マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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さよならさえ言えなかった夕暮れ 中編①

 ひゅうと吹く、冷たい風がくれはを撫でた。

 やはり厚着をしたほうが良かったかと思いつつも、いつものように両親と姉妹に行ってきますと伝えて門を開ける。待ち合わせまであまり時間がないが、背後から騒がしい妹と落ち着いた姉の声が聞こえて一度足を止めた。

 

 くれはは、二人のことが好きだ。あまり年の離れてない姉妹で見た目はそっくりであるのに性格は大きく違う。そんな違いが日々を弾ませていた。

 

 姉は優しく、しっかりもので、もう一人の母のようにさえ思っている。くれはが突飛な行動をすると諭してくれる姿に憧れを抱くこともあった。時々、「くれはちゃんはわたしの自慢の妹なの」と言われた本人が恥ずかしくなるほどまっすぐな言葉を向けてくる愛しい姉だ。

 

 妹は明朗快活で、手のかかるところはあっても賑やかな存在だった。毎日見せてくれる眩しい笑顔にくれはが助けられたことは一度や二度ではない。せがまれてできるようになったことは多く、「お姉ちゃん、出かけよう!」という言葉で色々な場所に連れていかれて、新しい発見を多く教えてくれた愛らしい妹だ。

 

 もちろん、両親のことだって好きだ。父も母も優しく、三姉妹を平等に愛してくれる。絵に描いたような幸せな家庭だ。そろそろくれはの誕生日も近い。少し照れくさいが、毎年盛大に祝ってくれるのが彼女の楽しみの一つだった。

 

『――治らない――余命はあと――』

『ご両親が――事故――』

 

 そんな記憶はない。

 年を重ねて関係性が変わることがあっても、この先もこんな幸せが続くだろうとぼんやりと信じている。

 

 目的地に向かう途中に、くれははふと自分の手を見た。左手の中指にはめている指輪にはルビーとアメジストを混ぜ合わせた色をした宝石が輝いている。魔法少女の証だった。

 

 これから出会う友人の存在を家族は知っているが、知り合った理由は意図的に教えていない。実は魔法少女をやっていてそのパトロール中に出会いましたなんて、いつもの突拍子のない行動の一つと笑われてしまう。

 

「……私は」 

 

 『願い』は、魔法少女なら誰しも持つ原点だ。

 くれはが願ったのは『■■■■■■■■■』ということ。叶えてもらいたかったはずなのに、どういうわけかもう少し違う『願い』があったんじゃないかと後悔にも似た妙な思いが渦巻いた。

 

「どうしたの、くれはちゃん。メロン食べそこなった?」

 

 友人の声に顔を上げると、待ち合わせをしていた喫茶店だった。モダンな雰囲気でお洒落な内装の見覚えのある場所だ。人気のある店のはずなのに二人以外に客はいない。くれはに覚えはなかったが、いつの間にかたどり着いていたようで注文までしていたらしい。目の前に座る彼女にはオレンジジュース。くれはにはメロンクリームソーダがあった。

 

「そんなわけないか。今もメロン頼んだもんね」

 

 微笑みを見せる彼女は瀬奈みこと。くれはがつい最近出会って、もう一人の友人である更紗帆奈と共にチームを組んだ仲だった。正直に言って、みことがいなければ帆奈と行動することはなかっただろう。最初のうちなど顔を合わせたら露骨に雰囲気が悪くなっていたし、二人の仲を取り持って率先して行動していてくれたから仲良くなれた。

 そんなみことのことも、くれはは好きだ。彼女には自分にはないものがある。妹と似た笑顔が心地良い気持ちにさせてくれて、魔法少女としてだけではなく、普通の少女としても肩を寄り添いたいと思っていた。

 

「帆奈は?」

「遅れてくるよ。あんまりにも遅かったら一緒に迎えにいこっか」

 

 大体は先に来て待っている彼女が遅れてくるのは珍しい。

 例えば、今日とは逆にみことが遅れてきた時、言い合いをしていた二人が怒られた記憶がくれはにはある。あの日の夜、帆奈と■ったあとにそれを思い出して――そこまで考えて、そんな記憶はなかったという結論に至った。

 

