マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート 作:みみずくやしき
ホオズキ市の夜に一人の魔法少女が侵入した。
立ち並ぶビルを翔ける速度は速く、コンクリートに足を無理やり押し付けて移動するそれは底知れぬ苛立ちと憤怒を感じさせる。前を見つめる瞳でさえも同様であった。
彼女の名を更紗帆奈という。ホオズキ市から電車で日帰りできる距離にある新興都市、神浜市にて活動する魔法少女だ。本来ならばこの街とはなんの関係もなく、一生のうちにこうして訪れていたかどうかも怪しい。性格からして固執する理由もなかった。
ただ、天乃鈴音が神浜市を訪れなければ。
最初に訪れた時は友人である帆秋くれはの命を狙ってあと一歩というところまで追いつめた。他の者がどうなろうと帆奈にとってはどうでもよかったが、数少ない例外の一人がくれはであり、自分以外がそこまで傷つけたことが気に入らなかった。
本格的に頭に来たのはつい先日起きた二度目のことだ。目を離した隙にくれはに接触して『キリサキさん』の調査の協力を頼み、その結果、またも無理をしたくれはが倒れた。
一度目も二度目も鈴音が来なければこうはならなかった。己の行為を棚に上げた半ば言いがかりじみた感情が帆奈を支配し、突き動かしている。
くれはが就寝した深夜に外出している理由は全てそれだ。元より監視などあってないもの。ソウルジェムを回収して抜け出すことは容易い。こうしてホオズキ市を訪れることは今日が初めてではなかった。
「あはっ、見つけた……っ!」
帆奈の口元が弧を描く。視界に入ったのは遠くの地表。路地裏に入っていく銀髪の少女だ。あてもなく彷徨っていたにしては意外にも早く見つかった。
空の右手に、マンキャッチャーと呼ばれる二股が棘の付いた円を形作る杖を具現化して握る。脚に一層の魔力を込めて跳躍し、空から路地裏にその身を落とした。杖の向きは下方。慣れ合いもなにもない。初手で仕留める腹積もりである。
「――ッ!」
しかし獲物となった銀髪の少女――鈴音も幾度も魔女と戦い、魔法少女の命を奪ってきた手練れ。どろりとにじみ出た殺気に気づかぬはずもない。瞬時に飛び退いて距離を取り、カッターのような模様の走る大剣を構えて襲撃者の姿をその視界に捉えようと視線を向ける。落下の衝撃で舗装された地面が粉々に砕けて煙となり、夜の闇と混じりながらも、その奥に紫の輝きを捉えたようであった。
(追撃……!)
雷鳴のように放たれた魔力の攻撃。間髪入れずにそれが鈴音を狙う。
迎撃のために大剣の円形の鍔に刻まれたマークが光る。対応する魔法は『炎舞』。数本の剣状の炎が高速で飛び、稲妻を撃ち落とした。
奇襲を防ぎ防がれ、煙も晴れる。両者が相まみえた。
帆奈は先ほどの攻撃の苛烈さが嘘のようにゆっくりと歩いて来ている。
「さすがにこれじゃ死なないかぁ~」
「……貴方、何者」
「はぁ? とぼけてんの? それともあたしなんかどうでもいいって~……? ムカつくんだよそのすました顔がッ!」
己を無視する鈴音の姿に腹が立つ。いつでも飛び込めるような体勢ではあるが、どこか別の場所を見ているような表情がより帆奈をイラつかせた。
ゆえに、遊びもなしに確実に殺すことのできる手を使うのは必然であった。
悪さをしないと心に秘めてはいるが彼女の倫理観にはズレがある。今ここで鈴音を痛めつけてあわよくば殺してしまってもまだ嫌がらせの範疇。くれはに迷惑がかかるかもしれないが、二人の生活に直接的な影響を及ぼさない限りは"悪さ"ではない。
――こいつにはツケを払わせてやる。
その意志を込めて、言葉を紡いだ。
「『動くな』!」
瀬奈みことからコピーした『暗示』は繊細な魔法だ。時間をかければ大抵の命令は通るが咄嗟には難しいことはできない。例えば相手の行動を直接操ることなど、意思を捻じ曲げるにはそれ相応の時間が必要となる。
