マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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さよならさえ言えなかった夕暮れ 前編

 最初に目に映った桜のひとひらは、眩しくて誇らしいものだった。

 

 わたしは幼い頃から勉強も運動も秀でていた。周囲の大人たちの期待に応えて、大東学院の初等部から水名女学園の中等部を記念受験して、学費免除の対象として合格。初の快挙に誰もが大東の誇りだと褒めた。喜んで送り出してくれて、わたしも嬉しく思っていた。

 

 次に映った桜のひとひらは、一年の戦いが始まる合図だった。

 

 神浜の東西関係は昔から変わらない。西側が東側を低く見る嫌な空気は水名でも同じ。東から来たわたしを好ましく思わない人は当然のようにいた。

 それでも挫けなかった。送り出してくれたみんなを思えば立ち止まるわけにはいかないもの。自分や地元の印象を変えようと努力して、少しずつ態度を軟化させていった。一年目では鋭かった視線も二年目には感じなくなっていき、中学三年生になる頃には平和を得ることできた。

 

 そう、思ってた。

 信頼していた一番の友達に階段から突き落とされそうになるまでは。

 

 結局彼女も、東から来て立ち位置を築いたわたしが気に入らなかったんだろう。突き出した手の勢いは強く、質の悪い冗談でもなく本気だった。咄嗟に避けたわたしの背中は後ろにいたクラスメイトにぶつかってしまって、その子が代わりに階段から転げ落ちた。

 その時の周りの生徒の目は「遂にやった」と言わんばかりにわたしを見つめていた。裏切られた不安と急転した状況に、なにもできなかった。

 

 よりによって落ちた子はわたし以上の特待生で、水名出身の子。

 それからはあっという間。文芸誌や学級新聞にはわたしが突き落とされそうになったことなんて一文すら書かれずに、あるはずもない怨みによって事件を起こしたことになっていた。いくら違うと言ったところで東出身の言葉を信じてくれる人はいない。重ねられた偽りは真実として広まっていって、遂には学校から自主退学を言い渡された。

 

 もう、桜のひとひらは裏切りの象徴でしかなかった。

 

 プラスの感情がマイナスへ落ちるのはなんてあっけないんだろう。

 大東学院に戻ったわたしは誰からも怨み言を言われるようになった。「期待してたのに」、「西に魂を売った裏切り者が今さら」、「なんで帰ってきたの」、「お前のせいで評判が落ちる」。……今思い出しても腹が立つ。どいつもこいつもわたしのことなんか考えもしないで好き勝手言い続けた。

 

 水名でも地元でも裏切られた心が空虚になっていく。

 わたしだってずっと期待に応えてきたのに、妹まで脅されては我慢の限界だった。

 自棄になって言い返して()()()()に最低になってやろうと思った。手近なところにあった消火器で一人ずつ殴って殺してやろうと本気で考えた。

 

 本当にギリギリのところでわたしを止めてくれたのは十七夜だ。今にして思えば、既に魔法少女だったから小柄な彼女でも力尽くで止められたんだろう。

 寄って集って罵る奴らに堂々と反論してくれて、よく耐えたと褒めてくれて、「おかえり」と言ってくれた時、今まで持ちこたえていた感情が溢れ出た。ただただ、彼女に縋りついて泣いた。

 

 十七夜は言った。恨むのなら人ではなく町の歴史を恨め。彼らは歴史に振り回されているだけで具体性を持たない。個という存在を失っているだけだと。

 昔からただそうであるだけで悲劇が幾度も生み出されてきたのは十分知っているつもり。実体のない積み重なった感情が引き起こしていると理性は理解をしていた。

 

 でも、わたしは利口じゃないのよ。

 

 反転した十数年分の憎しみと怨みはそう易々とは消えない。

 一人きりになったあと団地の屋上で怨恨の想いを叫んだ。どうにもならないとわかっていても、延々と湧く感情を処理するにはそうするしかなかった。

 

