悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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勇者と光射す未来へ

「うぅ……し、死ぬ……」

 

 俺は今、復興の進んだ帝都、いや元帝都に建て直された新しい城の執務室で、生死の境をさ迷っていた。

 もう何日寝てないのか数えてない……。

 一ヶ月?

 二ヶ月?

 三ヶ月?

 半年は経ってないと思うけど、それも自信はない。

 

 あの辛く苦しい戦いから五年が過ぎた。

 

 五年前、この国は全てが変わったのだという事を明確に示す為に、名前をブラックダイヤ帝国から『ライトダイヤ王国』へと改めた。

 安直な名付けだと思ったけど、こういうのは変わったという事実が大事だそうで、そこに異論はない。

 そして、俺はライトダイヤ王国の初代国王となった。

 貴族達を納得させる為に、俺の血筋が必要だったからだ。

 自分達の上に立つのが今まで散々見下してきた平民じゃ貴族は納得しない。

 けど、一応は皇族の血を引く俺の下につくんだったらギリギリ納得する。

 逆に、革命軍や平民の人達からは、王が変わっただけで今までと何も変わらないんじゃないかと不安に思われてたけど、そこはこれからの働きや政策で信じてもらうしかない。

 

 その貴族達を納得させるのも一筋縄じゃいかず、死ぬ程大変だったけど……。

 皇帝を倒してすぐの事、その情報が地方の貴族達に伝わるやいなや、好戦的な貴族がすぐに軍勢を差し向けてきたのだ。

 皇帝の仇討ちじゃなくて、疲弊した俺達を倒して自分が次の王になるつもりだったらしい。

 俺はその軍勢を、なんとか余力の残ってる人達を率いて殲滅した。

 犠牲を最小限にする為に、一発大技を撃って戦意を挫いてから、意気揚々と自ら指揮を執っていた首謀者を捕まえる形で。

 

 幸いだったのは、敵の中にあの戦いで成長した俺を脅かすような強者が一人もいなかった事だ。

 六鬼将クラスはもちろん、一級騎士もそんなにいなかった。

 指揮を執っていた首謀者は貴族の最高位である公爵だったけど、その公爵率いる辺境騎士団ですら、疲弊した俺達相手に手も足も出ない。

 その情報も瞬く間に広まったおかげで、それ以降、表立って軍を動かす貴族はいなくなった。

 まあ、表立った反乱が起きなくなったのは、あの人が俺達に協力してくれたからって理由が大きいんだろうけど。

 

 もう一つ幸いだったのが、帝都決戦において生き残った帝国の最精鋭、中央騎士団の生き残りの人達が、無条件で俺達に服従してくれた事だ。

 どうやら、皇帝に切り捨てられるような形で攻撃を受け、多くの仲間を失った事で帝国への忠誠心が削がれ。

 自分達では天地がひっくり返っても勝てないと思い知らされる圧倒的な力を見せつけた皇帝を俺達が倒した事で、逆らう気が失せたらしい。

 革命軍と折り合いをつけさせるのがこれまた死ぬ程大変だったし、五年経った今でもかなりギクシャクしてるけど、どうにかこうにか同じ国の味方同士として動かす事には成功している。

 気を抜いたら一瞬で崩壊しそうで怖いけど……。

 纏め役をしてくれてるあの人に多大な苦労をかけてるのが心苦しい。

 

 そして、一番大変だったのが、今まで暴虐の限りを尽くしてきた貴族達への処罰だ。

 当たり前だけど、処刑くらいしないと国民の怒りが収まらない。

 かといって、問答無用で処刑してしまうと、今度は貴族達が凄まじい反感を持つ。

 国民から見れば理不尽の極みでしかなかったあの蛮行だけど、貴族側から見れば、なんら法律を破っている訳でもない合法行為だったのだ。

 それを考慮せずに無理矢理処刑を敢行したら、絶対、修復困難な禍根が残ってしまう。

 それに蛮行をやっていた貴族全員を処刑したら、確実に国が傾くレベルの大損害になる。

 滅茶苦茶難しい舵取りが求められた。

 

 これを解決したのは、プロキオンさんが生前に書き残していた、革命後の国の再建プランの資料だった。

 そこには、未来を見据えたいくつもの政策や技術が書かれていた。

 これには、かなりお世話になってる。

 その中の一つを参考にして、貴族達への処罰を決めたのだ。

 

 そうして決定した処罰は、蛮行に及んだ貴族の内、槍玉に挙げられるような大物かつ、貴族達からも嫌われてるような一部の人物と、身勝手が骨の髄にまで染み込んだ、改善の余地のないどうしようもない真性のクズを見せしめに公開処刑する事。

 他の、処刑したら国の運営に滞りができるような大量の貴族達は、家のトップに責任を取らせて生涯幽閉。

 ただの幽閉じゃない。

 特殊な魔道具により、その魔力を魔導兵器(マギア)の燃料として搾り取られ続ける幽閉だ。

 これによって、国民には憎い貴族達が新しい国の為の生け贄になったんだと思わせて納得させられる。

 残った、冷静に力関係を見極めて新国家に服従した貴族には、魔力を搾り取られる幽閉とはいえ、自分達のトップが処刑を免れて、ある程度の自由を保証されるという事で納得させる。

