マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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正義と真実、神浜最後の逆転 前編

 

 

「はぁッ、はぁ……ッ! なによこれ……私が殺したの……?」

 

「……そうだ、アイツに押し付ければ……!」

 

「これで、バレるはずがない……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みなさんは『南凪の不審者』という噂話を知っているだろうか。南凪区在住でなくとも神浜中に広がるその名を聞いたことがあるだろう。少なくとも南凪自由学園に通っているのなら一度は耳にしたことがあるはずだ。

 

 その目撃証言は様々。新西区の花屋でアルバイトしながらバルーンアートをする姿があれば、大東区でキノコ探しに奔走している。あるときは北養区で同じ店に連日通い、中央区で怪力を発揮して復興の手伝いをする。参京区の商店街で買い物したあとなどは水名区のゲームセンターに入り浸り、工匠区でお弁当を買って帰るという話もある。

 

 本コーナーでは連載企画として南凪の不審者の実態に迫る独占スクープをお届けしよう。最近では都市伝説の類とされている彼女の真実の姿を、本紙記者観鳥令が余すところなく記事にする――

 

 これはその、取材の話……だったんだけどさ。

 まさか、あんな事件が起きて、十七夜さんと戦うことになるなんて、思ってもみなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の新聞部では、今日も今日とて記事の作成に追われていた。簡単に言えばネタがない。

 桜子さんにマスコットをやってもらって『桜の轍』を書き続けられていても、それは一つのコーナー。紙面全部を使うわけにはいかない。『ネコ日記』もそう。可愛い動物はウケが良いけどあくまでもそこ止まり。毎回撮れるわけでもないから頼りきりもいけない。

 

 そんなわけで、ああでもないこうでもないと部室で悩んでいるのが今の観鳥さんだった。

 

「│令、もう夕方│」

「え? うわ本当だ」

「│そろそろ帰らないとねむが心配する。令も頑張りすぎ。ずっと唸ってたよ│」

 

 心配そうに見てくる桜子さんの姿に、「やっちゃったな」とひとりごちた。

 こうも言われるなんて相当だ。今回ばかりは自分でもわからないぐらいに参っていたらしい。いやはや、魔女よりも難敵だ。

 

「確かに……そろそろ帰ろうか。残りは明日の観鳥さんが解決してくれると信じよう」

「│きっとできるよ│」

 

 まあ、結局解決しなくて徹夜する気もするけど、言ったら叱られそうだ。

 帰るのは確定としても、本当にどうしたものか。校内名物観鳥報は幾度も危機を乗り越えてきた。マギウスの翼で活動していた頃を除けば休刊なんてなかったんだ。今回も斜め上の方法を思いつけばいいんだけどな。

 

 なんてことを考えながら帰り支度をしていると、大きな音が耳に飛び込んできた。

 それは横開きのドアが勢いよく壁と衝突する音。急な現象に驚いて入り口を見ると、あの人がいた。

 

「話は聞いたわ」

「│くれは│」

「私よ」

 

 彼女はグッと威勢よく自分を指さす。唐突なのはいつものことだけど、急になに言ってるんだか。

 なんでも、観鳥さんが困ってることをどこかから聞きつけて来たらしい。質問したら妙に張り切った雰囲気で自信満々に言った。

 

「私を取材すれば記事ができる」

「前からネタがない時にたびたび記事にさせてもらってたけどさ……だいたいみんな知ってるんじゃないかな」

「それはスーパーとか南凪区でのことでしょう。もっと記事にしていない部分がある。例えば……私の一日とか、他の場所での活動を取材したことはないわよね?」

 

 言われてみると、丸一日帆秋さんのなんでもない行動を見続けたことはなかった気がする。観鳥さんといるときは一緒に行動する理由があるし、帆秋さんは帆秋さんで色んな人と用事があるからいちいち付いていくこともない。

 

 なんだ、探していたおいしいネタは案外近くにあったんじゃないか。

 最近は『南凪の不審者』という名称が尾ひれがついて噂になっているし、正しい姿を知らしめるチャンスだ。神浜は噂が広まりやすいし、十中八九余計なものが増えるんだから、観鳥さんが正解をつきつけてやらないとね。

 

