マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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さよならさえ言えなかった夕暮れ 中編②

 

 みたま達が通った扉の先はミラーズ内部であった。

 内装からそう判断をしたが、周囲が壁で覆われた一部屋など見たことがない。家具も、椅子やテーブルは度々見かけるが中央に置かれた天蓋付きのベッドなどそうそう見るものではない。

 

 帆奈はベッドを視界に入れるとすぐに駆け寄って確認した。鏡の映像通りにくれはがそこにいる。穏やかに目を閉じる姿は帆奈にとっては何度も見た寝顔だ。

 

「│大丈夫、本物│」

「はぁ、あれだけ心配させてぐっすり寝てるだけか……」

 

 桜子の言葉に安堵の息を吐く。鏡の魔女が瀬奈であるならば傷つけるわけがないと思っていたが、自分の手の届かない距離に行ってしまうことが怖かったことに変わりはない。

 しかし、昔の帆奈だったら最初の結界に飛び込んでいただろう。変化を自覚しながら、その原因の手を握ろうとした。

 

 指が、すり抜けた。

 

「……は? え?」

 

 幻影、幻覚といった言葉が頭を過るも、それはおかしい。桜子が言う通り彼女は本物だ。指輪だってある。魔法少女の証明が逆に帆奈を混乱させた。

 

「│これは……本物だけど、本物じゃない。一番近いのは……夢?│」

「なに言ってんの?」

「たぶんだけど……本物と幻が混ざりあってるんだと思うわ。ほら、ここは触れる」

「勝手にくれはに触んないでくれる?」

 

 みたまが触れた二の腕には確かに実体がある。

 ミラーズも結界の中だ。なにが起きても不思議ではない。魔女や魔法少女という存在が現に存在しており、ましてや自分もその一人なのだから帆奈はそれ以上追求しなかった。

 事実、触れる部分だけで持ち上げて扉の境を越えようとすると、目が覚めるようにくれはの身体は段々と消えかかっていってしまう。信じるしかなかった。

 

 安堵を焦りへと変えたのは、その不思議な現象だ。

 目に見えても触れない部分が徐々に増えていっている。ある程度の時間が経過すると、身体の一部分がふっと消えていく。始めに触れなくなり、次に段階を踏んで実体が薄くなっていく。

 

 最初は気づかなかったものの、どうやって連れ出そうか考えている間に事態は進行していった。もし一日遅れていたら、いや、数時間遅れていれば永遠に見つけることができなくなっていたことだろう。

 あるいは、そのほうが良かったのかもしれない。

 

「もう見てらんない……!」

「│帆奈、外に出したら消える│」

「だからって、このままにしとくわけ!?」

「わたしたちも彼女を助けたいに決まってるじゃない。けど……」

 

 一向に解決策が見つからない。

 物に魔力を通す要領で触ってみてもすり抜ける。この部屋自体に仕掛けがあるわけでもない。様々なことを試したが、どれも効果がなかった。

 

 ずっとこうしているわけにもいかない。扉の向こうでは十七夜と杏子がコピーたちを止めてくれている。移動はあっという間でも、物理的に空間が離れているのか向こうの景色は見えず音も聞こえないが、なだれ込んでこないのだからまだ戦ってくれているのだろう。

 

 じりじりと時間が流れて消えていく姿を見て、みたまが思いついた手段があった。魔法少女の“本体”であるソウルジェムだけを持ち出して、身体は後で再生すればいいんじゃないかと、思ってしまった。

 すぐに否定した。それは人であることを拒絶するようで、踏み越えてはならない一線のようだったからだ。

 

「……だけど、それぐらいしか」

 

 みたまの小さな声は薄暗い部屋に消えていった。

 助けに来たのになにもできない。この時のために多くの魔法少女が協力してくれているのに、これでは『調整』を覚える前のようだ。

 

 そうではないと証明するために、指輪の状態のそれに手を伸ばして触れる。

 魔法少女の証明であり魂であるそれ。簡単に割り切れればいいものの、みたまにはできなかった。

 

