SAORTA 100層両手斧チャート   作:biim兄貴の新作を見よう

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予告より遅れたので初投稿です。

今回はタグのbiim兄貴リスペクト(小説)リスペクト部分の回収です。分からない人はISの男の娘が亡国企業を滅するRTA読んで♡(ダイマ)
(回し者じゃ)ないです。

Q.どうして執筆再開から時間が掛かったんですか?


A.最近話題のあいつのせいでゴタゴタがありました。あと中古ゲームのやり込みもやってました。

ちょっとした修正
part.2のザザの武器をエストック→レイピアに変更。(深い意味は)ないです。ゲームメイクの事を考えるとこっちの方が自然な気がしただけです。



ほんへ 1

 

 ────ゲームの死が現実の死と直結する。

 

 

 

 ゲームマスターの茅場晶彦による宣言は、始まりの街を恐怖と混沌に叩き落とした。

 現実の姿に変わったプレイヤー達の姿は、先程と変わって様々な種類に溢れていた。周りを見渡すだけで同年代くらいの青年や少女、一回り以上は上の年齢であろう男、或いは逆にひどく幼い少年がいた。しかし、どのプレイヤーも呆然とした、或いは困惑した表情は共通していた。

 

 少女の悲鳴を皮切りに、一度生まれた混乱は人を媒質として伝播し、拡散され、増幅され、混沌の都を作り上げる。

 恐慌は老若男女を問わず、平等に襲いかかっていた。ある者は混乱を抑えようとしてプレイヤーの波に押し潰され、ある者は嘘だと叫び続け、ある者は茫然自失としてへたり込み、ある者は正気を失ったのか狂ったように笑い出す。

 多くはこの場から逃げ出すように走り出したが、この世界に逃げ場など無いのに、一体彼らは何処へ逃げるのだろうか。

 その答えは虚ろな目で『死んだら帰れる』と繰り返し、ふらふらと圏外へ向かう青年の姿で察するに余りあった。

 

 

 そして恐怖に感染したのは、当然ながら俺も例外では無かった。

 

 こんなつもりでは無かった。

 後悔と悲嘆が脳内でゆっくりと首をもたげる。

 息抜き程度に切り上げて、医者への勉学も続けなければならないのに。

 現実での病弱な身体に邪魔をされず、ただ普通に、思った通りに、満足に身体を動かしたいだけだったのに。

 第一弾でナーヴギアが一台しか買えなかったから、二弾が出たら弟と一緒に遊ぶはずだったのに。

 

 今となっては不可能となってしまった幻想へ縋り付いても、冷静な部分が無駄だと囁く。それでも目の前の現状を信じたくないと脳が叫び、二律背反に挟まれた思考は頭のネジが外れたように纏まらない。

 

 広場外縁部の建物に背を預け、空を見上げた。茅場と共に赤黒い空は消え去り、明るい橙赤色の夕焼けが空を染め上げていた。『黄昏(誰そ彼)時』の文字が脳内を踊り、皮肉げにプレイヤー達を、俺を嘲笑っていた。

 

 何分も経って漸く、死が一気に身近になった事に実感が追いついた。纏まらない思考のままに焦燥が募り、何もせず棒立ちになっている俺を、生きるために動けという切迫感が突き動かした。行動の正しさなどは知ったことではない。

 ああ、この場から走り出した彼らは宛もなく飛び出しただけだったのか。

 今更ながら他人事のように理解し、そして俺も同様に走り出していた。

 

 衝動に従った俺が走り出した先は、迷宮区とは違う方向だった。目的地も無いのにこちらへ走り出したのはただの偶然か、はたまた無意識の内に視界に入った何かを、あるいは誰かを縋り付くように追い掛けたのだろうか。

 分からない。分からないが、ただ停滞している事だけは出来なかった。

 

 

 

