銀河英雄伝説~黄金樹《ゴールデンバウム》と2人の英雄~   作:フリードリヒ提督

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黎明編第3章~混沌の前夜~

イゼルローンが落ちた―――

 

 帝国歴487年5月15日に齎されたこの報告に、帝国内は殆ど例外なく混乱していた。軍の上下でも情報は錯綜し、民間レベルでは当局によって情報統制が行われていたが、それが却って災いして混乱に輪が掛かる有様であった。

 

「駐留艦隊はトールハンマーによって全滅させられ、2人の大将も死んだらしい―――」

 

「いや、俺の聞いた限りじゃぁ、イゼルローン要塞は陸戦中の事故で半壊し、軍港機能を失った上に、その爆発に艦隊が巻き込まれ、掃討戦で散々に打ちのめされたんだってよ―――」

 

「俺の知り合いからの確かな情報だ。なんでもゼークトは以前から同盟と内通していて、その裏切りによって孤立したシュトックハウゼンが、要塞を売り渡したんだそうだ―――」

 

 この中には同盟側の諜報員が流したものもありはしたが、概ねは噂話に尾鰭が付きに付いた結果であり、実態としてはイゼルローンは無傷で奪取され、15,000隻の駐留艦隊は戦力の3分の1強と旗艦グルヴェイグを失い、駐留艦隊司令官のハンス・ディートリヒ・フォン・ゼークト大将は戦死、要塞司令官のトーマ・フォン・シュトックハウゼン大将は捕虜となり、敵をして勝ち誇らせるに留まったのである。

しかもこの時帝国軍はこの時来寇した同盟軍の正確な戦力を把握していないと言うおまけ付きであった為に情報の錯綜はより大きく、正に「狐につままれた様な」状況に陥っていたのである。

 そのような有様であるだけに、回廊出入り口に近い貴族領では貴族がパニックに陥り、帝国軍に防衛を要請するのはまだよい方で、中には民衆を見捨てて密かに替え玉を立て逃げ出した領主もあった程である。ただ一つの例外を除いて―――

 

 

1

 

帝国歴487年5月16日14時27分 ブランデンブルグ公領執政府3階・第3会議室

 

 司令部区画の中には3つの会議室があり、将官のみの少人数の会議に使う第1、将官に加え佐官も含む艦隊幕僚のみで使用する第2、そして官民問わない大掛かりな会議までを包括的に行う第3である。広々とした会議室は、一応は帝国貴族建築の基本的な様式には則っており、多少の豪奢さはあったが所詮それまでであり、それが質実剛健の家柄を如実に表していた。尤もそれが、虚栄的見栄を重んじる他の貴族達の密かな不満ではあったのだが。

この事は、公領軍司令部が入っているフロアにその様な目的の会議室が設けられている事でも分かる。普通なら分ける所だからだ。

 そしてこの日の第3会議室には、急な召集にも拘らず、この日の午後の予定を各々キャンセルして―――尤もこの混乱で無しになった者もいるが―――参集した、公爵や各艦隊司令官とその幕僚、ブランデンブルグ公領執政府閣僚を含む、官民の主要ポストの者達が揃っていた。

 即ち当主であり領主かつ、公領軍トップでもあるジークムントを始め、その補佐役である副司令官クーリヒ、各艦隊の司令官、内務局長アッカーマン男爵、司法長官カウフマン子爵、財務長官エスマルヒ男爵、政務長官*1ザイフリート伯爵の閣僚4名と、公領内に於ける通信や運送、流通、生産などを担う複数の企業のトップや重役達、領内各可住惑星自治体の首都星外局の長に至るまで、安全保障とそれに関連するありとあらゆるポストの人々が参集していた。

 これだけの面々が集められたのは他でもなく、イゼルローン陥落に伴う善後策を、彼らなりに決めて置く為である。

 

「静かに、揃った様なので早速始めようと思う。」

そう口火を切ったのは当事者でありこの場の主でもあるブランデンブルグ公ジークムントである。

「ここに参集した者達は既に共有していると思うが、昨日、敗走してきた駐留艦隊からの情報として、難攻不落を以て鳴らしたイゼルローン要塞が、同盟軍の手により陥落したとの報告が入った。ほぼ同時期に同盟領方面から受信された通信データによっても、この事は裏打ちされている。

これを踏まえ、我々ブランデンブルグ公爵領の重大な危機とこれを捉え、善後策を協議する為に諸君を呼び寄せた次第である。クーリヒ、現在の状況説明を。」

そう言って兄の隣から成り代わるように立ち上がったクーリヒは、この日の午前までの状況を包括的に説明する。

「帝国軍内に於ける混乱は概ね収束に向かっています。末端部では依然として錯乱の様相が見受けられるものの、全体としては、と言う但し書きを付ければ、混乱はありません。

軍務局筋の情報では、ゼークト司令部の唯一の生き残りについての処分を現在検討しているとの事で、また軍務省からは、ラインハルト元帥府に対して何かしらの接触があった模様です。」

 これらの情報は、ブランデンブルグ家のコネクションがその収集を可能としている。中央からは距離を置いている家柄とはいえ、数年前に反乱により絶えたクロプシュトック侯爵の様に、政争ともスキャンダルとも無縁の潔白な軍人家系である彼らは、この時代になっても社交界ともそれなりの繋がりを維持しており、家門の中にはブランデンブルグ家家門である事を伏せて社交界に身を置いている者もいる。

そこから引き出された情報の数々は、この時点において最も正確な情報であり、信頼に足り得る確度を持っていたのだった。

 

 クーリヒは続ける。

「民衆レベルでは未だ混乱が続いています。回廊出口に程近い星系の住民の中には、混乱の中帝国本国に避難を開始したものもあり、その中には命惜しさに逃走した領主なども含まれるようです。またフェザーン系企業も警戒を強めており、その影響下にある民衆には大きな混乱はないとの事です。

致命的なのは大貴族達で、彼らは今日明日にも同盟軍が雪崩れ込んで来るのではないかと言う思いを持つ者が多く、社交界は一部を除き混乱を極めています。彼らの軍は、概ね役に立たないでしょう。」

 最後の一言を聞くと、室内からはいくつも失笑が漏れた。だが中には彼らの対応能力について懐疑の目を向ける者もある。そう言った場の雰囲気を鋭敏にジークムントは察すると、一度クーリヒを抑えると再び立ち上がりこう告げる。

「今聞いた通り、帝国軍は兎も角、他の貴族私兵は今、木偶の坊に過ぎん事は誰が見ても明らかだ。だが我々はこうして参集している。同じように公国艦隊も私の指示で昨日、臨戦態勢に入っている。

同盟軍が大挙しようとも、我が艦隊は私の直卒の元出撃する準備がある事を、ここに言明して置く。その上で出来る限りの手を打つべきだ、その為にこうして集まったのだから。」

