換をすると、ななかさんたちとこのはさんたちも、それぞれ幻覚を見たそうだ。偶然互いの幻が干渉して消えたから良かったものの、下手したら一網打尽にされたかも。私のときと一緒で心を狙いに来てる。

 

 もう、今のミラーズは個人個人で対応できるものじゃない。

 大きな反応のことはみんなに任せて、私たちはまた中央区を探してみることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態が動いたのは翌日。

 確信を持てた情報があったから、十七夜と役割を分担して早々に私が東に行くことになった。鏡屋敷の封鎖がなければ十七夜自身が来ていたはずだ。

 

「やちよさーん! ここです、ここ!」

 

 駅で待ち合わせをしていたのは三人。元気に呼ぶ眞尾ひみかさんと、そこに並ぶ情報提供者である古町みくらさん。それに二人と知り合いの帆秋さんも呼んである。

 

「待たせたわね。それじゃ行きましょう」

「どこに?」

「……帆秋さん、聞いてなかった?」

「聞いたような聞いてないような……」

 

 相変わらず頼りになるときと頼りにならないときの差が激しいわね。

 まあ、いつも通りだからいいとして、目的の場所に向かう道でかいつまんで経緯を説明した。

 

 元々はいろはやももこといった別口から足取りが掴めたのが切っ掛け。最近、みたまは東に行く電車に乗っていたそうだ。出席日数がギリギリであまり家にも帰ってない彼女が数日の間に何度も東へ行くのは珍しい。

 だから十七夜や東に詳しい人たちに話を聞いていたものの、鏡屋敷でミラーズの異変に遭ったものだからそこで止まっていた。常盤さんと出会えて新しい情報が入ったから進展したと言えばそうなのだけど。

 

「それでみくらが?」

「八雲さんにはお世話になったから、少しでも手伝えないかと思って探したの。そうしたら何度か大東区の西町で見かけた人がいたらしくて」

「ほら、大東団地も近いですから。伊吹さんたちも近辺を探してるみたいです」

 

 それが向かっている場所。大東区の西町――『まやかし町』と呼ばれる繫華街だ。結構物騒な所で、つい最近も傷害事件があったとニュースで報道されていた。他の大東の人たちもあまり近づこうとせず、言葉が悪いかもしれないけど……淀んでいる。

 

 みたまはここでなにかを探しているようだったという。人が多い場所には魔女も出やすいのに、使い魔とすら戦えるかどうか怪しい彼女がうろつくだろうか。調整屋だってわざわざ人が寄り付かない廃墟に店を構えているのに。

 

 まやかし町に着いてからは常盤さんの魔法が反応した地点を目指していく。と言っても範囲が広く、すぐに結界に辿り着けるわけじゃない。時々魔力の反応を探知しながら歩みを進めていった。

 

 そうやって調査をしていたから気づけたのだと思う。ほんの少し、魔力が揺らいだ気がした。妙な魔力だって感じる。

 

「帆秋さん、『停止』を使った?」

「使ってないけど」

「……ん? これじゃないですか?」

 

 眞尾さんが拾い上げたのはコインだ。この装飾はミラーズでコピーが落とすものと同じ。

 魔力を注意深く探ってみると、少し離れた場所にも落ちていた。それが足跡のように続いている。

 

「ここでコピーが消えた? それにしては規則的すぎるし量が多い……七海さん、もしかして……」

「間違いないわ。こんなに持ってるのはみたまぐらいしかいない」

 

 なにかと集めている彼女ならばら撒くぐらい持っている。やっぱりこの周辺にいるに違いない。

 後から戻れるようにコインを元に戻して痕跡を追っていく。次々と見つかるそれの意図に気づいたのは、ちょうど半分ぐらいを見てからだった。

 

「これ、最初の位置に戻ろうとしてないかしら。みくら、どう?」

 

 古町さんは地図を広げて見せる。フィールドワークに使っていて持ったままだったらしいそれには、一定間隔で点が打たれていた。コインの場所だ。点を線で繋げてみれば、私たちが最初に見つけた場所から半円を描いた。

