銀河英雄伝説~黄金樹《ゴールデンバウム》と2人の英雄~ 作:フリードリヒ提督
―――いつの世も、戦争が続いている。
―――いつの世も、戦争によって残されるのは、無人の荒れ野だけだ。
―――そして刻まれた傷は、時の流れとともに消えてゆく。
―――その傷を目撃し記憶しているのは、満天に輝く星の群れかもしれない。
―――その星すら、いつの日か、流れ星のように消え去る運命にある。
―――これは、そんな星々の間で、本来語られる事の無かった人間達の、語られる事の無かった戦いの物語である。
その頃天の川銀河と言う小宇宙の一隅では、自由惑星同盟と銀河帝国が互いに終わりの見えない戦いを続け、その両国間に、フェザーン自治領が座し、戦争に参加する事もなく、静謐を保っていた。
戦争は既に、156年の長きに渡って続いていた。
「“―――アスターテの敵軍数は、我が軍の倍と発表されました。帝国軍の勝利を、遠い空から期待しましょう。”」
銀河帝国の帝都オーディンにある軍人用のバーには、この日も多くの士官や将官らが、思い思いに集い、たわいもない会話を交わしていた。
その一角で、3人の将官が会話を交わしていた。
「―――あの方から別れて4か月か・・・。」
そう切り出したのは、帝国軍将官用軍服に身を包んだ、黒髪で黒と青の「
「軍の人事には口を挟めないしな。他の連中も、今はあの方の下にいないそうだ。」
応じたのは、蜂蜜色のやや癖のあるおさまりの悪い髪とくすんだブロンドの瞳を持つ男。こちらも帝国軍将官用軍服に身を包み、肩の階級章も同じ少将である。
「うん、今付いているのは、赤毛の男だけだ。あの方は俺達無しでいけるだろうか。」
「と言って、ここから手伝いに行ける訳もなし。大丈夫さ、あの方はきっとやり抜くさ。」
「あぁ、俺もそれは信じたい。」
2人にとって、“あの方”の元を離れなければならなかったことは痛恨の極みとも言うべき事柄であったに違いない。そんな歯痒い思いが、2人の言葉の端々から漏れ出していた。
「で、今回代わりに指揮下に入るのは?」
その質問に答えたのは、2人の目の前でピアノを弾く男である。かつての言葉で言えばその黒髪を「おかっぱ」に揃え、口元には見事に切り揃えられた髭が印象深い。
エルネスト・メックリンガー、帝国軍将官用軍服を着用し、肩の階級章は白線1本、帝国軍准将である。
「メルカッツ大将、シュターデン中将、エルラッハ中将、フォーゲル少将、ファーレンハイト少将の、5人です。」
それを聞いて2人は順を追って論評していく。切り出したのは蜂蜜色の髪の提督―――ウォルフガング・ミッターマイヤー少将である。
「メルカッツは、実績から言えば、とうに元帥になっていても可笑しくはない。
「だが何分融通の利かない性格が災いして、出世が遅れている男だ。若い指揮官にとっては、一番使いにくい相手ではないかなぁ。元帥共も、一番煙たい存在を、ついでに厄介払いする肚では無いのか?」
その“元帥共”の本音を痛烈に突いた発言を、ミッターマイヤーは軽く受け流す。
「うん。シュターデンはよく知っている。俺が士官学校の時、戦術理論の教官だった。理論家だが、実戦には向かん。我ら学生は、『
「さしずめ今回は、採点係と言う所ですかな。」
メックリンガーの言葉の後を引き継ぐのは金銀妖眼の提督―――オスカー・フォン・ロイエンタール少将である。
「エルラッハ、フォーゲルは、順送り人事の員数合わせで提督になっている様な連中だ。足手まといになりこそすれ、助けにはならんだろう。」
その言葉を聞いた後、最後の一人に触れるのはメックリンガーだ。
「もう一人のファーレンハイト少将は、問題児だとも評判ですな。下級貴族の生まれですが、“食う為に軍人になった”などと、常々公言している様な御仁です。能力はあるようですが、その分自らの力のみを頼る傾向にあると聞いております。」