 この言葉を聞いた一同の顔は引き締まった。彼らが仰がねばならない主は未だに年若く、こうした空気がある事は彼も熟知している。だからこそ彼は、自身の戦場での功績を背景に今一度、全体の空気を引き締めたのである。

 

 その後続いたクーリヒの説明は、簡潔にして明瞭を極めていた。内容としては、関連する領域では現状軍事・交通・通信共に大きな動きはない事、一部では領主の指図で宇宙港が封鎖された事、イゼルローン行きの補給路は一時閉鎖される事、混乱は見受けられるものの現在の所流通に影響はない事が一同に確認された。

その説明が一通り終わった所で、ジークムントはこの参集がされた理由を、主題として説明するに至る。

「―――説明は今クーリヒからあった通りだ。我々が今決めねばならないのは、イゼルローン回廊から来襲すると想定される敵軍に対し、我々が官民両面でどの様に対策するか、と言う事だ。」

 これは主題であり話の核心でもあった。銀河帝国は開闢以来、外敵の攻撃を受ける事なく過ごしてきた事と、「帝国領は外敵に対しては、寸土であろうとも侵されてはならない」と言う建前故に、惑星単位における戦時計画の立案がされてこなかったと言う背景がある。

即ち、物流と情報の統制、住民の保護、必要なら避難計画、貴族軍の防衛計画、それに必要なものの算定などなどである。銀河帝国は、ミクロな部分の計画なしに、国家として、即ちマクロの部分の計画のみで戦争計画を立案するという、極めて歪な形で、150年にも渡る戦争を遂行してきたのである。

その影は確かにブランデンブルグ公領にもあり、彼らが備え持っているのは、艦隊を動員しての防衛計画だけであった。しかしそれでさえ、100年前から用いられているものの焼き直しに過ぎない為、再検討が必要と言う始末である。そちらに関しては別室で参謀達が頭を悩ませている所なのでひとまず置くとしても、他に考える事は山積しているのが現実であった。

 

「まずは、我が領内でも比較的回廊に近い星系への戦時対策が必要ですな。」

 そう述べたのはザイフリート伯爵である。当代のブランデンブルグ一門の中では政務庁長官を務める中年の男性官僚で、独創性には欠けるが堅実な政策手腕を持つ敏腕として知られている。その政治センスにはジークムントも重きを置いており、公国の内政には無くてはならない人材の一人だ。

彼は次のように述べた。

「ひとまずは、保有星系の中でイゼルローンに最も近いバルドル星系からの住民の疎開準備、不可能なら攻撃に備えた住民への避難準備。更に民間船の公領内に於ける運航統制、イゼルローン回廊側の外縁部への監視衛星の配置、必要なら民需物資の一部徴用及び買い上げ、逆も然り、通信は一部を除き軍用に転用。如何ですか?」

これについてジークムントは

「流石はザイフリート伯。事前に対応案を考案してくれていたようだな。」

と言い、ザイフリート伯爵も「御意」と答えた。

「私どものバルドル星系にそれだけの避難設備はありません、退避準備で進めて頂けませんか?」

 発言の主は、惑星バルドル行政府ヴィルヘルムスハーフェン支部の長、ローゼマリー・フォン・フィッツェンハーゲン子爵である。

当代フィッツェンハーゲン伯爵の一人娘であり、女性が武官になる事は許されないという不文律により文官となっているが、ジークムントへの再三の請願によって、分艦隊司令官程度ならば勤め上げる事が出来る程度の能力も併せ持つ、この年まだ26歳の若き才媛である。

 フィッツェンハーゲン伯爵家はブランデンブルグ一門ではあるが本家とは血縁的な結びつきが薄くなって久しく、代々惑星バルドルの領主としてその責を全うしていたが、このローゼマリーは度々ヴィルヘルムスハーフェンを幼少期に訪れており、幼年学校へ入る前のジークムントにとっては姉のような存在でもある。

「承知した。ではバルドル星系への敵侵攻が近づいた際に、直ちに避難出来るよう輸送船を何隻か常駐させよう。」

ジークムントもその聡明さを認めており、相応に遇する事で報いていた。

「ありがとうございます。父も安堵しましょう。」

その感謝の言葉に一つ頷いたジークムントは、次の議題に移る。

「では次、バルドル星系を含むイゼルローン回廊側の領土外縁への監視衛星の追加配備についてだ。ディッケンドルフ、どうか?」

 呼ばれて第2艦隊司令官ディッケンドルフは起立するとこう述べた。

「少々お時間を頂ければすぐにでも。監視衛星の方は予備の在庫がありますので、3倍位までなら増強出来るかと。」

 

ジークムント「そうか、ではこれまでの2倍に増やそう。直ちに卿の麾下の艦隊に指示を出してくれ。」

 「御意」とだけ答えると、ディッケンドルフは退席し、直ぐに第2艦隊に指示を出す為会議室を出た。その間にジークムントは次の議題に入っていた。

 最終的には、通信回線は有事の際には軍用に大半が回される事で通信系企業からの了解を取り付け、同時に情報の統制について執政府から命令が出される事となった。

民間船は準戦時体制に基づいて必要量以上の運航は極限する様に伝達され、また一部の優良船舶が有事徴用船舶として指定された。その上で常時各艦隊の所掌兵力から各担当戦区毎に護衛艦を常時展開し、不測の事態に備える事ともした。

民需物資については流通内で余剰となった部分を、必要ならば執政府が買い上げる事について了解を取り付けた上で、戦時体制となった場合に備え、軍が保有する物資の中から民間で不足している物資があれば提供する準備をするものとされた。

 更には軍の予備艦艇を予備役の公国軍人*2を動員する事で稼働させる事とし、その維持費は財務庁の予備費で賄う事となった。

またこれに合わせて、軍用艦艇を係留可能な宇宙港の一部ベイを徴用し、これら予備艦艇の係留に充てる事にもなっている。

 

「何とか、決まりましたね。」

会議終了後、2人だけの第3会議室でクーリヒは大きく息を吐いて言った。

「あぁ、なんとかな。」

 安心したようにジークムントもそう答えた。事実、民間からの物資の買い上げによる徴用や、民間船舶の徴用指定などは企業から強力な反発を受け紛糾したものの、「全ては戦時であるが故」という論理で執政府側が押し通した形となった。

その場に居並ぶ者達は全員が、物心付いた時から長すぎる戦争の渦中に生まれた者達であり、程度の差はあるとはいえ奇妙な“慣れ”があった事は否めない。しかし今回のイゼルローン失陥と、その善後策の協議の場としての今回の会議は、彼らに「戦時」であるという認識を植え付けるには十分以上の効果があったと言えるだろう。

「―――クーリヒ。」

 

「なんでしょう、兄上。」

 

「必ず、守り抜くぞ。誰の手でもない、我々の手で。」

 

「・・・勿論です。」

2人の決意は固かった。そしてその為には、いくつかやるべき事がある事を、彼らは理解していた―――

 

 

