悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~ 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「失礼します!」
「……なんの用だ?」
姉様を奪われた翌日、私は屋敷に帰って来たクソ親父の執務室に突撃した。
当然、アポはない。
ついでにノックもない。
若いメイドをレ◯プするのが趣味な上に、野心の為に姉様を皇帝に売った、殺しても殺し足りないクソ野郎には、礼儀を払う必要などないと思ったからだ。
でも、必要な事なので一応言葉遣いだけは最低限気をつけておく。
「単刀直入に言います。私を帝都の貴族学園に入れてください!」
「却下だ。立場を弁えろ」
どストレートに用件を告げれば、にべもなく却下された。
まあ、当たり前と言えば当たり前だ。
娘とはいえ、今までいない者扱いしてきた奴が言う言葉に、このクソ親父が耳を傾ける筈がない。
だが、そんな事は予想通りだ。
なんの問題もない。
私はこいつを説得しに来たのではない。
脅迫しに来たのだ。
「まったく、護衛の連中は何故こいつを通したの……」
「『
「なっ!?」
私はいきなり魔術を発動した。
『
分類としては氷属性の中級魔術に当たるそれは、私の膨大な魔力と精密操作技術によって、本来の魔術よりも遥かに早く執務室の中を凍りつかせ、咄嗟に何かしようとしたクソ親父に一切の抵抗を許す事なく、椅子に座った状態のまま氷漬けにした。
ただし、会話ができるように首から上だけは残してある。
「き、貴様っ! いつの間にこんな魔術を!?」
「この程度最初からできましたよ。隠してただけです」
その方が国外逃亡を警戒されないと思ったからね。
この力を見せていれば冷遇される事もなかっただろうし、姉様にも何回か言われたけど、私の意志は変わらなかった。
でも、姉様を追いかけると決めたからには話は別だ。
使えるものはなんでも使う。
魔術だろうと、クソ親父だろうと。
「それよりお話ししましょうよ。あなたなら、その状態でも普通に喋れるでしょう?」
「くっ……!」
姉様に渡したアイスゴーレムと違って、この氷は普通に冷たい。
クソ野郎を苦しめる為にちょっと温度下げたから、今はマイナス50度ってところかな。
でも、こいつくらいの魔術師なら、こんな超低温の中でも普通に生きてられると思う。
何故なら、魔力を持つ者は生まれた時から無意識に身体を魔力で強化して、身体能力や防御力、生命力を上げてるからね。
これを自覚的に制御して出力を調整できるようになると、無属性の初級魔術である『身体強化』と呼ばれるようになる。
更に、それを安定した状態で常時展開していられるようになると、上級魔術扱い。
身体強化をちゃんとしてる奴には毒とかも効かないし、不意討ちされても防御力だけで防げちゃう。
だから、魔術の上達は死亡率の低下に直結するのよ。
「舐めるなぁあああ!」
そして今、クソ親父はその身体強化を全開にして氷を砕こうとし始めた。
だが、しかーし。
魔術で作った氷は普通の氷とは違うのだよ。
作る時に魔力を込めれば、科学の原理なんか無視して、氷の強度なんかいくらでも上げられる。
クソ親父が全力を込めようとも、私の作った氷にはヒビすら入らなかった。
「そんな馬鹿な!?」
「残念、これが現実です。私はもうあなたよりも強い。それを理解してください」
「ふざけるなっ! ならば魔術で!」
「無駄ですよ。あなたが魔術を発動するよりも、私があなたを完全な氷像にする方が早いですから」
その言葉にクソ親父は固まった。
まだ凍らせてないのに、まるで氷像のようにピタリと。
その青ざめた顔を見て、心底ざまぁと思った。
「ああ、それと、護衛の騎士達は皆氷漬けにしちゃいましたよ。道中に兄が何人かいたのでそれも。
私の機嫌を損ねたら、父上もそいつらと一緒に死んじゃうかもしれませんねー」
「っ!?」
まあ、凍結して仮死状態にしただけだから、解凍すれば普通に助かると思うけど。
でも、それを聞いたクソ親父の顔は更に青くなった。
「……何が目的だ?」
そして、クソ親父はポツリと呟いた。
やっと聞く耳持ったか。
でも、こいつ耳が腐ったのかな?
私はもう目的言ったのに。
まあ、こいつの耳が腐ろうが、脳みそが溶けようがどうでもいいけど。
「理解できてないみたいなので、もう一回だけ言ってあげます。
私を帝都の貴族学園に通わせてください。可能な限り早くね。
そして、必要な時に適時便宜を図る事。私の要求はそれだけです」
「……本当にそれだけか?」
「ええ」
その便宜の中に、後宮の姉様に会わせろとかも含まれてるからなぁ!