メックリンガーが言い終えてから5人をそう評するミッターマイヤーは辛辣である。
「これでは手足を折られた上で、重りの付いた鎖で縛られたようなものではないか。」
「しかし今回は、我々にはどうする事も出来ん。あの方を、信じるだけだ。」
「そうだな、しかも情報によれば、敵軍はこちらの2倍だと言う。」
「卿もそこは気になっていたか。」
「あぁ―――」
ミッターマイヤー少将はそう返事すると、一人の人物の名を挙げた。
「せめてジークムント提督が予定通り参戦していれば、気を揉む事など無くて済むのだが・・・。」
それを聞いたロイエンタール少将が答えた。
「あの方は、門閥貴族のお偉方からは酷く嫌われておられる様子だからな。大方、そのあたりの差し金だろう。」
「しかし、門閥と言う意味では提督も相当な高位に居る筈。帝国開闢以来の名門で、爵位も公爵ですから。」
メックリンガー准将の言葉にロイエンタールが答える。
「それが功績を立てるのを単に邪魔されただけなのか、あるいはもっと、根が深いのか・・・。」
そう言いながら、金銀妖瞳の彼は手に持っていたワイングラスを口へと運んだ。
「―――そういえば、そのジークムントだ。噂ではかなり頭も切れる様だが、どう思う、ロイエンタール。」
「あぁ。少なくとも、そこいらの貴族のドラ息子共とは違うようだ。我らも良く知る通りセンスは一流と言っていいだろうし、部下からも信頼されている様だ。卿はどう思う、ミッターマイヤー。」
それを聞いたミッターマイヤー少将の答えはこうであった。
「老練なメルカッツ提督や、“理屈倒れ”のシュターデンよりは、ジークムント提督の方が余程使い物になるだろうな。」
「ほう、卿にしては珍しく辛口だな。」
「ジークムントは能力に於いては非がある訳では無いがな、一本気なところがあるのが少々気になる所だ。」
「成程、あのお方の下にいるのには、今一つ反りが合わぬと言う訳か。」
「お互いにな。」
「フッ―――。」
同じ頃、そのバーの別の一角に、2人の将官がいた。
一人は先端に少しカールのかかった銀髪(艶やかな光沢のある白髪)で、赤い双眸と色素に乏しい肌が特徴的だが、白皙の美青年と称するに足る端正な顔立ちに、引き絞られた目鼻立ちが特徴で、筋肉質の肉付きの良さがスリムなボディラインを形成している。身長は185cmほど、帝国軍将官用軍服を身に着けていた。肩の階級章は白線3本と首元とその左右にある曲線的な文様、即ち上級大将であることを示していた。
もう一人は顔つきはよく似ていたがこちらは少しぼさぼさの黒髪且つ蒼白色の瞳を持ち、身長は隣に立つ大将よりも少し高く、肩の階級章も白線2本、帝国軍少将である事を示していた。
―――彼らこそが、歴史に大輪の花を添える事になる2人の提督、ジークムント・フォン・ブランデンブルグ上級大将と、クーリヒ・エドモント・フォン・ブランデンブルグ少将である。
「―――チッ、出兵案に司令部の都合で組み込んで置いて、軍務省の都合で外すとは・・・。」
銀髪のジークムント上級大将がそう口にしながら、忌々しげにバーのモニターを食い入るように見つめていた。モニターにはこれから戦われようとしている戦い―――「アスターテ会戦」の戦場概況が図案化されて、簡単な数値と共に表示されていた。
「まぁまぁ兄さん。そもそもが皇族の特例で我々が少佐で軍歴を始められている事自体恵まれているんですから。」
それを諌める様に、黒髪のクーリヒ少将が言う。
ジークムント「確かにその通りだが・・・仮にも一度出動準備を始めていたんだぞ。」
クーリヒ「お気持ちは最もですが・・・。」
