マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート 作:みみずくやしき
少し暖かくなった風が私たちに吹いた。
現実なのに、夢みたいだった。
犠牲を出すことなくワルプルギスの夜を倒せて、鹿目さんとの日々が戻ってきた。私の知り合いも最初と比べたら嘘のように増えていて、数えるのにもう両手じゃ足りない。
だというのに、心の中ではずっと、モヤモヤとした感情が渦を巻き続けていた。
私は、鹿目さんを契約させてしまってよかったのだろうか。
魔法少女であるということは、死と隣り合わせの世界に生きるということ。自動浄化システムの拡大をするとはいえ、今すぐにその宿命から逃れられるわけじゃない。もっと鹿目さんにとって幸福な結果があったんじゃないか、この世界を知らないで普通の女の子として過ごしていたほうが幸せを得られたんじゃないかって、迷いが続いている。
もしもこの先、ワルプルギスの夜のような脅威が現れたら、もっと恐ろしいなにかが出てきたら、魔法少女である鹿目さんは戦うんだろう。あの時のように恐怖も後悔も押し殺した笑顔を私に向けて、行ってしまうんだろう。
……ううん、普通の魔女が存在している限り危険は付き纏うんだ。だったら、鹿目さんを契約させずにワルプルギスの夜を倒す結末にしたほうがいいのかもしれない。現状で満足せずに、完璧な結果を求めて。
そのためには――
「ほむらちゃん、どうしたの?」
気がつくと、隣を歩く鹿目さんが心配そうに私を見ていた。
いけない。私がこれじゃ。
「難しい顔してるけど……」
「その、そういうわけじゃなくて……あ、隠し事とかでもなくて……!」
「大丈夫だよ、無理に言わなくていいからね。ただ、わたしに力になれることだったら協力するから」
言葉が詰まってしまった私を安心させるように向けられたのは、ふんわりとした溶けてしまいそうな笑みだった。それが彼女の性質を改めて思い出させるようで、心に映り込む。
だから、もう二度と、この笑顔を失いたくない。
この世界が
もちろん、繰り返しで同じ奇跡を手に入れるのがどれだけ難しいかは理解してるし、今ある世界を守らないとって気持ちだってある。今回の神浜市がイレギュラーなだけで、二度とこの結果が得られないこともありうる。
でも……まだ、やり直しはできるんだ。
より完璧な結末があるかもしれないという微かな可能性が、ずっと私を手招きしている。満足しないでこっちにおいでって、どろどろとした欲望を沸きださせてくる。
結局、誰にも言えない揺れ動く悩みを抱えたまま、その日はやってきた。
それは元マギウスの人たちによる説明会も裁判も終わったある日の休日のこと。私と鹿目さん、美樹さんと巴さんは揃って駅にいた。神浜方面から来る電車から降りてくる、彼女たちを出迎えるために。
「もうそろそろ来るかしら。さっき連絡も来たし」
「おっ、あれじゃないですか?」
美樹さんの言葉で前を見ると、人混みの中になんとなく見知った姿がある。その中の一人が先んじて私たちを見つけたようだった。合流しようと向こうから歩いてくる。
「来たわね、見滝原」
それは背が高くてすらっとした淡い栗色の髪をした綺麗な人。帆秋くれはさんだ。クールな人だと思ってたのだけど、実は抜けてるところがあるっていうのは聞いていた。でも、なんで腕組みしてるんだろう……。
「ちょっとくれは、先行かないでよ!」
急いでくっつくように付いてきているのは、紫の髪をした更紗さん。本当は巴さんと同じ中学三年生なんだけど、色々と理由があって帆秋さんと同じ高校二年生のクラスにいるそうだ。飛び級なのかな。だとしたら、すごく頭が良いんだと思う。
そして、その後ろから来るのが。
「おーい、杏子ー! ゆまちゃーん!」
「さやか!」
「あ、オイ、急に走るな!」
もうすっかり見慣れた佐倉さんとゆまちゃんの組み合わせだ。彼女が馴染んでいるのはなんだか不思議に感じる。ゆまちゃんがいることで、前よりも美樹さんと仲良くなっている気さえした。
「くれはさんも相変わらずクールで!」
「あれ? さやかちゃんって、くれはさんのこと前は帆秋さんって呼んでなかった?」