 レイピアを装備した俺は始まりの街から飛び出した。

 AGIに高く振ったステータスが遺憾なく発揮され、他のプレイヤーを抜き去っていく。集団で戦闘をしているプレイヤー達が視界に入る。六人で一匹の狼型エネミー《グレイウルフ》を相手にしていてなお、彼らは及び腰であった。命がかかっているのだから当然だろう。しかしその光景は、このゲームが本当にデスゲームなのだと不安と焦燥を煽った。目を背けるように前へと走り続けると、彼らは視界の外へと流れ去る。

 後ろからは誰かの悲鳴が聞こえた気がした。

 

 

 そして突然、俺の目の前にポリゴンが集まりだす。その欠片達は即座に形を成し《グレイウルフ》が生み出された。

 脳裏に茅場の宣言がフラッシュバックする。

 HPの全損が死を意味する世界においてこの狼との闘いは、比喩でなく命のやり取りに他ならない。負ければ死、勝てば生。単純にして原始的なルールだけが、この世界を支配している。

 体に一瞬の緊張が走る俺に向かって、夕暮れの中、灰色の身体で偽物の陽光を反射した敵は、威嚇するように歯をむき出しにして襲い掛かって来た。

 

「──────ッ!」

 

 緊張に身が強張る自分を鼓舞するように、言葉にならぬ叫びを上げた。狼の攻撃進路を避けるように身を左へずらし、そして右手を後ろに引き絞る。生存本能を乗せたレイピアがソードスキルのエフェクト光を纏い始め、身体が規定モーションに沿って動いた。踏み込んだ右脚のバネの緊張を一気に張り詰め、腕の引きも弓の如く更に絞り上げる。

 戦闘は一瞬で決着した。交錯と同時に銀閃が敵の喉を貫き、HPを奪い去って淡い虹色のポリゴンへと還す。会敵から十秒にすら満たない、濃密な刹那の戦闘。

 着地の軽い衝撃が足に来た事で実感する。命を賭けた闘争を終えて残ったのは、俺だ。

 

 不思議な高揚感を抱く俺に経験値とドロップを伝えるウィンドウが表示されるが、そんなものに構うほどの余裕はまだ無かった。ただ衝動のまま、目的もなく夕闇を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 プレイヤーの少ない方へと走っていれば、数分もすると目の前には誰一人いなかった。薄暗い森から湿気た草の匂いがふわりと漂い、それに乗って不気味な獣の唸りが聞こえて来る。

 しかし気味の悪い場所である筈なのに、一人になったからか焦燥感と切迫感はなりを潜め、不安がないと言えば嘘になるが、少なくとも冷静な思考は帰って来ていた。

 

 これからどうするべきか。

 

 湧いた疑問に、俺は何も答えられない。

 先程まで俺を突き動かしていた情動が消えると、後に残ったのはただ空虚な己のみ。漠然と生への渇望がある一方で、理性はその生への意味すら見出せない。

 

 たとえこのゲームを生き残り現実へ帰ろうと、俺は恐らく、もう親から見限られるだろう。

 俺の家系は、代々病院の院長を務めてきた。病弱でロクに登校出来ず、ただでさえ医学部の勉強に着いて行けずに留年すらした上に、このようなゲームに囚われた不出来な息子へ掛ける期待など、きっともう残っていない。少なくともこうなった以上、俺より出来のいい弟に跡を継がせる方が合理的だし、あの両親ならばきっとそうする筈だ。

 親に怒りなど湧かない。なにもかもが自業自得に過ぎないのだから当然だ。

 結局、現実に帰った所で親からの期待は無くなっている。つまり今まで捧げて来た親の期待に応えるための短い二十年余りは、無意味に散った。

 それは今まで俺を支えてきた存在価値の欠如に他ならない。

 

 脚から力が抜ける。

 クリアへの意志。生の理由。存在価値。

 連鎖的した人間性の喪失は、俺を砕くには十分だった。

 

 さて俺は、一体何のために生き残れば────

 

 

「──────」

 

 ふと、小さな声が聞こえた。

 この場には俺以外居ないものと思っていたため驚きつつ、(てい)の良い理由が見つかったと思考を打ち切って声の方向へと視線を向けるも、そこには森林が広がるだけ。気のせいかと思えば、やはり奥から誰かの声が微かに聞こえる。いや、これは声というより────