だが、"なにもしない"という行動を命じることはできる。それは単純だが凶悪。解除の条件を付けなければ効果時間切れまで回避も防御も反撃もできない。悠々と近づいてソウルジェムを砕いてしまえば終わりだ。
「がぁっ……!? なにを……した……っ!」
「……あれ?」
しかし、どういうわけか鈴音は『暗示』に反し、痛みを訴えるように頭を抱えた。
激痛が走る姿に帆奈は違和感を覚える。『暗示』が効かなかったことはもちろん、それ以上に妙な手応えがまだ脳に残っている。投げたボールが空気に跳ね返されたようなありえざる感覚であった。
「なーにこれ……まあ、いっか! じっとしてなよ! 今終わらせてあげるからさぁ!」
だが動けないことに変わりはない。結局のところ、首にぶら下がるネックレス型のソウルジェムを砕ければなんでもいい。
杖の先端部分の鋭利な棘を突き刺そうと振りかぶる。既に自身のリミッターは『暗示』によって解除している。速度も威力も申し分ない一撃が空気を裂きつつ、鈴音へと振り落とされ――
「あ?」
ぐらりと、視界がぶれた。三半規管が狂ったようにめまいと吐き気がこみ上げてくる。たまらず鈴音への攻撃を止めた。
奇妙な現象はすぐに消え去って平常に戻ったが、前を見ると鈴音の姿がない。『陽炎』という魔力反応ごと身を隠す魔法かと周囲を警戒したが、いくら待ってもなんの変化も起きなかった。
それはつまり、まんまと逃げられたということだ。
「……はぁーあ、今は鬼ごっこって気分じゃないんだけど」
声は落胆したものでもビルの壁に叩きつけられた拳は怒りを如実に表している。
帆奈の心にまた一つ黒い染みが浮かぶ。今までもどろどろと溢れ出ていたが、特に澱んだそれはただただ鈴音への悪意であった。
夜明けは、まだ遠い。
「行ってきまーす!」
日向茉莉は茜ヶ咲中学校に通う中学一年生である。二つのお団子に纏めた髪と三つ編みが特徴的で、純粋で人懐っこいムードメーカー。
家は裕福でお手伝いさんを雇うほど広いが、母は既に亡くなっていて家族は父のみ。二人だけで住むにはいささか広すぎるのではないかと、茉莉自身も時々首をかしげている。
されど特段悪いことでもない。そんな疑問はどこかに放って、今日も今日とて元気に通学路へと足を進めた。
「チサトー! おっはよー!」
「うん、おはよう!」
先に待っていたのは一つ上の学年の詩音千里。風紀委員であり、水泳部員の正義感の強い少女だ。
マツリとよく待ち合わせをするのは仲が良いということもあるが、その大部分の理由は学校へと向かう道にあった。途中『成見』という表札の家に寄る。母親に挨拶をして、二人は部屋に入ってベッドから一人の少女を引きずり出した。
「……うーん……朝?」
「もう、早くしないと遅刻よ」
「ほらほら行こ!」
それは寝坊の常習犯である成見亜里紗。同学年の千里とは対照的に無断欠席や抜け出しを繰り返し、以前は暴力沙汰も起こしていて学校では不良として知られている。
一見すると仲の悪い組み合わせに思われるが実態は逆。親友と呼べる間柄であった。
こうして友人たちに起こされるのも日課のようなもの。亜里紗は今さら驚くこともなく、半分寝ぼけながらも着々と学校へ向かう準備を始めていた。終わる頃にはもういい時間になっていて、今度は三人で少し急ぎ足で登校する。
青空の下、段々と他の生徒の姿も見えてくる。
しかし毎朝のことだが、もう学校も近いというのに亜里紗はふてくされていた。
「はーあ、毎日毎日なんで行かなきゃなんないのよ。もう少し神浜に行った時みたいにハプニングでも起きないわけ?」
「不謹慎でしょ。あの時は夏希さんたちと協力したから上手くいっただけで結構危なかったんだから。だいたいアンタ、学校を面倒って言うけど世の中には通いたくても通えない子が――」
