悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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63 ミアさんとのお話

「クソ……この俺様が……帝国の犬ごときに……」

 

 うわ!?

 死んだと思ったらまだ息があるよ、この化け物!

 しかも、心臓も肺の大部分もミアさんの一撃で貫かれて焼き消されてる筈なのに喋れるとか。

 魔獣兵の生命力恐るべし。

 さすがにもう動けないっぽいけど、回復魔術でもかけられたらと思うと怖いなぁ。

 とりあえず、この化け物の上で気絶してるミアさんを回収してから、さっさと首をはねてトドメ刺そう。

 捕虜にするのは無理だ。

 強すぎて拘束できないから。

 だからこそ、この人には帝国勝利の証として、首を晒す事で終戦の証になってもらう。

 そうしなきゃいけない。

 それが戦争なんだから。

 

「だが……俺様を……殺したところで……無駄だ……。誇り高きガルシアの民は……決して屈しない……。俺様が死のうとも……必ず第二第三の獣王が現れ……最後には必ず……我らが勝つのだ……。ハハハハハハ……!」

 

 でも、死の淵に立って尚、獣王は笑った。

 私の考えを見透かしたように、終戦などあり得ないと嘲笑うように、掠れた声で笑い続けた。

 ……嫌な敵だ。

 やめる気がないなら、本当に国ごと最後の一兵まで殺し尽くす必要がある。

 そして、帝国の力ならそれができるだろう。

 また、罪のない民衆を大量虐殺するハメになりそう。

 考えただけで吐き気がする。

 

「『氷斧(アイスアックス)』」

 

 嫌な想像を振り払うように、私は氷で巨大な斧を作った。

 獣王の首を切断できるサイズの巨大な斧を。

 そしてそれをしっかりと握り締め、氷隕石(アイスメテオ)と同じ要領で振り下ろした。

 

「ガルシア獣王国……万歳!」

 

 それが獣王の最期の言葉になった。

 振り下ろされた断罪の刃が、度重なる攻撃で砕けていた首筋の鱗を容易く貫き、肉を裂いて、骨を断ち、その首を完全に切断する。

 そうして、獣の王は今度こそ物言わぬ屍となった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「ん~~~! 至福!」

 

 獣王を討ち取ってから数日後。

 私はミアさんと一緒に、砦の中に設置されたお風呂に入って疲れを癒していた。

 あの戦いの後、ミアさんは48時間くらい爆睡して完全復活を遂げている。

 そして、起き出したタイミングが、ちょうどシャーリーさん達の仕事を手伝っていた私の休憩時間と被った為、ミアさんは私を食事に誘って、その後お風呂に誘ったのだ。

 社員旅行に来た時の先輩みたいだと思った。

 

「あ゛~~~~!」

 

 で、今はおっさんみたいな残念美人に見えてる。

 まあ、長く苦しい戦いから解放された直後だもんね。

 こうなるのもわかるよ。

 今の内に存分に羽を伸ばしてほしい。

 どうせ、少ししたらまた戦いになるだろうから。

 

「いやー、極楽極楽! セレナちゃん、今回はホントにありがとね。君達のおかげで、あのにっくき獣王を倒せて、こうしてゆっくりお風呂に浸かる事ができたよ。

 他の魔獣兵もかなり討ち取れたし、これからの戦いは相当楽になると思う。ホントにありがとう」

「あ、いえ、勝てたのは皆さんが今まで頑張ってたからですし、私はそこまでの事は……」

「謙虚だなー! 美徳!」

 

 そう言って、ミアさんはカラカラと楽しそうに笑った。

 含みの一切ない善人スマイルだ。

 それが少しだけ姉様と重なって見えて、私はちょっと複雑な気持ちになった。

 懐かしくて嬉しいような、もう戻らない過去を垣間見て悲しいような、そんな気持ちに。

 

「あー……それにしても、このお風呂から出たらまた仕事かー……。アルデバランさんに一ヶ月で終わらせるなんて大見得切っちゃった手前、ホントにやらないとマズイよなー……」

「ミアさんとしては、できると思いますか?」

「まあ、できなくはないと思うよ。今までの戦いで万を超える魔獣兵を討ち取ったし、今回の戦いで獣王も討ち取れたから、もう向こうにロクな戦力は残ってない筈だからね。

 だから、あとは降伏してくるのを待つか、残党をとっちめるだけの簡単なお仕事……の筈なんだけど、あいつらの執念考えると何やってくるかわかんなくて怖いんだよなぁ」

 

