銀河英雄伝説~黄金樹《ゴールデンバウム》と2人の英雄~ 作:フリードリヒ提督
苦手な方はご注意ください。
1
帝国には、その領域において唯一その力の及ばない星が存在する。それが「フェザーン自治領」である。
「フェザーン回廊」と呼ばれる、イゼルローン回廊とは別に存在する、オリオン腕とサジタリウス腕を繋ぐ回廊の中に、フェザーン自治領はある。
惑星フェザーンのみがこの自治領の領土であるが、惑星には10億もの民が住み、宗主国である銀河帝国とは別の法秩序に則り、帝国と同盟、双方に対する貿易その他の経済活動を展開して、この宇宙に於いて唯一中立を維持する星系でもある。
その惑星フェザーンにある自治領主府にて、ほくそ笑む一人の男の姿があった―――
「ほう、2倍の戦力を相手に勝利を収めたか、あの金髪の孺子、姉の力でのし上がった訳ではなさそうだな。」
その男が見ていたのは、どこから手に入れたか、アスターテ会戦の戦況経過である。男がそう言うと、傍らに控えるもう一人の男がこう言った。
「貴族達の策謀で、ジークムント上級大将が討伐軍の編成から外された際には驚きましたが―――」
「我々はてっきり3万隻程度の戦力で来るものだと思っていたからな、だから4万隻規模で戦う様に仕向けたのだ。」
「仰る通りです。」
「ケッセルリンク、この状況、どう思う。」
傍らの男にそう聞きながら、深々とデスクの椅子に座るこの男こそ、このフェザーン自治領の主である、
浅黒い肌にスキンヘッド、胸郭が逞しい恵体であるが、顔の造作は全て大きく、およそ美男子とは称し得ない。しかし見る者に対しては強烈なインパクトを与える風貌を持っており、また黒いタートルネックのセーターに淡緑色のスーツというその立場から見れば軽装をしているのも印象的である。
その質問を浴びせられた側の自治領主補佐官 ルパート・ケッセルリンクは、40代半ばのルビンスキーに比べれば地位の割に若く、彼に比べれば顔立ちも悪くない。
ケッセルリンク「―――些か今回は、帝国が勝ち過ぎたかと。」
若き補佐官は上司である自治領主の質問に淡々とそう答えた。
「そうだ。では我々はどうするべきだと思うか?」
そう問いかけるルビンスキーの口調は、何処か生徒にものを教える教師のようでもあった。
ケッセルリンク「同盟に肩入れし、資本を投下して、同盟の再建に手を貸してやれば宜しいかと。」
ルビンスキー「その通りだ。では早速そのように取り計らおうではないか。」
ケッセルリンク「畏まりました、
ルビンスキー「―――ケッセルリンク。」
ケッセルリンク「は。」
ルビンスキー「この戦い、帝国と同盟どちらが勝つと思う?」
ケッセルリンク「さぁ―――どちらだとお考えで?」
そう問い返されたルビンスキーは、不敵な笑みを浮かべてこう言い放つ。
「どちらでもない! このアドリアン・ルビンスキーだ―――」
2
宇宙歴796年3月、イゼルローン要塞攻略の任務に向けて準備を進めるヤンは、多忙の身であるシトレ元帥の次席副官、アレックス・キャゼルヌ少将と会い、準備についての打ち合わせをしていた。この作戦案がシトレ本部長の肝いりであり、キャゼルヌがヤンと旧知の間柄だったことから、準備推進にまつわる窓口となっていた訳である。
「帝国軍の巡航艦1隻に・・・軍服40着?」
そう声に出してヤンから提出された補給希望品のリストを読み上げたのは、他ならぬキャゼルヌ少将である。ベージュの髪に六角形の角張ったフェイスラインが印象的な男で、主要なオフィスの要職を歴任してきたその閲歴は、およそ「エリート官僚」と言う言葉に相応しいものだが、その一方でその言葉が持つ負のニュアンスともまた無縁の男であり、毒舌家としても知られている。
「巡航艦は以前、帝国から鹵獲したものがある筈です。軍服は―――何とかお願いします。」
そういうヤンが少々申し訳なさげにしているのは、彼がキャゼルヌにも作戦案の内容を説明していないからだった。
キャゼルヌ「軽く言うな。幾ら機密保持の為とはいえ、俺にも作戦の内容を教えず、要求だけ寄越すんだからな。」
ヤン「すみません。今度、コニャックを1杯奢らせて頂きますよ。」
キャゼルヌ「いや駄目だ。」
ヤン「―――?」
キャゼルヌ「3杯にして貰おう。」
「・・・ハハッ、了解しました。」
ふてくされた顔を装って言うキャゼルヌに対し、相変わらずだ、と笑いながら了承するヤンであった。
それから数日後、ヤンは副官であるフレデリカ・グリーンヒル中尉を連れて、ハイネセンポリス郊外を車で走っていた。ヘイゼルの髪と金褐色の瞳を持つ、美しく若い女性副官を連れ立っていくその行く先は、とある同盟軍部隊の駐屯地であった。2人は駐車場に車を止めると、駐屯地に連れ立って入っていった。
目当ての人物はトレーニング中との事で、2人は窓口で聞いたトレーニングルームのロッカールームに足を踏み入れた。そこにはポロシャツ姿の屈強な男たちが20人は詰めており、訓練前後の談笑に花を咲かせている所だった。
「―――おっと、場違いな人が来たようだぜ。」
2人を見ても誰1人として敬礼せず、ひそひそと囁き合っているのを見て取ったグリーンヒル中尉は、持ち前の良く通る声で言った。
フレデリカ「第13艦隊司令官、ヤン・ウェンリー提督と、フレデリカ・グリーンヒル中尉です。ワルター・フォン・シェーンコップ大佐に、面会に参りました。」
これを聞いた中の一人が、フレデリカに向けて好奇の眼差しを向けながら、こう軽口を叩いた。
「へぇ? あんたがグリーンヒル大将の娘さんか。噂には聞いていたが、本当に美人だねぇ。」
フレデリカ(敬礼もなく、無粋な人達ですね―――)
「あー、実は我々は、緊急の要件で来ているんだ。是非、シェーンコップ大佐を御紹介頂きたいのだが・・・」
そうフォローする様に言ったのは他ならぬヤンだったが、効き目があるようには見受けられなかった。
「グリーンヒル中尉になら、特別に大佐の居所を教えて差し上げますよ?」
そう言いながらその男はグリーンヒル中尉の肩に手を回してくる。
「提督の前で礼を失するにも、程があります。」
そう彼女が静かに言った刹那、次のアクションは、彼らが予想したよりも早かった。フレデリカは回された左腕を引くように掴み取りながらサッと体を入れ替え、その腕を180度返すと、そこから見事な一本背負いを、衆目環視の中で決めて見せたのである。
彼女も一端の、訓練された同盟軍人である。しかも彼女ら女性兵は万が一の軍内でのセクシャルハラスメントを防ぐ為に、男性兵とは別に体術を始めとした特別な訓練を受けている。
相手がか弱い女性だと思っていただけに何が起きたのか咄嗟には理解出来ず、茫然としている相手に対して、中尉がその鳩尾にとどめとばかりに手刀を振り下ろそうとした。
―――その刹那、何者かの手が、その手刀を掴み取って止めた。
何事かと思ったフレデリカがその掴み取られた右手を見ると、その先には、軽く咎めるような眼をして彼女を見る、美男子と称していい風貌に不敵な笑みを浮かべた男だった。
「ここまでです、中尉。」
男はグリーンヒル中尉に向けてそう言い、中尉に組み敷かれた男に一瞥すると言った。
「お前、いつまでその芝居を続けているつもりだ。」
その言葉を聞いた男は、バレていたかと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべた。それを境目に、周囲の男達の顔色が変わった。いや、先程までの様子とはまるで別人とさえ言っていい。
高い規律を有するとその所作で分かる彼らは、正しく「同盟最強の陸戦部隊」の名に相応しい兵士達であった。彼らはヤン少将とグリーンヒル中尉の正面に回り込む、シェーンコップ大佐の後ろに付く様に起立、整列する。そして、彼が敬礼したのに続けて、その場にいた全員が、ヤンとグリーンヒル中尉に向けて敬礼した。
