虚白の太陽   作:柴猫侍

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*11 浸食する狂気

 痛い。全身が痛い。

 こんな経験は初めて―――いや、二度目だ。

 一度目は、現世侵攻の折、氷を操る隊長との戦いに割って入ってきた死神に倒された時。

 

 二度目は―――。

 

「おやおや、お早いお目覚めだ。ルピ・アンテノール」

 

 頭上から聞こえる声に面を上げる。

 見たことのある仮面。何度か自分を襲撃した者たちが被っていたものと同じ仮面だ。

 

 そうだ、自分は奴らに為す術もなく倒された。一方的に、そして屈辱的に。

 怒りが痛みを忘れさせていく。

 

「ッ……てめえ!」

「おっと、余り動かない方がいい」

 

 立ち上がろうとしたルピを押さえつける触手。

蚯蚓のような色合いと模様の触手に縛られたルピは、立ち上がることもままならなくなり、再び地面へ押し付けられる羽目になる。

 

「ぐっ……クソ!!」

「無駄な抵抗は止すことだ、元第6十刃。君如きにやられるような我々ではない」

「はっ、散々似たような仮面の奴らを嗾けた癖によく言うよ」

「ご期待に添えずに申し訳ないが、所詮アレは我々咎人が地獄の外に進出する計画の捨て駒に過ぎない……生憎、戦闘力は度外視している。事実、我々は仮にも霊力が衰えたとは言え十刃の貴様を組み伏せた。これが“格”というものさ」

 

 咎人を名乗る仮面の人物が得意げに語る。

 確かに彼らは強い。リーダー格らしき細身の人物に加え、触手を伸ばす者、異様に恰幅が良い者、そして兕丹坊に負けず劣らずの筋骨隆々な体を有す者と、各人の戦闘力は目を見張る者だった。

 

 虚白らと別れ、潤林安で悠々と暮らそうとしていた矢先での襲撃。

 それまでの相手と大して変わらないだろうという慢心があったことは否定できないが、それにしても彼らは強かった。

 潤林安の子供が手下と思しき虚に攫われる際、門番である兕丹坊が挑んだものの、最も巨躯な者に一撃で殴り飛ばされる程に、だ。

 自分自身も標的であったようであり、久方ぶりの全力に肺が張り裂けそうな想いをしながら戦いはしたが、結局のところ咎人の連携を前に傷一つ与えられなかった。

 

(ちくしょう、こいつらの狙いはなんなんだよ……!)

 

 倒された挙句、捕縛・拉致された訳だが、咎人の狙いが一向に見えてこない。

 

「ねぇ……キミらさ、一体どういうつもりでボクを攫った訳?」

「そう焦ることはない。―――あれを見るといい」

 

 質問を投げかけるルピに対し、リーダー格の咎人がクツクツと笑い声を上げながら、顎で指し示す。

 

「来たぞ」

 

 視線の先に現れたのは、()()()()者たちの集まり。

 咎人の目は、自然と細められた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「おやおや? ルピさんが敵に捕まってお姫様をしてる!」

 

「誰がだッ!!」

 

「よし、意外と元気そう」

「どんな安否確認だよ!」

 

 到着直後から素っ頓狂な呼びかけでルピの安否を確認する虚白。ツッコミが板についてきたリリネットのみならず、他の面々も呆れた面持ちを浮かべる。

 

「やぁ、“元”破面の諸君。遠路遥々よくここまで来てくれたものだ、歓迎するよ」

 

 が、ほんのわずかに弛緩した空気を一変させるように、リーダー格の咎人が仰々しく両腕を広げた。

 対して、応えるのは虚白だ。

 

「誰?」

「これはこれは……私は『朱蓮』。我々は咎人だ」

「へぇ~。それじゃあ、この前ボクらに襲い掛かってきたのもシュレンさんの手下?」

「理解が早くて助かる」

 

 刹那、殺気が朱蓮を襲う。

 襲撃者を差し向けたと明言した以上、敵視されるのは当然のこと。

 だが、当の朱蓮は仮面の奥でほくそ笑むだけであった。

 

「そう殺気立つな、()()

「どうしてボクの名前を知ってるのかな?」

「知っているさ。リリネット・ジンジャーバック。シャルロッテ・クールホーン。エミルー・アパッチ。フランチェスカ・ミラ・ローズ。シィアン・スンスン」

『!』

 

