マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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NEXT CONNECTION 後編

 

 鈴音が気づいたのは、装う日常に明確な変化が起きてからだった。

 あの茉莉の元気がなく、千里は休んでいる。遥香が三人と出会う場面がない。不和でも起こしたのだろうかと判断するも、それは本来の目的をやりやすくするだけであり、特別気にすることでもない。

 

 だが、不自然だ。キュゥべえが魔法少女の真実を伝えたことは知っている。感情を持たない異星人の余計な行動に怒りを覚えつつも、伝えた後の様子は聞いておいた。その情報と様子を合わせて考えてもやはりどこかおかしい。

 

 少し情報を集めてみようと、昼休みに茉莉がそそくさと教室を出て行くのを見ると、魔法を使って気配を断って尾行する。

 隠れて覗く人気のない校舎裏では亜里紗が待っていた。睨みつける目つきをした神妙な立ち姿で、茉莉を見つけるなり詰め寄っていく。

 

「……念話はぜんぜん繋がらなかったし、連絡も全部無視ってどういうわけ? ちゃんと説明しなさいよ」

「結界にいたんだ。繋がらなかったのは多分それ。連絡は――」

「そこはいいわよ別に」

 

 ぶっきらぼうな言い方ではあっても、声色は優しいものへと変わる。急に態度を変えた亜里紗に茉莉は疑問の声をあげるしかない。

 

「はぁ……良かった、マツリまで忘れてたらって思ったら怖くなって……」

「忘れて……? どういう、こと?」

 

 亜里紗が説明したのは千里との戦闘のこと。そして、今朝の出来事だった。

 

「魔女化を知った次の日でもハルカは挨拶運動をしてたじゃない。そのタイミングなら絶対に会えると思って行ったのよ。そしたら……"成見さん"だって。アタシが起こしてもらわなきゃ遅刻するのを知ってるのに、それ。ねえ、どうなってんの……チサトも、ハルカも……」

「よくわからないけど、魔法少女はマツリとアリサだけでしょ? そのチサトって人もそうだったのはびっくりしたけど……」

「――っ」

 

 息を吞む亜里紗の反応と、鈴音の感情は同じく揺れた。

 ただ、起きている異変の情報量が違う。気味の悪い現象に不安を募らせるばかりの亜里紗に対して、鈴音は少なからず見当がついている。

 

 キュゥべえが持ってきた情報の中には、鈴音を襲った襲撃者の名前が更紗帆奈であることと、彼女が『暗示』という精神操作の魔法を持っていることが含まれていた。

 

 それはすなわち、記憶を書き換えたとしか思えない現状を作り出したのは彼女であるという結論に辿り着く。襲い来る理由は不明だが、周囲の魔法少女を分断することになにかしらの意味があるのだろう。例えばこの原因の調査に乗り出したところを狙うなど、いくらか考えられる。

 

(それでも、やることは変わらない)

 

 結局のところ、魔法少女の数を減らすことが目的なのだ。向こうから来てくれるならそれに越したことはないし、ホオズキ市の魔法少女たちがバラけてくれるなら狙いやすくもなる。四人を相手に無茶な戦いをするつもりはなかったが、逆に言えば、単独か二人までならその場で殺しにかかるつもりでいた。むしろ追い風になっている。

 

 ほんの少しの違和感と不安は、最近の心の拠り所としている椿の栞が消してくれる気がする。言葉をなくした亜里紗と、それを心配する茉莉の姿を最後にちらりと見て、鈴音は姿を消した。

 

 もう、この街に残る時間も少ない。

 学校を終えて帰宅した鈴音は、夜になると変身して街に飛び出す。あの更紗帆奈がこれ以上干渉してくる前にケリをつける。明るい月が照らす夜は、その決算にうってつけであった。

 

 こうしてホオズキ市を駆けること何度か。茜ヶ咲中学校に転校する前から同じことを繰り返している。その度にお守りの中のメモ用紙に魔法少女の名前が増えていった。自分がしたことと彼女たちが生きていたことを忘れぬように、剣を振るうと同時に胸に刻み込んだ。

 

 今日もまた同じなだけ。冷めた目をした鈴音は廃工場に入っていく一人の魔法少女を捉えた。桃色の配色が特徴的な、成見亜里紗であった。

 

 大剣の鍔の模様が光る。発動した魔法は『陽炎』。瞬時に姿と気配を消して後を追う。

 なにかを探すように廃工場を移動する亜里紗をつけて、立ち止まったタイミングで鈴音は仕掛けた。姿を現すと同時に背中のソウルジェムに向けて剣を振るう。

 

 それは高速と言ってよい一振りではあったが、亜里紗は反応する。身体に纏う魔力からして咄嗟に『身体強化』を使って間に合わせたのだろう。剣と鎌がぶつかりあって火花が散った。

 

「来たわね……ッ!」

「いまさら名前を聞く必要はないわ」

 

 敵があの鈴音だと判別した亜里紗はその勢いのまま鎌を振るい続ける。初戦での経験からして、後手に回れば一気に負けるとの判断だった。

 しかし、その太刀筋と一挙一動を這うように見て、急に距離を取り、鎌を下ろす。攻めていたのは亜里紗であるはずなのに、妙な行動に鈴音も動きを止めて周囲を警戒した。

 

「いないわよ。そんなことより、聞きたいことがあんの。今ので本物だってわかったし、アタシのことも覚えてるわよね」

「……なに」

「記憶の話よ。アンタが来てからおかしくなった。ならなんか知ってんでしょ? ……ああ、とぼけても無駄。学校で盗み聞きしてたことはマツリが気づいたから」

 

 その言葉の全てを信じたわけではないが、鈴音は大剣を消した。ここで殺してもいいが話して新しい情報を得てからでもいい。奇妙な違和感があることに違いはないし、帆奈と戦った際に起きた頭痛の原因はいまだわかっていないのだから、今後、別の街に行っても追ってきた場合に備えて対策が取れないかを探ろうとしたのだった。