 そのまま続けて円を描く。その中央に位置する建物が二つ。調べてみると、アパートと潰れた工場だとわかった。

 

 円の中心のほうが怪しい。確信めいた直感を信じて近づいてみると、鏡屋敷と似た魔力パターンが強く感じられるようになってくる。

 

 今度はそれを追いかけて人気のない工場の中へ。鉄くずや瓦礫が散らばる、がらんとした広い空間の一か所に大きな反応があった。普通の人には見えない結界の入り口だ。

 そして、その前に座り込んでいるのは――

 

「みたま!」

「――っ、やちよさん……それに、くれはちゃんたちまで……」

 

 普段調整屋で見る魔法少女の衣装で彼女はそこにいた。疲れている様子で、まさかと思ってヘアリボンのソウルジェムを確認すると穢れが随分と浸食していた。

 こうもあっさり見つかったことに疑問を抱くも、持っていたグリーフシードで浄化をすると、いつもの調子で「干からびるかと思ったわぁ」なんて言う。

 

「まったく……多くの魔法少女があなたを探してるのよ。せめて連絡の一つでもしなさい」

「わたしも悪かったと思ってるわよぉ。気づくのがもう少し早ければ良かったのだけど……」

「ひょっとしてこの入り口のことですか?」

「そうそう。ミラーズが動いちゃったのよ」

「動いた……?」

 

 みたまが言うには、この場所で鏡の魔女の使い魔が成長して新しい結界ができていたそうだ。連絡をしようとは思ったけど、急に大元の魔女の反応が大きくなって近づいてきたから対策せざるを得なかったらしい。

 

「ミラーズコインはコピーのコアなの。だから周囲に配置して鏡の魔女に結界は守られてると錯覚させてたのよ。移動を止めるのに下手に刺激しないようにね。それを維持するために離れられなくなっちゃって……」

「持って何日」

「三日ぐらいかしら。わたしが動かなければ一週間は持つわ」

「馬鹿言わないで。一旦帰るわよ。南凪のほうにも出てるんだから……」

「え……?」

「……もしかして、ミラーズの異変に気づいてないの? 他にも入り口ができてて内部もより複雑化してるのよ。帆秋さんたちは大量の使い魔に襲われるし、コピーは外にまで出てくるし……」

 

 どうにも話が嚙み合わない。確認してみると、みたまはそれらの事象を知らなかった。"動いた"と言ったのだって、結界の内部が繋がっていたと知っていれば理解できるはずだ。

 それらの異変を一つずつ聞かせるたびに表情が重くなって、いつもの調子が薄れていく。

 

 全てを聞き終えたみたまは、重々しく口を開いた。

 

「……梨花ちゃんのコピーはそんなことをしてたのね」

「ええ、前より露骨に狙ってきてるわ。加賀見さんのも手の込んだ真似をしてきてる。原因を突き止めないと――」

「やちよ、来るわよ」

 

 帆秋さんの声と魔力に反射的に変身し、槍を構えた。

 それに各人が続く。ただ、帆秋さんはカトラスを出さずに、みたまを庇うように結界との間に立っていた。

 

 段々と結界から感じる魔力が強くなっていく。

 魔女は使い魔や口づけによって誘い込むことはあっても、結界に閉じこもって外に出てくることはない。臆病とされる鏡の魔女なら尚更だ。ワルプルギスの夜のような強大な魔女でもない限り心配する必要はないのに、こうも反応が大きくなると出てくる気がしてしまう。

 

 待ちに待って、遂に一匹の使い魔が姿を現した。

 

 そう、たった一匹だけ、袋に乗ったバクのような姿の使い魔だけが出てきた。あれは招待状を投げつけてくる役割を持っていて、他の結界でも見かける種類だ。特別でもなんでもない。

 

 使い魔は口にくわえた洋封筒を地面にさっと置くと、なにをするわけでもなく結界に戻っていく。それから波が引いていくように反応が遠ざかっていった。近くまで来ていたはずなのに、それだけで終わった。

