悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~ 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「うわ、酷い……」
就任翌日。
私は一緒について来た部下達を臨戦態勢で砦に待機させ、一人で砦の外に繰り出していた。
もちろん、平民に紛れられるように変装した上でだ。
ノクス達(主にプルート)によって徹底的に矯正されたとはいえ、元の私は教育などまともに受けてない貴族とは名ばかりの半庶民。
おまけに前世では由緒正しき純正庶民。
服装さえ変えてしまえば、庶民に紛れるくらい訳ないのだよ!
なんでそんな事してんのかと言うと、まあ、有り体に言えばパトロールの為だ。
もし本当に革命軍が砦を攻める気なら、偵察隊の一つや二つ放ってる筈だから。
特に、ここは平民を劣等種と見下して憚らないプルートの血族が納める領地。
平民の監視なんて真面目にしてる訳がないので、偵察隊なんか放ちたい放題だろう。
もしかすると、ゲームでここが狙われたのは、そういう理由もあったのかもしれない。
そんな訳でパトロールを開始した。
色んな所を歩き回り、たまに立ち止まって集中しながら探索魔術を使う。
普通に探索魔術を使うだけだと革命軍を捕捉できないからね。
だって、一般人と革命軍の違いなんて探索魔術でわかる訳ないし。
これはあくまでも気配を捉える魔術だから、感知した相手の細かい情報とかはわからないんだよ。
凄い努力して熟練させれば、無意識に纏ってる魔力とかを感知して魔術師と一般人の違いがわかるようになったりするけど、革命軍の構成員は魔力を持たない平民なので意味なし。
だから、私が探ってるのは、偵察部隊が護身用に持ってるかもしれない
でも、それだって容易な事じゃない。
元々、探索魔術は
発動して魔力をぶっ放してくれればさすがにわかるんだけど、ただ持ってるだけだと普通は探れない。
私のアホみたいな魔力コントロールで超高性能になった探索魔術ですら、こうして集中して探らないとわからないのよ。
そこまでしても見落とす可能性の方が高い。
まあ、その仕様のおかげで私の超小型アイスゴーレムが優秀な諜報員になれた訳だけど、今はその仕様のせいで凄い苦労してる。
世の中、上手いようにはいかないもんだよ。
そんな事はこれまでの人生で嫌という程思い知ってるけどさぁ。
それでも頑張って集中する。
……だけど、この街の光景は私の集中を大いに乱してくれた。
私は今、この街のあまりの惨状に気が滅入って集中しきれずにいるのだ。
この街は本気で酷い。
建物はボロボロだし、なんか腐敗臭がするし、路地裏には当たり前のように死体が転がってるし、住民は皆ゾンビなんじゃないかってレベルで生気がない。
活気がないなんてレベルじゃねぇぞ!?
これどこの世紀末?
どんだけ虐げたらこんな街が出来上がるの?
ここの街長モヒカンじゃないよね?
「ようよう姉ちゃん!」
「俺達といい事しねぇかぁ!」
「ヒャッハー! 久しぶりの美少女だぜぇ!」
とか思ってたら本物のモヒカンに絡まれてしまった。
比喩でもなんでもなく本物のモヒカンだ。
側頭部を丸刈りにし、中央部分の髪だけを残したトサカのような奇抜なヘアースタイル。
バリカンもないこの世界でどうやってカットしてんのか実に不思議である。
そんな奴が三人。
しかも中身までモヒカンのイメージに違わない世紀末のチンピラっぷり。
おまけに、ファッションすら肩パットが目立つちゃちい鎧という世紀末スタイル。
そのあまりにそれっぽい光景に、一瞬ヒャッハーな世紀末に異世界転移したのかと思って呆然としてしまった。
「おいおい、ボーッとしてどうしたぁ?」
「怖くて動けないのかなぁ?」
「ヒャッハー! かぁわいぃじゃねぇか!」
それを私が怖くて硬直してると勘違いしたのか、モヒカンどもが下衆な笑みを浮かべて舌舐めずりする。
なんか普通に貴族よりタチが悪そう。
治安の悪い街にはこんなモヒカンが湧くんだね。
初めて知ったよ。
革命軍は貴族狩りの前にモヒカン狩りをやった方がいいんじゃないかな?