「いやー前は少し近寄りがたい雰囲気があったんだけど、今はそんなのないし? もっと距離を詰めちゃおうかなーって! というか、そういうまどかも同じでしょ?」
「えへへ、なんだか話しやすくて。あ、くれはさんは大丈夫なのかな?」
「どっちでもいいわよ」
「こいつはそういうの気にしないよー? ただ……」
更紗さんは、自分のものだと言わんばかりに帆秋さんの腕に飛びつくと、口が裂けるような笑顔を作った。あんまりにも敵意を剥き出しにしたそれに美樹さんがたじろぐ。直接向けられたわけじゃない私でもちょっと怖かった。
ちょっとこわばった空気だ。
でも、頬を赤くした帆秋さんの存在が元に戻してくれた。やんわりと更紗さんを離すと、なんでもなかったかのように「それで」と前置きをして、巴さんに話しかける。
「ちょうど厄介な魔女が現れているんでしょう? すぐフラフラとどこかに行くからなかなか追えないって聞いたわ」
「そうなのよ、私たち四人だと行動範囲を追い切れなくて。来てもらったのに悪いのだけど……」
「同じ魔法少女だもの、協力するわ」
彼女たちが来たのには本来の目的ともう一つ、最近現れた魔女のことがあった。既に何人か失踪しているのに足取りが掴めない。行動範囲を絞ることはできたけど、迷子のように移動を続けていてどうにも倒し切れないのが現状だった。
どう追い詰めていくかという話は私たちが事前に済ませている。あとはそれを伝えて動くだけ。
なんだけど……帆秋さんが、ゆまちゃんを気にしていた。真顔なのは変わらないのに申し訳なさそうな雰囲気が漂っている。
そもそも彼女たちの本来の目的とは、ゆまちゃんとパンケーキを食べることだ。神浜で騒動があった時に佐倉さんが約束したらしい。元々その数に私たちは入ってないのに、魔女退治の協力を頼んだから、なら一緒にということでこうして出会っている。だから、約束をすぐ叶えられないことが気にかかったのだと思う。
でもゆまちゃんは、屈託のない笑顔を見せた。
「わかってるよ。だいじょーぶ。ゆま、ガマンできるもん」
「……ありがとう。あとで好きなもの食べていいから」
対照的に彼女の表情はずっと変わらないけど、ほんの少し柔らかくなった気がする。撫でる姿はまるで妹を甘やかしているみたいだった。
これで私たち四人に、帆秋さんたち四人が正式に加わる。単純に倍になればできることは広がる。二人一組になっても四組で行動できるんだから。
だけど。
「ほむらとね。よろしく」
どうして私と帆秋さんという組み合わせなんだろう?
他の組み合わせは佐倉さんとゆまちゃん。巴さんと鹿目さん。美樹さんと更紗さん。これは私と更紗さんの位置が逆な気がする。実際、視線が痛かった。普段からあんな風に一緒にいるのなら、やっぱり帆秋さんと組みたいはずだ。
けれど巴さんが言うのなら、なにか考えがあるはずで……なんて思いながら、みんなと別れて街で魔女を捜す彼女を見つめていた。風になびく髪に凛々しい横顔。ともすれば冷たいイメージが湧くそれは、駅で見た姿を忘れさせるものだった。
彼女とこうして行動したことはない。初めて出会ったのは電波塔の屋上で、次はもう巴さんとの戦いの時。その後も会うのは多くの人がいるところでだったから、直接話すことも特になかった。
もちろん、だからと言って嫌いなわけじゃない。悪い人じゃないのはわかってるし、空穂さんから聞いた印象も良いものばかりだった。
それに、私たちに連絡をして呼んでくれたりしたことが、巴さんを助けられて結果的にワルプルギスの夜を突破できたことに繋がっているんだと思う。倒すきっかけを作ってくれたことに心の底から感謝している。ただ……。
「こっちには来てないわね。他の人のところに行ったのかしら。ねえ、ほむら」
「は、はいっ!」
やっぱり、ちょっと怖い。
射貫くような眼差しは私の周囲にいる人のタイプじゃない。佐倉さんは少し違うし、もうちょっと親しみやすさがある。
そんな彼女が私の顔をじっと見つめて、なにを言うのか。少しの間を置いて、それは私の耳に届いた。
「苦手な食べ物ってあるかしら」
あれ?
