マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート   作:みみずくやしき

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新たな息吹より

 

 肌を刺すような冷たい風に、ぞわりと震えた。

 既に太陽は地平線に消えていて周囲は暗い。団地の屋上から見える景色には、カーテン越しの家庭の明かりがあるぐらいで特に面白いものはなかった。

 

 背中を向けたくれはは、それでもなにかを待つようにじっと立っている。

 

「ねえ、もう帰ろ? 夕飯まだでしょ」

 

 あたしの言葉が聞こえてないのか、見える姿はピンと姿勢の良いままで一切の変化はない。

 本当に息してるんだろうか、触ったら冷たいんじゃないか。"ここ"にいると思い出すこともあって、ふつふつと根拠のない心配が奥底からせり上がってくる。

 

 そういった心配する気持ちはあれど――仕方のないことだと思う気持ちも確かにあった。

 

 ここはさよならも言えずに分かたれた場所で、別れを告げた場所。

 忘れようと思っても忘れられない。いいや、忘れちゃいけない傷を刻み付けられたんだ。あたしも、くれはも。

 

 瀬奈みこと。

 

 それはあたしの初めての友人で、かけがえのない宝物の名前だ。

 澄んだ水のように綺麗な髪をしていて顔立ちは整っている。この団地に住んでいて大東学院に通っていた。性格はかなり真面目で、魔法少女の使命を果たそうと頑張っていた律儀なやつ。欠点と言えばいやに距離感が近いことだけど、あんな好意を誰かが抱いてくれるのは初めてだったし、直接は言葉にできずともあたしも好きだった。

 

 思えば知っているのはそれぐらいで、あいつの本当の家庭環境はついぞわからずじまいだった。

 そんなことは一切知らないかのような素振りだった。あたしだって自分の両親が最悪の存在であって、死んでからは施設に預けられていたから、余計なことを言って思い出したくもなかった。言い訳ならいくらでも重ねられる。

 

 『暗示』を捨てた時に、魔法少女としての瀬奈みこととはケリをつけたつもりでいる。

 だけど、一人の人間としてだ。一個人の瀬奈みことにはもう少しなにかあったんじゃないかと、後悔は今も渦巻いたままだ。むしろ強くなったかもしれない。もっと早く、一緒に消えようと誘っていたらどうなってたのかと考えてしまう。

 

 ……すっきりしない。

 

 ずっと立ったままのくれはの隣に並ぶ。

 鈍る頭を動かして、くぐもった空を見上げた。星はない。とうに夕暮れが過ぎた冷たい夜が広がっていた。

 

「帆奈」

 

 一言。やっと喋ったかと思えばそれだけだった。見向きもしない。

 ただ、その内側にある熱だけはわかる。同じ悩みと微かな希望を抱いている。それなら返す言葉は必要ないだろうと、あたしは黙った。

 

 こうして悩んでいるのは、ミラーズで触れた瀬奈の想いが原因だ。

 あたしの固有魔法の本質が希望を引き継ぐ力であり、七海やちよと同じ力を持っているのなら、やちよが感じた故人の想いとやらがあたしにも残っているのはわかる。出会えたそれは知ってる瀬奈だったんだから。

 

 "想いの瀬奈"が教えてくれたのは、八雲みたまが見つけた瀬奈の日記は真実だということ。

 そしてそれは、みたまが『神浜を滅ぼす存在になりたい』と願った日こそ、あたしたち三人の最後の日だということだった。

 

 事実であった認識、瀬奈が感じていた悲しみを知らなかった悔しさ、あたしらには心を開いていてくれた嬉しさ。これらがごちゃ混ぜになって怒涛のように押し寄せた。感情の波のせいで、あの時はまともに話せちゃいない。夢みたいだった。

 

 でも、夢じゃない。

 日記である安っぽい大学ノートは今、この手で掴んでいる。それこそ今日の目的だ。

 

