悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~ 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
その少女が生まれたのは、貧しい農村だった。
その村は領主が課した重税のせいで、いつも貧困に喘いでいた。
貧しかった。
その日の食事もまともに食べられない程に。
だが、辛くはなかった。
朝早く起きて、雨の日も風の日も、腹を鳴らして空腹を堪えながら農作業という重労働に真夜中まで勤しみ。
腹一分目にすら達するかもわからない、ほんの少しの食事を取って寝る。
そんな生活を続けても辛くはなかった。
……いや、やはり訂正する。
普通に辛かった。
それでも、少女は耐えられたのだ。
何故なら、彼女には支えてくれる優しい家族がいたのだから。
少しでも家族の負担を減らす為に、人一倍頑張っていた父。
そんな父を支え、いつも笑顔を絶やさなかった母。
自分だって腹を空かせていたくせに、その少ない食料を彼女に渡そうとした、おバカでお人好しな弟。
そんな家族と一緒にいた時間は幸せだった。
過酷な暮らしではあったが、少女は確かに幸福を感じていたのだ。
しかし、そんな細やかな幸せでさえ、この腐った国は容赦なく踏みにじる。
その年は不作の年だった。
少女の村は、課せられた税を納める事ができなかった。
農業をやっていれば、いつか必ず遭遇する問題だ。
そこに農家達の非はなく、ただただ無慈悲な天の采配だと諦めるしかない。
だが、この国には天よりも無慈悲な存在がいる。
貴族だ。
貴族は基本的に平民を道具と思っている。
場合によっては道具以下の扱いをするが、基本的には道具扱いだ。
勿論、平民と一括りに言っても色々いる。
商人、職人、兵士、街人、村人。
当然、役職によって貴族から求められる役割も違う。
商人は良い物を貴族に献上する道具。
職人は良い物を作る為の道具。
兵士は貴族の肉壁として使う道具。
街人は商人や職人や兵士にする為の道具。
そして村人は……農作物等の食料を作る為の道具だ。
道具は使える事が当たり前である。
使えない道具を道具とは呼ばない。
ねじ曲がって食事に使えないスプーンは道具だろうか?
断じて否だ。
それはもう、ただのゴミである。
ゴミ箱へ向かって全力投球されても文句は言えない。
貴族にとって、税を納められない村人など、ねじ曲がったスプーンと同じなのだ。
そうして少女の村は、税が足りない事に癇癪を起こした貴族の手によって滅ぼされた。
まさしく、ゴミをゴミ箱に捨てるかのような気軽さで。
そんな下らない理由で貴族は村の一つを滅ぼし、何十人もの人を殺し、少女から全てを奪った。
家も、畑も、優しかった家族すらも。
少女は忘れていない。
当たり散らすように魔術を村人達に向けていたクソ貴族の顔も。
その魔術に当たって、一瞬で跡形もなく消されてしまった両親の死に様も。
そして、━━中途半端に魔術を食らってしまったせいで、即死できずに、自分の腕の中で苦しみながら死んで行った弟の事も。
少女は忘れていない。
忘れられる筈がない。
どんどん冷たくなっていく弟を抱き起こした時の感触が、今でも腕に残っている。
そうして、少女は全てを亡くした。
弟の死に行く様を呆然と見ている内に、村人達は少女を残して全滅し、彼女が最後の一人となっていた。
このままでは、少女も殺されて終わる。
弱者が強者に食われて終わる。
それが自然の摂理だ。
早々抗えるものではない。
しかし、少女は抗った。
別に、運命に逆らうとか、そんなご大層な事を考えた訳じゃない。
ただ純粋に、自分から全てを奪った貴族が憎かった。
許せなかった。
殺してやりたかった。
だから、少女は走った。
誰かが護身用か何かの為に持っていたのであろう、そこら辺に転がっていたナイフを手に、貴族へ向けて一直線に走った。
少女には戦いの才能があったのだろう。
