悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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9 まさかの青田買い

「やあ。ご一緒してもいいかな、レディ?」

「…………どうぞ」

 

 学園生活三日目の昼休み。

 どこの高級レストランだ!? とツッコミたくなるような学生食堂で、私が慣れないマナーに四苦八苦しながら高級過ぎて味がよくわからない学食を腹に入れていた時。

 唐突に奴はやって来た。

 帝王のオーラを垂れ流した黒髪の少年が、入学式でも見かけた二人のお供を引き連れて、唐突に私の目の前に現れたのだ。

 

 奴の名はノクス。

 ノクス・フォン・ブラックダイヤ。

 ブラックダイヤ帝国第一皇子にして、私が押し売りセールスを仕掛けようとしていたターゲット。

 それが向こうからやって来たのだ。

 私が本格的にアピールを開始した翌日に、先制攻撃でアタックを決めて来たのだ。

 ノクスさん、思ったよりアグレッシブだな、おい。

 驚いたよ。

 驚き過ぎて一瞬思考が停止したよ。

 ナイフとフォークから手を離す事すらできなかったよ!

 なんとか返事だけでもできた自分を褒めてやりたい。

 

「では、改めて名乗らせてもらおうか。生徒会長のノクス・フォン・ブラックダイヤだ。

 ブラックダイヤ帝国第一皇子と言った方がわかりやすいかな」

 

 そして、ノクスは私の反対側の席に腰掛けると、普通に話し始めた。

 私は慌ててナイフとフォークを置き、返事をする。

 名乗られたら名乗り返すのが礼儀だ。

 媚び売ろうとしてる皇族相手に礼を失する訳にはいかない。

 

「アメジスト伯爵家が次女、セレナ・アメジストと申します」

 

 そう言ってペコリと一礼。

 座ったままでの挨拶のマナーなんか知らないから凄い不安だ。

 そしたら案の定というか、ノクスのお供の一人、インテリ眼鏡みたいな奴が僅かに顔をしかめた。

 やべぇ!?

 なんかミスったっぽい!

 

「ほう、君はアメジスト伯爵の娘だったのか。確か、彼に娘は一人しかいないと聞いていたのだが、私の聞き間違いだったかな?」

 

 しかし、ノクスは気にした様子もなく話を続けた。

 見逃されたのか、細かい事を気にしない性格なのか。

 多分、前者だな。

 というか、ノクスがグイグイ来るんですけど!

 何が目的だ!?

 スカウトならいいんだけど、これ雰囲気的に私の事探りに来たんじゃね?

 

 だってほら、私って皇帝に嫁いだ姉様の妹な訳でして。

 そして、端から見れば私はクソ親父の手駒だ。

 貴族の世界では、親が子供を使って色々するのが当たり前だからね。

 つまり、今の状況はクソ親父が優秀な娘二人を帝都に送り込んで何かしようとしてるように見える。

 しかも、私は今まで存在が知られていなかったクソ親父の隠し球みたいに見えてるんじゃないかな?

 考えたくない、というか考えただけで背筋が凍るような未来だけど、もし万が一姉様が皇帝の子供を産んじゃったら、その子は当然帝位継承権を持つ事になる。

 そうしたら、自動的にノクスのライバルの出来上がりだ。

 そこまで考えれば、むしろ、ノクスが私に探りを入れに来るのは当然の事なのかもしれない。

 

 と、そんな感じの事を、身体強化の応用である無属性の上級魔術『思考加速』で頭の回転数を無理矢理に上げて、一瞬の内に考えました。

 結論。

 これ対応を間違えたらエライ事になりますがな!?

 やべぇ。

 これ絶対にミスれねぇ。

 慎重に言葉を選んで話さなくては!

 

「お恥ずかしながら、私は姉以外の家族には嫌われ、いない者扱いをされて育ったもので。

 父は私を娘として見ていませんし、私はアメジスト家の人間として紹介された事もありません。

 殿下が私をご存知ないのも当然の事かと」

 

 とりあえず、ノクスの質問に答えると同時にクソ親父とクソ家族どものネガキャンをして、私はあいつらの駒じゃないですよーと主張。

 それをいきなり信用してもらうのは無理だろうけど、わざわざ自分の家族の悪口言って皇子の覚えを悪くしてるんだから、疑問には思ってくれる筈だ。

 ノクスがバカじゃなければ。

 

「……早くも出回った君の噂は聞いている。高位貴族をも上回る魔術の天才だそうじゃないか。それだけの才を持っていたにも関わらず冷遇されていたと?」

「ごく最近までは隠していたもので。あのクソ家族どもにいいように使われるのはゴメンでしたから」

「そ、そうか」

 

 私が嫌悪感全開で吐き捨てると、ノクスの顔が若干引きつった。 

 多分、感情を隠して話すのが基本の貴族社会で、初対面の奴に対してこうまで開けっ広げな奴はあんまり見た事なくて面食らってるんだと思う。

 ノクスのお供二人の眼鏡じゃない方、体育会系の不良っぽい奴なんて、ツボに入ったのか肩を震わせて笑ってるし。

 でも、ここは下手に感情隠して嘘だと思われるより、こっちの方がいいと判断した。

 実際、私がクソ家族どもに抱く嫌悪感は嘘じゃないもの。

 才能隠してた理由の方は半分嘘だけど。

 本当の理由は、クソ家族どもに注目されたら姉様との逃避行計画に支障が出ると思ったからだからね。

 特に、前に暗殺者送って来た長男辺りに余計な事されそうで怖かった。

 けど、そこまでノクスに言う必要はない。

 真実を真実で隠すのだ!