 次々に名を紡ぐ朱蓮。一言一句間違えずに名を呼ばれた―――それも会ったことさえない相手に、だ。

警戒よりも先に寒気が頭を埋め尽くす。

 

「こいつら……ヤバくないか?」

「そう身構えないでくれ、リリネット・ジンジャーバック。我々は貴様らに二つほど伝えたいことがあるだけさ」

 

 冷や汗を垂らすリリネットに向け、指を向ける朱蓮。

 咄嗟に虚白が間に割って入る―――が、何かが起こる訳でもなく、剣呑な空気だけが風に乗って漂う。

 

「……伝えることって?」

「“提案”……そして“警告”だ」

 

 前者は兎も角、後者からは不穏な気配を覚える。

 

「へー。それじゃあ“提案”っていうのは?」

「我らと手を組め。さすれば貴様が求める者へ導いてやろう」

 

 その言葉に反応したのはリリネットと三人娘。

 しかし、彼女たちの瞳に浮かんでいるのは喜色ではない。朱蓮に対する最大限の警戒ともう一つ―――焦燥だった。

 

「あの野郎……まさかハリベル様を!?」

「逸るんじゃないよ、アパッチ。だが……知ってることは洗いざらい吐いてもらわなきゃ気が済まなくなったね」

「ええ。大層な大口を叩いたんですもの」

 

 万に一つの可能性ではあるが―――主が敵の手中に収まっているかもしれない口振りに、三人娘の戦意は漲る。

 同様にリリネットもまたスタークの居所を知っているかもしれない咎人に向け、威嚇するように睨みつけた。

 

 対して、余裕ある佇まいを崩さないクールホーンが次の言葉を促す。

 

「それで? “警告”は何なのかしら」

「断るならば、我らと共に地獄に来てもらう」

「ヤダヤダ……強引に連れ込むなんて獣ね。本当、地獄に堕ちた連中って皆そうなのかしら」

「さて、地獄に堕ちた貴様の主君たるバラガン・ルイゼンバーンがどうであったかは、貴様自身がよく知っている筈だ」

「あーッ!! あたし、急に耳が遠くなっちゃったわー!! 地獄に堕ちた人が全員獣なんて言ってませんけどォー!!」

 

 掌を返し、誰に言う訳でもない叫び声が野山を駆け抜ける。

 と、危うく主君たるバラガンを罵倒しかけて焦るクールホーンに対し、朱蓮は虚白へと視線を移す。

 

「さて……(こたえ)を訊こう」

「もう? 早過ぎじゃない? 節操なしだって思われるよ」

「我々が求めるのは是か否か。それ以外を口にしようものならば―――」

 

 ゴウッ、と熱風の如く熱い霊圧が周囲に満ちる。それは肌が、喉が、果てには魂すらも焼かれかねない業火を彷彿とさせるものであった。

 これは交渉などではない、強迫だ。

 否と答えた瞬間、貴様らに命はない―――そう言わんばかりの圧力が虚白たちに圧し掛かる。

 

 しかし、

 

「ふざけんなっ!」

「力で思い通りになると思ったら大間違いよっ!」

「てめえらぶちのめして、ハリベル様の居所吐かせてやる!」

「そういう訳だ、覚悟しなッ!」

「さて……お相手願えます?」

 

「―――そういう訳だねっ」

 

 解は既に出ていた。

 

「そうか」

 

 戦意が満ち満ちる面々を前にし、朱蓮が腕を突き出す。

 

()れ、太金。我緑涯」

 

 告げられる指示に、恰幅のいい咎人と巨躯を誇る咎人が前へ飛び出す。

 

「はぁーい♡」

「ヴゥ……オオオッ!」

 

 オカマ染みた声音で返事する太金に対し、我緑涯と呼ばれた咎人は、獣のような唸り声を上げるや、地面を蹴って虚白らに飛びかかった。

 

「皆、来るよっ!!」

 

 虚白の声に、全員が反射的に回避へ移る。

 直後だ。丸太よりも太い腕が地面を叩き割り、大小様々な石礫が周囲に飛散した。

かなりの威力のようであり、砕かれた地面には蜘蛛の巣のような亀裂が大きく広がっている。真面に喰らえば一たまりもないことは明らか。

 

「前の奴とは比べ物になんないね……っとォ!」

 

 牽制として、我緑涯目掛けて虚弾を放つ虚白。

 だが、即座に太金の体が虚弾の射線に割って入った。

 

「はぁーい、ごちそうさまぁ~♡」

「はぁ!?」

 