 

 亜里紗としても、実際に被害を与えられたのは謎の現象のほうである。確かに鈴音は脅威ではあるがまだ仲間内に被害はない。喧嘩っ早くとも、対話をするという選択肢が浮かぶ程度には考える余裕があった。

 もっとも、千里を狙ったことは腹に据えかねているし、誰か一人でも死んでいればこうして話すことなどなかっただろうが。

 

 互いの間にある異様な斥力は現実にも反映されている。同じく鎌を消した亜里紗は一定の距離を保ちつつ、言葉を待った。 

 

 鈴音が「詳しくは知らないけれど」と前置きをして話し始めたのは更紗帆奈のこと。自分を狙って襲ってきたことは隠して、キュゥべえから聞いた情報をそっくりそのまま伝える。その詳細を知るたびに亜里紗の表情が険しいものへと変わっていき、終わる頃には怒りとなにか別の感情を混ぜこぜにしたものになっていた。

 

「じゃあその帆奈ってのが……あん? ちょっと待って、それどこかで聞いたような……」

 

 急に変身を解いて無防備な姿を晒すものだから鈴音の指がぴくりと動く。しかし、取り出した財布やらスマートフォンやらに紛れ込んだ栞を見て思い止まった。

 

「確かそう、アタシ連絡先交換してたのよ……えーと、水波レナ……だっけ……」

 

 なにか情報が出てきそうな口ぶりに少し待つと、彼女はその水波レナという人物に電話をかけた。電話口から聞こえる声は戸惑った様子で秋野かえでの連絡先を口走り、そのかえでは夏目かこの連絡先を伝える。そのリレーによってかこと話す場が整えられ、彼女はすぐに帆奈という名前に反応して、神浜での詳細を語った。

 

「――じゃあ、帆奈ってやっぱり、あのクールっぽいくれはさんと一緒にいた子でいいのね」

「はい、『暗示』という魔法を持ってるのはその更紗帆奈さんですが……どうかしましたか?」

「あー……その……」

 

 亜里紗が直接言おうとしないのは、説明しようとすると魔法少女の真実などをうっかり言ってしまいそうで心配だったからだろう。

 

「スズネ、パス。アンタのほうが聞きたいことあるでしょ」

「すっ、鈴音さんと一緒にいるんですか!?」

「そうだけど、なによ。そんな慌てて」

「……神浜で会った後、急に消えたからびっくりしたんです。栞を渡してくれたかどうかがずっと気になってて……」

「は? 栞……うん……ぐっ……!?」

 

 偶然の出来事だった。関連する出来事を頭に浮かべたら、軽い痛みが走って思い出した。

 亜里紗は栞を貰った夕暮れの崖っぷちで鈴音の名前を聞いている。どういうわけかその一部分をすっかり忘れているのは、記憶の操作がかけられていた証左だろう。いつの間にか魔の手は自分にも伸びていたのだと身震いした。

 

 だが、それは鈴音も同じだった。

 

「私が神浜に……?」

 

 そんな記憶はない。別の街で魔法少女を殺害して、そのあとすぐホオズキ市に来たはずだ。されど、更紗帆奈が記憶を操作したとしても辻褄が合わない。自分がやったことであそこまでの形相を見せるだろうか。馬鹿馬鹿しいと切り捨てるにもどこか違和感がある。

 鈴音は、ここに来てなにか大きな勘違いをしているのではないかと自問した。

 

「スズネはわかんないって顔してるけど……」

「そんなわけありません……ななかさんたちが一度撃退して、また神浜に来たんです」

「アタシも名前を聞いたこと思い出したし、本当に神浜に行ってるんじゃないの?」

「まさか――」

 

 それもまた偶然だ。思い出そうとする行為が無意識に魔力を走らせた。解けるはずもないそれは、いつかかけられた同系統の魔法の効果でヒビが入っていた。

 

『帆秋さんは魔女化で大切な人を失ってる。伝えに来たのはそれだけ』

『別に帆秋くれはは魔法少女を増やそうとしたわけじゃない。結果的にそうなっただけだ』

 

 一人の少女とキュゥべえの声が木霊する。封じられた記憶の浅層に位置する言葉が、無理やり引き上げられた。

 

 帆秋くれは。亜里紗とかこから聞いたそれ。鈴音はその名前を前から知っている。いや、それどころか刃を交えたことさえも。

 

 一度目の勝負では終始優勢だったものの、『停止』という捨て身の切り札で動きを止められた。

 二度目のことはよく理解できていない。剣で首ごとソウルジェムを切断して殺したはずなのに、死んでいなかった。

 そして三度目。戦ったわけではなく、彼女もまた魔女化の悲しみと苦しみを知っているのならと、自らと同じ"キリサキさん"の調査の手伝いを頼んだではないか。その途中、現れた謎の怪異に彼女は掴まれて――思い出せたのはそこまでだ。

 

 それだけでも自分の記憶に疑いを持つのには十分だった。

 帆奈が狙いに来る理由も納得はせずとも理解した。話を聞く限り、くれははよっぽど大切な友人らしくその関係なのだと推測できる。だからこそ、違和感が増した。

 

「……私にも記憶操作がかけられているかもしれない。でも、帆奈がやったのはおかしい……」

「そ、訳アリってわけね」

 

 「ありがと」と一方的に電話を切った亜里紗は、鈴音に自分から近づいて行く。それでもまだ変身していない。

 

「アンタに言いたいことはたくさんある。今までやってきたことを受け入れられるわけない。でも……」

 

 彼女は手を差し出す。まるで警戒などとかけ離れた行為に、視線は手と顔を行き来した。

 

「今の状況を変えるためなら……アタシは、協力する」

「……アリサ」

 

 握る必要はなく、断ち切ってもいい。だが、自分は誰かと協力したことは一度だけではない。魔法少女になり立ての頃だってそう。美琴椿と過ごした日々を想起すると、自然と手が伸びる。