 ……そこで、ふと、気づいた。

 

 もしもこのまま消えたのならソウルジェムはどうなる。このままこの場に残るのか、それとも。

 普段から他人のソウルジェムに触れることが多く、かつ、魔力に呪いの側面が大きい彼女だからその可能性に思い至った。慌てて感覚を指輪に集中すると、予想通りにそれを捉える。

 

「│どうしたの│」

「ソウルジェムに結界の反応があるわ……!」

 

 赤紫に輝く宝石のそのまた奥。魔女や使い魔が放つものと同じ反応がある。魔力パターンは使い魔のものと同様だ。

 

「……触るわね」

 

 なぜ結界があるのか。どうすれば良いのか。様々な疑問はあれど、この場で干渉できるのはみたましかいない。黙り込んだ帆奈の反応を肯定と考えて、『調整』と同じように指輪に触れた。

 

 壁の鏡に紫黒の煙が映ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ひゅうと吹く、冷たい風がくれはを撫でた。

 やはり厚着をしたほうが良かったかと思いつつも、いつものように両親と姉妹に行ってきますと伝えて門を開ける。待ち合わせまであまり時間がないが、背後から騒がしい妹と落ち着いた姉の声が聞こえて一度足を止めた。

 

 それに、僅かな違和感を抱きながら。

 

「どうしたの? 飲まないなんて珍しいよ」

「え、ええ……そうね……」

 

 いつの間にか喫茶店にいて、聞いたような質問に答えて、ただ帆奈を待つ。

 みことに答えた通りくれはは幸福だった。こうして毎日を生きていけるのも家族や友人のおかげだと感じて、話しているだけなのに嬉しく思っていた。

 

 ……でも、これで良かったのだろうか。なにかを忘れていないだろうか。そんな思いがくれはを締め付ける。

 全てが満たされている。誰一人欠けてない毎日がある。おかしなことなどないというのに。

 

「もう一回」

 

 次にみことが聞いたのは、欲しいものはないかということだった。

 くれはは考えた。自分は十分なぐらいに持っている。これ以上望むものなどない、と。

 

 本当にそうだろうか。

 更紗帆奈が来ても、■■■は? ■■■■■は? 共に住む■■■■に■■■■は? これまでの助けて助けられた旅路が、示している。いや――そんな記憶は彼女にはない。

 

「もう一回」

 

 繰り返す。ただ延々と同じ日々を繰り返す。

 初めに抱いていた大きな違和感は繰り返す度に削れていった。夢見て描いていた世界が目の前にあると信じるようになっていく。

 

 もしも。

 もしも、みことが生きていればと、何度考えたことか。彼女の望み通り一緒にいてあげられたらと、くれはが幾度思ったことか。

 

 粟根こころや常盤ななか、静海このはたちが見た光景は悪夢そのものであった。だが、彼女を蝕むのは心地の良いありえたかもしれない世界。三人で過ごせた架空の日々。彼女だけに搦め手を用いたのは効果があると知っていたからか。それとも、憐憫か。

 それは微睡む夢のごとくどろりと彼女を引きずり込む。もう二度と目覚めなくていいように深く、より深く深淵へと堕としていく。そのどこまでも優しい世界は帆秋くれはにとっての理想。誰一人欠けて欲しくないという強欲がある限り逃げ出せない迷い路であった。

 

 まさしく彼女にとっての理想郷。

 アルカディアであり、イーハトーブ。ティル・ナ・ノーグでありつつ、ネバーランドでもある。ゆえに、ねばりつくように締めつき、毛布のように柔らかく、温もりに満ちている。二度と逃さぬように、逃げなくていいように。

 

「ねえ、みこと」

 

 それでも、くれはには思うところがあった。

 神浜市に他の魔法少女はいないと言われても、見滝原市やホオズキ市、あすなろ市はどうだ。それこそ、国のどこかには別の魔法少女がいるはずだ。地方都市にいるなら会いに行こう。人里離れて住んでいるのなら探してみよう。

