虚白の太陽   作:柴猫侍

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*13 花街潜入大作戦

 蝋燭の仄かな灯りが、幽かに揺蕩う和室。

 

「くっ……やめろ……!」

 

 その中央に鎮座するは、妖艶な色気を漂わせる美女であった。

 金糸の如き髪、翠玉を負けぬ輝きを放つ瞳、僅かに汗を滲ませる褐色肌。どれをとっても極上と言って違わぬ女体が、そこにはあった。

 そのような美女が、今まさしく反抗する目つきで向けている。

 相手は―――。

 

「ふっふっふ、観念なさい。逃げても無駄……地の果てまで追いかけますもの」

「私をどうするつもりだ……!」

「『どうする』……とは、これまた奇妙なことを言いますね。貴方程の美貌を携えた女……どうされるかは、自分が一番よくわかっているのではなくて?」

 

 美女の顎に手を添える者が、周囲に待機していた者に目配せをする。

 淡々と用意される道具の数々。それは紛うことなく、眼前の美女を()()()()為の代物であった。

 

「さぁ、()()()()()。私達と一緒に愉しみましょうか……夜明けまで」

 

 得物を手に歩み寄る面々。

 迫りくる者達を前に、囲まれた美女―――ハリベルは、為されるがまま弄ばれるしかなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 鯉伏山にて咎人との死闘を演じた元破面の面々。

 辛くも逃げおおせた彼女達が辿り着いたのは―――日が落ちて夜の帳が下りた絢爛とした光が瞬く町であった。

 

「おぉー……!」

 

 興奮と期待に満ち満ちた声が漏れる虚白。

 眼前に広がるのは、流魂街にしては華々しい家屋が立ち並ぶ町であった。ここは西流魂街で最も色と欲に塗れた地区―――いわば、花街だ。

 人混みに目を遣れば、鼻の下を伸ばして店を吟味する男と、香油の芳香を漂わせる女が山ほど見受けられる。

 

「ここにハリベル様が……」

 

 物々しい雰囲気を漂わせながら、アパッチが群衆を一瞥した。

 空鶴の情報によると、ハリベルらしき人物が居るとされる場所であるが、今のところそれらしき霊圧は感じ取れない。

 だからといって当てが外れたと落胆するのは早い。もう少し聞き込み等、情報収集すべきであることは理解している。

 

 しかし―――しかしだ。主に再会できるかもしれないにも拘わらず、ハリベルの従者たる三人は浮かない顔を浮かべていた。

 

「ハリベル様がここに居るなんて想像できないんだがね……」

「きっと居所にしているだけですわ。(やま)しい想像はおやめなさい」

「あたしゃ何も言ってないよ」

「……」

 

 咎めるように言い放ったスンスンであったが、呆気なくミラ・ローズに言い返されてしまい、口を噤んだ。

 このような町の雰囲気だ。霊力がある自分達と同様、食い扶持を繋ぐために働いている可能性は無いとは言い切れない。

 

(ハリベル様がそんな……!)

(ハリベル様がこんな……!)

(ハリベル様があんな……!)

 

 似た者同士である従者三人。主のあられもない姿を想像するや、おもむろに小鼻を摘まんで俯いた。

 

「ねえねえ、どうしたの?」

「しっ、見ちゃダメよ。今あそこに居るのは欲に駆られた獣……関わったが最後。骨の髄までしゃぶり尽くされるわ」

「ふーん……?」

 

 不可解な動きに疑問を抱いた虚白であったが、それも程々に本題へ。

 

「確かハリベルさんって……」

 

 こめかみに指を当てつつ、特徴を思い出す。

 金髪碧眼に褐色肌。容姿は美女と言って差し支えなく、凹凸の豊かなナイスボディを有しているとのこと。

 

「こんなに分かりやすい人居る?」

「居ないな」

 

 一通り特徴を挙げた虚白にリリネットが同意した。

 