 

 されど、たとえ一時の関係だとしても、その手を握ることが正しいことなのだろうか。それは決意を鈍らせてしまうのではないか。そんな想いが胸中に飛来した。葛藤が進みを遅らせるも、後押しされるようにおずおずと一時的な協力関係を結ぼうとした。

 

「だーめ」

「――っ!」

 

 拒むように手の前に現れたのは紫の刃。

 鈴音は遅れて状況を理解する。レイピアが、亜里紗を貫いていた。白い制服にどんどん赤色が広がっていく。

 

 背中から刺さったそれは最初の狙いからいくらかずれて右肩の近くを穿った。そうなった要因は複数ある。偶然にもソウルジェムが指輪状態であったことと、千里の戦いを経たこと。そして、加賀見まさらの戦法を聞いた千里の訓練に付き合っていたこと。だからこそ、それだけで済んでいた。

 

 死を直感する致命傷は避けられたものの、勢い良く抜かれたレイピアが与えた影響は大きい。亜里紗は痛みからその場に倒れ込んだ。

 

「ダメでしょ? スズネちゃんが仲間なんて作っちゃ」

 

 守るように立ち塞がったのは鈴音だ。眼前にはレイピアを消して笑う紫の衣装の魔法少女。色は似ているが帆奈ではない。それよりももっと似ている人物を鈴音は見たことがある。

 

「貴方……日向マツリ……?」

「私のこと、覚えてない? 日向カガリの存在を」

 

 知らない――と、口から出る前に飲み込む。同じようなことを帆奈も言っていた。もしかして、という疑念ばかりが大きくなっていく。

 

「自分がやってきたことをよーく思い出してみなよ、一からさぁ」

 

 パチン、と指が空気を鳴らす。ただそれだけで、外傷もなく鈴音は膝をついた。

 

 起きたのは頭痛。先ほどの引き上げなどとという生易しいものではない。記憶の海に沈んだ全てを根こそぎ持ちあげられた。あまりにも多くの情報が一挙に叩きつけられている。

 揺れる視界とこみ上げる吐き気。それはまだ耐えられる。ソウルジェムを操作して感覚を閉ざせばいい。

 ただ、心が張り裂けそうだった。

 

 "もう、こんな悲しみを広がらせない。全ての魔女と魔法少女を狩り尽くし、自分も死ぬ"。

 

 そんなこと、一片たりとも考えたことはない。

 椿を失って孤独に戻った鈴音は奮い立つことができなかった。もう戦うこともできずにただただ魔女化を待っているだけだった。決意することも固い信念を持つこともなく、ふさぎ込むばかり。

 

 日向華々莉が書き換えたのはそこ。魔法の全力を使い、精神構造を根本から作り変えて余計な記憶は奥底へと念入りに沈めた。魔法の反作用が起ころうが甦らないほど奥深くに。

 

「わた、私は……なんてことを……」

「思い出した? 思い出したよねぇ、あはっ、作り物の正義を振りかざしてきたことに気づいちゃった」

 

 今まで正しいことをしていると信じ続けてきた。これがシステムを壊して未来の魔法少女を救う手段だと疑うことはなかった。

 だが、その実態はさしたる意味もなく殺し続けていただけだ。偽物の記憶に踊らされていいように扱われていただけ。鈴音一人があがいても変わらないし、なにより、こんなことをしていたら効率を求めるインキュベーターが真っ先に止めに来るではないか。そんなことさえ気づかなかった。

 

 今まで何人の魔法少女を殺してきた。何度名前を聞いて、何度お守りにしまってきた。髪を束ねるそれが鉄塊にさえ感じられる。どれだけ取り返しのつかないことをしてきたか。全身が血にまみれているようで、あまりにも重い。

 

「う、うぅ……あぁぁぁ……!」

 

 ソウルジェムが急激に黒く濁り始める。

 それは魔法少女を殺すもう一つの手段であり、華々莉が待ち望んでいた瞬間だった。

 

 無理やり思い出さされた記憶は目をそむけたくなる現実。全てを否定されていく感覚は心を凍てつかせるのには十分。

 

 しかし。

 

 ここまで、全てが華々莉の思い通りにいっただろうか。

 いつだって、事あるごとになにかが邪魔をしてきた。

 

 暗い記憶の中に一つだけ、キラキラとしたもの。

 椿を失い、魔法少女狩りを始める以前の空白の時期。そこにいるではないか。友達になろうと幼い自分に話しかける、日向茉莉が。

 

 彼女と出会い、世界が色づいた。弱い自分を乗り越えられた。

 そうだ。華々莉に洗脳されずとも前に進める。奇しくも、真実に直面させることが本物の鈴音を取り戻す手伝いとなった。

 

 再び立ち上がった鈴音は今一度大剣を構える。

 

「貴方が……貴方が、全部ッ!」

 

 ここまで重ねてきた罪は消えることがない。それでも、ここで華々莉を討つことが罪滅ぼしとなるのなら、ここで魔女化するわけにはいかない。刺し違えてでもここで殺す。

 

 その一心で前方に飛び出し、無防備な華々莉の首を狙う。振り抜いた大剣の速度は渾身の一撃となるもの。『身体強化』を使った亜里紗でも避けられるかどうか。

 

「そのまま魔女化しちゃいなよ」

 

 しかし、日向華々莉の持つ因果は圧倒的であった。

 いとも簡単に大剣を避けてチャクラムでそのまま切り裂こうとする。鈴音は受け流して反撃に出ようとするも、チャクラムに触れた大剣はその箇所からあっさりと切断された。

 それでもまだ武器はある。今度こそと振るおうとすると、既にいない。

 

「残念でしたぁ」

「なっ……!」

 