 まあ、ですよね。

 

「最悪、本当に最後の一兵まで戦い抜かれたら、一ヶ月じゃ絶対に終わらないよ」

「じゃあ、どうしますか?」

「こっちから打って出て、向こうの首都と主要な都市をいくつか陥落させて、国としてのガルシア獣王国を終わらせる。さすがに国の心臓部と指揮系統を完全に破壊すれば止まるでしょ。むしろ、止まってくれなきゃ困る。お願いだから止まって!」

 

 ミアさんの言葉が、段々戦略から神頼みに変わってきた。

 それだけ、もうガルシア獣王国との戦いが嫌なんだろう。

 湯船の中で温かい筈なのに、ミアさんの腕には鳥肌が立ってる。

 可哀想に。

 

「まあ、大丈夫だと思いますよ。たとえ止まらなくても、そこまで追い詰めればロクな戦力は残らないでしょうし、資金や兵力、流通ルートまで失えば、新しく魔獣兵を作る力すら失われるでしょう。

 そうなれば、もう帝国の敵ではありません。それでも尚向かってくるなら、余裕のある時に改めて叩き潰せばいいんですよ」

「そ、そうだよね! そうだよね!」

「はい」

 

 私はミアさんを安心させるように優しく笑った。

 でも、今言った事はミアさんを安心させる為の希望的観測ではなく、客観的な事実だ。

 エロ猫さんの話を聞く限り、魔獣兵の作成にはかなりの資金と労力と専門的な設備がいる。

 まず最初に、魔獣因子の元となる魔獣を狩って来るだけでも一苦労だ。

 魔獣は「魔術を使わなければ倒せない獣」略して魔獣と呼ばれるくらい強い。

 それを成し遂げる為には強い魔術師かそれに匹敵する戦力が必要不可欠であり、徹底的に叩いた後のガルシア獣王国にそんな戦力が残ってるかと言われると微妙だろう。

 

 しかも、なんとかその問題をクリアしても、今度は魔獣から魔獣因子を採取する為の、そして人体改造を施す為の専門的な設備がいる。

 これを維持するだけの大金も、ガルシア獣王国には残らない筈だ。

 

 万が一、この二つがなんとかなったとしても、最後に量産態勢という最大の問題が立ち塞がる。

 魔獣兵を作れる設備が一つや二つ残ってたところで意味はないのだ。

 その魔獣兵が何千何万と居たからこそ、帝国の脅威足り得てた。

 残った施設で十や百の魔獣兵が作れたところで帝国の敵じゃない。

 それこそ、六鬼将の力すら必要なく、ミアさんが抜けた後のこの砦の戦力だけで軽く捻れるだろう。

 

 総合的に考えて、ガルシア獣王国はもう終わっている。

 それこそ、特大の隠し球でもない限り。

 まあ、それも獣王が討ち取られるような戦いにすら出てこなかった以上、本当にあるのか怪しいけどね。

 ……でも、やっぱりこれフラグっぽいな。

 警戒はしとこう。

 

「まあ、なんにせよ、獣王国にちゃんとトドメを刺さない事には始まりません。頑張りましょう」

「そうだね!」

「それに、ガルシア獣王国との戦いが終われば、今度はプロキオン様率いる反乱軍との戦いが待っています。頑張りましょう」

「そうだね……」

 

 あ、一瞬でミアさんの目から光が消えた。

 しまった、余計な事言っちゃった!