 ジークムントが根回しを続け、ヤンが退職届を却下されながら1ヵ月が経ったある日、惑星フェザーンでは注目に値する密談が行われていた。

「―――なんですと? 自由惑星同盟が帝国に対する全面的な攻勢計画を企んでいると?」

片やフェザーン駐在帝国高等弁務官、ヨッフェン・フォン・レムシャイド伯爵。

「帝国が誇るイゼルローン要塞を手にした事で、好戦的な気分を沸騰させたようです。」

片やフェザーン自治領主、アドリアン・ルビンスキー。

「・・・確かに同盟がイゼルローンと言う橋頭保を得たのは事実ですが、それがすぐさま全面的な攻勢となり得ますかな?」

 

「ですが同盟軍は明らかに、帝国に対して大規模な攻撃計画を準備しておりますぞ?」

シャンパンのグラスを手に取りルビンスキーは言う。

「―――大規模とは?」

帝国の代理人たるレムシャイド伯は如実に食いついた。

「・・・兵力にして三千万。」

 

「―――!」

その数字にレムシャイド伯は思わず息を呑んだ。

 

 

「・・・随分と慌てていたわね。」

 ベランダから戻ってくる女がルビンスキーに言った。彼女の名はドミニク・サン・ピエール、宝石店やクラブの経営者などいくつもの肩書を持ちながら、ルビンスキーの情婦であり、様々な経歴を持つ女性である。

「弁務官如きの手に負える情報ではないからな。オーディンに急ぎお伺いを立てる他あるまい。」

グラスを僅かに揺らしながらルビンスキーが言う。ドミニクは隣に座りつつ更に言葉を重ねていく。

「意地の悪い。でも前に似たような情報があった時は教えてあげなかったんじゃなくて?」

“前”と言うのは第7次イゼルローン攻防戦前、同盟軍によるイゼルローンへの攻撃が行われるという情報である。この時もフェザーンは同盟側の諜報ネットワークからこの事を掴んでいたのだ。

ルビンスキーはこの問いかけにこう答えた。

「あの時は到底成功するとは思えなかったし、やるとしたらどんな手を使うか興味があった。だが、同盟がイゼルローンを落としたなら話は別だ。同盟がイゼルローンを手にした事で傾いた軍事バランスを、少し帝国側に戻してやらないとな。」

それを聞いたドミニクは

「楽しそうね。」

と言い、

「そう見えるか?」

とルビンスキーも返すと、ドミニクは一言、

「・・・えぇ。」

と言った。ルビンスキーはそれを聞いて続けた。

「人生を豊かにするものはいくつもあるが、その中で最高の興奮を齎すものは、国家や人間の運命を無形のチップにして競う、戦略と政略のゲームだ。洗練された権謀術数と言う奴は、これは一種の芸術なのさ。」

そこまで行った時ドミニクが言う。

「呆れた、貴方が芸術家気取り?」

その言葉にルビンスキーは

「なに、それは私一人ではないさ。同盟軍を迎え撃つのは、ローエングラム伯ラインハルトと見てまず間違いない。」

と言った。

 

今度は帝国に、勝ち過ぎない程度に勝ってもらわねば―――

 

 

「―――フェザーンのレムシャイド伯から連絡があった。叛乱軍が近く我が帝国領に侵入してくるという。兵力にして三千万。」

 

「三千万、一大事ではありませんか。」

 銀河帝国の帝都オーディン、その一隅にある帝国宰相代理が使う執務室でその様な言葉を交わしているのは、国務尚書兼帝国宰相代理、クラウス・フォン・リヒテンラーデ侯爵と、財務尚書ゲルラッハ子爵である。

帝国に於いて同盟軍の事を「叛乱軍」と呼ぶのは、国家の中枢に近い者に多い傾向がある。と言うのも帝国は公的には彼らを叛乱軍としているが、その呼称は必ずしも浸透しておらず、よって彼らを蔑視する者や、公的にその呼称を使う者達が、同盟の事を「辺境の叛徒共」と呼んでいるに過ぎないのだ。謂わば一種の呼びならわされたワード、というものである。

 リヒテンラーデ候は話を続ける。

「そうだ。だがこれは好機と言えん事も無い。」

 

「と言いますと?」

 

「我々は戦って勝つ必要があるのだ。民衆の間で、またぞろ“革命的気運”が醸成されつつあるという。イゼルローンが叛徒の手に渡ったのを薄々感づいておるらしい。叛乱軍を打ち払い、帝室の威信を回復させねばならん。」

と言うリヒテンラーデ候の言葉にゲルラッハ子爵はこんな事を言った。

「・・・それこそ、金髪の孺子にやらせればよいではありませんか。」

 しかしその言葉にリヒテンラーデ候は渋った。この時点で迎撃の任に充てられる人物として、来寇する敵と同等の戦力を動員可能な人物は2人しかいない。即ち、ラインハルト・フォン・ローエングラム宇宙艦隊副司令長官と、1人だけ余暇を持て余す中で()を欲しがっている、ジークムント・フォン・ブランデンブルグ上級大将である。

前宇宙艦隊司令長官であるグレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥は既に退役しており、宇宙艦隊司令長官は現在の所空位となっている。一方でジークムントは武勲が足りず元帥に昇進出来なかったから、この際階級の順送りとして元帥・宇宙艦隊司令長官と言う事にするという手があったのだ。

 リヒテンラーデ候は宰相代理として典礼省と(はか)り、貴族達の間で巧妙にパワーバランスを調整して来ている実績がある。それは長く帝国の内情を曲がりなりにも安定させ、大過ない国家運営を行うに大きく貢献してきた行為である。

しかしここにきて、ローエングラム伯爵家の名跡を下賜されたラインハルトが、莫大な武勲と帝室の恩顧をかさに風を切る有様である。ここは一つ、アスターテ会戦の際に貴族同士の争いで、武勲と言う大魚を逸した挙句自身の艦隊を解散に追い込まれて、あちこちを駆けずり回っているジークムントにこの大役を与えた方が得策な様にも思えていたのだ。

リヒテンラーデ候には彼に対して含む所は何一つないし、その実績も高く評価する所である上、その方が貴族間のパワーバランス調整と言う意味でも、理に適っているからだ。

 しかしそこへ先制して言葉を連ねたのはゲルラッハの方であった。

「ジークムント上級大将を充てるのも良いでしょうが、その場合彼を忌み嫌う他の大貴族達が指示を受けた場合、彼の意向に従うかどうか。孺子も似たり寄ったりではありますが、帝国騎士(ライヒスリッター)上がりの成り上がり者と、()()()()()()()の長、どちらの方がより深刻かは、宰相閣下にはお分かりの筈ですぞ。」

 

―――そう、ジークムントがこの戦いを指揮する上で重要な点はこの点にある。確かにバランス論で言えば正解かも知れないが、もし仮にジークムントが司令長官として、ラインハルト元帥府も含む全軍を統率するとしても、その宇宙艦隊司令部の要請した事を、素直に大貴族達が聞くかどうかという点が、ゲルラッハの論旨であった。