「暖かくなったらさ、三人でお花見に行こうよ」

 

 それは、■■■も同じようなことを言っていた。

 

「きっと綺麗だよ。写真も撮ろう。永遠に残したいもん」

 

 だったら、■■に任せればいいと言おうとした。

 

「あれ、メロンソーダ飲んでないね。いつもならおかわりしてるとこだよ」

「……そう、ね」

 

 何一つ、疑問など抱かなかった。

 

 

 

 

 

 

 調整屋の青い室内には多くの魔法少女が集っていた。

 主である八雲みたまはもちろん、七海やちよに和泉十七夜、都ひなのという纏め役もいる。常盤ななかや静海このはという普段は関わらない人物や、新人である枇々木めぐるの姿があり、中には特定のチームを組んでいない魔法少女さえもいた。更紗帆奈に佐倉杏子、千歳ゆまの姿もある。

 

 彼女たちは活動する範囲がバラバラで初めて顔を合わせた者も多い。しかし、その目的は同じだった。

 

「――と、いうわけよ。逃げていった結界はまだ南凪にある。鏡屋敷の本体にまで行ったかはわからないけれど、まやかし町のも合わせて消しておかないといけないわ」

 

 みたまが説明していたのは事の経緯。自分が失踪していた理由からくれはが攫われるまでを、どうしても話せない部分を除いて語った。そのうえで救出の協力を頼んだ。

 ここに来た面々は元よりそのために来ている。誰一人帰る者はいない。

 

 しかし、帆奈の性格をよく知るこのはから疑問の声が挙がった。

 

「よくその場で結界に入らなかったわね。追いかけそうなものだけど」

「うっさい」

 

 実のところ、一番初めに追いかけようと結界に近づいたのはみたまで、それを止めたのが帆奈だった。あの様子じゃ傷つけることはしないと確信を持っていたらしく、下手に追いかけることこそくれはの負担になると直感したからだ。

 それを自ら口にするはずもなく、みたまが追加で説明をした。

 

 次に口を開いたのはひなのだ。

  

「南凪はアタシらでいいが、大東のは?」

「伊吹君たちに行ってもらう。それぞれにコピーか本物を判断できる魔法少女を入れなければ危険だからな」

 

 十七夜が見た方向には、他にもななかがいた。自身の『読心』や彼女の魔法を応用すれば判断できると説明を加えて、参加してくれる魔法少女たちを割り振っていく。鏡屋敷、まやかし町、南凪それぞれの結界に行く者、コピーが神浜で暴れないように警戒する者の人選は基本的に各チームごと。

 多数を占めたのは警戒する面々だ。その理由は最近のコピーたちの動きにある。

 

「どこまでできるかはわからないけど、コピーも固有魔法が使えるのよ。みんなの魔法が敵に回ったら危険だわ」

「例えばそこの水波君だ。彼女のコピーが一般人に変身して紛れ込めば魔力や気配を探る以外に判別できなくなる。他にも梓の幻覚に加々見君の透明化を混ぜられたら対処できる魔法少女は一握りだ。内部では分断や奇襲が想定される以上、救出に向かうのは少数精鋭のほうが良い」

 

 その割り振りは連携を考慮して仮決めのものから段々と変化をしていったが、結界に入らない者はほとんど変わらない。自身の力がどの程度かを知っている者、知人に止められる者と様々で、その中にはくれはと親しい者の姿もあった。

 

「令ちゃん、ほんとに行かなくていいの!?」

「そりゃ行きたいよ。けど観鳥さんじゃ余計な心配をかけるだけだ。後で怒られたくもない。自分ができる精一杯を確実にこなすよ。それにさ……」

「私たちは帆奈ちゃんを信じてる。絶対に取り戻してきてくれるって」

 

 観鳥令の口調はいつものものではあったが在り方が違う。同じく、春名このみの言葉には普段以上の芯があった。助けに行きたいという想いは誰よりも強いとそれぞれ自負している。だからこそ、その分の感情を帆奈に託したのだった。

 

 その帆奈は当然のように本体である鏡屋敷に向かう組に入っている。常日頃から他人と組む気はないと言う杏子も自ら鏡屋敷に向かうと選択していた。

 同居人である二人が行くとなれば、当然もう一人も行きたがる。

 