 それを、あの存在が見逃すはずもない。

 色んな魔法少女を見てきたから確信できる。わたしは格好の獲物だった。怒りで冷静な判断能力を失っていて、心の底から壊れてしまえばいいと願っていたのだから、疑うことすら忘れて口にするのは簡単。「わたしは神浜を滅ぼす存在になりたい」という身の丈に合わない呪いの言葉は、確かにキュゥべえに届けられた。

 

 魔法少女の力の源は『願い』による希望。呪いを願ったわたしには、その力が生まれるはずもなかった。

 使い魔とすらまともに戦えず、ソウルジェムが濁るのも早い。当時は魔女の数も少なかったから十七夜がサポートをしてくれなければあっという間に終わっていた。

 それに加えて奇跡的に『調整』という術を学べたから今を生きている。願いが叶ったかどうかも分からぬまま誰かに頼りきりでいたら、耐えられずに死を選んでいただろう。

 

「――それが、願った経緯と調整屋を始めたきっかけ」

 

 いくらかは簡略にしてはいても、その全てを十七夜以外に教えたのはこれが初めてだった。

 わかってはいたけど誰も口を開かない。十七夜は目を閉じて腕を組んでいるだけで、やちよさんは悲しみを帯びた視線を向けてくる。帆奈ちゃんは怒りを露にしてはいても、思うところがあるのか感情をまぜこぜにしていた。

 

「鏡の魔女がいかに特殊で強大かは見たでしょ? そうそう自然に生まれるものでもないし、願ってなにも起きないなんてありえない。だから……」

 

 わたしをまっすぐと見るくれはちゃんに、どうしても言葉を続けられない。

 蠢いた魔力がその手にカトラスを握らせたっておかしくはない。

 

 一番気にかかっていたのは彼女のこと。誰の『願い』も否定したくないのだという、その精神がわたしに対して変貌するのが怖かった。敵対した帆奈ちゃんを助けて、命を狙いに来た鈴音ちゃんと協力し、あらゆる方法で苦しめたマギウスにさえその手を伸ばした彼女が、仇同然の人間を前になにを思うのかが恐怖でしかない。

 

 今まで言えなかったのもそうだ。言えない。言えるわけがない。

 全てが憶測だとしても、わたしが願ったことで全てを狂わせてしまった可能性が僅かにでもあるのなら、言えるわけがないじゃない。

 願わなければきっと、みことちゃんが死ぬことはなかった。帆奈ちゃんが狂うこともなかった。くれはちゃんが苦しむことだって、起こるはずがない。あなたたち三人は笑顔で毎日を過ごすことができたのに、一時のわたしの感情が全てを壊してしまった。

 

 あの日記から読み解いたことが事実なら尚更。

 自分のことを理解してくれようとする人がいるのがどれだけありがたいことか。生きていたらみことちゃんはいずれ真実を明かして、くれはちゃんはそれを理解しようとしたのだと思う。

 れんちゃんのように親友と新たな一歩を踏み出せたのかもしれない。こころちゃんのように『願い』と家庭を乗り越えられたのかもしれない。ありえない可能性が思い浮かぶたびに自責の念は増していく。

 

 だから、あの法廷に咲き誇っていた桜は、歩んできた道と罪の証だ。

 調整屋の掟である中立を破って『調整』を教えてくれた"先生"を裏切った証拠であり、わたしがなにを願ったのかを忘れるなと突き付けられているようだった。

 

 怒りと憎しみで凍り付いたわたしの心はみんなの優しさで溶けていっても、魔法少女である限り芯だけは変わらずに残り続けていて内側から苦しめる。いくら後悔したところで自分の『願い』からは逃げられない。

 

 ……ああ、でも。彼女は。

 

「十七夜、このことは誰にも言ってないのよね?」

「無論だ。……本当ならこうして帆秋らに伝えることも危ういのだ。大っぴらに知られたら正否は関係なく八雲本人と親しい者が報復の矛先を向けられるだろう。今なら燻っていたマギウスへの怒りも積み重なってな」

「わかってる。私も口外しない」

 

 最初にしたことはわたしへの心配だった。

 言いたいことがあるに決まってるのに、次はいつも通りの真顔で「まやかし町と南凪の結界は消滅させましょう」と言う。余計な被害を避けるためとはいえ、すぐにそんな心境に戻れた彼女が不思議で仕方がない。

