悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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勇者の敗走

 ルルに支えられながら砦から逃げる。

 ひたすら逃げる。

 後ろには追手の騎士達。

 捕まる訳にはいかない。

 そうしたら、殿に残ったグレンさんやステロさんの意思を無駄にしてしまう。

 その逃走中、俺の頭からはある光景が離れなかった。

 焼き付いて、離れてくれなかった。

 

「退けぇ!」

 

 後ろの方からバックさんの声が響く。

 それに合わせて革命軍の全軍が撤退する。

 ただ、バックさんが的確な指示をしてくれたおかげで、今までの敗走とは違ってしっかりとした連携を取り、追手を迎撃して被害を減らす事ができているみたいだ。

 もっとも、その戦いに俺は参加できていないので正確な事はわからないが。

 それ以前に、目は霞むし、意識は朦朧とするしで、他人の心配をしている余裕はなかった。

 

「アルバ……あんた大丈夫?」

「……ああ、なんとか」

 

 俺を支えてくれるルルが、珍しく本当に心配そうな顔で気遣ってくれる。

 近くを走るデントも似たような顔をしていた。

 それくらい俺の怪我は酷い。

 正直、自分でもなんでまだ生きてるのかわからないレベルだ。

 でも、まだ死ねない。

 グレンさん達が繋いでくれた命を捨てる訳にはいかない。

 死んでいった人達の意志を継ぎ、革命を成功させるまで死ぬ訳にはいかない。

 

「……もうちょっとだから頑張んなさい」

「あと少しで森に入る。さすがの奴らでも森の奥までは追って来ない筈だ」

 

 二人が俺を元気づけるように、希望のある情報を教えてくれた。

 確かに、革命軍の支部はどこも魔獣がひしめく森の中にある。

 俺達は革命軍の偉い人が設置したという仕掛けのおかげで、支部の近くにいる限り襲われる事はないが、騎士達に対しては普通に牙を剥くという話だ。

 つまり事実上、俺達は森まで逃げれば魔獣という援軍を得る事ができる。

 魔獣は騎士にとっても油断ならない相手。

 少なくとも、なんの準備もしていない状態で森の奥にまで踏み込もうとは思わないだろう。

 それでもセレナや、ノクスと呼ばれていたあの黒い男なら強引に踏み込む事もできると思うが……それは後ろのバックさん達に任せるしかない。

 

「見えてきたわよ!」

 

 そんな希望にすがりながら必死で足を動かしている内に、ルルがそう叫んだ。

 体力の限界なのか、もう目が殆ど見えなくてわかりづらいが、どうやら森の入り口にまで来れたらしい。

 そこを躊躇なく踏み越え、俺達は森の中に撤退する。

 ここまで来れば、

 

「ひと安心と言ったところか……っ!?」

「え!?」

 

 俺が思っていたのと同じ事をデントが呟いた瞬間、そのデントとルルの驚愕の声と、硬質な何かがぶつかるような音が近くから聞こえた。

 なんだ。

 何が起きた。

 

「ほう。私の魔術を防ぐか。どうやらただの雑兵ではないようだな」

「何者だ!?」

 

 見知らぬ誰かの声が聞こえた。

 続いて、デントが敵意と警戒に満ちた声を上げる。

 俺を支える為に密着しているルルの身体に力が入るのがわかった。

 

 そして、敵と思われる一団が俺達の前に現れる。

 

「我らは帝国中央騎士団所属、氷月将セレナ様の直属部隊だ。セレナ様の命により、貴様らの命貰い受ける」

「なっ!?」

「直属部隊ですって!?」

 

 二人が驚愕している。

 俺だって体力が残っていたら叫んでいただろう。

 最悪だ。

 なんでセレナ直属の部隊なんて奴らがここにいる?

 そういうのは普通セレナの側にいるべきだろう。

 

「いやー、今回は砦じゃなくて森で戦えって言われた時はうんざりしたけど、こんな上物の女の子を労せず捕まえられるなら来た甲斐あったわー」

「全くだな。さっき落とした(・・・・・・・)拠点にいた連中の中にも上物の女は多かった。この後が楽しみだぜ。今回はレグルス様もいないから取られる心配もないしな」

「あ、あの人達多分非戦闘員だったんでしょうねぇ。ぜ、絶望に満ちたあの顔……! ワ、ワタシ殺す時すっごく興奮しちゃいました……! フヒヒ!」

「だが、こうして抵抗されるというのも悪くない。やはり獲物は跳び跳ねてこそ狩り甲斐があるというものだ」

 

 敵の男女入り交じった色んな声が聞こえる。

 だが、ちょっと待て。

 こいつらは今なんて言った?

 拠点を、落とした?

 じゃあ、じゃあ……

 

 俺達は、逃げる場所を失ったのか?

 

「お前達。欲望にかられるのはいいが任務を優先しろよ。

 最優先事項である拠点の制圧は済ませた。よってこれより逃げる反乱軍の殲滅に入る。セレナ様のご命令通り、千の雑兵より一人の強兵を優先して撃破せよ」

『了解!』

 

 希望が絶望に変わった瞬間、敵が交戦状態に入るのがわかった。

 ルルとデントが武器を構える。

 マズイ。

 二人はセレナ達との戦いで軽くない傷を負わされた上に武器を壊されている。

 ルルのナイフは砕かれたし、デントの槍はへし折られた。

 まだ身体強化の機能は無事みたいだが、まともに武器として使う事は難しいだろう。

 しかも、ここにいるのは俺達だけだ。

 残った特級戦士の人達は、皆バックさんの応援に行ってしまった。

 武器もなく、味方もいない。

 そんな状態でセレナ直属部隊なんて連中と戦えば、勝ち目はないに等しい。

 

 ならせめて動け俺の身体!