「ワルター・フォン・シェーンコップ大佐であります。」
そう、彼こそが、この時既に勇名を馳せていた、同盟軍内に於ける亡命帝国人部隊である陸戦部隊「
シェーンコップ「貴方のような美人を見ると、皆つい、童心に帰っちまうんですよ。私だってそうだ、どうか、お許しを。」
そう言ってシェーンコップはグリーンヒル中尉に向けて頭を下げたあと、今一度ヤンに向き直って言った。
「それで、エル・ファシルの英雄が、この様な所にわざわざお越しになるとは、どの様なご用件ですかな?」
ヤン「貴官に相談がある。」
シェーンコップ「重要な事で?」
「多分ね。」
首を竦めてそう言うヤンに、シェーンコップは何も言わず応接室に通し、幕僚の副隊長 カスパー・リンツ中佐、大隊長 ライナー・ブルームハルト大尉を同席させて会見に臨んだ。
その席上ヤンは、自身が考案したイゼルローン攻略の作戦案を、他人には初めて明かしたのである。そしてこれを知ったシェーンコップは、最初は神妙な面持ちで言った。
「・・・成程。この方法しかないでしょうな。堅牢な要塞に依るほど、人は油断するものですからな。」
ヤン「正直、いくつか方法は考えた。でもこれが最も味方の犠牲を少なく、かつ、楽に勝てる方法なんだ。」
シェーンコップ「そうでしょうな。しかし提督は、私の風聞をご存知ですかな?」
ヤン「調べさせて貰ったよ―――」
時を若干遡り、第13艦隊司令官として、統合作戦本部ビル内にあてがわれたヤンのオフィスで、ヤンはグリーンヒル中尉の報告を受けていた。
―――そもそも「
自由惑星同盟軍でも屈指の作戦能力を誇る陸戦部隊に与えられた名称であり、その要員は殆ど全てが、帝国からの亡命者によって占められている。特に編成の根幹でもある陸戦部隊は、全員帝国からの亡命者とその子弟によって編成する事が通例となっている。
なぜこの様な部隊が存在するのかと言う理由は、自由惑星同盟と言う国が、「自由」に根差した国であると言う所に端を発している。自由惑星同盟は民主共和制の旗印の下で、専制国家である銀河帝国を打倒するという大義名分を掲げて戦っている。その様な立場の同盟にとって、敵国からの亡命者である帝国人によって構成される部隊の創設は、相反するイデオロギーを持つ敵国に対しての政治宣伝に利用出来る訳である。
つまり、「我々は自身の敵にすらも、寛容なのである」という訳だ。
しかもこれまでの「薔薇の騎士」連隊の働きは見事と言う他なく、赫々たる戦果を挙げている精鋭部隊でもある。その力は僅か1個連隊であるにも拘らず、1個師団に匹敵するとも言われているのだ。
フレデリカ「―――その『薔薇の騎士』連隊第13代連隊長が、ワルター・フォン・シェーンコップ大佐です。」
ヤン「帝国公用語の問題はないな?」
フレデリカ「はい。ですが、良からぬ噂があります。」
ヤン「噂?」
フレデリカ「彼が、7人目の裏切り者になるのではないかと言う噂です。」
「薔薇の騎士」連隊は、強力な部隊ではあったが、その実、上層部からすれば扱いづらい部隊でもあった。それはしばしばこの部隊が素行不良など序の口と言えるほどの、反骨的気風を曝け出したからでもあったが、最たるものは、戦闘中に彼らの故国へ「逆亡命」してしまう者が、連隊長クラスにすら続発していたからだった。
シェーンコップ以前に連隊長を務めたのは12名。この内、シェーンコップの前の連隊長*1を含む4名が帝国軍との戦闘で戦死、2名が将官へと昇進の後に退役したが、残りの半数は帝国へと逆亡命してしまったのである。その為「薔薇の騎士」連隊は同盟軍内からは余り信用されておらず、持て余された挙句、様々な部隊を転々としていると言う有様であった。
「―――根拠は?」
そう副官に尋ねるヤンに対し、抜群の記憶力を以て鳴るグリーンヒル大将の
「“13”と言う数字が不吉だからだそうです。」
ヤン「では、根拠はないに等しい訳だ。」
その言葉に、グリーンヒル中尉はクスリと笑って言った。
「お会いになりますか? すぐにアポイントを取りますが。」
ヤン「いや、こちらから出向く事にしよう。大変なお願いをする事になる訳だからね―――」
そんな経緯もあり、ヤンは直接彼の元へと出向き、協力を要請した訳であるが―――
「―――もし私が本当に、7人目の裏切り者になったら、事は全て水泡に帰します。その時はどうなさるのです?」
些か挑戦的な言葉に、ヤンは少々困りつつもこう答えた。
「困る。」
と。
「フッフッフ、そりゃぁお困りでしょうな。ですが、困ってばかりいる訳ですかな? 何か対策を考えておいでなのでは?」
そう微笑しながら返したシェーンコップであったが、ヤンは表情を崩さずに言ったものである。
「いや、何も思いつかなかった。もしそうなったら、それでおしまい。尻尾を巻いて逃げる他無くなる。」
そう言われて神妙な顔になるのは他ならぬシェーンコップである。彼は思わぬ返答にこう返すしかなかったのだった。
「・・・すると提督は、私を全面的に信用すると?」
しかしそれに対するヤンの回答は、シェーンコップの意表を突いていた。
「正直、余り自信はない。」
「―――?」
ヤンの言葉にその真意を測りかねたシェーンコップは思わず次の言葉が出てこなかった。だがその答えは、ヤンの次の言葉で得るところとなる。
ヤン「だが貴官を信用しなければ、作戦そのものが成立しない。だから信用する。これは、大前提なんだ。」
「・・・成程。」
シェーンコップは不敵な笑みを浮かべ、納得した様にそう言った後、こう切り出した。
「一つ伺っても宜しいですかな?」
ヤン「あぁ。」
シェーンコップ「―――貴方に課せられた命令は、土台無理なものだ。半個艦隊、それも寄せ集めの弱兵を率いて、イゼルローンを落とせと言うのですからな。にも拘らずあなたはお引き受けになった。それはあなたの中に、この案があったからでしょう。ですが、その更に奥に何があったのかを知りたいものです。名誉欲ですか? それとも出世欲ですか?」
このシェーンコップからの質問に対して、ヤンの答えた内容は有名であろう。それは、彼の気質と言うか想いを、そのまま反映したものであるからだ。
「―――出世欲では無いと思うな。30そこそこで閣下呼ばわりされたら、もう十分だ。それにこの作戦が終わったら、私は退役するつもりだし。」
シェーンコップ「退役ですと―――?」
ヤン「うん。年金も出るし、退職金も出る。私ともう一人と1匹、つつましく暮らしていくだけの金には、困らない筈だ。」
「この情勢下に退役すると仰る。」
驚いた風を装って言うシェーンコップの言葉を捉えて、ヤンはこう述べた。
「それ、その“情勢”ってやつ。イゼルローンを落とせば、帝国軍は我々に対する、殆ど唯一の侵攻ルートを絶たれる事になる。そうなれば、こっちから逆侵攻、などと言う馬鹿な事をしない限り、帝国軍は手出しが出来なくなる。大規模にはね。
政府の外交手腕次第だが、軍事的に優位な地歩を占めた所で、帝国との間に、何とか満足のいく和平条約を締結する事も出来るかもしれない。そうなれば、私としては、安心して退役出来る訳さ。」
シェーンコップ「―――しかし、その平和が恒久的なものになり得ますかな?」
ヤン「恒久平和なんて、人類の歴史上なかった。だから私は、そんなものを望みはしない。だが何十年かの、平和で豊かな時代は存在した。我々が次の世代に何か遺産を託すとするなら、やはり、平和が一番だ。そして、前の世代から手渡された平和を維持するのは、次の世代の責任だ。それぞれの世代が、後の世代への責任を忘れないでいれば、結果として、長期間の平和が保てるだろう。