 太金の体に着弾すると同時に、爆発するでもなく呑み込まれていった光景に、虚白が目を見開いた。

 

「喰らってないのか!?」

「いえ、それにしては少し……!」

 

 単純に防御力が高いのか、若しくは別の理由があるのか。

 未だ推測の域を出ない敵の能力に混乱するリリネットとクールホーンであったが、別の場所で轟く破砕音に、ハッと顔を向けた。

 

「チィ!!」

「ただデカいだけの筋肉達磨が……!!」

「こちらは気にしなくて結構ですの。ちょうど()()ですもの。そっちは任せましたわ」

 

 三人娘はどうやら我緑涯を相手するつもりだ。

 確かに彼女らは下手に分散させない方が、既知の仲として連携を取りやすいであろう。少々不安こそ残るが、虚白たちは我緑涯を三人に任せ、太金に集中することにした。

 

「よぅし! それじゃあ行くよ、リリネット!」

「! もうするのか!?」

「うん! 手加減してらんない!」

「ッ……わかった!」

 

 敵は以前の襲撃者よりも格上。

 ならば、出し惜しみする理由もない。

 

 迷いなく虚の仮面を被る虚白。その瞬間から、彼女の周囲には赤黒い霊圧が渦巻いていき、ある閾値まで上らんとする。

 そして、解放。

 

「贖え―――『咎女(とがめ)』!!」

 

 鎖をぶら下げる囚人の姿と化す。

 だが、彼女の帰刃はそれだけにとどまらない。

 

「よっしゃ、行くよ! 蹴散らせ!」

「『群狼(ロス・ロボス)』!!」

 

 虚白の鎖がリリネットの胸を穿ち、そのまま彼女を一丁の拳銃へと姿を変えさせる。

 

「ほう……あれが」

 

 その光景を外野から見物していた朱蓮は、興味深そうに息を漏らした。

 以前彼らに差し向けた刺客である『紫雲』を下した帰刃。まったく興味がないと言えば嘘になるが故、こうして見物と共に観察を決め込んでいた。

 

(他者を虚化し、自らに纏う能力(ちから)か……あるいは)

 

 考察を重ねる朱蓮の眼前にて、激闘の狼煙は上がった。

 

「虚閃!!」

 

 銃口から収束した負の霊圧を解き放つ虚白。

 宙を裂く閃光は、真っすぐ太金の体へ。

 

だがしかし、彼は避ける素振りを見せないどころか、待ってましたと言わんばかりに体を広げる。

 

「はぁーい、またごちそうさまぁ~♡ さ・て・と……お返しよォー!!」

「おっとっとっと!!?」

 

 虚閃を()()した太金は、身に纏う外套から口を生み出し、放射状に霊圧の弾丸を弾幕よろしくバラまいたではないか

 光弾の雨は虚白とクールホーンに襲い掛かる。響転で回避する虚白に対し、クールホーンは鍛えられた肉体で受け止めつつ、敵の能力の全貌に見立てを立てた。

 

「成程ねっ! 吸収した霊圧を自分の武器に変換できる! イヤらしい能力だわ!」

「じゃあどうするの!?」

「うふふっ、どうすればいいと思う?」

「ボクはねー……直接ぶん殴ればいいと思う!」

「奇遇ね! あたしもよっ!」

 

 即断即行。

 迫りくる光弾の雨を掻い潜りながら、二人は太金の下へと駆け出す。

 

「あらっ、バカじゃないみたいねェ~! でも、力の差が計算に入ってないんじゃな~い!?」

 

 しかし、簡単に許す敵も居ない。

 肉迫される予感を覚えた太金が、一層光弾の弾幕を厚くして二人の接近を阻む。

次々に地面や岩肌を抉る猛攻撃には、流石の虚白も避け切ることが難しくなってきた。すると、すかさずクールホーンの前へ割って入れば、鎖を振り回して怒涛の嵐を叩き落していく。

 

「あら、気が利くのね!」

「それで食ってるからねっ」

「初耳! でも、助かったわ!」

「どういたしまして」

 

 こうしてクールホーンの盾となった虚白であるが、状況は芳しくない。

 これでは防戦一方。帰刃が長く持たない彼女にとって、持久戦は不利な土俵と言う他ない。だからといって攻勢に転じたところで、予想以上の実力を有す咎人の攻撃にクールホーンが斃れてしまうだろう。

 自身が足手纏いであると考えているのか、クールホーンの顔からは、優雅に振舞う余裕の色が失せる。

 