 

 そして、ノクスは動揺を静めるように「コホン」と咳払いしてから、次の質問へと移った。

 

「ならば何故、今になって才能を明かし、学園に通い始めた?」

 

 来た。

 この質問はノクスに私の目的を告げる為の足掛かりになる。

 私は緊張を飲み込みながら、ノクスの問いに即答した。

 

「姉の為です。私は姉様をお守りできる立場を得る為に、この学園に来ました」

 

 これは欠片の偽りもない私の本心であり、私の人生における唯一絶対の生きる意味だ。

 私の人生は姉様の為にある。

 私がこの世界に転生したのは、姉様という天使を守る為なのだと本気で思っている。

 姉様のいない世界に生きる価値などないのだぁ!

 

「我が姉、エミリア姉様は天使です。優しさというものを具現化したかのような至高の存在です。その上、姉様は強く気高く美しく、麗しく可愛らしく神々しい。完璧かよ。そうだよ。姉様は完璧大天使だよ。聖人天使だよ」

「……急にどうした?」

「そのあまりの素晴らしさに血を別けた実の妹である私が何度魅了され、何度恋に落ちかけた事か。いや、私が姉様へと抱くこの想いは恋などと言う次元をとうに超えている。愛です。ただひたすらの愛です。恋愛、親愛、敬愛、純愛、慈愛、聖愛、性愛、熱愛、情愛、様々な愛が融合して生まれた真実の愛です。私の人生は姉様の為にあり。姉様の為ならなんでもできる。私の全てを姉様に捧げる事こそが理想郷へと至る唯一絶対の……」

「もういい。もうわかった。わかったから、一旦落ち着いてくれ」

「ハッ!? 私は何を!?」

 

 ノクスに肩を掴まれて、私は正気に戻った。

 しまった!

 私がどれだけ姉様の事を大切で大事で愛してるのか伝えようとして暴走してしまった!

 ここは、メイドスリーとたまに開いてるエミリア教のミサじゃないんだぞ!?

 失敗したぁ!

 見よ!

 ノクス達の完全に引きつった顔を!

 体育会系の不良っぽい奴は何故か爆笑してるけど、他二人はドン引きしてんじゃねぇか!

 

 ああ、わかってるよ!

 わかってますよ!

 自分が人に引かれるレベルのヤンデレでシスコンな事は自覚してるよ!

 この想いに熱い涙を流しながら共感してくれるのは、同じ狂信者のメイドスリーだけだもん!

 他のエミリア姉様に感謝してる使用人とかに語っても「エミリア様には凄まじく感謝してますけど、さすがに真実の愛とかはちょっと……」って感じで曖昧な笑顔を返されるからね!

 

「お見苦しいところをお見せしました……」

「いや……とにかく、君が如何に姉君を慕っているのかは伝わった」

 

 そっかぁ。

 まあ、それが伝われば当初の目的は果たしたと言えなくもなくもない。

 

「その上で聞こう。君の姉君に子供が出来た時、つまり私の弟か妹が産まれた時、君はどうする?」

 

 皇帝のチン◯をズタズタに引き裂いて抹殺します。

 という反射的に出かかった言葉を慌てて飲み込む。

 代わりに、ずっと前から決めてあった私のスタンスを言葉にして告げた。

 

「私は姉様の命が何よりも大事です。

 だから、その時は姉様とその子供をできうる限り危険から遠ざけ、その命を全力でお守りします。

 万が一、姉様がその子の立場を利用して権力を欲したとしても、そんな危ない事は絶対にさせません。

 説得し、それが叶わなければ力ずくでも止めます。

 そして私は、姉様とその子供を権力争いの魔の手から守れる強者に付き、どんな事でもして姉様達を守って頂けるよう懇願するつもりです」

 

 あくまでも国外逃亡を成功させるまでの期間限定だけど、私はそうするつもりだ。

 例え、それが姉様の意思に背く事になろうと。

 例え、それで姉様に嫌われる事になろうとも。

 私はどんな事をしてでも姉様を守る。

 それが私の覚悟だ。

 

 そんな事を思いながら、私はノクスを真正面から見る。

 

「そして、私が学園に来たのは、そんな強者と縁を結ぶ為です」

「なるほど。丁度、私のような者がその条件に該当するな」

「はい。仰る通りです」

 

 そこで私は一度言葉を区切り、改めて目的を口にする。

 

「ノクス・フォン・ブラックダイヤ殿下。

 私を買いませんか?

 報酬は、エミリア姉様と産まれてくるかもしれない子供の救済。

 対価は、私への命令権。姉様達を害さない事であればなんでもやります。

 悪い条件ではないと思いますが」

「……ほう」

 

 ノクスが私を品定めするように見る。

 私は毅然とした態度を貫いた。

 しばらくそうした後、やがて結論が出たのか、ノクスは「ふっ」と小さく笑った。

 

「いいだろう。君を私の配下として歓迎する。これからよろしく頼むぞ、セレナ」

「ハッ!」

 

 そうして私はノクスにお買い上げされたのだった。

 まさかの入学三日目にして第一関門クリアである。

 ノクスの行動と決断があまりにも早すぎて、青田買いでもされた気分だよ。

 でも、青田買い上等!

 これで卒業後は城務めコース一直線だ!

 姉様へと続くロードを確実に進んでいる!

 待っていてください、姉様!

 あなたの最愛の妹が今行きます!

 

「だが、とりあえず私の配下として恥ずかしくないように、早急に正しい礼儀作法を覚えてくれ。

 目上に対して、座ったままの挨拶はマナー違反だ」

「……はい」

 

 最後にノクスからお叱りを受け、突然始まった就職面接は終了したのだった。


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