悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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31 お転婆天使と同僚達

 な、なんでルナがここに!?

 混乱しつつもダイブしてきたルナを放置する訳にもいかず、私は条件反射でルナを優しく抱き締めて頭を撫でた。

 久しぶりの再会にルナはご満悦だ。

 まるで昔の私が姉様にじゃれついてた時みたいに、頭を擦り付けてくる。

 可愛い。

 しかし、それを見せられるお客様にとっては割と失礼な光景である。

 ノクス達相手なら大丈夫だと思うけど、頭は下げるべきだろう。

 

「すみません。ウチの子が」

「なぁに気にするな! 元気があっていいじゃねぇか!」

 

 レグルスはやっぱり気にしてない。

 快活に笑って許してくれた。

 逆に、プルートはちょっと眉をしかめてる。

 

「……少々躾に関してもの申したい気持ちはありますが、あなたの場合は事情が特殊ですし不問にしておきましょう。

 ただし、僕達以外の貴族の前には出さない事をおすすめします」

「ありがとうございます」

 

 許してはくれたけどお小言を貰ってしまった。

 でも、この程度で済ませてくれる辺り、プルートもルナ関連の事に関しては私に甘い。

 姉様の悲劇を知ってるからこそ、プルートなりに気を使ってくれてるのだ。

 他の事でやらかしたら、容赦なくお説教と再教育が待っている。

 六鬼将での序列はもう私の方が上なのに、未だに頭が上がらないんだよなぁ。

 

 そして最後の一人。

 最も無礼を働いてはいけない相手にして、最も普通に許してくれると確信してる相手でもあるノクスは、何故かルナを見て驚愕したように目を見開いていた。

 

「ノクス様?」

「……いや、なんでもない。その子が例の箱入り娘か?」

「あ、はい」

「そうか。大きくなったな」

 

 しかし、すぐにノクスは表情を取り繕い話題を逸らした。

 今の反応はちょっと気になるけど、深くツッコムのはやめとこう。

 それより、問題は今のこの状況だよ!

 ルナを権力者と会わせたくなかったのに!

 でも、会っちゃったからには仕方ない。

 挨拶くらいさせないと。

 

「ルナ、この人達はお姉ちゃんと一緒にお仕事をしてる人達だよ。ご挨拶しなさい」

「はい!」

 

 そうして、私はルナを地面に降ろした。

 ルナはちょっと名残惜しそうにしている。

 私はちょっとどころではなく名残惜しい。

 でも、それを振り切ってルナはスカートの裾を軽く摘まみ、綺麗にお辞儀をした。

 

「ルナマリアともうします。どうぞよろしくおねがいいたします」

「ああ」

「おう! よろしくな!」

「ふむ。まあ、いいでしょう。よろしくお願いしますね」

 

 おお、ルナ凄い!

 メイドスリーに頼んで、一応何かの時の為に礼儀作法を教えてもらったんだけど、ちゃんと実践できてる!

 まだ3歳なのに!

 天才!

 正直、私よりちゃんとしてるかもしれない。

 これはご褒美のなでなでが必要だ!

 

「ルナ、よくできました」

「えへへ」

 

 ルナは嬉しそうに笑って、再び私の胸の中に戻ってきた。

 ルナは私に対しては結構甘えん坊だ。

 多分、たまにしか会えないから寂しい思いさせてるんだと思う。

 ごめんね。

 

「しっかし、こんな穏やかな顔したセレナは初めて見るなぁ。最近はずっとピリピリしてたし、こりゃ良い目の保養……っ!?」

 

 私はルナに顔が見えてないのをいい事に、余計な事を言い出したレグルスを殺気混じりの視線で睨んだ。

 アイコンタクトで、ルナの前で余計な事言うんじゃねぇよと語りかける。

 それを正しく理解したのか、レグルスはコクコクと頷いていた。

 横でプルートがため息を吐いている。

 私は、ルナに貴族社会や仕事の話をしたくないと日頃から言っていた。

 それを忘れたレグルスに呆れているようだ。

 

「では、話し合いも終わった事ですし、私はこれで失礼します。お見送りできなくて申し訳ありませんが、何とぞご容赦を」

「いや、構わない。家族との時間は大事にするべきだ。お前の場合は特にな」

「そうですね。僕も小言を言うのはやめておきましょう」

「俺も文句はねぇよ。……ただ、そのヤンデレ過保護っぷりはもう少しなんとかした方がいいと思うぞ」

 

 レグルスが小声で何やら付け足していたけど聞こえんなー。

 

「ありがとうございます。では、失礼いたしますね」

 

 そうして、私はルナを抱き抱えたまま一礼して客間を出た。

 その後、近くにいた執事にあの三人の見送りを頼んでおく。

 貴族的に考えるとかなり失礼な対応だけど、事情を知ってるあの三人相手なら大丈夫でしょう。

 

 で、この後は仕事の続きする為に国境の砦に戻る予定だったんだけど……まあ、いいや。

 敵の指揮官は討ち取ってあるし、敵軍も壊滅状態。

 あとは停戦条約を結ぶだけなんだから、砦に居る文官に任せておいても問題ない。

 会議の後に緊急でやる事が出来たという事にして、今日はルナと一緒にいる事にしよう。

 つまり、ズル休みだ。

 文句は受け付けない。

 

