悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~ 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「落ち着け。ルナマリアはすぐそこだ」
「私は落ち着いています」
謁見の翌日。
ノクスは自分で言った事を守り、予定通り今日がルナを引き取る日となった。
しかも、ノクスは私が心配だったのか、一緒に付いて来る始末。
聞くところによると、レグルスとプルートがノクスの仕事を引き受け、行かせてくれたらしい。
でも、別にノクスが居ても何も変わらないと思うけど。
手続きは終わってるから今更やる事ないし。
ルナの護衛と考えれば帝国でも最高クラスの魔力量と戦闘力を持ったノクスは心強いけど、私と私の腕輪型アイスゴーレムで武装したメイドスリーがいる以上は過剰戦力だ。
まあ、居るに越した事はないし、突然のトラブルがあっても第一皇子の権力でゴリ押してくれると考えれば普通に心強いか。
そんな感じで、緊張しながら一同後宮の中へ。
姉様との面会で何度か訪れた場所。
虫型アイスゴーレムである程度は内情を把握してるし、中でルナが暗殺されてるなんて事はないと思うけど、やっぱり落ち着かない。
ルナは最後の希望なんだ。
万が一にも、その身に何かがあってはいけない。
そうして後宮の面会室に通され、待つ事数分。
その数分が数十時間に感じられる中、遂に面会室の扉が開き、そこからルナを抱えたメイドが現れた。
「おねーしゃまー!」
「ルナ!」
私はすぐにメイドからルナを受け取り、胸の中に抱く。
ルナはまだ1歳ちょっとだ。
いくら生まれつきの魔力で強化されてるとはいえ、何かあればすぐに死んでもおかしくない赤ちゃん。
そんなルナとこうして無事に再会できた事で、張り詰めていた糸がようやく少しだけ緩んだ。
「ルナ、ルナ、ごめんね……!」
まだ物心もついていないルナに向かって、私は堪えきれずにそんな事を口走ってしまった。
私は姉様を守れなかった。
この子のお母さんを死なせてしまった。
ごめんね……ごめんね……ごめんね……。
そんな思いばかりが口から出て、同時にまた涙が出てきた。
情けない。
私はこんなに泣き虫だったのか。
こんな弱い奴じゃルナを守れない。
だから、もう泣いちゃいけないのに……!
そうして自分を責めていた時、ルナの小さな手が、私の涙を拭った。
「ルナ……?」
「むー!」
ルナが泣いていた。
頬を膨らませて、怒りながら泣いていた。
そして、強く私を抱き締めてくる。
小さな手だ。
小さな身体だ。
なのに、私はまるで姉様に抱き締められたように感じた。
ルナはまだ物心ついていない。
だから、別に何かを考えて動いた訳じゃない筈だ。
私が泣いているのを見て、反射的に、ただ感情の赴くままに、こういう行動に出た。
それが、こんなに優しい抱擁だった。
ああ、この子は確かに姉様の娘だ。
優しくて天使な自慢の姉、エミリア姉様の娘だ。
あのクソ野郎になんて似ない。
きっと優しい子に育つ。
この時、私はそう確信した。
「ルナ……!」
この子は、この子だけは必ず守ってみせる。
姉様の分まで守ってみせる。
腕の中の小さな温もりを抱き締めながら、私は改めてそう誓った。
さあ、行こう、ルナ。
この腐った国を出て、全く知らない新天地へ。
そこで穏やかにあなたを育てる。
姉様の時みたいに、命の危険がある場所へ連れ去らせはしない。
怖い思いなんて絶対にさせない。
絶対、姉様の分まで幸せにしてみせる。
姉様そっくりの優しい魔力を感じながら、私は……
「え?」
その時、私はおかしな事に気づいた。
ルナの身体に纏う魔力がおかしい。
私が探索魔術を極める内に辿り着いた、魔力の波長やその他諸々で個人を特定する技法。
それによって感知できるルナの魔力がおかしい。
ルナの魔力は、姉様そっくりの優しい魔力だった筈だ。
皇帝の闇属性ではなく、姉様や私と同じ氷属性を継いでいると確信できるような。
それが、今は若干変わっている。
いや、その言い方は正確じゃない。
よく調べてみれば、ルナ自身の魔力は変わっていない。
ただ、ルナ本人の魔力とは別の魔力が、ルナの身体にまとわりついているような、そんな感じがするのだ。
その別人の魔力は、少しノクスと似ている闇の……
そこまで考えて、気づいた。
『私は優秀な者が手元にある事を望み、その者が私と敵対する事を望まない。
この言葉を覚えておけ』
脳裏に奴の言葉が蘇る。
吐き気のするような外道の声が。
同時に、ゲームの中で登場した一つの闇属性魔術の存在を思い出した。
敵にかける事で、対象のHPを急速に減少させていく特殊攻撃。
闇属性の最上級魔術『
ルナにまとわりついている魔力の正体はそれなのだと、直感的に察した。
思考が怒りに支配される。
あいつは、あのクソ野郎は!
どこまで姉様を苦しめれば気が済む!?
どこまで私を怒らせれば気が済む!?
この呪いは、私への脅しか!
ルナを人質に取ったって事か!
『私は優秀な者が手元にある事を望み、その者が私に敵対する事を望まない』
クソッ!
クソッ!
クソォ!
私は泣いた。
さっきとは違う理由で。
そして、その感情を決して誰にも悟られないように泣いた。
でも、ルナだけは私の変化に気づいたのか、大声で泣き出してしまった。
気づいてくれた事が嬉しくて、でもその何倍も苦しくて、悲しくて。
涙が止まらなかった。