 何から何まで東梢局管轄の流魂街に流れ着く人種とは違う特徴。これだけの特徴に合致する人種が居るとするならば、日焼けサロンに通い詰めでカラーコンタクトを着けているガングロギャルぐらいの筈である。

 斯様な人間が居れば、良い意味でも悪い意味でも確実に目立つ。

 そしてここは流魂街。血のつながらない者同士、家族のような集いを為す魂の故郷。

 少し聞き込みでもすれば、ハリベルらしき人相の人物が居るかは判断がつく。

 

「それじゃあ―――」

「ハリベル様ぁー!! 居るなら返事してくださぁーいっ!!」

 

 人混みを掻き分けて突っ込んでいくアパッチに、虚白の言葉は遮られた。

 彼女が猪突猛進な性格であることは把握していたが、まさしく予想の域を出ない行動を目に前にし、全員が呆れを通り越して安心感さえ覚える。

 

「……行っちゃった」

「はぁ……あんの馬鹿猿」

「いいえ、どちらかと言えば猪ですわね。単細胞ここに極まれり……嗚呼、嘆かわしい」

「別に後から追うし、二人も行っていいよ」

「「……」」

 

 何の気なしに促す虚白の言葉。

 それを聞いたミラ・ローズとスンスンの二人は、一瞬互いを一瞥した後、我先にと町中へ繰り出していった。

 

「口じゃああ言っても体は正直だね」

「おい、言い方」

 

 主を想い駆け出した三人を見送って呟いた虚白。が、如何せん言葉のチョイスが卑猥である。

 無論リリネットに引っぱたかれたが、これで平常運転だ。

 

「よーしっ! それじゃあボクらも捜しに行こっか!」

 

 頭に巨大なたんこぶを作る虚白が先頭に立つ。

 花街は、立ち並ぶ家屋から漏れる光や、各所に配置されている行灯から放たれる暖色の光により、幻想的な様相を呈していた。

 

 客引きをする男は兎も角、裏道に続くような場所で手招く女性に至っては、着物を着崩しているではないか。胸元も大きくはだけており、偶然目にしてしまったリリネットはギョッと目を見開く。

 

「うへぇ……凄いな、ここ……あんな肌見せてさ……」

「何するんだろうね」

「な、なにって……それはあたしの口からは」

「ナニ擦るんだろうね!」

「分かって言ってんだろ、あんた!」

「極まってる……チョークスリーパーが極まってるからストップ……ッ!」

 

「……何してんだよ、お前ら」

 

 ふざけたことを抜かした結果、案の定折檻を受けるものの、地道な捜索は続いていく。

 強引な客引き会ったり、身売りと勘違いされて己の値段を言い渡されたり、散々な目にこそ遭うこと数回。

 

 収穫は以下の通りだった。

 

「え? なになに、ハリベル様知ってる感じ?」

「ハリベル様、マジヤバイよねぇー! めっちゃ美人だし性格イケメンだし!」

「もしかしてファンクラブに入りたい感じ!? ハリベル様に会いたいんなら、そんくらい常識だよねぇー!」

 

―――キャピキャピとした若い女子達の言葉だ。

 

「どういうことなんですか、ハリベル様……!」

「……分からない……いや、分かりたくない気がしてきたよ、あたしは」

「……ハリベル様のカリスマは万人に通じるということですわね」

 

 頭を抱えるアパッチとミラ・ローズに対し、スンスンは半ば思考放棄していた。

 というのも、ここまで音沙汰もなかった主にファンクラブができていると聞けば、困惑するのは当然とも言える。

 

 「ティア・ハリベルを知っているか」―――そう尋ねるや、すぐに教えられたのはハリベルの顔が広く知られているという事実。

 容姿だけではない認知の広さ。それは彼女の人となりが影響しているのだろう。聞けば聞くほど出てくる彼女の功名。

 

