悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~ 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
皇帝の意識が完全にアルバ達に向いた瞬間を狙って放った攻撃。
私の切り札の一つ。
一発限りの奥の手が最高の結果を叩き出し、皇帝に決定的な一撃を叩き込む事に成功した。
今この瞬間、私は一世一代の賭けに勝利した。
その結果、私の目の前で、憎い憎い男が無様に膝をついて踞っている。
いい気味だ。
そして、いい気分だ。
今だけは、暗い喜びが、ルナに会えずにもうすぐ死んでしまう事への悲しみをも上回る。
何故なら、私がこいつに従わなければいけなかった理由が、たった今、消滅したのだから。
「馬鹿な……! セレナだと……!? ありえん! お前は確かに死んでいた筈だ!」
踞りながら、皇帝が驚愕の表情で叫んだ。
その顔色は随分と悪い。
私が打ち込んだ攻撃のせいが九割だと思うけど、残りの一割は幽霊にでも会ったかのような薄気味悪さのせいかもね。
でも、皇帝がそう思うのも無理はないだろう。
何せ、今の私には
加えて、皇帝は十中八九、私の反応が消える瞬間を探索魔術で捕捉してた筈。
つまり、私が死んだと錯覚してた訳だ。
そりゃ、モノホンの幽霊のようにも感じるだろうさ。
私がそんな状態になってる仕掛けはこうだ。
アルバに負けて、ノクスを看取った後、私は自分に『
完全な休眠状態にはせず、魔力で思考能力を強化した脳だけはギリギリ働くような半休眠状態に。
おかげで、かなり意識が朦朧とするし、最低限修復してアイスゴーレムとしての機能を取り戻した鎧を操作しなければ、まともに動く事もできない。
今だって、コールドスリープを解除する方を優先しなきゃいけないから、皇帝に追撃ができないくらいだ。
でも、そのおかげで、私は皇帝の探索魔術すら欺くレベルで気配を消す事に成功した。
探索魔術とは、生物の気配を感知する魔術。
コールドスリープによって呼吸も止まり、体温もなくなり、限りなく死体に近くなった今の私を捉える事はできない。
ギリギリ脳は活動してるからほんの僅かに気配はあるけど、それだって精々虫以下の小さな気配。
そんなもの、生命力に溢れる革命軍の精鋭達の側にいれば、容易く覆い隠せる。
それでも、探索魔術の追加効果である魔力感知までは誤魔化せない。
それを欺いたのは、
ゴトン、という重い音を立てて、私の身体に装着していた物がボロボロの床へと落ちる。
その瞬間、私の魔力反応が感知可能になった。
皇帝が目を見開く。
「なんだそれは……!?」
答える義理はないし、そもそも呼吸が止まってて声が出せないから答えない。
けど、頭の中ではどうしても考えてしまう。
これを使う事は中々に不快で複雑な気持ちになるから。
このアイテムは『魔封じの鎖』だ。
ガルシア獣王国で、裏切り爺が自分の魔力を隠す為に使ってた特別製の。
あの時、裏切り爺がワールドトレントに変貌した瞬間。
膨張する植物の塊に押し出されて飛んで来たのを反射的にキャッチして、そのままなし崩し的に回収してたアイテム。
あの時は、なんで裏切り爺がこのアイテムの情報をペラペラと喋ってたのかわからなくて不気味に思ったけど、今ならなんとなくわかる気がする。
多分、裏切り爺は、私がこれを使って皇帝に反旗を翻す事を期待してたんだ。
前に革命軍の本部で遭遇した時、怒りに任せて裏切り爺に叩きつけた言葉を思い出す。
『お前らが余計な事をしたせいで姉様は目をつけられた! その結果があれだ! 三年前の悲劇だ! 私にとって、お前らは憎い憎い、姉様の仇の一つなんだよォオオ!』
