マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート南凪チャート 作:みみずくやしき
私は、無力だ。
コルボーに守ってもらわなきゃ煉獄を歩けないし、やっと会えたミヌゥにも問いただすことしかできない。お仕置きしようにも力がぜんぜん違くてかなわない。
魔法少女じゃなくなったらこんなにも弱くなるなんて、思ってなかったんだ。
言葉もそう。お姉ちゃんがいくら言っても、もう届かなかったんだ。
「記憶があるとはあの錬金術士も余計な真似を……ならば、もう隠す必要もありませんわね。お姉さま、言ったでしょう。もう愛していないと」
「ああ、知ってるよ。お前の目の前で聞いていたんだから」
ずきりと、胸が痛んだ。
記憶を見せられても、嘘じゃないって心で理解しても、私はずっとミヌゥがそんなことするわけないってどこかで思い続けてたんだ。
だってだってミヌゥは昔はおどおどしてて、私たちの後ろを付いて来てて、守ってあげなくちゃって思ってて。ミヌゥがお母さまが大好きなことは知ってたし、魔女になっちゃうかもって時も縋りついて泣いていたのをよく覚えてて。
そんな家族を守りたいから私は契約したのに、これじゃ、イヤだ。
「だがな、それでもお前は私の妹だ」
「ソウルジェムを砕いたことはお忘れになったのですか? それでもなお……」
「そうだ。いくらお前が裏切ろうと、私はいつだってお前の味方だ」
でも、コルボーの言葉で思ったんだ。
私もずっと、お姉ちゃんなんだって。
「……私もミヌゥの味方だよ、いつだって!」
妹が悪いことしても、お姉ちゃんなんだから受け入れる。だって唯一の家族だもの。妹が嫌いなお姉ちゃんなんているはずない。
「ですから、私は……!」
「わかってるよ。だって、悲しそうな顔してるもん」
「な――!」
今は仮面をしてないからずっとずっとよくわかる。
ミヌゥはお母さまに愛してほしかっただけなんだ。私よりも小さかったから覚えてないんだよね。コルボーが契約した頃からお母様は変になっていっちゃったから。
「なんだろね、ぼや~ってしてたのが晴れて、しっかり考えられるんだ。だから本当だよ」
「……わかるか、ミヌゥ。お姉さまもお前の味方だ」
ミヌゥは私たちの言葉に戸惑っている様子だった。
しばらくなにも言わない時間が続いて、くるりと背を向ける。
「――これ以上私から言うことはありません。お好きになさってください」
「鍵や祈りの花びらのことはいいのか?」
「あれは単なる時間稼ぎにすぎません。なにより、お母さまに敵うはずなどないのですから」
その言葉に、コルボーと顔を見合わせて頷いた。
好きにしててもいいってことは、付いて行ってもいいってこと。ミヌゥは止めないし、きっとわかっていたんだと思う。
そして着いたのは天国の扉ってところ。ここを通したらダメなんだって。
まあ、ミヌゥの言う通りあの聖女でもお母さまに勝てるわけがない。だからせいぜい、くれはとかが慌てふためく姿を見て遊ぼうかと思ったんだけど――
「はあッ!」
あれおかしくないかな!
なんかぶわーッて紫のに包まれたかと思ったら、ばびゅーんって視界がくるくる回って、ぜんぜん別の場所にいるとか! ミヌゥの魔法に似てたけど、あんなのがいるなんて聞いてないし!