 曰く、色と欲に塗れた街に颯爽と現れた戦乙女。

 煌びやかな金髪を靡かせ、乱暴な悪漢と邪悪な虚を一蹴。気品ある佇まいとクールな性格、そして時折覗かせる柔和な笑みは、老若男女問わず心を射止め、瞬く間に花街で雷名を轟かせるに至ったというではないか。

 挙句の果てにはファンクラブも出来ている始末。その存在を知らぬ間、「帝愛(ティア) 波璃辺流(ハリベル)」という幟が立っていたにも拘わらず、従者三人が気付けなかったのも致し方ない。

 

 しかし、彼女の存在を確認できたことは大きい。が、それにしては三人の表情が浮かない。

 

「どうしたの? 折角ハリベルさんが居るってわかったんだから、もっと喜ぶなりとかさ」

「「「あ?」」」

「ぴ!?」

 

 ギロリ、と獣の眼光でねめつけられた虚白が情けない悲鳴を上げ、リリネットの陰に隠れる。

 待合茶屋の一角で情報をまとめていた一同から漂う異様な雰囲気。周囲の客は何事かと一瞥を向けるも、三人に睨み返されるや、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

「ちょっと。あんた達の所為であたしらまで追い出されるなんて御免よ」

「……だよ」

「はぁ?」

 

 聞き取れぬアパッチの呟きに耳を傾けるクールホーン。

 次の瞬間、わなわなと肩を震わせていたアパッチが身を乗り出す。

 

「どこの馬の骨とも分からねえ奴らが、ハリベル様の笑った顔拝んでんのが許せねえんだよっ!!」

「うわぁ、怖っ」

 

 引いたような声を上げたのはルピであった。

 

―――女の嫉妬は恐ろしい。

 

 だが、引いた様子を見せる面々に対し、従者三人の内残り二人もかねがね同意しているように頷くばかりだ。

 

「あたしらの前でも笑わなかったしな」

「そもそも物理的に見えなかったですもの」

 

 ハリベルの仮面の名残は顔の下半分―――つまり、口元が覆い隠される形であった。

 刀剣解放以外で口元を望める瞬間は、食事の時間だろうか。しかし、尊敬して止まない主の食事を目の前にして、口元を覗き込むなどはしたない真似ができる筈もない。

 

 つまり、実の主の笑顔を見たことは一度たりともない。

故に三人は、かつてない嫉妬の炎を燃え盛らせていた。

 

「くそっ! 絶対あたしもハリベル様の笑顔拝んでやる!」

「待ちな、アパッチ! ……ハリベル様の笑顔はあんただけのもんじゃないよ」

「そうですわ。再会の雰囲気を台無しにするような野蛮な姿勢を見せられては、いいとこ失笑を買うだけでしょう」

 

「あれれ? 趣旨が変わってきてない?」

 

 いつの間にか、ハリベルとの再会よりも彼女を破顔させる方向に話が進んでいる。

 どうにも彼女達は主のこととなると暴走気味―――もとい、ぽんこつになるきらいがあるようだ。短気なアパッチも、程々に冷静なミラ・ローズも、淡々としたスンスンも。

 

 現世で言う所の“同担拒否”に似た間柄に見えるのはさておき、三人の忠誠心は相当のものと窺える。

 

 だからこそ浮かぶ疑問。

 友人に対する“親愛”は理解できる。

 仲間に対する“情愛”も理解できる。

 

 しかし、

 

「ねえ、ハリベルさんってそんなに凄い人なの?」

「「「は?」」」

「や……だってさ、クールホーンさんもそうだけど、家来みたいになるほど夢中になる感覚が分からないし……」

 

―――主君に対する“敬愛”は理解し難かった。

 

 一瞬獣染みた眼光を送った三人であったが、純朴な問いかけを受け、乗り出した体を元の席へと戻した。

 それから暫く黙りこくる。

 思案を巡らせて目を伏せる様は、さながら忘れられぬ邂逅を偲んでいるようだった。

 