 あたしらは本物の親しい友人だ。家に上がらせてもらうのに障害はなかった。

 瀬奈の母親に会えたんだから恨みつらみの文句ぐらいは言ってもよかっただろうに、なにも話せなかった。正確に言えば、あたしが昔のようにおどおどしてしまって口をつぐんだまま時間が過ぎただけ。

 

 だってその人は、昔瀬奈が紹介してくれた母親じゃなかったんだ。

 そうだ。あの日記の内容を完全に信じ切れなかったのは、瀬奈が話してくれた内容とまるで違ったから。瀬奈は学校には友達がいて、両親は優しくて、普通の生活を送っていたはず。

 そのどこかに違和感があったのはあたしも感じていたけれど、話してくれる日を待っていた。

 

 部屋に踏み込んで日記を見つけたとき、色んな考えは吹き飛んだ。

 

 わかってた。わかってたんだ。

 みたまから聞いたことが正しいのなら、日記と共に()()()()()

 

 広くない部屋に置かれた小さな仏壇。そこに飾られた瀬奈の写真。

 社会が決めた証明を突きつけられて、どうしようもない悲しみとやるせなさが心を支配したんだ。ああ、本当に、死んじゃったんだって。

 

 みっともなくボロボロと涙が出てきて、嗚咽を抑えられなかった。

 一時の幻が持たせた、瀬奈は今もどこかで生きてるんじゃないかという儚い希望がぽつりと消えた。魔女になったことは知ってるはずなのに、バカだよね、あたし。

 

 互いに口数が少なくなったのはそれからで、帰りにこうして屋上にいる。

 "行こう"なんてどっちも言ってない。ただ足が自然と向かっていた。

 

「瀬奈、いると思う?」

 

 返事はない。

 

「ねえってば」

「わからない」

 

 くれはの言葉は、あたしの想いを簡潔に示した。

 そうだ。わからないことだらけだ。

 

 あの想いと邂逅を、くれははどう思っただろうか。

 想いの瀬奈が消える間際に言いかけた『もうひとつ――』とはどういう意味だったのか。

 瀬奈は本当に鏡の魔女なのか。

 魔女になってしまったそれは瀬奈と言えるのか。

 鏡の魔女は倒さないといけないのか。

 だとしたら、それはあたしら以外に任せていいものなのか。

 

 ぐちゃぐちゃとした焦燥だけが解明しろと叫んでいる。このままでいいのかと嘆いている。

 こんな責務からは逃れて、魔女になれば瀬奈と一緒になれるのか――そんなバカげた考えすら過ぎった時、くれはの片方だけ垂らしている三つ編みが視界に入った。

 

 髪を纏めるリボンは以前は緑色のものだけだったのが、今では水色のものが増えている。

 魔女との戦いの際、緑を基調とした魔法少女衣装の黒い部分に水色が重なると瀬奈がいるかのような錯覚に陥る。それがまるで、三人でいた頃を決して忘れないと誓っているようでもあった。

 

 くれはは今も隣にいる。それだけは変わらない。

 

「まだ決まってないんだから、少しでも良い憶測をしたっていいよね」

「そうね」

「いつか証拠が見つかるまでは、いいよね」

「そうよ」

 

 くれはは振り返ると降りる階段に向かって歩いていく。

 急いで追いかけたら「メロン買って帰るわ」なんて言い出した。やっぱり、あたしの知ってるくれはだ。

 

 帰路につけばまた変わらない明日がやってくる。嚙み締めるべき有限の日常が待っている。

 だから後回しの逃避と言われようと、真実に辿り着くその日までは、もう少しだけ気楽にいようと思ったんだ。

 

 いつか、鏡の魔女の正体を知るまで――

 

 

 

 

 

 

 

 

Why don't you notice me

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実はねむが誘拐されたんだよねー。びっくりしたにゃー」

 

 ガタリと音を立ててくれはが立ち上がる。今すぐにでも変身して駆けだしそうな勢いだ。

 こうなることは絶対わかってたはずで、原因を言った本人、里見灯花はにやにやして「くふふっ」と笑いだした。むかついた。

 