「チッ、あの白黒の……転送魔法まで使えたか!」
「どうにか戻れないのー!?」
急いで戻りたいのにそもそもここがどこだかわかんない。ずっと景色が同じだからどっちを向いても正解が見えないし、魔力を探知すれば……って思ったけど、遠いとか数が多いとかでどうにも無理っぽい。私もできないし。
コルボーとどうしよっかて話して、しばらくすると、私たちの前に見知った転移魔法の反応があった。ミヌゥだ。
「残念ながら乙女は天国の扉を通りました。心が目覚めた以上、仲間共がその身を救いにすぐ押しかけて来ることでしょう。私は現実に戻って対処をせねばなりません」
「ずいぶん早いな……いや、ならばなぜ会いに来た。時間がない。私たちにはなにもできないだろう」
「ほんの少しだけ、垣間見えた可能性に賭けてみても良いかと思っただけですわ。策は複数用意しておくのが当然ですから」
「……ああ、なるほど。わかった」
なに言ってるかわからなくて聞いてると、ミヌゥは私をじっと見た。
「この煉獄では誰もが実体はなく、呼びされただけの者ですわ。私は今へと戻り、コルボーお姉さまは再び死の中へ。ラピヌお姉さまも未来に戻ることとなります。ですので――」
せっかくみんなに会えたのにまた別れるのはイヤだ。今にも駄々をこねたい。
だけど、「だからこそラピヌお姉さまにはお願いがあるのですわ」って言葉に、なにも言えなかった。妹が、本気で私を見てるんだ。
「……どういう?」
「ひとつだけ言伝を。『私の願望は必ず成就する』と――あの、緑色の魔法少女に伝えておいていただければ……」
たったそれだけ。
それだけなのに、私が「うん」って頷くと、ミヌゥは本当に嬉しそうに微笑んだ。
「さてミヌゥ、そろそろか?」
「ええ」
見ると、コルボーと私の身体はだんだん薄くなっていってた。
感覚でわかる。夢から目覚めるときと同じやつだ。
「コルボーっ! ミヌゥっ!」
今になって、別れるのがもっとイヤになった。
ほんとはずっと一緒にいたい。未来で会ったヤツらも嫌いじゃないけど、一番は家族なんだから。
……でも、ちがう。ふたりとも笑ってくれてるのに、こんな別れかた、違う。
流れる涙をこらえて、ぐしゃぐしゃの顔を振り上げた。
私は、お姉ちゃんなんだ。だったら。
「いっぱい……いーっぱい色んなものを見て、覚えてくるから! 待ってて!」
少しの間だったけど、未来の話をしたら二人とも喜んでくれた。だったら、妹たちのためにプレゼントを用意しときたい。
もう会えないんじゃない。きっといつか、その日は来る。どうしてか、強く理解できた。
無理に作った笑顔は、二人の微笑みに跳ね返って、自分まで照らしてくれるようで。
いないお母様までも、手を降ってくれた気がしたんだ。
そして――色の違う、青空が見えた。
◇
朝日を浴びたら、ベッドに飛び込む。それが始まり。
「おっはよー!」
「ぐえっ!」
「ほらほら朝だよ、今日も遊びに連れてってくれるんでしょ、はっやく、はっやく!」
「それはあたしじゃなくてくれはが――」
「そうだった! じゃーねー!」
あの日から数日ぐらい? 戻って来てからも、私はずっとこのお屋敷で暮らしてた。
未来ってまだまだ魔法みたいな物が多いんだね。ビックリすることばっかだったよ。けど、今となってはどこになにがあるかはわかるし、色んな物の使い方も教えてくれたから覚えた。
だから不思議だったんだ。また敵対した私をこいつらがヘーキな顔して受け入れてるのが。
もちろんミヌゥの言葉だって伝えた。でも、「そう」ってそっけない言葉だけ。殺そうと思えば簡単に殺せるはずなのに、やらなかった。
ひとりで放り出される不安はわかっているし不満はない。
なによりコルボーとミヌゥに約束したんだ。こんなとこで死ぬ気もない。むしろ、私にもできることがあるぞって元気が出た。
「ひゃっほー!」
くれはの部屋は一階だし、階段の手すりをツルーって滑って着地……って、変な降り方したらのたうち回るぐらい脚が痛かった。魔法少女じゃないとこんなに不便だっけ。
「ふ、ふぐぐ……」
「動かないで」
下にいたくれはは変身すると、誰にでも使える簡易な治癒魔法をかけてくれた。戦いじゃ意味ないけどこういう時は便利だよね。
「お? おおーっ、治った! よし、遊ぼっ!」
「その前にご飯食べて」
「うん、いいよー! メロンでしょ?」