 瞬間、背後から衝撃を受けた。それが蹴りによるものだと気づいたのは壁に激突してから。追撃として放たれた二つのチャクラムを避けようと身体を動かしたが、その軌道は華々莉の指の動きに合わせて変幻自在に動く。そのうえ、記憶を操る魔法の効果なのか視界がぶれて平衡感覚さえ定まらなくなってきた。

 

 ほんの少しの冷静さを取り戻した鈴音は理解する。正攻法では勝てない。なにもかもが相手の手のひらの上。正面からの隙さえ見つからないというのに、幻覚まで織り交ぜてきてはどうしようもない。

 

「スズネッ!」

 

 またも濁るソウルジェムに檄を飛ばしたのは『最大出力(フルブースト)』を使った亜里紗だった。チャクラムの軌道上に飛び込んで力任せに鎌をぶち当てる。火花と共にガリガリと金属を削る嫌な音が響くも、走る桃色の稲妻と共に打ち返す。

 

「アタシを……忘れんじゃないわよ……!」

「あ、生きてたの」

 

 今の防御で鎌は折れた。治療と固有魔法で魔力は底を突きかけている。もはや新たに生成する余力もない。

 それを華々莉が見逃すはずもなく、口が大きく弧を描いた。

 

「ソウルジェム、濁ってるよね」

「それがどう――あ……あっ、ああああ!!」

「なにを!」

「チサトを殺しちゃった幻覚」

 

 自分の頭を人差し指で突いてそう言う。

 鈴音が乗り越えられても他人まで同じとは限らない。華々莉はそこを突いてきた。元より黒が浸食していたソウルジェムがついに限界を迎えようとしている。

 さっきまで手を取ろうとしていた魔法少女が目の前で魔女化すればどれだけ苦しめられるかと、華々莉は胸を躍らせた。

 

「なっちゃえ! 魔女にッ! あっはははっははははは!!」

「そういうわけにはいかないわね」

 

 声が聞こえた。

 そして、ただ一回の魔法の発動で全ての()()()()()が霧散した。

 

 亜里紗の視界の血溜まりが消え去ると、見えたのは青い衣装。それに威嚇するように華々莉に向けられた一つの拳銃。もう片方の手はすぐ目の前にある。

 

「立てる?」

 

 手を伸ばすその姿に、亜里紗は既視感を覚えた。無意識のうちに頬が緩んだ。涙が止められなかった。だから勢い良く掴み、その隣に立ち上がる。渡されたグリーフシードを使う姿に迷いはなかった。

 

「あなたは……頭を弄ったはずじゃなかったっけ」

「記憶の操作は解除されてる。アリサの覚悟を見たのに、黙ってるなんてできないわよ……!」

「チサト……じゃ、じゃあ……」

「……騙してたみたいで悪かったわ。本当、ごめん。こんなギリギリで」

「目の前で仲良しこよしはやめてくれないかなぁッ!」

 

 それでも華々莉の有利は変わらない。気絶でもなんでもいい。千里へ精神操作をしてしまえば幻覚を消されることはなくなる。

 しかし、伸ばした指は身体ごと不自然に別の方向へと向いた。

 

「『注目(アテンション)』。ここまでよ、日向カガリ」

「魅了の魔法……っ」

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 急に対象を変えられた精神操作が霧散する。起こしたのはダブルセイバーを構えた遥香。そして――隣には茉莉がいた。

 

「私はもう逃げない。過去と向き合うって決めたの。たった一度封じられたぐらいで、決意は変わらないわ」

「ごめんねアリサ、スズネちゃん。もっと早く来れたらよかったんだけど……」

「……な、なによ……みんな、いるんじゃない!」

「感動の再会は済んだ?」

 

 二人のその奥。誰かもう一人、歩いてくる。

 赤いマントに紫の衣装。杖をぶんぶんと振り回しながら悠々と華々莉を嘲るように姿を現す。

 

「更紗帆奈ぁ……!」

「残念でした~! 最初に戦った時のはぜーんぶ演技! あっは! あたしが負けてるように見えた!?」

 

 鈴音、亜里紗、千里の三人と、遥香、茉莉、帆奈の三人がそれぞれ華々莉を挟むような立ち位置になる。一向に鈴音がいる後ろを振り向けない状況からして、最初からこれを狙っていたのだと華々莉は理解した。

 

 例えば、さきほどから遥香に精神操作をかけているのに顔を歪めるばかりで『魅了』を解除しようとしない。それもそのはず。既に遥香には"好きに動け"というなんの意味もない『暗示』がかかっていて、精神操作を気分を悪くさせるだけの魔法に格下げしていた。一人ではそれでも致命的だが、彼女には仲間がいる。

 

 もっとも、帆奈にとっては利用しただけのつもりだろう。わざわざ前に出てくると笑顔のまま華々莉に近づいていく。

 その行為は危険だと鈴音にもわかった。遥香との間に入ってしまえば流れ弾が当たる。向けられた指が空気を弾いた。

 

 発動した。だというのに、なんの変化もない。

 

「あんた、こう思ったでしょ。『暗示』を使ってるなら精神操作で苦しめられる。で、使ってなきゃ弱いって」

「事実でしょ?」

 

 今度は遥香を巻き込むようにチャクラムを投擲する。

 普通の魔法少女では到底追いつけない速度にもかかわらず、杖を犠牲に減速させて茉莉がガントレットで防げるようにしたばかりか、さらに接近してその腕を掴んでいた。

 

「ねえ、あたしがさ。なんの準備もせずに直接会うと思った?」

「なに言ってるわけ……?」

「ずっとこれが見たかったんだよね~……あたしたちの『暗示』が勝つところが!」

 

 今、帆奈にかかっているのは『暗示』によるリミッター解除の『停止』だ。解除状態で止めればそれ以外の変化を受け付けない。精神そのものを止めるわけでなく、効果自体を止めることは可能。くれはにリミッターのことは話さずに適当に理由付けてやってもらった。『暗示』でぐっすり寝たいけど途中で効果が切れたら嫌だから止めて、などと言えばやる。