「驚いたー? もう解決した話だけどね」

「ならいいわ」

「からかうためにあたしらを呼んだの?」

「まさか、ちょっとした情報共有だよー」

 

 今日はどういうわけか、灯花に呼ばれて家に上がっている。

 もっとも、まだ目の前でにたにたしているこいつの家じゃない。梓みふゆが一人暮らしをしている家――灯花から借りてるらしいそれ。肝心のみふゆは出かけていて、実家やみかづき荘より邪魔が入らないから都合がいいらしい。

 

「あなたたち、神浜マギアユニオン結成式の後にやった歓迎会にいなかったでしょ? 起きたこと知らないだろうから、とーかちゃんが直々に講義してあげることにしましたー!」

 

 そう言うと、パチパチと自分で擬音を言って拍手をする。むかついた。

 

「なにが起きたの」

「うんうん、話が早くていいね。結論から言うと、元羽根たちによるマギウスの再興の目論見があったの。自分の頭に自信がないからわたくしたちをもう一度頭脳に据えようとしたんだよ」

「それで戦った? 怪我は?」

「くふっ、もう一瞬で解決! アリナと一緒にいる……御園かりんだっけ? あの魔法少女がねむを手元に引き寄せたあと、みんなで取り囲んだだけだから」

 

 ああ……それはご愁傷様って感じ。

 魔法少女が束になって戦うと厄介なのは、くれはにやられてよくわかってた。全員の固有魔法を把握してるわけないし、適切な対処ができるのがいたら目論見もすぐ終わる。今でも『空間結合』ってズルいと思うんだよね。

 

「わたくしたちは許可なく変身したら爆発しちゃうからね。一応歩けるとはいえねむは車椅子だし、絶好のチャンスだと思ったんだろうけど」

 

 里見灯花、柊ねむ、アリナ・グレイの三人、元マギウスの彼女たちは万年桜のウワサのもとで行われた裁判で変身に制限を受けた。くれはの変な弁護が功を奏したわけじゃないと思うけど、死刑でも永続的な変身不可でもなく許可制に。アリナは監視付きって条件がさらに付いて、唯一付き合えるかりんが見ているらしい。

 

 その辺の事情を知ってて、人一倍他の魔法少女に詳しいくれはも納得したように頷いた。

 

 だけど、このままじゃただ頷くだけで終わりそうだし「それだけならあたしら呼ばなくていいよね?」と口を挟む。事件があっただけなら南凪の魔法少女たちから勝手に伝わる。呼び出す必要なんてないし、こうして灯花が出てくる意味もない。

 

 それを待っていたのか、灯花はより笑みを深くした。

 

「くれはお姉さまはともかく、あなたならわかってるんじゃないかにゃー? この一件がなにを意味しているのか。どうしてあなたたちに話したのか」

「どういうこと」

「ああ――」

 

 どうしてくれはが神浜マギアユニオンに参加しなかったか、どうしてマギウスの実質的なリーダーだった灯花が言ってるのか、そこに理由がある。

 まったくわかってないだろう原因に向けてあたしは言った。

 

「ねえくれは、あんた言ったよね。結成式の時、ここにいない子も助けたいって」

「そうだけど。なにか関係してるの」

「もー、わたくしたちに頼った元羽根たちこそ、あなたが助けたい子たちでしょ」

 

 くれはが助けになりたいと思ったのは"みんな"で、ユニオンに入ってない魔法少女たちも含まれる。今回みたいな行動を起こすヤツだってそうだ。そいつらに手を伸ばしたいから入らなかったんだもの。

 

 そして、そいつらはマギウスが焚きつけたヤツらでもある。

 目の前の元マギウスは責任なんて言葉を1ミリも考えてなさそうでも、今は真面目な顔をしてるあたり思うところはあるらしい。

 

 「もしかしたら声がかかるかもしれないけど、適当に追い払っちゃっていいから」なんて言葉は話半分に聞いてたけど――

 