―――要するに、私が求めるのは、高々この先、何十年かの平和なんだ。それでもその10分の1の期間の戦乱に勝る事、幾万倍。私の家に、14歳の男の子がいるが、その子が戦場に引き出されるのを見たくない。そう言う事だ。」
それを聞き終えたシェーンコップは、率直な感想をこう述べた。
「・・・失礼ながら提督。あなたは余程の正直者か、でなければ、ルドルフ大帝以来の詭弁家ですな。」
それを聞いてヤンは微笑を浮かべ、シェーンコップも内心の緊張の糸が切れたように微笑んだ。
3
―――同盟での一連の動きをよそに、帝国歴487年の4月に入っても、ジークムントの次の任地は決まらなかった。彼は帝都オーディンの社交界と軍務省、自身の領地を行き来しながら、自分がどこかしらの軍務に就けるよう働きかける一方で、領地の経営に心を砕き、その為多忙な生活を送っていた。
領地経営の方はその努力が結実し、領内の経済活動は依然として好調であった一方、彼の軍務への就任については不如意であった。やはり無任所の上級大将と言う扱いにくい存在故に、実際的な軍務へ回そうと思っても、その階級に釣り合った部署が無いという問題があったのだ。
帝国軍上級大将は大将より格上であり、部隊の指揮官も階級は高くて大将、時々上級大将となる程度であり、18個の正規軍艦隊の司令官の席を、現在その職責に在る者から、何の失点もないにも拘らず奪ってまで彼を艦隊司令官にする訳にもいかず、軍要職にも、元帥である事を原則とする宇宙艦隊司令長官の席を除き、席は空いては無かったのだった。
一方でジークムントは元帥となっていたローエングラム伯ラインハルトとも面識があり、ラインハルトも彼の才能をある程度とはいえ認めてはいたが、その彼も、ジークムントを元帥府に呼ぶ事はなかった。これには一つの理由がある。無論、ラインハルトが門閥貴族嫌いなのはさておくとしてである。
それは、元帥府に登用出来る将官の階級規定であった。帝国軍法に基づく元帥府への将官登用は、その階級上限を大将までとする規則があり、この時既に上級大将であるジークムントは呼ぶ事が出来なかったのだ。また彼の副官でもある弟のクーリヒ・エドモンドは、ラインハルトとは殆ど面識が無く、かつ彼自身に実績が無かった事から、ラインハルトはこれを見落としていたのであった。
但しこの程度の事はジークムントも織り込み済みであり、未来への布石として働きかけを行っているに過ぎなかったから、特に彼としては意に介した風もなく、領地経営に力を注いでいると言うのがこのところの彼の動きなのである。そんな事を言えば、あの帝国最大の権門、ブラウンシュヴァイク公オットーに至っても、大将であるにも拘らず軍の要職にはいないではないか。無論、飾りの予備役大将でこそあれ―――
―――だが、そんな折、帝国内で一大事件が勃発する。「カストロプ動乱」と後に呼ばれる事になる内戦である。
事の発端は、前財務尚書、カストロプ公オイゲンの急死に始まる。
カストロプ公爵家は代々強欲な家系として知られていたが、特に急死したオイゲンは凄まじく、15年に渡って財務尚書を努め、その間に不正蓄財を行い、疑獄事件にも関わっているとされていた。それ自体は当時の帝国でも珍しい事ではないものの、オイゲンのそれは度を越しており、フェザーンを通じて当時禁止されていた同盟との貿易にまで手を染めているという疑惑までも浮上していた。
同僚である当時の司法尚書ルーゲ伯爵から「見事な奇術」と皮肉られる程の不正蓄財ぶりは、余りの酷さに特権階級たる貴族の犯罪に甘い帝国にあっても、到底看過出来ない規模に上っており、しかもそれが不正に国庫から略取されたものとあっては、搾取される側である民衆の不満を爆発させて体制を揺るがしかねないほどのものだった。
このため財務省・司法省の双方からかねてより問題視されていたものの、オイゲンはその命が尽きるまでの間、その資金力と政治的手腕でその摘発を抑え込んでいた。
しかしその悪徳公爵オイゲンの終わりは本当に突然であった。帝国暦487年の4月に自家用宇宙船の「事故」で突如死亡してしまうのである。
当時帝国宰相だったリヒテンラーデ侯クラウスは、ブラウンシュヴァイク公オットーからこの知らせを聞きつけると、まだ遺産相続の手続きを始めたばかりであるオイゲンの嫡子、マクシミリアン・フォン・カストロプに対して、相続手続きを一時凍結した上で、父親の手で不正に蓄えられた資産の内容を調査する為、惑星カストロプに財務省と司法省の行政官を派遣する。
その目的は当然、横領された資金を国庫へと返納させるためであるが、その総額は、その期間の長さに比例する形で莫大な額に上っていると推定されており、正確な数字を調べ上げる必要があったのである。いくら貴族の犯罪に甘い帝国であったとしても、不当な額を貴族から国庫に返納させる事は許されていない。それは貴族達の国家に対する忠誠心に、甚大な影響を与える事は明白であるからである。
同じ頃、リヒテンラーデ候の指示に先立つ形で、後任のゲルラッハ財務尚書(子爵)と司法省が合同で、惑星カストロプに調査官を派遣していた。財務省にしろ司法省にしろ、言われるまでもなく横領された金は取り戻されねばならないと考えた事による利害の一致が、この行動の拙速に及んだのだが・・・
帝国歴487年4月9日 惑星カストロプ・カストロプ宮殿
「帝国財務省及び司法省の意思を伝えます。カストロプ公爵家は、急死した前公爵オイゲンが不正に蓄えた資産を調査させて頂きます。それまでの間、財産の相続は見合わせとなります。」
行政官の態度は、貴族に対するものとしては十分な格式を持ったものであり、この点において行政官達の側に咎められるべき何ものもあった訳では無かった。しかし―――
マクシミリアン「嫌だ! これは私の金だ、誰にも渡しはしない! 帰れ!!」
「カストロプ公! これは帝国政府の命令ですぞ!」
マクシミリアン「帰れと言うに・・・行け
些かヒステリックな響きを携えて吐き出された声に、庭に居た猟犬達が即座に反応する。
「かっ、カストロプ公! うわっ、やめろ!!」
マクシミリアン「ハハハハハハ―――ッ!!」
有角犬とは帝国貴族の間で猟犬として飼われている、一本角を生やした大型犬の品種なのだが、それはさておくにしても、マクシミリアンは調査に訪れた財務省の行政官を猟犬で以て追い払ってしまったのである。それも一度ならず二度までもである。
当然財務省、とりわけゲルラッハ子爵は激怒し、司法省を通じてリヒテンラーデ公に要請し、マクシミリアンに対する召喚を命令させる。しかしマクシミリアンは、帝都に赴けば自分が逮捕されるのではないかと言う猜疑からこれを拒絶し、カストロプ公領から一歩も動くことはなかった。
事ここに至って事態の重大さを憂いたカストロプ公爵家の親戚達が彼を説得するものの、彼は頑として首を縦に振らないどころか、直接説得に訪れたマリーンドルフ伯フランツを拘束してしまったのである。
これを聞いて激怒するのは、貴族間を取り持つ役割を持つ典礼省もさることながら、帝国宰相であるリヒテンラーデ候である。彼はマクシミリアンが国の安定を損なうような行為(当然これは門閥貴族としての主観ではある)を平気で取り続ける事に激怒し、軍務省に命じて武力占拠を企てるが、それにより派遣されたシュムーデ少将麾下の3000隻を待ち受けたのは、余りに過酷に過ぎる運命であった。
―――自由惑星同盟首都星ハイネセンにあると噂される惑星防御システム、「アルテミスの首飾り」と同型と言われる防衛システムである。
小惑星帯に紛れて配備されていたこの防衛システムによってシュムーデ提督麾下の3000隻は、シュムーデ提督自身が敵を侮り、まともな熱線探知も光学探知も怠った事で1隻残らず全滅、シュムーデ提督戦死と言う重大な事態を招いてしまう。