 ……とまあ、こんな感じで意気込んだ。

 『南凪の不審者』が面白おかしく伝わっているだけならいいんだけど、この先、悪い意味になってしまうかもしれない。ネタになって、未然に防げる――帆秋さんを助けられるんだ。やらない理由がない。

 

 それが八割の理由。残りの二割は……ふふ、独占できる、優越感かな。

 

 こうして決まった密着取材は翌日から始まった。

 いつもより早く起きて、カメラの手入れをして支度を整える。両親に「あの綺麗な人に会うならよろしく言っておいてね」なんて茶化されるも、自分を褒められたように少し嬉しい。気分が軽くなれば手もよく動くもので、気がつけば予定の時間より前に電車に乗っていた。

 

 普段通りに駅で降りても、向かう先はちょっと違う。高級住宅街の奥に段々と見えてくる海がその家が近づいている証明。相変わらず、大きなお屋敷みたいな家だ。

 携帯で時間を確認してから両開きの門の前でインターホンを押すと、帆秋さんじゃない不機嫌な声が聞こえた。

 

「開けといたからさっさと入れば~? あ、やっぱ鍵かけとこうかな」

「あんまり観鳥さんを甘くみないほうがいいよ。潜入もお手の物さ」

「へぇ~……? なら、やってみる?」

「いいや。帆秋さんに変に思われたくないし」

 

 まったく、帆奈ちゃんはずっとこの調子だな。

 学校じゃ学年が上だからって先輩風を吹かすけれど、本来は同学年なんだ。これぐらいの言い合いはしたっていいだろう。

 

 言葉通りに開いていた門をくぐり抜けると、家の中では帆秋さんが待っていてくれていた。見慣れた南凪の制服だ。くっつくように帆奈ちゃんがいるのは、宣戦布告か挑発か。それでもまったく動揺せずに真顔なのは、慣れてきてるんだろう。

 案内してくれたリビングは以前に見た通り。家具は高級品なのに、駄菓子とかが混じっていて生活感がにじみ出ている。

 

「帆秋さん、今日はよろしく頼むよ」

「任せなさい」

「あたしもいるんだけど」

「放課後はウォールナッツに行くって言ってたじゃない」

「そうだけど。学校の間は一緒じゃん」

「確かに」

 

 む、事実だけどさ、そこで納得するかぁ……。

 ……って、今はそんなことを考えてる場合じゃない。もう取材は始まってるんだ。

 

「ひとまず一枚っと」

 

 しっくりと手に馴染むカメラでこの光景を切り取る。真顔の帆秋さんと、むすっとした帆奈ちゃんが映って――あれ? 

 

「ねみぃ……朝から元気だな……」

 

 奥の階段に繋がる通路からパジャマを着た佐倉さんが顔を覗かせていた。角度からして写真に入り込んだだろう。覚えた違和感はそれだった。

 

「ゆまは?」

「まだ寝てる。つーか、あたしもまだ寝る……」

「朝ごはん作っといたから勝手に食べててよ」

「ありがと、助かる……」

 

 本当に半分寝ているかのような言動だ。学校に通っていない彼女たちは観鳥さんたちと行動タイミングが合わないことがままある。もともと、魔法少女の活動をメインに行っていたんだ。夜型人間になるのも頷けるな。

 

 ゆまちゃんにも挨拶していきたかったけど、わざわざ起こすのも忍びない。寝室に戻っていく佐倉さんを見送って、そのまま三人で家を出た。

 雲ひとつない晴天で潮風が心地いい。天気予報じゃ、今日の神浜は一日中どこもこんな調子らしい。実に取材日和だ。

 

「朝はいつもこのまま? それともどこか寄ったりするのかな」

「どーだろ、あたしが来てからは見てないけど、どうなの?」

「そういえば最近はずっと直行してたわね」

 

 帆秋さんの家から学校までの道は知っている。この辺りは住居しか建てられないような土地だから、スーパーやコンビニはちょっと遠出しないとない。やっぱり、そこまではしないようだ。

 

 でも、観鳥さんは鼻がきくからね。聞き逃さなかったのさ。

 

「“最近”ってことは、前は寄り道してた?」

 

 すると、帆秋さんは考える素振りを見せてから、表情をほんの少し緩めて言った。

 

「……駅にね、寄ってたの。姉と妹は別の学校だったから、見送り」

「姉妹……」

「コイツの部屋の本棚のアルバム。あれにだけは写真あるよ」

 