「えっ、あの……急にどうしたんですか?」
「この後パンケーキ食べに行くじゃない。先に知っておいたほうがいいかと思って」
てっきり魔女に関することを聞かれるかと思っていた。特徴とか、私の所感とかを気にしていそうだったから。
けれども、もうこの先の食事のことを考えていた。ちょっと気が早いんじゃないかなって思う。実は抜けてるってこういうところなのかもしれない。
その後も帆秋さんは私に色々と話してくれた。
向こうで佐倉さんがどうしてるかは気になったし、私のことをあめ……あみ、阿見莉愛さんがカッコいいなんて言っていたり、美雨さんが頑張っていると褒めてくれていたりしたのを教えてくれたのは、ちょっと恥ずかしいけど嬉しかった。
……なんだろう、この感じ。彼女と話していると、不思議な感覚になる。鏡越しに自分の動きを見ているような変な感覚。私たち、全然似てないのに。
そんな興味深い会話は、巴さんからの念話で途切れた。鹿目さんが魔女を見つけたようで、他の人たちも移動するそうだ。
帆秋さんの顔を見て、互いに頷く。急に真面目な雰囲気に戻ったなぁ、なんて、口にしないほうがいいよね。
教えられた場所に辿り着くと、確かに結界があった。
入ってみたら既に荒れている。私たちより先に来た人たちがやったんだろう。なにかで潰したり抉った跡などがある。巴さんと鹿目さんは遠距離攻撃が主体だからこうはならないだろうし、別の組の人だと思う。この乱雑さは、佐倉さんでもないだろう。
「私たち、最後だったみたいね」
「わかるんですか?」
「帆奈とゆまの攻撃よ、これ」
なんでも帆奈さんの杖みたいな武器や、ゆまちゃんのハンマーだとそうなるらしい。焼け焦げたような跡と細い穴が多いから、前者がほとんど。どれもこれも鬱憤を晴らすみたいに荒々しいけど、まさか……更紗さん……。
少し怯えながらそのまま奥に進むと最深部の入り口に着く。まだ使い魔すら見ていない。中から感じる魔力反応は六人分で、どうやら本当に私たちが最後だったようだ。
入ってみると、見えたのは黄色のリボン。
「暁美さんたちも来たわね。でも、そろそろ……」
一番近くにいた巴さんが、魔法で魔女を拘束していた。
これは状況からして、終盤というところかな。今は鹿目さんが射掛け続けて反撃を防いでいる。そして、矢に注意が向いたタイミングで美樹さんが突撃してサーベルで一閃。これがトドメになったようで、魔女は消えていった。
「へっへーん、どうよ! さやかちゃんの魔法少女力は日々成長しているのだー! ……え、なに杏子、そんなじっと見て」
「バカ、後ろだ!」
「えっ、ウソ!?」
「――っ」
その声に咄嗟に盾から銃を取り出す。美樹さんの後ろに倒したはずの魔女がいる。二つで一つだったのか、それともそっちが本体だったのか。とにかく、撃とうとした。
(あれ……)
でも、撃つ前に気づいたことがある。油断していたように見えた美樹さんは既に反撃の体勢に入っていた。佐倉さんもそこに合わせて槍を構えているし、隣にいるくれはさんは腕を伸ばして『停止』を使おうとしている。リボンの制御をしていた巴さんもマスケット銃を向けているし、鹿目さんだって弓で狙いをつけていた。離れた場所で捕まった人たちを守っていた更紗さんとゆまちゃんも同じ。飛び込もうと準備している。
その結果、私の銃弾が辿り着くよりも速く、美樹さんと佐倉さんの攻撃が魔女を吹き飛ばした。
「ゆま! 帆奈! そっちだ!」
「たあーっ!」
「あっは! 死ね!」
打ち返すように可愛いらしいハンマーが魔女を地面に叩き落とし、刺々した黒い杖が物凄い力で振り下ろされる。
「『停止』を使うわ。まどか」
「うん、わたしに任せて!」
時間を止めるときのような魔力の波が帆秋さんから発せられて、不自然に動かなくなった魔女を、放たれた桃色の矢が貫く。
私はと言えば、最初に吹き飛ばしたタイミングから、捕まった人たちを代わりに守ろうと移動していた。多少の余波はあったから、間に合って良かった。
みんな、強くなってる。互いを信じて連携ができるようになっている。
だからかな。魔女を倒して一息つく鹿目さんの姿が、なんだかとても頼もしく見えたんだ。
魔女退治を終えた私たちの前には、様々なパンケーキが並んでいた。
オーソドックスなメープルシロップにバター、蜂蜜。アイスクリームやホイップクリームが乗っているものもあれば、イチゴやメロンといったフルーツをふんだんに使ったものまでたくさんだ。マシュマロやプリンを合わせたものまである。
このお店は前にも巴さんと来たことのある場所。
あの時は神浜市のことを考えこんでいて、味を気にする余裕が途中からなくなっていた。とても美味しかったはずなのに、あまり記憶がない。
前みたいな今の私の心境で楽しめるのかな、なんて思ってたんだけど。
「あ、あの……さすがに……」
「遠慮すんなって。全部くれはのおごりなんだから」
「そうよ」
「冷や汗出てますけど……」
「気のせいよ」
佐倉さんはいいって言うけれど、見るからに帆秋さんの雰囲気が焦ったものになっている。
妙な光景と明らかに人数分以上にあるパンケーキを前にしたら、私もそちらに意識が向いていた。
それにしても、多すぎるんじゃないかな……。カロリーが気になるけど、これは単純に食べきれる気がしない。そんなにいっぱい食べるものじゃないよね?
