マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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実録! 夜の町を駆ける謎の影

 夜の街というのは、非日常的で、現実的な世界だ。

 煌びやかなネオンや稼ぎ時の居酒屋が多い道はスキャンダルの宝庫。ハメを外した大人とか背伸びした学生がちらほら見える。

 取材で遅くなった日は意識して通ることも多くてさ、今日もまた、耳をそばだてて歩いてたんだ。

 

「遅くなっちゃったよねー、もう居残りなんて勘弁だよ」

「最近は変な噂もあるし、イヤだよね」

「噂?」

「ほら、アレだよ。人気のない道を小さな白いものが駆け抜けていくって噂――」

 

 それは、前を歩くどこぞの学生二人組の声だ。

 噂と言ったら、観鳥さんは身近にいる"ウワサ"をイメージするけど、この場合は本来の意味だろう。こういう真偽不明の原石を手探りの状態から探るのも悪くない。良いネタになりそうだ。

 

 手ごろな目的を手に入れると、途端に足取りが軽くなった。

 

 本音を言うなら、なんとなく、このまま帰りたくなかったんだ。

 モヤモヤとした胸の感情に特別な事情があるわけじゃない。夕暮れに寂寥感を覚えたり、わざわざ遠回りをして帰路につくような、誰にでもある些細な変化で、既に何回も経験してること。

 むしろ、こんな気分の日は特ダネが手に入ったりすることもあって、やる気は十分だ。珍しいことに出会いやすい体質も役に立ってくれるはずだしね。

 

「よし、取材開始といこうじゃないか」

「そうね」

「うわっ!?」

 

 いつの間にか、横には帆秋さんが立っていた。すまし顔をしているけれど、本当に気配もなにもなかったんだ! 

 そんな観鳥さんの表情から察したのか、彼女は事もなげに言った。

 

「普通に来て普通にいたわよ」

「そ、そうかな……帆秋さんだし、そうか……」

 

 見れば、手にはメロンアイスが握られている。提げているメロン柄のマイバッグにはメロンパンやメロングミなんかが山積みで、どうやらコンビニかスーパー帰りらしい。だったら偶然来て、気づかないうちに横に来たということもありえるんじゃないか……と、納得した。

 だけど、この量には違和感がある。今食べたのもいつもよりリッチな商品だ。

 

「金欠じゃなかったっけ」

「杏子とゆまのお菓子代が浮いてるのよ。少しさみしいわね」

 

 理由を感じさせる、ほんの少しの変化を帯びた小さな声だった。

 

 そうだ、あの二人はもう出発したんだった。

 と言っても、持ちきれない荷物は置いてあるらしく、本当にちょっとした旅行感覚らしい。余計な心配をすることでもないだろう。目的を果たしたら帰るだろうし、実際「困ったら戻るかマミんとこに転がり込むよ」と言っていた。

 

 しかし、帆秋さんまでここにいるとなると、あの大きな家には今はひとりしかいないはずだ。

 

「帆奈ちゃんは? 今頃待ってるんじゃないの?」

「そうだったわ」

「ほらやっぱり」

「これも帆奈に買ってきたのよ。留守番してもらってるし、そのお礼もあるから」

 

 ぐっと持ち上げたのはメロン柄のバッグ。

 

「てっきり全部自分で食べるものかと思ってたよ。彼女、メロンに辟易してそうだし」

「そうよ、おいしいのに。ただ……なぜか私が食べさせると機嫌が良くなるの」

 

 脳内の帆奈ちゃんのイメージがにたりと笑った。

 間違いなく、狙ってやっている。ああ見えて意外と策略家だからねぇ。

 

 このまま一緒に取材をしてもいいけど、その帆奈ちゃんが明日学校で不機嫌になることだろう。

 別に観鳥さんは構わないし、面白いネタが撮れるに違いない。でも、桜子さんに変な影響を与えないようにって柊さんに言われてるんだ。混沌とした行動が原因で、南凪の不審者がもうひとり誕生してしまったらさすがに手に負えなくなるよ。

 

 とにかく、そのこともあって遠慮する。

 すると「私も今日は帰る」と帆秋さんは言ったけど、少し間を置いてから、なにかを思い出すように考え始めた。

 