 もとより『上書き』によって借りているもの。自分だけの力などと思っていない。そこが、似て非なる帆奈と華々莉の決定的な差だった。

 

「千里はなんか洗脳が解けてたから『暗示』で洗脳が続いているように見せてた。遥香と茉莉は時間をかけて魔法を使ったら反作用が働いて解けたよ? 全部あたしが勝っちゃったけど、ねえ、ひょっとして急いでた? ずいぶんお粗末だったよ~?」

「ふ~ん……それでも一人じゃ勝てないからって、たくさん引き連れてきたんだぁ。魔法で従わせて?」

「違うよカガリ。マツリたちは自分の意思で来たの」

「あたしは一人でいいって言ったんだけど、こいつが連れてけってうるさくて」

 

 帆奈の言うことを嘘ではないと、鈴音や華々莉でさえも感じた。クラスメイトの立場や姉の立場から見ても同じ。日向茉莉はそういった人間だという認識がある。

 ゆえに、華々莉の中で鈴音の次に頭に来ていた帆奈に茉莉が続く。腕を掴む帆奈の肩越しに見える自分と瓜二つの姿に華々莉は叫んだ。

 

「どうして、いっつもいっつも邪魔するの? そんなに私が嫌い!?」

「……マツリはみんなに仲良くしてほしいだけ。もう、止めよう」

「なに言ってるの、ツバキを殺したのはスズネちゃんなんだよ!?」

「こんなことしてもツバキは喜ばないよ! 好きだったのはマツリも同じだからわかる!」

「わかってない! ……あぁ、そっか! スズネちゃんは今度はマツリまで私から奪おうっていうんだ。更紗帆奈も、その周りの奴らもその手助けをして……! ふふ……あはは……ッ!」

 

 近くで見ていた帆奈はその変化に気づいた。今まで前を見ながらもずっと鈴音を気にしていたのに、その気配が薄れている。

 

「負けを認める気になった?」

「まさか」

 

 強がりに聞こえる言葉でもその目は諦めの色ではない。まだもう一つや二つ策略を隠し持っていて、余裕があるときに見せるそれ。

 

「ずーっとスズネちゃんを孤独に沈めて絶望のまま魔女にさせようとしてきたんだ。だからさ、その私が孤独だと格好つかないかなぁって」

「……そうか、こいつ!」

「もう一回言ってあげる。ありがとうねぇ、私にも、魔女が操れるって教えてくれてッ!」

 

 華々莉は大きな魔力をなんの形にもしないで放つ。威力もないそれは遥香に簡単に避けられて飛び出していった。

 それから数秒もしないうちに各々のソウルジェムが魔女の反応を察知する。その数は十。四方八方から結界ごとこの場所に集まろうと急速に接近している。退避しようにも遅い。景色が塗り替えられて、白黒の混沌とした結界に全員が引きずり込まれた。

 

 一つの魔女の結界に複数の魔女。明らかに異常な光景。華々莉を囲んでいた茉莉たちは、魔女に囲まれることになっていた。

 

「チサト!」

「わかってます! 今解除しますから!」

 

 遥香の指示よりも先に千里が動いた。華々莉の言葉から全て操られているのだと判断して、周囲の魔女それぞれにかけられている効果を解除する。

 それを苦々しく見ていたのは華々莉ではなく――彼女を逃さないために動けない帆奈であった。

 

「あーあ、正気に戻しちゃった」

「なんでこんなに余裕綽々なわけ? アンタの魔法は全部チサトが……」

「……華々莉の魔法の性質からして、思い通りに操れるわけじゃない。あれは私にやったみたいに偽物の記憶を差し込んだり幻覚を見せるものよ」

「そう。だってのに、なんで来たと思う? スズネちゃんみたいに私に途方もない憎しみを持たせたから復讐に来たんだよ。だから、それを解除しちゃったらさぁ……」

 

 華々莉が一際大きく笑う。

 それと同時に、姿形が様々の魔女が一斉に好き勝手に動き始めた。近くにいる魔法少女を襲うもの。逃げ帰るもの。手当たり次第に暴れまわるもの。使い魔を呼び出すもの。魔女を襲い始めるもの。それぞれの性質に応じた動きが場をかき回す。

 この混乱の中では『魅了』を維持することも難しい。攻撃対象の影響から逃れた華々莉は帆奈へ蹴りを放って拘束を解くと、姿をぶれさせて消えた。

 

「あっはははは!! 魔女化してくれないなら、私がスズネちゃんを殺してあげるッ!」

 

 どこかから聞こえる声に悪寒を感じた鈴音はその場から飛び退いた。その瞬間、先ほどまでいた場所にチャクラムと魔女の攻撃が飛んでくる。

 

 華々莉はそのまま幻覚で姿を消しつつ、時折味方の魔法少女に見えるように認識を操作して攻撃を仕掛けてきた。それだけではなく、魔女に再度簡単な精神操作を加えて自分を狙うようにして、攻撃範囲に鈴音を巻き込ませている。関係なく暴れる他の魔女まで混じっていてはどれが本物か鈴音でも判別ができなくなってしまっていた。

 

 先ほどまでは帆奈が誘い込んだ状況。今は華々莉の有利な状況に追い込まれていた。

 

 亜里紗と千里はそれぞれ背を預けて、行動の変化した魔女を優先的に攻撃している。

 帆奈としても、こうなってしまっては『暗示』で咄嗟に使えるのは動きの停止などの簡単なもののみ。それも他の魔女とぶつかれば衝撃で解けてしまう。今の状態を打開する手段を持っていない以上、嫌々ながらも遥香の『魅了』で引き寄せられる魔女の数を減らそうと杖を振るう。

 

 この敵味方入り乱れる中、鈴音は一つの決意を固めていた。

 出口を探す暇などない乱戦ではどちらかが倒れるまで終わらない。全てを無視して撤退しようにも、華々莉が鈴音を狙い続ける限り逃げられない。そして、茉莉たちは鈴音を見捨てて逃げることはしないだろう。鈴音が倒れても華々莉が大人しく逃がす確証もない。

