錬金戦記~錬金術師兼付与魔術師冒険者の立身伝~ 作:フリードリヒ提督
バサバサッ―――
“ギャァッ! ギャァッ!”
―――ヒュッ! ドスッ!
“ギャウゥッ―――!”
ドサァッ
「ヴァンプバット1匹討伐っと・・・」
とある森の中で、弓を携えた女が、弓を持つ腕を降ろしながら静かにそう言った。すると傍らにいる剣を携えた男が声を抑えめにしながら答える。
「丁度この辺りで最近、またヴァンプバットが増えてるって話だったからな、指定された分だけ間引きしていこう。」
「えぇ。」
2人組はそう言い合うと、足並みを揃え、森の奥に向けて足を運んでいく・・・。
「ありがとうございました。冒険者のお二人のおかげを以て、少しは森も静かになるでしょう。」
集落の長をしていると言う初老の男が、笑顔で頭を下げ礼を言ったあと、報酬の詰まった麻袋を、2人組内の男冒険者に手渡した。男は確かな重みのあるそれを受け取ると言う。
「いえいえ、この集落の周辺は、最近またヴァンプバットが出ると言う噂も時折聞いてましたし、この位はお安い御用です。何かあれば、またギルドの方にご依頼ください。」
「えぇ、助かります。」
「では、私達はこれにて。」
短いながらも会話を終えて、冒険者の2人組は集落を後にした。道すがら、男冒険者は相方の女冒険者にこんな話を切り出した。
「―――そう言えば聞いたか、“帝国”が“教皇国”に戦争を仕掛けたらしいぞ。」
「えぇ、聞いたわ。また戦争ね・・・」
男冒険者の話を聞いた女冒険者は嘆息する。
「噂では、“教典”を巡った対立が、巡り巡って遂に戦争になるまでに至ったらしい。」
「“帝国”と“教皇国”は確かに、“教典”の解釈を巡って以前から対立していたけれどね。帝国は“真教派”、教皇国は“既教派”、お互い譲れないのは、確かでしょうね。」
「全く―――同じ宗教なのに、今までにない解釈をしたってだけで、とうとう戦争とは・・・。」
「“力無き主張は空虚な絵空事”、って事なのかしらね。」
「さぁな、坊主共の考える事は分からんよ。何れにしたって、呆れた話だ―――」
かつて世界を救ったという伝承の下、「女神クレネア」の加護を受けながらも、それに対する信仰意識の差から対立が渦巻く地、「エイヌス大陸」。無数の思惑と暗躍と陰謀が大陸中を覆う程にまで渦巻こうとも、平和に身を置いていた国があった。
―――「ビルケンランド諸邦国」。大陸東部辺境にあって、諸外国の思惑が絡み合って分裂していた諸邦が、ある王国の尽力により纏め上げられた結果誕生した連邦国家である。周辺諸国に対し歴史は浅いが、経済・軍事共に引けは取らない国家として、絶妙なパワーバランスと巧妙な権謀術数を駆使した外交の元、変化し続ける状況を注視し続けていた。
その平和の下で経済は順調に成長し、社会は安定と秩序の下で健全な循環をしていた。人々は世界中に生息する「魔物」と、それらから人々を守る為に日々依頼をこなす「冒険者」を隣人として、平穏とは言えないまでも、平和な生活を
“帝国”の隣人である諸邦国の民衆は、隣国が自分達も信仰する宗教内の問題と言う理由で、遂に戦争を始めたと言う知らせに、いつまで自分達が無関係で居られるだろうと不安感を強めてはいたものの、軍隊の庇護の下で、その綱渡り的な平和を
この後数十年に渡って禍根を残す事となった宗教戦争であり、この時代を象徴する出来事でもある、「改革戦争(70年戦争)」の始まりである。
その激動の時代に生きる諸邦国の片隅で、それら民衆と同じ空を見上げ、彼らを
諸邦国にも数ある冒険者ギルドの一つであり、最近その名声を増しつつあるギルドとして有名になり始めていたこのギルドは、様々な種類の依頼をこなせる何でも屋としてその存在感を発揮している場所である。ここには様々なタイプの冒険者が数多く在籍し、ギルドの酒場は常に喧騒が絶えない。
ビルケンランド諸邦国を構成する領邦国家のひとつ、「ハルツェンブッシュ=ラーケンゲン侯国」の中心地ラーケンゲン市にあるこのギルドに、この日もまた依頼を終えて戻ってきた3人組の冒険者がいた。2人は男、1人は女のトリオは、今日も誇らしげにギルドの門扉をくぐろうとしていた。