ただ、本を読んだり、姉様の話を聞いたりして後宮の仕組みを軽く調べてみたけど、クソ親父一人をどうにかした程度で攻略できるようなものではなさそうだった。
後宮に嫁いだ人の家族とかなら、事前に申請すれば会う事はできる。
でも、それには結構な手続きと時間がかかる為、会えるのは一年に数回が限度。
しかも、短時間限定で監視付きという。
それじゃダメだ。
姉様に会える権利と考えれば充分な価値があるけど、本格的な脱出計画を実行するには何もかもが足りない。
なら、どうするか?
頭捻って思いついたのが、姉様も通ってた貴族学園に私も通って皇族とパイプを持ち、そいつの側近に取り立ててもらう事だった。
皇族の住まいは城だ。
そして、城は後宮の目と鼻の先。
城務めのエリートになって姉様との物理的な距離が近づけば、できる事がグンと増える。
索敵用の超小型アイスゴーレムを後宮内に侵入させるとかね。
それで警備の隙でも見つけたらこっちのもんよ。
幸い、帝国は実力主義だし、クソ親父すら簡単に無力化した今の私なら、恐らく皇族のお眼鏡にかなうと思う。
時期的に、雇ってくれそうな皇族の心当たりもあるしね。
上手くいく可能性は充分にある。
万事計画通りには行かなくても、こんな田舎領地から帝都に行けるだけでも大きな進歩だ。
多分、これが最善手だと思います。
「あなたにとっても悪い話ではないでしょう?
喜んで姉上を皇帝に差し出すくらい権力が好きなあなたなら、私が帝都で出世する事のメリットもわかる筈です。
私なら、遠くない未来に武官の頂点『六鬼将』の地位を得る事すら夢ではない。
そんな私とあなたは一応とは言え血縁関係。その繋がりをどう利用するも、あなたの自由です」
まあ、実際はそこまで出世する前に姉様連れてトンズラするんだけどね。
でも、それは言わなきゃわからない。
「…………」
そして、クソ親父が黙った。
きっと、頭の中では悪どい計算してるんだと思う。
絶体絶命のピンチに追い込むという鞭と、遠くない未来に甘い権力の蜜が啜れるかもしれないという飴は用意した。
こいつなら、これで納得する筈だ。
ダメだったら……気は進まないけど、こいつと他の家族どもを粛清して、私が領主になるか。
姉様を助ける為なら、私は手段を選ばない。
鬼にでも悪魔にでもなってやる。
クズを殺す事くらい躊躇なくやってみせよう。
例え、それで姉様に嫌われようともだ。
「…………いいだろう。お前の提案を飲む」
だが、私の覚悟に反して、クソ親父は素直に服従した。
どうやら、覚悟の使い時はここではなかったようだ。
ホッとしたような、復讐チャンスを逃して残念なような、複雑な気分。
「ありがとうございます。じゃあ、契約成立ですね」
「ああ、だから早く拘束を解け」
「言われなくとも解放してあげますよ。ただし、その前に。はいアーン」
「んぐっ!?」
私はポケットからピンポン玉サイズの丸い氷を取り出し、クソ親父の口に無理矢理捩じ込んで飲み込ませた。
クソ親父が苦しそうに顔を歪ませる。
ざまぁ。
「っ!? 何を飲ませた!?」
「お守りですよ。今のは特殊な魔道具です。私の合図一つでお腹の中で爆発します」
「なっ!?」
「でも、安心してください。これは、あなたが私を裏切らないようにする為の保険ですから。
余計な事しなければ爆発させる気はありません」
このクソ親父なら、口約束くらい平気で破りそうだからね。
保険は重要。
ちなみに、今のは特殊な魔道具ではなく、姉様に渡したのと同種のアイスゴーレムである。
合図一つで爆発するっていうのは嘘じゃないから、クソ親父からすれば魔道具だろうがゴーレムだろうが関係ないだろうけど。
そこまでしてから、私は氷を砕いてクソ親父を解放した。
「では、とりあえず学園の件、よろしくお願いしますね」
そして、冷たい目でクソ親父を睨み付けてから、私は執務室を去った。
さて、道中の護衛と兄も解凍しとくか。
いや、やっぱ、めんどくさいからいいや。
ほっとけば自然に溶けるでしょ。
今までさんざん私を虐めてきた罰だとでも思ってもらおう。
そんな下らない事より、これからの準備をする方が千倍大事だよ。
となると、この後は秘密基地かな。
必要な物を取り揃えて、なければ新しく作ろう。
私と姉様の愛の巣も完成させとかないといけないし、他にも色々とやる事はあるんだから、あんな奴らにかかずらってる暇などなーい!
そうして私は、氷像になった連中の事を頭から追い出し、秘密基地へと道を急いだ。