「ゆまもいくの! くれは助ける!」

 

 どうしたものかと杏子は悩んだ。

 ああ見えてゆまは心が強い。駄々をこねているというわけでもなく、本心からのものだと理解している。できるなら叶えてやりたいが、危険でなにがあるかわからない場所に連れていくつもりはない。けれど自分が行くのはいいのかと言われたら返す言葉もないし、無理やり言い聞かせるのも違うと感じていた。

 

 そのゆまに声をかけたのは環ういと千秋理子だった。

 

「わたしもくれはさんを助けに行きたいよ。でもね……わたしたちじゃ逆に足を引っ張っちゃう」

「くれはお姉さんも、ゆまちゃんが危ない目にあったら心配すると思う……」

 

 ういはいろはと、理子は天音月咲らとそれぞれ外で警戒することになっている。

 同い年の二人の言葉に続いたのは、くれはとはブロッサムで顔を合わせることの多い夏目かこだ。背後には同じチームのメンバーもいる。

 

「私たちに任せてください。絶対、連れ帰りますから……!」

「ボクら、助けに行くのは二回目だから。安心して待ってて」

「というか帆秋がそう簡単にやられるわけないネ」

「しぶといですからね、彼女は」

 

 彼女たちはもう随分と長く行動を共にしている。粗雑な物言いではあったが、言わんとしていることはゆまにも理解できた。

 そして、くれはが言っていた言葉を思い出した。彼女は『助け出してもそこに自分がいないと意味がないと教えられた』と語り聞かせてくれたのだ。ゆまはぎゅっと自分の手を握って我慢した。

 

 その頭にぽん、と手が置かれた。杏子がにやりと笑っていた。

 

「約束だ。帰ったらうまいもん食いに行こう。パンケーキなんてどうだい? マミが良い店知ってるんだ」

「キョーコ……」

「くれはの奢りにするから好きなもの選んでいいさ。山盛りのパンケーキにメープルシロップ、蜂蜜、生クリーム、フルーツ、なんだって乗せ放題だよ」

 

 それは彼女なりの優しさであり決意。「うん」と呟いたゆまの表情は少し前とは異なるものだった。

 

 彼女たちのように来て説明を聞いた者の他に、幾人か事前に説明を受けて外に出ている者がいる。例えば七瀬ゆきかなどは大所帯にいるとトラブルを起こすからと自ら単独で行動をしていた。吉良てまりも迂闊に大人数相手に言葉を使うとどうなるかわからないため、古町みくらと三穂野せいらと共に先に動いている。

 

 他にも、まったく所在がわからない者もいた。

 最初に気づいたのは秋野かえで。調整屋に来てから今まで、知り合いの一人の姿を見ていなかった。

 

「かりんちゃんは? すっごく強くなったから頼りになるよね?」

「その辺にいるんじゃないの。レナは見てないわよ」

 

 人助けをしたいという彼女が、特にくれはの危機ならばいそうなものだがいない。

 同じチームの十咎ももこは話があるとみたまのもとに行っており、戻ってくるまで時間がかかる。スマートフォンを取り出して電話をしてみる判断をするのは早かった。

 

 すぐに繋がった電話口からはスピーカーを通して普段通りのかりんの言葉が聞こえる。どこにいるかをかえでが問うと、「学校なの」と答える声が別の音と共に返ってきて、かえでとレナは思わず顔を見合わせた。

 奥から聞こえたのは、かりんを呼ぶアリナ・グレイの声だった。どうにもくれはが攫われたことを知っているらしく、一緒に行こうとかりんが誘っても「あいつがどうなろうとアリナには関係ないワケ」の一点張り。

 

 アリナが勝手にしているのはいいのか、かりんに来てもらうべきなんじゃないのかと色々と考えたが、かえでとレナに決定的な答えは出せずに、結局そのまま聞いたことをやちよに伝えた。

 すると、彼女は特に表情を変えることはしなかった。

 

「余計なことをしないか見ていてくれるだけで十分よ。また戦うなんてゴメンだわ」

「ふゆぅ……そうかなぁ……あの人、なにかしそうな気が……」

「かりんがいれば大人しくしてるんじゃないの? だから監視役になったんでしょ?」

「まあ、アリナのことはいいわよ。ももこはまだかかりそうだし二人は待ってて」

 