迎撃に繰り出される貴族の魔術をステップで避け、身を屈めて避け、前転して避ける。
そうして、確実に接近していく事が可能だった。
少女が、研ぎ澄まされた殺意で、一時的に凄まじい集中力を発揮していた事。
そして何より、その貴族が戦闘職ではなく、予想外の反撃にテンパって動きが雑になった事。
それらが合わさった事による奇跡。
しかし、その程度の奇跡で腐敗の元凶たる貴族を倒せるなら、この国はここまで腐っていない。
少女がナイフを振るい、貴族の首筋に突き刺す。
だが、クリティカルヒットしたにも関わらず、貴族にはかすり傷を付ける事すら叶わなかった。
これが貴族の力。
魔力という超常の力がもたらす理不尽。
たとえ、少女が屈強な肉体と達人並みの戦闘技術を持っていたとしても、常時魔力で身体を守っている貴族には通じない。
貴族を殺したいのなら、魔力による守りを貫ける攻撃力を持っている事が最低条件。
そして、それは常人が自力で得る事は決してできない領域の力。
だから、平民は貴族に勝てない。
少女は貴族を殺せない。
猫を噛もうとした窮鼠の渾身の一撃は、なんの成果も上げられず不発に終わった。
だが、少女の必死の抵抗は無駄ではなかった。
「胸糞悪ぃ事やってんじゃねぇよ」
少女が必死で足掻いている内に、一人の男が彼女の前に現れた。
紅蓮に燃える刀を持った男。
革命軍特級戦士のグレン。
彼は、少女がどれだけ足掻いても傷一つ付けられなかった貴族を、一刀のもとに斬り伏せてみせたのだ。
「……すまねぇな、餓鬼。俺がもっと早く駆けつけてれば、この村の連中も……」
「ねぇ」
他の人達を助けられなかった事を詫びるグレンの言葉を遮り、少女は言った。
「
グレンの持つ刀を見ながら、少女は問いかけた。
少女は許せなかったのだ。
自分から全てを奪った貴族が。
そんな貴族を野放しにしている帝国が。
実行犯の死を以てしても、少女の復讐心は欠片も消える事がなかった。
そうして少女は、ルルは、貴族を殺せる力を求めて革命軍に入った。
それが、彼女の始まりの物語。
◆◆◆
「懐かしいわね」
現在。
唐突にその時の事を思い出したルルは、苦笑しながら目の前の脅威に対して武器を構えた。
あの時とは違う。
今手にしているのは、あの時のようなただのナイフではなく
貴族を殺せる武器だ。
それでも、目の前の
唐突に昔の事を思い出したのも、勝ち目のない敵に挑むという状況にデジャブを感じたからだろう。
「ほう! 中々に良い女じゃねぇか! こりゃ来た甲斐があったぜ!」
「だから、その色欲全開の考えをやめろと、何度言えばわかるのですかね……」
ルルを見て舌なめずりする巨大な大剣を持った男と、その言動に頭を抱えている杖を持った眼鏡の男。
ルルは彼らを知っている。
似顔絵で見た事がある。
二人とも、あのセレナと同じ六鬼将だ。
ルルの実力では、一人であろうとも荷が重い強敵。
しかも……
「お二人とも、彼女は反乱軍の精鋭であり、前回の戦いで私を追い詰めた連中の一人です。油断しないでください」
そんな二人に忠告をする、鎧姿の少女が一人。
ルルにとって、革命軍にとって因縁の相手。
『氷月将』セレナ・アメジスト。
彼女を含めて、ルルの前には六鬼将が三人。
控えめに言って絶望だった。
「おう、わかってるって」
「ええ、理解していますよ。実家の領地を荒らそうとした害虫の事は」
しかも、セレナの忠告によって、他の二人から油断が消える。
ただでさえ0に近い勝ち目が更に減った。
たが、それでも。
「来るなら来なさいよ」
ルルは引かない、逃げない。
後ろの部屋に、守るべき後輩が居るのだ。
バカで、優しくて、お人好しで、スケベで、どこか死んでいった弟に似た
そして、他ならぬ自分の手で革命軍に引き入れた奴でもある。
彼を置いて逃げる訳にはいかない。
だから、ルルは覚悟を決めて抗う。
そこだけは、あの時と同じように。
勝ち目のない強敵に、少女は抗う。
「やってやるわよ、こんちくしょう」
そうして、少女の絶望的な戦いが幕を開けた。