悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~ 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「囲んで押し潰せ。遠距離攻撃で削り、確実に倒すのだ」
『ハッ!』
新しく出てきた黒い男が命令を下し、そいつに続いて現れたいかにも精鋭という雰囲気の騎士達が、男の命令に従って俺達を囲むような陣形を取った。
しかも、あのセレナすらも男の命令に従っている。
正面に黒い男とセレナと氷人形。
横と後ろに騎士達。
俺達はまさに袋のネズミだった。
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様々な属性の魔術が全方位から放たれた。
痛む身体を無理矢理動かして防ぐ。
他の皆も動ける人は立ち上がり、血を吐きながら抗った。
でも、無駄だ。
無駄だという事が嫌でもわかってしまう。
俺達の状況を端的に言えば『詰み』だろう。
仲間は何人も死んでしまって、他の皆も全員満身創痍で、逆に敵には強力な増援が来た。
セレナ一人ですら全員束になってようやく勝てるかどうかってところだったのに、こうなってしまっては勝てる訳がない。
今、俺達がどれだけ抗ってもただの悪足掻きだ。
死ぬまでの時間を僅かに引き伸ばす事しかできない。
一秒ごとに増えていく傷、尽きていく体力、それに対して欠片も揺らがず僅かな突破口すら見えない敵の陣形。
この絶望的な状況を見せつけられれば、嫌でも現状の詰みっぷりを理解してしまう。
それでも俺達は諦めなかった。
誰一人として抗う事をやめなかった。
当たり前だ。
たとえ仲間を失っても、絶体絶命の窮地に追い詰められても、それで折れるような信念じゃない。
ここで折れるようなら、とっくの昔に折れてた。
故郷を滅ぼされた時、何もできず貴族に捕まった時、ゴミのようにセレナに薙ぎ払われた時。
諦めてしまいたくなった事は山ほどある。
他の皆だってそうだろう。
俺達は、それを全部乗り越えてここにいるんだ!
今さら諦めるなんてあり得ない。
諦めて死ぬくらいなら、最後まで足掻いて、一人でも多く仲間を逃がす為に戦って死ぬ。
それが無理なら一人でも多く道連れにする。
俺達は!
絶対に諦めない!
「っ!?」
その時、不意に攻撃の数が減った。
氷だ。
セレナの氷魔術が飛んでこなくなった。
咄嗟にセレナの方を見れば、奴は両手を前に出して構えている。
その光景に既視感を覚えた。
そして、本能的に理解した。
あれは、今セレナが放とうとしているのは、さっき俺にトドメを刺そうとした魔術なのだと。
「アルバ!?」
俺は反射的にセレナに向かって駆け出した。
身体が勝手に動いた。
あの魔術だけは絶対に撃たせてはならないと直感が警鐘を鳴らしていたんだ。
「愚かな」
黒い男がそう吐き捨てながら、闇の槍を俺に向けて放った。
これは、さっきから足を止めて、受け流しに専念してようやく防げた魔術だ。
走りながら雑に受けたんじゃ防ぎ切れない。
防げなかれば死ぬ。
だけど、足を止めても多分死ぬ。
セレナの魔術が完成したらどっちみち終わりだという確信があった。
止まったら死ぬ。
止まらなくても死ぬ。
今度こそ本当に詰んだ。
詰みへと至る最後の一手が放たれた。
もうこれ以上は、終局を先延ばしにする事すらできない。
悪足掻きすら許されない、本当の意味でのトドメの一手。
終わる。
死ぬ。
だが、その死へと至る刹那の間、俺の思考はかつてないほど加速していた。
今までの人生が走馬灯のように、いや走馬灯そのものとして高速で脳裏を過っていく。
故郷が滅びる光景。
セレナに氷漬けにされた時の記憶。
革命軍での訓練。
今までの強敵との戦い。
ルルの白パンツ。
父さんの顔。
時系列なんて滅茶苦茶に、ただ今までの人生全てが脳裏を通り抜けていく。
でも、その記憶の奔流の中で、いくつかの事はそのまま通り過ぎず、少しだけ頭の片隅に引っ掛ってから流れていった。
『お前……魔力があるくせに魔術は使えないのか』
これは、デントと和解した後、一緒に訓練をするようになってすぐの頃に言われた事だ。
この時のデントは、どこか呆れたような顔をしていた。
『そうなのよね。こいつ、魔力があるくせに火も水も出せないのよ。まあ、要するに落ちこぼれの貴族もどきって事じゃないの?』
続いてルルまでそんなキツイ事を言ってきて、酷くへこんだのを覚えている。
『魔術は個人によって使える属性が異なる。そして、魔術の発動はイメージが大事だ。
ならば、火なり、水なり、風なり、土なり、なんでもいいから強く念じて発動してみるといい。
