悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

45 / 115
勇者VS氷月将

「『氷獄吹雪(ブリザードストーム)』!」

 

 セレナが魔術を発動する。

 あの時と同じ、全てを凍てつかせる氷の魔術。

 今までに見てきたどんな魔術よりも凄まじい、強烈な吹雪が俺を襲う。

 発動が早い!

 それに攻撃範囲が広すぎる!

 これは避けられない。

 なら、迎撃するしかない!

 

「『魔刃一閃』!」

 

 俺は魔力を一点に集中させ、吹雪を切り裂くように斬撃を繰り出した。

 これまでの貴族との戦いを通して俺は学んでいる。

 この手の広範囲攻撃魔術は魔力を広範囲に広げるから、その分魔力が薄くて普通の攻撃魔術よりも威力が低い。

 なら、こちらは一点に魔力を集中させて迎撃する。

 例え、相手の魔術に100の魔力が使われていたとしても、それを広範囲にバラまいているのなら、俺に当たる部分の魔力はせいぜい5~10。

 なら、こちらは15の魔力を一点に集中させれば100の魔力にも打ち勝てる計算だ。

 それなら魔力で劣っていても戦える。

 魔力で劣る革命軍は、そうした工夫で貴族に対抗しているのだ。

 そんな弱者の知恵が、━━セレナには一切通用しなかった。

 

「なっ!?」

 

 俺の斬撃を簡単に飲み込み、簡単に無力化して吹雪は直進する。

 あり得ない。

 あり得ない程の威力だ。

 俺の魔力量は貴族と比べてもかなり高いと言われた。

 今のは、そんな俺が全力を込めた一撃だった。

 それをセレナは薄い魔術で押し潰した。

 全力の拳を指一本で止められたような話だ。

 この瞬間、俺は改めてセレナと自分の格の違いを思い知らされた。

 

 吹雪が俺の身体を包み込む。

 寒い。

 冷たい。

 だが、まだ意識はある。

 身体は……動く!

 全身に力を込め、身体を覆う氷を全力で砕いた。

 

「ぶはっ!?」

「『氷弾(アイスボール)』!」

「っ!?」

 

 しかし、息つく暇もない。

 氷を砕いて視界が開けた瞬間、目の前に小さな氷の弾丸が見えた。

 俺を凍らせて尚、セレナは一切攻撃の手を緩めなかったのだ。

 顔を横に倒し、慌ててそれを回避したが、避けきれず左の頬が裂けた。

 こんなかすり傷で済んだのは幸運だ。

 早く態勢を立て直して

 

「『解放(パージ)』!」

 

 そんな事を考える暇など与えてくれる筈もなく、セレナは次の行動に移っていた。

 セレナの背中から四つの珠のような物が飛び出し、二つがセレナの側に、もう二つが上空に浮かぶ。

 そして、その上空に浮かんだ二つの球体から、

 

「『氷弾雨(アイスレイン)』!」

 

 氷弾の雨が降ってきた。

 

「『魔刃衝撃波』!」

 

 咄嗟に魔導兵器(マギア)の力で迎撃する。

 だが、氷弾の雨は文字通り雨あられと降り注ぎ、迎撃した分などすぐに補充されてしまう。

 連続で魔導兵器(マギア)を使う事はできない。

 魔導兵器(マギア)の力を発動させるよりも、次の氷弾が射出される方が圧倒的に早い!

 

 仕方なく剣を振るい、なんとか氷弾を打ち落とす。

 しかし、剣で雨を防ぎきれる訳もない。

 いくつもの氷弾が俺の身体を穿つ。

 一発一発が相当の威力だ。

 きっと、10秒も受け続ければ俺はバラ肉にされてしまうだろう。

 

 なら、走って攻撃範囲から出るしかない!

