マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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IF 突入! 莉愛様とモデル業に励むルート!

 もしも。

 

 もしも、帆秋くれはが阿見莉愛とより親しかったら。

 なにかの気紛れで勉強を教えもらう仲になり、弁護側に共に立ち、吉良てまりに夜遅くまで付き合い、万年桜のウワサに別れの意味を伝え、そして、ミラーズで手を掴んだのなら。

 彼女は神浜マギアユニオンの結成式で、こう言ったのだろう。

 

「莉愛、あなたと一緒にモデルをやらせて」

 

 ――これは、そんな可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼下がりのウォールナッツには、珍しく客がいなかった。

 それもそのはず。今日は定休日で、普通なら私も来ない。

 

 けれど目の前には注文したメガ盛りオムライスがあって、ほかほかの湯気が食欲を刺激し続けている。私に食べて欲しいと待ち続けているのよ。わかってはいるのに、大好きなはずなのに、食べようとしてもなかなか手が前に出ない。

 

 それがじれったかったのか、視界の端からひょっこりと見慣れたコック服が入ってきた。

 

「どうしたんですか阿見先輩、いつもなら貪りつくすのに」

「言い方! そんな食べ方してないわよ!」

「元気はあるみたいですね」

「あったり前じゃない! 気持ちが沈んだら健康にも悪いし、メンタルケアも万全よ。さすが私、美に対して油断がないわ!」

「ナルシストも相変わらず。まったく、心配するだけ損でした」

 

 と言ったものの、なんとも言えない違和感が戸惑わせているのは事実だった。

 おそらく原因は、わざわざ隣に座った後輩が持っているファッション雑誌『BiBi』にある。ぺらぺらとめくられるページに載っているよく知った顔。相変わらず白磁のように美しい肌。特集らしくいくつか続いた姿の途中、射抜くような青みがかった黒の瞳と、視線が合った。

 

「帆秋さんが本誌にね……」

「すごいですよね、クールビューティーの新星とか書かれてますよ。ほんっとに黙って立ってるだけなら綺麗なんですけど」

 

 むむ……。

 

「ほぉ~……テレビ出演のオファーの噂なんてのもありますよ。出身地の南凪地域ドラマの撮影にも、ですって。ボロが出ますねこれ」

 

 むむむ……。

 

「わかってはいたけど……わかってたから並び立つ存在なのだけど……」

 

 どうしても、納得できない。

 

「ああ、もう! 食べても食べても太らない! メイクなしでも綺麗で汚れもしない! どんな現場でも長い髪が乱れない! よく考えなくてもおかしいわよ!」

「いや試作品に加えてメガ盛りオムライスとオニオングラタンスープを食べてる先輩も相当ですよ」

「ふんっ!」

 

 ……いけないいけない、落ち着くのよ阿見莉愛。お肌に悪いわ。

 オムライスを口に運ぶといつも通りにおいしくて、少しは平静を取り戻した。

 

「だいたいなんですか、嫉妬ですか。モデル業を手取り足取り教えるって意気込んでたじゃないですか。先輩もモデルとしては新人もいいとこなのにマネージャーさんにお願いしたり、くれはさんのために相当頑張ってたと思うんですが」

「いいえ! 私が一番なんだから、嫉妬されることはあってもするわけないわ!」

 

 ましてや、相手は帆秋さんよ。あの美しさがモデルをやることで周知されるのは嬉しいし、協力してあげたいと思っている。彼女と共に磨き上げれば私ももっと上を目指せるに決まっているのだから。

 

 でも。

 

「納得できないのは本当よ。具体的になにがって言うと……ううん……維持……かしら? 私だってなにもせずにオムライスを食べてるわけじゃないんだし……」

「はあ」

 

 なんというか、上手く言葉にできなかった。

 納得できないというのも仮に使っているだけで、しっくりこない。羨ましいとかズルいとか、そういうものじゃないはず。悪感情じゃなくて、いまいち乗り切れない違和感とでも言うべきもの。たぶん、単純に不思議に思ってるだけなんだろうけど。