 

「泣いて、いる?」

 

 好奇心が疼く。心配と言う綺麗な感情ではなく、野次馬根性にも似たものだ。

 声の聞こえた方向へと移動すれば、次第にその声は鮮明に聞こえるようになってくる。嗚咽に近い喉が引きつったようなその声の主は、間も無く俺の前に現れた。

 

 そのプレイヤーはカーソルがオレンジ色だった。それはこのゲームにおいて犯罪者である事を示す色。

 一度は警戒が跳ね上がるも、そのプレイヤーの姿を確認すればそんな警戒は一気に霧散した。

 

 武器を横に置いてへたり込み袖で目元を拭うプレイヤーは、数歩の距離を挟んで見るに、高く見積もっても中学生程度の少年であった。

 漏れる嗚咽は変声期前の高さを保ち、袖で涙を拭うたびにふわふわした黒髪が揺れ、なお拭いきれない雫が溢れていた。

 この少年が確実に悪ではないと言う確証こそ無いが、こんなフィールドで号泣している、虚飾とは思えない姿を見る限り、少なくとも気を最大限に張り詰めるのは無駄だと肩の力を抜く。

 

 しかし、どう声を掛けたものか。

 考えてから驚いた。

 先ほどまで恐怖に正気を失っていた割に、俺はこの少年にお節介を焼こうとしている。いや、人と話すのが苦手な事を鑑みれば、この事こそ未だ混乱の最中である証左か。

 無駄に思考を回しても、当然目の前の現状は打開しない。周りを見渡しても他のプレイヤーは居ないし、この少年をどうにか出来るのは俺だけだった。

 あーだこーだと首を捻っても仕方ないと諦めつつ、気軽に、それこそ弟に話しかけるように、優しく喋り掛けた。

 

「大丈夫、か?」

 

 言葉を短く切る癖が抜けないまま声を掛けると、少年は(プレイヤー)がいたことに驚いたらしく、パッと顔を上げる。

 

 露わになった顔立ちは推測より更に幼い。少なくともこのゲームの年齢制限(13歳)よりは下の年齢だろうか。大きくつぶらな瞳目が似合う端正な顔は驚きに彩られ、呆然と俺を見つめていた。

 

 そして見つめ合うこと、数秒。大きな目が再びじわりと潤むと、ポロポロと涙が溢れ始め、少年はまた泣き始めてしまった。

 こうなると、こちらとしては弱ったものだ。弟が泣きついてきたのを何度か諭した事さえあれ、見知らぬ少年を落ち着かせる事は露ほども経験が無いし、要領も当然分からない。

 何か解決策が無いかと周りを見渡しても皆無、どうにかしようと手を伸ばしても何も出来ず引っ込める。(はた)から見れば非常に珍妙な光景だろう。

 

「……ナァ、何やってるんダ?」

 

 故に背後から現れた新たなプレイヤーは、俺にとっては救いだった。

 振り返った先にはフーデットケープを被ったプレイヤーが一人。声から察するにこのゲームには珍しい──少なくとも広場では殆ど見かけなかった──女性プレイヤーだろうか。

 彼女の視線は警戒と困惑を含みながら俺と少年を往復し、少年の方に聞くのは無理だと悟ったのか、俺の方へと目を固定した。

 

「泣いていた、から、ここに来た。理由は、分からない」

 

 主語も必要な修飾語も欠いたお粗末な言葉だが、相手には十分に伝わったらしい。困ったように頬を掻くと、少年を落ち着かせようと宥め始める。女性は子供の扱いが上手いと噂で聞いた事があるが、少なくともこの場では正しかったらしい。少年は依然として泣いているが、話が出来る程度には落ち着いた。

 

「アー……とりあえず君の名前、オネーサンに教えてくれないカ?」

 

「……ぇぅ……モナカ、《北海モナカ》です」

 

「オレッチはアルゴ。良く言えたナ、モナカ。偉いぞ」

 