 そして、走る方向は決まっている。

 正面だ。

 セレナに向かって突っ込むしかない。

 元々、セレナには接近戦でなければ勝負にすらならないんだ。

 だったら、俺の取るべき行動は最初から決まっている。

 

「うぉおおおおおおお!」

 

 血だらけの身体を無理矢理動かし、足に力を込めて大きく踏み出す。

 使えるだけの魔力を魔導兵器(マギア)に込め、その全てを身体強化に費やして走る。

 

 次の瞬間、グシャリという肉が抉れるような音が聞こえ、左足に激痛が走る。

 見れば、地面から突き出した氷の柱が俺の左足を貫いていた。

 

「『氷柱(アイスピラー)』」

「ぐ、ぉおおおおおおおお!」

 

 だが、今更その程度で止まれない。

 無理矢理足を動かし、氷柱を折って前進した。

 氷柱は足に刺さったままだが関係ない。

 足はもう一本あるんだ。

 まだ動ける。

 まだ進める。

 今はただ前へ。

 前へ、前へ、前へ!

 

 勝つんだ!

 ここで、セレナに、勝つんだ!

 

 俺は魔導兵器(マギア)に搭載された最強の技を使った。

 消費魔力が大きすぎる為、他の人達では一発撃っただけで内部の魔力を空にしてしまうという大技を。

 

「『大魔列強刃』!」

 

 この技は射程が伸びる訳じゃない。

 斬撃が飛ぶ訳でもない。

 ただただひたすらに斬撃の威力を強化する。

 威力を強化する事だけに全ての魔力を費やす。

 全ての魔力を込めたこの一撃で、セレナを倒す!

 

 そうして放った攻撃を、セレナの周囲を浮遊していた珠の一つが迎撃してきた。

 珠が周りに透明で分厚い氷を纏い、それを盾にして俺の剣を止めようとする。

 知った事か!

 盾ごと斬り裂く!

 

「おおおおおおおおお!」

 

 ひたすらに力を込める。

 魔力を込める。

 それによって、ピシリという音を立てて氷にヒビが入った。

 いける!

 このまま……

 

「がっ!?」

 

 そう思った瞬間、背中に激痛が走った。

 刃物で深く斬り裂かれたような痛み。

 ふと、視界の端に氷のように透き通った綺麗な剣が見えた。

 その剣は独りでに浮遊している。

 

 そして、その剣身は血で赤く染まっていた。

 

 誰の血なのかはすぐにわかった。

 俺の血だ。

 セレナはどこまでも冷静だった。

 俺が前だけを向いていたから、いや前を向く以外の余裕がなかったから、セレナはあの剣で後ろから刺したのだろう。

 俺は戦闘力でも、戦略でもセレナに勝てなかった。

 

「がはっ!?」

 

 背中を斬られたと思った次の瞬間、目の前の氷の盾が横へとずれ、その後ろからセレナの回し蹴りが俺の脇腹に直撃した。

 身体が真っ二つになるかと思うような威力。

 俺よりもずっと強い力。

 まさか力でも負けているなんて。

 その蹴りを諸に受け、俺の身体は吹き飛んで、また壁にぶつかってめり込んだ。

 身体中が凄まじく痛い。

 意識が朦朧とする。

 

「これで終わりにする」

 

 直後、遠くなってきた耳がそんなセレナの声を捉えた。

 霞んできた目で前を見れば、両手を俺に向けたセレナの姿が。

 その両手に膨大な魔力が集まっているのを感じる。

 あの魔術を食らえば確実に死ぬとわかった。

 なのに動けない。

 身体がもう動かない。

 

 負けだ。

 

 俺はセレナに完膚なきまでに敗北した。

 悔しい。

 仲間達の仇を討てない事が、何もできず無力に殺されるしかない事が、堪らなく悔しい。

 憎い。

 己の無力が何よりも憎い。

 

「『絶対(アブソリュート)……」

 

 そうしてセレナが魔術を放とうとした時。

 俺が屈辱と無力感に満ちた死を迎えようとした時。

 

「やらせるかぁあああ!」

 

 一人の少女が、セレナに斬り掛かるのが見えた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。