 やちよは二人を一旦離れさせると、他とは雰囲気が違う場所を見た。一角に置かれたソファを占領しているのは里見灯花で、その隣に車椅子でいるのが柊ねむ。柊桜子もいる。元マギウスの括りのようだ。

 

 チームとしてはいろはがリーダーではあるが、立場上やちよが動かないわけにはいかない。なんでも連れ去られたという話を聞いてから灯花が思いついたことがあるらしく、十七夜を連れて作戦を確認しに行くのも役割の一つ。

 割り振りで忙しくなったために遅れたが、灯花は嫌になるぐらいの笑顔で出迎えた。

 

「もーわたくしが話してもいいかにゃー」

「変な作戦ではないだろうな」

「もちろんだよーコピーたちが連れてったのならちょうどいいのがあるって、知ってるでしょー?」

 

 そう言って説明し始めたのは、くれはがミラーズに入る原因となった自動浄化システム拡大のこと。魔女を誘導するシステムを応用して使い魔が空間を繋げるように誘導するのが目的で、そのための機材を設置する場所を探していた。

 つまり、探さずともそのシステムを使って、誘拐犯に向こうから来てもらえばいい。必要な魔力パターンは居合わせたみたま、十七夜、帆奈なら知っている。それが作戦だった。

 

「なるほどな。悪くはないが……今から置きに行くのか? 露骨な行動は警戒されると思うが」

「くふふっ、大丈夫。もう置いてあるよ」

「……それ、いつよ」

「最初の大量発生の帰り。良い場所があったから桜子に付き添ってもらって設置してきたんだ」

「やはりおガキ様はおガキ様か……」

「けど、今回ばかりは灯花の勝手が役に立ちそうだよ。桜子に案内してもらえばすぐに着くはず」

「│頑張る│」

 

 もう少し監視したほうがいいのかもしれない。そう東西の纏め役は思いつつ、鏡屋敷に向かうメンバーの作戦の一つとしてその案は加えられた。

 

 そのメンバーの一人であるみたまは、少し前からももこと話をしている。

 元々、みたまがミラーズに入るという話を聞いた時からももこは居ても立っても居られない気持ちになっていた。調整屋の周囲は人が少ないために魔女や使い魔が少ないが、ゼロではない。その僅かな敵を代わりに排除してきたのがももこだった。十七夜が支えてきた魔法少女だとしたら、彼女は守ってきた魔法少女。常連客の一人というだけではない感情があった。

 

「調整屋、本当に行くのか?」

「ええ、こればっかりは譲れないわ。わたしがしてきたこと、できること……その一つの区切りが来てるの」

 

 少しでも躊躇いや恐怖が見えればなんと言われても止めるつもりだった。彼女の『調整』がコピーに対してどれだけ有効かと知ってなお、それは変わらない。

 

 いつもの軽い調子が微塵もない姿をももこは見つめた。自分がまだ知らないなにか、説明から意図的に省かれただろう部分が彼女を動かしているのだと直感する。

 

「行かきゃなんない理由があるんだよな」

 

 しかし、話したくないならそれでよかった。

 ももこはいつだって、みたまのことを気にかけている。彼女が信じるのは彼女の知る調整屋。だから、いつかより大きな勇気を持って話してくれる日を待つことは苦でもなんでもない。

 

「……わかった! アタシは留守を守る。だから絶対連れ戻してくれよな!」

「ももこ……ありがとう……」

 

 今のみたまの姿に、ももこが不安を感じることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラン、と氷が音を立てた。

 クリームソーダのアイスが溶けて混ざり合っていく。どろどろと、消えていく。

 

「ねえ、くれはちゃん」

「なに」

「幸せ?」

 

 突飛な質問に首をかしげる。普段の会話で話すこともない内容であった。

 

 幸せかと問われれば、そうである。くれはは間違いなくそう思う。

 優しく温かな家族に囲まれ、こうして気の許せる友人だっている。これまでに悲しい出来事がまったくなかったわけではないが、取り立てて騒ぎ立てるほどのものではない。誰にでも、どこにでもある小さな不幸があっただけだ。