「ねえ観鳥、取材って明日もするわよね」

「放課後はその予定だけど……」

「私って新聞部だったわよね」

「半分化学部だけどね」

 

 わかりきっていることを聞いてどうしたのかと思っていると。

 

「明日、一日付き合うわ。観鳥の日常を私も経験したい」

 

 なんて、珍しくぐるぐるとした目をして、また突拍子もないことを言い出したんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観鳥さんの日常とは、なんだろうか。

 帰る際も、寝る前も、起きた直後でさえその疑問はあった。文字通り常日頃とか普段がそうなのだとしたら、ありのままでいいんだろうけどね。

 

 答えをいつまでも考えても仕方ない。頭を振って切り替えると、いつも通りに朝早く動き出した。

 思考はクリア。ぼやけてるのは徹夜明けぐらいなものさ。それに、登校するまでの余裕はたっぷりある。学校に行く前にカメラの手入れをしておきたいし、まだ見ぬネタが転がってるかもしれないだろ?

 

 準備も済んで程よく時間が過ぎたら、家族揃っての朝食。こいつは持ち寄った情報の報告会みたいなものだ。血は争えないというか、両親もそう。近所のゴシップネタが好きでよく話している。

 

 もっとも、最近はちょっと事情が違った。

 

「令、くれはちゃんは次いつ来るって? 楽しみにしてるのよ~」

「おいしいメロンが手に入る予定でな。ほら、あの子好きだろ?」

「ははは……聞いとくよ」

 

 こんな感じに、"私"のゴシップのほうに興味が移ってしまっている。いや、これじゃまるで親戚の子が遊びに来るみたいな様子じゃないか。

 

 最初の頃なんて家に呼ぶのはちょっと緊張したものだけど、今や気楽なものだ。帆秋さんの裏表のない性格が好印象だったのか、生粋の南凪の人間だから心配もなかったのか、むしろ両親が呼んできて、先に家にいたりもするぐらいには馴染んでる。

 ま、悪い気はしない。知り合いが他人、それも両親に良く思われるんだ。素直に喜ぶよ。

 

 ……それに、白羽根だった頃は心配かけたんだ。帆秋さんの協力で誤魔化せたとはいえ、負い目がある。これぐらいはね。

 

 そうこうしているうちに出発する時間になると、カバンを持って席を立った。

 

「じゃあ、行ってきま――」

 

 玄関を開けた。

 

「おはよう」

 

 いた。

 

 あまりのことにドアを閉めて、もう一度ゆっくりと開けてみる。すると、隙間から綺麗な髪が見えた。やっぱりいる。

 観念して外に出ると、朝の爽やかな風に乗って嗅ぎ慣れた良い香りがした。

 

「明日って言ったでしょ」

「言ってたけどさ……」

 

 一日に付き合うって、玄関の前で待機してたんだろうか。

 前も家に押しかけてたらしいし、観鳥さんがいない間は普段の奇行がさらに激しくなってたって聞いたけど、こんな感じなのかねぇ。

 

 まあ、結果を言ってしまえば“こんな感じ”だった。

 

 登校中は並んで歩くものだから目立って仕方がない。観鳥さんも身長は166cmってそこそこあるから、完全にモデル体型の帆秋さんと並ぶと余計に人目を集める。これ自体は二人で行動すると慣れっこだからいいんだけど、大東区から電車の中でもこの調子だ。

 

 人目を引くということは、気をつけないといけないことでもある。朝のラッシュじゃ痴漢が起こりやすいだろ? 観鳥さんが隣にいる以上、手を出そうとしたら証拠と共にしょっ引くだけだけどさ。

 しかし、帆秋さんみたいな一見気の強そうなタイプには逆に来ないだろう。それも判断できなきゃ……ま、迂闊に触れたら粉砕骨折するだろうね。リンゴどころかフライパンを粉砕できるんだから。

 なんでわかるかは、そりゃあねえ。一緒に乗るのは初めてじゃないわけだし、そういう愚鈍な輩は少なからずいるわけだ。

 

 さて、電車は大東から工匠、栄に少しばかり入って南凪へ。

 降り立ったホームの海に近い空気には、少しばかり同じシャンプーが混じっていた。

 