 孤独に生きるしかない虚圏。

 そこで雌として雄よりも力に劣る中級大虚として生まれ落ちた三人は、時期こそ違えど、犠牲を強いる世界に辟易していたハリベルに救われ、誘われ、そして導かれるがまま身を寄せ合った。

 ただ喰らうしか能がなかった自分に、仲間の尊さを。そして他者を慈しみ合う心を教えてくれたのは他でもない、ハリベルだ。

 バラガンの臣下が彼を“神”と謳うと同様に、三人にとってハリベルは恩人という括りでは済まない程に大きな存在であった。

 

性格や趣向、そして思想も違っていた三人が道を違わず生きてこられたのは、目の前にハリベルの背中があったから。彼女を失くして生きる世界など、とてもではないが想像もつかない。

 

 この気持ちを何と例えようか。

 考えれば考える程に溢れてくる主への想いは、清水の如く留まることを知らない。

 憎たらしい。どれだけ湧き出てくる賛美や称賛を思いついたところで、それらが皮相な形容としか思えなくなる。取り戻した人らしい感性。それに対し、感情の発露を言の葉として紡ぐ経験が無かった。

 

 それでも辛うじて言い表すとするならば、

 

「『ありがとう』って伝えたいヒト」

 

 誰が言ったか、透き通った言葉が全員の鼓膜を揺らした。

 三人の内の誰かが、若しくは全員が同時に言ったのかもしれない。

 それでも確かに言える―――この想いだけは全員同じだと。

 

「……何回感謝してもし足りねえ。だからあたしの全部を捧げんだ」

「癪だが……あたしも同感だよ。それで返し切れる恩でもないけれどね」

「貴方方を捧げられたところでハリベル様がお困りでしょうに。身を弁えなさい。私一人で十分ですわ」

 

 と毒舌に続けば、当然怒声が轟いた。

 虚白達にとっても見慣れた光景、聞き慣れたフレーズ。恐らくハリベルも、何度も見てきたやり取りなのだろう。

 こうした“喧嘩する程仲が良い”を体現する三人。そうした彼女達も、ハリベルの引き合わせがなければ出会わなかった面子。よもすれば殺し合っていた間柄になっていたかもしれない。

 

 それが今や切っても切り離せない腐れ縁の関係だ。

 もしも、尸魂界にまで来て行動を共にする自分達を目の当たりにすれば、怜悧な目元に仄かな微笑みを浮かばせる主の表情が思い浮かぶ。

 上下関係や主従関係という言葉だけで表現するには足りない。心のもっと奥底で繋がる―――そう、“絆”のようなものが四人を繋ぐ正体。

 

「別にハリベル様があたし達の主だから付いていくんじゃねえ。付いて行きたいから付いて行ったら、そういう風に見えるようになっただけだ」

「成り行きみたいなものかぁ」

「文句あるか?」

「……ううん、あんまり」

 

 相手を射殺す視線を向けてくるアパッチに対し、虚白は破顔する。

 てっきり主従関係など、堅苦しいものだとばかり思っていた。しかし、蓋を開けてみれば成り行きで行動を共にし、相手を慮る関係を形成する―――友人や仲間となんら変わりのないものだと分かった。

 

「良かった良かった。ボク、ハリベルさんとも仲良くなれる気がしてきたよ!」

「てめえ、ハリベル様のことをなんだと思ってやがった……」

「え? 女の人を三人侍らせる女王様みたいな人かなぁって……」

「見当違いだ!! っつーか、ハリベル様に粗相したらあたしが許さねえからな!!」

「了解でふっ」

 

 想像と現実の乖離を知られ、両頬をむんずと掴まれたまま返事する虚白。

 無論、本人に無礼しようという気概は欠片もない。だがしかし、天然故に悪意無く無礼をぶちかますのが虚白という少女だ。

 未だ再会が叶っていないにも拘わらず、三虚白の一挙手一投足に対し、三人の目は光らせられていた。

 