 二人の足手まといになる訳にはいかない!

 ここで死ぬにしても、せめて戦って死にたい。

 一人でも多く倒してからじゃないと、グレンさん達に顔向けできない!

 

 そう思うのに、身体はまるで動いてくれない。

 いつもなら、この意志に応じて魔術が発動してくれた。

 でも、今はその力の源となる魔力がない。

 魔力のない俺はどこまでも無力だった。

 

「撃てぇ!」

 

 それでもなんとかしようと足掻いていた時、聞き覚えのある声と共に何発もの魔術の炸裂音が聞こえた。

 これは量産型魔導兵器(マギア)の放つ魔弾の音。

 そして、今の声は、

 

「「支部長!?」」

「元支部長だ!」

 

 ルルとデントがその人の名前を呼び、即座に反論された。

 その声の主は、俺達が前に所属していた支部の支部長さんその人だった。

 

「ここは俺達に任せて早く逃げろ!」

「で、でも……」

「バカ野郎! 迷うな! 老兵や雑兵の俺らより、若くて才能のあるお前らを逃がした方がいいんだよ! わかれ!

 そもそも今のお前らじゃ足止めすら満足にできないだろうが!」

 

 支部長さんが怒鳴る。

 切羽詰まった声だった。

 絶対に意見を曲げるつもりがないとわかってしまうような。

 

「に、逃がしませんよぉ! フヒヒ!」

「くっ!?」

 

 敵の一人の声と同時に、鉄同士がぶつかるような音がした。

 敵の攻撃を支部長さんが剣で防いでいる。

 身体強化の切れた俺の動体視力では、その動きを目で追えなかった。

 だが、それと同時にこっちへ駆け寄ってくる他の敵の姿と、その敵を足止めする為に殺されていく仲間達の姿は見えた。

 

「行けぇ!」

「っ!」

 

 支部長さんの再度の大声。

 ルルの身体が震え、そして決意したように疾走を開始する。

 ああ、まただ。

 また仲間を犠牲にして逃げるしかない。

 そんな仲間の足手まといにしかならない自分が、堪らなく憎くて情けない。

 

「逃がさないよー!」

「最低でも女は貰っていく!」

「っ!?」

 

 だが、仲間が命懸けで切り開いてくれた逃げ道ですら、奴らは容赦なく塞ぎにくる。

 知覚機能が壊れかけた状態でも、敵の何人かが俺達のすぐ側に迫っているという事だけはわかった。

 どこまでも、本当にどこまでも容赦がない。

 

「『魔槍薙ぎ』!」

「お?」

「チッ」

 

 そんな敵に対して、デントが一人で立ち塞がる。

 そして、ここから先には通さぬとばかりに仁王立ちした。

 

「デント!」

「先に行け! 俺はこいつらを倒してから行く!」

「っ!」

 

 ルルが息を飲んだ。

 虚勢だ。

 デントの言葉は虚勢だとすぐにわかる。

 デントまで、俺達を逃がす為の殿になろうとしていた。

 

「わー、君男だねー。カッコいー」

「ハッ! 威勢だけでは勝てないぞ、愚かな平民」

 

 敵は余裕綽々だ。

 わかっている。

 バレている。

 デントが虚勢を張っている事なんて。

 あれは簡単に勝てると確信している奴の顔だ。

 

「デン、ト……」

 

 俺は弱々しい声で彼の名前を呼ぶ事しかできなかった。

 そんな俺に、デントは振り返らないまま告げる。

 

「心配無用だ我がライバルよ。俺に任せておけ。ルル、そいつを頼んだぞ!」

「……ええ。その代わり、あんたも絶対生き残りなさいよ」

「無論だ!」

 

 そして、デントと敵の戦いが始まる。

 一方的で圧倒的な戦いが。

 その戦いの音を背に、俺達は逃げた。

 残った左目から涙が溢れる。

 悲しい。

 悔しい。

 そして、苦しかった。

 

「セレナ……! あいつは、あいつだけは……!」

 

 隣からルルの怨嗟の声が聞こえる。

 同時に、俺の顔に自分の涙ではない雫がかかった。

 ルルの涙だ。

 彼女は怒りながら泣いていた。

 泣きながら怒っていた。

 俺達をこの状況に追い込んだ敵に対して。

 

 それは当然の事だろう。

 ここまでの事をされれば誰だって相手を憎む。相手を恨む。

 それが正しい筈だ。

 なのに、なのに俺は……

 

 心の底からセレナを憎む事ができなかった。

 

 勿論、憎しみはある。

 恨みもある。

 怒りもある。

 だが、そんな負の感情の中に不純物が混ざってしまう。

 セレナを恨もうとすると、どうしても目に焼き付いた光景が脳裏を過ってしまう。

 

 あの時。

 砦から少し離れた時に、未練がましく後ろをふり返って見てしまった光景。

 グレンさんにトドメを刺すセレナの姿。

 その直後に兜が割れてあらわになったセレナの顔。

 

 とても、とても悲しそうで、苦しそうで、辛そうな顔をしていた。

 

 今までの冷酷な悪魔の姿なんてそこにはなくて。

 セレナが、あのセレナが、まるで俺達と同じ、ただ傷付いているだけの普通の少女にしか見えなくて。

 どうしても、どうやっても、あの顔が頭から離れてくれなかった。


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