「まーた始まった……マツリもなんか言ってやってよ。思うとこあるでしょ?」
「マツリは好きだなぁ」
「ほら」
「げぇ、ヤブヘビ」
またしても説教が始まる。
茉莉の言う"好き"の中にはこの日常の光景も含まれる。学校は友人と会えるし、新しいことだって知ることができる。まるで見える景色全てが輝いているように茉莉には感じられていた。
学校の目の前にまで来ると、校門の前に"茜ヶ咲中学校生徒会"と書かれたタスキをかけた数人の生徒が並んでいるのが見えた。通る生徒たちに朝の挨拶をしているようで茉莉たちにも声がかけられる。
「みんな、おはよう」
「ハルカ先輩! おはようございます!」
途端に千里が元より正しい姿勢をより正しくして敬語で返した。それもそのはず。彼女は奏遥香。茉莉の二つ上の中学三年生で、成績優秀スポーツ万能の周囲から完璧と称される生徒会長。千里の憧れの人物でもあった。
「挨拶なんてどうでもいいじゃん。ハルカもよくやるわ」
「あら、遅刻者のチェックも兼ねてるのよ? アリサは特に要チェックなんだから」
「アタシは平気よ? 今日だって遅刻してないしー」
「マツリたちが起こしたからでしょ?」
「そうよアリサ」
途端に視線をずらす亜里紗も相変わらず。
遥香はどうやら挨拶運動をそのまま続けるらしく、四人にだけわかる秘密の合図をして少し微笑んだ。それは年齢以上の大人っぽい仕草。自分がやってもああはならないと茉莉は少し残念がる。色々と差があった。
それはそれとして、校内に入ったら学年ごとに別れることになる。
またしても授業をぼやく亜里紗とたしなめる千里の声を背後に茉莉は自分のクラスへと向かった。
1年C組の教室の扉を開けると既に人が多い。
見知ったクラスメイトの中、茉莉の視線が動いたのは少し前に転校してきたばかりの少女だった。愛想が悪いわけではなく、無口でもないのに壁を感じる彼女。特別仲が良いわけではなかったが、悪いわけでもない。むしろ茉莉の性格からしてこれから仲良くなりたいと思っていた。
それに、なんだか見覚えがある気がしていた。
まるで夢の中で会ったような、ほわほわとした掴み所のない感覚であったが、それだけで話しかける理由には十分だった。
「おはよー!
「おはよう、日向さん」
そんな日常が、茉莉は大好きだ。
日が落ちて闇が街を包む頃。周囲を見渡せる高さのビルの屋上に千里たち四人の姿がある。
学校での制服姿とはうってかわってそれぞれ特徴的な格好。この四人もまた魔法少女。遥香をリーダーとしてホオズキ市で活動するチームであった。
こうして四人で集まっては打ち合わせをしてパトロールに向かう。いつもならば軽く話をしてから散開するのだが、今日ばかりは事情が違った。遥香から重要な話があると引き止められたのだ。
「またキリサキさんの話が出てきているわ。新聞にも連続殺人事件の話が挙げられてる」
「一向に犯人の情報も出てきませんし、それらしい魔女も見つかりませんよね……」
千里が深刻そうに返事をしたそれは、四人が揃って神浜市に行くことになった原因である。
『キリサキさん』自体はホオズキ市で囁かれる噂。夜に人気のない道を歩いていると、鈴の音と共にどこからともなくコートを着た女が現れて名前を聞いてくる。それに答えると刃物でズタズタにされて殺されてしまうという都市伝説だ。
これは最近発生している連続殺人事件に結びつけられて生まれたのだと千里は考えていた。十代の少女のみが狙われているという点が不可解でも、死因は全て刃物によるものなのだから、勝手に話に尾ひれがついたとするのが自然。人間による犯行の可能性もあるが、その斬り傷がナイフや包丁よりもずっと大きいという話から魔女の可能性が高い。