 ドッペルの現象を起こす自動浄化システムを広めないといけない。これ以上、■■■による悲しみを生み出さないためにも。

 

「もう一回」

 

 だが、別にいいかとも思った。

 

 そんな記憶はなかった。

 これから先も起こるはずがない。

 思い違いをしていただけで、今見ているものが現実だ。

 

 おかしくはない。

 みことが言うことが間違ってるはずがない。

 

「……そうね、私には二人がいる。それだけで――」

 

 言葉を紡ぐ前に、低い声が混ざった。 

 

「待ちなよ。メルはそんなことのために話したんじゃない」

 

 近くに立っていたのは、三白眼で目つきが悪くも童顔気味の少女。ノースリーブの黒いパーカーにダメージジーンズという出で立ちで、魔力の反応がある。魔法少女だ。

 

「どうやってここに……」

「免停覚悟……かな」

 

 嬉々としていたみことの態度が急に変わった。彼女らしからぬ明らかな敵意が滲み出ている。

 しかし少女は意に介さず、くれはを見た。

 

「ん……はじめまして。あたしは……いや、なんだっていい。とにかく……」

 

 少女は煙を吐く鉄パイプを生成すると、思いっきり空間を叩く。

 

 ぐらりと、世界が揺れた。

 揺らぎは満ちた魔力を振るわせて、現実を認識する平衡感覚を僅かに取り戻させる。

 

「思い出して。あなたを待つ人を、あなたを願う人を。それが変えた責任だ。今だって、みんな必死に助けようとしてる」

 

 その言葉に、理由はわからずともくれはの胸が締め付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の神浜では、魔法少女たちが戦っていた。

 数は少ないものの、想定通りにコピーが出てきている。一般人を襲おうとはしていないが特定の意思を持っているようで、警戒していた魔法少女を狙ってきていた。特に鏡屋敷周辺はその傾向が強い。外からの援軍を防ぐためだろう。

 

 その鏡屋敷に向かって移動する魔法少女たちがいた。五十鈴れん、綾野梨花、粟根こころ、加賀見まさらの四人だ。彼女たちは中央区の担当となっていたが、余裕があったためにこちらに移動している。

 

 サポートのために来ていた彼女たちの目的となる人物は、やはりと言うべきか今もトラブルに巻き込まれていた。

 

「なん、でっ! こんなにわたしのところにっ!?」

 

 鏡屋敷の入り口では、七瀬ゆきかがコピーの群れに囲まれていた。

 幸いにもどのコピーもこの場にいる者の見知った顔ではない。今までにミラーズに入った魔法少女の誰かだろう。それに、揃いも揃って無表情で感情がないように見える。

 

 所々怪我をした彼女は首輪に鎖で繋がったソウルジェムを揺らし、一般人には到底不可能な連続跳躍と身体捌きで回避し続けている。数が多すぎるために防戦一方で、レイピアを振るえていないようだった。

 

 そこに最初に飛び込んだのはまさら。姿を消し、剣を持った一人にダガーを突き刺す。

 開いた空間にこころが入り込み、トンファーでゆきかへの追撃を防ぎきる。そこにれんの魔法弾と梨花のコンパクトから放たれた光線が飛来した。

  

「粟根さん! それにみなさん――」

「喋ってる暇はないと思うけど」

「で、ですよねっ!」

 

 レイピアを構えて攻勢に出る。ゆきかは元黒羽根ではあるが、本人が思うほど弱くはない。影が薄いと思い込み、出世欲がなかったから目立たずにいただけだ。

 そもそも彼女の固有魔法とは『死に際になると強くなる力』という馬鹿げたもの。一対多の状況で怪我を負った時点で発動していた。それが味方が増えて本格的に動けるようになれば当然、猛威を振るうことになる。

 