 

 もう、大切な人を失いたくない。ツバキと同じく孤独から救い上げてくれたマツリを死なせるわけにはいかない。

 

 ただその一心で鈴音は覚悟を決めた。

 つまり、最初の行動と同じく。刺し違えてでもここで華々莉を殺すしかない。

 

 鈴音へと腕を伸ばす魔女の攻撃。これが巻き込むものなら自分の近くに華々莉はいるはずだ。自身も『陽炎』で姿を消して周囲を探る。どこかから放たれた爆炎が視界を遮るも、その姿が一瞬だけ見えた。

 

「日向カガリッ!」

 

 速度がついた大剣は、首を切る直前で止まる。

 立っていたのは背恰好がよく似た茉莉。本物か幻覚を判別しようとする一瞬が隙となり、その茉莉がありもしない透明の剣を握って鈴音に振るう。

 

 しかし、それを横から受け止めたのは実体を持ったガントレット。

 

「違う……それじゃダメなんだ」

 

 刃を掴んだガントレットから、忌まわしき宿命を清算するかの如く光が満ちる、本来なら射出する光はその場で爆発を起こし、レイピアを弾き飛ばして煙をあげた。

 

「マツリは……これ以上カガリとも戦いたくない……」

「なに言ってるの。ここまで来たらマツリもスズネちゃんも、私だって結末は一つだけだよ。それに……このままだとマツリのせいでみんな死んじゃうんだから」

 

 そう言い残して、元の姿に戻った華々莉はまた姿を消す。

 まだ茉莉は周囲を探している。鈴音は魔女が飛ばした針の攻撃から彼女を守ろうと、ひたすら剣を振るって弾き飛ばし続けた。

 

「カガリ! ……お姉ちゃん! 聞いてるんでしょ!?」

 

 鈴音は、そこで始めて気づいた。茉莉はまだ対話を諦めていない。最初から殺すしかないと決めつけていた自分とは違って、まだ華々莉と和解できると信じている。

 

 そんなことは不可能だと言ってしまえばいい。血を分けた姉だから信じられるというわけでもない。向こうは容赦なく殺しに来ているのだから、報復するしかない。

 

 だが、茉莉は華々莉と同じ環境で育ち、同じように椿と接して、同じく別れた。同じ悲しみと痛みを心に受けたはず。なのに鈴音と友達になろうとして、今は姉とわかりあおうとしている。いまだ華々莉は攻撃を仕掛け続けているのに決して怯むことなく。

 

 ならば。

 天乃鈴音が、ここで折れるものか。

 

 茉莉を小横に抱えて大きく跳躍する。着地したのは戦場となる場所から少し離れた場所。魔女のうち何体かがこちらに移動し始めた。

 

「……マツリ、カガリだけになれば、どうにかできる?」

「う、うん……今は他の魔力が混ざってわかんないけど、マツリの『探知』ならどこにいるかはわかるよ」

「そう。なら、任せて」

 

 色づいた世界を見せてくれた彼女のためにできることはなにかと考えた時。己の熱に気づく。

 

 過去を背負い、前に進むと決意した魔法少女に変化が訪れないことなどあるだろうか。辛いことも苦しいことも忘れずに立ち向かうその心。あらゆる思惑を越え、絶望を跳ね除ける意志。希望と奇跡を願った魔法少女だからこそ。

 

 願った結果得たのは倒した魔女の力を得る魔法。『希望を奪う力』たるそれは――転じて、『希望を取り戻す力』である。魔女化という運命を辿ろうと、生きた証をその身に宿せる救い。華々莉によって偽りの記憶を植え付けられようとも、今も胸中で華々しく燃える姿が変わることなどない。

 

 髪を束ねていたお守りを外す。それを媒体に魔力を滾らせた。

 舞い上がった炎が流れる髪を揺らし、構えた大剣が刀へと転生する。

 

 強く、優しい、その姿。

 願いはここに果たされた。殺すためではなく、誰かを守るという意志と共に。

 

 そして、鈴が鳴る。

 

「――『桜火』ッ!!」

 

 描いた魔法陣から十の炎の奔流が駆けた。一つ一つが有する魔力は『炎舞』よりも多い。それらは鈴音へ向かう魔女たちの身体を燃え盛りながら貫いていく。

 なんの感慨も抱かなかったあの頃とは違う。この魔女一つ一つが生きていた魔法少女なのだと心に沈みこませて呪いを燃やし尽くす。華々莉を前にして、己に残った魔力を使い尽くす勢いで放った大技であった。

 

 焼けていく魔女を見るなり華々莉が抱いた感情は怒り。自分を無視してそちらに全力を出したことが気に食わない。

 炎の制御で立ち止まっている鈴音に向けて精神操作をかけようと指を伸ばす。

 

「チサト! ハルカ! スズネちゃんの右斜め前!」

 

 されど、魔女が消えたことで『探知』で位置を把握できるようになった茉莉が見つけ出し、再び『魅了』と『魔法効果の解除』が降りかかる。幻覚で姿を消せなくなってもまだチャクラムはあると投げても、『身体強化』を用いた亜里紗が防ぎ切った。

 そして、走り出した茉莉のガントレットが華々莉の目の前にまでくる。その頃には魔女の残りもおらず、元の廃工場に戻っていた。

 

「もう、魔力が残ってないでしょ。マツリはカガリにも死んでほしくないよ……」

「……ばーか。残ってないのはマツリたちもでしょ。特にスズネちゃんとかさぁ」

 

 その言葉にハッとした茉莉が振り返ると、刀を支えにやっとのことで立っている鈴音が見えた。ネックレスの形をしたソウルジェムは真っ黒で、魔女化していないことが奇跡のように思える。慌ててグリーフシードを使おうと駆け寄ろうとするも、なにか、とてつもなく、嫌な予感がした。