 

 その証拠に、気分が落ち込んだり味がマズくなったりなんてせず、ちゃんと意識して本質の味を感じられている。嫌な感情を持ってるわけじゃない。

 

 そんなことを話していたら、閉じていた店の扉が開いた。

 さては胡桃さんの関係の誰かか、間違えて入ってきた誰かかと振り向いて確認すると、見えたのは私と同じくらいの身長をした美人。確かめるまでもない。

 

「帆秋さん!」

「うわっ、急に目の色変えましたよ。忙しい人ですね」

 

 彼女は私たちにすぐ気がついて、いつもの真顔ですたすたと歩いてきた。

 

「莉愛、あなたも呼ばれてたの」

「あなたも? ……胡桃さん?」

 

 もしかしてと目線を向けると、事もなげに腰に手を当てて「最近ずっとこの調子じゃないですか。こうでもしないと学校でも気になるんですよ」なんて言う。

 やられた。私が来たのは試食して欲しいメニューがあると言われたからだった。本命はこっちだったのよ。

 

「ほらほら、聞きたいこと聞いて解決しちゃってください」

「なにか癪だけど……まあいいわ。せっかくだし、なにか注文なさるかしら」

「メロンジュースとメロンアイスを」

「……あら?」

「わかりました。先輩、まだいります?」

「え、ええ。もちろん。最後は甘酒ですわ!」

「うち洋食屋なんですけど……なんですかそのこだわり」

「ふふふ……甘酒はビタミン・ミネラル・ブドウ糖……そして必須アミノ酸が含まれている完全栄養食よ。疲労回復効果があって、美容に良い、まさに飲む点滴だわ」

 

 胡桃さんは呆れているようでも、食事に気を使っている点は同じ。理解はしている。

 けれど、目の前の先に座った帆秋さんは首を傾げていた。

 

「まだお酒を飲んじゃいけないと思うんだけど」

「“酒”と付いてはいますが、甘酒にはアルコールが入ってないものがあるんですよ」

「……そういえば真里愛が言ってた気がするわ」

 

 本気で言って……るのよね、彼女のことだし。

 帆秋さんの知識って変に偏ってるか、まったく知らないかのどちらかなのよね。栄養バランスどころか賞味期限すら気にしなさそうで不安だわ。綺麗なままだし健康だとは思うんだけど。

 

 胡桃さんが席を立った後、せっかくの気遣いを無駄にするわけにもいかず、抱いていたその疑問をぶつけることにした。

 

「ところで、いつもなにを食べてるのかしら。例えば和食は健康に良いし、エンドウ豆も美肌に良いのだけれど、気を使ったり――」

「メロン」

「ええ、ですわよね! 知っていましたわ!」

 

 簡潔な予想通りの答えに、変なことはしていないようでむしろ安心した。メロンとは言うけどメロンパンとかちゃんと食べてるもの。

 はず、なんだけど。違和感は消えない。むしろ大きくなった気さえする。

 

「でも、一緒に住んでる更紗さんまでメロンじゃないでしょう?」

「そうね、朝と夜は自分で作ってるわ。あと最近は色々とこだわってるみたいで試食を頼まれるのよね。私はメロンがあればいいんだけど……」

「試食? それって……」

「彼女ならウォールナッツの料理教室にも来てましたよ。誰かさんと違って手際も良いですし。はい、こちらメロンジュースとメロンアイスです」

 

 戻ってきた胡桃さんが渡したメロンジュースは、一瞬で消えた。ええ、いつものことよ。だから二杯目が最初からある。

 

 にしても、更紗さんに教えたメニューの説明をしてもらうと、どれもこれも量が多い。二人分どころかそれ以上作っているみたいで、試食という名目で食べさせているのは明白だった。

 

「結構大食いなんですよね、大量の試作品ケーキを食べてもらったこともありましたからよく覚えてますよ」

「れいらのためよ」

 

 胡桃さんが言うには毎日ウォールナッツケーキを食べていたらしくて……太らないのは前かららしい。試作品を食べてもらうのにはぴったりね。

 それにかこつけてか、今度メガ盛りを超えたメニューを練習で出すらしいけど、オムライスだったら私も参加――いっ、いえ! 絶対にカロリーが危ないわ!