 あやすように背をさするアルゴという少女は、俺の方に視線を投げる。その意図を何と無く理解し、聞き覚えは無いと首を振る。

 

「じゃあ、もう一つ教えてくレ。モナカ、君に保護者のプレイヤーとかはいるのカ?」

 

 ずっと泣いていた少年、モナカは首を横に振る。

 俺がこの少年の知己でないことから薄々は察していたのだろう。少女は驚いた様子もなく薄く溜息を吐いて、 そしてやや真剣な表情へ切り替える。

 

「モナカ、最後に君のカーソルについても聞いてもいい?」

 

 飄々とした言葉遣いをやめたのは、真剣な話と切り替える彼女の合図のようなものか。

 少年のプレイヤーカーソルの色はオレンジ。それはこのゲームにおいて、盗み、そしてプレイヤーへの攻撃を行った、犯罪プレイヤーの証。もし後者であった場合──現状を鑑みるに意図的にそうなった可能性はほぼ無いし、だからこそこうして世話を焼いているわけだが──デスゲームとなった世界では、とても看過出来ない。

 その意図は俺だけでなく、少年の方にも正しく伝わったらしい。顔を少し強張らせて口許を一度きゅっと結ぶと、たどたどしく、けれどしっかりとした口調で言葉を紡ぎ出した。

 

「僕は、始まりの街の広場から────」

 

 

 

 

 

 

 彼の身に起きたことは語るに短く、しかし激動なものであった。

 

 あのデスゲーム宣言の後、彼は真っ先に広場を飛び出したらしい。

 そもそも転移させられた場所が広場外縁部。広場の混沌には巻き込まれずに、しかし突然の事に動転したままこの場所まで走ってきたが、ここ辿り着いてなんとか冷静になったと。

 

 ふと思い出したが、この少年は確か始まりの街の広場で俺のすぐ側にいた、あの幼い少年だったか。

 無意識は彼を追いかけていたのだろうか──頭を振って、そんな意味の無い疑問を振り払う。

 

 ここに辿り着いて数分すると一人の男が来た、と彼は言った。

 始まりの街で買える薄黒いフード付きのマントを纏った若い男だった。そして他の人が来たと安心する間もなく、男の短剣が振り上げられた。

 道中でエネミーを倒すために装備していた斧で慌てて防御をすれば、その大きな刃が男にぶつかり、相手のHPを削った。削ってしまった。

 少年がゲームシステム上の犯罪者としてカウントされるようになると、男の攻撃は激しさを増した。一切の容赦の無い攻撃を前に必死で抵抗することしか出来ず、短剣使いは頭のネジが外れていたのか、いくらHPを削っても引こうとしない。

 彼に残された道は、ひたすら足掻き、抗い────殺すことだった。

 

 

 

 

 

 話し終えた頃には、少年は再び泣き出していた。人の命を奪った事への戸惑いと罪悪感を受け止めるには、その器はまだ脆すぎた。

 

「よく喋ってくれた」

 

 少女がわざと荒っぽくわしゃわしゃと頭を撫でると、撫でられた当人は気恥ずかしくそうに少しはにかんだ。涙が頬を伝う彼の気丈な笑みは、見ていて痛々しかった。

 

「さ、とりあえず移動しようゼ。ここは街に近いからプレイヤーが来るかもしれないし、危ないだロ。オレッチは一応βテスターだからプレイヤーの来ない安全地帯まで案内するサ。そこの──」

 

「ザザ、だ」

 

「了解。聞いていたと思うけどオレッチはアルゴ。よろしくナ。

 ザザ、早速の相談なんだガ、出来れば一緒に着いてきて欲しいんだけど良いカ?」

 

「構わない」

 

 道中の護衛と言うよりは、この少年を連れるに当たって、もし他のプレイヤーと会った時説明できる要員が多い方が都合が良いだけだろう。だとしても、今後の方針を立てる間の時間に何もしないよりは、この依頼を受けた方が人脈を作ると言う点で得だろう。