例え典礼省がどう言おうが、プライドの高さからくる(そね)みや排斥心が消える訳では無いし、大貴族達はそれでなくともとてつもない政治力を保持し、時たま行使してくるのだ。アスターテの時と言いその後の事と言い、全てはブランデンブルグ家とブラウンシュヴァイク家の諍いによる結果なのだ。

 つまりジークムントが宇宙艦隊司令長官となっては、大貴族同士の争いが、軍事レベルで持ち込まれてしまう。それも、ラインハルトの時とは比較にならない規模で、である。

“そんな事をこの帝国の命運を分ける局面でさせる訳にはいかない”―――ゲルラッハは暗にそう言っていたのである。リヒテンラーデもそれは理解したが、

「孺子が勝てば、奴の声望は一段と上がり、我々としては奴に対抗する手立てがなくなるやもしれんぞ? しかも孺子が負けた時はどうする。我々は極めて不利な条件の下、叛乱軍と対峙せねばならん。恐らくは帝国の中枢部で、勝利に意気上がる三千万の大軍とな。」

と言った。

 確かにラインハルト元帥府にやらせても同数の戦力なら動員出来るだろう。しかしながら彼らにとっての問題は、そのラインハルトが敗れた時であった。その時になってジークムントを呼び出したとしても彼に与えられるのは、無傷ながら敗戦に浮足立つ帝国正規軍の残りの艦隊と、ラインハルト元帥府の敗残兵だけである。

しかも仮に勝ってしまえば、ラインハルトは更なる昇進、恐らくは宇宙艦隊司令長官の座と、爵位の格上げがほぼ約束されていると言っても過言ではない。職業軍人としての極位と貴族としての地位向上がワンセットであるだけに、リヒテンラーデ候個人としても他の貴族とのバランスの関係上抑え込みを図りたい所、最早抑制出来ない存在になってしまう恐れがあった。

リヒテンラーデ候はそう考えたがゲルラッハは明快にこう言い切ってのけた。

「孺子とて全くの無能ではありません。同盟軍とて無傷では済みますまい。我々は傷ついた同盟軍を、余裕たっぷりで迎撃すればよいのです。」

それにリヒテンラーデ候が

「―――成程、孺子が敗れた時はそれでよい。だが勝てばどうする。ただでさえ奴は、帝室の恩顧と武勲をかさに、我々の手に負えないのだ。益々増長するのは目に見えておるぞ。」

と言ったが、これに対してもゲルラッハは、

「・・・増長させておくがよいでしょう。たかが成り上がり者ひとりいつでも料理出来ます。」

と明快に答えてみせた。これにはさしものリヒテンラーデ候も唸らざるを得ない。

「叛乱軍が死滅した時、あの金髪の孺子も斃れる。我々に役立つ内は、精々あの才能を役立てようではありませんか―――」

 

 

「三千万の規模だと!?」

 一方で、珍しく驚嘆したのは、フェザーンの弁務官筋からこの事を聞いたジークムントであった。ラインハルトの方は冷静であったというから対照的ではあるが無理もない。彼の手駒が5万隻にも満たない4個艦隊である事を考えると、三千万人規模の敵と言えば動員してくる艦隊は8乃至9個艦隊。一度に来る事は有り得ないとしても、一領邦が相手取るには酷と言うべき戦力であった。

一方でラインハルト元帥府の有する戦力は、帝国正規艦隊の半数に相当する9個艦隊を有しており、戦力面でも互角であったから、彼の冷静さはそれによって説明出来るだろう。

 しかし、彼の驚嘆は正当なものではあった。

「―――迎撃計画は、これまでと同じ規模での戦闘を前提にしたものだ。しかしこの規模は、かのコルネリアス1世の行われた大親征に匹敵する。局地的に勝利し得るだけでは不足だ、一体どうすれば・・・。」

そう。これだけ膨大な戦力ともなれば、1個や2個艦隊を敗走させて良しとはならない。敵の目的が極めて明瞭である以上、長期戦を覚悟せねばならないが、それは一領邦には余りに荷の重い話でもあった。

「敵の狙いは、我が帝国領全域、若しくは一部の恒久的占領、ですね。」

 傍らに控えるクーリヒがそう断言する。断言されるまでもない正しさがその言葉には含まれていたが、彼はそれを口にはせずただ頷くのみである。

「―――元帥府ともう一度、協議する必要はありそうだな。まず必要になるか、だが―――」

 

「そうですね、ひとまずこちらも、出来る限りの手は打ちましょう。少なくとも、交渉材料にはなる筈ですから。」

 クーリヒの助言は的確である。カストロプ動乱の際に受けた傷や、消耗した物資の補充を進める事で、艦隊戦の準備はある程度整ってきたとはいえ、入念に準備されているであろう空前の規模の侵攻計画を前に、どれ程対抗出来るかについては、甚だしく心許ないと言わざるを得なかった。

 

―――後にこの侵攻計画は、その規模に対しては余りに杜撰なものだった事が発覚するが、この時の彼らはそれを知る由もないのである。

 

 

2

 

 同盟軍統合幕僚会議が開催され、幕間狂言が繰り広げられる中で、帝国軍は密かにこの迎撃を指揮する者として、ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥を充てる事を正式に決定するに至る。

その決定から3日経ったある日、ジークムントは帝都オーディンへ飛び、ある場所を訪れていた。

 

―――ラインハルト元帥府である。

 

当然この様な所へ視察に来る彼ではない、目的はその主であるラインハルトと会う為である。

 

帝国歴487年6月20日14時21分 帝都オーディン・ラインハルト元帥府貴賓室

 

ジークムントとクーリヒが挙手の礼で、この元帥府の主とその腹心を迎えると、ラインハルトが口を開く。

「―――遠路遥々、良くここまで来られた。」

 

「―――元帥閣下に置かれては、具申を許可頂き、感謝に堪えません。」

爵位は侯爵であっても、階級は上級大将。しかも軍施設の中とあってはラインハルトは上位の存在故、ジークムントもこの時は敬語であった。

「今日は上級大将としてではなく、公爵として会いたい、との事であったな。取り敢えずかけてくれ。」

その言葉と共に4人はソファに腰を沈める。するとラインハルトは早速

「どの様な要件で今日はここに来られたのだ?」

と慇懃な口調で聞いた。

「―――先日内々にでありますが、元帥閣下に対し、来寇する同盟軍撃滅の勅令が下ったと伝え聞きました。それについてです。」

 

「―――以前からその節には協力を惜しまぬ、と卿は言っていたな。で? 今日こそはその内容を聞かせて貰える、と言う事でいいのか?」

 

「仰る通りです。」

 