「くーれーはー?」

「あっ」

 

 予想通りに改札前では帆奈ちゃんが待ち構えていて、三人で歩くことになる。

 ここまで来ると観鳥さんたちのこともよく知られてるね。あらゆるネタを見逃さないから敵を作りがちな観鳥さん、知り合い以外には近づこうとしない帆奈ちゃん、()()()()()()だ。周囲が勝手に距離を取ってくれるからありがたい。

 ただ、帆秋さんの知り合いとなるとまた別。

 

「おっとくれは選手が面白いことに! このめぐる、しかと実況をさせていただきます!」

「あらあら、元気なのは良いけど怪我はしないようにね?」

 

 こんな感じでめぐるちゃんや真里愛さんまでも加わると、普段よりずいぶんと騒がしくなったものだ。観鳥さんひとりじゃこうはならない。一日に付き合う……ということだったのに、彼女の影響が強すぎて趣旨が変わってしまっているんじゃないだろうか。

 

 帆秋さんはさすがに授業中はいないものの、昼には一番に教室に乗り込んで来た。けどやっぱり帆奈ちゃんがくっついているし、その後ろには桜子さんまで付いて来る。

 

 放課後、新聞部としての活動を始めてからもそう。

 桜子さんと話していると、帆秋さんが帆奈ちゃんとめぐるちゃんを引き連れてくる。

 部室はあまり広くない。空き教室で一人で勝手に始めたものだから仕方のないことだけれど、五人もいたら余計に手狭だと思うだろう?

 

「くれは選手、ペンを持って……回した! なッ――これはミスでしょうか!? 吹き飛んだペンがホワイトボードに突き刺さったーッ!!」

「あんたってさー、練習してないことはぜんぜんできないよねー。しても殆どできないけど」

「│ホワイトボード、貫通してる│」

「うーん、部室でネタが生まれてる……とりあえず撮っておこう」

 

 真顔のまま青ざめるなんてこっちは器用なことをしてる帆秋さんと、綺麗に突き刺さったペンのマッチ具合がちょうど良い。困ったら使おう。

 

 されど、これが普通かと言われると、違うだろうな。

 いつもは桜子さんと帆秋さんがいるかいないかで二人か三人だし、そもそも部室を使わないことだってある。帆奈ちゃんとめぐるちゃんまでいるのは特殊だ。

 

「準備できたし、そろそろ取材に出よう。帆秋さんは付いてくるとして……」

「│私はみかづき荘に用事がある。灯花とねむの付き添い│」

「あー、そういえばあたしもブロッサムに買い物があったかなー」

「ということはめぐるだけ――ちょっと帆奈さん!? おおっ、桜子さんまで!? めぐる選手っ、両腕を掴まれて連行されていく! い、いやほんと、なにっ!? 確かにめぐるは迷惑もいっぱいかけるお騒がせマシーンだけどこの扱いは――ああ、そういうこと! もう実況スイッチはオフだよだからせめて引きずるのは――」

 

 横開きのドアが閉められて、部室に急に静けさが戻った。

 あの子、実況しないときは静かなんだけどけどねぇ。ちゃんと話も通じるし、気も利くんだけど。

 

「みんな行っちゃったわね」

「気を回してくれなくてもいいのにね」

「なにが」

 

 ぽかんとしてる原因は、お昼を食べてる時に「一日付き合う予定なの」と本人が口を滑らせたからに違いない。

 自宅で言ってなかったのかちょっとした問題は起きたけど……せっかくその帆奈ちゃんまでもお膳立てしてくれたのだから、無駄にするわけにはいかない。手早く荷物を持って街へと繰り出した。

 

 今日の狙いはもちろん小さな白いものが駆け抜けていくという噂。

 これには結びつきそうな話があった。

 

「小さなキュゥべえって、普段なにしてるか知ってる?」

「街中を歩いてるらしいけど」

 

 怪しい白い影と言ったら、あれだ。

 帆秋さんが言う通り、あの子は放し飼いになっている。一般人には見えないけど、素質がある子には見えるんだから奇怪な噂になっていてもおかしくない。まずはその線から攻めてみようというのが観鳥さんの勘だ。