 一瞬、マズいかと思ったけど……大丈夫そうだ。

 帆秋さんは三姉妹の次女ということは聞いていた。……その、どうして亡くなったのかも。それ以外のことは詳しくは知らない。無理やり聞き出すのも悪いから。

 

 ただ、今の会話から浮かび上がった疑問がある。聞こうか聞くまいか迷っているうちに、気づいたらしい帆秋さんが口を開いた。

 

「言ってなかったかしら。姉はリリアンナで妹は水名だったわ」

「……えっ!?」

 

 思わず漏れた声に、帆奈ちゃんが笑った。

 仕方ないだろう? どちらもド級のお嬢様学校だ。聖リリアンナ学園が企業なんかのお金持ち向けで、水名女学園が伝統を重視している違いがあるとはいえ、本質は似ている。言っちゃ悪いけど、南凪自由学園の校風とはまったく違う。

 どうやら雰囲気だけお嬢様の帆秋さんのお姉さんと妹さんは本当にお嬢様だったようだ。その帆秋さんが南凪にいる理由は、テストの点数だろうね。

 

 しかし、これで腑に落ちた。マギウス関係者を裁く裁判の証言集めにリリアンナに突撃したのに警察沙汰にならなかったのは、それが関係しているんだろう。

 

 正直に言えばもっと聞いてみたかったけど、通学路にはだんだんと他の生徒も増えてきている。

 

「わ、見て……あの人、すごくカッコいい……」

「高等部の人かな? 生徒会長とかかも……」

 

 少々遠くから聞こえたこの反応は、中等部の子かな。まだ知らないんだろうけど、見た目だけは良いからね。見た目だけは。

 とにかく、帆秋さんはただでさえ目立つんだ。プライベートな話をこんな場所でさせるわけにはいかない。本来の目的の取材に気持ちを戻して、学校の敷地を踏んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 昼を過ぎ、また放課後がやってくる。

 今朝聞いた通り帆奈ちゃんはウォールナッツに向かうそうで、高等部の教室に向かった時にすれ違った。他にはひなのさんもいたかな。やっぱり神浜マギアユニオンの関係で忙しいみたいだ。

 

 帆秋さんと合流して、肩を並べて歩く。こういうのもなんだか久しぶりだ。帆秋さんの周りにはどんどん魔法少女が増えていって、観鳥さんとひなのさんだけってことはなくなったんだから当たり前なんだけど。

 

「さて、南凪の不審者さんは放課後はなにを?」

「参京区。水徳商店街よ」

「となると……相談所? いや、買い物かな」

「当たり。杏子とゆま、そろそろ出かけるからプレゼントを選んでおきたいの」

 

 出かけると言ったのは、語彙力の問題ではなく心情的なものだと思う。

 佐倉さんたちはしばらく家を空ける。期間と行き先は曖昧。しかし、いつか帰って来てくれると信じているから、『出かける』なんだろう。

 プレゼントを買うのは……見送りパーティでもするつもりなのかもしれない。

 

「あの二人だし、甘いものとかかな。あの辺は和菓子に洋菓子と色々あるけど……」

「駄菓子屋」

「え」

「駄菓子屋に決まってるわ」

「断言した……」

 

 しかもどこで買うかは決めているらしい。水徳寺の近くにある駄菓子屋がオススメなんだとか。

 今時、個人経営の駄菓子屋さんが残ってるなんて珍しい。観鳥さんの心の取材メモに記録させてもらおう。

 

「でも、今は直接行かないわ」

「……ああ、選んでおきたいってそういうこと」

「わかったの?」

「単純な推理だよ。今朝、帆秋さんの家で駄菓子を見たことから始まる一連の流れさ」

 

 そこで観鳥さんは指を三本立てた。

 

「まず一つ。帆秋さんの家の周りにはコンビニやスーパーがない。駄菓子などを買うためには遠くに行く必要がある」

「そうね」

「次。佐倉さんとゆまちゃんはおそらく、主に午後から行動する。今朝は眠そうだったしね」

「いつもじゃないわよ」

「わかってる。で、最後。佐倉さんたちはその駄菓子屋でお菓子を買ってるんじゃないかな。あの小分けしてるタイプはなかなか珍しい。……つまり、万が一にも鉢合わせてプレゼントのことがバレるのを嫌がった。違う?」