(信用ゼロじゃん)

 

 そんな友人を目の前にし、リリネットが内心独り言つ。

 が、案外妥当と思えるのが悲しい部分である。

 

 こうして待合茶屋で過ごすこと数十分。

 ハリベルの存在を確認しても尚、悠長に構えているにも理由があった。

 

「お?」

「!」

 

 霊圧知覚に反応を捉えた虚白。

 その様子に立ち上がった従者三人は、喧騒が大きくなりつつある表へと飛び出した。

 暗がりでも分かる人だかり。思わず面食らう三人であったが、その奥で静謐に揺蕩う霊圧を感じ取る。

 

―――間違いない。

 

 確信を得るや、強引に人混みを掻き分けて前へと進んでいく。

 

「退け退けェ!!」

「チィ……なんだってこんな集まってるんだい!?」

「無駄口はおよし! 今は……―――!?」

 

 どういう訳か、熱狂の坩堝と化していた場を潜り抜ける三人であったが、不意に捉えた光景に足を止めてしまう。

 

 色に塗れた夜を彩る歓声。それを一身に浴びるのは、たった一人の女性であった。まさしく花魁道中と言って過言ではない光景。禿(かむろ)や振袖新造を引き連れ、町の中でも別格の引手茶屋に足を踏み入れんとする彼女は、燦然とその存在感を解き放っていた。

 月白に彩られた気品漂う着物を纏い、黄金色と烏の濡羽色がアクセントとして煌めく帯。大きくはだけた胸元からは、褐色の果実が今にも零れ落ちんとし、集う男達の目を釘付けにしているが、これっぽっちも卑俗な淫らさを覚えさせない。

 

 さながら一つの芸術品であるかの如く、番傘と共に一枚の美人画として成り立つ姿は、幾年も連れ添ってきた三人でさえ息を忘れる美しさであった。

 

「ハリ……ベル……様」

 

 呼びかけるには余りにも頼りない声量。

 しかしながら、ハッと面を上げたハリベルの視線が群集を見渡すように泳ぐ。

 

「……お前達……!」

「っ、ハリベル様ぁー!」

「ハリベル様! あたしです、ミラ・ローズです!」

「抜け駆けは許しませんわ! って、きゃあ!?」

 

 辛うじてハリベルに気が付いてもらった三人であったが、後ろから押し寄せる人波にもみくちゃにされる。

 凄まじい圧迫感だ。ハリベルの姿を一目見ようと集まる群衆の圧は凄まじく、とてもではないが抜け出せそうにない。

 

「ちくしょォー! 退きやがれってんだよォー!」

 

 アパッチの雄たけびも、群衆の歓声に呑み込まれるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あれは会いに行くのに難儀しそうだな……」

 

 人が凄かったし、と語を継ぐリリネット。

 結局人混みに揉まれたまま会えず、泣く泣く待合茶屋へと帰還した面々の内、従者三人は燃え尽きた様子でテーブルに突っ伏している。

 

 彼女達がこうなっている理由は実に単純。

 あの後、引手茶屋に乗り込もうとした面々であったが、待ち構えていた見張りに門前払いされてしまったのである。

 

 力尽くで入るなら兎も角、落ち着いてハリベルと合流したい以上、事を穏便に済ませたかった。

 ならば順当に金を払うしかないかと思われるが、どうにもハリベルは花魁と同じ格付で扱われているようだ。金も足りなければ紹介される伝手もない虚白達では、敷居を超えることすら許されず、一時退却を迫られ、今に至る。

 

「こうなったら無理やり突っ込んで……」

「止めな、アパッチ。それで迷惑(こうむ)るのはハリベル様なんだから」

「はぁ……哀れなほどに浅薄ですわぁ」

 

 強硬案を口にするアパッチも、それを窘める二人からも、普段の覇気を感じられない。

 それほどまでにハリベルの下まで赴けなかった事実がショックであったか。

 それとも―――。

 