しかし、キリサキさんの噂はホオズキ市の周辺で連続殺人事件が発生するよりも前に存在していた。
噂の出処こそ神浜市。そこではもう一つのキリサキさんの噂が流れていた。調査を進めていくうちに神浜の魔法少女と出会い、協力して、ホオズキ市の魔法少女四人は魔女に似た謎の存在を打ち破ったのだった。
「神浜市のアレはよくわからなかった。噂自体は変質したもので、元々は今もホオズキ市に流れているものと同じ。ななかさんが流したものらしいけれど……」
「関係なかったんですよね。たまたま事件と一致してたってだけで、そういう珍しい魔女の注意喚起のためだったと」
強力な魔女がキリサキさんの正体で、特異な手口による被害がこれ以上増えないように噂を流した。それがいつの間にかホオズキ市にも流れてきて、偶然にも似た連続殺人事件が起きた。目撃者がいないのだから当然だが、事件のほうにはキリサキさんと結びつける証拠はない。
結局、都市伝説は都市伝説だった――確か、そうだったと千里は記憶している。
「ホオズキ市にもキリサキさんという魔女が来てるかもしれないわ。注意しないと」
「うん。うん……? ねえアリサ、なんかおかしくない……?」
「気のせいでしょ気のせい。そんなの魔法少女のアタシらが見つければいいだけの話。ったく、さゆさゆのライブに行きたいんだからとっとと解決すればいいのに」
「……そうだね! あ、そうしたらまたみんなで神浜に行きたいね。たい焼きおいしかったもん」
遥香と千里とは対照的に、亜里紗と茉莉は神浜での観光を思い出すことに思考の重点が置かれていた。警戒していないわけではないが、それだけ楽しい思い出が多かった。
そんな二人を見てたしなめることもなく、遥香は温厚な笑顔を見せて言う。
「そうね……平和を取り戻したら行きましょうか。チサトも楽しみにしてるみたいだし」
「ハルカにはお見通しみたいじゃない」
「それは、そうだけど」
かくいう千里もそう。父が描いた絵本を探しに初めて神浜に行った時に、亜里紗に連れられて見た史乃沙優希のライブにいつの間にか夢中になった。再び訪れた際も、運良く日程が合っていたのでもちろん参加した。アイドル好きだという神浜の友人、水波レナと十咎ももこと共に。
一度思い出すと引っ張られて鮮明に光景が見えてくる。夕日を見ながらたい焼きを食べたことが印象深いし、出会った魔法少女はまだいた。
『神浜には他にも魔法少女がいるのよ』
そう言った淡い栗色の髪をした彼女は確か――と、いうところで気持ちを切り替えた。今は魔法少女の仕事に集中すべきであり、なにより遥香がそこにいる。
しかしどうやら話は観光一色。その遥香までもが乗っていた。そのためにもパトロールを頑張りましょうと綺麗に終わらせるあたり、一枚上手であるようだったが。
いつも通りに担当する区域の確認をし、連絡を密に取ることという言葉を受け、いざ散開という時、唐突に亜里紗が千里に言った。
「じゃあ約束。アタシがその魔女を倒したらたい焼きおごってよね」
「いきなりなによ。それに賭けじゃないんだ?」
「ギャンブルは禁止! なんて言ってきそうだもの」
「だったら私が倒したら……アリサ、アンタが全員分ね」
「へぇ~……いいじゃん、面白い。そうと決まればちゃっちゃと片付けるわよ!」
調子良いんだから、という思いを胸に秘め、千里は三人と別れて自分の担当区画に向かう。
人気のない道を通って魔女を捜す。地道な作業ではあるが千里が不満を持つはずもない。こういった普段の行動が街を平和にしているのだと思えば気持ちが引き締まった。
ただ、キリサキさんの正体が魔女と思っていて、連続殺人事件の犯人が出てこようが魔法少女の力なら負けることはないと知っていても、怖いものは怖かった。
(まったく、早く解決しないと……)
(チサト~、ビビってんの?)