「すごいわ観鳥」

 

 伊達に記者をやってないさ。こういう推理がスクープに辿り着かせることもあるんだから。

 

 ……って、観鳥さんの手を両手で包み込んで胸の前に持ってこないでよ。わかってない。この人、自分がどんな綺麗な容姿をしてて、そんな行為をしたらどれだけ勘違いさせるかがわかってない。あんまり他人にやらないで欲しいなぁ。

 

「でも、ちょっと惜しいわ。勘違いしてることがある」

「……あれ、そうかな? 合ってる自信はあったんだけど」

「私はイサド派よ」

「なんだそれ」

 

 帆秋さん曰く、『イサド』とはまた別の駄菓子屋だそうだ。言ってたのは『あした屋』。……もう、聞いてないからわかるはずないじゃないか。

 

 それでも推理自体は合っていたわけで、水徳商店街に着いてからは他のお店を見て回っていた。一応、こういうところにも駄菓子は売っている。これを参考にして、後で本命を考えたいんだとか。

 

 彼女がプレゼントを買うのはよくある。知り合いの子はだいたい貰ったことがあるんじゃないかな? なぜか的確に好きな物を当ててくるから、魔法少女の間じゃ地味に有名だ。

 だから、こういう良いところをみんなに知ってもらいたい。写真を撮る手はよく動いた。

 

 そして、通り道で写り込む魔法少女が二人。

 

「はいどーも! 毎度おなじみ毬子あやかです! ではここで雫ちゃん、一発ギャグを!」

「やらないよ」

「おっと厳しい! きびしい、きびし……まきびし!」

「……あれ、令さんにくれはさん」

 

 めげずに路上お笑いライブを続けている毬子ちゃんと、それを見続ける保澄ちゃんだ。近くのお店の人たちも、一応気にかけてはいた。目の前でやられている揚げ物屋さんにも迷惑がられてはいないみたいだ。

 保澄ちゃんとはマギウスの翼にいた時に色々とあった。あの頃は観鳥さんは焦っていて、保澄ちゃんは洗脳されていたなんて散々だったけど、今も時折会うぐらいには仲が良い。毬子ちゃんも一緒にいることが多いから同じ。知らない仲じゃあない。

 

 二言三言、言葉を交わすと、立ち話もなんだからと保澄ちゃんの実家である純喫茶に移動する。

 席に座って一番最初に注文を決めたのは、当然のように彼女。

 

「メロンジュース」

「そうだね。ってこれじゃメロンソーダじゃないかい!」

「ジュースよ」

「なるほど、そうだね。ってこれじゃメロンソーダじゃないかい!」

「天丼ね」

「雫ちゃーん! 天丼ある!?」

「大盛り」

「そうだ、くれはさんってあやか側の人なんだった……」

 

 ……うん、そうなんだよね。真顔でこういうこと言うんだよこの人。

 まあ、それはそれとして。

 

「観鳥さんはホットコーヒーで」

「ブラック、ですよね」

「うん」

 

 前に注文したことを覚えてくれていたらしい。

 ここのブラック、自家焙煎で自然な甘みを出してておいしいんだ。牧野チャンなんかメイドカフェで参考にできないかって密かに探ってるぐらいには上質なもの。

 

 それからあまり時間が経たずに運ばれてきたコーヒーの香りは素晴らしい。一口含んで味わう。やっぱり、これだよ。

 

 さてさて、ここで少し周りを見渡してみようか。

 コーヒーを楽しんでいるのは事実。でも、周囲からもそう見えるのならカモフラージュになる。まさか、良いネタが転がってないか探してるなんて思わないだろう。

 

「今度せいかとライブをやるって聞いたけど」

「おっ、お目が高い! 雫ちゃんも来てくれる?」

「行くけど、前みたいに私の家の前はやめてね」

 

 相変わらず話し続ける三人のその奥。

 

「万々歳、本当に50点だったね」

「大盛りサービスしてくれても、胃もたれがね……」

 

 どこかの女子生徒二人の声。万々歳は今回はいいかな、みんな知ってることだ。

 

「桜ビスケットは今年で終わりだそうだけど、次は桜ロールケーキが始まるそうだ」

「また楽しみが増えますねぇ、おじいさん」

 