 あまり気分のよくない汚い政策だったけど、綺麗事だけじゃやっていけないって事は、あの戦いで嫌って程に思い知った。

 このくらいは許容するべきだろう。

 というか、許容するしかない。

 

 そんな感じの難しい舵取りの裏で、そういう判断を俺自身が早急にできるようになるべく、夜な夜なバックさんとか、政治に詳しい元エメラルド公爵家の文官だった人とかに政治の勉強を叩き込まれた。

 比喩でもなんでもなく、寝る間もないくらいに。

 魔力量に比例した俺の体力なら百日や二百日の徹夜なんて余裕だろと言わんばかりのスパルタ教育だった……。

 それでも最初はお飾り国王が精一杯だったけど、勉強と平行して毎日のように厄介事が起きるせいで、無理矢理実務経験を積まされて、今ではそれなりの為政者になれてると太鼓判押されたよ。

 

 それでも仕事はなくならない。

 眠れない。

 むしろ、仕事ができるようになる度に追加の仕事を振られるようになってる。

 あの、俺、帝国との戦いの後遺症のせいで右半身が不自由になってるんですけど?

 多くの魔力を身体強化に回せる戦闘時以外、義手と歩行補助のレッグサポーター型魔道具がないと、まともに動く事もできないくらいの重症患者なんですけど?

 そんな俺にこんな激務振るとか、容赦なさすぎじゃないですかね?

 

「失礼します」

 

 そして、既に疲労困憊な俺に新たな仕事を持ってくる鬼、もとい新国家に協力してくれてる元帝国の文官さんが執務室にやって来た。

 

「また随分とお疲れのようですね、国王様」

「ハハ……そう見えますか?」

「ええ。昔の私と同じ死相が顔に出てますから」

 

 マジか……。

 不吉だな。

 

「それじゃあ、死相を消す為にもちょっと休暇を……」

「おっと、逃がしませんよ。今日も今日とて厄介事と仕事は山積みなんですから。とりあえず今日の厄介事ですが、サファイア公爵家が隣国メルニア公国と裏で手を結び、国王様の暗殺とクーデターの計画を立てているとの情報が入りました。至急、対策会議を開いてください」

「…………おっふ」

 

 また、とんでもない厄介事が降って湧いたよ……。

 サファイア公爵家は新国家に不満タラタラだったから、いつか反逆してくると思ってたけど、よりにもよって他国と手を結んじゃったかぁ……。

 革命の直前に、セレナとノクスの政策によって、帝国は戦争中の全ての国に無理矢理大打撃を与えて停戦条約を結ばせたらしい。

 その時のダメージが原因で他国は復興にかかりきりになってたし、そもそも他国は帝国より遥かに軍事力で劣るから、帝国が王国になって戦力が低下し、更に革命後の混乱状態にあっても迂闊には手を出して来なかった。

 けど、さすがに五年も経てば色々と暗躍する余裕も出てくるか。

 つまり、これからは国内だけじゃなく、国外関係の仕事も湧いてくる訳で……。

 もうやだ。

 でも、目の前の人が逃がしてくれる訳がないし、そもそも国王の責任として逃げる事は許されない。

 本気で逃げるつもりもないけど。

 

 この容赦のない文官さんの名前は、シャーリー・コーラルさん。

 昔、セレナとちょっと交流があったらしく、その縁で新国家に力を貸してくれてるのだ。

 どうも、セレナは国を去った後、この人にそういうメッセージを送ってくれたらしい。

 まあ、シャーリーさん当てのメッセージは、この人の上司に向けたメッセージのついでみたいな物だったらしいだけど。

 シャーリーさんは、その上司の人に付いて来た結果、新国家に就職した感じだ。

 その上司の人には死ぬ程お世話になってる。

 それこそ、足を向けて眠れないレベルで。

 

「もし他国と戦争なんて事になったら、またミアさんに頼る事になっちゃいそうですね……」

 

 その上司の人、元六鬼将のミア・フルグライトさんに対して申し訳ない気持ちが募る。

 あの人は帝国において珍しい、平民に一切恨まれていない貴族だ。

 革命軍とも結局戦わなかったので、戦士達にも直接恨まれてはいない。

 元六鬼将という事で複雑な気持ちは抱かれてるみたいだけど、逆に言えばそれくらいだ。

 それに何より、ミアさんはいい人である。

 

 その立場と人徳を使って、ミアさんは貴族と平民の間を上手く取り持ってくれてる。

 ミアさんが王国の武官の頂点として作った新しい地位、大将軍として活躍してくれてるからこそ、貴族達は表立って反乱を起こさなくなったし、ギスギスしながらも貴族と平民が足並み揃えていられるんだ。

 あの人がいなかったら、戦後処理が十倍は大変になって、確実に俺は死んでいただろう。

 間違いなく命の恩人だ。

 そんなミアさんに更なる仕事を振るのは大変心苦しい。

 この前なんて「もういい加減、寿退職したい! このままじゃ本格的に行き遅れるぅうう!」って嘆いてたし。

 

「そろそろお見合いの一つでもさせてあげたいんですけどね……」

「ああ、それに関しては心配いりませんよ。ミア様が行き遅れた場合、私が美味しくいただく予定なので」

「……ソウデスカ」

 

 いや、何も言うまい。

 世の中には色んな愛の形があるって事だよ、うん。

 

「そうそう。美味しくいただくと言えば、国王様もそろそろルルさんと◯◯◯(ピー)の一つでもしましたか?」

「ぶっ!?」

 

 シャーリーさんがいきなりぶっ込んできた!