 

 と、そこで頭の中に直接声が響いた。

 

『ほら先輩、解決しました?』

『……まだね。維持の方法が納得できないのはあるけど、それじゃないわ。参考にできそうにもないし』

『はあ、じゃあ他にはないんですか』

 

 違和感は残ったままで、むしろ話を聞いていたら増した気さえする。

 原因を確かめるには彼女に関する他のことを聞かないと。気になるのは……。

 

「……そうよ、成績。この前の勉強会で教えた結果はどうだったかしら」

「観鳥に驚かれたわ」

「おお! 先輩って教えるのが上手かったんですね!」

「当然ですわ! だってこの阿見莉愛が見てあげたんですもの!」

「まったく変わってなかったの」

「やはり先輩じゃダメでしたか」

「なによその変わり身の早さ!」

 

 なんでも国語だけがマシな状況は変わってなくて、他は赤点ギリギリの出来……どころか、小テストで脅威の0点を叩き出したらしい。なによ0点って、今時漫画でもそんなベタなのないわよ。

 

 聞けば聞くほど違和感は増していく。それはそれで大変だけど……このままじゃいけないわ。

 

「真面目に言うけれど、あなたもそろそろ進路を決めたほうがいいわよ。私としてはモデル業を続けてほしいけれど、あなたの人生はあなたのものなんだから。お節介だと思うけど、もう少し勉強もしておいたほうがいいわ」

「そうよね」

「聞いてるんですかねこの人」

「こういう言い方の時は大丈夫よ」

 

 ほんの少しだけ語調が違うのよ。なんだかんだで勉強会に来る彼女が適当に済ませるはずがない。

 

 それに、同い年だし彼女の成績のことも理解できた。学生と魔法少女とモデルの兼業、大学に進むなら受験勉強だってあるなんて、とんでもない過密スケジュールだわ。

 

 もっとも、帆秋さんはただでさえ多忙のイメージがある。

 最近は落ち着いているみたいだけれど、少し前までは毎日どこかに駆けずり回っていた。泳げないのに五日間連続同じプールに毎回別の人を連れて行っていたり、ハイキングに行った帰りにまたハイキングしたりしていたという。

 そういえば、私と初めて会った時はファミレスを回り歩いていると言っていたような……いけない! ますます違和感が増してきたわ! ここでこの話はストップ! ストップよ!

 

「わっ、わからないことがあれば私に相談するのよ。いつでも電話していいから」

「なら、今いい?」

 

 すぐ聞かれるとは思わなくて、ちょっと動きが止まる。

 でも、頼りにされていることが実感できると嬉しいじゃない。だから二つ返事で「もちろん!」と返事をしてしまった。

 

「次の撮影が近いのだけど、モデルってなにが大事なのかしら」

 

 彼女が言うには、クール系モデルとしてやっていくことを勧められても、そもそもモデルに必要なものがわからないらしい。

 学校のことじゃなくてもそれも勉強のひとつよね。むしろ教えやすいわ。

 

「当たり前だけど、見た目を維持するための自己管理よ。太らず、細くなり過ぎず、怪我せず、日焼けせず、肌荒れせず、周囲に期待されている自分を裏切らないように普段の生活で身体を作る習慣。ポージングやウォーキングはその前提があって成り立つんだから」

「くれはさん青くなってますけど」

「なぜ!?」

 

 覚えることが多いからか、維持が大変なことに気づいたからか。まったく変わらない彼女は不自然にたじろいだ。

 ま、まあ……既に完璧なんだからいいのかしら。

 

 じゃあ代わりにと、前置きして指摘したのは服。

 