 先ほどのような動きで回避を続け、右側から迫るコピーをレイピアで突き刺し、左側のコピーには新たに生成した短剣を突き刺す。

 それは本来は持っていないはずのマン・ゴーシュ。大型のガードが付いた、守るための短剣である。何度も何度も事あるごとにくれはに結界に連れられて共に戦っているうちに生成できるようになっていた。カトラスを両手に持つ戦い方に触発されたと言ってもいい。

 

 しかし、驚異となる姿を見てもなおコピーたちはゆきかを狙う。正確に言えば、狙っているのは左手に握る短剣の下に重なるように持っている小さめの袋だ。今も蛇腹剣をそれに向けて振るい、ガードで防がれて返しのレイピアでコピーが消えた。

 

「今のは危なかったですっ……」

 

 見知らぬ魔法少女のコピーが相手というのは、見知った顔と戦うより心情的には楽だがどうしても戦法の理解が遅れる。先ほどのも、剣かと思えばジグザグに軌道を変える武器だった。

 れんの杖が鎌になることや、こころのトンファーが近距離モードと遠距離モードに切り替えられることなど、武器の変形などは初見では反応が難しい。まさらの『透明化』も知らなければ奇襲は避けられないだろう。

 

 それと同様に、武器と固有魔法の連携を見切るのはゆきかたちにも難しかった。

 

 今までレイピアで戦っていた知らぬ魔法少女が突如消えて翻弄しつつ、見せなかったチャクラムを投げてきた。重力を無視した軌道をするそれを避けたと思いきや、幻。本物は四人の援護をすり抜けて、ガードのない方向から手首ごと袋を狙っている。

 

「やらせない!」

 

 チャクラムを自分の身で防いだのもまた、走ってきた知らない魔法少女だった。

 ほんの一瞬の隙ではあったが投げてきたコピーが止まる。そのタイミングでゆきかは魔力を込めたコインを弾丸のように投擲し、撃破した。それがちょうどこの場の最後の一体であった。

 

「だ、大丈夫!? れんちゃん、治療手伝って!」

「うん……でも、どうして……」

「……私なんかじゃこれしかできないけど……あの人がピンチなんだって聞いて……」

 

 傷ついた魔法少女のことは誰も知らない。友人たちの殆どもそうだろう。なにゆえ彼女は新人で、つい最近くれはと出会うまで他の魔法少女と会うことがなかったのだから。

 彼女はかつての黒羽根とそう変わらない強さで一人では魔女を倒せるかすらわからない。それでもできることがあるはずだと、鏡屋敷に急いでいた。

 

 その少女と共に簡易な治療を施されたゆきかは一息つくと、また立ち上がって鏡屋敷に入ろうとする。

 以前も共に戦ったことのあるれんとこころは彼女の強さを知っている。まさらと梨花も今の戦いで理解した。けれども、状況が状況だ。だから付いて行こうとするも、分断されるかもしれないし、無表情のコピー以外を判断する手段がないとやんわりと断られた。

 

「ゆきかさん、やっぱり行くの?」

「もちろんです。あまり時間をかけてはいけないと言われてますし、そのために来てます。それに……」

 

 ここに来るまでにゆきかは単独で調整屋に向かい、千歳ゆまを連れて南凪のくれはの家へと行き、また調整屋に戻って"それ"を受け取っていた。頼み事を引き受けることが多い彼女でも、神浜を横断するような距離に「キツいです……」と弱音を吐いたものの、こうしてやり遂げようとしていた。

 

 単身で突入することがドキドキするからという自分勝手な理由もある。けれども、一番大きいものは。

 

「わたしだって、助けたいですからっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉の外では一進一退の攻防が続いている。

 

 味方が自分を含めて二人だけという状況下では杏子の槍を伸ばしても敵に当たるだけ。槍の内部に仕込まれた鎖が変幻自在に動いてマスケット銃、カトラス、ページ等の遠距離攻撃を叩き落す。近接戦を強制させる、まさしく鉄壁の防壁だった。

 

