悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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勇者と特級戦士

 あの戦いでセレナという少女に叩き潰された日から約一ヶ月後。

 俺達はサファイア公爵領という場所にある革命軍の他の支部へと所属を移していた。

 

 あの戦いで俺達の支部はほぼ壊滅し、僅かな生き残りは皆この支部に吸収されたのだ。

 それは俺達の支部だけじゃない。

 他の壊滅した支部やそうじゃない支部からも多くの人達がここに集まっている。

 支部長さん、ああいや元支部長さんの話では、これからは小さな領地ではなく戦略的に価値のある大きな領地を狙っていくので、男爵領や子爵領にあった小さな支部、及び前の戦いで壊滅的な被害を受けた支部は解体して、ここみたいな大きな支部に戦力を集中させてるらしい。

 偉い人達は色々考えてるんだなと思った。

 

 そして、革命軍は近々この地で大規模な戦いを仕掛ける事が決定している。

 しかも、攻撃目標はあのセレナが防衛についているという砦だ。

 生半可な戦力じゃ落とせない。

 だから、今この支部には短期間で集められるだけの精鋭が集められた。

 俺やルルやデントや元支部長さんみたいな上級戦士は勿論、その上である革命軍の最高戦力、特級戦士の人達も何人か来てるくらいだ。

 革命軍の本気っぷりがわかる。

 かくいう俺だって本気だ。

 思っていたより遥かに早くやってきた再戦の機会。

 今度こそ絶対に勝つ。

 勝って、皆の仇を討つんだ。

 そして、今日はその砦を落とす為の作戦会議がある。

 

 参加者はここ最近で顔見知りになった特級戦士の人達が全員と、特級一歩手前の実力者と言われているルルとデント。

 それと、おまけで俺。

 俺は戦闘力だけならルルやデントに匹敵し、二人と一緒に任務をこなす事も多い。

 そのくらいの実力があるなら参加資格はあるだろうという事で呼ばれた。

 緊張する。

 ちなみに、この緊張の理由は重要な会議に参加しているという重責を感じてるから、だけではない。

 

 肝心の作戦会議が、いきなり最悪の空気で始まったからだ。

 

「遅い!」

 

 円形のテーブルを囲むような椅子の一つに座った特級戦士の一人、刀使いのキリカさんが苛立ったように大声を上げた。

 さっきから貧乏揺すりが凄い。

 椅子がギシギシいってる。

 

「グレンの奴はまだ帰って来ないのか!?」

 

 キリカさんの再度の大声。

 そう。

 それこそが会議の空気が悪くなってる理由。

 九人いる筈の特級戦士の中で、グレンさんという人だけがまだ来ていない。

 自分の目で戦場を見てくると言って出ていったきりだ。

 もしや帝国軍に見つかってやられたんじゃないかと心配にもなる。

 キリカさんの気持ちもわかるというものだ。

 

「お、落ち着いて下さい、キリカさん。グレンさんがそう簡単にやられる訳……」

「お前は黙ってろ根暗!」

「……すみません」

 

 そんなキリカさんを鎖使いのリアンさんが宥めようとして失敗し、意気消沈して項垂れた。

 メ、メンタルが弱い。

 大丈夫なんだろうか、あの人。

 あ、でも隣に座ってる盾使いのシールさんに慰められて持ち直してる。

 考えられた席順だったのか。

 

「キリカよ。今はリアンの言う通り落ち着け。戦士たる者、常に冷静でいるべきだ」

「バックさん……」

 

 そして、今度は特級戦士の纏め役であるバックさんが口を挟んだ。

 筋骨隆々な上に身長2メートルを超える体格に加え、顔に装着されたサングラスによって威圧感が凄い事になってるバックの言う事なら、キリカさんも多少は聞くらしい。

 リアンさんに対するものとは態度がまるで違った。

 

「そうよ、キリカちゃん。ダーリンの言う事はよく聞きなさい。じゃないと……どうなっても知らないからね?」

「ヒッ!? わ、わかってるよ、ミスト! だからそのヤンデレ全開の目で私を見るのをやめろ!」

 

 そこに弓使いであり、バックさんの奥さんでもあるミストさんがトドメの一撃を放ってキリカさんを沈黙させた。

 というか、何あの笑顔怖い。

 関係ない筈の俺まで寒気を感じる。

 これが噂の鬼嫁……

 

「そこの坊や。今何か考えたかしら?」

「ヒッ!? いえ、何も考えておりません!」

 

 キリカさんに向けられたのと同じ目で見られてしまった。

 怖い!