「いつ誰が見てるかわからないんだし、普段着も気をつけるの。常に見られている気持ちでいないと」

「そうよね。似合ってない服を買うと帆奈に怒られるし」

「なにを買おうとしたんですか」

「メロン帽子」

「なぜです!?」

 

 それは相当気を付けないとギャグにしかならない。更紗さんの気持ちもわかる。

 

 だけど、それでも着こなすのがプロよ。使い道はあるわ。

 前にどんな恰好でも似合うと言ったら、胡桃さんに「それなら囚人服とかも似合うんでしょうね」とか言われたけれど、当然よ。この阿見莉愛の美しさに看守がひれ伏すわ。

 

 まったく自分の美しさが怖い。元が良いとなにを着ても似合ってしまうのですから!

 

「はいはいそうですか。心の声が出てますよ」

「なら手間が省けましたわね! ありとあらゆるファッションアイテムで私に似合わないものなんてないのですわ! なんでも持ってきてよくてよ、おーっほっほっほ!」

「ほんとポジティブですね」

 

 ちらっと帆秋さんを見ると、思い出したとばかりに口を開いた。

 

「ちょうど良かった。かのこが誰かに試着してほしいものがあるって言ってたの。確か、マーリンギ・ミラクルスイマーだったかしら」

 

 ――イヤな予感がした。

 言葉の意味が半ば理解できてしまうのが逆に恐怖。マリン、エリンギ、ミラクル、スイマー。ひとつ、明らかにおかしい。矢宵さんの時点で奇抜なファッションセンスなのはわかってるけど、それでも特に宇宙的怪異じみたオーラがする。

 

 この話も、止めよう。

 

「モ、モデルには他にも重要なものがあるのよ……」

 

 もっと教えるべきことはある。それを言うのよ!

 

「運動! 柔軟も大切よ!」

「そうよね」

「ぜんっぜん曲がってない! 鉄ですかあなたは!」

 

「ポージング! 斜めの角度……って、なんで真顔でダブルピースするのよ!?」

「ちょっと待ってください。言われたポーズができなくて今までどうやって写真を撮られてきたんですか……?」

「撮影現場に観鳥がついてきてくれたの。普段通りにしてればいいって教えてくれたから」

「ああ、なるほど……じゃない! ポージングも演技の範疇なんですかあなたは!?」

 

「メイク! とっておきのを私が手取り足取りやってあげても――」

「このみが教えてくれたわ。途中で顔が赤くなってたけど」

「ぎゃふん!」

「リアルにぎゃふんなんて言うの先輩だけです! このみさんは限界突破した見た目に照れてるんです! あーもーツッコミが追いつかないんですよ似たのが二人いると!」

 

 ……と、結局のところ違和感がなくなることはなく、終始この調子で時間ばかりが過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気になって仕方がない帆秋さんの撮影当日、私は密かに現場へと来ていた。

 どうやって日時を知ったか? マネージャーに聞けば一発よ。だって同じ担当ですもの!

 

 もちろん、バレないようにサングラスとマスクで変装もしている。この私の美貌をダイレクトに晒しては人目を集めてしまうからしょうがないわ。

 

「さてと、帆秋さんは上手くできてるかしら」

 

 遠くから見てみると、既に始まってからしばらく経っているようで独特の雰囲気が出ている。

 ただ立っている帆秋さんを撮っているようにしか見えないけれど、その美しさが隠しきれないのか、私以外にもギャラリーが集まっていた。

 

「見て、すごい綺麗な人!」

「誰誰? BiBiの撮影?」

「うおっ、なんだあの子……!」

 

 立ち止まった人たちから思い思いの言葉が飛び交う。クールだとか、綺麗だけどちょっと怖いとか、そういうのが多い。七海やちよと似ているというものもあった。

 

「――そういうところなのよね」

 

 まったく、わかってないわ。

 似ていると言っても違いはあるし、そんな表面上だけの感想じゃ理解しきれてない。

 