「では聞こうか。」

そのラインハルトの許しを聞くと、ジークムントは傍らで控えるクーリヒから資料を受け取ってテーブルの上に置き、ラインハルトの方へと寄越した。

「我がブランデンブルグ公国軍は、此度の外敵侵攻に際し、全兵力を以て加勢するべく、今日はまかり越した次第です。」

しかしその言葉に対するラインハルトの第一声は冷たいものだった。

「無用だ。元帥府は現在、万全の備えで迎撃計画を立案している。卿には悪いが、歩調の合わせづらい貴族艦隊をこの計画に組み込む気はない。」

この主張は一般的には当然極まるものであったが、だがジークムントは食い下がる。

「そう仰ると思い。ここに資料を持参した次第です。お開けになり、一読頂ければ、我が艦隊がそこらの草の根共とは一線を画すると言う事が、元帥閣下ならお分かり頂ける筈です。」

 

「・・・拝見しよう。」

 彼のその言い分に、渋々ながらラインハルトは茶封筒の封を切る。中には30枚ほどの紙といくつかの立体投影機による資料が詰められており、中には艦隊の射撃演習や艦隊戦闘演習などの記録やその映像までもが含まれていた。

時間にして10分程の間、ラインハルトとキルヒアイスは分担してそれらに目を通したが、表情の変化が分かりにくいラインハルトは兎も角、キルヒアイスは何度か目を見張るような仕草を見せた。見終える頃にはラインハルトの目から懐疑的な色は消えていた。ジークムントは再び向けられた視線を感じて言った。

「私はアスターテの折、第三者の妨害により閣下と共に戦えなかったばかりか、後に艦隊までも取り上げられました。しかしながら今は国難の折。この様な私情は捨て、帝室の一翼にその身を列する軍人として、持てる力を捧げる覚悟です。

この点、ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムなどと言った、堕落しきった貴族共の粗野な言動と、図り間違いの無きよう、切に願う次第であります。」

 ジークムントのこの言葉には、帝室に報いるという強い決意が込められていた。最早忘れ去られていたとしても、彼はその一員である。しかも提出された書類は、彼らの持つ私兵の正規軍並みにもなる規模と編成、練度の高さが、如実に示されていた。

ラインハルトの返答にも、最早にべもない冷たい響きは消えていた。

「承知した。卿らの力量は、私も高く評価している所だ。卿の持つ艦隊共々、この際は当てにさせて貰うとしよう。卿が自身の力で自領を守るに足るだけの力を持つ事は、心に留める事にする。」

その言葉にジークムントは我が意を得たりとばかりにこう述べた。

「―――ありがとうございます。時至らば、私自ら先陣に赴き、粉骨砕身致します。」

 

「期待している。では我々はこれで失礼する。卿はオーディンにて一時待機してくれ。」

ラインハルトはそう言うと立ち上がり、次の予定の為貴賓室を後にする。

「・・・キルヒアイス。」

その途中の廊下で歩きながらラインハルトが声を掛ける。

「はい。」

 

「驚いたな、あれは。」

 

「えぇ、貴族私兵艦隊は、概ね訓練もおざなりです。やるとすれば相当な費用負担になりますから、出し渋る者が後を絶たないと聞いています。」

 

「だがあの砲撃成績は、ルッツの艦隊にも引けを取らない。艦隊機動に至っては、あの第1艦隊の映像資料も併せて、十分一線級だ。これを向こうから指揮下に入り提供してくれると言うんだ。どの様に活かしたものか・・・。」

 彼らの前では言わなかったが、2人にとって譲渡されたこの資料は目を見張るものであった。彼らにとってはここまで、彼らの手勢以外は動く事は無いとタカを括っていた。だがその前提は根幹から崩れたと言ってもいい。

「この際、使えるものは何でも使おう。作戦にも一部修正が必要だな。」

 

「私もそう思います、閣下。」

 

 

元帥府から出て車で移動中、ジークムントはクーリヒに声を掛ける。

「―――クーリヒ。」

 

「宜しゅうございましたね。」

 

「あぁ、全くだ。これで此度の戦いに公式に参陣出来る。」

 そう、彼らの目的は、来たる帝国領への同盟軍侵入に際して、公的に記録に残る形で参陣する事。つい2か月前のカストロプ動乱が単なる私戦と片付けられたことに対する意趣返しとして、自身が一時的にラインハルト元帥府の指揮下に入って武勲を立てる事で、自身の栄達を図ったのである。

 帝国領に侵攻してきた敵軍を完膚なきまでに打ち破ったとすれば、全体の功としてはラインハルトに軍配が上がろうとも、その一部は彼らのものとなるのは間違いない。そしてその総和が比類なきものである以上、彼に転がり込んで来る功績も尋常ではない。元帥への昇進は間違いないだろう。

―――否、帝室の威信を取り戻す為にも、軍務省もそうせざるを得ない。

ジークムントにとっては余り好まざる手段ではあったが、イゼルローンが失陥し、同盟領への侵攻計画は暫く棚上げとなれば、彼が武勲を上げる機会は遠のく事を意味する。

しかもイゼルローン失陥は軍務省のプライドの問題だけではなく、国家を挙げて建造、維持してきた帝国そのものの威光にも関わる問題でもあるのだ。それだけの衝撃を加えられた後に、更なる一打を同盟が期そうとしている事を考えれば、それを打ち破った後に、その者らを昇進させて英雄として祭り上げる事で、帝国の犯した失点を償う必要があった訳である。

しかももし仮にそれを撃退した者を遇さなければ、それは軍部からの反感を招きかねないのも事実で、ジークムントはそう言った部分に付け込もうとした訳であり、その試みはここまで成功しつつあった。

「ローエングラム伯に俺の事は売り込んだ。後は何処まで武勲を挙げられるかだ。」

ジークムントはそう言った。彼にとっては売り込んだ事で終わりでは無論無かった訳である。

「三千万の敵軍、考えても驚くべき数値ですね。」

 

「なに、敵もイゼルローンを陥落させた事によって勢い付いているのさ。その蛮勇を根元から叩き潰してやろう。」

 

「はっ。」

彼等はその様な言葉を交わしつつ、オーディンにあるブランデンブルグ家の屋敷へと向かうのだった。

 

 

3

 

 その更に2週間後、ラインハルト元帥府の広間の一つに、元帥府の幕僚が一堂に会していた。

ラインハルトを始め、キルヒアイス、ミッターマイヤー、ロイエンタール、ビッテンフェルト、ルッツ、ワーレン、ケンプ、メックリンガー、そして要塞司令部幕僚唯一の生き残りである参謀長、オーベルシュタインが、玉座とそれを左右から見る様に整列していた。

静寂に満ちた空間でラインハルトが口火を切った。

「―――卿らも承知の事だが、自由惑星同盟を僭称する辺境の叛徒共が、帝国の()()()()たるイゼルローンを強奪・占拠した。情報によれば、敵は現在彼の地に、膨大な戦力を集結させつつある。推測では、艦艇20万隻、将兵三千万。」