あの時、私は裏切り爺の前でハッキリと口にしていた。
憎い憎い、姉様の仇の
ここまで言えば裏切り爺じゃなくても察するだろう。
私が恨んでる対象が他にもいるって事を。
そして、姉様を私から無理矢理引き離し、暗殺されるような危険地帯へと連れ去った皇帝を恨んでいない訳がないと。
表面上だけでも私の情報を集めていれば、この結論に辿り着ける筈だ。
だからこそ、裏切り爺は私の目の前でこの鎖を見せびらかし、使い方をレクチャーした。
皇帝を欺けるかもしれない手段を私に与えた。
この鎖は使い勝手が悪い。
付けてる間はかなりの魔力が制限されるから、戦場で使うには危険すぎる。
不意討ちに使うとしても、全力で攻撃したいなら、攻撃前に鎖を外さないといけない。
それじゃ不意討ちの効果が薄くなるし、そもそもこの鎖は魔力反応は隠せても気配までは消せないから、その時点で微妙な性能と言わざるを得ない。
革命軍を相手に使っても効果は薄かったし、これを十全に活用しようとするなら、想定される状況はかなり限定される。
そう、まさに今この時のような。
多分、これこそが裏切り爺の狙い。
もちろん、完璧にこの状況を予期してた訳じゃないだろう。
むしろ、上手くいったらいいなくらいの保険だった可能性の方が高い。
裏切り爺はかなり追い詰められてた。
保険でもなんでも、打てる手はなんでも打たなきゃいけない状況。
その保険の一つが偶然にもクリティカルヒットした。
ただそれだけの話だと思う。
それでも、あの爺の思惑に乗るのはとてつもなく嫌な気分だったけど。
けど、そんな事はもうどうでもいい。
裏切り爺はさっき完全にくたばったし、それに嫌な気分を我慢するだけの価値は十二分にあった。
おかげで、切り札を皇帝に叩き込む事ができたんだから。
魔封じの鎖とコールドスリープのコンボを切り札その1とするなら、切り札その2とでも言うべきアイテム。
それが今、あの皇帝を心の底から苦しめている。
「ぐ、ぉ……!?」
皇帝が苦痛に顔を歪める。
効果抜群だ。
それもその筈。
あのアイテムは皇帝の天敵なのだから。
私が使った切り札その2。
それは、前にアルバから回収した光の魔力が入った
これを手に入れたのは、私が初めてアルバ達と全面衝突した時。
ノクスと力を合わせて特級戦士達に勝ち、アルバの右腕と右眼を奪った時の戦利品だ。
最初はこれを使ってルナにかけられた呪いを解除しようと思ってたんだけど、呪いが予想を遥かに上回る強度だったせいで全然効かなかった。
あの時の悔しさは忘れられない。
もしかしたらという希望と、それが裏切られた時の絶望。
食い縛った歯の感覚を、握り締めた拳の感覚を、今でもハッキリと覚えてる。
結局、泣く泣くそっち方面での使用は断念し、光の魔力は氷漬けにして品質保存。
その上から更に特級戦士の
そんな私のか弱い抵抗が遂に実を結んだのだ。
さっき、皇帝の意識が完全にアルバ達に集中し、彼らを捻り潰すべく、足を止めて大魔術を使ってくれたタイミング。
皇帝の背中を守っていた闇の龍も消え、大魔術同士の激突のおかげで、多少の魔力行使なら紛れるという状況。
ここしかないと思った。
私はそこにお守りの短剣を投げつけたのだ。
鎧の力と、できるだけ魔力を絞った魔術による射出を使って。
それが皇帝にぶつかる寸前に封印部分の氷を解除し、短剣自体に光の魔力を纏わせる。
いくら皇帝でも、
頭とか心臓とかを狙ったら気づかれると思って狙いは脇腹にしたけど、それが大正解だった。
短剣は無防備な皇帝の脇腹に深々と突き刺さり、私はそれを更に『
結果、皇帝の脇腹には風穴が空き、人体の一番弱い所に侵入してきた大量の光の魔力によって、皇帝の魔力が乱れに乱れまくる。