 七海やちよは、クールの中に柔らかさがある。ただ冷たいだけじゃあの人柄と視線は出ない。じんわりと伝わってくる暖かさが愛嬌と呼ぶものなら、私が知らない心がそこにあるんだろう。それこそが立ち振る舞いと人気を証明してるの。

 

 そういう意味では、帆秋さんは湖を覆う一面の氷ね。ただ黙って立っているだけでは、突き刺すような冷たさしか感じられない。内側の水は凍っておらず、それどころか温泉のようにあたたかいのに、触れなければわからない。

 

「ほんとは別の側面で押し出すべきなのよ。彼女の魅力はそこじゃなくて――」

「先輩、なんで後方から腕組みで眺めてるんですか」

「げえーっ!? どうしているのよ!?」

「まなかは買い物です」

 

 急に現れた胡桃さんの手には買い物袋。事実らしい。

 

「不審者みたいな行動まで似始めたのかと思ってこちとら心配してるんです。二人とも顔は良いんですから並んでると騒がれるのはわかりますけど」

「ふっ……わかってるじゃない。ですがそれも仕方のないこと……美の化身の前では当然のことなのですわ! おーっほっほっほ!」

「つ、都合の良いところしか聞こえてない……」

 

 そう言われても、これのどこが不審者なのかしら。帆秋さんを見てるだけなのに。

 胡桃さんはわざとらしくため息をつくと、横に立って現場を見始めた。

 

「くれはさんのこと、本当に気に入ってますよね」

「むっ、また口に出てたかしら」

「見てればわかりますよ。前からそうでしたし」

「そんなにわかりやすい?」

 

 否定はしないけど、あからさまに表現していたわけじゃない……ような。すぐに表情に出る帆秋さんじゃあるまいし、目立ったことはしてないはずだけど。

 すると、胡桃さんは「なにを今更」と突きつけた。

 

「だっていつも一番になりたい目立ちたがり屋が、自分に並ぶなんて言い出すものですから。内心びっくりしてたんです」

「それはそうよ。認めるべきものは認める。当たり前じゃない」

「じゃあなんで太らないこととか納得いってないんです?」

「……あれ、なんで……かしら」

 

 それが体質なら、別にいいじゃない。強みとして称えたいわ。

 

「維持できることが羨ましいわけじゃないわ。でも、違和感はあったままで……」

「それ単純に心配なんじゃないですか?」

「へ?」

「簡単に維持できるからこそ胡坐をかいてるんじゃないかとか、不健康な生活をしてるんじゃないかとか」

 

 言われてみると、食べ物や運動は健康を気にしてたし、ポージングやメイクの話をしてる時よりもモヤモヤが減ってたし……あれ、違和感って、それ?

 

 一度気づくと、するすると糸が解けるように思考が巡っていく。

 

 ああ、そう、そうよ。

 同じ立場になったことで、彼女の美しさが損なわれることが余計に許せなくなった。他者によるものでも、自己によるものでも、自分と同等なのだから、防がないといけない気持ちになってた。

 

 同時に、一番でありたいのに並ぶ者がいることで、対抗心と心配がない交ぜになってたのよ。

 トップに立つということは、誰かを蹴落とすということ。ある意味では敵で、その宿命を抱えたままでいたものだから曇っていた。

 

 でもね、自分のために手助けしないなんてありえない。

 帆秋さんは――くれはは、一緒にと頼んだのよ。私だって、彼女と共にありたい。

 

「……まなかはもう行きますよ。ふたりっきりで話したいことがあるんでしょう?」

「まったく、勘が良いんだから。ありがとう」

「ふふん、伊達に一緒にいませんからね」

 

 見ると、ちょうど帆秋さんは撮影が終わったようだった。

 サングラスとマスクを外し、胡桃さんと入れ替わるように彼女に近づくと、またすぐに気づいてくれたみたいで真顔のまま手を振ってくれる。まだギャラリーはいるのだから、当然視線は私のほうにも向けられた。

 

「わあ、あの人も綺麗!」

「確か本誌に載ってたような……」

 

 やはり騒がれるわね。それが良いのですけど!