 

 調べるには行動範囲を絞るのが難点だったけども、そこは帆秋さんの交友関係がうまく働いた。

 

「あやかのお笑いライブにたまに来るし、ウォールナッツで料理を食べてたり、電車で見たり、参京院にいたり、千秋屋にいたりするわ」

 

 まあ、神浜全域が対象になったからあまり意味ないんだけど。

 桜子さんも合間にできるだけやってみると言っていたし、こっちはいつも通り足で稼ぐしかないわけだ。

 

「でも、よく覚えてたね。キュゥべえは嫌いだってよく言うじゃないか」

「あの子はなにか違うみたいだし」

「散々投げてたって聞いたけど。しかも全力で」

「……そうだったかしら」

「似てるところあるんだけどねぇ」

 

 小さなキュゥべえは神浜中を巡り、魔法少女たちと積極的にコミュニケーションをとろうしているように見える。帆秋さんも神出鬼没なあたりが特に……言うのはやめておこうか。これ以上は観鳥さん的にも良くない。

 なにせ、あれを完全に信頼してるわけじゃないんだ。表情豊かでもキュゥべえなことには変わりない。

 

 それはさておき、調査は南凪区から始まり――まったく進展がなかった。

 これもよくあることだ。狙ったネタの情報が絶対手に入るわけじゃないし、そもそも神浜中を動き回る相手と簡単に巡り会えるわけがない。

 そう、普通なら仕方がないって諦めるだろうさ。だけど、観鳥さんの体質を信頼してくれてるんだ。

 

 捜索を続けて日が傾いて来た頃、チャンスは来た。

 

「……いた」

「さすがね観鳥」

 

 人気のない路地裏に走っていく白いもの。間違いなく小さなキュゥべえだ。

 これからは尾行の時間。帆秋さんの苦手な範囲に入る。後ろで静かにしていてもらって――三件ほど、小さなキュゥべえが接触した人物から取材をすることができた。

 

「帆秋も知ってる通り、かみはまんじゅうは好きヨ。ただ、アレが持ってきたのは素直に受け取れない。本物かどうかも怪しいネ」

 

 とは美雨さん。

 

「あのお饅頭ねー……アタシもそれだったよ。得体の知れない存在だし、結局はキュゥべえだからねぇ。このはとあやめにも伝えとくよ」

 

 これは葉月さん。

 

「だって普通にスーパーで売ってるエリンギよ? さすがにそれじゃインスピレーションも興奮もないっての。だいたい、物とかお金で釣ろうとするのは――あれ? どうしたのくれはさん」

 

 最後のはかのこさん。

 それぞれ贈り物を渡されようとしたものの、受け取り拒否していた。

 

「やっぱり街中を歩き回ってることに間違いない。人通りが多い場所にも出てるし、見つかって噂になったっておかしくないな」

「噂の内容って少し違わなかったかしら」

「そういうものだよ。完全に一致してるほうが珍しい」

 

 こうやって軽くまとめて、帆秋さんにも意見を聞く。だいたいの流れだ。

 稀に帆秋さんの意見がきっかけになったりもするんだけど、今日は大多数のほうらしい。途中からなにかを気にし始めて――

 

 頭の中のスイッチが、裏側に切り替わった。

 

「魔女の反応……!」

「あっちよ。魔女の口づけを受けた子がいる」

「見失ったし取材は一時中断! 行こう!」

 

 これは確かな日常だ。魔女を見つけたら倒す。魔法少女の基本は観鳥さんにも染み付いている。

 それぞれ変身して結界に飛び込むと、口づけを受けた被害者が複数いた。

 

「数が多い……二手に分かれる?」

「いえ、この反応……」

 

 集中すると魔女以外の魔力を入り口から感じた。これは魔法少女のもので、記憶の中のパターンと一致させると……常盤ちゃんだ。すぐに着物のような魔法少女衣装が見えて、正解だと判明する。取材の時といい、帆秋さんといると妙に他の魔法少女に会う気がするな。

 彼女は観鳥さんたちを視認した後、周囲を確認して「なるほど」とつぶやいた。

 