―――帰刃さえ出来れば。

 

 脳裏を過る考え。

 しかし、ないものねだりをしたところで状況を打開できる筈もない。

 

「仕方ないわ。あたしのことは放っておいて―――」

「その話は横に置いといて、っと」

「現在進行形で最優先の話じゃないの!?」

 

 腹を括って自身の犠牲を厭わぬ旨を、あろうことか横に置かれてしまった。

 あからさまに衝撃を受けるクールホーンであったが、どうにも虚白から無策の気配を覚えられず、確かめるように聞き返す。

 

「あるの? やり返す手段が」

「ある」

 

 だから、と語を継ごうとする虚白であったが、途端に振りかかる弾幕が激しさを増す。

 

「みすみす作戦会議なんてさせると思う? 貴方たち、バカなのね~♪」

 

 「そ~れ!」と一喝する太金。

 それに伴い、光弾の嵐はかつてないほどの激しさを伴い、鎖で攻撃を叩き落としていた虚白の周囲に爆炎と砂煙を上げ始める。

 それでも動かないとなればチェックメイト。二人が太金の攻撃の餌食となり、血煙と肉片と化すだろう。

 

 しかし次の瞬間、爆炎と砂煙から()()の人影が飛び出す。

 得物である鎖を振り回す白い姿は、紛うことなき虚白であった。

 

「お仲間を見捨てたのね! 虚らしいじゃな~い!」

 

 仮面の奥で邪悪な笑みを湛える太金は、すかさず攻撃の標的を空中に舞う虚白へ移す。

 霊子に満ちた尸魂界や虚圏では、現世のように足場を固めて空中に立つといった芸当はできない。

 つまり、空中に逃げた時点で、回避手段が大幅に制限されるのだ。

 飛んで火にいる夏の虫―――踏ん張りが利かない空中では、先ほどまでのように鎖で叩き落とすのも困難になる。そこを狙わぬ太金ではない。

 

「さァ、死んじゃいなさぁ~い♪」

「それは……」

「!?」

 

 砂煙からもう片方の鎖を引き抜く虚白に、投げキッスを彷彿とさせる挙動で攻撃を繰り出そうとする太金の手が止まった。

 鎖の先には赤黒い霊圧に包まれる一人の男の姿が、それっぽいポーズを決めている。

 

「うふふっ♪ いいわ……力が漲ってくる!」

「魅せちゃって、クールホーンさん!」

「任されたわ!」

 

 違う、彼らは仲間を見捨てる気など毛頭なかった。

 敵の狙いを測り損ねた太金が焦るも、もう遅い。

 

「煌け―――」

「『宮廷薔薇園ノ美女王』(レイナ・デ・ロサス)!!」

 

 唱えるは解号。身に宿すは中心(ココロ)の力。

 本来、シャルロッテ・クールホーンが宿す力は、融合した今だけは虚白の魂へと従属していく。

 リリネットが拳銃になったように、クールホーンはバレリーナドレスの意匠を組んだ服装と化し、虚白の白蝋に彩られた肢体を包み込んだ。

 

 漲る力は仮面まで届いたのか、頭部の兜状の仮面が弾け飛ぶや、眼帯が虚白の左目を覆った。

 

『さぁ、ここからが本番よ! あたしが衣となった今、何人の攻撃も虚白ちゃんの柔肌を傷つけさせはしないわ!』

『ちょ……尻をこっちに近づけんな! スペースがないんだよ!』

「え? ちょっと、ボクの(なか)で喧嘩しないでよ!」

 

―――如何せん恰好が付いていないが。

 

 こうして二人の帰刃を身に宿した虚白。

 単純に考えて戦闘力が向上した訳だが、寧ろ太金はしめしめと仮面の奥でほくそ笑む。

 

「合体したからなんだって言うの!? 寧ろ一網打尽に出来て好都合ってね!!」

 

 標的が一人に集約したならば、その一人だけを仕留めれば事は済む。

 太金は、それまでの“牽制”としての威力から、本気で敵を殺すための全力を解放する。カッ、と紫紺の光が辺りを照らす。刹那、視界を覆いつくす弾幕が、空に取り残された白い羽根を撃ち落とそうと喰らい付く。

 

 が、

 

「―――十字鎖斬(サザンクロス)

「っ!?」

 