表には出さないが千里は怖がりの部類である。別に特別なものでもなく、不気味な場所や夜の暗がりに嫌なものを感じる一般的な部類の。
例えば幽霊。そんな非科学的なものと振り切れればいいいものの、自身が魔法少女という存在であるがために言い切れなかった。
亜里紗との念話で今まで意識していなかったものを否が応でも認識してしまう。足音が一つ多くなかったか。そこの曲がり角になにか潜んでいるのではないか。そんなホラーが待ち構えているような気さえしてしまう。
「……はあ、ちょっと落ち着こう」
立ち止まって、息を深く吐く。なんとなく夜空を見上げると建物の間に暗い曇り空が見えた。雨が降りそうなほど重い空だ。
念話で話しかけてくる亜里紗の相手をしながら周囲を見て回る。気づけば担当区画の最後の場所に来ていた。会話をしていたおかげで嫌な気持ちが薄れていたらしい。
これでパトロールは終わり。連絡をして戻ろうとした時だった。
静かな夜闇にコツコツと歩く音に混じって、それが確かに千里の耳に届いた。
リン、と。
鈴の音が。
「貴方の名前……教えて?」
ゾクリと背筋が凍る。
鈴の音。背後から聞こえる声。噂とまったく同じ現象が起きている。
名前を聞いてくるあの怪異と同様の悪寒が千里を襲う。イタズラではないと直感が走った。
これが魔女の仕業であり、同じタイプであれば答えるのは危険だ。答えて取り込まれた経験が拒絶の言葉を返すという判断に辿り着く。
「……答える必要はないわ」
「そう。残念ね」
あまりにも素っ気ない言葉と共に、鋼が煌めいた。
時に、千里には神浜で帆秋くれはに聞いた話があった。曰く、姿を消して死角からの奇襲を得意とする魔法少女がいると。
なぜ自分にその話をするのかはわからなかったし、ついでに話されたその子がよく水泳をしているという話のほうが食いついた。けれども千里は真面目。そういう奇襲をする魔女もいるかもしれないと想定をしていた。
それが活きたのが、今だ。
「なんなの……!」
カッターのような剣を交差させた銃で防ぐ。
声の正体を確かめようと振り返った瞬間、逆に背後に移動されていた。もう少し反応が遅れていたら一突きにされていただろう。
金属と金属がぎちぎちとこすれあう。体勢や得物の差からして圧倒的に千里が不利。このままでは押し負ける。
剣越しに襲撃者を見るも暗くてよくわからない。灰色のコートと大剣だけがわかる。
千里の記憶には該当する人物はいなかったが、彼女こそ『キリサキさん』である天乃鈴音だった。帆奈による襲撃を受けてもなおこの街の魔法少女を狙って巡回していたところ、千里は運悪く遭遇したのだった。
素性や理由を知らない千里には、鈴音がテリトリーを狙いに来た他の街の魔法少女に見えた。件の噂に便乗したのだろうと、当たりをつけて。
あまりにもキリサキさんに類似しているが、連続殺人事件を無関係と信じており、余裕のない状況ではそこまで考えが至らなかった。
まずは距離を取ろうと、空いている横腹に蹴りの反撃を入れるが避けられる。その隙に後方に下がれはしたが、剣状の炎がひっきりなしに襲ってくる。
強すぎる。最初の攻防で千里が抱いた感想はそれだ。
剣と二丁拳銃ならば距離の関係で有利を取れそうなものだが、一直線にしか飛ばない弾丸ではあの速度に追いつけない。一方的に距離を詰められて斬撃を見舞われるか、あの炎による遠距離攻撃を受けるかだ。
そもそも対魔法少女戦など滅多にやるものではない。命の奪い合いなら尚更。
急に返事をしなくなったことで念話先の亜里紗が騒いでいるが、助けを呼ぼうにも一手誤れば致命傷を負いかねない。そんな暇はなかった。
しかしながら、千里にはいくつか勝機があった。
第一に、心構え。
魔法少女と戦うのは初めてではない。その頑丈さを知っているからこそ、人に銃を向けることに躊躇いはあれど引き金を引ける。向けられる凶器にある程度の冷静さを保つことができる。
次に、彼女は奇しくも同じく二丁拳銃で戦う魔法少女――江利あいみと神浜で出会っている。珍しく同じ戦闘スタイルだからと、出会ったその際に情報交換をしていた。
あの猪突猛進ながらも正確かつ確実な射撃は『行動予測』によるものだが、セオリーに反した戦法も有効だと学んでいた。
ゆえに、あえて鈴音に突撃する。狙うは大剣より内側での乱射。二丁拳銃の射程と手数を活かし、満足に振るえない位置で防御が間に合わない速度の攻撃を仕掛け続けるしかない。