 

 

 

 

「ほんとに来ちゃうかぁ」

 

 行く手を塞ぐように立つ白羽根、背後には黒羽根が二人。

 ちょうど人通りの少ない道に入ってから姿を現すなんて、明らかにあたしらに用があるようだった。

 

「帆秋くれはさんですよね」

 

 声に敵意はないけど聞き覚えのあるものじゃなくて、ちらりとフードの下から僅かに見える顔も知らない。くれはが反応しないところを見ると本当に赤の他人らしい。

 

 なにより、れっきとした違いがある。こいつらはハキハキと生きる魔法少女とは違う、頼るものがないと生きていけない弱者。つまりはあたしと同じ人間の感触だ。そんなヤツらが好意的にくれはに話しかけてくるなんて、理由はひとつしかない。

 

「私たちの話を聞いてください。きっと、あなたならわかってくれるはずなんです」

「くれは、灯花から言われたこと――」

「聞くわ」

「あーうん、だよねぇ」

 

 わかっちゃいたけどくれはが断るはずもなく、背後にいた黒羽根たちも混ざって話し始めた。

 

「私たちは新しい組織で、灯花様たちにまた上に立ってもらいたいと思ってます。ペンダントで操られて、また同じことがあったらって思うけど、正気じゃなかったらしいですし」

「灯花たちならユニオンにいるけど」

「ユニオンは信じられません。ずっと思ってたんです。リーダーの環さんって神浜で育ってないじゃないですか。外の人だから東西関係ないだなんてのも信じられないですよ。ずーっと西の人と仲良くしてるし、一緒にいるのはあの七海やちよですよ」

「東で育った人たちが感じてきたことなんて微塵も知らないんですよ。そんなのに任せられるわけがない」

 

 こいつらの言うことはわからなくもない。

 差別されるってのは、空気というか実際に見て経験しないとわかるわけがないし、あたしの境遇だってわかってもらえるとは思っちゃいない。

 あの観鳥だって、そういうのが少ない南凪だからぜんぜん気づかなかったらしいじゃん。最近住んだばかりならなおさらだ。

 

 するとくれはは、真顔でありながら怪訝な雰囲気であたしに聞いてきた。 

 

「そうなの?」

「だからでしょ? やちよか十七夜じゃ東西に偏るし、ひなのじゃ今度は中央になる。だから関係ないいろはを表向きに立ててるわけ。あれこれ面倒ごとがなくなるし、色んなやつが支えてる形にすれば楽ってこと」

 

 みかづき荘のリーダーができると言っても、全部の魔法少女のリーダーができるわけじゃない。むしろどうやったらできるのさ。誰だって無理だ。

 すべてを知ってるわけでも、なんでもできるわけじゃない。ただ頑固で優しいだけ。みかづき荘のヤツらみたいに性質が合えばいいけど、こうやって合わないのもいる。

 

 だから足りないところを補うために他のヤツらがいるわけで、互助組織って方針の通り、ユニオンは一人だけの組織じゃない。カリスマ的なリーダーが強烈に引っ張るマギウスとはぜんぜん違う。

 

 なんて説明したら、くれはは納得したように言った。

 

「帆奈……あなた頭良いのね」

「感想それ!?」

 

 コイツのことはともかく……ユニオン内なら東のことは十七夜がなんとかする。というか、詳しいヤツがいるんだから任せればいい。そっちの領分でしょ。あたし自身はどうでもいいけど、余計なことが来ないようにして欲しいよまったく。

 

「……で、あんたらは説明しに来たの? それだけ?」

 

 半分はわかってるけど確認として聞く。

 するとやっぱり、想定通りの返答を一歩踏み込んで口にした。

 

「仲間になってください」

 

 ただ、頭まで下げるとは思わなかった。白羽根も黒羽根の二人も揃ってだ。

 