「ではお言葉に甘えて……おお! これ、すっごくおいしい! もー、マミさんたちもずるいなぁ。あたしがいない間にこんなにおいしいもの食べてるんだもの」
「ああ、何枚でもいけるな! ゆま、もっと食べていいぞ!」
「いいの?」
ゆまちゃんの問いかけに帆秋さんは頷いていた。メロンづくしのパンケーキ(税別1400円)を食べつつ、静かに。自分を落ち着かせるかのように肯定して、舌鼓を打っていた。そして、言った。
「いいわよね、アンデスメロン。アンデス山脈の息吹を感じるわ」
「それアンデス山脈とまったく関係ないってまなかが言ってたけど。あんた聞いてなかったわけ?」
「……」
「くれはさんが黙っちゃった……」
そんな始まりだったから、必然的に話は帆秋さんが中心になった。
「ええっ!? そんなクールでなんでもできそうな雰囲気で頭も良さそうなのに赤点だらけ!?」
「そうね」
「だ、大丈夫ですよ! わたしも、魔法少女の活動が大変でテストの点が下がることがあったから!」
「こいつのはそんなんじゃないんだって。観鳥といないとまったくやる気を出さないんだから」
例えば、テストの点数がすごく悪くて、そろそろ補習が見えてきていること。
「このメロン、おいしいね、ほむらちゃん」
「ほんとだ……」
「だってメロンよ」
他にも、好きだって言うだけあって、知識はともかくおいしいメロンを知っていることとか。
会話するたびに見えなかった面が見えていく。それは帆秋さんに限ったことじゃなくて、他の人も一緒。更紗さんへの印象はもっと柔らかいものになっていって、佐倉さんもそんな表情を見せるんだって、発見もした。
鹿目さんや美樹さんはこういう部分を私よりも早く理解していたんだろう。今なら、その気持ちがわかった。
ただ、巴さんの帆秋さんへの雰囲気が少し気になった。魔法少女として話している時はそんなことなかったのに、今はまるで転校初日の私みたいに少し距離がある気がする。
巴さんは、神浜市で行動するときには帆秋さんに協力してもらっていたそうだ。最初は偶然出会っただけだったのが、協力するうちに仲良くなったのだとか。それだけに、ウワサと融合して傷つけたことをまだ気にしているのかもしれない。
彼女は、私たちと同じで完璧でも無敵でもない。それをわかってたから、私の口が勝手に動いたんだ。
「あの、帆秋さん……」
「どうしたの、おかわり?」
「そ、それは大丈夫です。……巴さんのこと、どう思いますか?」
一瞬、更紗さんの目が鋭くなったのが怖かったけど、優しい部分もあるって知ったから言えた。
話題を無視した急な言葉なのはわかってる。説明が足りなくて答えづらい質問だったってことも。
でも、彼女は即答したんだ。
「とても頼りになる仲間で、友達よ」
まったく疑うことなく、当然であるように、澄んだ声だった。
向けられた巴さんはと言えば、一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに微笑む。
「……暁美さん、ありがとう。代わりに言ってくれて」
余計なお世話かもしれないなんて気持ちもあった。それでも今の巴さんを見ると、言って良かったな。
「でも、どうして?」
「その……私が一方的に友人だと思っていたらきまりが悪いじゃない」
「今まで何回も神浜を案内したし、私を助けてもくれたじゃない。ただの協力関係じゃないそれを、友人って言うんじゃないかしら」
「だとよ、だから変に気を張る必要ねーんだよ」
「そうそう。というか、あたしよりマミさんのほうがくれはさんと会ってるんじゃないかなーなんて」
「そういえば、杏子ちゃんもマミさんと普通に話してるよね。前はもう少し……」
「かもな」
そこで言葉を切った佐倉さんはまんざらでもなさそう。彼女の巴さんの関係も、今までと違って仲が悪いようには見えなかった。様子からして戻ったわけじゃないんだろう。友人……なのかな、それともまた別の形なのかもしれない。
最初よりもっと温かくなった雰囲気は、ふわふわとしたパンケーキの甘さを引き立てる。一口目よりももっと重厚で広がっていく。食材であるはずのそれらが、宝石にも見えた。
今度は、この味を忘れないでいられるはず。
……そう、思っていたのだけど。
「わたしもご一緒してもいいかしら」