ジークムントはこの時23歳、帝国軍で2番目に年少の上級大将として、帝国正規軍18個艦隊の一つ、艦艇8000隻(定数)を率いる提督であり、一方のクーリヒはこの時21歳で、副官として兄の下に居た。少将の階級と言えば艦隊で言うと普通は副官ではなく参謀長であるか、分艦隊を率いる身であるが、クーリヒは以前副官と参謀長を兼任していた時期があり、その名残なのであった。
その彼らをここに留まらしめていたのは、アスターテ会戦に於いて、彼らの出征が、発令直後に撤回されたからである。彼らにしてみれば、宇宙艦隊司令部からの命令であれば直ちに出征準備をするのが筋なのだが、彼の与り知らぬ所で、その命令は沙汰止みとなって彼の下に伝えられたと言う次第であった。
ジークムント「上は艦隊再建に全力を尽くせとの事だったが・・・」
クーリヒ「そもそもとして、定数を満たすだけの艦艇はありますが、兵員は未だ配員されたばかりの者が多く、練度が不足しています。」
ジークムント「うん・・・ティアマトの時の傷がまだ回復しきっていない。イゼルローンから後方に戻って再建せよと言う命令が来るのも当然だな。」
クーリヒ「そんな艦隊に対して出撃命令と言う方が、無理があるというものです。我々は十分昇進が早い方ですし、次の機会を待って今は―――」
ジークムント「・・・あぁ、英気を養うとしよう。」
悔しそうにほぞを噛みながら彼はそう答えた。そもそも23歳で上級大将と言うのは、常識で考えれば異常な昇進スピードなのである。普通に言えば30そこそこで漸く佐官だと言うのに、とっくの昔に閣下と呼ばれる身分なのであるから、周囲の嫉妬もさる事ながら、彼を忌み嫌う門閥貴族共の顔が、彼の中でちらつくのである。
因みに当時の諸将の昇進ペースを比較すると、
ラインハルト・フォン・ローエングラムがこのとき20歳で上級大将で唯一彼を追い抜くペースであり、
同い年のジークフリード・キルヒアイスが大佐、
28歳のウォルフガング・ミッターマイヤーが少将、
29歳のオスカー・フォン・ロイエンタールも少将、
30歳のアーダルベルト・フォン・ファーレンハイトでも少将、
33歳のエルネスト・メックリンガーは准将であり、
46歳のシュターデンでさえようやく中将と言った有様なので、
軍の基準からすれば半ばまで名誉的に与えられた階級を持つ、貴族やその子弟を除くとすれば、この所の少壮将校の昇進の速さが目立つところであろう。
因みに、アスターテ会戦に参加している将官の中で最も高齢な将官、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将ですら60歳に満たないのだ。
「“我が艦隊が、敵第4艦隊と交戦に入った模様です―――”」
ジークムントとクーリヒの会話が一巡し、2人がバーを出ようとしたところ、2人に気付いたミッターマイヤー・ロイエンタール両提督が声を掛けてきた。
「これはこれは、ブランデンブルグ上級大将閣下もここにおられたのですか。」
何処か推量するような響きが、ミッターマイヤーの言葉には混じっていた。
ジークムント「暫くぶりだな。」
ミッターマイヤー「はっ。」
「今回の件、心中お察し申し上げます。」
対照的にロイエンタールは、アスターテに出戦出来なかったことに対し、形ばかりの慰みの言葉を掛ける。
ジークムント「うん。私としても、ローエングラム伯と共に戦えるまたとない機会であったろうからな、誠に残念だが、次の機会を待つつもりだ。貴官らも気を落とさぬよう。」
ミッターマイヤー「勿論です。」
ロイエンタール「何れまたの機会に。」
「あぁ、それではな。」
そう言ってジークムントが去っていくと、それまで傍らに控えていたクーリヒが口を開く。
「ミッターマイヤー提督。実は先日、良いワインが手に入ったので、今度機会があれば、如何でしょう?」