 両腕の鎖を交差させるように振るい、迫りくる光弾を叩き落す。

 しかも、それだけではない。収束した霊圧にコーティングされていた鎖は、振りぬかれた瞬間から一コンマ遅れて霊圧を放射状に解き放った。

 赤白く煌く光―――虚閃は、十字の斬撃と化し、押し寄せる光弾の群れを斬り落としながら、暴虐の波濤として太金へ押し寄せる。

 

「だから、効かないって言ってるでしょ~♪」

 

 しかし、霊圧の攻撃は太金に無意味。

 恰幅の良い体を広げて受け止める太金は、ものの数秒で直撃した十字鎖斬を平らげる―――が、直後に違和感を覚える。

 

「はっ……鎖!?」

 

 太金の両腕に絡みつく鎖。

 それが伸びる先は、獰猛な笑みを湛える虚白であった。

 

 刹那、虚白が自身の手枷から伸びる鎖を引っ張る。

 太金の巨体が一瞬宙に浮かぶが、それでも彼女の下へ手繰り寄せられるほどの勢いではない。しかし、それでいい。

 かなりの重量を誇る太金は()()だ。そんな彼の下へ虚白の体が()()()()

 

白い一陣の風が消え―――瞬く間に現れる。

 

「はあああああっ!!!」

 

 先の加速で勢いづけた蹴りが、太金の腹を襲う。

 脂肪を、肉を、そして骨を貫く蹴撃が突き刺さる音。遅れて、太金の巨体が地面に叩きつけられる轟音が木霊する。

 ただの蹴りとは言え、凄まじい威力だ。太金が叩きつけられた地面の周囲は、埋まる彼の周囲に無数の隆起した岩の壁が聳え立った。

 

「ご……がっ!?」

 

 血反吐を吐く太金。

 しかし、息を吐かせぬように彼の顔面へ、しなやかに振るわれる脚が叩き込まれた。

 狙いは仮面。地獄の外へ逃げ出した咎人が、文字通り命同然に扱う代物だ。それを踏み砕けば、当然彼らが現れる。

 

「しまっ……!!」

「そぅーらっと!!」

「ち、ぢぐしょおおおッ―――ガッ!!」

 

 断末魔を掻き消す轟音と共に、地獄の門より出でし剣が、太金の体を貫いて塵と還す。

 

「アッハァ♪」

 

 狂気が産声を上げ始める。

 少しばかり朱蓮を睥睨した虚白であったが、彼女の足が向かう先は彼らではなく、三人娘が戦っている我緑涯の下。

 山と形容しても誇張ではない巨躯を誇る我緑涯は、その見た目に違わぬ膂力と頑強さを兼ね備えており、これといった獲物を持っていない三人は苦戦を強いられていた。

 

「グッ!?」

「うっ!」

「ミラ・ローズ! スンスン!」

 

 しかも、それでいて動きは俊敏だ。

 とうとうミラ・ローズとスンスンの二人が、我緑涯の振り回す巨腕に捉えられ、苦悶の声を漏らす。

 咄嗟に助太刀に入ろうとするアパッチであるが、幾ら霊圧の閃光を浴びせても、我緑涯の勢いが止まる気配は見えない。

 そのまま我緑涯は捕えた二人を地面に叩きつけんと両腕を掲げた。凄まじい勢いだ。体が弓なりに折れ曲がって逃げ出すことができない二人は、ただ直撃を前に身構えることしかできない。

 

「ヴッ!?」

「そっちばっかに気を取られてないでさ……今度はボクと遊ぼうよ!」

 

 だがしかし、そんな我緑涯に水を差す者こそ、太金を仕留めた虚白であった。

 ミラ・ローズとスンスンを叩きつけんとする両腕に鎖を絡ませ、飛び乗った背中の上からギリギリと引っ張り上げる。

 足こそ極めていないが、ロメロスペシャルのような恰好で拘束された我緑涯の勢いは衰え、なんとか二人が抜け出すことができた。

 

「ッ……助かった!」

「癪ですが……礼は言っておきましょう」

 

「じゃあ話が早いね」

 

 二人が解放されたのを確認した虚白が、意味深に告げる。

 直後、拘束していた鎖が我緑涯の腕力を前に引き千切られた。しかしながら、虚の超速再生を以てして元の長さに戻った鎖は、自我を持っているかのようにひとりでに動き出すではないか。

 鎖の断面からは悍ましい口が歯をむき出しにし、獲物を探す。

 間もなくしてそれらは、導かれるようにアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人へ狙いを定めた。

 

「いただきます」

『は?』

 

 何の説明も受けぬまま、三人の胸へ鎖が打ち込まれた。

 