「どうぞ先へ、ここは引き受けます。安全な場所に誘導して誤魔化すのにひとりは必要でしょうから」

「ななかも一緒に行ってもいいんじゃないの」

「いえいえ、ふふふ……」

「こりゃどうも。そっちも気をつけて」

「お気遣いありがとうございます」

 

 護衛を考えたら近接を得意とするどちらかが行ったほうがいい。帆秋さんに誤魔化しなんてできるわけないし、正確な判断だ。

 もっとも、他の理由があるのもわかってる。実は取材をした三人にも似たような反応をされたんだ。察せられたというか、邪魔しないようにというか……あのかのこさんまでそれだから、ちょっとばかし調子が狂うし、少しの恥ずかしさもあった。まったく、飄々としたいつもの観鳥さんはどうしたんだか。

 

 さて、そんな思いのまま踏み込んだ最奥では、積み上げられた石塔たちと共に、ベルのような魔女が鎮座していた。

 帆秋さんにアイコンタクトで合図を送ると、一足飛びにカトラスが奴に振り落とされる。それが開幕だと身体に染みついているんだ。だから観鳥さんはただ自分の仕事を。前線で翻弄する動きを見て、構えたバズーカの引き金を引けばいい。

 

 彼女は石塔を転々と跳ねることで、空を飛ぶ魔女に追いつき攻撃を仕掛けている。使い魔に移動を邪魔されそうなとき……魔女が高く飛行して逃げようとするとき……そこを()()()()()()()。あの速度だろうと、誤射なんてするわけがない。

 

 煌く鋼と轟く爆音。魔法少女にはなんてことのない戦闘の光景。

 されど、二つの音のぶつかり合いと、この匂いは。

 

「……懐かしいな」

 

 思わずこぼれた言葉が、記憶を表層へと抱え上げた。

 帆秋さんの魔法少女の知り合いが少なかった頃は、こうして二人で、時にはひなのさんも交えて魔女退治をしたんだった。ひとりで戦った頃、白羽根として黒羽根を率いた頃、それぞれに思い出はあるけれど、その記憶がもっとも鮮明に浮かぶ。

 

 そりゃ、二人で戦うのはブランクがある。互いに他の魔法少女と連携することも多い。

 だけどね、信頼して背中を預けて戦う魔法少女は観鳥さんが最初だったんだ。そこは先に出会ったひなのさんにも負けちゃいない。彼女がなにを目的として、なにを得意とするのか。驕りもなく、理解できているんだ。

 

 一際大きな炎がぶつかる。よく効いているらしく、魔女が大きくぐらりとぶれる。

 

「ここだ――」

 

 今は言葉も合図も必要ない。石塔を駆け上がる帆秋さんの前方にとびっきりの砲弾をくれてやる。

 すると、吹き飛ばした大きな石片が爆炎と共に空中を舞って――当然、その場に『停止』する。煙を裂いて蹴って上へ上へと駆けていくのはお手の物。既に魔女は高所に陣取っているものの、これなら届く。

 

 頭上にいくらかチカチカとした光の反射が起きたかと思うと、最後のあがきか、魔女が長い腕を観鳥さんに伸ばしてきた。

 だけど、心配はない。

 

「やらせない!」

 

 だってさ、ここには帆秋さんがいるんだもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔女退治の後、常盤ちゃんから面白い話を聞けた。

 

「小さなキュゥべえは魔法少女に積極的に接触しようとしている反面、普通の子からは隠れるようです。それでも素質がある子には見えるわけですから、噂のような事態になったのかと」

「なるほどねぇ。じゃあやっぱり、あの子の仕業だったわけだ」

 

 正体を知っている子はそもそも噂にしない。素質がある子に見えたとしても、スルーして隠れようとする。そしてあの小ささとよくわからない生き物のフォルム。謎の白い影が通ったとしか言えないだろう。UMAの類と騒がれてないだけまだ穏便だ。

 

 常盤ちゃんは「また次の会合で」とにっこりとした笑顔で去っていったけど、帆秋さんはコンビニに寄ってくると行ってそそくさと別行動。怖かったんじゃないかな、あれ。 

 

「ふぅ……見出しは『実録! 夜の町を駆ける小さなキュゥべえ』ってところか」

 