「くれはさんに来てもらいたいんです。ユニオンに入ってなくて、灯花様たちとも話せるあなたがいてくれたら、きっと」

「それに私たちよりもずっと強い」

「お願いします……導いてください」

 

 当たり前だけど、今度はさすがのくれはもすぐに返事はしなかった。

 こいつらの言ってることはマギウスの翼の再興で、あたしらは成り行きだけどマギウスの翼を潰したわけだし頼む方もどうかしてる。それにくれはが引っ張れるわけない。

 

「あ、大丈夫です。組織の管理に向いてないのはわかってます。みんなで支えますから」

「そうだ、広報のあの白羽根さんにも来てもらおうよ」

「広報のって確か……観鳥令?」 

 

 ……いやわかってんじゃん。

 信頼されてたところでお飾りにすぎない以上、誰かが見てなくちゃならない。癪だけど、そりゃあアイツがいれば大丈夫だろう。そこまでわかってるのなら本気らしい。

 

「やっぱり、ユニオンには入らないの?」

 

心配するようなくれはの問いに、そいつは「どうしても」と言って続けた。

 

「一般人に被害を出したくなくて、妹さんを助けたくて、私たちの希望を砕いたんです。もし同じことになったら、次はしないって信じられますか? 自動浄化システムが残ったのは偶然ですよ、次も大丈夫なんて保証はない。また壊してまで助けようとするかもしれない。そんな人がリーダーの組織には行けません」

「グリーフシードをくれるって……そうじゃないんですよ。魔女を倒せない私たちがどれだけ惨めかわかってない! マギウスがくれたものがないんです!」

「私も同じよ。壊すかもしれない、魔女を倒せない気持ちはわからない」

 

 わざわざ口を挟む必要すらなく、そう言った。

 いつかみんなが手を取れたらって大きな願いを信じてるコイツが、否定する考えに賛同するわけがない……とは言えない。

 

「どうしてなんですか、わかってるはずなのに」

「私たちのような魔法少女を助けたいというのは嘘だったんですか?」

 

 どこか悲しむような責める言葉にコイツは黙りこくる。

 今になって、どっちつかずの性格をもう一度理解した。

 

 くれはは、選べない。

 どちらかを犠牲にするなんてできない。1人を切り捨てれば100人を助けられるとしても、その1人が見知らぬ他人でも、無理だ。だからどっちの意見も、願いも、切り捨てることができない。

 前までだったらその1人をくれは自身にすることで解決しようとしただろう。でも、もうそんなことはしない。理解したはずなんだ。自己犠牲がどれだけ苦しめるかって。

 

 ……そうに、決まってる。

 選べない苦しみを与えることになって、あたしのワガママだって思われても、そのほうが良い。だから……あんたの願いは、捨てないでほしいんだ。

 

 話は平行線のまま。先に折れたのは当たり前だけど向こうだった。フードの下から見えた切望の瞳は、ただただくれはに向けられる。

 

「……わかりました。でも、また来ます。次は良い返事を聞かせてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯花に呼ばれてむかついて、変な勧誘があってまたむかついて、帰りは寄り道することにした。

 くれはがなんと言おうが関係ない……つもりではあったものの、珍しくその本人が気乗りして、夕飯はどこかで食べようってなった。メロン買って帰るとでも言いそうなのに。

 

 度を過ぎた散財のせいで財布が寂しいことになってるものの、最近は増やしたアルバイトで余裕があるからか、もしくは食費が浮いてるからか、隣を歩く横顔はいたって普通だ。

 

「いいのよ、たまには。前はこうやって食べに行くことも多かったから」

「ふ~ん……」

 

 ()()()()がくれはと一番違う部分はここだ。

 家族ってものがあって、その幸せをいっぱい受けてきた。最終的な結末がどんなものであれ過程は変わらず、真逆だったあたしらとは決定的な差が生まれる。

 

 まあ? だからって、恨むとかそういうのはないよね。

 瀬奈だってそういう普通の家庭だって思わせてたんだ。だから本質はそこじゃない。

 