「ルナ、今日はお姉ちゃん一緒にいるからね」

「ほんと!?」

「うん」

「ありがとうございます!」

 

 ああ、癒されるぅ。

 でも、癒されながらでも聞いておかなきゃいけない事がある。

 

「ところでルナ、どうしてこっちに来ちゃったのかな?」

 

 そう尋ねた瞬間、私の胸の中でルナがビクリと震えた。

 怒られると思ってるのかな。

 その予想は当たりだ。

 私は今、割と怒ってる。

 ルナは最近、メイドスリーの目を盗んでこっそり屋敷の方に行く事があった。

 そこまでなら、まあいい。

 最近の屋敷は本当の意味でアットホームな職場になってるし、ルナもずっと氷の城の中じゃ息が詰まるだろうと思ったから、そこまでなら許可した。

 ただし、地下の転移陣の部屋にだけは絶対に入るなと言いつけておいたのだ。

 その言いつけを破るとは、このお転婆天使め。

 

「そ、その……ガミガミおばけのトロワからにげてたんです。

 それで、ぜったいにみつからないところにかくれたくて、あのおへやにはいりました。

 それで、それで、おへやのまんなかでかくれてたらゆかがひかって、そうしたらおねえさまのけはいがして」

「ああ……」

 

 トロワのお説教から逃げてたのか。

 彼女は結構真面目だから、ルナがお転婆するとお説教が長いのだ。

 逆に、アンは悪乗りしてルナのお転婆に付き合い、一緒に怒られる事が多いらしい。

 これは近況を楽しそうに話してくれるルナ本人と、両サイドを良い感じに取り成してるというドゥに聞いた。

 

 で、そのお説教から逃げる為に転移陣の部屋に隠れて、じっとしてる内に垂れ流しの魔力が転移陣に貯まって起動したのか。

 見張りにアイスゴーレムが居た筈だけど、あれには私に異常を知らせる機能がないからなー。

 失敗した。

 近い内にその機能を搭載したやつを作って入れ換えておこう。

 

 そして、私の気配を感じたっていうのは探索魔術だと思う。

 休暇の時、自衛と将来の為に最低限の魔術の手解きをしてるけど、もう使えるようになってたんだ。

 天才だよ。

 そして練習をかかさなかったんだろうなぁ。

 まあ、まだ私みたいに常時発動してる訳じゃないだろうし、見知った相手の気配しか感知できないレベルだとは思うけど。

 それを差し引いても凄い。

 

 だが、それはそれ、これはこれ。

 転移陣の部屋に入ったのはダメだ。

 絶対にダメだ。

 今までのお転婆と違って、越えてはならない一線を越えてる。

 一歩間違えばシャレにならない事態になってた。

 こう見えて私は結構怒ってるし、それ以上に焦ってたのだ。

 内心冷や汗ダラダラである。

 ここは私も心を鬼にして、キツく言っておかなければ。

 二度とこんな事態が起きないように。

 

「ルナ、事情はわかったけど、あの部屋に入るのは絶対にダメだよ。一人で敷地の外に行くのと同じくらいダメ。二度とやっちゃいけません。

 こっちには怖い人達が沢山居るんだから」

「でも、さっきのひとたちはこわくなかったですよ?」

「それは運が良かっただけだよ。あの人達は良い人達だったけど、怪獣みたいな人達が来る事だってあるんだからね」

「かいじゅう!?」

「そう。ルナなんて頭から齧ってモグモグしちゃうような人がこっちには沢山居るんだよ。怒ったトロワの百倍怖い人達が。

 しかも、その時にお姉ちゃんはこっちに居ないかもしれない。ルナを守れないかもしれない」

 

 ルナが私の腕の中でプルプルと震え始めた。

 絵本とかで怪獣の怖さは知ってるからね。

 本気で怖いんだと思う。

 その怯えっぷりを見て心が痛むけど、ここは怖がってもらわないと困るので訂正はしない。

 それに、私の言った事は本当だし。

 

 こっちには貴族という人間の皮を被った怪獣が沢山いるのだよ。

 そんな奴らの前にルナを出したら、政治的な意味で美味しく丸齧りにされてしまうだろう。

 お守りは持たせてるけど、それは物理的にしかルナを守ってくれない。

 だから、ルナ自身が危険に近づかない事が何より大事。

 ルナを貴族の食い物にさせてなるものか!

 

「わかったら二度とあの部屋に入っちゃいけません。わかった?」

「わ、わかりました」

「うん。よろしい」

 

 私はあやすようにルナの背中をトントンと叩いた。

 それでルナは落ち着いてくれたらしい。

 

「トロワにはちゃんとごめんなさいしようね。いっぱい怒られるだろうけど、ちゃんと聞いて反省する事」

「はい……」

 

 よしよし。

 良い子だ。

 

「私も一緒に謝ってあげるから、そんなに怖がらないの」

「……ほんとですか?」

「ホントだよ」

 

 そうやってルナを宥めながら、私は領地の方へと帰還した。

 その後、ルナはトロワにめっちゃ怒られて泣いた。

 私は一緒に謝りはしたけど、ルナを助ける事はしない。

 助けたくなるのを必死で堪えて、事後に慰めるだけに留めた。

 許せ、ルナ。

 これも愛の鞭だ。


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