次は、凛とした声が聞こえた。私たちの誰でもないその言葉の方向には二人。
「あん? 誰――なぁっ!? 織莉子!」
「その口を閉じてやろうか赤いの」
「キリカまでいんのかよ……」
亜麻色の髪をした背の高い彼女が美国織莉子さん。その隣にいる黒髪の子が呉キリカさんだ。
先ほどまでと一転して、空気が変わる。私はなんとなく美国さんが苦手なだけだけど、佐倉さんと美樹さんは呉さんに警戒して、巴さんは難しい顔をしていた。鹿目さんはむしろ、その空気の方を気にしているんだろう。
呉さんは同じ見滝原中学校に通っている。私たちがどこに行くかを聞いたのかもしれない。でも、なんで魔女退治の後に都合よく来れたかはたぶん……美国さんの『未来予知』だと思う。
「佐倉さん、彼女は……」
「わかってる。いまさら気にしちゃいないけど、この前一戦やった仲だからな……」
「あたしもどーしても許せないことがあるんだよねぇ……あの日の夜さぁ……」
「へえ、もう一度戦いたいって?」
更紗さんが立ち上がって呉さんに近づいた。佐倉さんはゆまちゃんと一緒に傍観しているだけだけど、これ、本当に戦ってしまいそうな……。
「キリカ」
「もちろんだよ織莉子、ここで事を荒立ててはいけないんだよね」
「帆奈もここは抑えて」
「いーよ。その代わり、後で言うこと一個聞いて?」
「それぐらいならいいわよ。なんでも言いなさい」
後が怖いお願いを簡単に聞いた帆秋さんは更紗さんを座らせた。美国さんと呉さんも続く。
それを見て、私は鹿目さんを美国さんから遠ざけるように座りなおした。なんとなく、だけど……。
「さあ、そうと決まれば注文しよう。織莉子、なにが良い? ここのパンケーキはね、どれも逸品なんだ! そうだ、せっかくだから一番高いものを――」
「ああっ、くれはさんがさらに白く! クールがまったく維持できてない! 杏子、これ大丈夫なの!?」
「いつものことだろいつもの……」
「大丈夫、わたしたちの分は自腹よ」
「も、戻った……」
二人が増えても帆秋さんの調子が悪い方向に変わることはなく、それがまたも元の空気へと戻していく。注文した新しいパンケーキが山に加わった時には、不思議なことにすっかり馴染んでいた。味だって、変わらずおいしい。
でも、美国さんたちのもの以外にも増え続けるパンケーキに、帆秋さんのメロンそっくりパンケーキ(税別1100円)を食べる手が止まっていた。なんでもう別の食べてるんだろう……。
「本当に平気? もし大変なら私も払うわよ」
「平気よマミ……平気……」
「もう、これが素なのかしら。無理そうならちゃんと言うのよ?」
心配しながらも呆れる巴さんの言い方は、まるで私たちに向けるよう。
その言い方に少しの違和感を覚える。友達なんだからおかしくないのだけど、なんだろう。これは、なんというか……。
「……あのさ、あんたら忘れてない? コイツ、この中で一番年上。高校二年生だし。大人っぽいマミとか織莉子より上なんだけど」
そうだ。更紗さんの言う通り、彼女は年上なんだ。知らないわけじゃないのに、すっかり抜け落ちていた。この感覚はどうやら私だけじゃないようで、話しやすいと言っていた鹿目さんもそうだったとばかりに表情を変えている。
言われた本人はと言えば――
「そうだったわ」
「くれはが忘れてどうすんの!?」
「だって私、契約した時なら同い年だし……」
「騒がしいな。織莉子がゆっくり味わえないだろう!?」
「……ふふ、いいのよ。それよりどうかしら、おいしい?」
「もちろんだよ! ドロドロになるまでシロップに浸した甘さが癖になる! ただ、やっぱり織莉子の作るものが一番だなぁ。あれを超えるパンケーキがこの世界にあるわけがないからね!」
呉さんが横から物凄い剣幕で飛んできたかと思えば、すぐに美国さんへと関心が移っていく。
彼女の前にあるパンケーキはもはや、主体が違う。シロップの海にパンケーキが浮かんでいる。元々甘めなのにさらに追加しているから、甘さしか残っていないはず。それを心底おいしそうに食べる姿は……別の意味で怖かった。
「ゆまもアレ食べたい!」
「いいけど、食べられるか? 粗末にはするなよ」
「あら、彼女の好きなようにやらせてあげてもいいんじゃないかしら。子供はワガママなぐらいでちょうど良いのよ」
佐倉さんと美国さんはそう言うけど……支払うのは帆秋さんだよね?
