前から読んでくださる方にはクスリ、とできるようなネタを仕込んだりしてみたい(願望)
今回から読んで下さる方には、主人公をおじいちゃんと通称で読んでほしい(願望)
空は青く、雲は白く、吹き抜ける風は心地よく。
今日も幻想郷は、特に変わることもなく平和だった。
とはいえ、これが当然であり常識だ。今まで幾度も『異変』と呼ばれる怪事件が巻き起こり、その度に誇張抜きで幻想郷が崩壊しかけたこともあったが、二つに別れた川の流れがやがて再び交わるように、平穏な日常は決まって戻ってくるものなのだ。
幻想郷に住む者、特に人里の人々はそのことを心の奥底、もしくは本能のようなもので理解しているのだろう。だからこそこの微妙な均衡で保たれた平和の中を、皆が笑顔で過ごせているのだ。そしてだからこそ信じているのだろう、今現在、幻想郷の最東端にある神社の縁側でお茶を啜る少女が、必ず異変を解決してくれるのだと……。
「……ふう」
淹れたての緑茶を一口飲んで、博麗の巫女こと博麗霊夢は小さく息を吐き出した。閉じていた瞳を開いて首を上に傾ければ、そこには初夏の清々しい青空が広がっていた。
平和だ。
この上なく平和だ。
とても穏やかで平穏で静かで落ち着いて暢気で……そして退屈だ。
「あむ……」
お茶請けにと皿に出していたお饅頭を一口含み、ゆっくりと咀嚼しながら中の餡子の甘みを味わっていく、自然と口いっぱいに唾液が滲みでた。そして唾液と一緒に飲み込んだ後に再びお茶を啜った。甘みで満たされていた分、苦いお茶の味が引き締まって美味しい……が、退屈だ。
べつに何かが足りないわけではない、お賽銭はもっと欲しいがそういう物質的なものを求めているわけではないのだ。この胸中に渦巻く退屈を生み出す元が何なのか、霊夢はしばらく考えこみ……そして答えを導き出した。
あぁ、そういうことね。意外と単純じゃない、私ったら寂しいのね。自分で導き出した答えに納得しながら、霊夢はもう一度お茶を啜った。
そもそも、博麗霊夢という少女は良い意味でも悪い意味でも平等だ。相手がどれだけの極悪人であろうが手助けしてくれるのならば優しく接するし、どれだけの聖人であろうが邪魔をするなら叱りつける。相手が強かろうが弱かろうが接し方を変えない性分だ。そんな彼女だからこそ強いものからは好かれ、弱いものからは恐れられ、人里の人たちからは一応、それなりに慕われている。
だが彼女は平等であるが故にそれら周囲からの反応に無関心だった。彼女は常に一人。周囲に人々が集まることがあっても、直接霊夢と接する事が出来る人がおらず、まるで霊夢を中心にした巨大な円ができているかのようだ。その中心点に、霊夢はただ一人でポツンと立っている。そんな図が想像できる。
この立ち位置に関して、霊夢は特に思うことはなかった。私は最初からこういう人間だ。この位置なら面倒なしがらみも必要以上の馴れ合いも発生しない。あちら側に進む必要もなければ、こっちに入ってくる人もいない。これが私の当然なのだ、と霊夢は物心ついた時には納得していた。
しかし、だ。
数年前……細かい年月は判明しないが、そう遠くない過去に、この構図に一つの変化が起きた。
突然、あるいは唐突、もしくは前触れもなく、とにかく霊夢も周囲の者たちも想像だにしなかったその“変化”は、瞬く間に霊夢の心の中を変えた。
その人も、自分の周囲を取り巻いている大勢の中の、言ってしまえばどうでもいい人だと思っていた。あっちとこっちを仕切る線を飛び越えてくるはずがないと、そう思い込んでいた。
だが、その人は、あろうことか、信じられないことに、いとも容易く仕切りをまたいできたのだ。
そのままその人は霊夢に近づき、そっと手を差し伸べた。まるでそうすることが当然でもあるかのように、柔らかい笑みを浮かべて……。
驚きは当然あった。だが霊夢は、まるで誘われるかのように、何かに魅了されたかのように、その手を取った。