ミッターマイヤー「そいつは良い、是非そうしよう。」
ロイエンタール「その時は、俺もご相伴に与っても宜しいか?」
クーリヒ「えぇ、是非に。」
「うむ、楽しみにしておこう。」
ロイエンタールがそう言うと、クーリヒは敬礼をした後、兄の後を追うのである。
ミッターマイヤー「―――クーリヒ・エドモンド・フォン・ブランデンブルグ少将か。」
「彼がジークムント提督の弟君と言う訳か。」
クーリヒと顔を合わせた事が無かったロイエンタールが、好奇の眼差しでその背中を追う。
ミッターマイヤー「あぁ。と言って、これと言った功績の話には恵まれていないそうだが・・・。」
ロイエンタール「ジークムント提督の方が、階級も歳も上だし、何より彼が立てた功績は押しなべて指揮官としてのものだ。提督だけを取ってみても、下積みもなしにあれだけの閲歴を誇るとは、帝国の人材にも、中々どうして優秀な者はいるらしい。」
ミッターマイヤー「ジークムント提督は公爵家の御当主だから優遇されている、と言いたい所ではあるが・・・。」
ロイエンタール「俺達も、第4次ティアマト会戦で目にしているからな、あの戦いぶりの程を。」
ミッターマイヤーは彼についての記憶を思い起こしながら、無能な指揮官達とジークムント提督との様子を思い起こしてこう表現した。
「他の提督とは毛色が違うのは事実だろうな。頭は切れるし、センスもある。ただそのひたむきな性格が災いして、周囲との摩擦は絶えないそうだが。」
ロイエンタール「だが知っているか? そのジークムント提督の躍進を支えたのが、あの弟君だと言う噂だ。」
ミッターマイヤー「クーリヒ少将が?」
少々驚きながら答えると、ロイエンタールは自分が聞いた噂話をミッターマイヤーに話し始める。
「あぁ、彼は艦隊司令官である兄の副官でありながら、次席幕僚なのだそうだ。」
ミッターマイヤー「何? 普通副官には佐官級を置くのが通例の筈だが・・・?」
ロイエンタール「その筈なのだが、ジークムント艦隊ではそうなっているらしい。どうやら以前、門閥貴族同士のいざこざが人事に影響を及ぼしたようでな。
その時に参謀長を、兼任していたのだそうだ。今は参謀長はいるが、それがどうも准将だと言う噂がある。」
眉をひそめながらロイエンタールはそう言った。彼も貴族であるが、長男とは言えしがない子爵家に過ぎない。それ故宮廷での争いとは無縁であっただけに、彼には馬鹿馬鹿しく思えるところがあった。
ミッターマイヤー「成程な・・・。」
ロイエンタール「だがクーリヒ少将は艦隊運用に意を用いる事で、兄の作戦を支える事に徹しているそうだ。だから自分の功績は無いに等しいが、勝利に貢献したと言う事で少将まで上り詰めたと言う訳さ。」
ミッターマイヤー「貴族同士のいざこざも、この場合は良い方に転がったと言う事だな。」
ロイエンタール「そう言う事さ。庶家とはいっても皇族で且つ公爵家の長男とその弟、それだから士官学校卒業で本来少佐の所を、兄が一足飛びに大佐待遇で始めた2人組だが、どうやら元が優秀だったらしい。兄弟で息も合う事だろう。」
ミッターマイヤー「まぁ貴族からはどう思われるやら。」
ロイエンタール「血濡れた貴族の若造ども、か。」
『血濡れた
―――それが、ブランデンブルグ兄弟に門閥貴族達から贈られた
ジークムントとクーリヒが艦隊に戻る為に建物を出る途中、2人はある人物に出くわす。
「これはこれは、お二方とも奇遇ですな。」
そう声を掛けたのは、他人をあざ笑う心象が顔に出ているかのような意地汚い笑みを浮かべた青年貴族であり、門閥貴族の筆頭と言われるブラウンシュヴァイク公爵の甥にあたる人物である。
「これはこれはフレーゲル男爵。かような場所に何用で?」