 今度はどこかの老夫婦。桜ロールケーキは確か、ウォールナッツの新商品だったかな。これは記事にしたら良さそうだ。帆秋さんに提案してみてもいいかもしれない。戻ったら帆奈ちゃんに聞いてみよう。

 

「クッ……」

 

 って、なんだあの人。とんでもないハイペースでコーヒーを飲み続けている。あんなに飲んでたら胃に穴が開きそうだ。

 

 ……と、ここまでにしておこう。帆秋さんの視線が向けられてる。記者としての観鳥さんの癖はダメだね。今日は彼女が主役なんだから、浮気はいけない。

 

 しかし、会話の内容は特別気に留めることでもなく。いつものように帆秋さんと毬子ちゃんがボケて、観鳥さんと保澄さんが対応するという流れが繰り返されるばかり。

 ま、悪いことじゃない。平和とは代わり映えのしない日常さ。スクープを探す観鳥さんにとっては楽じゃないが、ちょっと面倒なぐらいが腕の見せ所ってね。

 

 帰る間際、保澄さんに許可を貰ってお店を撮らせてもらうことにした。雰囲気の良い純喫茶に過度な宣伝は逆効果だろうけど、身内に紹介するぐらいは良いだろう。

 

 外に出て、常に持ち歩いているカメラバッグからデジタル一眼レフカメラを取り出す。改めて眺めてみると、実に良い一枚になりそうだ。

 なんて思ってカメラを向けたら指が勝手に動いた。我ながらよっぽど撮りたかったらしい。

 

 いい感じに撮れただろうと確認する前に、店から慌てて出てきた帆秋さんの言葉が指を止めた。

 

「……杏子が捕まったわ」

 

 まったく、珍しいことに遭遇しやすい体質がこんなに嬉しくないのは久々だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帆秋さんと共に急いで向かったのは、調整屋だった。

 着いてから保澄ちゃんにワープさせてもらえばよかったと気づくぐらいには焦っていたんだ。それだけに、調整屋に行く意味を深く考えもしなかった。

 

 結論から言えば、『捕まった』とは言っても、十七夜さんに捕まったということらしい。

 されど、意味合いとしてはあながち間違いではない。

 

「容疑は魔法少女二名の殺害。……死体は消えたがな」

 

 十七夜さんがそう言った。

 その前ににはふてくされた顔でソファに座る佐倉さん。横にはみたまさんがいる。少し離れた場所には、ももこさんまでいた。

 

「つまり、どういうことよ」

「それを今から説明する」

 

 観鳥さんたちを座らせて、十七夜さんが語り出したのは今日起きたという事件だ。

 

 ももこさんがレナちゃんとかえでちゃんの二人と共に魔女を追って結界に突入したところ、最深部に着く前に魔法少女二人が力なく倒れているのを見たそうだ。両者ともソウルジェムが砕けていたらしい。すぐに結界は崩壊してしまって、遺体を回収する暇すらなかった。

 そして、外に出た後に近くにいたのが――佐倉さん、というわけだ。

 

「……いやいや、偶然近くにいただけじゃないの?」

「アタシもそう思ったんだけどさ……」

「あたしがやった」

「この調子だ。どういうわけか、『皆殺しにしてやった』という発言を聞いた者もいる。他にも目撃者がいたようで、この話は既に神浜に広がっていてな……束ねる者として、見逃すわけにはいかんのだ」

 

 目撃者がいて、本人が認めてる……? 

 ちょっと、これはマズい。発言の真偽の前に、これじゃ佐倉さんで確定してしまう。それに、この神浜でひとたび噂が広まればどうなるかわかったものじゃない。

 

 それに気づいたのか、帆秋さんが席を立って十七夜さんに詰め寄った。

 

「杏子がやったわけないじゃない。見間違いかなにかよ」

「だといいがな。証拠はあるのか?」

「ない。でも、あなたの『読心』やみとの『心を繋げる力』でわかるでしょ? 杏子の記憶を見ればそれで解決するわ」

「問題はそこだ。自分の魔法も万能ではない。強い意志で隠し通されれば見通せないのだ。そこを補うのが相野君の魔法なのだが……」

「無理やりやろうってんならこっちも抵抗する」

「とな。罪は認めてこっちは否定するときた。……佐倉君。帆秋もこう言っている。無実にしろ事実にしろ、これが手っ取り早いとわかるだろう?」

「嫌だね。どうして他人に心を見られなきゃならない。マミの時に経験してんだから尚更だ。他は見るなって約束しても、それが守られる保証がどこにあるんだ?」

 