 思わず吹き出した後、ゴホゴホと咳き込む。

 その様子を見て察したのか、シャーリーさんは呆れ顔になった。

 

「まさか、プロポーズすらまだとか言いませんよね? セレナ様も言っていたのでしょう? 早めにプロポーズする事を勧めると」

「そ、そうなんですけど、お互い仕事が忙しくて……」

 

 俺の忙しさは言うまでもなく、ルルも現在は国王直属の親衛隊隊長として頑張ってくれてる。

 暗殺者とか割としょっちゅう現れるし、部隊を纏める勉強とかもしなきゃいけないし、本当に忙しいのだ。

 ちなみに、キリカさんは新兵達の教官、バックさんは宰相、ミストさんはバックさんの側近兼妻として、それぞれ新国家の為に尽力してくれてる。

 バックさんとか、文官服とはち切れんばかりの筋肉がミスマッチすぎて妙なファッションになっちゃってるけど。

 

 それはともかく。

 ルルとは、セレナに指摘されてからお互い妙に意識し合う微妙な関係になってしまった。

 正直、俺としては満更でもないのだ。

 ルルは最初に俺を助けてくれた人だし、それ以降もずっと助けてくれた頼れるカッコいい先輩だった。

 好きか嫌いかなんて聞かれるまでもなく好きだ。

 それが恋愛的な意味での好きかと問われれば、結構な割合でそうだろう。

 

 そして、俺の勘違いじゃなければ、ルルの方も多少は俺に好意を持ってくれてると思う。

 少なくとも嫌われてはいない……筈。

 たまに手と手が触れ合った時とか赤い顔してくれるし。

 

 だから、仕事が一段落して、ある程度国が安定したら告白しようと思ってたんだ。

 ただ、一向に仕事が一段落しないだけで……。

 これはマズイかもしれない。

 このままだと、いつまでもこの調子でズルズル行ってしまう可能性すらあるぞ。

 まさか、セレナはこれを見越して早めにプロポーズしろとか言ってたのか!?

 

「……今度、無理矢理にでも時間を作って告白してみようと思います」

「おお、遂にですか。頑張ってください」

「はい」

 

 とりあえず、今はサファイア公爵家とメルニア公国の問題をどうにかしないと。

 最悪戦争になるかもしれないと思えば、否が応にも気合いが入る。

 多分、戦争になっても負けはしないと思う。

 帝国時代と違って、皇帝も六鬼将もいなくなった今、突出した戦力は俺とミアさんくらいしかいない。

 けど、その代わりに、この五年で魔導兵器(マギア)の技術はかなり発達した。

 幽閉した貴族から搾り取った魔力に加え、プロキオンさんの資料を参考に、魔獣や自然から魔力を抽出して魔導兵器(マギア)の燃料にする技術が誕生したのだ。

 そのおかげで魔導兵器(マギア)を多くの兵達に配る事ができ、魔力を使って戦える兵士の総数は帝国時代より遥かに増えている。

 更に、魔力という貴族と平民の間にあった決して埋まらない筈の溝が埋まった事で、平民の立場が上がって貴族に不当に扱われる事も減るだろう。

 その分、舵取りも難しくなるけど、あの弱者が強者に一方的に搾取されていた世界よりは遥かにマシだ。

 

 今の王国は、旧帝国に決して劣らない程に強い。

 だから、戦争が起こっても多分勝てる。

 でも、戦争はもう沢山だ。

 あれはお互いの大切なものをことごとく壊し、奪い、数え切れない程の悲劇を撒き散らす悪夢だ。

 戦争は最終手段。

 本当にどうしようもない時にしか取っちゃいけない選択肢として扱わなければならない。

 

 もう、この国に必要のない悲劇はいらない。

 少しでも悲劇の数を減らす事。

 一人でも多くの人が笑顔で明日を迎えられる国を作る事。

 それが俺の目指す王としてのあり方だ。

 

「お喋りはここまでにしましょう。至急対策会議を開きます。関係者を集めてください」

「畏まりました、国王様」

 

 そうして、今日も俺は国王としての仕事に邁進する。

 やっとこの国を照らしてくれた光を見失わないように、前に向かって走り続ける。

 死んでいった人達の分まで、全力で。

 いつか、せいぜい良い国を作れと言った、かつて宿敵だった少女とあの世で会った時。

 せいぜい胸を張って自慢できるような、そんな国を作る為に頑張ろう。




次回、最終話。

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