鼻につくような態度で言うジークムントに対し、フレーゲルも負けじとやり返す。
「私も予備役とは言え少将だ、居てもおかしくあるまい?」
ジークムント「そう言えばそうでしたな。」
小馬鹿にしたような態度には相応の態度でとでも言うべきか、フレーゲルも話題を変えて言い返した。
フレーゲル「今回の件は、誠に残念でしたな。」
ジークムント「大方貴方の叔父上の差し金だと思いますがね。私は軍務省、そして宇宙艦隊総司令部に従うまでです。ブラウンシュヴァイク公には宜しくお伝え頂こう。では失礼。」
そう言うと彼は興味を失ったかのようにクーリヒを従え、足早にカフェのエントランスを出ていくのであった。
「―――フン、血塗られた貴族共め。高貴なる我ら貴族階級に、あんな血生臭い野蛮人は相応しくない。なぜあのような者が叔父上と同じ公爵なのか・・・。」
それがまるで屈辱であると言う事を示すかのように、フレーゲルの拳が小刻みに揺れていた。
ジークムント「―――フン、何ら功績を持たない貴族のボンボン風情が。奴らは俺に嫉妬しているに過ぎん、自分達が特権で何もしていないのに、少将だのなんだの言っている事の可笑しさが分からんようだ。」
クーリヒ「気持ちは分かりますが、余りお気になさらないよう。」
ジークムント「分かっているよ。さ、旗艦に戻ろう。」
クーリヒ「ハッ!」
フレーゲルとジークムント、関係は冷え切っていると言って良かったが、それ以上に最悪なのは、フレーゲルの叔父、ブラウンシュヴァイク公オットーとの関係であったと言ってもよい・・・。
―――アスターテ会戦は、当初の予想を裏切って帝国軍の圧勝で終わった。当初はジークムント上級大将が艦艇12,000隻を率いて参戦するものが、参戦すると公表された数日後に突如として翻された為、部内にこの作戦への悲観論が広がる中、同盟軍の分進合撃策を逆手に取り、第4・第6艦隊までをほぼ完璧なワンサイドゲームで屠り去ったのである。
最後の1個艦隊である第2艦隊は
その予想通り論功行賞により元帥となったラインハルトは元帥府を開き、ロイエンタール・ミッターマイヤー・キルヒアイスを初めとして、若く優秀な将官らを招集した。
一方その時、ジークムントはオーディンに係留中だった座乗艦である旗艦級戦艦「ローゼンハイム」にいた。
このローゼンハイムは「前」帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナの準同型艦であり、ブラウンシュヴァイク公オットーの個人所有艦「ベルリン」や、リッテンハイム候ウィルヘルムの個人所有艦「オストマルク」と同じ系譜に並んでいる。
但し前者の2隻がトップレベルの貴族の持つ専用艦として、「平民共にその威武と権勢を知らしめる為に」専用の盾艦を装備しているのに対して、こちらは飽く迄も「軍人として」皇帝陛下より下賜を受けた艦であり、そういう意味ではヴィルヘルミナに最も近く、しかも彼のたっての希望により貴族的な豪奢な装備が排されて実用重視の設計となっており、純然たる巨大戦艦に仕上がっている点が、貴族趣味に凝り固まった2隻と対極に立つ点でもあるが、それでも豪華な会議室などと言ったパーティー用の設備は充実していると言える程度に装備されている。
異なる点では、ヴィルヘルミナ級では最も新しく、機関出力を強化して速力が強化されており、主砲の火力維持能力やシールドの展開/維持能力も高い程度である。
その巨大戦艦ローゼンハイムで会議中だった司令官を含むジークムント艦隊司令部の幕僚達に、唐突とも言える通達が届く。
ジークムント「何? 艦隊司令部を解散せよだと!?」
クーリヒ「は、ジークムント艦隊はローエングラム元帥府発足に伴う艦隊再編成の為に解散、司令部および各分艦隊幕僚は解散の上待命せよとの命令が届きました。」