「覚えてる? あたしらが瀬奈の家……ああ、そう思ってたほうね。そこの両親に挨拶に行った日のこと」

「もちろん」

 

 本当の家に行ったように、偽りの家にも行ったことがある。まだパーッて弾けてなかったあたしは、偽の両親との会話は全部くれはに任せてた。やっぱり昔みたいにおどおどしちゃって、自分を守るように腕なんか組んでさ。

 だけど今思えば正解だった。テーブルではくれはと両親が会話をして、あたしが瀬奈の料理を手伝って……もし逆だったら酷いことになってたかもね?

 

『へぇ料理できるんだ』

『うん、得意なの! もやし料理! あ、くれはちゃんそのまま座ってて。もうすぐできるから!』

 

 なんて瀬奈は言ってさ。言葉の節々に見える違和感と、あたしらといて嬉しいって口にしてるのにどこかツラそうな感じは隠せてなかった。

 で、わかった。学校がどうとか家族がどうとか、ずっと自慢話を聞かされてると思ってたけど気づいたんだ。自分にそう言い聞かせてるだけなんだって。

 

 教えてくれたのは、こんなに幸せでみんなが見てくれているのに満たされない、自分がどこにもいないような気がするということ。

 

 『私を見つけてほしかった』、『捨てないでほしかった』。本心の言葉に込められた意味はその場では教えてはくれなかったけど、いつか言ってくれる日を待って、文字なら伝えられやすいかなって交換日記まで始めた。お揃いのペンまで買った。

 

「そういえばペン、まだ持ってる?」

「家にある。ずっと使ってるし、記憶が封じられてた時もあれを持ったら落ち着いてた」

 

 瀬奈はたくさん書いて、あたしはささっと書いて、コイツは異様に字が綺麗でビックリしたっけ。

 それである日、瀬奈はくれはに水色のリボンをプレゼントして、くれははお返しに青色のリボンをあげていた。あたしはそーいうの似合わないからいいって言ったのに、紫色のリボンを押し付けてまで。

 

 そうやってだんだんと居心地が良くなって、真っ暗だった人生で初めての感覚を覚えて……ここにいていいんだって思えた。心の中で占める比重が大きくなるにつれて世界が明るく見える気さえした。

 

 この先も、そんな日が続く気がしてた。

 いつもの喫茶店で待ってれば、瀬奈があの笑顔を見せにくる。本当のことを教えてくれるって。

 

 でも、いつもまでも太陽は輝かない。いつか暗闇に向けて堕ちていく。

 眩しすぎる光を見たあたしは、無知で愚鈍で、そんな当たり前のことすら忘れてしまっていた。

 

「……きっとさあ、嘘吐いてたってバレたら嫌われるとか思ってたんだよ」

「そんなわけないわ」

「うん、当たり前だ。だけど……」

 

 頼ることって、頼られることよりずっと難しいんだ。躊躇いを繰り返すほど世界は小さくなって、弱みを見せたくない恥ずかしさ、見栄、あるいは、真実を話す怖さに勝てずに抱え込んでしまう。

 

 きっと、あともう少しだった。

 もう少し早く瀬奈が教えてくれていたら、もう少し早くあたしらが踏み込めていたら。瀬奈は魔女にならなかった。

 

 瀬奈の想いと出会えたことで余計に感傷的になってる。届かないと思ってたものがそこにあって、なにかがもう少し違えば幸せが掴めていたのだと気づいてしまうのは、残酷だ。真実は良いことばかりじゃない。

 

 ……くれはは、どう思っているんだろう。

 同じ悩みと微かな希望を抱いていても、あたしとは知り合いの数も立場もまるで違う。ミラーズの一件以降、決心したような雰囲気さえ感じる。根底にあるなにかしらが、他の事へと注力させているに違いない。

 

 ふと、くれはが立ち止まっていることに気づいた。

 振り返るといつもの真剣な眼差しをあたしに向けている。怖いまでに真っ直ぐで、変わることのない青みがかった黒い瞳をしている。

 