 

「気を使わなくていいわ。あなたや帆奈ちゃんの気持ちが正しいのよ」 

「……全部、憶測なんでしょう? あなたの『願い』がみことを殺したことも、ミラーズのことも。それに裁判の時に十七夜が言ってたわ。重要なのは確実に確認できる事実だって。まだ、もしかして、でしょ。第一、その内容ならあなたが『神浜を滅ぼす存在』に変貌するはず」

 

 それは、そうだけど。

 願った内容が言葉通りに受け取られてない可能性だってある。わたしが願ったことで生まれた存在が滅ぼしたら同じことだ。別の要因でも間接的にわたしが手を下したことになる。

 事実かどうかだってそう。わたしは許される存在じゃない。

 

 くれはちゃんは、もう一度わたしをまっすぐと見た。

 

「……ねえ、その願いは本当に悪いものなのかしら」

「え……?」

「みたまを探すために色んな人が協力してくれたわ。そんなに慕われてる人が願ったことよ。結果的に神浜を救うような、もっと別の意味があったのかもしれない」

 

 彼女が言ったのは一度たりとも考えすらしなかったことだった。呪いが希望であるはずがない。

 

「まだ決まってないんだから、少しでも良い憶測をしたっていいじゃない」

「それは、逃避よ……向き合わないといけないわ」

「ええ。だから、幸福にも不幸にも逃げ込むのはダメなのよ。信じたいものだけを信じて思考の袋小路に入り込んでしまうわけにいかない。本当に嫌なのは、ありえないもしもに包まれて目を背けてしまうこと」

 

 そして、思い出すように告げた。

 

「真実って、都合が悪くて、醜く苦しいものかもしれない。でも、でもね……善悪清濁関係ないそれを追い求めた人がいるの」

 

 わたしの前に差し伸べられたのは彼女の白い手だ。

 それの意味するところは今さら考える必要もない。

 

「だから、私たちと事実を探しましょう。教えてくれた勇気に応えてみせる」

 

 その言葉が芯を溶かしきることはなくても、今までにない暖かさが包んでくれる気がした。彼女一人の奥にもっと多くの熱を感じる。

 

 正面からわたしの存在を否定してくれたのなら、こんな気持ちを抱くことはなかっただろう。

 許さないと罵って嫌ってくれたらもっと簡単に気持ちの整理がついたのだと思う。

 

 でも、それは甘えなのよ。

 納得のいく都合の良い結果を与えられたかっただけなのかもしれない。

 

 だから、わたしはその手を――

 

 

 

 

 

 

 

 

「みこと……!?」

 

 取る前にくれはちゃんが呟いた。普段の真顔が崩れて、なにかを探すように周囲を見渡す。

 

「帆秋さん、どうしたの」

「今確かにみことの声が……」

「あたしも聞こえた! 名前を呼ぶ声が……!」

 

 わたしにはなにも聞こえなかったけど、彼女たちが嘘を言うはずがない。それと同じくらい確実に友人の声を間違えるはずもない。

 急に起こった現象にふらつきそうになるもテーブルを支えに耐えた。

 

 間髪を容れずに調整屋の扉を外から開けたのは、くれはちゃんだった。

 本物がいるのだからコピーだと一瞬で気づく。それが一人、二人、三人……数を数える余裕があるわけじゃない。数えるぐらいしかできることがなかった。

 

「七海、八雲を――そちらもか!」

「やられた……!」

 

 変身することはできても頭の先から足先、指先に至るまでの全てが動かせない。テーブルを支えにしたままの姿勢で不自然に固定されている。間違いなく本物より強力な『停止』がわたしたちを止めていた。

 コピーが外に出てきてたのだから想像できたはずと自分を責める理性と、これが意味する理由を押し付けられた感情が行ったり来たりする。

 

 その間にも悠々と歩いてきたコピーたちは、揃ってオリジナルを見ていた。

 

「抱えきれないものを嚙み砕かなくていい」

「呑み込めないものを見なかったことにしていい」

「落としてしまったものもなくしたものなんてない」

「大事なものは変わらない」

「思い出を残して進む必要はない」

 