肝心の帆秋さんは、注文通りに新しいパンケーキがやってきて、同じように甘くするゆまちゃんの姿を微笑ましく見ていた。また食べる手が止まってたのは、気のせいだと思う。そう思うことにした。
でも、本当に多い。私はもう今の一枚で十分だ。欲を言えば、鹿目さんが食べているイチゴのも食べてみたかったけど……。
すると、視線に気づいた鹿目さんが少し考えた様子で私に告げた。
「わたしね、ほむらちゃんのホットチョコレートの食べてみたいんだけど……さすがにもう一枚は食べられないそうにないから、良かったら少しもらえないかな?」
「う、うん! もちろん……」
「ありがとう! 代わりにわたしのイチゴのあげるね。はい、あーん」
差し出された食べてみたかったパンケーキは、想像よりもずっと、甘かった。
それからしばらくして、あれだけあったパンケーキの山は一つ残らず消えていた。
私や鹿目さん、ゆまちゃんは早々に食べ終えたけど、主に佐倉さんと帆秋さんがひたすら食べ続けていた結果だ。巴さんと美国さんは途中からお茶をメインにしていたし、呉さんは角砂糖とジャムを入れた紅茶をセットにしていたから自分の分だけで完結していた。
楽しい時間はあっという間と言うけれど、本当にそうだと思う。
だから、ここからは少し違う。
巴さんが紅茶の入ったカップを置いて、目を細めた。
「……それで、美国さん。本当に食事しに来ただけじゃないでしょう?」
「根拠は?」
「ないわ。勘よ」
「当たり。二つほど忠告をしに来たのよ」
同じく美国さんも紅茶のカップを置く。そして、視線の先を巴さんから変えた。
「帆秋くれは、あなたはあまり神浜から出ないほうが良い。今日のように味方の魔法少女が多い状況ならばともかく、単独なんてもってのほか」
まるで警告のような言葉。『未来予知』を持つ彼女が言うそれには、嫌に真実味があった。時間を巻き戻した私が未来の出来事を知っているように、確信している。なにを見たのかは察するしかないけど、帆秋さんなら、きっと――
「それと、鹿目まどか」
心臓が跳ねた。
「自分を犠牲にしたり、粗末にしたりしないことね。もっとも……」
今度は彼女の瞳に私が映る。
ここに来て、あの悩みがもう一度現れた。間違いなく、美国さんは鹿目さんのなにかを見ている。私がやり直せることを教えたわけじゃないのに、さながら、決断を迫るよう。
他の誰かが言葉を口にする前に、真っ先に澄んだ声が聞こえた。
「私の分は信じるわ」
やっぱり、帆秋さんだった。
「話に聞いたけど、私を助ける手助けをしてくれたそうだもの。マギウスにいた時だって、最初からワルプルギスの夜を倒すためだったんでしょう? 信頼してるし、感謝だってするわ」
「わたしも感謝してるのよ。あなたのおかげで倒せたんだから」
「少し違うわ。あなたも含めたみんなの力よ」
力強い言葉で言い切った彼女は、思い出すようにゆっくりと一つ一つの出来事を紡いでいく。
「帆奈はもちろん、マミがいたから動きを止められた。杏子とさやかがいたから使い魔を足止めできた。ゆまがみんなを癒してくれた。織莉子が攻撃を予知してキリカが退避を手助けしてくれた。まどかの言葉が私たちに勇気を与えてくれた。そして、ほむらのおかげで、あの一撃が放てたのよ。あれは、最初から予知にあったの?」
そこで初めて、美国さんの目つきが変わった。
「同じように、まどかのなにかを予知したとしても。そんな未来はもう起きないわ。彼女には友達がいるの。同じ悩みを抱えて、嬉しいことも悲しいことも分かち合える人が」
「見てきたかのようね」
「経験したことよ」
美国さんは紅茶を飲むと、静かに笑う。
どういう意味だったかは、私にはわからない。
「ところでワルプルギスの時のあんたは?」
「……止めた? 無我夢中だったからあんまり覚えてないわ」
「自分でやったことは覚えといたほうがいいんじゃないですか……?」
「締まらねぇ……まあ、そこがコイツらしいか」