それで発動できたものが君の属性だ』
これは、今の支部に移った時、セレナにリベンジできる強さを求めて、バックさんにその事を相談した時に教えてくれたアドバイスだ。
そのアドバイス通りに、俺は今まで貴族達が使っていた魔術を強くイメージして発動しようとした。
でも結局、火も水も風も土も雷も氷も俺は使えなかった。
俺には属性か、もしくは才能がないんだろうかという結論に至って落ち込んでたら、ルルとデントがちょっと優しくしてくれた。
そして、走馬灯が今度はまるで関係のない場面を映し出す。
『とうさん! このひとカッコいいね!』
『ああ、そうだな。父さんも、この人は世界一カッコいいと思うよ』
ああ、これは昔父さんが『光の勇者様』という絵本を読み聞かせてくれた時の記憶だ。
光の勇者と呼ばれた主人公が、悪い魔術師達をバッタバッタと倒していく絵本。
いつからか読まなくなって、記憶の底に埋もれてしまった本だ。
昔は大好きだった絵本なんだけど、成長した後に読んでみると絵は下手くそだし、文字もガタガタだし、ストーリーも読み物として決しておもしろいとは言えない。
ぶっちゃけ駄作だった。
だから読まなくなったんだ。
でも、父さんは何故かその絵本をずっと大事にしてた。
もしかしたら、あれは父さんの手書きだったのかもしれない。
今考えてみれば、あの絵本に書かれてたのは父さんの字だったような気もする。
『とうさん! おれもこのひとみたいになれるかな?』
『なれるさ。絶対になれる。他でもない、この俺が保証するよ』
子供の頃の無邪気な俺に、父さんが優しく微笑みながらそう言っていた。
でも、こうやって記憶として見ると、父さんは幼い憧れを口にする子供を見る微笑ましい顔ではなく、もっと色んな感情が込もった複雑な顔をしているように見えた。
また走馬灯の場面が切り替わる。
どことも知れない場所。
なんとなく貴族の屋敷のような雰囲気の部屋に俺はいた。
俺は赤ん坊で、父さんに抱かれている。
目の前には、あの黒い男に少し似た黒髪黒目の男がいた。
なんだこれ?
こんな記憶、俺は知らない。
『ごめんねアルバ。僕は父親として、君に何もしてあげられない。
君のお母さんも死なせてしまったし、君の成長を見守ってあげる事もできないだろう。
それどころか、なんの罪もない君を危険に晒してしまうかもしれない。
本当に、ダメなお父さんでごめんね』
黒髪の男が泣きそうな顔で赤ん坊の俺の頭を撫でた。
お父さん?
何を言ってるんだ?
俺の父親はこの人じゃない。
この記憶の中で、赤ん坊の俺を抱いてくれている人が父さんの筈だ。
その時、記憶の中の場所で爆音が響き渡った。
『……もうここも危ないか。別れの時間すらロクに取れないなんてね』
『……──様』
『そんな顔をしないでくれデリック。これは僕の自業自得さ。……でも、そんな親の我が儘の結果を子供にまで押し付けたくない。
デリック。これは主としてではなく、友としての一生の頼みだ。
どうか、この子の父親になってほしい。不甲斐ない僕に代わって立派に育ててほしい。頼めるかな?』
『……はい! この命に代えても!』
『ありがとう。……これで少し安心して逝けるよ』
黒髪の男がそう言うと、父さんは嗚咽を漏らしながら泣き崩れてしまった。
男はそんな父さんを申し訳なさそうに見た後、何かを手渡した。
それは、俺が父さんの亡骸から形見として取ってきた、生前の父さんがとても大事にしていた、あのペンダントだった。
そして、男は最後にもう一度だけ赤ん坊の俺を撫でる。
『じゃあね、アルバ。どうか元気で健やかに育ってくれ』
男が俺に背を向け、腰に差した純白の剣を抜いた。
そして、その剣が眩い『光』を纏う。
同時に、男自身の身体も光のオーラに包まれた。
その姿を見て、俺はまるであの絵本に出てきた光の勇者のようだと思った。
そして、光を纏った剣を持ったまま男は部屋を飛び出した。
直後、階下から凄まじい轟音が聞こえてくる。
その音を聞きながら、父さんもまた部屋を飛び出し、音がする方とは逆の方向に走っていく。
赤ん坊の俺を抱き締めたまま、溢れる涙を拭う事なく。
それを最後に、走馬灯は消え去った。
……なんだったんだ、あの最後の記憶は。
何か凄まじく重要な事のような気がするけど、今の俺にはわからない。
深く考える暇もない。
ただ、今の記憶を見た俺は、強く『光』をイメージした。
あの絵本に書かれていた光の勇者が使っていた、記憶の中の男が使っていた、光の力を。
悪い魔術師達をバッタバッタと薙ぎ倒した光の力を。
強く強くイメージした。
次の瞬間、あの絵本の勇者と同じように、記憶の中の男と同じように。
俺の剣が、俺の身体が、眩い光のオーラを纏っていた。