 

『あ――なんで――手遅れ――』

 

 そんな記憶はない。

 ゆえに、同情が欲しいわけもなく、嘘のつけないくれはは答えた。

 

「幸せよ」

 

 みことの笑みが深くなった。

 

「将来に不安はない?」

 

 また、変な質問だった。

 

 これは先ほどの答えのように簡単にはいかない。不確定な未来に一抹の不安も抱いていないと言えば嘘になる。

 魔法少女として生きている限り、穢れの問題が付き纏う。命懸けでグリーフシードを手に入れなければソウルジェムは濁り切って■■になってしまう。いや、今の神浜にはドッペルがある。そんなことには――と、そこで、そんな記憶はなかったという結論になった。

 

 少し間を置いて、くれはは答えた。

 

「ないわ」

 

 みことは変わらず微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鏡屋敷から『果てなしのミラーズ』に降り立ったのは五人。コピーの判別ができる十七夜、特効を持つみたま、誘き出せる可能性のある帆奈、戦闘能力の高い杏子、案内役でウワサという特殊な存在の桜子。

 装置で誘き出すなら魔力パターンを知っている三人が必要であり、それぞれに役割という理由はあるが、この人選なのは秘める意図があると誰もが暗黙に理解していた。

 

 先頭を進む桜子は、浮遊している大きな腕輪から桜色のブレードを伸ばして時々現れる使い魔を切断する。

 身に纏っているのはウワサとしての服装ではなく、南凪の制服でもない。ひし形の穴が空いたスカートが特徴的な、彼女が言うところの戦闘フォームだ。サーバーにあるデータから作られたそれは魔女に対しても十分な戦闘能力を持ち、グリーフシードを必要としない分、どれだけの妨害が来るか不明な現状では頼れる存在である。

 

 しかし、不気味なほどにミラーズは静かであった。

 こちらが侵入しているのに気づいていないのか、はたまた他の二組への対処に追われているのか通常通りの遭遇しかしない。桜子以外が迎撃してもグリーフシードのストックに余裕が出るだろう。

 

 そうして鏡の迷宮を降り続けることしばらく。桜子が記録していたよりも道は遠く、途中から装置の発する電波を追って先に進むと、他の景色と違う、一層開けた場所に出た。

 壁や地面という基本的な部分は変わらないが、扉が多数存在していて、その上にある大きな丸鏡には様々な場所の景色が映っている。大東の観覧車草原らしき場所もあれば、どこかの結界の中にしか見えないものまで多種多様。むしろ見たことのない景色のほうが多いだろう。

 

「│この近く│」

「このような場所あったか……?」

「│あった。けど扉と鏡は増えてる│」

「案外別の結界と繋がってるかもしれないね。鏡に見えてるのが行き先でさ」

「……あっ!」

 

 帆奈が指さした鏡には、くれはが映っていた。目立った外傷はなく穏やかに眠っている。これ見よがしにその扉だけ封鎖されているとなると、杏子の推測もあながち間違いではない。

 

 だが、十七夜は先に魔女を誘導する装置のほうを確認すべきだと提案した。

 あれがコピーで、自分たちを陥れるための罠の可能性がある。扉を破壊するにしても魔力を使うこととなるし、ななかやこのはが見たというものに類似しているが、そもそもあの場所に行けるかどうかすら未確定なのだから当然。

 

 そして、論理立って秩序らしい正論を彼女が聞くはずもなかった。

 

「あっそ。じゃああたしは行くから」

「待て。話を聞いていたか」

「だから行くって言ってんじゃん」

「あたしも賛成だね。だいたい、誘き出すなんてまどろっこしい。さっさとケリつければ良いだけだろ」

「│灯花を疑うの?│」

「そこまでよ、みんな。コピーが来たわ」

 

 顔を合わすことは度々あれど、元来の性質が違うのだから仕方がない。 

 しかし、突如として現れた魔力反応への対応は同様であった。全員が瞬時にみたまの四方に移動し、守る配置につく。

 

「ほら、やっぱり扉を守ってるよ。あたしが合ってた!」

「│残念│」

「気をつけろ。雰囲気が普通と違う」

 