 口々に言う姿はくれはちゃんとまったく同じようでどこかが違う。

 ほんの少しの違和感が型から作られたものなのか、あるいは歪んだ認識なのかはわたしにはわからない。彼女がどう思っているかは、それこそ本人にしか感じ取れない。

 

 真顔がより崩れていたのは、そういうこと。

 

「コピー、なのよね。次は私を狙いに来たの」

「最初から私だけ」

「招待状を送ったでしょう? 迎えに来た」

「行くわけないでしょ。そんな罠にみすみす……」

「みことが待っている」

 

 その言葉にくれはちゃんは真っ青になった。

 

 わたしの想像の一つは、現実だったんだ。

 彼女はまだ――みことちゃんのことを振り切れていない。手を伸ばして助けられなかったことを悔やみ続けている。それでもわたしを心配させまいと振る舞って折り合いをつけようとしていた。あれは自分への言い聞かせでもあったんだろう。真実を見つけるためにも立ち向かわなきゃいけないと、再認識をしたかったんだと思う。

 なのに、コピーたちは乱暴に心の蓋をこじ開けようとしている。

 

「……今さらそんな言葉で――」

「違う。私はみことと別れたくない。鏡の魔女が彼女だったら会いに行きたいと思ってる」

「私の声でなにを……っ!」

「だから結界に行こうとしたんでしょ? 口実があれば誰も止めないもの」

「花だって手向けてない」

「素直になってみたまを憎めばいい」

「心はそう言ってる」

「やめろっ! これ以上喋るな!」

「ね? だから」

「だから」

「一緒に行こう?」

「行こう? 一緒に」

「鏡の奥へ」

「誰も近寄れない深くへ」

「私たちしかいられない世界に」

「私が連れていくから」

「来てくれないのなら、こうするしかないから」

「やめっ――」

 

 誰もが『停止』の効果で動けずにくれはちゃんが連れていかれるのを見ているしかない。

 けれども、彼女たちはわたしと違って戦える魔法少女。手足が動かなくたってできることはあった。

 

「行かせるかぁっ!!」

 

 最初に飛んだのは紫色をした半透明のダガー。帆奈ちゃんの杖のトゲに似たそれが背中を晒したコピーの一人を狙う。本物通りの速度でカトラスで叩き落されるも、そこに続くのは青い槍。やちよさんの武器が一体を貫いた。

 魔力が乱れて『停止』が解ける。再度使われる前に動いたのは十七夜。

 

「手を伸ばせ!」

「待って、避けて!」

 

 偽者たちの奥の、一人だけ変身していないくれはちゃんに伸ばされた手はすぐに止まる。全力で投げられたカトラスが十七夜を掠めていったからだ。

 

「離しなさい! 私の姿で好き勝手――」

「眠っていて」

「どこまでも深く」

「深く」

「もう二度と目覚めなくていいように」

 

 とても強い魔力の流れがくれはちゃんに集中する。

 それっきり、彼女はぴくりとも動かない。口は叫び、目は開いたままで止まってしまった。

 

 ……『停止』は認識対象を止める魔法。見てしまった記憶や彼女が言っていた内容、事実からそう推測できる。だから他人の精神を止められず、自分の精神は止められる。

 でも、それって……()()()()()()()()()()()()ってことじゃない。精巧に作られたコピーなら精神どころかその全てを止めることができるはず。なんせ、自分なのだから。

 くれはちゃんの致命的な弱点は自分自身。それを、もっと早く気づいて伝えるべきだった。

 

 ダガーや槍が追撃するも、ことごとくカトラスで防がれる。いくら数を増やそうが速度と火力は圧倒的で向こうには余裕さえある。調整屋からくれはちゃんが姿を消すのはあっという間だった。

 

 『停止』の効果が切れて身体が動くようになると帆奈ちゃんは即座に走り出し、すぐにやちよさんが追いかける。

 十七夜は外に足を向けるも逡巡の後にわたしに駆け寄った。

 

「……わたしなら大丈夫よ」

「しかし……」

「覚悟は決めたわ」

 

 わたしを気にかけるのも当然のことだと思う。彼女は素っ気なさそうに見えて人のことをよく見てるのだから。

 

 みことちゃんが鏡の魔女である可能性は限りなく高くなった。だから、わたしの『願い』が彼女たちを苦しめてしまったことも事実に近いはず。

 けれども、そこまで。結びつける決定的な因果はまだない。だったら……真実を探したいじゃない。諦めるのも後悔するのも、今を苦しむ彼女を助けて、全てが事実だった時。

 

(見つけたわ、揃って南に向かってる! ビルの屋上よ!)