「いやー、今日もやかましいなこのギルドは!」
そう笑顔で言うのは、白髪で細目細眉で鼻の低い男である。その顔立ちに対して筋肉質で胸郭が逞しい恵体と、背中に背負ったウォーメイスが不釣り合いに見えそうになるような偉丈夫が、一種のアンバランスさを印象付ける。
背も3人組の中では最も高く、その印象と合わさって存在感がある男であった。
「そうだな、この喧騒を聞くと、帰ってきたという実感が沸く。」
そう返すのはエルフのような尖った耳を持つ女である。先程の男とは対照的に背が低く、腰には鞭を
肉付きは至って健康的であり、筋肉質と言う訳でもないスリム体系だが、出るところはきっちり出ているちょっと我儘なボディで、少々日に焼けた小麦色の肌が、外見的な魅力を更に引き出していた。
「なぁ、クルト?」
その女が、2人の前を歩いている男に声を掛けた。
彼もエルフのような尖った耳を持つが彼は斜め上に尖っており、こちらも赤い髪だが、クリスがトパーズの瞳を持つのに対して彼は赤い瞳であり、下細りのフェイスラインに一文字に結ばれた口元、眉の角度がややきつく、眼光が鋭く見えるものの、全体として悪くはない顔立ちをしている。
身体つきも良く、先程の男ほどではないがしっかりと筋肉がついており、腰にはブロードソードとバックラーを提げていた。背も先の偉丈夫より頭一つ分低いが、それでも182cmある。
「クルト」と呼ばれたその男は女に向かって振り返ると答えた。彼がパーティーリーダーである。
「うん、そうだねクリス。今日も五体満足だ。」
「フン、違いねぇ。」
「クリス」と呼ばれたその女は笑って言った。すると男の方がクルトに向かって言う。
「とはいっても、ギルドマスターに報告を済ませるまでが仕事だぞ。」
「分かってるよレオン。その為にギルドに来たんだろう?」
ギルドの奥の方を見ていた「レオン」と呼ばれたその男は、クルトに向かってこう返した。
「そのマスターが、上から降りてきたみたいだぜ。」
「おっ、いいね、噂をすればって奴だ。2階まで上がる手間が省けた。」
「あぁ、早速報告しよう。」
3人はギルドの2階から降りてきた「ギルドマスター」に向かって歩いて行った。それは初老の男であり、しかし年齢を感じさせない武骨な面構えと体つきは、只者ではないと言う雰囲気を漂わせている。髪は白いものが混じり始めた黒髪であり、それを短めのオールバックにしている。
「おう、帰ってきたな!」
ギルドマスターの男がそう言うと、リーダーのクルトが開口一番挨拶する。
「“親父さん”、只今戻りました。」
「先方からも感謝の手紙が来とったぞ、よくやった。」
「ありがとうございます。」
クルトがその賛辞に対して素直に礼を言うと、そこへレオンが口を挟む。
「兎も角、まずは報告を済ませようぜ。」
「あぁ、そうだな、こっち来い。」
「「はい!」」
クルトとレオンが返事をし、マスターに続いてカウンターに向かう3人。カウンターに入ったギルドマスターが引き出しから取り出したのは、「依頼完遂確認書」と見出しに書かれた1枚の書類であった。
「よし、では―――
“鉱石輸送護衛依頼
依頼主:「ラーケンゲン鉱山ギルド」ギルド長 エーリッヒ・ハルバーシュタット
メンバー、
レオンハルト・クルムバッハ、
クリスティン・マイヤーハイム、
リーダー:クルト・アロイス・フォム・レーヴェンシャンツェ。
依頼先:冒険者ギルド「天の階」ギルドマスター、ハインリヒ・クリューガー、
P.D.1265年4月24日、ギルドマスターの名に於いて、依頼完結を確認したものとする。”
―――ご苦労だった!」
ギルドマスター、ハインリヒ・クリューガーの激励に対し、パーティーリーダーであるクルトはただ、
「はいっ!」
と威勢のいい返事を返したに留まる。しかしその表情は、仕事を終えた事に対する充実感が満ちていた。
―――その男、クルト・アロイス・フォム・レーヴェンシャンツェ。
この時一介の冒険者であり、本当ならそれで終わる筈だった男である。しかしながら、ふとした事から起こった一つの出会いが、彼のその後の運命を大きく変え、歴史に多くのインクを残す事になろうとは、この時はまだ、誰も知る由はない。