 現れたのは五人を相手取る五人。七海やちよ、十咎ももこ、巴マミ、柊ねむ、そして、帆秋くれはのコピーだ。記憶を読んで同一人物をぶつけるよりも有効だと判断したのか、明らかに侵入してきたメンバーを想定して配置されている。

 

 普通のコピーと違うのは、感情が消失したかのように無表情であることだ。くれはに限ってはむしろそっくりになっているが、性格、口調という違いが一切表面に出ていない。あるいは、特定の質を上げるために揃ってそういう粗さが出てしまったのかもしれない。

 

 その証拠に、マミのマスケット銃から放たれた弾丸は本物と瓜二つの速度と威力を併せ持っていた。

 

 銃撃を皮切りにやちよとももこが得物を手に突撃する。槍を十七夜の鞭が弾き、大剣は桜子のブレードが受け止めた。しかし、そこにもう一度弾丸が飛び、くれはが投げたカトラスとねむの本からページが刃のように襲ってくる。

 かと言って杏子と帆奈が後衛を潰そうと前に出ると、『拘束魔法』と『停止』が足を止める。前衛にもなれるその魔法の持ち主二人はタイミングを崩すように攻め手を変えてくる。だからと一旦距離を置くとももこの『激励』が敵全体を強化し、ねむの『具現』が使い魔を増やす有様だった。

 

 ここに来て、道中の妨害の少なさに誰もが納得がいった。コピーたちをこの場に配置しておけばそれで事足りるから、必要なかったのだ。

 

「……一合でこれか。ここまで実力を近づかせるとはな」

 

 長年魔法少女を続け対人戦の経験も多い十七夜は、今のぶつかり合いで互いの戦力比を概ね把握した。

 

 端的に言えば、圧倒的不利だ。

 攻撃の手数、メンバーの戦闘経験、そしてなによりも固有魔法の応用性が決定的な差を生み出している。

 

 相手は『希望を受け継ぐ力』、『激励』、『拘束魔法』、『具現』、『停止』と全てが戦闘に役立つもの。もしかすると、他のコピーを倒せばやちよのコピーが強化される可能性だってある。

 

 対してこちらは五人いるにもかかわらず、『読心』、『魔力調整』、『上書き』のみ。杏子のは他人にはわからず、桜子はそもそも魔法少女ではない。コピー相手に心を読んでも意味がなく、『上書き』だってコピーから複製できるかは不明。実質、『魔力調整』で浸透からの破壊のみ。それも固有魔法かと問われれば微妙なものだ。

 

 しかし、それでもこの戦闘の鍵を握るのはみたまだ。彼女が布を触れさせればそれでコピーは消え去るのだから、味方からしてみればいかに守り、近づかせるかの勝負となる。相手もそれを理解しているようで、みたまを重点的に足止めしようとしていた。

 

 増えた使い魔を杖で殴り飛ばして、帆奈は言った。

 

「これさ、別に戦う必要なくない? 扉を開けて突っ込めばいいだけでしょ」

「……仕方がないわ。装置を探す暇すらなさそうだし、罠ならすぐに戻りましょう。いいわよね、十七夜」

 

 あの扉が別の場所に繋がっているとして、戻ってこれないということはない。報告にはそうあった。みたまの言うことにも一理ある。未確定のことを言えば装置で誘き出せるかも同じだ。

 それに、撤退するつもりもなかった。ここには装置が発する電波がなければたどり着けなかっただろう。一度離れたら対策をされて二度と来られなくなるかもしれない。

 

 ならば、と。十七夜は鞭を空に掲げて振り回し始めた。

 鞭が空気を裂くたびに頭上に青白い電流が集っていく。次第に電気がいくつもの球となり、鞭が振り下ろされると、数十本の光線が封鎖された扉目掛けて放たれた。今まで見せたことのほとんどない技にコピーは反応できていない。

 

「アンタ、遠距離攻撃できんじゃん」

「魔力を多分に使う。問題有りだな」

 

 扉の封鎖は一撃で破壊されたものの、ソウルジェムの穢れは見るからに増えていた。

 