そのおかげで……
「ああ……やっと消えてくれた」
戻ってきた発声機能を使って、私は万感の想いを込めて呟いていた。
ルナにお守りとして持たせておいた、様々な機能を持つ自律式アイスゴーレム。
その機能の内の一つ、私の感覚とリンクした探索魔術が、ルナの中にあった闇の魔力が完全消滅した事を知らせてくれる。
ノクスが言った通りになった。
死の間際、ノクスが遺言として私に教えてくれた事。
それは、呪いの解除方法だった。
『いいか。闇の魔術は、お前の氷の魔術と違って明確な形を持たない。それはルナマリアにかかっている
ノクスの語ってくれた呪いの概要を思い出す。
『故に、
ううん、ノクス。
そんな事ないよ。
それだけ聞ければ充分だ。
あなたの言葉のおかげで、私は成功すれば必ずルナが助かると信じて作戦を実行する事ができた。
そして、実際その通りになった。
感謝してる。
心の底から。
これでもう憂いはない。
呪いは消えたし、アイスゴーレム越しにメイドスリーへ情報を送る事もできた。
今頃は、氷の城の秘密の機能を使って国外へ脱出してくれてる筈だ。
命を惜しむんだったら、ここで撤退してルナの側に行くのが最善。
けど、その惜しむ命すら私にはもうない。
残ってるのは、ずっとずっと私の心を焦がしてきた、この有り余る怒りと憎しみだけだ。
「この時をずっと待ってた。私から姉様を奪ったお前に、なんの憂いもなく牙を向けられるこの時を」
「ク、クク……随分と強気だな。確かに、お前の攻撃は効いた。ここまで素直にしてやられたと思ったのは初めてかもしれん。だが、それだけでこの私を倒せると思っているのか?」
皇帝から闇の魔力が吹き出す。
かき乱され、弱り、それでも尚、ノクスを遥かに上回る力強さを持った魔力。
手負いの化け物が放つ圧倒的な威圧感に、回復しながら仕掛けるタイミングを伺っていたアルバ達が硬直する。
私も、死の覚悟が決まっていなければ震えていたかもしれない。
この化け物を倒せると思ってるかだって?
そんなの当然……
「思ってない」
だからこそ、私は切り札その3を使う。
命を投げ捨てなければ使えない、必殺の手札を。
眼帯を外す。
かつて、アルバとの戦いで失った左眼の上に付けていた眼帯。
そこには今、不気味な光を放つ氷の義眼が嵌め込まれている。
内側から漏れ出る魔力を凍らせて封じ込める為の仕掛けだ。
これは特大の危険物。
だから、絶対になくさないようにここに入れておいた。
その義眼を、私は左手で抉り出す。
そして、義眼の形をしていた氷を注射器の形に作り変え、自分の首筋に突き刺した。
中にあった液体が私の体内に注入されていく。
ガルシア獣王国での戦いの時、ワールドトレントとの戦いの最中に超小型アイスゴーレムの郡体を使って地上に引っ張り出し、撤退時に低空飛行で回収しておいた、超級の
「「「!?」」」
この場の全員が驚愕する中、私の身体が変質していく。
迸る魔力でボロボロの鎧を砕きながら、まるでサナギの中から羽化するように。
肩くらいまでだった髪が腰の辺りまで伸び、義眼すら失った左眼に魔力の光が宿り、視力が復活した。
更に、義足となった両足に神経が通うような感覚。
これだけなら身体が再生しているようにも感じるかもれない。
でも、違う。
私の身体は、生物としての正常な形を失い、異形へと変じていくのだ。
コールドスリープの余韻で冷え切った身体が、更に冷えていく。
冷えて、冷えて、冷えて。
生物としてはあり得ない、絶対零度の温度にまで体温が下がる。
肌が青白いを通り越して、完全な白に染まる。
息も白い。
身体全体が冷気を纏っている。
まるで、全身が氷になったかのような奇妙な感覚がした。