「花魁っぽい恰好してたね、ハリベルさん」

「「「ぐはっ!!!」」」

 

 吐血。何気ない虚白の一言が、三人の胸を貫いた。

 文字通り、顔から血の気が失せた三人は、生きた屍の如く微動だにしなくなってしまう。

 

 確かに花魁の如く待遇と綺羅に飾られたハリベルの姿は、脳裏に焼き付いて離れない程に美しく艶やかであった。

 ここ数か月の不運や危機と釣り合わせてもお釣りがくる鮮烈な姿。生きていてよかったと感動に震えていた三人ではあった。が、その一方で受け入れざるを得ない事実も叩きつけられる。

 

「実際さ、花魁って何なのさ?」

 

 声を上げたのはリリネット。

 町の雰囲気や行き交う人々の口振りから、花魁がふしだらな仕事かと考えている彼女であったが、そこで無駄に教養があるクールホーンが答える。

 

「花魁っていうのはね、一番位の高い遊女のことを指す言葉よ」

「遊ぶにも相当な金が必要ならしいし、よっぽどの金持ちじゃないと面会も難しいって感じだとさ」

 

 ずずずっ、と茶を啜るルピが補足する。彼も彼で情報収集してくれているようだ。

 兎にも角にも、現状できることが大きく限られているのは事実。ハリベルが引手茶屋から出てくるところを狙っても、再び集まる群衆に揉まれるのが目に見えているため、得策とは言い難い。

 

―――もっとスムーズに面会できる手はなかろうか。

 

 思索を巡らせる。

 

「……じゃあ、ボクらも花魁になる?」

『……は?』

 

 一瞬、水を打ったように静まり返る場。

 そして木霊として帰ってくる懐疑的な視線と声。

 騒然とする場の中、ワンダーワイスがおろおろと視線を移していれば、一番に虚白が言わんとする意味を推し量ったルピが反応する。

 

「あー……花魁っていうか、遊女?」

「そうそう! ああいう綺麗な恰好して、中に入れてもらおうよ!」

「成程、潜入って訳ね……良い案じゃない。あたし、一度着物を着てみたかったのよ。ありのままでの姿でも凡人には眩しすぎて直視できないあたしの美貌が、より洗練されたものに昇華―――」

 

 つまりは、遊女として迎え入れられようという作戦。

 合法的に綺羅を飾れる道理を得られたクールホーンは、静かに、それでいて興奮した様子を隠せぬままに首肯し、終えることしらない自分語りが始まる。

 

 が、自然に流した面々は、虚白の案を煮詰める方針で話を進めていく。

 

「そうですわね、一時でも遊女として雇われるなりなんなりすれば……それこそ、世話役の侍女にでもなれれば会いに行けますわね」

「面倒くせぇ……夜中に忍び込めばいい話じゃねえのかよ?」

「あんたねぇ……」

「お、おぉ……!? 何をそんなに真剣な顔しやがんだよ、ミラ・ローズ……! わ、わぁーったよ! 強引なのはヤメロって話だろ!?」

「違う!」

 

 凄まじい剣幕で詰め寄るミラ・ローズ。

 長年共に過ごしているにも拘わらず、ここまで威を放つ彼女の姿は見たことが無い。アパッチも何事かと喉を鳴らし、深刻そうな表情を浮かべる彼女の次なる言葉を待つ。

 

「あんたね……もしも偶然ハリベル様が野郎と抱―――」

「ぐぼぁ!!?」

 

 皆まで告げるよりも早く吐血。

 直感が全てを悟ったアパッチは、自らの想像が生み出した虚像による精神的ダメージで倒れ伏した。

 

「ありえねえ……ハリベル様に限って……!」

「……あたしも、直視したら自刃する自信があるよ」

「何を大真面目な顔で馬鹿なことを……黙って服毒するべきですわ」

 