これに驚いたリヒテンラーデ候は事の徹底を期す為に、正規軍・貴族私兵を合わせて1万5000隻の艦隊を揃え、帝国軍予備役大将の位を持つブラウンシュヴァイク公を、自身の希望を容れる形で総司令官に立てて第二次討伐軍を編成するが、それを待ち受けていたのは予想だにしない光景であった。
蓄財家だったオイゲンはただ財を蓄えただけでは無かった。即ち、それに見合う軍事力をも有していたのである。この第二次討伐軍に対して立ちはだかったカストロプ艦隊は、その数およそ2万隻に及び、マクシミリアンはここで自ら陣頭に立ったばかりか、意外なまでの軍事的才能を発揮して、首飾りの射程内に艦隊を引き込んで潰走させてしまったのである。
後から見れば、マクシミリアンの取った作戦は初歩的な圧迫に過ぎなかったのだが、素人揃いの貴族指揮官達ではこれを見抜く事が出来ず、軍事顧問として派遣された軍人達の静止も聞き入れる事は無かったのである。
ここでマクシミリアンは増長する。彼は出し惜しんでいた5万隻を超える艦隊を全艦出撃させ、周辺の荘園を武力占領しようと試みたのである。「カストロプ動乱」はこうして始まった。
マクシミリアンは近隣のマリーンドルフ伯爵領やヒルデスハイム伯爵領、更には憲兵総監オッペンハイマー伯爵領にまで侵攻を開始し、いくつかの荘園が武力占領されるに至る。マクシミリアンは帝国本国から半独立の地方王国の建国を試みていたとされており、それを裏付ける証言もいくつかあるものの、真相は不明である。
この大事件は結果としてジークムントの次の任地について、軍務省にその検討するリソースを失わせるに至り、彼の赴任先が未定のまま、月日が流れようとしていたかに見えた。
だが、カストロプ動乱を聞きひとまずの備えだけをしていた彼らの元に至急電が入る。それを受けて艦隊を編成し急行したジークムントがある星系に到着したのは、5月2日の事であった。
帝国歴487年5月2日 オルデンブルグ星系外縁部・戦艦ハイデルブルグ
ジークムント「おはよう。」
クーリヒ「おはようございます、閣下。」
この日の標準時の朝、彼は規則通り起床し、艦橋にやって来た。彼らはれっきとした軍人貴族であり、兵士達と寝食を共にする身である。少なくともその辺にでも転がっている貴族士官とは訳が違う。
ジークムント「状況を。」
クーリヒ「は。」
そう言うとクーリヒは司令官席の前にホログラムの状況概況を出す。
クーリヒ「オッペンハイマー伯爵領は一部が引き続き占領されています。こちらへは星間警備隊の艦隊が現在増援で駆け付けつつあり、私設艦隊は睨み合いを続けています。マリーンドルフ伯爵領についてはマクシミリアン自らが出陣しているようですが、主無き私設艦隊が侵入を食い止め続けており、本国に増援を要請したようで、これに伴って、元帥府のジークフリード・キルヒアイス少将が救援の為出動したようです。ヒルデスハイム伯爵領については、先の敗戦と今回の侵攻で激昂したブラウンシュヴァイク公が、3万隻の大艦隊を派遣した為押し返されつつあります。そして、このオルデンブルグ星系です。」
「そうだな。その為にこうして来たんだ。」
ジークムントはこの時、旗艦を私兵艦隊の旗艦ハイデルブルグとして、自身の直属戦力である第1艦隊8000隻のほか、分艦隊12個を従え、総勢2万隻余の艦隊を引き連れてこの宙域に来ていた。分艦隊司令官も少将6人、准将6人を従え、ブランデンブルグ公爵家の誇る現役の中級指揮官達が集っていた。彼ら中級指揮官らも度々正規軍として前線へ赴く身であり、麾下の部隊もよく訓練され、正規軍と同じ編成である。この点、見栄を張って大型艦偏重となりがちな他家とは一線を画する点である。
周囲を無数の艦艇で固めたハイデルブルグの姿は、元になったヴィルヘルミナと比べ、よりスリムに、小型化されており、その設計の基礎にある標準型戦艦により近くなった印象がある。外見上の優美さとは程遠くも、堅実さと新機軸の併存したハイデルベルグの艦橋で、状況確認が続いていた。
ジークムント「アルトドルファー伯ヴァルター・アイゼナハから、至急増援をと言う要請があった。敵は2万の艦隊を従えている為に元々数的に劣勢であり、その上保有する艦隊の半数が、伯爵領の財源問題から休眠状態である為、現時点では7500隻しか動けない。そう言う事であったな。」
クーリヒ「左様です閣下。」
ジークムント「カストロプめ、どこにこの様な戦力を蓄え込んでいたのやら。」
彼がそう言うと、クーリヒはそのからくりの一端を、その時得ていた情報の範疇で彼に伝えた。
「一部に、同盟製艦艇がいるとのことです。恐らくは帝国軍が戦闘中、もしくはその前後に鹵獲したものを、帝国軍から民間へスクラップとして払い下げられた際に買い取り、改装して用いているものかと。」
ジークムント「チッ、防御力に定評のある同盟の戦艦か、厄介だな。」
―――彼が舌打ちをしたのには当然の理由があった。
帝国軍の艦艇は、設計図に沿ってフレームから起ち上げていく「フレーム工法」が用いられているのだが、これは構造が頑強になり、大気圏航行能力の付与も容易となる代わりに、1隻当たりのコストは高騰する傾向がある。また一つの設計内に於ける拡張性の付与には相応の基礎設計が必要となる為、ともすれば艦の拡張性が損なわれる事にもなりかねない。
しかも帝国軍艦艇は銀河連邦時代の設計を正当に継承した設計が為されている為、汎用性を重視している事から一つに特化した設計がされている訳でもなく、艦そのものの防御力もこれ以前の時代のものと比べても、「並」と言うのが概ねの評価である。
これに対して同盟軍の艦艇は、各地の工場で各部パーツを製造し、用途に応じて接合して組み立てる「ブロック工法」が用いられている。ブロック工法を用いれば、構造規格の統一によって艦のコストを下げる事が出来、しかも設計上の制約は拡張性も含め、殆ど無いと言っていい。
但し、フレーム工法に比べ強固なフレームを軸に組み立ててはいない為、常に応力がかかり続ける場所、つまり重力に対する強度では帝国軍のものに劣る為、大気圏航行能力の付加は難しい側面がある。
だがブロック工法の利点は、ダメージコントロールの容易さとこれまた容易にバリエーションを増やせる事、そしてコストの低減である。同盟軍の艦艇は構造の脆弱性からくる防御力の低さを、装甲の増圧とダメージコントロール能力の強化で補っており、また大気圏航行能力については、同盟軍ではエンジンの噴気による大気への影響を避ける為に、大気圏航行能力を付与しない方針である為、デメリットにはならない。
この辺りに帝国軍と同盟軍の
これは、自由惑星同盟と言う1から建国された新興国家と、「銀河連邦」の後継国家としてその人口と版図、経済基盤を引き継いだ銀河帝国の差であろう。
クーリヒ「しかし、艦隊運動には難があるでしょう。ハードウェアを積み替えたとしても、その辺りが限界です。」
ジークムント「そうだな・・・ハンスを呼べ!」
ジークムントがそう言うと、分艦隊司令官の一人と通信が繋げられる。
「お呼びでしょうか、閣下。」
映し出された顔は、少々特徴的であった。蒼白と灰色の
ジークムント「ハンス、敵の陣容が分かった。データリンクでそちらにも送っておくが、それを踏まえて、貴官の高速艦隊を予備兵力とする。命令があるまでその牙を研いで置け。」
ハンス「“出番はちゃんとあるんでしょうね?”」
ジークムント「なるべくあるようにするが、保証は出来ん。」
「“暫しお待ちを・・・成程。了解致しました。御命令をお待ちします。”」
ハンスはデータを見るや納得して通信を切った。その様子を見ていたクーリヒは兄に尋ねてみた。