 記憶の読み取りについて拒否する理由はなんとなく理解できた。過去を覗かれたくないんだろう。誰だって隠したい出来事の一つや二つはある。今まで何度も暴き立ててきたんだから、やられる側の気持ちもわかる。

 

 すると、帆秋さんは今度はみたまさんに近寄って話し出した。ポーズだけは内緒話のようだ。

 

「みたまの調整で見えたりは……」

「そんな便利なものじゃないわよぉ。見えちゃうだけだから好き勝手に探れないわ」

「ソウルジェムへの干渉だからな。互いに無理はさせられん。それで死なれても困る」

「つーか聞こえてるぞ」

 

 どうやら本気で聞こえないと思っていたらしい。ほんの少し、真顔が驚いた感じになった。 

 

 帆秋さんは置いておいて、一旦状況を整理してみよう。

 

 結界の中で魔法少女二人が殺害されていた。遺体は結界と共に消えている。

 佐倉さんは自分がやったと自供している。事実、近くにいたとももこさんたちが確認している。

 十七夜さんの『読心』で目撃証言の裏付けは取れているけれど、佐倉さんは記憶の確認を否定している……理由は憶測で言うなら、過去のこと。

 

 観鳥さんとしても、佐倉さんがやったとは思えない。不審な点が多すぎる。

 その点の確認や、亡くなった魔法少女の身元の確認とかすべきことは多い。本人の了承を得ないでも捜査できることはある。その結果待ちといきたいけれど……。

 

 最大の問題は、時間に余裕がないことだ。

 

 既にこの話が神浜に噂で流れている。それが致命的すぎる。 

 帆秋さんの知り合いを全て集めても、知らない神浜の魔法少女のほうが多い。ひとたび悪だと思われたら、噂に尾ひれがついて広まりやすい土壌がさらに追い立てるだろう。キリサキさんの噂のようにいずれ神浜を飛び出して、見滝原や風見野にまで届くかもしれない。

 一度広がった偽りを覆すには相当の苦労がいる。神浜だけでも大変なのに、別の街に飛び火したらもう手に負えないんだ。

 

 だから、今すぐ確認しなきゃいけないことがある。

 

「一つ聞きたいんだけど……十七夜さんはどっちだと思ってる?」

 

 観鳥さんはある種の確信を持って、それを聞いた。

 

 やったか、やってないのか。

 東のまとめ役であり、神浜マギアユニオンのコアメンバーである彼女の意見は大きい。

 

 質問を聞いた十七夜さんは、即答した。

 

「絶対だと信じているわけではないが、同程度にやっていないとも思っていない。だいいち、佐倉君は不法侵入に器物損壊、窃盗行為を働いていたと聞いているぞ。やってないと言われても、はいそうですかと信じられるわけがないだろう」

「ちょっと、十七夜……」

「事実だろう」

 

 まあ、そうだろうね。

 

 十七夜さんはこういう人だ。情がないわけじゃないのに、あまりにも正しすぎる。怖いぐらいに正論を振りかざして自分を滅する。

 正しいとなれば、一般人から見て残虐な行為も容易くするのだろう。極端な話だけど、神が洪水で地上を洗い流したように、この神浜を一度壊してリセットすることさえ実行してしまう気さえするんだ。

 

 だから人の心は読めても、心理までは理解できないんだ。誰もが納得できるわけがないのに。

 

「それでも、私は杏子がやっていないと信じる」

「……君は以前、調整屋で言ったな。幸福にも不幸にも逃げ込むのはいけないと。信じたいものだけを信じて思考の袋小路に入り込んでいるのは、そちらではないのか?」

 

 違う。ありえないもしもに包まれて目を背けてしまうことを恐れるのは、帆秋さんも同じだ。観鳥さんが断言する。

 ただ、なにか……ほんの僅かな差が、二人を分けている。対立を生み出しているんだ。

 