 打算的に算盤を弾いて軽く首肯し、二人の横に並ぶ。

 

「あ、あの、えっと」

 

「よろしく」

 

 わたわたと慌てる少年に出来る限り自然に笑みを送ろうとしたが、我ながら上手く笑えた気がしない。

 

「ザザさん、その、ご迷惑をお掛けします」

 

「気に、するな」

 

「んじゃ、行こうカ」

 

 挨拶が終わったところで、少女が先頭を駆け出し、その後ろに俺達は着いて行く。月──月モドキが照らす森を駆けながら、先程まで目を背けていた生存理由に俺は再び思考を巡らせ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モナカを安全地帯まで連れて行った後──モナカ本人からの願い入れで彼を一人にして置いて来たが──俺がこの辺りの地理が分からないと言うと、アルゴは近くの圏内の村までの案内を買って出てくれた。そしてそのままアルゴに連れられて、俺達は荒野を駆けていた。

 

「……なあ」

 

「なんだイ?」

 

「先に進むには、迷宮区を攻略すれば、良いのか」

 

「少なくともβの時はそうだったナ」

 

「早く攻略すれば、あいつは、カルマ浄化クエストを、早く受けられる、か」

 

 俺の発言にアルゴは目を丸くして足を止めたのに合わせて、俺も立ち止まる。猫のような大きな目が興味深そうに俺を見据えていた。

 

「そりゃそうだガ……モナカとは初対面だろうに、随分と優しいナ。いや皮肉でも何でも無くそう思うゼ」

 

『初対面』の部分には、それ以上の意味が込められている気がした。『全面的に信頼し得ない犯罪者プレイヤーなのに』と変換されたのは、あるいは他ならぬ俺自身がそう思っているからか。

 

「……そんな、殊勝な、ものではない」

 

 そう、あの少年のためなどと言う綺麗なモノではない。

 俺には『このゲームに巻き込まれた全ての人のため』という漠然とした理由で動けるほどの高尚な精神は無く、かと言って自分のために生き残る理由も無い。

 そんな俺の目の前に落ちて来たモナカという存在が、理不尽に巻き込まれたにも関わらず、SAOクリアへの意欲を燃やす──それがたとえ嘘であろうと──幼い命のためという具体的な建前が、生存本能と理性の都合を付けるには丁度良かっただけ。

 結果的には美談であれ、その実、砕け散った俺の意義を一時的に補完するための、どこまでも自己本位に基づいた醜い逃避に過ぎないのだからタチが悪い。別に都合の良い理由が見つかれば恐らく、いや間違いなく、この少年の重要性は消え去ってしまう。

 

 もっとも、俺をじっと見つめてくる少女には、そんな自己分析など理解されているはずもないだろうが。

 

「……マ、何にせよ攻略に前向きなプレイヤーがいるのは嬉しいことダ。

 けどナ、ザザ、一つだけ余計な事を言わせて貰うゼ。君は、君自身が生きる事を最優先にしてくレ」

 

 今度は俺が目を丸くする番だった。口調こそ変わらないが、アルゴが口にした内容と纏った雰囲気は大真面目。

 

「心配なんて、お前の方こそ、随分と優しいな」

 

「優しいってのは違うナ。オレッチは甘いだけサ」

 

 それは──口を開こうとして、やめた。聞いてもどうしようもない事だし、踏み込める間柄でもない。

 黙りこくった俺を見て、アルゴは悪戯っぽく歯を見せて笑った。

 

 示し合わせるでもなく、二人揃って前を向く。視線の先には空を貫く一本の塔、否、迷宮。

 あの迷宮の先に二層があって、そこにはまた迷宮があり、三層があり迷宮があり──百層が重ねられて行くのだ。

 その道のりを思う。たったそれだけでゲームクリアは果てしなく遠いように思えて、心は不安に軋んでしまう。

 

「クエストは、良いのか?」

 

 目を合わせないまま、隣へ話し掛けた。

 