 今回のネタは学内には張り出せない。神浜マギアユニオン内での報道だ。キュゥべえに非友好的な魔法少女も多いわけだし、この記事は小さなキュゥべえを、ひいてはみかづき荘の子の心を守ることになるだろう。

 

 だけど、まだなにかが引っかかる。

 観鳥さんの観察眼と経験、それと勘がここで止めるなと告げている。

 

 その時、観鳥さんのスマホが鳴った。珍しいことに柊さんだ。

 

「│もしもし│」

「……さ、桜子さん?」

「│ねむが電話していいって│」

 

 彼女ってスマホを持ってなかったっけ。いや、そもそも0歳児の彼女が電話をできたのかとか、そういう心配は余所に本題は伝えられた。

 

「│噂の詳しい内容が聞けた。詳しく見た人はみんな、白いのはビニール袋だって│」

「ビニール袋? それで贈り物を運んでたのかな」

「│しかも、中にはメロンパンが入ってたって言う人もいた│」

「へえ、メロンパン……え?」

 

 確か噂の内容は『人気のない道を小さな白いものが駆け抜けていく』というもの。小さなキュゥべえは大通りにも出ていた。人気のない道がブレじゃなかったとしたら。

 まさかと思って横を見ると、またいつの間にかいた帆秋さんはメロンパンを食べていた。今度はビニール袋に大量に入れていて……いや! まだ決まったわけじゃない。

 

「……帆秋さん、夜中に急いだりしてた?」

「あんまり帆奈を待たせてもいけないし、バイトが遅くなったら走って帰るわ」

「大通りを?」

「大丈夫。ちゃんと人気のない道を選んでるわよ」

「│あと灯花に噂のデータを集めてもらったら、南凪区と新西区だけ多かった│」

「間違いなく帆秋さんだ……」

 

 自分が原因だと気づかず、自信満々に事情聴取に答えてくれる姿からは……また南凪の不審者の名が広がるだろうと確信が持てた。

 先に謝っとこう。ゴメン、ひなのさん。これはネタになる。

 

 いくら変身してなくても帆秋さんが本気で走ればそうなる。しかも夜中だ。白いなにかが通り過ぎて、それがビニール袋を持った女子高生が高速で走り去ったものと思うだろうか。メロンパンが見えたこと自体、偶然だろう。

 結局、実態は二つあった。小さなキュゥべえのものと帆秋さんのが、重なってわかりづらくなっていたんだ。

 

 噂を解明して、夜も更けていく。

 学生が補導される時間も近いっていうのに、肩を並べて歩く大通りはやっぱり騒がしいままだった。

 

 結局、いつもの日常とは程遠かったと思うけど、帆秋さんはどうだったんだろうか。

 そう思うと、自然と口が開いていた。

 

「どうだった? 一日付き合ってみてさ」

「観鳥といられたから楽しかったわ。やっぱり、好きよ」

 

 一瞬、言葉に詰まった。

 

 またここまでストレートな言葉を投げられるとは思ってなかったんだ。好きって、色んな意味があるだろう? 帆奈ちゃんは妹みたいな扱いだし、観鳥さんは相棒のようなもの。()()()()()()に一番近いのは、なんだかんだでこのみさんな気がしていた。

 もっとも――本人がなにを考えて言ったかの追及は、今度のお楽しみにしておこう。

 

「まったくもって観鳥さんの普段じゃなかった気もするけどね」

「でも、写真は撮れたんじゃないかしら」

「あははっ! そうだね」

 

 一日で十分な量のネタが集まったし、そこは感謝だ。ひとりじゃこうはいかなかった。

 だけど、ちょっと気になることはある。

 

「ところで、どうして付き合うなんて言い出したのさ」

 

 途端に目がそっぽを向いた。なにかを隠してる。

 

「いいよ。だいたい見当はついてる――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り際に足を向けたのは工匠区。デンキ街だった。

 この時間ならまだいる。その確信を持って店のドアを開くと、やっぱり桃色の姿が見えた。

 

「やあ牧野チャン」

「むっ、今日はもう閉店だよ~?」

「固いこと言わないでよ。メイド長さんに用があって来たんだから」

 