「│あとは突破するだけ│」

「いや、桜子君たちは八雲を護衛して先に行け」

「ちょ、ちょっと! どうしたのよ!」

「自分じゃなくとも桜子君なら帆秋の魔力パターンの違いでコピーの判別もできるだろう。この場は任せろ」

「そうじゃなくて……!」

「……ああ、なに、誰かが足止めしないとこの布陣は突破できん」

 

 何事もないように十七夜は言った。

 コピーは待ってくれんぞと付け加えて、みたまの目を見て。  

 

「君と同じく、これでもお姉さんだからな」

「……は、そうだな。アンタらはとっととアイツを助けてきなよ」

 

 返事をするより先に十七夜が駆け出し、自らも足止めをすると杏子もコピーに突撃した。

 

 みたまも彼女たちの意図は理解できる。自分はコピーに対して致命的な攻撃ができるが、それだけ。動きを阻害して五人で苦戦するよりかは目的を達成したほうがいい。

 だから一度目をつぶって気持ちを切り替えると、桜子と帆奈に守られて扉へと進んでいく。当然コピーが邪魔をするが、地面から生えた大槍が接触を防いでいた。

 

 扉の奥に三人の姿が消えたのを見届けて、今度は逆に十七夜と杏子が守る立場となる。

 

「さて、こうして二人で肩を並べるのは呉キリカと戦った時以来か」

「あん時はくれはもいたろ」

「だったな。三人に戻さねばなるまい」

 

 先ほどの大槍といい、みたまを先に行かせた理由は杏子の戦い方を本来のものに変えるためでもあった。

 彼女は今まで多くの魔女と戦ってきたベテランではあるが、ある時からは一人で戦うことが多かったために守る技に長けていない。多節棍の性質を併せ持つ槍と、スピードを活かした近・中距離の戦いが本領発揮できる場だ。

 

 十七夜は何度かの共闘でそれを感じ取っていた。くれはが教えたということもある。

 最初から負ける気などない。勝つための行動だ。

 

 やちよとももこの近接攻撃や他の遠距離攻撃を避け、リボンを切り裂く。

 守るのは己と背中を預けた味方のみ。二人だけにも関わらず、戦況は悪くない。 

 

「上等だよ。いくらでもかかってきな!」

「自分たちを突破できると、僅かにでも思うのならな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイスは溶けきって、メロンソーダはなくなった。

 大好きなはずなのに味気ないと、くれはは思った。

 

「みこと、ちょっといいかしら」

「なぁに?」

「私たちって、他に魔法少女の知り合いが――」

「いないよ」

 

 彼女に似合わない強い否定。そこまで言うのならそうなのだろう。

 事実、魔法少女と初めて出会ったのは同じ学校の■■■――いや、みことと帆奈だと、くれはの記憶にはある。それから他に出会ったことはなく、なにもおかしなことはない。

 

 ないはずだ。

 知っているが知らない魔力パターンを感じたとしても。

 

「でも、神浜って広いわ。他にもいるわよね。探してみても……」

 

 みことは、ぐにゃりと笑った。

 

「もう一回、だね」

 

 

 

 

 

 ひゅうと吹く、冷たい風がくれはを撫でた。

 




■今回の内容
『さよならさえ言えなかった夕暮れ』

■最終パーティ
 光・光・闇・火・無。
 魔法陣形はブレイブ・エシュロン。

■無属性
 調整屋共通の属性。
 魔法少女シールによるとキュゥべえもこれ。

■ブレイブ・エシュロン
 魔法陣形の一つ。初期陣形の割に有用。
 同タイプのトリコロール・レイド、ガーディアン・フォースと共にミラーズで使われる。

■敵パーティ
 実際にコピーに連携されると大変なことになる一例。
 君も好きな魔法少女を五人選んで最強チームを作ろう! だいたいはマミさんが入る。
 Q.これどうやって勝つの?

■ミラーズ
 他のプレイヤーとの対戦の場。
 たびたび開催されるミラーズランキングは神浜でも有数の地獄が見えるイベント。

■雨みと
 ミラーズどころかどこでも猛威を振るうメモリア『雨上がりの帰り道<みと>』のこと。
 えげつないぐらい敵全体の攻撃力と防御力を下げる。やっぱりみと神様じゃないか(畏怖)。


 


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