接近するまでにも炎が飛んでくる。そんなことは百も承知。
ここまでずっと回避し続けていたが、近づくタイミングで自分から炎に突っ込んでいった。
急な自殺行為に鈴音の動きが止まる。炎が死角となり、千里は見えない。
最後に――詩音千里の固有魔法は『魔法効果の解除』である。
「取った!」
いくら炎が飛んで来ようと、それが魔法の効果によって生み出されたものなら消すことができる。今まで見せていない手段を使い、炎を自分を隠す蓑として利用して不意打ち的に接近することに成功した。魔力の消費がある以上乱発はできないが、今でも鈴音の後方から飛んでくる致命的な炎に対しての絶対的な防御として働いている。
撃つ。撃つ。撃つ。
距離を離すわけにはいかない。もう一度離れたら同じ手は通じない。一歩下がれば一歩進む。剣を振れないと見れば空の拳と蹴りで攻めてくるも受け流し、反撃で銃弾を放つ。
既にいくつかの弾が鈴音の肌を傷つけている。傍から見れば千里が押しているように見えた。
されど、届かない。
千里にはどうしても足りないものがある。放った銃弾が全て人体の急所を意図的に外しているのが証明だった。
その差が決定的な隙を生む。自分から射線に入った鈴音を前に、引き金の指が止まった。撃てば眉間を貫く。そこまでの信念はなかった。
作り出した間隙に鈴音は大剣を投げ捨て、新たに両手にナイフを生成した。意趣返しのごとく、見せていなかった刃が千里の手を貫いて銃を落とさせる。さらに足払いを仕掛けて転倒させた。
「さよなら」
戻った大剣が突き付けられる。
回避は間に合わない。落とした銃も遠くに弾かれた。新たに生成するその僅かな差で大剣が貫くだろう。武器を構成するのは魔力のみ。効果ではない以上、消せない。
どうしても一手足らない。どんなに考えても手段がない。
そう、
「どけぇぇぇッ!!」
横合いから高速で飛来した蹴りが大剣もろとも鈴音を吹き飛ばす。
魔法少女としても俊足と言える速度で現れたのは亜里紗だった。
助けを呼ばずとも、念話の連絡が途切れれば確実に亜里紗たちが駆けつけてくれる。そう信じていたからこそ、千里は戦っていた。
「チサト、無事!?」
「なんとか……」
軽く返事をしたものの両手の手のひらは貫かれている。避けきれなかった打撃の傷も多い。魔力で治せはするが、追い詰められていたことに変わりはない。
流れる血を見るなり亜里紗は衝動的に鎌を襲撃者に突きつけた。
「どこの誰だか知らないけどやってくれるじゃないの。覚悟できてんでしょうね!」
「待ってアリサ、ここは――」
その脅威を身に受けた千里が止めるも駆け出した。
亜里紗自身、千里が危険だったことから手練れだと判断している。けれど、どうしてもあの敵に一発お見舞いしてやらないと気が済まない。あわよくば一気呵成に追い込んで動機を聞きだしてやろうとも考えていた。
飛び込んで鎌を振るう。怒りに身を任せつつも避けにくい、技量のある連撃だ。
しかし、四人の中で特に近接戦に優れている亜里紗でも攻撃を軽くいなされるばかりであった。段々と亜里紗の表情が苦々しいものに変わっていくのに対して鈴音は涼しい顔を続けている。
このままでは埒が明かない。亜里紗は流れる魔力を一つの形として成した。
「こんの……! ブーストォ!!」
その言葉と共に動きが速くなる。先ほどまでの一振りの間に二振り。受け止めた大剣がぐらりと揺れる。攻撃の重みに支え切れていない。手数だけではなく、威力までも増していた。
これが亜里紗の固有魔法『身体強化』。自身を強化する代わりに体力や魔力を消耗するが、それ以外にデメリットもない。シンプルながら汎用性の高い魔法だ。
さすがの鈴音も避けきれず防ぎきれない攻撃の前にたじろぐ。火力や技量を持っていても防ぐ力自体は高くはなく、直接的な防御に利用できる魔法を持っているわけでもない。
だが、鈴音とて一人の力で戦っているつもりはなかった。
鎌が遂に捉えた。脚を狙った一閃で両断し――煙のように鈴音の姿が崩れた。
「幻っ!? チサト!」
「ダメ、魔力の反応がない!」
姿が消えたのは魔法によるもの。千里ならば解除できると呼び掛けたが、どこにいるかわからなければ使えない。手当たり次第に使えばいつかは当たるだろう。しかし、戦闘で消耗している千里には難しく、鈴音がそれを許すはずもない。
「あの子がチサトで、貴方がアリサね」
背後から聞こえた声に反射的に鎌を振るうも既にいない。