暖かい、大きな手の温もり。それはかつて失ってしまった、人間ではなく、少女ではなく、子どもとしての心を霊夢に与えてくれた。
ゆっくりと手を引かれ、霊夢はその人と一緒にあちら側へと歩いていった。そこでは待ってましたといわんばかりの、今まで知り合ったすべての人々の笑顔があった。
それ以来、博麗霊夢は少し変わった。有り体に言えば付き合いが良くなったのだ。異変はできるだけ早めに解決するようになったし、宴会の頻度も少々上がった。人里で買い物をする姿も以前より多く見られるようになったし、親友と呼べる魔法使いと共謀して歳相応の悪戯をすることもあった。
楽しい。霊夢はそう思える日々が増えていた。
……だが今は退屈で仕方がない。それもこれもあの人がいないせいだ。
「まったく……」
今はいないあの人に向かって、霊夢は苦言を吐いた。私がこんなに退屈なのにどこに行っているのよ、と。
胸中の退屈に押しつぶされたかのように、霊夢の上半身が後ろに下がり、背中がペタンと床の上に落ちる。同時に視界も青空から神社の屋根が映っていきそして――
―やあ―
「っ?!」
――あの人の逆さまの顔が映り込んだ。
思わずまだ完全に床についていなかった後頭部を強打してしまい、不意の痛みに悶絶してしまう。
「い、たたた……」
頭を抑える霊夢の姿を可笑しく思ったのか、突然現れた人物は口元に手を当ててクスクスと声を漏らした。
落ち着いた色の着物に身を包んだ、長身の男性。輪郭は細面で堀は浅く、顎は女性のようで小さい。うなじのあたりで結んだ黒髪が、笑うたびにゆらゆらと揺れた。
「もう! おどかさないでよ、おとーさん!」
驚かされたことへの怒りと笑われたことへの羞恥から、霊夢は顔を真っ赤にしながら叫んだ。おとーさんと呼ばれた彼は「ごめんごめん」と笑いながら謝罪し、霊夢の隣に腰を下ろした。
歳は二十代前半といったところだろうか、落ち着いた仕草には少年のような若さが微塵 も感じられす、むしろ老獪な老人の、古着の匂いのようなものが感じられた。見た目からは若者特有の覇気を感じるにもかかわらず、だ。
と言うより事実彼は老人だ。齢はもう百を超えんとばかりしている。ならば何故これほふどまで若い姿を保っているのか?
答えはわからなかった。本人も知らないし、幻想郷で一番知識を持つ人物でもわからなかった。ただ言えることは、彼が人間であることと、それなのに百年以上生きることができる何かを持っているという事実だけであった。
「……いつ来てたの?」
起き上がった霊夢が頭をさすりながら尋ねると、彼は「ついさっきだよ」と答え、そして着物の懐から小さな袋を取り出して霊夢に差し出した。
なんだろうと思いながらもそれを霊夢は受け取る。見た目通りとても軽く、少し上に飛ばせば簡単に霊夢の頭上を飛び越え、落下する程度の重さだ。
男性に向かって何これ? と疑問を籠めた視線を送るが、彼はいつも通りの柔らかな笑みのままだ。どうやら霊夢が開けるまで待っているらしい。
恐る恐る、霊夢は袋の織を解いていく。
蝶結びにの両端を引っ張り、その奥で二つに重ねられていた布の端をどけるとそこには――小さな髪飾りが、太陽の光を浴びて光沢を放っていた。
「わぁ……」
思わず息が漏れる。紅と白の装飾がなされた簪、霊夢もよく知っているものだった。これは里一番の職人の手で作られた、高級品であることも知っている。人里で買い物をする際に、いつもいいなと思いながらもその高価さに手が出せないでいたものなのだから。
高価なもの? そこまで思い返して霊夢は彼の方へと視線をやった。あの店の商品は、里の者でも中々に手が出せない高級品だ。それでも里の人間ならば少しの我慢を要すれば買えなくはないだろう。しかし、彼が働いている店は……滅多に客が来ることのない古道具屋“香霖堂”なのだ。給料なんてものはほぼ皆無で、タダ働き同然の生活をしているはずの彼に、どうしてこれが買えたのだろうか。
考えられる理由はいくらかあるが、その中で確実なものは一つ。香霖堂以外の場でお金を稼いだことだけだ。