「くっ・・・!」
突然の命令に驚きを隠せなかったジークムント。今回の元帥府創設と、その主であるローエングラム元帥が帝国宇宙艦隊副司令官に任じられたのに伴い、帝国宇宙艦隊はその半数が元帥府の所属となったのだ。その結果、8個艦隊に艦艇を充当する為に帝国軍内で艦隊・人事の大規模再編成が実施され、その一環として、ジークムント艦隊へも「艦隊司令部解散」と言う命令が届いた訳である。
クーリヒ「我々にも待命の指示が来ています。如何致しましょうか?」
「私は指示に従います。」
クーリヒの言に、幕僚を代表してそう答えたのは、砂色の髪の若い幕僚である。
クーリヒ「ミュラー少将・・・。」
「閣下、我々は帝国軍人ですから、指示には従うしかありません。」
ナイトハルト・ミュラーはこのとき25歳、ジークムント艦隊に少将/分艦隊司令官として在籍していた。次席幕僚であるクーリヒ少将に対し、他の幕僚との階級の差によって最先任の幕僚でもある、若き才能である。
ジークムント「―――そうだな。命令には従おう。ミュラー少将。これまでご苦労だったと言いたい所だが、人事局に掛け合って、何とか君と再び仕事が出来るようにしたいと考えている。そうなった時、貴官は来てくれるか?」
ミュラー「閣下には本当にお世話になりました。その御恩をお返ししたいと思っています。お話を頂けるなら、喜んで馳せ参じましょう。」
「・・・ありがとう。」
ミュラーの言葉に対し、彼は心からの礼を述べた。
「我々も、閣下の下で有意義な時間を過ごす事が出来ました。我々に出来る事があれば、その時はいつでも馳せ参じます!」
そう述べたのは、ミュラーの隣にいたウェーブがかった黒髪の幕僚で、ミュラー同様かなり若い事が分かる。
「私もクナップシュタインと同じ気持ちです。またお会い出来ると信じております!」
そう応じたのはストレートな黒髪のシャープな印象を持ったこちらも若い幕僚である。肩から下げた参謀飾緒で、彼が参謀である事が分かる。
ジークムント「クナップシュタイン、グリルパルツァー、そう言ってくれて私も嬉しく思う。貴官らもよくやってくれた、機会があれば是非呼ばせて貰おう。」
そう言うと2人は彼に対して挙手の礼を施した。
ブルーノ・フォン・クナップシュタインはこの年26歳、分艦隊司令官として各戦線を転々としていた男で、この時の階級は准将である。第4次ティアマト会戦に先立って、総司令部から右翼担当の為の戦力充当の一環として派遣されて以来、ジークムントが艦隊の付属戦力として手元に置いていたのである。
もう一人のアルフレッド・グリルパルツァーはこの年25歳、同じく准将であるが、こちらはこの年でジークムントの参謀長を拝命した秀才であり、第4次ティアマト会戦の際に献策して、ジークムント艦隊が武功を立てるのに大きく寄与した幕僚であった。
これら優秀な人材を手放すのは彼にとって惜しい事であったが、上級大将であり公爵たる彼とて、軍人として、人事部の決定に逆らう事は許されない身である。
ジークムント「クーリヒ、その命令書はオーディンでの待命書か?」
クーリヒ「諸官はそうですが、我々は所領に一時戻る様にとの事です。」
ジークムント「そうか・・・ではそうする他あるまい。我が艦隊創設から消滅まで、短い間だったが、皆よくやってくれた。我が艦隊で培った経験を、新たな環境で生かしていける事を願う。本当に良い司令部だった。またこの面々を集めて仕事がしたいものだと思う。その為に、余り好む所ではないが、公爵としての私の持てる力を振るおう。」
苦々しいと言う表現が最も似合う彼の心境ではあったが、軍務省からの指示では逆らう訳にもいかないと考えた彼は、艦隊司令官として最後の仕事を済ませる事にするのだった。