 

 ……良いのだけど、今日ばかりはファンサービスをし続けるわけにもいかない。スタッフの方に挨拶をした後、彼女の手を引いて近くの喫茶店へ。特に疑問を言うこともなく、すぐに付いて来てくれた。

 

 対面に座った彼女は当然メロンソーダを注文する。その変わらない姿には一種の安心感さえ覚えた。

 

 だから、指摘するべきなの。

 

「単刀直入に聞くわ。身体を壊したり、無茶な真似はしてないでしょうね」

「ないわ」

「まあ、見ればわかるわよ。いつも通りで変わらないもの。でも――()()()なら、私がメガ盛りオムライスを食べていたらあなたも注文するでしょう? なにかあったの?」

「……心配事があるって、わかるのね」

 

 その言葉に遂に納得がいく。違和感という名の心配は、これを無意識に感じ取っていたのよ。

 

 彼女はスマホを取り出して操作すると、いくつかの写真を見せてきた。私が載ったBiBiに、七海さんの特集ページ……全部モデル関係のもの。

 

「やちよと莉愛の写真は、私にないものがある。それがなんなのかわからないの」

「だからなにが大事かって聞いたのね」

 

 モデルを始めてみて、参考にと私たちの写真を見た結果、疑問を抱いたらしい。やるからにはちゃんとやりたい、という本気の思いが生み出したんでしょう。彼女らしい。

 でも、これだけじゃ解決の糸口が見えない。もう少し取っ掛かりが欲しい。

 

「ぼんやりでいいわ。感じたイメージはある?」

「堂々としててカッコいい、とか」

「当然ね。私を期待して見てくれる人に情けない恰好を晒すわけにはいかないもの」

「やちよは?」

 

 そこで、少し考えた。自分のことならすぐに言えるけど、彼女のこととなると。

 

「……七海やちよは……やちよちゃんは、誇りと自信を持って仕事をしているから、カッコいいのよ。一言じゃ表現できないぐらい真摯に、本気でやってるから」

 

 と、言い切ってからハッと口を抑えた。

 

「やちよちゃん?」

「そっ、それは、その!」

 

 いやいやいや落ち着くのよ阿見莉愛! まさか私が彼女に憧れてるだなんて気づかれるわけには! どうにか聞き間違いということに――する必要、ないような……。

 

「あなたになら隠す必要もないわね……」

 

 バレるわけにはいかないと思っていたのに、むしろ隠し事をするほうがかえって恥ずべきことのように思えた。

 

「ライバルとか打倒とか言ってるけれど……ほっ、本当は大好きで……ファンでもあるの……」

「知ってるわ」

「ええ、知って……へえっ!?」

「だってやちよを見るあなたの目、輝いてるもの」

「い、いつから……」

「あの裁判が終わったあとぐらい」

 

 どうやら勉強を教えているときや、放課後にウォールナッツに行っている間に気づいたそう。むむ……そういえば結構やちよちゃんの話をしていたような……今後は用心が必要ね。

 

「初めて会った時、打倒って言ってたから嫌いなのかと思ったけど、段々違うんじゃないかって思って。だから気づいたの」

「そうね……彼女は私の憧れよ」

 

 それこそ――魔法少女になる前から、私には手の届かない人だって雑誌で眺めてたんだから。

 一時はもう追いついた存在なんて思ってもいたけど……触れれば触れるほど、その差が見えた。魔法少女として、プロとして、同じステージに立ったのだから、やるべきことは決まってる。

 

「でもね、憧れであっても、もう手が届かない存在じゃない。ライバルよ。絶対追いついてみせるんだから!」

「カッコいいわ」

「ええ! おーっほっほっほ!」

 

 なんだか柔らかくなった表情を見ると、私の違和感は遂に消える。

 表明と在り方が解決への一助になれたのなら良かった。

 