「……いつからなの?」
霊夢の困惑の表情を見て悟ったのか、彼は笑顔のまま指を三本立てた。三日、ではない。三週間でもないだろう、それならば、現実的な考えとしては三ヶ月が当てはまる。
三ヶ月。そんなにも前から彼は自分のために準備してくれていた。香霖堂の仕事もあるだろうに、そんなにも前からずっと……。
「……馬鹿……」
決して嫌がっているわけではない。むしろその逆だ。嬉しい。嬉しすぎる。けど、正直に言えないのだ。子供だから、恥ずかしいから、だからうまく伝えられない。この、ありがとうの気持ちを。
髪飾りを握る手が自然と強くなった。そこに、彼の想いが詰まっているような気がして、ぎゅっと、ぎゅっと……。
不意に、肩を軽く突かれた。何だと思って彼の方を向くと、自分の膝の上をポンポンと叩いている。「こっちにおいで、付けてあげよう」笑みを崩さず、そんなことまで言ってくる。
けれど断る理由もなく、霊夢は赤くなている顔が見えないようにやや俯きながらも、彼の膝の上にストン、と座った。そのさまはまるで人形か猫のようだ。その頭を大きな手が優しく撫で下ろす。それだけで、心のなかには安らぎが器に注がれた水のように満ちていくのがわかった。大きく暖かい胸板に背を預け、霊夢は漂ってくる彼の香りを嗅いだ。
落ち着く香りだ。この香りがあると、いつも心が満たされる。この暖かみも香りも、かつて自分を外に連れ出してくれた大好きなものの一つ。そして今も……。
シュルリと、布切れの音がする。霊夢が元から付けていたリボンを取り払ったのだろう。
何度か髪を手櫛でほぐされる。その度に心が溶けていくような感じがする。
しばらくして、彼から声がかかった。「もう、いいよ」と落ち着かせるような声が優しく響く。
少し振り返り、彼の方を見る。相変わらず柔らかな笑顔のままだ。
「ど、どう? 似合ってる?」
返事の代わりにまた頭を撫でられた。嬉しいがこれではどうなっているのかわからない。後で鏡で確認してみるとしよう。
でも今は――もっと、このままでいたかった。彼の膝の上に座って、彼に背中を預けて、彼を近くに感じていたかった。
大好きな父。血の繋がりなんて一切ないのに、いつの間にやら霊夢は彼を父親として、家族として愛するようになっていた。博麗の巫女となって、いつの間にかなくしていた子供が親を求める心が、彼との触れ合いの中で蘇ったのだ。
そしてそれは彼も同じ事。生来の性格も合わさってか、彼は生粋のお人好しだった。知り合いの中には、そのまま“お人好し”と呼んでくるものまでいる。そんな彼から見て、霊夢の境遇はとても悲しいものだった。誰も必要とせず、誰とも触れようとしない彼女を、彼は見捨てておけなかった。
たくさんのおせっかいを焼いて、間違った行動は厳しく叱って、そして素晴らしい働きをした時は誉めて……そんなことを繰り返す内、いつしかおとーさんなどと呼ばれるようになっていた。拒絶する理由などどこにもなく、彼も霊夢を娘として愛していくことになった。
「ねえ……」
寂しそうな声で、霊夢は彼の着物の袖を引っ張った。その意図を理解した彼は、苦笑しながらも、そっと膝の上の小さな体を抱きしめた。少女のお腹の前で腕を組み、包み込むように少しだけ背を曲げる。それだけで霊夢は安心しきった顔でそっと瞳を閉じた。
小さくやわらかな風が吹き、少女と老人の髪を揺らした。血の繋がりの一切ない、けれどしっかりと強い絆を持つ親子を温かな日光が照らしていた。
これは、幻想郷に最近住み始めた、一人の老人と、幻想郷の少女たちの、ちょっと心あたたかになる物語――。
こんな感じで、一話完結の話になっております。誰と絡むかはまちまちで、この子と過ごして欲しいというような希望があったらできるだけ応えます。更新はゆっくり(一ヶ月に2,3回くらい)ですけどね。
おじいちゃんがいったい何者なのかも、おいおい明かしていきたいと思います。
次回はフランの予定。本当の意味でのフランちゃんウフフが書きたい(願望)