「ハンス少将に、攻勢の軸になって貰うおつもりですか?」
それを聞いたジークムントは満足げに一つ頷くとこう返した。
「流石だなクーリヒ。あの老グレゴールの薫陶篤き、その名跡を継ぐ若い獅子だ。期待しようじゃないか。」
クーリヒ「はい。」
ハンスのフルネームは、ハンス・ヨードル・フォン・リンツと言う。老グレゴールの孫であり、この年26歳になる帝国軍少将である。ブランデンブルグ公艦隊に属する分艦隊の内の一つを任されており、「ハンス快速戦隊」と呼ばれている分艦隊を指揮する。
普段は祖父である老グレゴールの指揮する第3艦隊に付く様に部署されているが、今回はその才覚が評価される形で第3艦隊の指揮下から抽出されて、第1艦隊の出撃に従っていた―――。
一方、カストロプ私兵艦隊は、小惑星帯を挟んでこの星系を警備していた私兵艦隊と睨み合いを続けていた。2万隻に及ぶ大兵力を有しながら慎重な動きになっているのは、その小惑星帯の中に多数の火器で武装した小惑星型要塞、レーゲンスブルク要塞が存在していたからであった。
この要塞はエーリッヒ2世の治世から稼働している古い要塞だが、度重なるリフォームや改修により、多数の中性子レーザー砲や対空砲、ミサイル、外装されている優れた装甲を備えている。核の構造としては幾つかの小惑星を繋ぎ合わせた大きな岩塊を更に繋ぎ合わせたと言う
能力としては同じく小惑星を核に作られたレンテンヴェルク要塞を凌ぎ、些か古臭くはあるが、侮る事の出来ない軍事拠点なのである。
そしてこのオルデンブルグ星域を領有するのが、アルトドルファー伯爵家である。この家はブランデンブルグ家家門の一つで、かつブランデンブルグ家の門閥の中では最大の家門である。同じ門閥として同盟関係にある家でもあり、ジークムントはその当主であるヴァルター・アイゼナハを窮地から救い出すべく馳せ参じたのである。
「伯爵閣下、ブランデンブルグ艦隊より通信です。」
当代の当主、ヴァルター・アイゼナハは、厳つい顔と、鋼のような精悍な体つきの偉丈夫である。その表情は気難しく融通の聞かなそうな印象を周囲に与える。
「おぉ、来たか! よしザームエル、直ぐに繋いでくれ。」
副官ザームエル准将が主君の命を受けてコンソールを操作し、アルトドルファーの前に彼が主と仰ぐ男の顔が現れる。ジークムントは現在の状況を知る為に、アルトドルファー伯艦隊の旗艦「アルトアイゼン」に通信を繋ごうとした訳である。
「“公爵閣下!”」
挙手の礼と共に敬称を呼ぶその姿に、ジークムントはひとまず安心する。
「その様子だと息災そうだな。どうだ状況は。」
アルトドルファー「“ハッ! 既に4回の攻撃を受けましたが、レーゲンスブルク要塞の火力を前に、流石に慎重になったようです。”」
ジークムント「うん、それでどの程度損害を与えたと思うか?」
アルトドルファー「“2000隻は破壊出来ていないと思います。せいぜい1500隻程度でしょう。我が方も同程度の損害を受けましたが、敵の攻撃の間に冬眠中の艦艇を稼働させて合流させてあります。ただ、敵も予備兵力を投入して艦艇が補充されています。”」
それを聞いたジークムントは些か渋い顔つきになりながら言った。
「約2万と言う数字は余り変わらない訳か。」
アルトドルファー「“はい。”」
ジークムント「よし、アルトドルファー大将は我が艦隊が到着するまで今の態勢を維持せよ。到着次第艦隊に合流して戦列に加わるように。以上だ。」
「“御意!”」
彼が指示を与えると、アルトドルファーは喜び勇んで通信を切った。彼は幾つかの戦いに従軍した経歴を持ち、その功と貴族としての扱いを合わせて帝国軍大将の位を持つ、一介の提督でもあるのだ。伯爵位でありながら、公爵ブラウンシュヴァイクと同じ大将位を与えられているのは伊達では無い。
アルトドルファー「よし! 全艦今の態勢を維持してもう暫く待機だ! 漸くブランデンブルグ家のお役に立てる時が来たぞ!」
“おおぉっ!!”
主の言葉にアルトドルファー伯艦隊は奮起する。
アルトドルファー「両翼の艦隊は小惑星を盾にしながら、敵両翼先端部に攻撃を仕掛けろ! ミサイルも撃ち込め!」
アルトドルファーの指揮の下、5度目の戦闘は彼らの先制攻撃で幕を上げた。これまで要塞を盾にされた事で手を出しあぐねていたカストロプ私兵艦隊は、多少の混乱こそあれど「待ってました」とばかりに反撃する。
「アルトドルファー伯の艦隊が交戦を開始しました!」
ジークムント「よし、こちらは敵の左翼側に布陣するぞ、小惑星帯を右に迂回して戦場に急行せよ!」
アルトドルファー伯の艦隊がそれまで慎重だったのは、まともに当たっても勝ち目がないからであり、増援が星系に到着したとあれば遠慮は無用であった。ジークムントも戦場へ急行する為右に進路を変えつつ全速力で急行する。ハイデルブルグもまたヴィルヘルミナ級に連なってこそいるが、その機動力は高速機動を行うのに何ら支障はない。
4
一方、カストロプ私兵艦隊側は、この時まで増援の到着に気づいてはいなかった。
「ええい、小惑星を盾にこそこそと・・・小惑星帯を上から回り込んでしまえ!」
旗艦である戦艦「ブラウ」の艦橋で、古代ギリシア風の服を着た指揮官は我慢ならぬという様子でまくしたてる。そこへオペレーターから報告が入る。
「報告致します! 恒星オルデンブルグの反対側から、所属不明の艦艇が小惑星帯を迂回しつつこちらに向かって参ります!」
「なんだと? どこの船だ、援軍か?」
「お待ち下さい―――確認致しました! ブランデンブルグ公爵家の艦隊です!」
「ブランデンブルグ家? 敵か、味方か!」
些か凡愚にも思えるその質問に丁重に答えたのは、佐官用軍服の副官である。
「アルトドルファー伯とブランデンブルグ公は親戚筋でありますから、敵ではないかと。」
「そうか! ではそやつらを迎撃するぞ! 血濡れた孺子共などと大層な事を言われておるが、所詮は若造、一捻りにしてくれるわ!」
「で、ではアルトドルファー伯の艦隊はどうなさるおつもりですか?!」
「あんな臆病者共などよりも、余程戦い甲斐がありそうではないか。早う行くぞ!」
「は、はぁ・・・全艦隊、急進してくる敵艦隊に向け、アルトドルファー伯の艦隊を迂回しつつ転進せよ!」
―――敵艦隊がこちらへ向かってくる。
標準時7時11分にこの報告を聞いた時、ハイデルブルグの艦橋はざわめいた。
ジークムント「馬鹿な、何を考えているのだ!?」
クーリヒ「敵は、我が艦隊を見つけるや否や、その切っ先をこちらに向けたようです。」
ジークムント「有り得ん事だ、接敵中の敵を放置してこちらに向かうなど、側面を撃って下さいとばかりに晒すようなものだぞ。」
その疑問に答えたのは、ハイデルブルグの艦長を務めるヘルナー准将であった。
「―――もしかしたら、指揮官は若い貴族なのかもしれませんね。」
この一言に、ジークムントはその言葉の真意を汲み取る。
ジークムント「―――成程、常識外れだが、素人ではそれも起こりうる訳か。」
ヘルナー「御意。」
「戦艦“アルトアイゼン”より通信!」
ジークムント「繋げ!」
現れたアルトドルファー伯の顔も訝しげに歪んでいた。
「“公爵閣下、敵の動きが妙であります、どう思われますか?”」
ジークムント「どうやら常識知らずの動きであるようにも思われる。が、何かあるかもしれん。別命あるまで小惑星帯に潜みつつ、敵の側背面を窺うように追跡せよ。」
アルトドルファー「“追跡と言う事は攻撃はするなと言う事ですね?”」
ジークムント「そうだ、敵を欺瞞しつつ行動せよ。」
「“はっ!”」
アルトドルファーからの通信が切れると、ジークムントは傍に控えるクーリヒに言った。
「正面衝突になるな。」
クーリヒ「御意。」