「ちゃんと普通の食べて」
「えー、お前はいつもそれじゃん!」
「いいのよ私は」
すると、「よくない」って降りてきてた帆奈がくれはをポカっと叩いた。
「あたしが作るから座ってて。それとくれは、まさか……間食したからあたしの食べられないなんて言わないよね?」
「料理、いつも楽しみにしているわ」
「そ、そっか……うん……頑張る……」
実のところ、私もご飯は楽しみだった。
用意された席に座って大人しく待つ、これが大事。よく考えられる今なら、ここで大暴れしたら良くないってちゃんと理解できていた。
「んふー! おいしー!」
やっぱり未来の料理はすっごくおいしい。
なんか野菜とかぜんぜん違うんだよね。大きかったり甘かったり。ひんしゅかいりょーってやつらしい。持ち帰れたら喜んでくれるかな。
そうそう、違うといえば服も違う。
前にくれはがくれたやつだけど、ウサギの耳がついたフードのパーカーっていうのと、スカート。あとピンクと白の縞々のニーハイソックス……っての? 現代じゃこういう服が普通らしい。
出かけるためには服を着替えて、カメラっていう景色を切り取れる道具を持ったら準備万端。
そんなわけで、今日もくれはと遊びに出かけたんだけど……。
なんか、ずいぶんたくさんのヤツと出会った。
「お、おい、くれは……誰だその子。またアタシの胃痛の原因じゃないよな?」
「ラピヌよ。百年戦争時代の魔法少女だったの」
「ラピヌだよー」
「……もー驚かんぞ。オマエが妙な知り合い増やしてるのはいつものことだからな!」
「あとひなの先輩より年上らしいのだけど」
「その見た目でんなわけないだろーッ!?」
おねーちゃんに失礼なこと言うちっこいの(たぶん子供かな)と出会ったり。
「あ、どうもっ。また一緒にメダルゲームしますか?」
「今日は用事があるの。悪いわねゆきか」
「……あれ? なんか似てない?」
「なにが」
「なにがって言われると困るけど……」
途中、どこかで見たような雰囲気のとすれ違ったり。
「なっ、なんですかこの骨董品の山!? しかも剣までありますけど!?」
「そうね」
「魔法で作ったんじゃないんですか!?」
「持ってきたの。麻友なら売り方がわかるかなって」
「なんにせよこのままじゃ銃刀法違反になっちゃいます! 鑑定する方を海外から呼んでくださるみたいなので、その間は預かりますから!」
フランスの皿とかが私へのお金になってるって知ったり。
「フッ――イミテーション・クール、わかるな?」
「そうね」
「僕たちなら世界を救えるさ。確信した!」
「もう救ったらしいわよ」
「ああ、世界を――え? ど、どういうこと……?」
「ちゃんと感謝をしておかないと。ありがとう、塁。あなたのおかげだわ。この恩は忘れない」
「ちょ、ちょおぉぉぉ……!?」
美術館にいた変なのの手をぎゅっと握って、相手がさらに変な動きしてたり。
「やいラピヌ! 今日こそあちしが勝つからな!」
「いーやオレだ!」
「何度でも私が勝つもんねー!」
「あの、くれはさん……あの子って見た目通りの年齢じゃないんですよね?」
「らしいわね」
よく遊んでるフェリシア、あやめ、かことまた遊んだり。
あと、くれははなんか本を貰ってた。ジャンヌ・ダルクってなんだろ?
「おっとぉー!? くれはちゃんだー! 万々歳にようこそー! って、一緒の子は? 日本語でいいのかな?」
「そういえば通じてるわね」
「そうだねー、文字も読めるし」
なんか白紙の予言書がどうとか聞いた気がするけどどうでもいいや。
万々歳だっけ。あそこの料理、見たことない名前のとか多くて面白んだよね。珍しいし!
で、最後に着いたのは。
「今日は潤いないわね」
お菓子がいっぱいあるあの『あした屋』。
いるのは小さい子ばっかで、初めて見るやつもいる。黒い服を着た銀髪のと、赤に近い桃色の髪の組み合わせだった。
「ふむ?」
「どーしたのすーたん、え? "くれはさん"?」
「月出里と……初めて見るわね」
「ふむ、ふむふんむ!」
「そうなのね」
「えっ、すーたんがなに言ってるかわかるの!?」
「わからないわ。でも、それが気になるのはわかる」
なんて得意気に言うけど、私だってわかるもん。二人が立ってたのは『お菓子くじ』って箱の前だったし、それっぽいハズレって書いた紙を持ってるんだから。あっ、くじ引きぐらいわかるからね!?