「それは後回しだナ。有望株の若者が目の前にいるんダ。案内ついでに色々説明して今のうちに唾付けとけば、後々ネタを持って来てくれそうだしナ」

 

 アルゴもまた、目を合わせないまま歩き出した。

 

「抜け目無い、情報屋だな」

 

「そんなに褒めたって何も出ないゼ」

 

「それは、残念」

 

「ニャハハ。オレッチはそんな安い女じゃないゼ」

 

「そもそも、買われるような、女じゃなさそうだ」

 

「良くわかってるじゃないカ」

 

 会ってまだ数時間だが、会話が苦手な俺にしては不思議なことに、軽口を叩くことが出来ていた。それはきっとアルゴの持つ独特の軽さと言うべき雰囲気に加えて、それ以上に俺達は、そうしていなければ耐え切れなかったからだろう。

 

「期待してるゼ、ザザ」

 

「俺には、重いな」

 

 俺達はそれ以上の言葉を交わすこと無く、宵闇の森を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディアベルが死んだ。

 

 第一層のボス戦の指揮を執り、攻略参加者を纏め上げたディアベルは、ボスに一人で突撃を仕掛け、そして事前情報とは違う敵の武器を前にして呆気なく死んだ。

 

 目の前で人が死んだのは初めての事で、デスゲームの実感が強く引き起こされた。

 この世界は間違いなくゲームだが、同時に命を簡単に消し飛ばせる現実でもある。俺はそれを正しくは理解していなかった。どこかでゲームなのだから俺は死ぬ事はないと楽観していた。他人の死で初めて理解するあたり、我ながら狂っているのだろうか。

 

 彼は自分からボスに単騎特攻を仕掛け、ボスの繰り出すソードスキルを完全に食らって死んだ。自業自得に他ならないその死が、酷くあっさりと散った命の火花が、脳裏にチラつく。決して後悔や追悼ではないのは分かっていたが、この感覚が何なのかも分からなかった。熱に浮かされたように、ぼんやりと、人が死んだシーンが繰り返される。

 

 気が付けば、一層の例の森林へふらふらと歩いていた。あの日と同じ夕暮れの森は、しかし以前よりも赤く見えた。

 

「ヨ、ザザ」

 

 その声に、脳内に焼きついた映像は一時停止を掛けられる。

 片手を挙げて軽い様子で声を掛けてきたのは、この一月半で最も交流が深い人。けれどその表情は普段よりやや強張っていて、ほぼ毎日連絡を取り合い、時には顔を合わせて来たのだから、理由も何となくは察せられた。

 

「アルゴ、か」

 

 俺の言葉に返事は無く、アルゴは無言で俺の横を歩き始めた。目的地は当然のように一致していたから、会話が無くともアルゴと俺は付かず離れずの距離を保ちつつ森を進む。

 そうして無言のまま森を潜り、数分した頃だろうか。

 

「あの、さ」

 

 アルゴは思い詰めた顔で、視線を下に向けたまま口を開いた。けれどその先は続くことがなく、見れば言葉を探すように口元を動かしている。彼女の懊悩の、攻略への情報を提供する者としての苦悩の原因は理解していた。そしてそれをあまりに深刻に捉えれば、きっと彼女のパフォーマンスは下がってしまう。

 だから、俺は端的に擁護の言葉を口にする。

 

「……注意書きは、あった」

 

 アルゴはハッとして俺の顔を見つめてくる。余計な事を言わずとも、それに気付かないフリをして歩くスピードを少しだけ速くすると、後ろに足音が着いてきた。

 

「ニャハハ。お見通しってわけカ」

 

 力の無い笑いと小さな呟きは聞かなかった事にした。アルゴにも整理の時間が必要だし、それは赤の他人が介入して良いことではない。

 互いに黙ったままモナカの待つ安全地帯へと歩を進めていた中、沈黙を破ったのはやはりアルゴだった。

 

「ありがとナ」

 

「……早く、行くぞ」

 

 無愛想な返事にはアルゴの困ったような笑い声が返ってきた。

 それから暫く歩けば遠くで武器を振るう音が聞こえ始め、目的地に近づくほどその音は大きくなって行く。

 