 

 もう一度、正面を見た。華々莉が自分の頭に指を当てている。魔法が今にも発動しようとしている。『魅了』で引き寄せられないこれは攻撃の類ではない。単なる記憶の差し替え。自分は椿に嫌われていたという偽りの事実を思いこませるだけ。

 

 だが、そんなことを華々莉がすれば、一瞬でソウルジェムが濁りきる。

 

「だから言ったよねぇ! マツリのせいで死ぬって! そうだ、みんな死んじゃえッ! 私も、マツリも……あは、あはははははははははは!!」

「ダメ、カガリッ!」

 

 それは気まぐれだったのかもしれない。

 華々莉へ手を伸ばす茉莉の姿を見て、反射的に友の力を行使した。

 

「あんたは――『ずっと眠ってろ!』」

 

 命じた言葉は感覚を遮断する間もなく華々莉の耳に通る。

 

 あと一瞬遅ければ先に向こうの魔法がかかっていただろう。

 それはかつて彼女が起こした昏倒事件でも使った手段だ。魔法少女だろうと目覚めなくなる『暗示』の凶悪な効果の一つ。それが今、日向華々莉の命を繋ぐために使われた。

 

 意識を失って倒れ込む華々莉を茉莉が抱きかかえる。その様子を帆奈は不愉快そうに見ていた。

 

「……なんでこんなことしたんだろ。むかつく……あたし、帰るから」

 

 その言葉にいつものような調子もなく、遥香が声をかけても聞く耳を持たないようで、逃げ出すかのようにすぐにこの場から去っていってしまった。

 

 残された面々は顔を見合わせると、とりあえず先ほど倒した魔女が落としたグリーフシードを使ってソウルジェムを浄化する。

 鈴音は亜里紗から受け取りはしたものの、使うのをためらった。

 

「いいから使っときなさいよ」

「……でも」

 

 亜里紗はグリーフシードをひったくると無理やりソウルジェムに押し付ける。泥のような黒色が吸い込まれていって、本来の紅色が輝きだした。それを確認すると特になにも言わずに、話している千里と遥香のもとへ。

 

「スズネも浄化できたみたいですし……これで、一段落なんですよね」

「そうね。まだまだ考えないといけないことはあるけど……」

 

 華々莉に使われた魔法はいつまで持つかはわからないが、千里がいれば問題なく解ける。

 鈴音がしてきたこと。帆奈が来ていた理由。魔法少女の真実。まだ謎や頭を悩ませるものは多い。だが、穴の開いた天井から見える白っぽい夜明けの薄明の空が未来はまだあると信じさせてくれるようでもあった。

 

「……って、私たち夜明けまで戦ってたのね。挨拶運動に間に合うかしら」

「げっ、今から学校行くとか嘘でしょ……ん? 学校? ……あーっ!」

「どうしたのアリサ?」

 

 疲れているはずなのに途端に大声を出した亜里紗は変身を解く。すると白い制服に戻るが、そのほとんどが血まみれになっていた。

 

「これなんて説明すんのよ……穴まで開いてるし……よし、ちょっとぶん殴ってくる」

「ダメだって」

「ふふ、今日ぐらいは遅刻しても許すわよ」

 

 そんな少しばかりいつもの日常が帰ってきた風景を、茉莉は華々莉を膝に寝かせたまま見ていた。隣には移動した鈴音がいる。変身を解いた制服姿で、もう一度お守りで髪を結んでいた。

 

「マツリ、これが貴方の生きてきた世界なのね」

「うん。みんなといるととっても楽しいんだ。……これからはスズネちゃんも一緒にいてくれる?」

 

 見上げる茉莉の姿は、鈴音にとって忘れていた大切な記憶。今の自分が触れられないほど輝く星に見えた。

 

「……取り返しのつかないことをしてきた。ずっと、ずっと……私のことは忘れて生きたほうが良い。罪は私だけが背負えばいいんだから」

「それでも、スズネちゃんは友だちだよ。だから辛いことも苦しいことも、みんなで乗り越えよう」

「その資格はもう――」

「だったら!」

 

 座りながら伸ばされた手。それは、あの時とは逆で。

 

「もう一度、友だちになろうよ。ここから、一緒に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからというもの、鈴音は夕凪新聞販売店の人たちと朝食を摂るようになった。簡素に済ませる食事を懐かしいと思うことはあっても、今から戻ろうという気持ちは湧かない。

 

 もう着慣れた制服に着替えて学校に向かう。通学路を歩いていると、後ろから「スズネちゃーん!」と名前を呼ぶ声が聞こえた。茉莉だ。こうして揃って歩くことも珍しくなくなった。

 

 次は茉莉と共に千里と出会い、亜里紗を起こし、挨拶運動を続ける遥香と出会う。

 引っ越していないのに登校までの時間が随分と伸びたものだ。その不便さが、今の鈴音には心地良い。

 

 初めは茉莉以外の三人がどう思うかを考えていたが、言葉と態度は違えど反応はほぼ同一。昼休みになれば共に食事をするほどには打ち解けていた。

 

「そのうち、もう一度神浜に行きましょうか。この栞のお礼もしないとね」

「ならさゆさゆのライブにも行かなきゃ!」

「ちょっとアリサ、夏目書房のほうが先でしょ」

「そうだ! 今度こそご当地たい焼きを見つけようよ!」

 

 意気揚々と話す四人の輪に自分もいる。それが鈴音にはまだ不思議に感じられる。

 

 平和な日常でも、まだ根本的にはなにも解決していない。

 

 華々莉は今は原因不明の昏睡状態として入院している。どうやら父親も記憶の操作をされていたらしく、解除して華々莉を運び込むなりその手筈が整えられていった。魔法少女であっても社会においては干渉できることもなく、今はお見舞いと称して代わる代わる監視をしている。千里の魔法で起こせはするが、いまだ対策はなにもない。

 

