悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~ 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
初仕事から約2年が経ち、私はちょっと前に誕生日を迎えて15歳になった。
この2年で色々調べたけど、ルナの呪いを解く手段は未だに見つかっていない。
そもそも、あの魔術は使い手が少な過ぎるんだよ。
数ある魔力属性の中でも一際希少な闇属性の、しかも最上級魔術。
希少過ぎて文献とかもロクに残ってないし、ゲーム知識を参考にしようにも、これをかけられた主人公達は抵抗力とHPの高さで強引に耐えてただけだから欠片も参考にならない。
焦る。
そして、呪いが解けない以上、私はルナを連れて国外に逃げる事もできず、帝国と皇帝の為に真面目に働くしかない。
なので、この2年間は真っ当に仕事をして、他国との戦争で功績を上げまくった。
そのおかげで、今のところは皇帝の期待に応え続ける事に成功している。
なんか副次効果で、私の六鬼将での序列が六位から三位に上がったりしたけど些細な事だ。
追い抜いた人達から嫉妬される事もなかったし。
レグルスとプルートはともかく、元序列三位で今四位のミアさんという女騎士さんは「こんなちっちゃいのに凄いね、セレナちゃん! アタシも負けてらんないわー!」と言って豪快に笑っていた。
いい人だ。
さすが帝国の良心。
そんな生活を送り、私は今数ヶ月ぶりに隣国との戦争から帰って来たところだ。
国境の砦にある転移陣から帝都に移動し、そこで色々と報告してから、アメジスト家の別邸の転移陣を通って領地へと帰還すれば、相変わらず笑顔な使用人達に迎えられた。
なんか、年々屋敷が綺麗になって行ってる気がするわ。
掃除に気合いが入ってる感じで。
そんな屋敷に派遣したアイスゴーレム達は、幸いな事にここでは戦いがないから出番がなく、屋敷のインテリアと化している。
平和なのは本当に良い事だ。
懸念事項だったクソ家族どもに媚びてた使用人達も、真っ当に仕事すれば私からボーナスが出ると気づいてからはかなり真面目になった。
この人達は元々生き残る為にクズどもに媚び売ってた訳で、根っからの悪人だった訳じゃないんだと思う。
この人達を悪に染めてた連中を排除し、悪に従った場合の末路をトラウマとして刻み付け、その後強制的に善行を積ませれば矯正できた。
それでも、虐げられてた方の使用人達からの視線は未だ冷たいらしいけど、こればっかりは自業自得と思って耐えてもらうしかない。
そこまで陰湿な虐めが発生してる訳じゃないみたいだし、なんとかなるでしょ。
そんな屋敷を出て、徒歩数分圏内の場所にそびえ立つ氷の城を目指す。
そこに辿り着いて、門を開けて中に入り、扉を叩けばいつもメイドスリーの誰かが対応に出て来てくれる。
どうやら、今回はドゥが一番近くにいたらしい。
扉を開け、ペコリとお辞儀して私を迎えてくれた。
「お帰りなさいませ~、セレナ様~」
「うん。ただいま」
私は、他の場所では出せない気の緩んだ笑顔を自分が浮かべたのを感じた。
そんな私に、顔を上げたドゥが微笑んでくれる。
もう私と彼女の目線の高さは殆ど変わらない。
メイドスリーは姉様より歳上だから、ちょっと前までは私が見上げてたのに。
時の流れを感じる。
そして、更に時の流れを感じさせる存在がすぐ近くにまで迫っている事を、私の探索魔術が教えてくれた。
「おねえさまー!」
「ただいま、ルナ!」
姉様の忘れ形見にして私の愛する家族、ルナが凄い勢いで私に突進してきた。
身体強化も使ってないのに凄いスピード。
生まれついての魔力による強化率が凄い。
さすがルナ!
天才!
そんなルナを優しく受け止めて、姉様が私にしてくれたみたいに抱っこして、頭を撫でてあげる。
そうすると、ルナは満面の笑みで私に笑いかけてくれるのだ。
可愛い!
尊い!
天使!
私なんかに向けるには勿体ない笑顔だよ!