 ブラックコーヒーを飲むほど長居するつもりもない。近くに寄って、本題を切り出した。

 

「ひとつ聞きたいことがあってね……帆秋さんになにを言ったのさ」

「もう、なんのこと? くみにはぁ、わかんな~い」

「こっちはこっちでわかりやすいなぁ……」

 

 帆秋さんが隠し事ができないことは牧野チャンだって知ってる。それでもあえて伝えたのなら、観鳥さんがここに来ることも想定してるはずだ。

 

「う~んとね……最近忙しいみたいだし、令ちゃんとの時間が減ってるんじゃないかな。あんまりうかうかしてると、くみがラブきゅんのメロメロにしちゃうぞっ! ……って」

「焚き付けたわけだ」

「ちょっとしたお節介だよ。せっかくまた一緒にいられてるんだから、友達は大事にしないと」

 

 うーん、あんまり会ってないように見えたのかな。

 確かにマギウスの翼に入る前より帆秋さんの友人は増えている。それに伴って彼女のスケジュールはさらに埋まって、校内でも帆奈ちゃんやめぐるちゃんが付き纏う有様だ。昔と同じ時間は過ごせてないだろう。なにより、もう少し静かだったはずだ。

 

 それに、素に戻って言った言葉は、牧野チャン自身にも向けられているように思えた。

 

 一緒にいられる友達――友杞ゆみさんのことも、理由のひとつだろう。元々、彼女がドッペルを出したことが観鳥さんがマギウスの翼に入った遠因だ。いくらか話も聞いていた。

 中学一年生の頃からの知り合いで、バレー選手とアイドルの夢を交換した、ふたりでふたつを叶えようとした子。牧野チャンがアイドルを目指せるきっかけを願ったのも彼女だそうだ。

 

 身長が高くて、落ち込んでいる時に励ましてくれて、自分のことを思って行動してくれる存在。

 共に夢を叶えようとする親友がいかに大事か、知ってるわけだ。

 

「でも思惑はちょっと外れたね。帆秋さんがいちゃ、観鳥さんの普通の日常にはならないよ。気が休まらない」

「……ふふっ、ほんとかな?」

 

 優し気な声になにかが引っかかって、考えてみる。

 "いつも"とは、なにか。

 

 ――ああ、そうか。

 

「白羽根をやってた頃が長かったのかねぇ」

「うんっ、それがいつもの令ちゃんなんだね」

 

 なんてことはない。

 あの騒がしい、帆秋さんがいる普通じゃない日々が、普通の日常だったんじゃないか。

 




■今回の内容
 小さなキュゥべえ 魔法少女ストーリー2話 『実録! 夜の町を駆ける謎の影』
 牧野郁美 魔法少女ストーリー1話 『ふたりの夢』(一部分)
 牧野郁美 魔法少女ストーリー3話 『ふたつの夢を守るために』(一部分)

■観鳥さん
 星5に昇格してアニメに登場した活躍ぶり。
 くれはちゃんに付いて行って実況しているめぐるを優しい目で見ているとかいうウワサ。

■小さなキュゥべえ
 タイム短縮のためにひたすら投げられていたヤツ。
 それ以外にあんまり出番がなかったのは……モキュだし……。

■いくみん
 気配り上手のメイド長。
 今回のみゃーこ先輩の胃痛の遠因。

■友杞ゆみ
 忘れちゃいけないいくみんの重要ポジションの子。180cm。
 第二部第6章にもそれらしき子がいるので、この時期も当然いる。

■くれはちゃん
 どこに行こうが知り合いがいる。
 魔法少女の知り合いが70人近くいるせい。第二部に入るとまた増える。

■常盤ちゃん
 観鳥さんの組長の呼び方。
 忘れがちだが同い年(中学三年生)。
 
■神浜の路線図
 第7章『楽園行き覚醒前夜』のマップやアニメに出てきたもの。
 大東区、工匠区から伸びるものは中央区に直通しないようになっていて、西側に行くには少し遠回りがいる。ここにも東西関係が滲み出ている。

■ペン回し
 みふゆさんの得意技。
 何か月かの厳しい受験勉強のおかげで上達した。


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