 

 決意が後押ししたかのようにやちよさんの念話が届く。一言それに返すと驚いた声が聞こえた。

 

 しっかりと自分の足で立って、乱暴に開け放たれた入り口を見た。その先に行った姿を思い浮かべて、調整で使うこともある布を手に取る。きちんとあの手を掴むために、二人で夜空の下へ飛び出した。

 

 先に行った二人の魔力を追いかけて屋上へ。

 慣れない行為を助けてもらいつつ、何度も跳んで空を駆ける。

 

 しばらく進んだあと、足止めの役割らしきコピーの一人がこちらに向かって来た。

 『停止』で止めたのは十七夜。一度に一つしか止められないから、戦闘能力が高い向こうを止めたほうがいいと判断したんでしょう。わたしにはカトラスを向けるだけで牽制としている。

 

 そこが、記憶から作られたコピーの限界。

 数多の固有魔法を知る本物のくれはちゃんだったらきっと気づけたはずよ。調整屋の調整技術はコピーの天敵だって。

 

 一歩、二歩、ゆっくりと前へと進む。そして全力で跳躍し、彼女を飛び越えて魔力を通した布を触れさせた。布自体に威力があるわけじゃない。けれどその瞬間、コピーは内側から亀裂が走って消え去った。

 

「八雲……今のは……」

「やだわ、戦い方を教えてくれたのは十七夜じゃない」

 

 これが、戦えないわたしの戦い方。

 布に魔力を通して触れさせる。そして『調整』による施術をわざと失敗すれば内部からダメージを与えられる。小さな使い魔や対魔法少女ぐらいにしか意味がない技だけど、コピーに対しては抜群の効果がある。

 だって、コピーのコアはミラーズコイン。浸透させる先をコインにして無理矢理破壊すればそれで消滅する。

 

 魔女とは戦えず、ずっと鍛錬してようやく弱い使い魔と戦えるだけ。そんなわたしが『願い』で生み出したかもしれないコピーに致命的な攻撃ができるなんて運命は不思議なもの。

 もう、わたしは一人の神浜の魔法少女。"先生"はこんな使い方を想定してたわけじゃないだろうけど、ここからはわたしのやり方でやっていく。

 

「急ぎましょう。このまま南に向かい続けたら南凪区よ」

「……そうだな。結界に連れ込まれたら厄介だ」

 

 そのまま移動し続けることしばらく。調整屋での騒動や足止めが嘘のようになにも起きなかった。静まり返った夜の街に灯る明かりだけがぽつぽつと変化を繰り返すばかりで一向に追いつけない。

 行き先を間違ったのかと魔力を探知し直して念話で連絡をするもそれは変わらず。どこまで行ったか疑問に思いつつ追いかけ続けると、今度は急速に距離が縮まっていく。

 

 遠くに見える一際高い屋上に、彼女たちはいた。

 コピーに抱えられるくれはちゃんに、数を減らしたコピーたち。それに対峙するやちよさんと帆奈ちゃん。睨み合って動かない姿に不穏なものを感じて、少し離れた場所から様子を伺うことにした。

 

 なにか言い合いをしているようで帆奈ちゃんの声が聞こえる。不思議なことにその言葉は怒りの感情が含まれていない。敵に語り掛ける雰囲気じゃなかった。

 違和感の正体はある程度近づいてからはっきりとした。言葉を交わしている相手は、いない。

 

「――だから、――魔女の――! 型――記憶まで――!」

 

 間にある空間を見続けている。ただ夜風が吹くばかりのそこに、なにがあるというのだろう。

 