そんな天使なルナはもうすぐ3歳だ。
物心もついて、私の事をおばさんじゃなくて、おねえさまと呼んでくれる。
天使!
まあ、これは姉様が私の事を「ほら、ルナ~。セレナお姉様だよ~」って教えてくれてたおかげなんだけどね。
姉様もまた天使だった。
だから当然、当時11歳だった私をおばさんと呼ぶような鬼ではなかったのだよ。
「ルナ、元気してた?」
「はい! げんきでした!」
可愛い。
そっかぁ。
元気だったかぁ。
それは何よりの吉報だよ。
ルナが元気な姿を見るだけで、私はあと百年は戦える。
戦う勇気が無限に湧いてくる。
すぐそこにまで迫った革命軍との戦いだって、絶対に最後まで戦い抜ける。
そう。
もう革命開始の時はすぐそこだ。
その事を私はずっと前から知ってる。
転生したこの世界が『夜明けの
この情報は、まだ私が赤ちゃんの頃に、その一大イベントが発生した時間と主人公の年齢から逆算して突き止めた。
物語の開始は、今の皇帝が皇帝の地位を手に入れた帝位継承争いから約15年後。
主人公が15歳の誕生日を迎えた日から始まる。
そして、物語の開始から一年としない内に革命軍は本格的に始動する筈だ。
その後、何年間戦ってたのかは詳しく描写されてないからわからないけど。
で、私と主人公は多分同い年だ。
帝位継承争いって、ちょうど私が生まれた頃に終わったらしいからね。
皇帝に媚び売りまくってたクソ親父も当然それに参加してたから、その情報が言語習得を目指してた私の所まで入ってきた訳だよ。
そこから逆算すると、私と主人公は同い年という事になる。
私の誕生日の方が何ヵ月か早いってところかな。
なので、私が15歳になったという事は、主人公ももうすぐ15歳を迎え、そこから物語が始まってしまう。
戦いが始まってしまう。
まあ、この予想が外れる可能性も勿論ある。
この2年で私は六鬼将として結構暴れた。
革命軍と同盟を結んでた国にもかなりの打撃を与えたし、ブライアンも殺しちゃったから、バタフライエフェクトが発生して歴史が変わる確率は決して低くない。
特に主人公関連はどうなるか全然わかんない。
ブライアン効果のピ◯ゴラスイッチで主人公が死ぬのか、主人公補正的な何かで生き残るのか。
まあ、どうなるにしても私は手を出せないけどね。
だって、主人公が現在暮らしているだろう村の場所なんか知らないし、序盤のイベントを起こす場所もわかんないんだから。
せめて、主人公とブライアンが出会うイベントを起こすクソ貴族の名前がわかれば位置が特定できるんだけど、そいつの名前なんてゲームには出てこなかったからなぁ。
なんとか伯爵って事しかわからない。
そして、腐った伯爵なんてウチのクソ親父を筆頭に文字通り腐る程いるんだぜ?
特定なんざできるかボケェ!
そんな事に労力割いてルナの側を長期間離れるような真似はできないよ。
結論。
なるようにしかならん。
これに関しては考えるだけ無駄だ。
不安だけど、できないもんはできないし、わからないもんはわからないんだから、仕方ないじゃん。
「ルナ、今日は一緒に遊ぼうね」
「ほんとですか!」
「うん。本当だよ」
「やったー!」
そんな不安をごまかすように、私は沢山ルナに構った。
そうだ。
どんな事が起きようと、どんな不測の事態が起きようと、私はこの子を守る為に全力で戦うのみ。
ルナと遊んでる内に、そんな当たり前の事を再確認できた。
不安は消えないけど、その不安を塗り潰す程の勇気が無限に湧いてくる。
「ルナ。お姉ちゃん頑張るからね」
「んー?」
私の突然の宣言に、ルナは首を傾げていた。
それでいい。
ルナは何も知らなくていい。
こんな血みどろで残酷な世界をルナに見せたくない。
必ず、残酷な世界からルナを守ってみせる。
今度こそ必ず、私は大切なものを守ってみせる。
その日から数ヶ月後。
私の予想通り、革命は始まった。