戦況図を睨みながら彼はそう確信した。ジークムントの率いるブランデンブルグ公艦隊2万は、進路を7時半の方角に向けて恒星オルデンブルグを迂回しつつあったが、カストロプ公艦隊はその進路を10時半の方角に向けて前進を始めており、このままでは正面からぶつかる事は必定であった。
ジークムント「クーリヒ、敵との接敵予想時間はどの位だ?」
クーリヒ「
ジークムント「よし、戦場での艦隊陣形を変更する―――」
ジークムントは、当初攻撃陣形で行うつもりだった作戦方針を修正する様に指示を出す。
クーリヒ「ハッ、至急処理します。」
それを副官であるクーリヒが処理する。この思考の柔軟性こそ、彼が評価される所以でもあるのだ。
「光学探知距離に敵艦隊捕捉!」
ジークムント「敵旗艦と思われる艦影を識別出来るか?」
「お待ち下さい―――」
オペレーターはそう答えるとコンソールを操作していく。10秒ほどの時を置いて、彼の前に数隻の戦艦のホログラムが投影される。
「戦艦オルミュッツ、ブラウ、エストナウの何れかだと思われます。」
クーリヒ「いずれも伯爵と呼ばれている貴族の乗艦ですね。」
ジークムント「―――玩具だな。」
彼はそう一言で酷評した。見る限りシルエットこそ標準型戦艦だが、軍艦には必要ない装飾が過多と言えるレベルにまであり、中には明らかに操艦や攻撃の際に難を来すだろう事が目に見えている、戦艦エストナウのようなものまである。
翻ってブランデンブルグ軍の艦隊には装飾と呼べる様なものは皆無であり、多少の金装飾が施された物こそあるが、辛うじて個人の所有艦、若しくは座乗艦である事が分かる程度にしか為されていない。例えるなら戦艦ハイデルブルグには、ゴールデンバウム王朝のものに代わってブランデンブルグ家の紋章とそのバックに赤い縦2本線が引かれていた。皇帝より下賜を受けた巨大戦艦ローゼンハイムのものと同じ意匠であるが、正に質実剛健、一切の虚栄的な見えを捨て去り、その威容ではなく、力で以て威を示す。そう言った意味では、彼らは貴族達の中でも少数派であったと言えるだろう。
ジークムント「鹵獲艦艇の推定数はどれ位だ?」
その質問にオペレーターが答える。
「―――凡そ2,500隻から2,750隻程度と推定されます、それらで1個分艦隊が編成されている模様! 事前推測の様に分散配置はされておらず、我が右翼艦隊正面に展開しています!」
ジークムント「よし、全艦予定通り行動を開始せよ。」
クーリヒ「御意!」
彼は断を下す。そして、それに従って各艦隊が彼の手足のように動き始めたのである―――。
帝国歴487年標準時5月16日16時37分、カストロプ公艦隊とブランデンブルグ公艦隊のほぼ同数の戦いは、クーリヒが計算したよりも早く開始された。ブランデンブルグ公艦隊の分艦隊司令官の一人、クライネルト少将を最先任とする右翼艦隊が1万隻で方陣を形成して先行、敵の左翼艦隊7000隻に正面から襲い掛かったのである。
ジークムントは中央と左翼合計1万隻を合わせて指揮し、横陣を敷いた状態で先行させた右翼艦隊に続くような形で前進を続けていた。凡そ秒速3000㎞程度である。
ヘルナー「戦闘、開始しました。」
ヘルナー准将の言い方が、どちらが主導権を握っているかを物語っている。確実に、ブランデンブルグ軍が先手を取ったのである。
ジークムント「カストロプ軍の様子はどうか?」
ヘルナー「陣形に乱れがありますが、概ね秩序だって行動しているようです。ただ、一部は射程外から砲撃してくる艦もあった模様です。」
ジークムント「貴族の坊や共の考えそうな事だ―――。」
この彼の呟きは、後にその規模を数倍して所を変え再現される事になるのだが、それは後の話である・・・。
「敵艦隊の中央の一部および右翼、更に前進! 我が方右翼艦隊の左側面をすり抜け、我が方に向かってくるかに思われます!」
ジークムント「ふむ・・・。」
オペレーターからの報告にジークムントはしばし考える。ジークムントらが接敵するには、どれ程早くても10分はかかる。であれば、その間に少しでも右翼艦隊を削ぐと言う発想をするのが常道であるが、彼らは惰性に任せ突っ込んで来る様にも思えた。
ジークムント「―――フン、予想通りだ。クーリヒ。」
クーリヒ「はい。」
ジークムント「勝つぞ、必ず。」
クーリヒ「無論です、閣下。」
この時既に、ジークムントは己の勝利を確信していた。
ジークムント「艦隊、僅かに減速しつつ戦闘態勢へ!」
ヘルナー「了解。艦隊、600km/s減速しつつ、主砲発射準備!」
ヘルナー准将がジークムント本営の艦隊に彼の指示を伝えると、各艦は一斉に逆噴射を短く断続的に噴射しつつ、主砲の砲門防護壁を開放する。敵艦隊はその間にも漫然とこちらに向けて前進してくる。状況は一切彼の予想の範疇を逸脱する事なく進行していた。
ジークムント「―――ハンス!」
ハンス「ハッ!」
彼が通信で呼ぶと、その精悍な顔がスクリーンに出る。
ジークムント「お前の出番だ、15分後に予定通り進発せよ。」
ハンス「ハッ!」
ジークムント「元気な事だ。」
クーリヒ「閣下の下では初の実戦です。張り切っているのでしょう。」
ジークムント「元気は良い事だがな・・・。」
些か肩を竦めつつも、彼は目前の戦況図を見ていた。まだ彼の本営は射程に入っていない。ただ前進してくる敵艦隊を待ち受けている闘牛士の様な佇まいすらあった。そしてその後方には、行動を開始する為に準備を始めた、ハンス快速戦隊2100隻の姿があった。
本営の布陣は中央にジークムントの直衛艦隊3300隻が布陣し、両翼に2300隻を従え、後衛に予備兵力とされたハンス快速戦隊2100隻が陣取っている。周辺宙域には通信妨害が厳重に行われ、ハンス快速戦隊が行動を開始したとしても、容易には判明しない筈であった。
「敵弾、来ます!」
ジークムント「むっ!?」
ピィィ―――ン
ハイデルブルグに向かってスルスルと伸びてきた光は、
ジークムント「シールド、行けるか?」
「敵弾は有効射程外からの模様! 支障なし! なお、我が左翼正面に戦艦『オルミュッツ』を確認しました!」
ジークムント「結構、60万kmで主砲射撃を開始! 但し機関部等を狙い撃沈は避けよ。開始と同時に星系内航行速度による航行を解除せよ!」
彼はそう指示しながら、「せっかちな事だ」と内心で思っていた。同盟軍も帝国軍も艦艇用の主砲としては、標準的に中性子ビーム砲が用いられており*2、その収束強度を砲身の延長等で補っているが、射程は通常およそ60万㎞程度である。今の彼我の距離は64万㎞程であり、この距離では標準型戦艦でどうあがいてみた所で、艦隊内で一番の堅固さを誇るハイデルブルグのシールドはおろか、同じ標準型戦艦のシールドでさえ貫通する事は難しいだろう。
彼はシールドの出力を気にしつつ、距離が詰まるのを待ち受けた。そして―――
「距離、60万km!」
ジークムント「よし、
彼の号令一下、彼の指揮下にある1万の艦艇が、急減速しつつ整然たる横列立方陣形から一斉にその主砲を閃かせる。旗艦ハイデルブルグも、16門に及ぶその主砲を一斉に放った。この距離では、如何に光と同等のスピードで進むビームであったとしても2秒以上を着弾までに要する。しかしカストロプ艦隊の第一撃が何らの成果も得られなかったのとは対照的に、ブランデンブルグ艦隊の初弾は、的確に敵艦を捉え、エネルギー中和磁場を貫通して、瞬く間に数十艦を撃沈する。
しかも有効射程距離に入って尚、彼らは殆ど損害が出ていなかった。これはブランデンブルグ工廠で彼ら向けに生産された艦艇が、通常の規格と異なり、エネルギー効率の向上したエネルギーキャパシタを持っていたからで、次世代艦向けの物が先行量産されて全艦に装備されていたのに加え、訓練された艦隊のダメージコントロール能力や防御手法の洗練による所が大きい。