 そして十七夜ほどの実力があれば間を縫って攻撃を仕掛けることは可能。突出したももこのコピーを狙って馬上鞭をしならせた。

 空気を裂き、驚異的な速度で迫る。完全に不意を突いた一撃であった。

 

「……わかってはいたが敵に回ると厄介だな、七海」

 

 しかし、最初の攻防とは逆に今度はやちよの槍が鞭を防いでいた。

 離れて仕切りなおそうとするも、十七夜の足にリボンが巻き付いて動けない。すぐに地面から生えてきた槍が切り裂いたが時すでに遅く、青い槍と銃による連撃が迫っていた。

 それでもこの程度、十七夜には対処できる。先に到達する弾丸を紙一重で避けて、槍に鞭を全力で叩きつけて相打ちとする。

 

 だが――その瞬間を狙っていたのが、巴マミのコピーだ。最初のリボン、続く銃弾は囮。十七夜の死角となるやちよの背後には別のマスケット銃が生成されていた。単発式ではあるがその数五丁。隙を突き、バラまくように放たれた弾丸は速度・範囲共に回避不可。

 当たる。そう確信したと同時に鮮血が飛び散った。

 

「つくづく、自分のソウルジェムが右目で良かったと思うぞ」

 

 当たったのは一発。左腕を貫通したものの、それだけだ。

 マミの狙いは正確すぎる。本物の技量を精密に再現した結果、魔法少女の急所たるソウルジェムへの狙いが『読心』を使わずとも判別できていた。ゆえにあえて一発に当たりに行くことで致命的なものは避けることが可能だった。

 

 今度こそ飛び退いて距離を取ると、ねむ、くれはと戦っていた杏子とちょうど背中合わせの体勢となる。

 

「……っと、オイ、まだ戦える?」

「無論だ。すぐに治す」

「その怪我は……マミか」

  

 見なくとも、どれだけ厄介かは杏子はよく知っていた。

 後衛にいればマスケット銃による銃撃や『拘束魔法』による足止めを駆使してくる。隙が出来れば『ティロ・フィナーレ』を始めとした多種多様な魔法を使う。しかも前衛だろうと戦闘力は変わらない。銃の柄で殴ってくることもあれば、リボンを盾にすることもあり、時には吊り橋のように足場を作って三次元的な接近戦を仕掛けてくる。

 

 例えば、今の二人に対して行うのは。

 

「――ッ、下がれ!」

 

 『レガーレ・ヴァスタアリア』と呼ぶ、広範囲拘束魔法に決まっている。 

 逃げようにも、消費が重いために多用されなかったくれはの『停止』がここに来て邪魔をした。二人して黄色いリボンに拘束され、五人のコピーに囲まれる。

 

 槍が、大剣が、マスケット銃が、カトラスが、本が、向けられた。

 無表情のままではあったが嘲るような目をしている。実の存在がするはずもないことをする。つまりは、本物との違いはそこなのだろう。

 

 余程手間がかかったからか、粗さがあってもコピーのマミが薄笑いを浮かべる。

 杏子はそれに、無性に腹が立った。

 

「……リボン、切れるか」

「あの光線を使えばな。ただ……」

「あとはあたしがやる。タイミングだけ合わせてくれ」

 

 使えば魔力を大きく消費すると杏子は覚えている。だからこそ自分でケリをつけるつもりだ。

 集中するために槍を強く握って、目を閉じた。

 

 佐倉杏子にとって、帆秋くれはとはなにか。その答えは本人もよくわからない。ここまでして助け出そうとする義理などあるのだろうか。

 出会いから居候するようになった経緯は偶然によるものが多く、いつの間にか、まあ住み心地は悪くないしと思って居続けている。以前環いろはに語ったように、わざわざリスクのある生活に戻る理由がなかった。

 

 随分と様変わりしたものだと、杏子は思った。

 マミのもとから離れ、誰にも頼らず自分のために魔法を使うと一人で生きていくつもりだった。それが千歳ゆまを拾い、拠点を変え、大きな戦いを経て、今やそのマミとたびたび会うぐらいにまでなっている。