 

「……招待状ね」

「これが? 攻撃だと思って無視してたけど……」

 

 帆秋さんは注意もせずに近づくけど、投げてくる招待状には殺傷能力がある。意図もわからないし余計なことはせずに消すべきだと忠告して、拾わずに槍で突き刺した。

 

「さ、戻りましょう。十七夜だって心配してるんだから」

 

 いつものお喋りはどこに行ったのか、みたまは頷くばかりで一言も喋らなかった。

 

 

 

 

 調整屋に戻ったあと、古町さんと眞尾さんと一緒に帰ろうとする帆秋さんをみたまが引き止めた。ミラーズの管理のことは私と十七夜で聞くからって言っても頑なに譲らず、帆奈まで呼んでほしいと言って聞かない。

 

 その様子に不穏なものを感じつつも、言われるままに人が揃った。

 十七夜はみたまを見るなり安堵の息をついたものの、空気を感じ取って眉をひそめる。

 帆奈は相変わらずで、勝手にカップを取り出してお茶を入れて、なにも言わずにソファの帆秋さんの横に座った。

 

 当のみたまは別のソファに座ったままで、帆奈が帆秋さんに話しかける声と時々混じる返答の声が部屋に反響するだけ。

 しばらくして、唐突に話を切り出した。

 

「……わたしね、今まで考えてたことがあるの。『果てなしのミラーズ』は架空の家の中で仲間を作って、家族ごっこを楽しんでるんじゃないかって。それに、このまま放置していたらまやかし町で一般人が少なくとも一人は犠牲になる」 

「どうしたのよ。脈絡がないわ」

「そうね、説明しないと……いけないわよね……。鏡の魔女についての憶測を……」

 

 調子が悪いのなら無理する必要はないと声をかけた。

 しかし、彼女はゆっくりと、思い出すように語り始めた。

 

「……調整屋になって魔女化を知った時、失踪した魔法少女の調査をしていたの。その中の一人の痕跡を追って辿り着いたのが、まやかし町。そこでその魔法少女の母親と出会ったわ」

 

 それは私でさえ知らない頃かもしれない。出会っていた頃だとしても、そんな話を聞いたことはなかった。

 

「親しい友人だったと嘘を吐いて家にあがらせてもらった。置かれた小さな仏壇には彼女の写真と一冊の大学ノートがあったの。そこに書かれてたのは理想と後悔。自分の『願い』で崩壊した家庭を悔やんで、真面目な父と母の下で育ちたかった願望を持って、母が家出したことを書き殴っていた」

 

 語り口は悲しみを帯びていた。伝聞以上のなにかが伝わってくるようで、少し寒気がした。

 

「頭の中で理想の家族を描いて、現実の家族を偽物だと思い込むようにしてたみたいで、本当に気を許していたのは二人の魔法少女だけだった」

 

 なにか、なにかとても悪い予感が押し寄せてくる。

 

「正直にそう書いてたわけじゃない。でも、読み解いた日記の内容と、聞いた鏡の魔女の行動が被って見えて仕方がないの。だって、その日記を書いたのは――」

 

 みたまは、目を閉じた。

 

「……みことちゃんなのよ」

 

 ……。

 

 ……それは。その名前は。

 

「みたま、なにを言ってるの……別人じゃないの……?」

 

 帆秋さんの友人で、帆奈が事件を起こす切っ掛けになった魔法少女だ。

 その証拠に、帆奈が勢い良く立ち上がって、陶器が割れる音がした。

 

「まやかし町に出ようとしていたのは母親がいるのを知ったから。南凪はね、きっと逆。知ったから探しに結界を作らせたんだと思うわ。コピーや使い魔がくれはちゃんに固執するのも全部……そうなのよ……」

「憶測でしょう。全部偶然だって可能性もある。繋がらないわ……」

「ミラーズならあたしだって行ったことがあるんだよ! なんで今さら動き出す!? あたしは『暗示』で団地で暮らせって言った! そんであの目つきの悪いヤツといつの間にか相打ちになって……!」