 アルゴと俺がモナカのいる安全地帯──《ユフの岩場》に辿り着くと、つい先程までモンスターを倒していたのか、背中に斧を背負ったままモナカが走り寄ってきた。

 

「ザザさん! アルゴさん!」

 

 ぱたぱたと足音を立てながら寄ってくる様に犬を幻視していると、アルゴが明るい笑みを浮かべながら頭を乱雑に撫でた。

 

「ヨ、久しぶりだなモナカ」

 

「あう、アルゴさん、やめてください」

 

 言葉とは裏腹に楽しそうに笑うモナカは、どうやら初日の悪夢からはどうにか立ち直ったようだった。ゲームが突然命のかかったモノへと変貌し、そんな中で不可抗力とはいえ人を殺した彼は、頭を上げて前へと進もうと懸命に命を繋いでいる。

 初日の彼の、涙を流して今にも壊れてしまいそうな笑みはもう見る影もない。それは本当に消えたのか、それとも隠しているだけか。

 

「あの、お二人が揃って来るなんて珍しいですけど、何かあったんですか……?」

 

 身長のため下から覗き上げるようなモナカの瞳は不安げに揺れ、しかし新たな展開への期待に満ちている。決して負けず、生き残り、百層を攻略せんという強い意志が満ちたモナカのその眼に、俺は貫かれていた。

 

「二層が、解放、された」

 

「……えっ」

 

「これから二層のカルマ浄化クエストの場所まで案内するつもりだガ、すぐに出られるカ? 迷宮区を通るつもりだかラ、準備が必要なら──」

 

「い、いえ! すぐに出ます!」

 

 伝えたニュースが予想外だったらしく驚くモナカを見て、アルゴと俺は小さく笑う。あわあわとコンソールを操作し始め装備を整えたモナカは、むん、と一つ気合を入れるように拳を握った。

 

「早く行きましょう! 善は急げ、です!」

 

「ニャハハ、なら早速行こうカ」

 

 目をキラキラと輝かせながら調子の良いことを言う少年にアルゴは再び笑みをこぼし、先頭を取るように歩き出した。それにトテトテと着いて行くモナカの背は小さく、そしてなぜか儚く思える。

 あの小さな背には、一人の命を奪ったという罪科が乗っている。

 このゲームでは人がポリゴンへと散り、命を散らす。その様をこの少年は見た──否、自ら引き起こしたのだ。

 

 頭の隅が疼く。

 

「ザザさーん! 早く行きましょー!」

 

 ハッと前を見れば二人は既に十数メートル先にいて、モナカが此方に向かって手を振っている。表情は二層への期待に溢れていて、それを表す様にその場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 その姿に目を細めつつ、先の疼きを誤魔化すように、俺は一歩踏み出した。

 




これで良かったのか分からないのん。

裏話:ザザニキが完全無欠の光サイドとか想像付かなくて諦めました。
あとザザの言葉を短く切る口調は読点が多くて読みづらくなるので、長めに話してる部分は詰まる箇所を減らしています。読み辛さは減らしたいからね、仕方ないね♂(ただの力量不足)
一応色々と考えてザザの不安定で極端な思考回路、そしてアルゴの設定を作りました。本文も意図的に色々端折ったりしてますが、色々言及するのは野暮なので書かないゾ。変に見えるかもしれないけどお兄さん許して(懇願)

誤字報告:誤字報告をして下さった方、名前を明記して良いか分からないので名前を伏せたままお礼申し上げます。

余談というか設定ガバ:原作読み返してたらプネウマの花を取った帰りに、キリトがロザリアに対して
「一日二日、オレンジになるくらいヘーキヘーキ(要約)」
とか言ってたので、この作品のカルマ浄化クエストは確実におかしいです。『七面倒くさいクエスト』の記述だけ確認していた結果、Part.2で書いたクエスト形式としてしまいました。あのさぁ……(呆れ)

よってガバの責任を取って失踪したいと思います。

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