「……特賞」
「ふんむ……」
「ミィたちもうお小遣いがないし……」
でも、"すーたん"と自分のことを"ミィ"って言う二人は落ち込んだ様子だったんだよね。
するとくれはは気でも狂ったのか『お菓子くじ』を連続でやり始めた。
「ふむ!? ふんむ!?」
「え!? これは……大人買いだ!」
お店のおばあちゃんは困惑しながら対応してたけど、楽しそうで私もやりたいなーって思った。
結局その後くれはは『ハズレ』しか引けなくて、私がやったら一発で特賞って一番良いのが出た。ふっふーん、さすがお姉ちゃんだよね。
「はい、あげる。欲しかったんでしょ?」
「え、でもミィたちが当てたわけじゃないよ?」
「お姉ちゃんは大人だからね? 小さい子には優しくしてあげる!」
いっつもいっつも壊して遊んでるわけじゃない。侍女の子は大事にしてたし。
それに、くじを引くのがやりたかっただけで内容はどーでもいいんだよね。
でも特賞ってお菓子と交換できたみたい。ちょっと待ってたら飴で出来たネックレスとか白い棒を持ってきた。
「どうかな? ミィ大人っぽい?」
「ふむむんむ!」
「そうかな!?」
「ふむ! ……ふむんむふむ!」
「うん、やっぱり姉ちゃの言ってた通りの面白い人だよね。すーたんとも知り合いだったんだ?」
「姉ちゃ?」
「それは――あっ、ちょうど来た!」
指さした方向から来たのは、"ミィ"ってのをそのまま大きくしたようなヤツだった。
「あら? くれはちゃんも一緒だったのね」
「みたま?」
「姉ちゃだよ」
「紹介したことなかったかしら。みかげはわたしの妹よぉ」
むむ、ということはこいつも姉じゃん。
見上げた先にある大人っぽい雰囲気にちょっとムカついた。お姉ちゃんだってまだ成長するし? ミヌゥぐらいにはなるし?
「どうかしたのかしら~? ミィのお友達?」
「むきー! お姉ちゃんはお、と、な!」
「あらあらそうなのね、ごめんなさい」
なんて言ってしばらく話してるかと思ったら、ミィとすーたんが少し離れたときに、くれはとそのみたまが小声で交わした言葉が気になった。
「……わたしの師匠に会ったって本当だったのね」
「月出里もそこの子でしょう」
「だからこうして見に来たのよ。いきなりは会う自信がないから、周りの子に」
雰囲気まで変わってすっごい真剣。コルボーとミヌゥが難しい顔して話してるときと似てる。なんか、色々あるらしい。
とはいえ私には関係ないことだし、特に口を挟むことはなかった。
「またね~」
「バイバーイ!」
「ふんむ!」
くれはがミィから白い棒を貰ってから、三人は帰ってった。
私はまだここで遊びたかったし、潤が教えてくれたラムネをまだ飲み足りなかった。パチパチ弾けるやつも。
でも、ここはどんどん人が来る。今度は大人っぽい二人組が見えた。
「あーっ、やっちゃん! ありました! ここですよ!」
「そんなに急がないの、みふゆ」
とか言いながら来たのは、青っぽい雰囲気の髪が長い奴と、白っぽい雰囲気の髪が短い奴。
……あれ? どこかで見たことある?
「や、やっちゃん、大変ですっ! くれはさんが不良に!」
「タバコは止めなさいタバコは。帆奈が真似したらどうするの」
「チョコレートだけど」
「……はぁ、あなた真顔で似合ってるから紛らわしいのよ」
みふゆ? やっちゃん?