 

「そっかー、そうだったねー。今回の仕事が終わっても、また別の仕事が待ってるんだったー。仕事、仕事、仕事かぁ……」

 

 ミアさんが虚ろな目でどこか遠くを見つめ始めた。

 

「あ゛ーーー! もう働きたくない! 素敵な旦那様でも見つけて寿退職したい! でも六鬼将なんてそう簡単にはやめられない! どうしてこうなった!?」

 

 そして今度は突然、浴槽の縁にすがり付いて泣き出した。

 どうやら、まだ疲労が頭に残ってるらしい。

 メンタルが不安定だ。

 可哀想に。

 というか……

 

「ミアさん、そんな事考えてたんですね」

「そうなんだよー……でも、その未来は遠いよぉ……。それならせめて、せめてゆっくりとした休暇が欲しい……。

 それなのにプロキオン様! なんでよりにもよって、このタイミングで反乱なんて起こしたの!? 恨むよぉ! そりゃ反乱起こしたくなる気持ちもわかるけどさぁ! 別に今じゃなくたっていいじゃん! 私が休んでる時でもいいじゃん!」

 

 今度は裏切り爺への恨み言を炸裂させた。

 私はよしよしと背中を擦る事しかできない。

 

 でも、ちょっと今、聞き逃せない発言が飛び出した。

 

「ミアさん、反乱起こしたくなる気持ち、わかるんですね?」

「ギクッ!」

 

 私がそう言った瞬間、ミアさんがわかりやすく硬直した。

 これ、捉え方によっては帝国への反逆だからね。

 ヤバイと思うのは当然だ。

 でも、私は別にミアさんを追い詰めたい訳じゃない。

 むしろ、その逆だ。

 

「今の発言、聞いてたのが私でよかったですけど、アルデバランさん辺りだったらシャレにならない事になってましたからね。

 疲れてるのはよくわかってますけど、気を抜き過ぎないように気をつけてください」

「……ごめんなさい」

 

 ミアさんがシュンとしてしまった。

 こうしてると、ちょっとミアさんが年下みたいに見える。

 普段は職場の頼れる優しいお姉さんって感じなのに。

 不思議だ。

 

「それで、ミアさんは反乱軍の事どう思ってるんですか?」

 

 そして、私はそんな事を口走っていた。

 急に出てきた話題だけど、妙に気になって、聞いておかなきゃいけないような気がしたんだ。

 言いづらい事だとわかっていても。

 

「へ? え、ええっと……」

「ああ、大丈夫ですよ。裸の付き合いって事で、ここで聞いた事はオフレコにしときますから」

 

 そう言って、私はクスリと笑う。

 それで私に邪気がないと察したのか、ミアさんは少し肩の力を抜いて普通に話してくれた。

 

「んー、そうだねー。アタシは獣王国の相手で忙しくてまだ戦った事がないからなんとも言えないんだけど……それでも、戦いづらそうな相手だなー、とは思うよ」

「戦いづらい、ですか?」

「そ」

 

 そうして、ミアさんは語り出す。

 

「プロキオン様はともかくとして、平民の人達を相手にするのはしんどいと思う。

 アタシの実家って貧乏伯爵でさ。領地に名産はないし、帝都での権力争いに加われるだけの力もないし、お金もないし、伯爵とは名ばかりの、ほっといたらすぐに潰れそうな家だったんだよねー。

 で、そんなボロ家を支えてくれてたのが、昔からウチに仕えてくれてる平民の使用人達だったんだよ。あの人達がいなかったら、ウチはとっくの昔に潰れてたかもしれない」

 

 ……そうだったんだ。

 ミアさんの詳しい生い立ちの話は初めて聞いたかもしれない。

 

「だからさ、アタシは他の貴族と違って、平民の人達を下に見れないんだよねー。

 領地を離れて、学園に行って、騎士になって。同級生とか同僚が平気で平民の人達を虐げてる話を聞いた時はカルチャーショックだったよ。

 そんな事して平民さん達に見限られたら潰れちゃうじゃん!? ってさ」

「……でしょうね」

 

 私、似たような生い立ちしてる人知ってるよ。

 ブライアンだ。

 本来なら革命軍特級戦士になってた筈の、最初の仕事で私が殺しちゃった騎士。

 もしかしたら、ミアさんもブライアンみたいに敵になってたかもしれないと思うと……正直、想像したくない。

 戦力的な意味でも、心情的な意味でも。

 

「だから、アタシにとって反乱軍は戦いづらい相手。帝国も反乱軍も戦争なんかしないで、こう、上手い事落としどころとか見つけて、将来的には手を取り合えるようになればいいなーって思ってるよ。

 まあ、六鬼将とはいえ、一人の騎士でしかないアタシじゃ帝国全体の意向には逆らえないけどね……。命令されたら嫌でも戦わなくちゃいけないのが騎士の辛いところだよ」

「……そうですね。本当に、心の底から同意します」

 