まあ、そんなどうでもいい事はともかく、これどうしよう?
倒すのは簡単だし、殺すのだって赤子の手を捻るが如く簡単だ。
魔力を持たない平民と、皇族並みの魔力を持つ私とでは、蟻と龍以上の力の差が存在する。
例え、このモヒカンどもが
もし万が一、億が一、まかり間違ってこのモヒカンどもが革命軍の特級戦士並みの実力と専用の
でも、ここでやると騒ぎになるよね。
ゾンビの如く生気のない住民達だって、さすがに目の鼻の先で喧嘩が起きたら注目するだろうし。
それで革命軍斥候部隊の目に留まっちゃったらパトロールの意味がなくなる。
よし。
逃げよう。
「あ!? 待ちやがれこのアマァ!」
「逃がさねぇぞ! 絶対に犯してやる!」
「ヒャッハー! 肉便器だぁ!」
うん。
まあ、追ってくるよね。
私も目立たないように普通の人間並みの速度で走ってるし、追ってこない理由がない。
適当な路地裏に誘い込んで、そこでボコボコにしようか。
それなら目立たないでしょ。
では、カーブしまーす。
「おっと残念!」
「そこは行き止まりだぜ子猫ちゃぁん!」
「ヒャッハー! 袋のネズミだ!」
モヒカンの言う通り、逃げ込んだ先の路地裏は行き止まりだった。
こいつら地味に地理に明るい。
さては地域密着型のモヒカンだな。
「さぁて、追いかけっこは終わりだ」
「観念しなぁ」
「ヒャッハー! お楽しみの時間だぜぇ!」
確かに、端から見れば今の私は絶対絶命だろう。
がたいのいいモヒカン三人に追い詰められたいたいけな美少女が一人。
薄い本みたいな展開である。
実際は蟻が三匹、龍の眼前に立たされてるんだけどね。
さて、人目もなくなったし、倒すか。
無益な殺生はしたくないから殺さないけど、二度と婦女暴行ができないように去勢はしとこう。
そう思って戦闘態勢を取った瞬間、
「そこまでだ。チンピラども」
そんな声と共に、モヒカンの背後から一人の男が現れた。
腰に刀みたいな剣を差した、目つきの悪い若い男。
レグルスとは系統が違う不良みたいな奴だ。
「あん? なんだてめぇは?」
「俺らと子猫ちゃんの時間を邪魔してんじゃねぇよ! 殺すぞ!」
「ヒャッハー! 血祭りにしてやるぜぇ!」
そいつに対して、モヒカンどもは普通に喧嘩を売り出した。
モヒカンと不良。
親戚対決である。
……と言いたいところだけど、ちょっと違うなこれ。
だって私はこいつの中身を知ってる。
貴族への恨みで目つきと言動が不良化しただけであり、本質は優しくてまともな奴だと知っている。
正直、予想外の奴が登場して驚いた。
こんな
そして、男は心底軽蔑した顔でモヒカンどもを睨みながら吐き捨てた。
「ったく、貴族でもねぇくせして腐りやがって。てめぇらみてぇのにその女は勿体ねぇよ。代わりに俺が相手してやる。かかってこい」
「いや、俺らにそっち系の趣味はねぇぞ!」
「なんてこった!? こんな所に男好きの変態が湧くなんて!」
「ヒャッハー! 変態は消毒してやるぜぇ!」
「誰が性的な意味で相手してやるっつった!? おぞましい事言ってんじゃねぇ! 喧嘩相手って意味だ馬鹿野郎!」
なんか目の前でプチコントが発生したよ。
あいつがそっち系ねー。
そのネタはレグルスとプルートで間に合ってるから、これ以上はいらないかな。
「つべこべ言わずかかってこいやぁ!」
そんなモヒカンどもに激怒したのか、男が凄い大声で宣言する。
その瞬間、モヒカンの一人がお望み通りにしてやるぜとばかりに、腰に差した安そうな剣を抜いて飛びかかった。
「ヒャッハー! 汚物は消毒だぁ!」
どうでもいいけど、こいつさっきからヒャッハーヒャッハー煩いな。
言葉の前にヒャッハーって付けなきゃ喋れないんだろうか?