 最後に答えを見つけ出すのは自分しかいないのだから張り切りなさいとエールを送り、その後はいずれ主役の座を射止める私たちの未来に乾杯する。

 注文した紅茶は熱かったけど、それさえも祝福されてると思えた。

 

 けれども。

 

「……莉愛?」

 

 確かに、最初の違和感は消えた。

 漠然と感じていたそれは本を正せば心配だったというだけで、すぐに解決できた。

 

 だから、違和感とは別の"違和感"を。

 そういうものだと受け入れていた疑問を、気づかないフリをしていた問題を。体質と割り切らずに解決しないといけない。

 

 メロンソーダがなくなって、紅茶がずいぶんと冷めた頃。私は口を開いた。

 

「ひとつ、いい? あなたの姿が変わらないのは、本当にどういう理屈なの? もしかして……」

「願った結果よ」

 

 そのあっさりとした言葉と反比例して、ずきりと胸が痛んだ。

 どんな奇跡を願ったかは人それぞれ。明るく正しい周知できるものならともかく、とても言えないものさえある。それは私だってよく知っている。

 

 デリケートな問題ならば言う必要はないと、今さら引けないのに臆病にも似た心が叫ぶ前に、彼女はあたたかな瞳で私を見た。

 

「いいの。あなたの秘密を教えてくれたのだから、私も教えるわ。もっとも、もう隠すつもりもないけど――」

 

 話してくれたのは、彼女の魔法少女の始まりだった。

 起きた不幸と、その結果願った『大人になりたくない』という想い。それはモデルとして似合う大人らしい衣装とは真逆のもので、二葉さんが一般人には見えない透明人間になっているように、帆秋さんも『願い』の効果で変化しない身体になっているということ。

 

 それってつまり、一番ツラかった願った日の顔のままってことじゃないの。

 これをなりふり構わず観鳥さんを取り戻そうとしていた頃に聞いていたのなら後悔していたはず。でも、奥底にある心は変わってる。氷だって、溶けている。

 

 なんだ。この違和感は、もう解決していたのね。

 さっきの心配事もそう、見た目は変わらなくても、変わっているんだもの。

 

「きっと今のあなたになるまでに、私が知らないことも色々あったのね」

「ええ。色んな人と出会って、色んなことがあって……でも、莉愛のおかげよ」

「私?」

 

 彼女は私の手を握って、落ち着いた声で言った。 

 

「昔はね、着せ替えられることが嫌だったこともあったのよ。今も少し揺れるけど……あなたと一緒にモデルをしていたら克服できたみたいで……嫌いなままじゃなくて、本当に良かったなって思うの」

 

 否定、したくなかったのね。

 姉妹の役割を押し付けたご両親は頭に来るけど、彼女にとってはそれが愛だったはずだから。

 

 帆秋さんは手を離すと、今度はほとんど見たことがない表情をして矢継ぎ早に言葉を紡いだ。

 

「それだけでもモデルをやった意味はあると思う。でも……お金目的でやってみて、初めてあなたの頑張りがわかったの。これは片手間にできることじゃない。本気で、真剣に取り組まないといけないことなのね。満たされた私じゃ、進む道を汚してしまいそうだから――」

「いいえ」

 

 強引にでも、()()()()()()()今度は私から手を掴む。

 あなたの人生はあなたのもので、最後に答えを見つけるのは自分自身しかいなくても。名残惜しい顔をされたら、黙ってられないじゃない。

 

「あなたは私に並び立つ存在! これからも頑張ってもらわないと困るのよ!」

 

 いずれ主役の座を争うことになろうとも、あなたには輝いていてもらいたい。一番に立つ私が認めたのだから、胸を張って誇ってほしいの。

 

「だから、次は私を助けていただけるかしら。南凪の不審者さん?」

「……莉愛、ありがとう」

 