「魔女に魔法を使われた可能性もあるわ……」

「お前……ッ!」

 

 私だって、その感情をわからないわけじゃない。時間が経ってもどうしても乗り越えるのが難しい気持ちはあった。ましてや、彼女たちなら。

 

 みたまは二人を前にして話し続けた。止まってしまえば二度と口が開かなくなると思い込んでいるように、言いたいことを言い続けた。

 それに対して強く反駁したのは帆奈のほうだ。そうでない可能性と根拠を挙げて否定しようとした。

 

 互いに言い終えて間が開く。これ以上言っても無駄だと思ったのか、帆奈は乱暴にソファに座り込む。

 代わりに次に口を開いたのは帆秋さんだった。

 

「仮に真実だとして、どうして今まで教えてくれなかったの。昏倒事件の時だって……いえ、それこそ私が記憶を失っていた時期でも……」

「……言えなかった。忘れていたのなら尚更よ。混乱させたくもなかった」

「私たちのため? ……だったら、どうして悲しい顔をしているの」

「……」

「みたま」

 

 みたまは誰とも目が合わないように顔を伏せて、口を閉じた。

 もしも帆秋さんの気持ちを考えてだったら、今みたいに全ての灯が消えたような暗さをしていないだろう。

 

 気のせいか誰かの呼吸音が大きく聞こえる。青い室内が冷えていく。

 今のみたまに真っ先に近づけたのは、十七夜だけだった。

 

「もうこの辺でいいだろう。無理をするな。話さなければならないことは話したはずだ」

 

 けれど、その口振りは私には見えないものを見ているよう。

 みたまは心配する十七夜に耳打ちすると、帆秋さんたちをもう一度見た。

 

「……八雲、本当にいいのか?」

「もう黙っているわけにはいかないもの……。それに、いつか話す日が来ると思ってた……」

 

 そして先ほどまでの様子を残しつつ、平常心を取り戻すかのように両手を合わせる。

 

「ノートに書かれていた最後の日付は……わたしが『願い』を叶えた日。彼女が魔女化した原因は、きっとわたしなのよ」

「みたま、あなた……」

 

 自分を責めるような言い方に、沈黙を保っていた私も口を挟まざるを得ない。

 しかし、私の行動は十七夜に身振りで言外に止められた。今声に出せるのは帆秋さんだけ。

 

「冗談言わないで。誰かが悪いわけじゃないでしょ……? だいたい、そんな『願い』なんてあるわけ――」

「あるの」

 

 断言した。

 

「わたしはこう願ったわ――」

 

 そして、罰を望む罪人のように言った。

 

「神浜を滅ぼす存在になりたい、って」

 




■今回の内容
 『果てなしのミラーズ』 第27鏡層 ~ 第36鏡層
 粟根こころ 魔法少女ストーリー 2話 『登り続ける理由』(一部分)
 粟根こころ 魔法少女ストーリー 3話 『私のペースで』(一部分)

■果てなしのミラーズ
 経歴ガバと公式供給により誕生したリアルガバの地。
 勝手にくれはちゃんとの因縁が生まれてしまった。

■みたまさん
 ラスボスみたいなことを願った人。お前重いんだよ!(過去)
 アニメ版の1話に願い自体は出てくる。こころちゃんのもある。アニメも見よう! 
 手を合わせるモーションをすることが多い。

■平行世界
 クーほむMSSで平行世界のほむら(マギレコ時空)を見ている。
 その時に『鏡屋敷』の名称が出ており、更に背景はミラーズ。

■別の可能性
 マギレコ時空自体がイレギュラー。アルまど様でもよくわからない世界。
 本来の世界の場合、いろはちゃんが魔法少女にならないのでういちゃんは亡くなるし、ねむちゃんと灯花ちゃんも後を追うように亡くなる。神浜に行くこともないのでマギレコが始まらない。いろはちゃんに厳しい。

■結局ミラーズって?
 ぜんぜんわからん!




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