「おおおおおっ!!?」

「急に何しやがんだい!?」

「こ、これは……!!?」

 

 困惑する三人であるが、融合は止まらず、虚白の体に同化する。

 霊圧が爆発的に上昇した。一気に三人―――合計五人の元破面と融合した虚白の霊圧は、大気が唸り、大地が唸るかのような重低音を響かせる。

 

「オオオオオッ!!!」

 

 構わず我緑涯が吶喊し、丸太よりも太い剛腕を振りかざす。

 直撃すればひき肉になりかねない一撃。

 にも拘わらず、一切動じた様子を見せない虚白は、その左腕を()()にし、背後に巨大な骸骨を生み出した。

 上半身のみの顕現でこそあるが、伸びる肋骨を地面に杭として突き刺し、肉付く剛腕の質量に負けぬ支えとする。

 

「アハァ♪」

 

 鹿とも獅子とも蛇とも言えぬ怪物は、我緑涯よりも巨大で無骨な剛腕を振りぬく。

 

「―――『混獣神(キメラ・パルカ)』」

 

怪槌(エル・マルティージョ)

 

「ヴッ―――!!?」

 

 結果は、火を見るよりも明らかだった。

 両者の拳が激突した瞬間、押し負けた我緑涯の体が、飛散する血飛沫と共に彼方へと吹き飛ばされる。

 腕を粉微塵に磨り潰され、さらには仮面すらも打ち砕かれた。

 もう間もなく彼も地獄へ送還されるだろう。

 

 そうした勝利の余韻に酔い痴れているのか、虚白はクツクツと不気味な笑い声を漏らし続ける。

 

「フフッ、フフフッ、アハッ、ハァ……!」

『……虚白?』

 

 不穏な気配を感じたリリネットが心配するような声を上げる。

 すると、ハッと面を上げた虚白が、ふるふると顔を横に振るった。

 

「っふぅ……イケないイケない」

『大丈夫か? 無理……してないよな』

「当然!」

 

 ドンッ! と胸を叩く虚白は、普段通りの明るい様子を振りまきつつ、残る敵へと視線を移した。

 

「残りは……キミたちだけだね」

「……ククッ。いい顔だ、虚らしくなってきたじゃあないか」

「どーもどーも。誉め言葉として受け取って―――おくよッ!!」

 

 刹那、響転で接近した虚白の振るう鎖と、朱蓮が振るう炎の鞭が激突し、周囲を紅蓮に染め上げる。

 

「朱蓮様!」

「構うな、群青。こいつは私が相手する」

 

 残る二人の内、ルピを拘束している触手の咎人・群青が声を上げるが、落ち着き払った朱蓮が制する。

 

「さて……見極めさせてもらおうか。貴様が我々の同胞に相応しい存在かをッ!」

「その答えならノーセンキュー! さっさと諦めて地獄に帰っちゃってよッ!」

 

 三度、二人が刃を交わす。

 

 破面と咎人の戦いは、尚も死闘の様相を繰り広げるのだった。

 




*咎女(第三形態)
 『群狼』に加え、クールホーンと融合を果たし、『宮廷薔薇園ノ美女王』を解放した姿。
 クールホーン自体の霊力が加わることにより、第二形態よりも更なる霊力の向上が図られ、その証拠として兜が弾け飛び、本来の『群狼』のような眼帯が虚白の左目を覆う。
 容姿の変化点は、胸部、及び腰部の衣服。どちらもバレリーナドレスの意匠を汲んだものへと変化する。
 特筆すべき特殊能力はないものの、リリネットとの融合とは違い、それなりの霊力を保有するクールホーンとの融合であるため、帰刃の持続時間が増えている。

*咎女(第四形態)
 第三形態からさらにアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人を取り込み、それぞれの帰刃を解放した姿。
 『碧鹿闘女』の角、『金獅子将』の兜や牙、首の防具、『白蛇姫』の鱗など、各種の特徴を有した外見と化す。
 一気に三人との融合を果たし、増大する虚の霊力が虚白の精神を侵食し始めている描写も。
 一方で霊力の増加もかなりのものとなっている。
 また、左腕を触媒に”混獣神(キメラ・パルカ)”を発動させられる。ただ、完全に左腕を犠牲にするようではなく、作中においては左腕の肉だけを触媒にし、上半身の骨だけとなったアヨンを呼び出した。それでも我緑涯との真正面からの殴り合いを制す力を発揮する。

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