悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~ 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
帝国中央騎士団所属、二級騎士ブライアン・ベリルは、目の前の光景を見て、自分の中の帝国への忠誠心が揺らぐのを感じた。
今、彼の前に広がる光景は、地獄だ。
弱冠12歳という若さで六鬼将の地位を得た天才『氷月将』セレナ・アメジストによって生み出された地獄だ。
多くの人々が断末魔の悲鳴を上げながら死んでゆく。
死ななかった者も、激痛に呻きながらいっそ殺してくれと泣き叫ぶ。
更には、そうして悲鳴を上げる者達を嬉々として追い回し、無惨に殺していく同僚達。
そんな悲劇に襲われているのは、倒すべき敵国の兵士ではなく、自国の国民達だった。
ブライアンは、帝国内では珍しいまともな部類の貴族の家に生まれた。
小さな男爵家で、貴族内での発言力はないに等しい弱小貴族だったが、それ故に彼らは自分達が持つ小さな領地と、そこに住まう平民達を大事にした。
平民達の力すら借りなければ生きられなかったからだ。
だが、別に平民達を大事にしていると言っても、ことさら優遇していた訳ではない。
ただ、他の貴族達と違って理不尽な扱いをしなかっただけだ。
しかし、そんな家に生まれ育ったおかげで、ブライアンは平民を見下す事なく成長する。
やがて、ブライアンは己の剣術の才がある事を知り、貴族学園の騎士学科を卒業して騎士になった。
魔力量は努力しても平均的な三級騎士より少し上程度だったが、類い稀な剣術の才能を認められて二級騎士の位を授かり、家族には大いに喜ばれた。
しかし、騎士としての職務を続ける中で、ブライアンは少しずつ帝国への不信感を募らせていく事となる。
その原因は、自分以外の貴族の平民への扱いだ。
物扱い、家畜扱い、玩具扱い。
共に戦場に立つ事もあった平民の兵士達に至っては、ただの肉壁扱いされていた。
敵の攻撃を少しでも止められたら儲けもの。
止められたら止められたらで、なんの躊躇もなく魔術の巻き添えにする。
騎士の中には、それを見て笑う者すらいたのだ。
汚い花火だなんだと言って。
とても同じ人間にする事とは思えなかった。
ブライアンにとって、平民は見下す対象ではない。
特別大切に思っている訳でもなかったが、いたずらに殺していい存在だとも思っていなかった。
平民だって騎士が守るべき国民ではないのか?
そんな切実な疑問を抱きつつも、現在の地位や家族の期待を投げ打ってまで何か行動を起こす事もできず、悶々とした日々を過ごしていた。
そんな中でも真面目なブライアンは職務を全うし、それが評価されて最近、中央騎士団への移動が決定した。
栄転である。
そして、中央騎士団での初任務として赴いたのが今回の任務。
そこで見たのは、誉れ高き中央騎士団所属の騎士達が、自国民を嬉々として虐殺するという地獄であった。
そこで、ずっとブライアンの心の内にあった帝国への不信感は頂点に達した。
自国民を嬉々として殺す騎士に価値などあるのだろうか?
確かに、彼らは反乱という許されざる罪を犯した。
だが、それだって今までの彼らへの扱いを考えれば、起きて当然の事態だと思える。
同情の余地は大いにあるどころか、同情の余地しかない。
なのに、彼らは反逆者として、その事情を一切考慮される事なく殺されていく。
果たして、命令に従って彼らを殺す事は本当に騎士としての正しい姿なのだろうか?
セレナに街の中での殲滅を命じられたブライアンは、嬉々として平民達を追って行く同僚達に付いて行く事ができず、ただ剣を強く握り締めたまま俯き、動けなくなってしまった。
そんなブライアンに向けて、無数の魔力の塊が飛来した。
「っ!?」
咄嗟に握り締めていた剣で全ての魔弾を弾き飛ばす。
戦場で油断するなど一生の不覚だとブライアンは自嘲した。
自分が戦う意義を見いだせずに俯いていようと、平民達にとって自分は憎い敵の一人でしかない。
止まっていれば撃たれて当然であった。
しかし、そこでブライアンは驚愕の光景を目にする事となる。
「こ、これは!?」
彼に対して魔弾を放ってきたのは平民達ではなかった。
彼らが持っていた巨大な杖のような物を構え、こちらに攻撃を仕掛けて来たのは、氷で出来た人形達だ。
全身鎧の形をした氷の人形達が、平民達の武器を構えて自分を攻撃してきた。
その事実にブライアンは混乱する。
この人形達は彼の上司であるセレナが魔術で作った物であり、つまりは味方の筈だ。
それに攻撃されるなど意味がわからなかった。
「いったい何が……っ!?」
思わずそう口にした瞬間、ブライアンの腹部に激痛が走った。
見れば、氷のように透き通った美しい剣が、彼の腹を貫いていた。
彼の鎧や身体強化の魔術を貫通して。
「ぐっ……!?」
その剣は独りでに動いて引き抜かれ、ブライアンの腹から大量の血が吹き出す。
生命力の強い魔術師故にまだ死にはしないが、剣に背骨を両断されてしまった為、下半身に力が入らない。
ブライアンはそのままうつ伏せに倒れた。
そんな彼の元に、武器を構えた人形達が近づいて来る。
同時に、その人形達に紛れて近づいて来る、一回り小さな鎧の姿がブライアンの目に映った。
それは間違いなく、彼に指示を与えていた上司。
六鬼将序列六位『氷月将』セレナ・アメジストに他ならなかった。
「セレナ様……!? 何故……!?」
「ごめんなさい」
セレナはただそれだけ告げ、同時に人形達が手に持った武器を作動させた。
至近距離から放たれる大量の魔弾。
それに打ちのめされ、ブライアンの命の灯火が急速に消えていく。
(これが六鬼将の、騎士の頂点のやる事か……なら、俺は、なんの為に、騎士に……)
そんな思考を最後に、ブライアンの意識は完全に消失した。
この日、民の事を憂いた一人の正しき騎士が、生きていたならば革命軍の英雄になっていた筈の男が。
ひっそりと命を落とした。