 世界が終わるかのような顔で呟く三人に、心底呆れたルピが独り言つ。

 

「ここには馬鹿しか居ないのかよ……」

 

 全くもってその通りだ。

 破面から整となり、中心が元通りになった結果、取り戻すべきではなかったもの―――具体的に言えば人の愚かしさが宿ったように見える。それが人間らしさ、あるいは人間臭さであり、愉快な部分であると言えばそこまでではあるが……。

 

「……あ」

「どうしたの、ルピさん?」

「花魁って引手茶屋通して“呼び出し”しなきゃ出てこないんだってさ」

「呼び出し……どゆこと?」

「フツーの遊女みたいに、すぐ客と()()()()出来る程安くないって意味。お楽しみは大抵三回目から。裏を返せば最初と二回目はそこまで何もないけど―――」

「今回が三回目だったら……?」

「まあ、やることやってたりするんじゃないの?」

 

 興味がなさそうに説明するルピ。

 虚白はいまいち理解し切れなかったように首を傾げているが、逆に大きく反応した者が三名。

 

―――まだ希望はある。

 

 主が汚らわしい雄に穢されていない希望を抱いた従者三人は立ち上がり、覚悟を決めた。

 

「クソがァ!! こうなったら着物でもなんでも来てやるぜェ!!」

「服はどこにあんだいっ!?」

「ちょっと。そんなに下品な言葉使いで中に入れるものですか」

 

 やる気に満ち満ちる三人。

 

「ふんっ! なら、あたしも一肌脱ぐわ! こういうのは一人でも多く居た方がいいんじゃない? あ、モチロンあたしが本命だけどォ~~~!」

「じゃあボクも着たい! リリネットも着るよね?」

「あ、あたし!? あたしは……まあ、一回着るだけならいいけどさ」

 

 先に立ち上がった面々に続き、それなりに乗り気な虚白達も立ち上がる。

 ワンダーワイスはさておき、残るは―――。

 

「……は? なんでボクの方見てんだよ、お前ら」

「ルピさんも……イケるよね?」

「イケるわね。女顔だもの」

 

 虚白とクールホーンの二名が、悪い顔を浮かべて納得するように頷く。

 その光景を目の当たりにしたルピは、背筋がぞっと凍り付くような感覚を覚えた。

 

―――どうか、この嫌な予感が嘘だと言ってくれ。

 

 だがしかし、現在進行形で悪夢に等しい現実が迫って来ていた。

 

「はぁ!? ふ、ふざけたこと言ってんじゃねえぞ! ボクが女の着物なんか着る訳ねえだろ!」

「ごちゃごちゃ言うんじゃねえ」

「今のあんたに」

「拒否権はなくてよ?」

「はああっ!? あっ、ちくしょう!! この色狂いの雌共!! ボクをどこに連れて行くつもりだ!!」

 

 ハリベルの従属官三人に羽交い絞めにされ、外へ連れ出される。

 向かうは―――呉服屋。

 女物のキラキラとした鮮やかな着物が揃えられている店。

 

 ルピに差し迫る危機―――それは“女装”。クールホーンのように美しさを至上とする思考を持たぬルピにとっては、尊厳に関わる屈辱的な所業である。

 

「おい、白チビ!! お前のせいで巻き込まれただろうが!!」

「ダメェ……?」

「上目遣いしたって無駄だ!! やめろ、癇に障る!!」

「ひどい、一応女の子の上目遣いだよ?」

「上目遣いに価値を持ち得るだけの女になってから出直せ!! 帰れ、故郷(くに)に!! 売りに出した両親のもとに送り返されろ!!」

「なに、そのバックストーリー。すごく気になっちゃう……気になっちゃうけども、今はルピさんの着物姿が気になる!! ね!!」

「おぉい!! やめ、やめっ……やめろぉー!! イヤァァァアアア!!」

 

 夜の町、一人の少年の悲痛な叫び声が木霊した。

 

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