 そして、言った。

 

「やっぱり今日は作りましょうか」

「いいけどあんたは座ってて」

「……ダメかしら」

「ダメ」

 

 こういうヤツだった。紛らわしい。

 

「一応聞かせてよ、食べに行く気だったらどこにしてたの?」

「北養区のレストラン」

「ウォールナッツ?」

「いいえ、昔、家族で行ったお店よ」

「うわ~お金持ちだ」

「そうでもないけど……あ……」

 

 思い出したかのようにつぶやいた声は寂し気で、続く言葉で理解した。

 

「そのお店、もうなかった」

 

 茶化せなかった。

 変わらないはずの表情には確かに悲しみが浮かんでいて、瞳が揺れている。

 『それぐらい覚えときなよ』とか『じゃあちょうど良かったじゃん』とか、そんな無神経な言葉を言えるあたしじゃない。かと言って、慰める言葉も持ち合わせてなかった。

 

「……昔行った場所がだんだんなくなってくのは、思い出が消えるみたいで悲しいわね。私は忘れなくても他の人は、この土地は、忘れていく」

「そっか」

 

 あたしにできるのはいつだって、ありきたりな相槌を打って隣に立つぐらいだ。

 

 結局、できることなんて限られてる。

 この世界は魔法少女だけで作られてない。普通の人間としてできることにはより多くの限界がある。隣で悲しむくれはにしてやれることが、これ以上あたしにはない。

 

 そうだ。広い視点で見てみたら、今日勧誘に来たヤツらよりもずっと多くの、声を上げられず縮こまって恐怖に怯えているのがいる。魔法少女になれる素質がなければ、あたしはそうやって死んでいた。

 

 くれはの願いを信じたい気持ちも、大きな夢を見る無謀さを諫める気持ちも、どっちも確かで、どっちつかず。ただ流されるままじゃいけないってのに、その一歩はいまだに遠い。

 

「ねえ帆奈、気づいたわ」

 

 声はもう普通に戻っていて、変わらなさにあたしは救われる。

 

「私はやっぱり、家族が大好きだって」

「あっそ」

 

 今はその中に自分が含まれていることを知ってるから、こうやって笑えるんだ。

 だけれど欠けた月のように、夜を照らす輝きは足りなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日から、くれはの行動はいつも以上におかしくなった。

 まるでマギウスが好き勝手やってた頃のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マギアレコードRTA第二部、鏡の魔女撃破ルート『停止』チャート、はーじまーるよー。

 




■今回の内容
 『新たな息吹より』(一部分)
 瀬奈みこと 魔法少女ストーリー2話 『偽りの中で』(一部分)

■なにこれ?
 第二部に入るにあたってのおさらい。この小説で変わった設定総集編。
 知らない過去は生えてくるもの。

■帆奈ちゃん
 アレが起きてないので知らないことが多い&原作より神浜の被害が少ない。
 約3年ぶりの公式供給があったので、優しくて真面目で虚勢を張ってるけど可愛さが見え隠れする女の子だと証明された。料理もそこそこできるし頭もそこそこ良い。

■瀬奈 みこと
 第二部を走らなければいけなくなったすべての原因。なんとLive2Dがモブグラから固有に昇格、後日実装された。第二部におけるその立ち位置は……。
 どうして初期交友関係に入れたんですか?(ガバ)

■勧誘に来た羽根
 モブ。
 結構残党がいる神浜市。

■第二部
 第一部でくれはちゃんに設定したことがなぜか全部嚙み合ってしまったので、3年ぶりに本編に帰ってきました。
 つけようぜ……決着!

■RTAインストール
 元からおかしいくれはちゃんの行動がよりおかしくなる。
 倫理観と評判と周囲の視線と引き換えに、未来視魔法持ちじみた行動力とタイムとエンディングが手に入ります。その後の人生のことはえっそんなん関係ないっしょ。
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