 

 最初の『願い』。結果。そして、その果て。

 

「……そっか、同じか」

 

 どちらが後か、どちらが先かは関係ない。向いてるか向いてないかもどうでもいい。

 無意識に封じていた鎖は、解けていた。

 

 ならばこの一時だけは、誰かを頼り、誰かのために魔法を使おう。

 

「今だ!」

 

 十七夜の合図で白い光線がリボンを焼き切る。

 瞬間、五人のコピーに同時に攻撃を仕掛けたのは、五人の杏子。やちよの槍を吹き飛ばし、ももこの大剣を貫き、マスケット銃を切り裂き、ねむの本を刺し、くれはのカトラスを砕いた。これで次の武器を生成するまでの時間が生じる。その間に本人同士の連携攻撃が一気にコピーを追い詰めていった。

 

 かくも不思議な現象を引き起こしたのは佐倉杏子の固有魔法を利用した魔法。

 

 その名は、ロッソ・ファンタズマ。

 かつてマミに師事していた頃に協力して開発したそれは凶悪だ。幻惑魔法の類にあるにもかかわらず、分身は全て実体を持っている。事実上、四体の分身と本体で戦力が五倍になったも同然。

 

 二人の杏子が四人のコピーを抑えて、三人が一人に集中攻撃を加えれば、先ほどの劣勢が嘘のように次々とコピーが撃破されていく。上下左右どこからでも放たれる槍を防ぐ手立てはない。一人倒せば数の差は更に開くこととなり、遂には五人対一人の構図となる。

 

 残っていたのは当然、マミだ。

 元々の戦闘能力の高さに加えて、杏子の戦法の記憶を持っているがために適切な対応を取れている。今でさえ五対一でも均衡を崩していない。感情面の殆どが消え去って、その技量が十全に発揮されているためでもある。

 

 一瞬の隙を突き、銃弾が杏子を貫く。幻影だ。リボンが巻き付く。幻影だ。どれもこれも、その全て、幻影。撃破した五人目までも、幻影。

 

 そこにもう二人、左右から挟撃を加えるために現れた。

 感情を粗さで失っても思考は残っている。瞬時に二丁のマスケット銃を生成し、交差して撃った。記憶の中の成長速度で幻影の計算をしており、その数は七だと判明していたのだ。想定される分身はこれで全て。

 

 次に杏子が取る手段に対処するため、マミは一段と高く跳躍してリボンを足場とした。そのまま地上にもリボンを放ち、周囲にいくつもの砲台を生成する。それは既に槍を構えて高速で突撃していた杏子を囲むように、逃がさぬように、冷静で確実だった。

 

 『ティロ・リチェルカーレ』。『ティロ・フィナーレ』のような技は連射ができない。ならば、複数を同時生成して一斉に放てばいいという大技だ。味方が消えて誤射の恐れがなくなったから使用したが、たった一人の魔法少女に対して使う技ではない。

 

 速度のついた突進は急な方向転換ができず、勢いを殺して頭上にいるマミを狙うもあと一歩届かない。輝く砲撃が杏子を襲い――幻と消えた。

 

「本物はな! んなもんじゃねぇんだよッ!」

 

 消えたのは八人目の分身。

 本物はマミの更に上に退避して、この瞬間を狙っていた。

 

 急降下する赤い槍は自由落下よりも速く確実にマミを穿つ。交差する瞬間、杏子が見たのはなんの感慨も持たずに割れていくコピー。

 そして地面に着地して、リボンが消えたのを見届けた。

 

「見た目と魔法だけ真似たヤツが、あたしの前に立つな」

 

 勝てたのはその点に尽きる。精巧なコピーではあったが、揺れ動く心がない。

 そこまで映していた限りなく本物に近い存在であれば……なんてもしもは、今さら考えることもない。

 