妙に聞き覚えのある言葉が、なにか、イヤな記憶を引っ張り上げる。
『アブソリュート・レイン!』
『はあッ!』
あ。
「げえーっ!?」
全力で後ろにジャンプして距離を取った。
青いのは私に槍を降らせた奴で、白いのは転移魔法が使える奴! こいつら、見た目は少し違うけどあの滅茶苦茶強い奴らじゃん!?
ここまで追ってきた? 今の私じゃとてもじゃないけど勝てない。だ、大ピンチ……!
「みふゆ、あなたこの子になにかした? 凄い怯えてるじゃない」
「ええ!? してませんよ!? やっちゃんこそドーナツ食べちゃったとかあるんじゃないですか?」
「いつの話をしてるのよ」
でも、くれはが言うには「二人には記憶がないの。あなたのことは知らないわ」だって。
あれだけ好き勝手やってくれたのに忘れてるなんてどうかしてるよね。怖がらせて悪いからってお菓子買ってくれたのは良いけど、お姉ちゃんはまだ許してないんだから。
ああ、でも。
やっぱり未来って楽しいところだな。コルボーもミヌゥも、お母さまだって来れたらいいのに。みんなで楽しく暮らせたら……とっても良いことだな。
◇
もう慣れたけど、未来ってのは空気が悪い。クルマが吐き出すガスはうえってなるし、街中は夜でも明るいし空はモヤモヤが覆い尽くして星が見えない。変な時代だ。
でも、北養区って場所は森が多くて空気が良い。フランスに比べたらぜんぜんだけど、星空だって見える。だから最初に逃げた時は向かったんだし。
そしてその条件は、南凪区のくれはの家も同じだった。
「今日も一日楽しかったー」
帰って来て夜になったら屋根に上って寝転がる。危ないって言われるけど、登る用の手すりはあるし、そういうスペースもある。これが今の私の楽しみのひとつだった。
毎日毎日、撮った写真を見て、絶対忘れないぞってここで念入りに覚えておくんだ。
時々連れてってくれるガクドーってとこで、真里愛と紗枝ってのが日本語って文字の書き方教えてくれるし、そのうちくれはがくれた日記帳にも見たそのまま書けるようになるんだろうな。そしたら楽だ。
ひとつを覚えればひとつ教える楽しみができて、それがまだ見えない再会へのやる気になる。
だからこそ明日がやってくるのが待ち遠しかった。
「……眠いや」
帆奈に湯汲に付いてきてもらって寝ようかな。
すいすいと1階に降りると、ちょうどいた帆奈とばったり出会った。タオルとか持ってるのを見ると、用事は同じだったらしい。運が良いね。
――でも、その時だった。
バタンって、なにか重いものが倒れたような物音が聴こえたんだ。
帆奈と顔を見合わせて、出所の部屋をそーっと覗いてみると、広げた本の前で立ち尽くしてるくれはが見えた。音は椅子が倒れたのが原因っぽい。
「なになに? 面白いことでもあった?」
「……なんでもないわ」
なんて真顔で言うけど、私でもちょっと変だなーってわかる。
じゃあ聞けばいいじゃんって口を開こうとしたら、帆奈にずるずると引きずられて離された。結構痛いんだけどー!
「今余計なこと言おうとしたでしょ」
「はー!? お姉ちゃんはただ心配なだけだし!?」
「し、心配? あんたが?」
「なーに、悪い?」
「いや……意外だっただけ」
だっていないと神浜のどこに行けばいいかわかんないし。侍女みたいなものだよね。
それにこの周囲の家より大きな屋敷だってくれはのだって聞いてる。倒れられると生活が困っちゃうってのもわかるんだ。
……んん? 倒れられると困る?