そんなヒャッハーモヒカンが大きく剣を振りかぶる。
雑な動きだ。
正式な訓練なんて受けた事ないって確信できる素人剣術。
これなら剣術を齧っただけの私の方がまだ強い。
当然、そんな攻撃があの男に通じる訳もなく、男は一歩前に踏み込んで懐に潜り、剣も抜かずに拳で反撃した。
「ふんっ!」
「あがぁ!?」
その見事な腹パンにより、ヒャッハーモヒカンが倒れて動かなくなる。
どうやら一撃で戦闘不能っぽい。
モヒカンのくせに剣なんか使うからだ。
火炎放射器の
「こ、こいつ強ぇぞ!」
「舐めてんじゃねぇ!」
ヒャッハーモヒカンが一撃で伸されたのを見て、残りのモヒカン二人は警戒しながら二人同時に突撃した。
二方向からの挟み撃ちだ。
モヒカンにしては見事な連携。
ちなみに、武器は手斧とジャックナイフである。
うん、ギリギリ合格。
火炎放射器には及ばないけど、モヒカンっぽい武器ではあるね。
「ハアッ!」
「「ぐえっ!?」」
でも、いくら自分に合う武器を持ったからと言って、三下に過ぎないモヒカンが勝てる相手じゃない。
男は僅かにタイミングが早かったジャックナイフモヒカンの懐に飛び込んで攻撃をかわし、そのままジャックナイフモヒカンの顔面を右ストレートで粉砕。
続けて、手斧を振り抜いて動きの止まった最後のモヒカンに回し蹴りを叩き込んで路地裏の壁にめり込ませ、一瞬にしてモヒカン三人を撃破した。
瞬殺。
まさに瞬殺である。
モヒカンのヘアースタイルに恥じないかませっぷりであった。
「ふぅ。おいそこの女。無事か?」
「え? あ、はい。ありがとうございました」
「礼はいらねぇ。だが、もっと気をつけやがれ。この街は治安が悪いんだからな」
わぁ、口は悪いけど心配して警告してくれてるよ。
優しい。
この人殺さないといけないのか。
ブライアンの時並みに心が痛いわ。
「あの、本当にありがとうございました」
ならせめて、感謝の言葉だけでも素直に伝えておこう。
私は深々と頭を下げる。
実際は余計なお世話一歩手前だった訳だけど、それは言わぬが花だ。
助けてくれた事には変わりないんだから。
「だから礼はいらねぇっつってんだろ。じゃあな。二度と俺やこいつらみてぇな奴らと関わるんじゃねぇぞ」
そうして、最後まで不器用な優しさを見せつけながら、男は去って行った。
この場に残るは、気絶したモヒカンが三人と、暗い顔をした少女が一人。
「……ホントに優しいなぁ。私の知ってる通りだよ。罪悪感がヤバイ」
あの男の名前は、グレン。
平民だから苗字はない、ただのグレン。
現時点では十人、ああいやブライアンが死んだから九人しかいない筈の、革命軍
現時点での革命軍最高戦力の一人。
つまり、私にとっては殺さなきゃいけない敵だ。
あんないい人が敵とかホント辛い。
戦争やってると毎日のように思うけど……ホントままならないもんだよ。
「……ごめんなさい。口が悪くて優しい恩人さん」
私はグレンの去って行った方向を見ながら、グレンに
あの優しさがグレンの首を絞める。
それどころか、あの善意からの行動が革命軍全体を窮地に追いやってしまうかもしれない。
そして、私は恩人を追い詰める事に躊躇なんてしないだろう。
だって、それが必要な事なんだから。
ああ、本当にこの世界はままならない。
「……本当にごめんなさい」
私はまたしても懺悔の言葉を口にした。
そんな事で許される筈もないとわかっていても、自然と口から出てしまう言葉を止める事はできなかった。