 魔法少女のシステムもそう。契約と魔女化のサイクルは変わらず存在している。簡単に覆せるものではないことは重々承知していた。神浜市では魔女化しないというあの言葉が真実かどうか、次に出かけた時に調べるつもりではあるが。

 

 そして、今まで鈴音がしてきたことは消えるはずもなく。

 放課後の屋上、風が吹く夕暮れの下で鈴音は空を見上げた。

 

 忘れていた記憶を取り戻した時、僅かだがもう一度忘れたいと思った。それほどまでにあの衝撃は大きかった。

 だが、同時に忘れてはならないとも胸に抱いた。

 

 今も髪を束ねるお守りには名前の書かれたメモ用紙が入っている。その魔法少女一人一人に未来があった。日常があって、家族や友人がいた。偽物の記憶に操られていたとしても、自分が手を下したことに変わりはない。この先も永遠に殺めてしまった事実は変わらない。

 

 だからこそ、辛いことも苦しいことも、もうなに一つ忘れたくはない。

 

「私はどんなことがあっても……先に進む」

 

 椿の栞が、どことなく輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海の見えるお屋敷は朝日に照らされて輝いていて、帆奈が戻る頃には既に夜が明けていた。やはり窓から戻り、制服に着替えてもう起きてるであろうくれはに会いにドアを開ける。

 

「おはよう」

「うわっ!?」

 

 また目の前にいた。既に南凪の制服で、どうやら今度はちょうど起こしに来たタイミングだったらしい。

 

 不審な点は多くあるはずなのに特に追及せず、くれはは一階に降りていく。

 ドッペルが発現してからどこか変なことに変わりはないが、こういう部分だけはまだ同じ。それが今の帆奈の精神を安定させた。

 

 最初は鈴音への憤怒のみでホオズキ市に行っていた帆奈であったが、最終的には黒幕である華々莉に『暗示』を見せつけたことで満足している。どうしてそんなあっさりと気分が戻ったかは自分でも不思議であった。

 されど終わったことだと投げ捨てて、後ろからくれはに飛びついた頃にはどうでもよくなっていた。

 

 なぜならば帆奈は知らない。

 調査の一環で見てきたホオズキ市の魔法少女たちに、知らず知らずのうちに共感を覚えていたことを。

 

 更紗帆奈の人生は、酷いものだった。

 

 詩音千里のように、酒に酔った父から暴力を受けていた。

 成見亜里紗のように、クラスメイトからいじめられていた。

 だから、奏遥香のようにいじめていた奴らを消してと願った。

 得た魔法は天乃鈴音のようにコピーする魔法なれど、友の遺した『暗示』の魔法で日向華々莉のように暗躍していた。日向茉莉のような精神性を逆方向に利用して。

 

 だが、亜里紗に対する千里のように、手を伸ばしてくれた人がいた。

 美琴椿を失った華々莉のように狂い、鈴音のように凶行に走れど、茉莉と同じく引き上げてくれたかつての友がいた。遥香のように過去と向き合う決心が、いつの間にかできていた。

 

 帆奈も、心のどこかではわかっていた。

 かつて自分が拵えた最後の舞台は帆秋くれはの紡いだ絆の前に崩れ去った。一人でできることには限界がある。だから、くれはのように魔法少女の力を合わせて華々莉に立ち向かった。

 

 今はまだ気づかずともほんの少しの変化が起きたのは事実。

 更紗帆奈が神浜市を救うためにその選択をするのは、もう少しあとの話。

 




■今回の内容
 これパート22と23の間じゃない……?

■鈴音
 生存エンドを勝ち取った魔法少女。『椿の栞』エンド。
 マツリとスズネのさ、思いが繋がったらどうする? マツリとスズネと……え? ハッピーエンドの誕生か? あ? そうだよな、ハハハハ!!

■椿
 最速で終わらせるには彼女を生存させればいい。
 ただし生きていると日向家が三姉妹になりかねない。

■亜里紗
 誰か一人でも死んでいると鈴音との協力フラグが消滅しそうな魔法少女。特に千里。
 一番ギリギリのとこで頑張ってたかもしれない。まさらの話が巡り巡って結果的に彼女を助けるので話す必要があったんですね(ガバ)。

■千里
 超重要キャラ。最初に死ななければ大体は解決する。
 暗躍する場合は絶対に自由にさせてはいけない。詩音千里には気をつけよう!
 
■遥香
 ほう『魅了』を用いた盾役運用ですか……大したものですね。魅了と挑発を併せ持つ彼女は攻撃の吸収率がきわめて高いらしくミラーズで愛用するモキュもいるくらいです。
 元々ポテンシャルが高いので精神が安定すると隙がなくなる。マミさんか?

■茉莉さん
 さすがに華々莉が魔女化するとダメージがある。ただし、華々莉魔女化に鈴音死亡でも魔女化しない。すごい。
 本来の『受け継がれたお守り』エンドだと髪型が変わる。

■華々莉
 ガバとフラグが積み重なった結果、計画がメッタメタに。生存ルート(ガバ)。
 お前の策略は素晴らしかった! 固有魔法も暗躍も! だが、しかし、まるで全然! 絆パワーの前には程遠いんだよねえ! (思い通りにいかなくて)悔しいでしょうねぇ。

■帆奈ちゃん
 これもう『暗示』なしでどうやって勝つのかわかんねぇな。
 かなりすずマギのキャラと被っている。ホオズキ市よくばりセット。

■くれはちゃん
 知らないところで勝手に協力してんじゃねーよ!
 実は『停止』くんで自身への干渉を封じて速攻でカトラスで殴れば話が終わる。外して反撃を喰らうとくれはちゃんが終わる。

■???
 フラグや色んなポイント。
 この辺がなんやかんやして偶然が重なるとこうなる。やっぱりまさらの話をしたのが致命的だぜ。このへんにぃ、本走中に思いつきで行動するヤツがいるらしいっすよ?





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