「ねえ、未来でも魔女っているんだよね」
「いるよ、それも強いのが。あたしらの記憶の中から呼び出してたりしてたじゃん」
そうだっけ。作戦とかは全部ミヌゥ任せだから知らないや。
だけど、魔女がいることは確かだ。なら
「ちょっと行ってくるねー!」
近くの窓から飛び出て庭へ――行こうとしたら、もう掴まれてた。
「あのさぁ、また逃げるつもり? 急にくれはみたいなことしないでよ」
「逃げるわけないじゃん! 用があっただけ! 未来にもいるんでしょ、あの白いの!」
「キュゥべえならあいつら神浜には入れないよ。取り残されたのはいるだろうけど少ないだろうし、探すのは無理だと思うけど――」
「いるんだよね? じゃあ行く」
「契約して暴れられても困るんだって。行かせるわけないじゃん」
「だーかーらー!」
帆奈はぜんぜん話聞かないし、魔法少女の力があるからって好き勝手してさ。もう怒ったからねって言いたい放題言ってやった。バカとかもう色々。
なんて大声で言い合いしてたら聞こえてたみたいで、くれはが「どうしたの」って言って出てきた。
「ラピヌがキュゥべえのとこ行こうとしてんの」
「どうして」
「どうしてってそれは……」
「……私言わなかったっけ?」
言ったよね。言ってない?
二人の視線が私へと向く。たぶん、待ってるんだろう。
じゃあもう一度聞かせてあげよう。せっかくだから、大きく手を広げて威厳を乗せて!
「だってお前たち、ずっと聖女に助けられてたじゃん。弱っちくてさ、そんなんじゃ魔女にやられるでしょー? えへへ、だからさ、私が守ってあげる!」
決まった。
こんなカッコいい姿を見せられたら、ずばーん、どかーんと尊敬する意思が上がるに決まってる。コルボーだったらそうなる。
の、はずなのに、帆奈は目をぱちぱちさせて驚いた様子。くれはは変わんないけど。
敵の私を受け入れてるんだからもっと喜ぶと思ったんだけど不思議だな。なんか決めたのが恥ずかしくなってきて、仮面があったら被りたくなってきた。
すると、くれははその無駄に高い身長で私を見下ろしたかと思ったら、しゃがんで目線を合わせてきた。
「いいのね、ラピヌ。魔法少女に戻って」
口調は真剣で、目はまっすぐに私を見つめていて、嘘は許さないとでも言いたいのか心を刺してくる。
嘘なんてつくわけがない。だいたい理由がない。
普段なら疑われたことに腹を立ててるかも。だけど、少し冷静になった頭が囁いて、込められた心配にきちんと返したくなったんだ。
「うん、だって約束したんだ。いっぱいお土産を持って帰るって。だからお前たちが必要なんだよね。私だって絶対に死ぬわけにはいかないし。……そっちこそいいの? 強くなっちゃうよ?」
「いいのよ」
「人間を壊せるようになっちゃうよ?」
「今のあなたはしない」
「ふ~ん……」
ほんとに見透かしてるのかな。
あの頃だって、ぐっちゃぐっちゃにして遊ぶ以外にも湯汲したり楽しいことが他にもあった。未来にはもっと楽しいことがいっぱいあるってわかったし、壊して遊んだら全部できなくなっちゃうのはもったいない。そう思ったのも事実だ。
納得いってないのか、帆奈は腕を組んだまま不機嫌そうに眉をひそめた。
「ねえくれは、本当に今さらなんだけどさ、あたしら敵だったでしょ? それなのにコイツにここまでしてやる必要あるわけ?」
「帆奈とも戦ったでしょ」
「あ……その、あたしはいいの」
それもそうで、こいつらがどう思うかは知らないけど、ほんの僅かなモヤモヤはあった。
だけど引っ張り出されなかったらまた二人に会えることはなかった。真実も知らなければ、ミヌゥのお願いを聞いてあげることもできなかった。
だから、少しの間だけ……そう、私がまたあの日に戻れるまでは、一緒にいてやろうって思った。その気持ちに変わりはない。
「まあ、くれはがいいって言うならいいけど」
「よし決まり! うんうん、私が約束を果たすまで守ってあげる! あと私が一番年上なんだから言うこと聞くこと! おねーちゃんなんだよ!?」
「えぇ……?」
「むきー!」
また言い合いをして、しばらくしてから、くれはの視線に気がついた。
出会ってから今まで見たことのない、変な目だった。
「なになに面白いことでもあった!?」
「え? あ、な、泣いてる……!?」
「……幸せだなって、思ったの」
……その気持ちは、わからないでもなかった。
それから数日後。連れられて向かった街の外で、私は願ったんだ。
帆奈は「けどルールに反したような力を持つ魔法少女が易々とできるわけ?」なんて言ってたけど、連れてきた白いのはむしろ待ってたみたいだった。
私が願うのは、マイナスじゃなくてプラスのこと。
強くなくていい。特別じゃなくていい。
ただ、私が私であるため。今度は悲しみからじゃなく、前に進むために。
「私の大切なものを守れる、お母さまから貰った力がもう一度欲しい!」
◇
魔法少女に戻ったラピヌは、偶然見つけた結界で力試しとばかりに暴れに暴れて、家に帰ってきたらすぐに寝てしまった。
その様子を見るくれはの目は優しげで、懐かしそうに遠くを見ているようでもあった。妹と重ねてるんじゃないんだろうか。
ああ、直接言ったらラピヌは怒るだろうけど。『おねーちゃんなんだけど!?』とか言いそう。
久しぶりに二人きりになった空間で、ソファに座りながら気になっていたことを聞いた。
「……ねえ、タルトのことさ、どう思ってるの?」
「好きよ」
「はあっ!? す、すきっ!?」
「大好き」
好きって、そういう?