 待たせていた十七夜のほうを向くと、杏子の顔の横をあの白い光線が駆けていった。

 咄嗟に振り向く。見えたのは、最初に倒したはずのくれはのコピーがカトラスを向けた状態で消えていくところだった。

 

「柊君の『具現』の応用か……残念だが帆秋、やられっぱなしは趣味ではないのでな。お返しだ」

「魔力がもう限界だったんじゃねぇのかよ」

「む、あの大技のことか。一本だけならそうでもないぞ。敵を欺くにはまず味方から、だな」

「なんだよそれ」

 

 一杯食わされた気分になった杏子にどっと疲れが溢れ出る。久しぶりの技の負担は大きい。

 けれども槍を一回転させて持ち直すと、"次"の相手を見た。またも無表情の五人。マミがいないだけマシだが、連戦となる。

 

「おいおい、休ませてもくれないってわけ?」

「ならばその辺の扉に逃げ込むか? 撤退できるかもしれんぞ」

「まさか」

 

 数ある扉の一つぐらいは見知った場所に繋がっているだろう。それこそ簡単に外に出れるかもしれない。しかし元よりその選択をするつもりは二人にはない。

 

 誰に聞かせるわけでもなく、杏子が呟いた。

 

「ゆまと約束してるんだから、さっさと帰って来いよ、くれは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、なにかを忘れている。

 少女に言われた時より前からその違和感があった。それさえ忘れていた。

 

「みこと、やっぱりなにかおかしいわ」

 

 どうしても思い出せないが、きっと大切なものだったはずだと不安になっていく。心に大きな穴が空いたような空虚が押し寄せてきて冷えていく。

 暖かさを求めるように伸ばされた手を、みことは見つめていた。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。なにもおかしなことなんてない」

「いや……あたしにはそうは思えない」

「どうしてあなたはくれはちゃんを傷つけるの! 苦しませないで!」

 

 みことは席を立ち、少女に詰め寄る。二人の言葉は棘のように尖ってはいるが不思議と暴力には訴えなかった。

 顔を伏せていたくれはには気づけなかった。二人が近寄った時、それぞれがすり抜けていた。互いに言葉以上に直接干渉できる方法がなかったのだ。鉄パイプだって、くれは自身に影響を与えただけ。

 

「私の言葉を聞いて。それだけで、楽になれるから……」

「■■■はあなたのことをよく見ていた。だから……あたしたちも同じ。帆秋くれははまだ、終われないはず」

 

 幸福と優しさ、責任と意志がくれはを揺り動かす。

 永遠の安らぎが近寄ってくる。そこに身を任せれば全てが楽になる。なにを迷う必要がある。

 

 取り戻せないものがそこにある。

 それがどれだけ望んでいたものか。記憶が砕けて形を無くしていったとしても、甘い響きを振り切れるはずがない。

 

 まだ、留まることが限界だった。

 幸福という名の重みに散り散りに消えて埋もれた記憶は、そう簡単には戻らない。

 

 

 

 

 Life, what is it but a dream ?

 




■今回の内容
 『さよならさえ言えなかった夕暮れ』

■ゆきかちゃん
 くれはちゃんが勝手に連れ回した結果強化された。黒羽根(大嘘)。
 実はいろはちゃんが近接戦闘用ナイフを持ってるように、彼女も別の武器を持っている。

■杏子ちゃん
 A.ロッソ・ファンタズマ
 ただでさえ強いのに固有魔法を使うと恐ろしくチートになる。まどポの杏子ちゃんのテーマはいいぞ。

■モブ魔法少女
 『新たな風、そして』の冒頭の子。
 彼女みたいなモブのコピーもいるはず。

■見知らぬ魔法少女
 レイピアとチャクラムを使って精神系の魔法を操る魔法少女。
 もっと精巧にコピーすると間違いなく大変なことになる。

■中編②
 次は後編! 後編です!
 (12万文字ぐらいって言ってたのは)こいつか? (全然終わらなくて)笑っちゃうんすよね。文字数ガバってんじゃねーよ!







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