空気が戻っても、揺れ動く迷いまで帰ってきてしまっては、前のままじゃいられなかった。
帆秋さんたちが神浜に帰っていくのを見届けてから、私たちも解散した。
帰りは途中まで道が一緒だから鹿目さんと二人きりなのが、少し嬉しい。
「今日は楽しかったね! くれはさんって、あんなに面白い人だったなんてびっくりしちゃった」
「うん……私も、あそこまでとは思ってなかった」
会話の内容は魔女退治のことからパンケーキまで今日の出来事をなぞるように進んでいく。けれども、最後の美国さんの言葉を私は意図的に避けていた。
もう起きないと、帆秋さんは言った。確信めいていても彼女に『未来予知』はない。持っているのは私と似た『停止』の魔法。なんの保証も証明もしてくれない。
この時の私の顔は、またも難しくなっていたんだろう。ふと、鹿目さんが立ち止まった。私に向けられた彼女の表情は、いつになく真剣なもので少し驚く。けれどもすぐに、夕陽に照らされた笑顔に変わった。そして、言ったんだ。
「ほむらちゃん、わたしね、魔法少女になって良かったなって思うんだ」
それは、見透かしているように。
「急になにを言ってるのかなって思うかもしれないけど、聞いて欲しい」
「……鹿目さん」
肯定したわけでもない返事。彼女がなにを言うのか、不安だった。もしかしたら最後の一押しになってしまうんじゃないかって、耳を塞ぐべきなのかもしれないとさえ、思った。
「わたしにとって、魔法少女として戦うことは誇りなの。家族や友達を守れる。なったから出会えた人たちがいる。それは、わたしの宝物なんだ。みんなの小さな力が積み重なって、大きな力になる。ワルプルギスの夜を倒せたのも、そういうことなんだと思うな」
でも、その裏には明るさが感じられた。
今まで経験してきた出会いと出来事が、それを事実だと私の中で証明していく。
「だからね、自分を犠牲にしたり粗末にしたりしないよ。わたしは……ううん、わたしたちは、希望を願った魔法少女だから。その願いと祈りがある限り、大丈夫だよ。……って、ちょっと恥ずかしいな。えへへ……」
なんて、強いんだろう。
はにかみながら言うその姿は夕陽よりも眩しくて、信じたくなる。
塞ごうとしていた手が、優しさに溢れた彼女の手で包まれる。何度も触れたはずなのに、感じる温かさは私を芯から灯していく。
「くれはさんが言ってたよね、わたしには友達がいるって。あれは絶対に本当だよ。見滝原のみんなに神浜のみんながいるんだもん。それに――」
今度こそ、とろけてしまいそうな笑みを見せた鹿目さんは、言った。
「ほむらちゃんはね、わたしの、最高の友達だよ」
……友達。
それは。
「あり、がとう……」
涙があふれる。
この気持ちは、なんだろう。抱いたこの感覚は、今日よりもずっと前にあった。この時間じゃない、どこかで。
……ああ、そっか。
私、最初は……普通になりたいって、思ってたんだ。強くなんてなれなくてもいい。普通に授業を受けて普通に体育がしたい。病弱な私も、普通にみんなと笑って過ごしてみたい。ただ、それだけを願っていたんだ。
それが、鹿目さんと出会って魔法少女の世界を知って、いつの間にか、鹿目さんと同じになりたいって思った。彼女に守られるだけじゃなく、守れる対等の友達になりたいって思うようになったんだ。
魔法少女になったこと。それは全てが良いと思えることじゃないけど、なったから、得たものもあった。私がこうして鹿目さんと話せているのもそう。
だから、帆秋さんの言っていたことが理解できた。そして、私が感じた感覚も。
帆秋さんに感じた似ている部分は多分、そこなんだ。
私は一度、時間の輪から飛び出している。本来ならありえない同じ時を繰り返している。それは普通の人とは別の視点。俯瞰して見ていることになって、いつしか俗世離れしてしまうんだろう。
彼女からは私が時間を止めたときと同じ魔力を感じる。彼女も別の時間の流れに生きているようなもの。だったら、生き続けたら私と同じような認識を持つのかもしれない。