幕僚達が散開し、ジークムントとクーリヒの2人きりになった時、ふとジークムントはこう漏らした。
「そうだ、この“ローゼンハイム”は私の船と言う事でいいのだろうか?」
クーリヒ「―――えっと・・・下賜頂いた艦ですし、それでよろしいかと。」
ジークムント「それもそうだな。では、その様にしよう。」
クーリヒ「分かりました。」
ジークムント(フレーゲルめ―――この間の言葉を逆手に取ったか・・・まぁいい。暫くは私も領内の安定に意を用いる事にしよう。)
彼が集めた素晴らしい幕僚達と一時の別れを交わし、将兵達への挨拶を済ませた彼らは、旗艦であるローゼンハイムに乗り、自らへの所領へと戻る事にするのである。
―――ここで、今後を語る上で必要となると思われる為、彼らを含めた「帝国貴族」とは何か、と言う事について解説しよう。
銀河帝国に於いて「貴族」とは、開祖ルドルフによって特権的地位を与えられた者達の事である。彼らは皇帝の名に於いて荘園や惑星と言った領土の支配権を有し、徴税を初めとする所領の内政の全てを掌握する自治権に近いものを与えられている。そして貴族達はその内政の範疇に於いて軍艦を建造し、私兵として有する事を認められている一方で、有事の際に私兵の中から艦艇と兵員を拠出する責務を負うものとされている。
実際に、帝国最大の権門として知られるブラウンシュヴァイク家は、皇帝に匹敵する富を持っているとされ、その荘園の数は、可住惑星3・衛星27・小惑星18・人工天体6を数え、その領民の数は数十億にも上る。
領地には数万の艦艇が私兵としてあり、地方反乱への備えとして各地に駐留している。当然これらの艦隊は貴族の権益の一つとして、またそれを守護する為に彼らが自ら生み出したものであり、いざとなれば帝国軍宇宙艦隊へと合流して、戦争に参加する事もあるのだ。
この時代に於いて、帝国第2の権門として並び称される御三家が、リッテンハイム侯爵家・リヒテンラーデ侯爵家、そして今回の物語の中心となるブランデンブルグ公爵家の3家である。
ブランデンブルグ公爵家は、所謂辺境星区に密集した領土を持つ。銀河天頂方向から俯瞰した場合、ボーデンとトラーバッハ両星系の中間に当たる領域にある7星系に、可住惑星6・衛星17・人工天体2を保有し、領民の数は40億を下らない。ブラウンシュヴァイク公に比べれば可住惑星の他に見るべきところは少ない様にも思われるが、その本領は、ブランデンブルグ公領に眠る潤沢な資源に支えられた、軍事力としての私兵艦隊にある。
ブランデンブルグ公爵家の当主は代々、職業軍人たる男子がなると言う伝統があり、軍事の専門家でない、或いは金を出し惜しんだ他の貴族達の私兵とは異なり、編成は全て正規軍のそれとぴったり一致したものとなっている。
故に維持費はかかるものの、その総兵力は4個艦隊(定数各8000隻)と複数の分艦隊、合して4万8000隻を誇り、ブランデンブルグ家家門の者や家臣達を“幕僚”とした『公艦隊総司令部』までもを擁し、予備艦艇も7000隻有している。有事の際には帝国正規軍と同じように、各艦隊に小艦隊を付随させて兵力を構築するように編成されている。
当然だがこれらの艦艇ブランデンブルグ公領内にある兵器工廠で建造され配備されているものであり、領内のラボで考案され、実際に実用試験中のものまで存在している。事実、ブランデンブルグ公領で試作されたもののいくつかはその有用性が軍中央に認められ、正規装備品として今日に至るまで使用されるものも存在している程なのだ。
帝都オーディンから見れば辺境にあってなお重要なポジションを占めると言える軍事国家、ブランデンブルグ公領に、その主が久方ぶりに帰着したのは、帝国歴487年の4月下旬の事であった。