 青みがかった瞳と、灰色の瞳がかち合う。

 身長に差はあれど鋭さは同等。今にも変身して得物を構えそうな危うさすらあった。

 

「ストップ! くれはさんも十七夜さんも、ここで戦うつもりか!?」

「ももこの言う通りよ。互いに考えが違うのはわかるけど、二人で争ってる場合じゃないでしょう?」

「無論、手を出すつもりはないぞ」

「ええ」

 

 だけど無実を信じる帆秋さんと、事実である可能性を追及する十七夜さんの争いは避けられない。

 この時点で、二人共考えついていたんだろう。争いつつも手は出さず、無実ならば偽りを覆せて、周知できる方法を。

 

「桜子の法廷での裁判、できるんでしょ?」

「自分も提案しようと思っていた。そうなるかもしれないと連絡だけはしてある」

 

 そう、元マギウス関係者たちを裁いたあの法廷を使うこと。

 あそこで裁判をしたこと自体は既に広まっている……というか、広めた。同様に周知させることはそう難しくないだろう。判決というわかりやすい形として伝えられるのも良い。殺した、殺していないという禍根が残るよりかは鮮明だ。二度目ならスムーズに事が運ぶだろうね。

 

「おいちょっと待て。あたしはもともと神浜から出てくつもりだったんだ。面倒なことはやんないでいいよ、もう帰ってこない。それでいいだろ」

「そういうわけにはいかん」

「外に噂が流れるっていうのは、可能性だろ? それに本当でも、余計なのが近寄らなくなって好都合じゃん」

「……杏子、ゆまは一緒じゃないの?」

「急になんだよ。帆奈が連れ帰った。今頃家にいるんじゃねえの」

 

 どうやら乗り気じゃないらしい。また不審な点が出てきた。

 彼女だって裁判の有用性はわかっているはずだ。発言通りなら有罪になるだけのことなのに、妙に遠ざけている。……いや、なんだろうな、これ。

 

 結局、渋る佐倉さんに帆秋さんが説得を続けて引き出せた条件は『三日』。それを過ぎれば無理やりにでも出てくときた。容疑者なんだから逃げないでほしいんだけど、ここが魔法少女の難しいところだな。

 まあ、噂の都合上急がなければいけないのは同じ。受け入れられた。

 

「では明日は準備日、明後日を開廷日とする。三日目は予備日だ。裁判長は変わらず桜子君が、検事役は自分がやるが……弁護はどうする。常盤君や遊佐君に任せる手もあるぞ」

「私がやる」

 

 帆秋さんがそこを譲るわけがない。十七夜さんだってわかってたはずだ。静かに頷いたのが返答だろう。

 そして、今回ばかりは観鳥さんも譲れない。

 

「前はいろはちゃんが助手をした。次は観鳥さんが手伝うよ」

「……観鳥」

「ふむ、決まりだな」

 

 帆秋さんと肩を並べて、十七夜さんと向かい合った。

 

「帆秋、観鳥君。法廷で自分と戦ってもらうぞ」

 

 こうして、お世辞にも普通とは言えない、問題ばかりの魔法少女裁判が再び始まったのさ。

 

 




■今回の内容
 ないです。

■観鳥さん
 ほぼ主役。助手役なので本編で散々スルーされてきた調査パートが輝く。
 色々と捜査に役立つ魔法・アイテム持ちの頼りになる人。

■杏子ちゃん
 そろそろくれはちゃんハウスから出発しようとしていたところ、事件に巻き込まれる。裁判長! 彼女を見て下さい! この顔! 悪いことをする顔じゃないでしょう!
 パジャマのLive2Dが存在する(『波打ち際のリボン』など)。

■くれはちゃん
 蘇るポンコツ弁護士。やる時はやるので知力2割増し。
 姉と妹はまとも。

■イサド
 アニメ版6話に出てくる駄菓子屋。
 いろはちゃんとフェリシアがメロンアイスを食べていた。ということは、当然くれはちゃんはこっち。

■なんでまた裁判してるの?
 マギウス裁判や晴着さやかちゃんのドッペルで『勝訴』が出てくるから裁判はマギレコ要素。はっきりわかんだね。
 観鳥さん回、観鳥さんとの調査パート、有罪が決まっていない裁判と本編・後日談でやれない・やってなかった要素を注ぎ込んだら完成した。
 



 

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