だけど、そうはならない。私も彼女も、かけがえのない人がいる。その事実がある限り、地面に足がついたままでいられるんだ。
実は……それ以外にも少し、ある。
例えば、勉強ができそうだって言われること。……私も、転校した最初はそう思われてたはず。眼鏡をかけてるから、頭が良さそうだって。ずっと入院してたからそんなことないのに。
でも、帆秋さんの勉強を見てくれる誰かのように、私にも鹿目さんが声をかけてくれた。
鹿目さんが私にしてくれたことは他にもたくさんある。保健室に連れて行ってくれたり、"ほむら"って名前を褒めてくれたりもした。彼女にとってそれは当たり前の行動だったのかもしれないけど、私にとってはなによりも輝いて見えたから。
鹿目さんへのこの気持ちは変わらない。関係性が変わっても、ずっと想い続けるだろう。
……きっと、これも同じなんだろうな。そのうえで、美樹さんや巴さんだって、無事でいてほしいんだ。佐倉さんやゆまちゃんもそう。神浜の魔法少女たちだって、同じ。
これは無理難題なんかじゃない。みんなで協力し合える。その輪の中に私もいて、同じでいられる。運命を受け止めて、希望を捨てていない。今日だって、揃って魔女に立ち向かえていた。
守りたかったものも、手にいれたかったものも、全部すぐ近くにあった。
最初の"普通"とは少し違うかもしれないけれど、今、立っているこの場所は、私が望んだ未来なんだ。
……もう、悩みはなくなっていた。涙と一緒に、どこかへ流れ出てしまったみたいだ。
「私、ここまで来れて、本当に良かった……」
どうして泣いたのかの理由を聞くこともなく、鹿目さんは私を待ってくれた。その優しさが、より心に響く。
だから手を繋いだまま、歩き出す。見慣れたはずの世界は生まれ変わったようで、鮮やかだ。夕暮れがいつも以上に明るくて、キラキラしていた。
見知った交差点が近づいてくる。もう少し、鹿目さんとこうしていたいけど。
「それじゃ、またね! また明日!」
「うんっ……」
笑顔で手を振る鹿目さんに同じく振り返す。
また、あした。その言葉にウソはない。
今の私には、明日がある。
おかしいよね。みんなはそれが普通なのに、届かない星に手が届いたみたいなの。
それが今さらな当たり前が、たまらなく嬉しくて、笑顔があふれた。
■今回の内容
第10章アナザー『辿り着いた場所』
■まどか
主人公。ほむほむのループ数の関係上、比較的普通(?)の魔法少女。
まどかさんと並ぶなんて恐れ多いッス……。
■ほむら
マギレコ時空はクーほむ化前にワルプルギス突破。最近はむしろクーほむがレアなのでは? まどかは訝しんだ。
盾の砂時計による一ヶ月限定時間遡行のことを考えると時系列がよくわからなくなる。出会ったのが早かったんでしょ(適当)。
■『時間操作』
ほむほむの固有魔法。まどかと出会ってからワルプルギスの夜が来るまでの一ヶ月分の時間を砂として砂時計にストックする。この砂を遮ることで時間停止ができる。落ちきると、砂時計を逆にしての時間遡行しかできなくなる。
なのでよく考えると、無事にまどかを救えても固有魔法が一切使えなくなり魔法少女としてほぼ死ぬ。まどかのためだけの魔法。この設定がそのまま存在していた場合、第二部以降のほむほむの戦力がガタ落ちする。
■Memories of you
ドラマCD。
最初の周のほむほむの話。魔法少女じゃないメガほむ。
■織莉子
ルートによっては家襲撃や学校襲撃は余裕でするし、魔法少女も殺す。ほむらにソウルジェムを砕かれるも最後の力でまどかを殺害したりする。その反面、ゆまの魔法少女化を阻止したりキリカと二人でワルプルギスを倒しに行くルートもある敵も味方もできるやべーやつ。
■帆奈ちゃん
実はイラストがおりこマギカのムラ黒江先生なので織莉子たちと混ざっても違和感がない。杏子ちゃんとゆまちゃんと並んでも問題ない。
くれはちゃんハウスはほぼおりマギ状態。