悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~ 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
セレナが去った後、俺達は重い足取りで話し合いの場所となったお店から離れた。
そして、現在の俺は街の中にある宿屋の一室、そこのベッドの上にいる。
本当ならセレナのいる街に留まるべきじゃない。
今すぐにでも街を出た方がいいんだろうが、元々この街に着いた時点で俺の身体は限界だったんだ。
休息がいる。
とても今すぐに出発する事はできない。
だから、仕方なく宿屋に泊まった。
今は、この街の中で戦いを起こす気はないと言ったセレナの言葉を信じるしかない。
「ほら、食事貰ってきたわよ」
「ありがとう」
ベッドで休んでる間に、ルルがこの宿屋で提供されてる食事を運んできてくれた。
結構柔らかいパンに、肉がゴロゴロ入ったシチュー。
他の街だと贅沢な部類に入る料理だ。
それなのに、こんな食事付きでも料金は普通の宿屋と同じか少し安いくらい。
ベッドもかなり良い物だし、改めてこの領地が豊かなんだと実感する。
「いただきます」
その食事を残った左手で食べる。
体力を回復させるには、しっかり食べて、しっかり休まないといけない。
だから食べる。
今だけは無心で食べる。
「ごちそうさまでした」
「……ねぇ」
そうして食べ終えたところで、ルルが話しかけてきた。
何を言い出すかは考えなくてもわかる。
セレナに言われた事だろう。
このタイミングで、それ以外の話題がある訳がない。
「ここはやたらと居心地がいいけど、予定通り明日には出ていくわよ。
だから、今の内にしっかり休んでおきなさい」
「あれ!?」
それ以外の話題が出てきた!?
「何よ?」
「いや、その……」
「あんた……まさかあの女の言う事気にしてんじゃないでしょうね?」
「うっ……」
図星を突かれて息が詰まった。
そんな俺を見て、ルルはやれやれとばかりに「ハァァァァ……」と盛大にため息を吐く。
酷い態度だ。
ルルはあれを聞いて何も思わなかったんだろうか。
「……そりゃ、あたしだってあいつの言葉に思うところはあったわよ」
ルルは俯きながら語り出した。
「確かにあいつの言う事にも一理あるし、守るものの為に戦うっていうあいつの姿勢も理解できる。
それが嘘じゃないって事もわかるわ。
あの時のあいつは、子供を必死で守る母親の顔してたもの。
今まではただ憎いだけの仇としてしか見てなかったけど、少しだけ、ほんの少しだけあいつを見る目が変わったわよ」
「だけどね」と言ってルルは続けた。
「あいつに譲れないものがあるように、あたし達にだって譲れないものがあるのよ。
革命は確かに、あいつやあいつが必死で守ってる子を不幸にするかもしれない。
だけど、革命がなかったらもっと多くの人達が不幸になる。
いいえ、現在進行形で不幸になってる。
誰かがこの腐った国を変えないとずっとこのまま。
あたしやあんたみたいな、帝国の被害者が際限なしに増え続ける。
そういう悲劇をあたしは嫌になるくらい見てきた。見続けてきた」
そして、ルルは俯いていた顔を上げ、俺の目を正面から見てくる。
その目には、セレナとはまた違う覚悟の光が宿っていた。
「あたしは今の帝国が許せない。だからあたしは戦う。戦い続ける。
その途中であいつみたいな奴を巻き込んででも、あいつの言う通り『悪』に染まってでも戦い続ける。
汚名全部被ってでもこの国を変えてやるわよ、こんちくしょう!」
「……そうか」
ルルは覚悟が決まってるんだな。
強い、そして凄い。
その強さが羨ましい。
俺はこんなに迷って……いや、躊躇ってるというのに。
「それで、あんたはどうなのよ? ……って聞くまでもないわね。そんな情けない顔見れば聞かなくてもわかるわ」
「ごめん……」
「ねぇ」
俯いてしまった俺の顔に、ルルが両手を添えた。
そして無理矢理自分の方を向かせ、問いかけてくる。
「あたしは最初に言ったわよね。あんたが間抜け晒して貴族にとっ捕まった時。そこから助け出して革命軍に勧誘した時、あたしは確かに言った筈よ。
どうしようもない時は無関係の人間でも巻き込むかもしれないって。
その覚悟を決めておきなさいって、確かに言った筈よね」
「……ああ」
覚えてる。
しっかりと覚えている。
俺はその覚悟を決めていたつもりで、その実全く決められていなかった。
前に戦場に出た時もそうだ。
帝国の被害者でしかない平民の兵士達とぶつかった時、俺はその人達を殺す事なく戦場から弾き出していた。
悪人以外を殺す事ができなかった。
今でもその判断が間違いだったとは思わない。
けど、あの時はそうする余裕があったからできた事だ。
余裕がなくなった時、果たして俺はちゃんと覚悟を決めて殺す事ができただろか?
……できなかっただろうな。
その証拠に、今こうして情けなく迷って躊躇っているんだから。
「……辛いなら抜けていいわよ。その怪我は引退の理由として充分だし、そもそも、あんたはあたしが無理矢理引き入れたようなもんだしね」
「……いや、それはやめとくよ」
それだけはやっちゃいけない。
考える前に本能でそう思った。
逃げる事だけは許されない。
たとえルルが許そうと、仲間を見捨てて逃げたりなんかしたら俺自身が俺を許せなくなるだろう。
だから、俺は逃げない。
逃げる事だけは決してしない。
「情けないけど、今はまだ覚悟が決まらない。セレナの言葉にどう向き合うべきなのかわからない。
でも、次戦う時までには答えを出すよ。
考えて、考えて、俺自身の答えを出すよ。必ず」
「……そう」
ルルは悲しそうな、それでいて優しそうな、らしくない目をしながら俺の顔から手を離した。
そして、瞬きを一つ。
それで完全にいつもの勝ち気な目に戻ったルルは、離した手でデコピンを繰り出してきた。
「痛っ!?」
「なら、さっさと寝なさい。あんたがバテてるせいで足止め食らってるんだから、そこんところ自覚して早く体力戻す事。
いいわね?」
「あ、ああ」
もう完全にいつものルルだ。
さっきまでの若干しんみりとした感じは欠片も残ってない。
でも、これがルルなりの優しさだって事はわかってる。
悲しい時、辛い時、できるだけいつも通りに振る舞おうとするのがルルだ。
俺はちゃんとそれに救われている。
「ありがとう、ルル」
お言葉に甘えて、俺はベッドの中に戻る。
そして、やっぱり疲れはまだまだ蓄積してるみたいで、すぐに意識が落ちた。
今は、今だけは何も考えないで休もう。
これからも辛い戦いは続くのだから。