 「乗り込むぞ」と、十七夜が言った。

 鏡の魔女の反応がだんだん近づいて来ている。内部が繋がる結界自体が近くに来ているのかもしれない。このまま途切れ途切れに声を聞き続けるよりも奪還したほうが良い。

 

 先に奇襲をかけた十七夜が鞭でコピーの一体を消す。続けてわたしも布で攻撃をする。反撃が来る前に一旦退避して、これ以上逃げられないように退路に立ち塞がった。

 いくらコピーでも『停止』の消費は重いらしく使ってこない。まだ手足は動く。  

 

 この位置だと状況が詳しく判断できた。

 コピーたちは一点を見続けて、帆奈ちゃんはそこに声をかけている。見えないのはやちよさんも同じみたいで、槍を構えて警戒しているしかないようだった。

 

 彼女たちだけに見える"それ"。

 二人の関係性と鏡の魔女のことを考えれば想像はつく。きっと、みことちゃんだ。

 

 記憶まで読み取られて、みふゆさんやこのはさんの魔法を持ったコピーが幻を見せているのかもしれない。はたまた結界内で起きた幻覚か、『暗示』で見させているのかは定かではないけれど、それが罠なのは事実。

 しかし、コピーたちと帆奈ちゃんの雰囲気に踏み込むことができない。あの間に入れるのは本人たちだけ。

 

「今だって逃げてって言ってる! それがどうして向こうに引きずり込もうとするわけ!?」  

「逃げる必要なんてない」

「あなたもすぐにこっちに来る」

「今は私を眠らせてあげて」

 

 口々に言う嚙み合わない言葉を前に帆奈ちゃんは言った。

 

「……あんたらが見てる"それ"は、なんなの……!?」

 

 ゾッとするぐらいの魔力が溢れ出た。あっという間に結界がすぐ近くに来ていた。

 そして、気づいて手を伸ばそうとするのも遅く――とぷん、と水に沈むようにコピーと共にくれはちゃんの姿は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

We are such stuff as dreams are made on,

and our little life is rounded with a sleep.

 




■今回の内容
 『さよならさえ言えなかった夕暮れ』
 八雲みたま 魔法少女ストーリー 3話 『これがわたし、八雲みたま』
 八雲みたま 専用メモリア 『暗闇の証明』
 メモリア 『メモリアサーキット』

■さよならさえ言えなかった夕暮れ
 そんなイベントはない。本走中に発生すると大ロス再走案件の二次創作。
 イベントぐらい捏造しても……バレへんか……。

■みたまさん
 絆パワーで精神ダメージを乗り越えた。
 対コピー戦闘能力に関しては多分できるぐらいの捏造。

■ミラーズに行かなかった理由
 みたまさんの思惑と絶対にロスるからと招待状を受け取り拒否した走者のコンビプレー。
 おかげで本走中にイベントを踏まないで済んだ。

■月夜ちゃん
 実はみたまさんの元同級生。
 なおその月夜ちゃんは莉愛様と同級生。

■みことちゃん
 最終鏡層で出てくる謎の存在。
 初対面ですぐに記憶を封じているので、なぎたんがみたまさんに教えるタイミングでは『暗示』がかかっているはず。効果が不十分で半端に解けたか別のルートで知ったかで教えていればありえる。そもそも別人の可能性もある。ややこしすぎる。
 下手に手を出すとまたガバを生み出しそうだけどまあ細かいことは適当でいいんだよ上等だろ!(走者の屑)

■大東団地
 団地組はもちろん、メル、なぎたん、みたまさん、はぐむんなどの大東組の家は団地の背景。同じ大東出身でもひみかと観鳥さんは別。
 なぎたんは『駆けだしメイド十七夜』の17話で団地組をご近所さんと言っているため大東団地住みの可能性あり。はぐむんもボイス⑤では「十七夜さんと同じ団地」と言っているので団地。つまり背景が同じメルとみたまさんも大東団地かと思われる。瀬奈みことも団地。なんだこの魔法少女率!?

■出身
 基本的に通っている学校のある区。
 団地組や観鳥さんといい違うとなにか大体事情がある。エミリー先生が栄だったりフェリシアが我らが南凪だったりも。





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