いや、いやいや、こいつにはあたしがいるわけで、いや、他にもいるっていうか、そういうんじゃなくて、とにかく、過ごした時間じゃあたしが長いんだから、簡単に好きって言ってることが癇に障るって言うか、あたしが先にす――
「あー!」
「なに」
「なんでもない!」
こいつの好きの意味はいっぱいあるって知ってるのに、なにやってんだろあたし。
「でも、良かったの?」
「なにが」
「ラピヌ。あんなんでもたくさん人を殺してたって話だよ、あんたなら許せないんじゃないかって」
くれははこんなでも正義感はあって、良い方の側に立つ存在。いわゆる悪を倒すヒーロー。あたしと違ってそうする理由も十分にある。
だけれど敵対したあたしを庇って、観鳥を利用して殺しかけたマギウスすらも今じゃ普通に話してる。相当なお人好しに見えるけど……それでも許せなくなる限界点はきっとあるはずなんだ。
するとくれは、目を伏せた。
「正直、わからない」
それは珍しく弱気な声で、さっきまでとは違う。
「あの子が殺した人にも家族や友達がいたはず。それを奪ったことは許せないけど、だからって心からは憎めない」
「矛盾してる」
「そうかしら」
「うん、でもいいよそれで」
そーいうやつだって十分に理解してる。
でもさ……タルトみたいに全部を救いたければ、ラピヌみたいなのを殺す必要が出てくる。どっちもなんて不可能で、選ぶ時がくる。
あたしはもう、一線を越えてる。
くれはの言う、許せない人間に足を踏み入れている。
自分の手で直接じゃなくても、魔女を操らなければ死ななかった人がいるんだから、それで言ったら同じ側には立てない。
この心にへばりついた重みと、今もどこかから恨まれている有様。こんなのはあたしだけでいい。
だから、もしも。
もしも、くれはが誰かを殺したいってほど憎んだら。
その時は――
■今回の内容
『仮面生徒会の逆襲』(一部分)
『みたまの特訓 みかげ編』(一部分)
■八雲 みかげ
あのみたまさんの妹魔法少女。小学生。
第二部で実際に出てくるまではみたまさんのMSSで妹の存在が示唆されるだけであり、知る人ぞ知る立ち位置だった。
■コルボー
ミヌゥに殺された記憶があろうと味方でいると明言したイケメン魔法少女。
それはそれとして家族以外に対してはいつもの殺戮状態なので危険である。
■ミヌゥ
イザボーの死後、"もしも"で始まる数々の夢想をしたことがあるとかないとか。
それは『仮面生徒会の逆襲』をチェック。
■ラピヌお姉さま
再契約。しないとただカワイイだけの生き物になってしまう。
なお、この先魔女化しても今の見た目に戻る。なんだか思考もちょっぴり大人になってるらしい。
■ここまで
ほぼたると☆マギカ編。
第一部の帆奈ちゃん編みたいなもの。