ジークムント「戦艦オルミュッツは誰の乗艦か?」
クーリヒ「お待ち下さい・・・バルシュミーデ伯爵の座乗艦です。当代の当主はマクシミリアンの叔父に当たる人物ですが、従軍歴はありません。」
ジークムント「そんな所だろう。でなければこれ程漫然と前進はすまい。」
彼らには敵の事を考える余裕すらあった。それは敵の動きがこちら側の予測を超えていない事をも同時に意味していた。二人へオペレーターが重要な報告を行ったのは、正にそのような事を言い合っているタイミングであった。
「報告します! ポイント“A”付近に、戦艦『ブラウ』を確認しました!!」
「敵中央、漫然と前進してくれたおかげで陣が薄くなっているポイントだな。」
聞いていたジークムントはその位置を大凡ではあるが即座に把握した。クーリヒはコンソールで検索をかけながら彼の発言に答えた。
「恐らくこれが旗艦でしょう。ブラウはマクシミリアンの弟の一人が座乗しているようです。」
ジークムント「成程な。」
クーリヒ「ハンス少将に、この事は?」
ジークムント「必要なかろう。」
クーリヒ「御意―――。」
それだけ言って、2人は目の前の状況に目を戻す。そんな事ばかりにかかずらわっている余裕はない、何せ戦闘中である。彼らに言わせれば相手は
「全艦、正面方向にシールド出力を集中しつつ突入準備。重ねて言うが、可能な限り敵艦を撃沈する事は避けるよう留意せよ!」
彼は着実に局面を進めて行った。だが彼らとて、帝国臣民である事に違いはない。彼はなるべく彼我の損害を抑えるよう指示しつつ、時が至るのを待っていた。
そして、その時はやって来た。
5
18時11分―――
ハンス「さて、初めての実戦だ。」
旗艦とする戦艦「ツァイツ」の艦橋で、彼は幕僚達に語り掛けていた。
「祖父の教えを守り、リンツ子爵家の名に恥じぬ戦いをすると誓おう。それがこの戦いと、閣下の勝利に繋がるだろう。」
ハンス少将は祖父譲りの温厚な紳士である。その彼が軍人を志したのは、ひとえに公爵家への忠誠心もさることながら、幼少期より自ら望んだ事でもあった。故に彼にはもう一つの側面がある。
「全艦紡錘陣形を組み、ポイント“A”に向け、突撃せよ!!」
その命令をきっかけとして、旗艦まで含め主力を高速戦艦と巡航艦で構成されるハンス快速戦隊は、紡錘陣形を組んで小惑星帯から一気に飛び出し、司令部から指定されたポイントに向け、敵艦隊の後方から回り込む形で突撃を開始した。彼等は余り加速せず、小惑星の周回ペースに合わせて前進した為、この瞬間までカストロプ艦隊はこの動きに気づいていなかった。
その為、その動きは稚拙を極めた。
「後方に敵別動隊出現!」
「なんだと、直ちに反転しろ!」
「しかし!」
「
敵右翼艦隊の少なからぬ数が、突如現れた後背の敵に目を奪われて踵を返そうとするが、そこへ無数の中性子ビームが雪崩れ込み、隙を見せた数百隻が瞬く間に露と消える。
しかもこの時、敵右翼は左翼に対して突出し、その間を繋ぐ中央部は隊列が薄くなっていた。しかも陣形は未だに修正されず、それが彼らにとって最大のチャンスとなった。
ジークムント「余所見をしている余裕があるのか。攻撃を強化しろ、全艦前進!」
クーリヒ「全艦ミサイルの射程まで前進!」
この時正面に立つジークムントの役割は、正面にある敵右翼の動きを拘束する事である。その為に彼は圧力を加える事にし、隊列を前進させつつ攻勢を強化する。
ヘルナー「直衛部隊も前進させますか?」
そう問うた艦長のヘルナー准将にジークムントは断固として答えた。
「勿論だ、本艦も前に出るぞ。」
ヘルナー「ハッ!」
ヘルナーが准将でありながら、幾ら上級大将、しかも私設艦隊の旗艦であるとはいえ、一戦艦の艦長と言う身分にあるのには相応の理由がある。それは彼が同時に、第1艦隊8000隻の中でも最精鋭とされる、直衛分艦隊800隻の指揮権を持つからである。
これはブランデンブルグ公艦隊の中でも第1艦隊のみに与えられた独特の指揮系統で、当主であるジークムントを守る為の構成である。後年ローエングラム朝銀河帝国初代皇帝の座乗艦となった、戦艦ブリュンヒルト艦長も准将と言う高い位を与えられていたが、それは皇帝座乗艦であるからと言う理由からであり、この点でヘルナー准将とは一線を画している。
ジークムント「舞台は整えた。後は頼むぞ、ハンス。」
「全艦全速力で全エネルギーを叩きつけろ! 敵を分断するんだ!!」
先程までと打って変わり猛々しい気性を剥き出しにするハンス少将。彼は基本的に温厚な紳士であるが、その内面には獰猛な獅子のような気性を眠らせている。
「撃って撃って撃ちまくれ! 敵が立て直す前に分断するのだ!」
彼はその気性のままに、ジークムントが整えた舞台を駆け抜け、敵中央部に猛烈な砲火を叩きつけていた。
この攻撃力こそ、高速戦艦と言う攻撃力と機動力に特化した艦種の特徴であり、それを効率よく、かつ合理的に最大限の性能を引き出すハンス少将の手腕であった。彼の下では、そのドクトリンによって高速戦艦の有効性は何倍にも膨れ上がり、たった2000隻程度の分艦隊でありながら、これに倍する敵であろうとも問答無用で食いちぎる事も出来るのだ。
彼らは
「なんだ、何事だ!?」
「敵の別動隊が、我が艦に向けて突撃して参りました!」
「何ッ―――!?」
旗艦ブラウに座乗する彼らにしてみれば、その光景はそう取られて何ら不思議では無かった。しかしハンスには戦艦ブラウの情報は与えられてはいなかった。要するに、ジークムントの掌の上だった訳である。
「御退き下さい、このままではすぐにも敵がやって参りますぞ!」
「くっ・・・已むを得んか。後退、後退せよ!」
「敵弾頭複数、高速で近づく!」
「回避しろ!」
「直撃、来ます!!」
ハンス快速戦隊から放たれたレールガンの砲弾が、戦艦ブラウの機関部に直撃したのが18時47分、そこへ主砲の直撃を至近より複数受けてブラウが轟沈したのが同49分の事であった。
指揮官であったマクシミリアンの弟であるアルフレートは脱出が間に合わず戦死し、後に「第1次オルデンブルグ星域会戦」と呼ばれる私兵同士の戦いは、初陣のハンスが、早速敵将を討ち取る大功を以て、この瞬間決着が付いた。
ハンスの突撃の後から続く、アルトドルファー伯の艦隊が敵右翼の抵抗を殆ど崩壊させ、合流した第1艦隊とアルトドルファー伯の艦隊が旋回して、敵左翼を半包囲した時点でジークムントから降伏勧告が出されたのである。
この戦いで失われたカストロプ軍の艦艇は、ジークムントとの交戦に絞れば約1200隻程度で、この数字の殆どはハンス快速戦隊の攻撃によるところが大きく、この他に1万隻程度が航行不能となって捕獲、37万人が戦死、負傷者はこの2倍近くにまで及び、残りは投降ないし逃亡した。
これに対して、ジークムントの率いるブランデンブルグ公艦隊の損害は損失690隻、大破3260隻余り、その他損傷艦6100隻余り、戦死傷者数21万人弱と言う、完勝と呼んで差し支えない内容であった。
ブランデンブルグ公側に立ったアルトドルファー伯艦隊とはこれとは別に約2000隻ずつを痛み分けたが、2倍以上の兵力差の中で要塞も活用し、彼等の到着まで戦線を維持し続けたアルトドルファー伯爵の判断と力量は、決して無能では無い事を自ら証明したと言えるだろう。
更にこの戦いは、ブランデンブルグ公爵家が代々築き上げてきた軍事力が、決して張子の虎では無い事をこの時代に於いても未だ証明する所ともなり、軍務省はこの戦いの結果に瞠目し、また事後処理に目を回す事になる。
この事が、後々の帝国の国内情勢に、少なからぬ影響を与えていく事にもなるのである。