相手が自在に姿を消せることを悟った亜里紗はすぐに千里のもとに戻った。先に名前を呼んだからという直感のような理由であったが、今にも背後から振るわれようとする大剣を見れば正解だった。
ギリギリのところで大剣と鎌がかち合う。力任せにそのまま振り抜けるかと思えば、鈴音は器用にも力を受け流して反撃に持ち込んだ。咄嗟にしゃがむと、首があった位置に風が舞う。
「マジで殺しに来てるわけ!? なんでこんなこと!」
「知らないほうがいいわ」
冷めた目が黒い感情を纏って亜里紗を突き刺す。一瞬動きを止めるも、激しい斬撃が襲い掛かってきて理由を考える暇もない。
『身体強化』を使ってすぐの斬り合いでは亜里紗が有利であった。その速度に追いつけず、重い攻撃を受け止め切れていなかった。しかし、今や状況は五分と五分。段々と動きに慣れつつあり、避ける方向にシフトしている。形勢が傾き始めていた。
亜里紗には知るよしもないことだが、鈴音は神浜にて高火力を高速で放つ帆秋くれはとの戦闘を経験している。類稀なるセンスがその速度に無意識に適応した結果、『身体強化』を加えた動きにさえ追従できていた。先ほど『陽炎』で姿を消したのは、どういうわけか慣れ始めている感覚の調整のためでもあった。
目まぐるしく二人の立ち位置が変わる。ステップで避け、時には相手の武器を足場に跳ぶ高速戦闘の只中では、千里が介入できることはなかった。下手に撃てば亜里紗に当たるか、利用されるに決まっている。
しかし、できることはあった。
「チサト、アリサ!」
「マツリたちも――え……?」
この状況下で千里ができるのは念話で二人を誘導すること。逃走も撃退も難しいと判断すると、亜里紗が引き付けている間にすぐに言葉を交わしたのだった。
新たに来た二人の姿に戦闘が一時中断される。
亜里紗は鈴音から距離を取り、上げすぎた速度を摩擦で無理やり止めると、鎌を支えに膝をついた。もうソウルジェムが黒く穢れている。
「ゴメン、もう無理……」
「私に掴まってて。それぐらいならできる」
片手に銃を構えた千里が亜里紗を支えた。その前に遥香と茉莉が立ち、それぞれの得物を構える。
「ホオズキ市は私たちのテリトリーよ。事情があるならまだしも、いきなり襲って来るなんてどういうつもりかしら?」
遥香の問いかけに返事はない。ダブルセイバーの片割れを突きつけて促すも、相手は自身の首元を見ると大剣の模様を光らせて姿を消した。
「ハルカ先輩! あれは姿と魔力反応を消す魔法です!」
「だったらマツリが――マツリ?」
「う、うん」
戸惑っていた茉莉だったが、頭をぶんぶんと振って気持ちを切り替えると固有魔法である『探知』を使う。全てが消えても魔法による探知ならば効くと判断してのことだった。
「一つ……いや二つ? でも離れていってる……」
「……はあ、逃げてくれたみたいね。気になるけど今は移動しましょう。念のために固まって」
「じゃあ私がこのままアリサをおぶっていきます。グリーフシードは使ったんですが、気絶してるみたいで……」
探知を続けつつ、遥香と千里に付いていく茉莉の心境は穏やかではなかった。
あれは間違いなくクラスメイトの天乃スズネだった。その事実が今も感情を揺らす。あの子も魔法少女だったというだけでも驚きなのに、なぜか敵対している。
魔法少女を狙う魔法少女。そんな話をどこかで聞いた気がすると、心に抱いた。
■今回の内容
帆奈ちゃんによる勝手にすずね☆マギカ攻略。パート22~パート27ぐらいの間。
開幕失敗フラグに触れかける。
■帆奈ちゃん
オリジナル笑顔で殺しに来る味方側。丸くなる前。
夜な夜な抜け出してるので管理がガバガバ。
■鈴音
『Rumors in Disguise』で強制送還された後。殺意マシマシ主人公。
いきなり謎の魔法少女(すっとぼけ)に襲われる。
■千里
さっそく死亡フラグが立つも回避成功。サンキューまさら。
彼女が生き残ると大変なことになる。
■亜里紗
レナちゃんと波長が合うタイプの魔法少女。
主人公みたいなもんやし……。
■成見紗栄
つい最近名前が出てきた若く見られる38歳。亜里紗の母親。
髪を下ろした亜里紗にそっくり。一応第1巻にいる。
■くれはちゃん
ブロッサムでバイトでもしてるんじゃないっすか?
■???
・『キリサキさん』の記憶がある
・詩音千里が加賀見まさらの戦法を知っている
・詩音千里が江利あいみと出会っている
・成見亜里紗が間に合う