この数字はここにいる面々には初めて知らされたものであり、場内からは僅かにどよめきが漏れる。ラインハルトは殆ど、帝国の同盟に対する公称である「自由惑星同盟を僭称する(辺境の)叛徒」と言う呼称を用いる事は無いが、なにぶん一応公式の場である事もあって、彼は敢えてこう述べた。

「この煩瑣(はんさ)極まる妄動に対し、私が迎撃の任に当たる事となった。諸君らの善戦に期待する。」

その言葉で諸提督達の間には気合が漲る。その張り詰めた空気を和らげるようにラインハルトは更にこう続けた。

「―――要するに他の部隊は、後宮の飾り人形、まるで頼りにならないと言う事だ。勲章と昇進を得る良い機会だぞ。」

その言葉で提督達からも、成程と言わんばかりに笑いが零れた。

「では卿らの意見を聞こう。此度の敵に対し、どの様な戦術で当たるのが良いか。忌憚なく申して見よ。」

 そのラインハルトの言葉を聞き、真っ先に反応したのが、右列2番目に並ぶフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将である。帝国宇宙艦隊の既存艦隊を解体・再編成し、新進気鋭の若手を抜擢して発足した中でも、快速性と衝撃力に重きを置いた高速戦艦を主体とした打撃艦隊を率いる提督である。

その身分に見合った好戦性で知られ、攻撃力には高い評を持つ。

「敵がイゼルローン回廊から出て来た所を叩く。これに過ぎたる戦術はありますまい。」

その言葉にビッテンフェルトの前に並ぶミッターマイヤーも反応する。

「確かに、敵が出現する宙域を特定でき、その先頭に対して正面から叩く事も、半包囲体制を敷く事も可能です。」

 

「敵は、我が帝国の領土を寸土たりとも踏む事無く逃げ失せましょうな。」

ビッテンフェルトのその言葉を聞きラインハルトは、

「卿らの意気や良し。だが回廊出口での迎撃は、敵も当然予測している筈。先陣には精鋭を配している可能性が高く、もし叩いたとて、残りが回廊から出てこなければ、()()の掛けようがない。」

と言った。

 これには場内からも先程以上のざわめきが起こる。彼らに命じられたのは迎撃である筈だが、ラインハルトは明らかに“攻勢”と言った。その事にざわめきが起こったのだ。

その驚きから最も早く立ち直ったのはミッターマイヤーである。

「―――攻勢・・・と言う事は、敵にただ退却を強いるだけでは済まさぬと?」

その問いにラインハルトは確固たる決意と共に

「無論だ。蛮勇には相応の流血を以て報いるあるのみ。」

と言い、それにビッテンフェルトが

「しかし、どうやって?」

と問うた。その答えは、帝国軍人のそれまでの常識を打ち崩すものだった。

「―――敵をより深く誘い込む。」

それこそ彼らにとって驚くべき事であった。その言葉の意味は、次のビッテンフェルトが発したとされる言葉が物語っている。

「同盟軍に、帝国領の蹂躙を許すと言うのですか!?」

しかしそれにラインハルトは

「そうだ。敵の戦線と補給が伸び切った所を、全軍を以て叩く。敵は総兵力の6割を投入してくる。これを掃滅し、敵の反抗の意思を、完全に打ち砕く。」

と答えた。完全に納得した訳では無かったが、事情を知らない諸将からもどよめきの声は消えていた。

「そこでだ。ここで一人、卿らに紹介して置かねばならない者がいる。此度の作戦で重要な役割を担っている。客将をこれへ。」

 ラインハルトがそう言うと、広間の入り口の扉が開かれ、1人の帝国軍将官が招じ入れられた。そのものを知るミッターマイヤー・ロイエンタール・メックリンガーの3名は驚き、事情を知るラインハルト・キルヒアイス・オーベルシュタインの3名は静かに、残る3名は訝しげにその人物に視線を向ける。

肩の階級章は上級大将、色素の薄い肌に銀髪、赤い瞳の良く整った端正な顔、筋肉質な長身、そんな将官は、帝国軍に一人だけである。彼は提督達の間を歩いていくと、ラインハルトの向かって右側に立ち、諸提督に挙手の礼を施す。

「ジークムント・フォン・ブランデンブルグ上級大将だ。宜しく頼む。」

その名を聞いて面識の無かった3人もハッとなった。第4次ティアマト会戦で帝国軍の再三の窮地を救った彼の名を知らない者は、この場には存在しなかったからだ。だが同時に、彼の艦隊はこの元帥府が発足した影響で解散になっており、その事情を知る者は余計に困惑するばかりである。

「ジークムント上級大将は此度の戦いに際し、ブランデンブルグ家の私設艦隊を以て参戦する。質、量共に問題はないから、そのつもりで聞いてくれ。では作戦を説明する。オーベルシュタイン。」

 

「はっ。」

短い返事と共に右列最後位に列していたオーベルシュタインが、ラインハルトを挟んでジークムントの反対側に立つと口を開いた。ジークムントも作戦の概要は既に頭に入れている。

「まず、敵の侵入に先立って、回廊出入り口付近の星系から撤退し、物資も全て引き上げる。」

その言葉にロイエンタールが冷静に指摘を飛ばした。

「しかしそれでは、帝国の民を飢えさせることになるのではないか?」

オーベルシュタインはこれに対し、

「問題ない。同盟軍は“解放軍”、“護民軍”を称している。彼らがこの大義名分を掲げる以上、同盟軍は手持ちの物資を、占領地の民に与えざるを得なくなる。

そうして飢えた敵軍に対し、彼等は補給物資を送ろうとするだろう。これを断ち、補給と疲労が限界に達した所で、我々の全軍を以てこれを撃滅する。これが最も早く、しかも確実に、敵に勝つ為の戦略だ。」

オーベルシュタインが概要の説明を終えると、その言葉を引き取ってラインハルトが続ける。

「そして同時に敵軍の動きを拘束する為、ここにいるジークムント上級大将に助力を願う事となった。

上級大将の持つ艦隊は所領の回廊側外縁部へ展開し、侵入があらば撃退する事となっている。これによって敵に出血を強い、より消耗の度合いを加速させる。」

 つまり、ジークムントの役割は敵軍の拘束・牽制により、後の迎撃をより容易にする事、即ち陽動であり、反撃の際には彼らも一挙に所領を出て敵艦隊へ攻撃を企てる事にもなっていた。

「わが軍が勝つ為に、民には多大な負担を強いる事になるが、我々が同盟軍に勝つ為には、これが最も確実な策なのだ。諸将の協力と奮戦に期待するや切である。」

ラインハルトがそう締めくくり、諸将が挙手の礼を取ると、その場は散会となった。

 

だが提督達の間には懐疑的な声があった。

「―――貴族の私兵艦隊か。」

その声を発したのはロイエンタールである。特に何の気もなく発した声に、ビッテンフェルトが反応したのだ。

「フン、どこまで信用出来たものか。概ね、武勲に(あやか)ろうと言う魂胆だろう。どこまで使い物になるものかな。」

 