「この気配、この魔力……『雪女』、氷の精霊か。お前も魔獣因子を……!」
ああ、これ雪女なのか。
皇帝の言葉で、自分が何の因子を取り込んだのか理解した。
雪女。
確か、身体が魔力のみで構成されてるっていう魔力生命体『精霊』の一種。
その中でも、外見上は最も人間に近い精霊の一つだった筈だ。
そのせいなのか、それとも単純に相性が良いのか、懸念してた拒絶反応や脳へのダメージが思ったより小さい。
むしろ、頭まで冷えて思考がクリアになった気さえする。
それでも、普通に取り込んでたら、ワールドトレントみたいに大きく寿命を削ってたんだろうけど。
でも、どんなリスクがあろうと、もはや関係ない。
どうせ、ここで尽きる命なんだから。
使い捨てても一向に構わない。
そんな捨て値の対価と引き換えに手に入れたのは、弱体化した今の皇帝となら充分に戦える力。
精霊とは、天災と恐れられる大魔獣の一角だ。
その因子を取り込んだ今の私は、ワールドトレントにも匹敵する力を得ている。
この力でお前を倒す。
覚悟しろ、クソ野郎。
私は魔獣兵化した事で超強化された脚力で床を蹴り、限界を迎えた床を崩落させながら皇帝に急接近した。
「ッ!?」
「『
その行動をフェイントに使い、反射的に正面からの攻撃を迎撃しようとした皇帝に、横から
前までなら発動までに一秒以上の時間がかかったこの魔術も、氷の化身のような魔獣の因子を取り込んだ今の私ならノータイムで使える。
それをまともに食らい、皇帝は身体を凍りつかせながら、銀世界となった部屋の奥へと吹き飛んでいった。
その隙に、私はアルバ達へと話しかける。
「許してくださいとは言いません」
顔は向けずに、正面の皇帝を見据えたまま、私は一方的に語る。
「今までの事を水に流しましょうとも、信じてくださいとも、一緒に戦いましょうとも言いません。ただ、お互いに利用し合いましょう。皇帝を倒すという共通の目的の為に」
「ッ! ふざけ……アルバ!?」
私に好きだった人を殺されたキリカが反射的に噛みつこうとして、途中で言葉を止めた。
チラリと横目で見ると、荒ぶるキリカの前にアルバが手をかざしていた。
「ごめんなさい、キリカさん。皇帝を倒す為にセレナの力は絶対必要です。ここは堪えてくれませんか」
「うぐっ! だ、だが!」
「セレナは俺との戦いで既に致命傷を負ってます。多分、遠からず命を落とすでしょう。それで納得してください。……それに、帝国を倒した後は憎しみだけでは立ち行かなくなります。貴族を全員殺す訳にもいかないんです。妥協、してください」
「………………チッ!」
あ、キリカが引いた。
私に絶大な恨みがある筈のキリカを説得できるなんて、アルバの上に立つ者としての才覚の片鱗を見た気分だ。
そうしてキリカを諌めた後、アルバは私の方を見る。
「セレナ。時間がないから多くは語れないけど、一つだけ言っておく。━━頑張ろう」
「……よりによって、出てくる一言がそれですか」
もっと他に言う事あるだろうと思って、ちょっと呆れる。
でも、なんというか、実にアルバらしい一言だとも思った。
ここで恨み言が言ってこない優しさというか、甘さというか、そういうのが。
「ふん! せいぜい足引っ張らないでよね!」
そして、ルルもまた私に敵意を見せなかった。
この子も、なんだかんだで結構なお人好しだと思う。
バックとミストの大人組も、アルバの決定に異論はないのか静観。
キリカはさっき説得されてる。
かくして、ここに革命軍と私の一時的な協力関係が成立した。
目の前には、共通の敵である皇帝が銀世界から這い出して来てる。
それを打倒するべく、私達は戦闘を開始した。
「行くぞ!」
「ええ」
ここに、最終決戦は終盤戦へと突入する。
決着の時まで、━━あと僅か。