 ミアさんの言葉は心の底から頷けるものだった。

 なんというか、この人は本当に『先輩』という感じがする。

 どうしようもないこの仕事を、それでも頑張って続けてきた偉大な先人だと。

 私は今、ミアさんを心から尊敬している。

 

「で、そういうセレナちゃんはどうなの? 実際に反乱軍を相手にしてみて」

「私は……」

 

 私の脳裏に、今までの戦いが思い浮かぶ。

 そして、殺してしまった多くの命が、その死に様が、鮮明に思い浮かんだ。

 涙が溢れそうになるのを必死で抑える。

 いきなり、こんな気持ちになるなんて。

 多分、お風呂で脳がふやけたせいだ。

 それか、初めて似たような想いを抱える人と真っ向から話したからだ。

 つまり、ミアさんのせいだ。

 

「私はずっと、罪悪感で死にそうでした」

「うぇ!?」

 

 ミアさんが驚愕の表情で私を見てくる。

 でも、私をこんなに感情的にした罰だ。

 おとなしく愚痴に付き合ってもらおう。

 

「私は戦いが嫌いです。死ぬのは怖いし、殺すのは辛いですから。ましてや、それが罪のない民衆なら尚の事です。

 ……でも、戦えば戦う程、殺せば殺す程、どんどん心が麻痺してきて、命を奪う事に躊躇がなくなっていく。

 それが本当に恐ろしい。自分がどんどん、姉様とは正反対の醜い化け物に変わっていくみたいで」

 

 でも、それでも、それでも。

 

「それでも、私は戦い続けなければならない。殺し続けなければならない。戦わないと、勝たないと、姉様が遺したものを守れないから」

 

 だから、私は、

 

「戦いたくない人達が相手でも、必ず……」

 

 そこまで口にした瞬間、私の口は塞がれた。

 ミアさんが思いっきり抱き着いてきて、私の顔を胸に埋めたせいで。

 お、大きい……!?

 

「……セレナちゃんが辛いのはわかってた。初めて会った時、お姉さんを亡くしたって淡々と報告しながら、キツく拳を握り締めてたのを見てたから。

 でも、ごめんね。アタシは心の底から愛した人を失った事がないから、きっとセレナちゃんの気持ちを完全にわかってあげる事はできない」

 

 そう言うミアさんの声はいつになく悲しそうで、そして、いつになく優しかった。

 

「それに、アタシじゃエミリアちゃんの代わりにもなれないと思う。でも、アタシはあなたの『先輩』だから、辛い時は頼ってね。きっと、それで少しは助けになれると思うから」

「……はい」

 

 私の返事を聞いた後、ミアさんはたっぷり10秒くらい私を抱き締めてから離れていった。

 そして、凄く優しい顔で尋ねてくる。

 

「どう? 少しは元気出た?」

「はい」

 

 今まで心の中に溜まってた苦しみが、少しは外に出ていってくれたような気がする。

 少しだけ、心が穏やかになった。

 姉様やルナと居る時と似たような、だけど決定的に違う感覚だ。

 不思議な感じがする。

 でも、もちろん嫌な感覚じゃない。

 

「よし! じゃあ、これからも一緒に頑張ろう! まずはガルシア獣王国だ! やるぞー!」

「はい」

 

 こうして、裸の付き合いを通して、ミアさんと随分仲良くなれたような気がする。

 それに、ミアさんも私も、嫌な仕事へのモチベーションが上がってくれた。

 この調子で頑張ろう。

 

 

 ちなみに、私達が出た後のお風呂に、レグルスとプルートが野郎二人で入っていったのは余談だ。

 それを見て私が恒例の邪推をし、二人がビクリと震えたのもいつも通りだった。

 だけど、私達の様子が気になって聞いてきたミアさんに、勢いでこの話をしてしまった結果、大爆笑した上で翌日以降の二人を見るミアさんの目がやたらニヨニヨした感じになっちゃったのは悪かったと思ってる。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 そんな平和なやり取りがあった数日後。

 砦に、ガルシア獣王国の使者がやって来た。

 しかもその手に、誰もが予想外だった降伏宣言の書状を持って。

 

 そして、これこそが、━━歴史の転換点となる大事件、その始まりを告げる呼び笛だったのである。

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