「うん、それは考えられる事だが、元帥閣下が御認めになられると言う事は、少なくともこの作戦に参加するに当たり、取り立てて問題は無いと言うご判断なのだろう。」

 ミッターマイヤーはこう述べたが、ビッテンフェルトはジークムントの本心を、偶然とはいえ的確に見抜いていたのだ。そしてミッターマイヤーのその意見は、彼らの上官である元帥閣下の本心をも読み取っていたものだった。

「・・・宜しかったのですか、ラインハルト様。」

2人きりになった時、ラインハルトはキルヒアイスからその質問をされた。勿論ながら、ジークムントの私兵を用いた作戦参加を認めた事についてである。

「―――キルヒアイスの言いたい事は分かる。この巨大な武勲に群がって来たのではないか、と言うのだろう?」

 

「あのデータが偽造されたものである可能性は捨てきれません。もしそうなら、我々の作戦行動に、支障をきたす恐れもあります。」

キルヒアイスの言う事は尤もである。何より彼らが自身の目でそのデータの正しさを見た訳では無い以上、そのリスクは確かに付き纏っていた。しかしそこはラインハルトである。泰然とこう言い放ってのけたのだった。

「真贋いずれにせよ、これだけ巨大な武勲なら、少し位分けてやるさ。但しそれは、奴らが上手く事を運べばの話だ。失敗すれば責任を問う事も出来るし、奴らが自身の首を絞めるだけだ。

我々が何も失う事なく、形だけでも戦力を整えられるのなら、それに越した事は無い。奴らが望むものを手に入れられるかは、全て奴らの手腕次第、という訳だな。」

 

「・・・そこまでお考えでしたか。」

キルヒアイスがそう言うと、

「―――オーベルシュタインは、苦い顔をしていたがな。」

とラインハルトは言ったのだった。

 結局の所、ラインハルトが大貴族を信用していないと言う本質は変わっていない。これがブラウンシュヴァイク公なら目通りすら叶わず一蹴されていた所である。それはジークムントに対しても同じではあったが、彼はジークムントの手練手管を戦場で直に目にしている。その人柄もある程度知っていたからこそ、ラインハルトはこの作戦参加を認めたのである。

―――ある程度、彼がこの内容を逸脱する事も織り込んだ上で。

 

「―――あの参謀長、恐らく俺が唯々諾々と従わない所まで読んでいるな。」

それはジークムントも同じ事であった。彼が弟であるクーリヒに漏らした言葉にもそれは表れている。

「ローエングラム伯は、良い参謀長を手に入れた様ですね。」

とクーリヒが言うと、

「我々だって負けず劣らずじゃないか。いい家臣、いい部下に恵まれたと思っているよ。それに、確かにこれだけの事で済ますつもりはない。ある程度の裁量も手に入れた、この上は時間も惜しい事だし、立案に移ろうか。今度こそ、大貴族共の邪魔は入るまい。」

 

「はっ。」

 ジークムントはブラウンシュヴァイク公のした事をずっと根に持っていた。本当ならば、彼はアスターテの戦功をラインハルトと2人で分け合い、共に元帥となる筈だったのだ。それを邪魔した挙句、彼の立場までも奪い去ったブラウンシュヴァイク一門を、赦すつもりはなかった。しかし彼が直接何かされた訳ではない。ではどうするのか。

答えは単純明快、彼らの手の届かない所で、彼らが覆い隠しようの無い戦功を上げてみせる事だった。この完璧な意趣返しを成功させる事により、自身は昇進し、彼の昇進を阻んだ貴族達に屈辱を与える事も出来る、一石二鳥と来ていた訳であった。

 

 

3

 

 行動に移れば、ブランデンブルグ一門の動きは速い。ラインハルト元帥府側の軍務省に対する働きかけと並行して、以前から既に行っていたブランデンブルグ側の作戦参加の働きかけが功を奏し、イゼルローン回廊に程近い領地を有する他の貴族達が物資財産や軍備を退避させる中、彼らは帝国領防衛の砦となって留まる事が正式に決定する。

他の大貴族達の反発は、特にブランデンブルグ一門が思っていたような事も無く、むしろ容認されている風であった。「またあやつらか。」という空気が、リッテンハイムやブラウンシュヴァイクの一門から上がっていた訳である。特にフレーゲル男爵などからしてみれば、「これで奴らが死んでくれれば、目障りな者共もいなくなる」という訳で、自身は安全な場所から、彼らが進んで()()へ赴くのをほくそ笑んで見ていたのである。

 しかし、彼らにしてみればそれも功を奏する形で、ジークムントは自身が武勲を立てる舞台を着実に整えつつあった。ジークムントもこれまで一度も負けた事は無いし、今回も負ける等とは終ぞ思わなかったと言う。

何故ならあのラインハルト元帥と、その子飼いの将帥達が共に戦うのだ。これ以上に有り難い友軍があるだろうか。自然、彼は必勝の信念の下、麾下の艦隊48,000隻を冬眠から目覚めさせていたのである。

今まで外部の誰にも明かしていない秘策も含めて・・・。

 

「良いのですか?」

 

「何がだ?」

艦隊の稼働状況の報告を受けていたジークムントは、傍仕えでもあり帝国軍准将でもあるヘルナーから質問をぶつけられ、そう聞き返していた。

「“直轄分艦隊”の事です。今まで一級軍機に指定し、稼働はおろか固く封じていましたよね。それを明かしてしまう事になりますが、いいのですか?」

 

「―――構わない。今度の敵は同盟軍正規部隊だ。()()()()()や傭兵艦隊とは訳が違う。あんな程度の連中ならば通常の艦艇で十分だが、今回は手を抜いて赦される相手じゃぁない。」

 

「・・・確かに、同盟軍艦隊は、侮り難い相手です。」

 

「そう言う事だ。驕り高ぶった上層部や貴族共なら出し惜しもうとも、俺達は出す。普通に使えば維持にも金のかかる船だ、こういう時こそ使わんとな。」

 

「・・・そうですね。」

 ヘルナーはそう言って納得した。同盟軍艦艇は20㎝口径の中性子ビーム砲を装備しているが、そのビーム強度を砲身を長く取る事でカバーしており、攻撃力面では帝国軍の25㎝中性子ビーム砲と互角の威力を誇っている。

しかも1発1発の威力不足も戦艦1隻当たりの門数を多く取る事で解決を見ている為、同盟軍戦艦は防御面と併せて部分的に帝国軍艦艇を凌駕する面もあるのだ。

 無論帝国軍戦艦も良い面はあるが、全く同じ艦艇を相手にする帝国内での騒乱とは異なり、敵手である同盟軍との対決は、彼らにとっては気を抜けない戦いでもある。そして、国家の威信にかけても、彼らに負ける訳には行かない。