快勝を収めたジークムントらは、早速戦後処理に移行した。
敵の中央と両翼合わせて3隻の旗艦の内、戦没したのはブラウのみであり、戦艦オルミュッツのバルシュミーデ伯爵と、戦艦エストナウのアルデンホフ男爵は、叛乱罪の名目で逮捕され、戦没した戦艦ブラウに座乗していたアルフレートについては、兄であるマクシミリアンに責任を追及する事とされた。
また1万隻もの航行不能艦は、ブランデンブルグ公艦隊の責任で全艦を修理可能なドックまで曳航する事とし、航行可能な艦も含め、残存艦艇と人員はひとまず帝国軍に引き渡される事となった。
こうして、行軍に3日、到着から戦闘終結に2日、戦後処理に1週間をかけ、ブランデンブルグ公艦隊は各々戦闘序列を解かれ、帰路に就いた。
この戦後処理の最中、帝国軍少将、ジークフリード・キルヒアイス提督指揮の2000隻の艦隊がマクシミリアンを追い詰めた後、マクシミリアンは臣下の裏切りと言う形で、惑星カストロプに命を落とす事となる。これにより首謀者死亡と言う形で動乱は終結に至った。
宰相リヒテンラーデを初め、帝国中央はもとより、これに関わった多くの人々が、安堵から胸を撫で
またこの動乱に於いて、キルヒアイス、ジークムント両提督の手腕は見事と言う他無く、この2つの戦いは、片や新兵器である指向性ゼッフル粒子の実効性の証明、片や優れた作戦指揮能力とそれを可能とする私兵艦隊の実力を証明した事から注目を集めた。
キルヒアイス提督の武勲については、その出撃に際して門閥貴族による策謀があった事は今日有名であるが、その首謀者であるフレーゲル男爵を初め、宮廷からも一定の驚きもあったとされている。
―――しかし、悪い知らせというものは、往々にしてこの様なときに訪れる事もある。
5月15日・・・
~宰相府~
リヒテンラーデ「何っ!?」
~軍務省~
エーレンベルグ「それはまことか!」
~元帥府~
ラインハルト「イゼルローンが―――?」
~戦艦ハイデルベルグ艦上~
ジークムント「落ちた、だと?」
そう、この前日の5月14日、自由惑星同盟軍がイゼルローン要塞に来寇、僅か7時間ほどの間にイゼルローン要塞は陥落、駐留艦隊は三度の要塞主砲発射を受けて潰走状態に陥り、要塞司令官シュトックハウゼン大将は敵に捕らわれ、駐留艦隊司令官ゼークト大将も戦死したと言うのだ。
帝国にとってイゼルローン要塞とは、これまで不敗を誇った鉄壁の要塞であり、イゼルローンさえあれば、と考える者達も少なくない。しかしそれが砂城の如く失われたとあっては、国内、特にイゼルローン回廊に近い地域の者達はパニックに陥った。
リヒテンラーデ「馬鹿な、あのイゼルローンが陥落したなどと・・・」
「その件につき、陛下が宰相閣下に、ご説明を求めておいでですが。」
「なんと―――!?」
ワイツ政務補佐官からその知らせを受けた帝国宰相代理、リヒテンラーデ侯爵は直ちに情報を集める必要に迫られた。これまで政治に無関心であったフリードリヒ4世が、珍しい事にこの件について説明を求めるほど、イゼルローンというものの存在は、帝国にとって大きいものだったのだ。
だがこの帝国内で2人だけ、異なる反応を示した者がいた。
~元帥府~
「誤報では無いのか?」
その一人はラインハルト・フォン・ローエングラムである。彼はこの報を伝えた腹心のキルヒアイスに思わずそう問い返していた。
「敗走してきた艦隊の複数の証言があります。ほぼ事実でしょう。」
と彼が返すと、ラインハルトはこう述べる。
「フン、貴族共が青くなっているのが目に見えるようだな。あんなものがあるから、自分達が戦争をしていると言う現実味が無くなるのだ。」
キルヒアイス「ラインハルト様・・・?」
ラインハルト「キルヒアイス。古来より、ハードウェアに頼って戦に勝った試しはない。それを扱う人が、その優劣を決定付けるのだ。」
キルヒアイス「はい、ラインハルト様。」
「イゼルローンなど、何れ俺が取り返してやる。それまで同盟に預けて置いてやろう―――」
ラインハルトのその言葉は、余りに不敵でこそあるが、彼の力量にとってみれば、それに釣り合う大言であったとも言えるだろう。
~戦艦ハイデルベルグ艦上~
「確かなのか?」
今一人はジークムント・フォン・ブランデンブルグである。彼がその報告を聞いたのは、自領への帰着直前の事であり、彼は副官であり弟であるクーリヒにそう問い返していた。
「複数の筋から、その旨を証言する報告がありました。十中八九は・・・。」
クーリヒがそう答えると、ジークムントは簡潔にこう答えた。
「そうか・・・備えなければな。」
その言葉にクーリヒも
「はい。」
と答える。
ジークムント「回廊から最も近い大きな貴族領が我々の領地だ。領地に戻り次第全提督を集めろ、直ちに協議を行う。」
クーリヒ「ハッ!」
ジークムント「同盟に対する最大の防壁が崩れたとなれば、次なる一手は、艦隊戦しかあるまい―――」
彼のこの考えは、ラインハルトと似てはいたがより現実的なものであった。彼の艦隊は直ちに臨戦態勢を整える必要があり、兎に角動乱に参加した将兵と艦艇に、補給と休養を取らせた上で集結させる必要があったのだ。
同時に、この程度で帝国が同盟と講和をするなど思いもよらないという事の、何よりの証左であっただろう。この点、ヤン・ウェンリーが希望的観測として述べた「講和」は、後の文章にも残されている通り、彼自身が「楽観的」と称する事象でもあった。
この点はブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯が、パニックに身を任せていたのとは対照的であり、彼が軍事戦略面からこの事態を眺めていた事を立証している。ラインハルトはそもそもこの問題を重要視しなかったのとも対照的であり、彼は彼でいずれ起こる同盟軍の帝国領への侵攻に際して、自分が武勲を立てる機会があるかもしれないと考えていたのである。
ラインハルトとジークムントのこの奇妙な視点の相違は、「領地が脅かされる」と言う意識の有無から発したものでもあっただろう。
ローエングラム伯爵家は50年余り前に断絶した家であり、その門地は既に他の大貴族の手に渡っている。翻ってブランデンブルグ公爵家はルドルフ大帝より伯爵位を授けられてより続く名門中の名門と称されてよい家柄でもあり、その門地はブラウンシュヴァイク公爵領にも匹敵する広さと、それを凌駕する豊かさを持っているのだ。
長い間ジークムントの先祖達が育み、守り抜いてきた帝国一豊かな公爵領。その「偉大な功績」を侵されまいとする彼の心が、軍人としての彼の思考と結びついたのであろう。尤もラインハルトが聞けば、この様な心は一笑に付されるかもしれなかったが。
しかしそのような事はさておくとしても、一部の者達の冷静さ、若しくは平静さ、或いは野心をよそに、民衆や大貴族はもとより、皇帝を輔弼し軍務を遂行する任にある筈の軍務省ですら、大きなパニックの渦中にあったのは事実であった。
そのどさくさにジークムントの人事は再び忘れ去られ、また私戦であった事から昇進も見送られた。この点はブラウンシュヴァイク公も同じなので彼も文句は言わなかったし、イゼルローン失陥で人事どころでは無い事は、中央の事情や自分の事情からも理解していた。
だからこそ、ジークムントは自分達のみを自分で守り抜く準備を始めたのである。その中で帝国宇宙艦隊の半数を統括するラインハルト元帥府が冷静さを保った事は、彼らにとってはまだ幸運であったと言えるだろう。少なくともジークムントにとってはこの時知らぬ事とは言え、帝国正規軍全体が平静を失うよりは遥かにいい状況であった事に、違いはないのだから―――。
黎明編第3章~混沌の前夜~へ続く・・・