 超怖い!

 セレナに匹敵する怖さだ!

 金輪際、ミストさんの前で不用意な事を考えるのはやめよう。

 

「何やってんのよ、バーカ」

「返す言葉もない……」

 

 隣のルルに馬鹿にされてしまった。

 デントも呆れたような顔で見てくるし、なんか凄くいたたまれない。

 

「ガッハッハ! いきなりミストの逆鱗に触れちまうとは運のない若者だな! どうせ鬼嫁とか考えてたんだろう! その通りだから訂正する必要はないぞ!」

「黙りなさい、オックス。あなたの頭に風穴空けるわよ」

 

 そんな俺から皆の注目を逸らすように、斧使いのオックスさんが笑い声を上げてくれた。

 ミストさんに睨まれるのもどこ吹く風で、こっそり俺に向かってウィンクまで飛ばしてきた。

 た、助かりました。

 オックスさん、凄い頼りになるおじさんだ。

 

「まあ、鬼嫁はともかく。本当にグレンはどうしたんだろうな?

 道端で猫でも拾ってるのか、子猫ちゃんでも引っかけてるのか」

「子猫ちゃん!?」

「鬼嫁がなんですって?」

 

 今度は二丁拳銃使いのテンガロンさんが危ない発言を飛ばした。

 それにキリカさんとミストさん、二人の女性が反応する。

 というか、皆よくミストさんを弄る勇気があるな。

 勇者か。

 

 そう思って戦慄していた時、唐突に会議室の扉が開いた。

 

「わりぃ。遅くなった」

「グレン!」

 

 そして、そこから待ち人であるグレンさんが現れる。

 キリカさんが速攻で飛びかかっていった。

 

「何やってたんだよ!? 心配したんだぞ!」

「別に、ちょっと野暮用が出来ちまっただけだ」

「……まさか、女?」

 

 さっきのテンガロンさんの発言を引き摺ってるのか、キリカさんが変な疑惑を持ち始めた。

 目が、目が怖い。

 ミストさん並みに怖い。

 

「仮にそうだったとしても、お前には関係ねぇだろ」

「関係ある! だって私は、グレンの事がす、す……!」

 

 キリカさんの顔がみるみる赤くなっていく。

 ああ、やっぱりそうだったんだ。

 前に顔合わせた時から薄々そうじゃないかと思ってたけど、確定した。

 キリカさん、グレンさんの事が好きなんですね。

 

 そして、最後まで言いきらなくても、こんなあからさまな態度を取られてグレンさんが気づかない筈もなく、グレンさんは困ったような、でも満更でもないような顔をした後、ポンッとキリカさんの頭に手を乗せた。

 キリカさんの顔が更に赤くなった。

 それも急激な勢いで。

 

「別にお前が思うような事はなかった。それだけは信用しろ」

「……わかった」

 

 キリカさんは一瞬で矛を納めた。

 チョロい。

 将来が心配だよキリカさん。

 

「下らんな。夫婦喧嘩は犬も食わん」

 

 最後に、これまで黙っていた格闘家のステロさんが心底どうでもよさそうに呟いた。

 

 

 その後は真面目に会議が始まり、砦攻略の為の作戦が決まっていった。

 もっとも、作戦自体は結構前から決まっていたので、細かい調整と確認って感じだったけど。

 

 そうして会議が終わり、皆が退室した時。

 

「ん?」

 

 ふと、部屋を出たグレンさんの靴から、小さな虫みたいなものが離れてどこかへと消えていくのが見えた気がした。

 俺はやけにそれが気になる自分に首を傾げながら、最終的には余計な事考える暇はないと頭を切り替え、他の人達に続いて部屋を出た。


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