帝国軍上級大将であり、帝国第三の権門として、例え勝てなかったとしても彼らに負けない為、ジークムントは打てる手を全て打つつもりであった。秘蔵のカードをいくつも切り、戦場に出る政治的な理由付けも行った。艦隊も全てを投入し、出し惜しみはしない。そしてその艦隊に、彼が構想し、父が作り上げ、彼が完成し秘蔵した、ジークムントの奥の手が含まれていた、という訳である。

(本当は、使わないに越した事は無いのだがな。)

彼は心中そう思いはしたが、現実はそれを許してはくれない様だった。本当の本当に危機的な状態になって初めて使うつもりだったカードだが、その機会は、彼が思っていた以上に早く、来てしまったのである。

 

 

4

 

 帝国軍が帝国領内に於ける一大決戦に向けて動き出すのと前後して、イゼルローン要塞には空前の大戦力が集結しつつあった。

20万隻を超す艦艇、三千万を超す将兵。そのいずれもイゼルローンに収容出来るような数では到底なく、艦隊は連絡艇や輸送船を経由して、人員や物資のやり取りをしている有様である。帝国軍がこれを造り上げて以来、彼らですら描いた事のない光景が、そこには確かに存在していた。

 同盟全戦力の6割に相当するこの大兵力は、複数の宇宙艦隊は無論の事、陸戦隊や惑星上に展開する施設部隊、海上部隊、大気圏航空部隊、補給部隊までもを総合した極めて高度な諸兵科混成部隊と称しても良い陣容であり、自由惑星同盟がこの作戦に投じたリソースの程が窺い知れるだろう。

自由惑星同盟軍帝国領遠征軍の大半が、イゼルローン要塞とその周辺宙域に集結をほぼ終えたのは、宇宙歴798年/帝国歴487年8月5日の事であった。コーネフ中将、ビロライネン少将、キャゼルヌ少将ら一部の幕僚も同時にイゼルローン要塞へ入り、各艦隊司令官との間で最後の会議が実施されたのは翌6日の事である。

総司令官であるロボス元帥はこの段階ではまだ到着しておらず、故障や補給の遅れで出港が遅延した艦もあったが、この動きが司令部設置の為の準備である事は言うまでもない。

 

「―――全く、壮観極まりないね。」

 第13艦隊旗艦「ヒューベリオン」の指揮台の上に()()()()()座りながら、周囲モニタリング映像に対して感想を述べたのは、司令官のヤン中将であった。

第13艦隊は編成当初、第2艦隊の健在な艦艇と第4艦隊の残存戦力に、新造艦・新兵達を加えて編成されていた半個艦隊であったが、第7次イゼルローン攻防戦前後に修理を終えた第2艦隊の損傷艦が第2艦隊の再建断念に伴って合流し、更に新造艦と兵員も加えられて、正式に艦艇約1万1000隻の1個艦隊となっていた。

「全くですな。」

 ヤンの言葉に応えたのは、「薔薇の騎士(ローゼンリッター)」連隊第13代連隊長、シェーンコップ准将である。

ヤンが立案したイゼルローンへの潜入工作・制圧作戦を実際に担当した男であり、相変わらず強襲揚陸艦「イストリア」ごと、第13艦隊指揮下に留められていた。この戦いでも惑星上の制圧作戦で大いに役立つと目されていたのは、想像に難くないだろう。

「一体ここに集まった船の内、一体何隻が生きて還れるかねぇ・・・?」

 ヤンは1ヵ月以上前になる統合幕僚会議の時の事を思い浮かべていた。あの時、フォーク准将の独壇場と化してしまい、白け切った議場の空気と言ったら、ヤンにとってもやりきれない事この上なかった。

何人かの参加者に至っては居眠りを決め込んでしまう様な会議は、何の実りも無く終わり、結果として作戦の前途に大きな不安を感じずにはいられなかったのだ。

その事を知っているシェーンコップはヤンに対し、

「さぁ、どうでしょうな。10万隻が戻れれば幸運、と言う所でしょう。あの様な杜撰な事ではね。」

と言った。

「・・・ざっと二千万人か、やりきれないな。」

と言うヤンに、

「ま、せめてこの艦隊だけでも、なるべく生き残れるようにしましょう。その方が、我々の負う傷も少なくて済みます。」

と言うシェーンコップである。その言葉にヤンの脳裏を彼の被保護者が言った言葉がよぎった。

 

「やめちゃえばいいのに・・・。」

 時を遡って第13艦隊がハイネセンを発つ前、同盟軍士官居住区の一角にあるヤン邸で聞いたその言葉の主はユリアンである。その言葉を聞き取り損ねたヤンが「何だい?」と尋ねると、ユリアンはこう言った。

「そんな無謀な遠征なら、やめてしまえばいいんですよ。」

 

「・・・そうはいかない。この遠征は政府が決めた事だ。無謀だからと言って、やめにする訳には行かないんだ。我々が“自由の国”の、“自由の軍隊”である限りね。」

ヤンはこう述べたと言う。

 確かに、彼らが命令不履行を働けば、この遠征計画はその根底から崩れ去る。政府の命令を軍隊が聞かなければ、例え政府の命じた事でも実行主体が存在しなくなり、自然消滅的に取り止めにせざるを得ないだろう。

だが民主共和政体に於いて、軍隊の政府への不服従というものは、それ即ち叛乱やクーデターと同義であり、それはシビリアンコントロール下にある自由惑星同盟軍であっても例外ではない。それが彼らの内で許容されてしまった時、それは即ち、かつての地球政府が陥った状況へと、自らを陥れる事になりかねないのだった。

 

 宇宙歴796年/帝国歴487年8月22日、自由惑星同盟軍遠征軍は、司令部をイゼルローン要塞内に設置し、これと前後して、イゼルローン宙域に集結した30万隻にも達する大艦隊が、順次帝国領に向けて侵攻を開始した。

先鋒はウランフ中将の第10艦隊が務め、第2陣にヤン・ウェンリー中将の第13艦隊を置く布陣は、回廊出口での帝国軍による要撃を想定してのものであった。

「―――回廊出入り口付近に、帝国軍の艦影無し!」

だが結果としてその備えは杞憂に終わった。かくして、同盟軍は無人の荒野を行くが如く、帝国領内への浸透を開始した。

 

 その報は瞬く間にラインハルト元帥府とジークムントの元へと届けられ、引き続き状況推移を見守る事となる。ブランデンブルグ艦隊もラインハルト元帥府も、麾下の兵力を温存し、その時が来るのをゆっくりと、待ち続けるのであった・・・。

*1
ブランデンブルグ公国に於ける国務尚書に相当する役職で、自ら内政を行う公爵を政務面で補佐する役を担う。

*2
ブランデンブルグ公爵領は貴族領ながら、他の堕落しきった貴族らの所領と異なり事実上「公国」として機能しており、私兵とは言うものの「公国軍」という体裁を取っている。その為帝国軍とは別枠で予備役軍人を持つ数少ない貴族領となっている。

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