 あなたならば、どこまでも信頼できる。

 いつか全てを――魔法少女になった『願い』ですら、私もさらけ出せる日が来るのかもしれないと、心の底から思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、またウォールナッツに来た私たちは、メガ盛りオムライスを超えたオムライスを目の前にしていた。

 

「さあどうです! このためにお皿も新しくしたんですよ!」 

「こ、これは……」

「すごいわね」

 

 テレビで見る大盛りグルメの特集でもなかなか見ないサイズ。いったい何個のタマゴを使ったのか想像もできない。それでも見た目が崩れてないあたりは胡桃さんの技量が伺えるけど……複数人で挑戦しても食べきれるのかしら……これ……。

 

「やちよが喜びそうだわ」

「なら、いたら良かったわね」

 

 大忙しの人気モデルの彼女が大食いなわけないし、オムライスが好きだったのかしら。にしても、都合よく来るわけ――

 

「呼んであるわよ」

「え?」

「彼女もいたほうがいいかと思って」

「ええっ!?」

 

 バーンと漫画みたいな音と共に入り口が開かれる。いた。

 

「やちよ!? 七海やちよ!?」

「最初みたいな反応するのね、阿見さん」

「な、ななな……名前、覚えて……っ!」

「帆秋さんと仲が良いあなたの話はよく聞くのよ。特に最近はモデル関連でも、ね」

 

 ふ、ふふ……覚えられちゃった。あのやちよちゃんに!

 じゃない! 落ち着きなさい、落ち着くのよ阿見莉愛。ここは毅然とした態度で!

 

「今日は見学? 私たちの勇姿を見に来たのかしら?」

「いえ、ウォールナッツで特別な大盛りメニューを出すっていうから挑戦に。しかも成功したら次回来店時に使えるクーポンが貰えるそうじゃない。みかづき荘のため、食費のため、ここで勝つわ」

「私もよ。食費が浮くと、メロン代が増える」

 

 帆秋さんはともかく、今の。

 

「かっ……」

「か?」

「解釈違いよーっ!!」

 

 ――人は誰しも知られざる一面があるのだと、深く知った日だった。

 




■今回の内容
 『あの日の一番を超えて(復刻)』(一部分)
 阿見莉愛 魔法少女ストーリー 3話『トップモデル・阿見莉愛』(一部分)
 日向茉莉 魔法少女ストーリー 1話『シュシュ→イヤリング』(一部分)

■本編との違い
 もしもモデルをやることを選んだらルート。莉愛様からの信頼度がさらに高いレベル。
 本編ではここまでではないものの、これに近い程度には高く、似たような出来事が起きているかもしれない。
 
■莉愛様
 ギャグもシリアスもできるパーフェクトな魔法少女。
 戦闘力も高く、心優しく、頼りになる本当にすごい人。メンタル面も強い。凄ェ! さすが莉愛様ァ!

■まなか先生
 莉愛様と組み合わせた時の動かしやすさ、ツッコミ能力の高さとあまりにも便利。
 最初の頃からくれはちゃんのことを莉愛様の同類だと思っている。

■演技
 くれはちゃんは『マジカルハロウィンシアター』に参加していないので、やちよさんが演技できないことを知らない。
 ただしやちよさんは『梶の葉伝説物語』を通過すれば改善される。くれはちゃんは無理。

■マーリンギミラクルスイマー
 なぁにこれ。
 水着ほむらちゃんのMSSで登場したり、水着杏子ちゃんのマギアのレア演出で出てきたりする。妙に見滝原組と関係が深い。

■このルートに入ってた場合
 リカバリーにおそろしく苦労するか再走です。
 










■『砕けてなお美しく』
 莉愛様の専用メモリア。不穏に砕け散った鏡。
 ミラーズ第11鏡層にて、かつて同じ水名の同学年だったみたまさんから「鏡には気をつけてね」と言われている。その場では冗談のようだったが、ひょっとするとこれがドッペルの原因になるのかもしれない。


 もしくは――鏡の迷宮たるミラーズで、並び立つ存在を救ったのかもしれない。


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