虚白の太陽   作:柴猫侍

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*14 犠牲の涯に

 夜の花町。

 男が色に酔い痴れ、女が悦に溺れる時刻。往来を行く人々は、己が欲望を包み隠さず表に出しながら手招く店の中へと消えていく。

 中でも町の中央にそびえ立つ一軒の引手茶屋。ここは現地区において最も幅を利かせている遊女屋である。客の中には、わざわざ瀞霊廷から訪れる死神や貴族も居た。彼らが落とす金は、可憐に着飾られた遊女を一層艶やかに輝かせるのだ。

 

 そんな引手茶屋へ、これまた美しい女達が数人―――。

 

「来ると思ったら大間違いさっ!!」

「誰に言ってんだよ」

 

 往来で大声を上げる虚白に、リリネットが突っ込んだ。

 

 遊女屋へ潜入するべく着物を探した虚白達であったが、結果的にたいしたものは見つからなかった。伝手も金もないのだから当然と言えば当然だ。

 それでも必死に頭を下げて収集した着物は、美しいというにはほど遠い古ぼけたおさがりのみ。これでも以前の白装束よりは土地柄に馴染んでいる分、まだマシである。

 

「―――っつーか、ボクしか着てないだろうがっ!!」

 

 轟く怒声。

 あからさまに怒り心頭の様相を呈する可憐な少女―――ではなく、女物の着物を無理やり着させられたルピが額に青筋を立てている。

 

「なんでボクっ!? 他の奴らが着ればいいだろうが!! なんでよりにもよって!!」

「え~。だって少しでも勝算上げたいし……だからルピさんには小悪魔系ボクっ娘っていう設定で玉砕してもらいますっ!」

「砕けたら駄目だろ! そもそもボクの女装で命運が分かれる作戦なら失敗しやがれ!」

「ルピさん! そこで裏声っ! さん、しっ!」

「ア・ごめ~ん♡ って、何やらせんだ!!」

 

「案外ノリノリじゃん」

 

 様になっているルピに、リリネットが言及した。

 と、裏声で喋る限り少女に見えるルピも立派な戦力の一つだ。

 

 ここは彼に恥を忍んで潜入してもらう他ない。

 

 泣く泣く―――そして面白半分で着付けを担当したクールホーンは、その仕上がりに感嘆の息を漏らす。

 

「ふぅ……素晴らしいわ。流石あたしね。初めての和装を前にしても、ここまで素材の良さを生かした仕上がりに出来るなんて……」

「おい、言っとくけどボクの方が強いからな? 後で覚えておけ、シャルロッテ」

「ヤダ、怖いわぁ。そうやって力業で解決しようだなんて野蛮の極みよ。真の美しさを探求するならね、もっと優雅に……」

「よーし、今からお前の鼻の骨折ってやる」

「ちょ、イダダダダダダッ!!! やめなさい、あたしの御尊顔に何すんのよっ!!!」

「その台詞、そっくりそのまま返してやるよォ!!」

 

 加害者(?)と被害者(?)の軋轢は中々に深いようだ。

 と、そうしてふざけている間にも目的地へと辿り着いた。そこは言うまでもなくハリベルが居る引手茶屋だ。仄かな燭台の光に照らされている人影が、障子に映し出されている。

 門の前に立つ者達の表情は険しい。

 いくら潜入が目的とは言え、己が貞操の危機に晒されるかもしれない屋敷に攻め込む等、女にとって―――一部男も混じっているが―――当然の反応だ。

 

 しかし、そんな彼女達を導かんと一歩前へ歩み出る背中があった。

 

「何を畏れているの?」

 

 シャルロッテ・クールホーン。

この場に居る誰よりも、美しくあらんと努力を重ねる美の探究者だ。緊張の色を微塵も感じ取れない表情には、清水が如く溢れ出す自信に満ち満ちている。

 

「あたし達は最善を尽くしたじゃない。確かに絢爛に着飾るには何もかもが足りなかったかもしれない……でもねっ! 本当の“美しさ”とは自分自身の肉体で表現するもの! 服なんて所詮飾りなの! わかる?」

 

 ダイナミックな身振り手振りを加え、彼は謳う。

 

「臆病な自尊心は投げ捨てなさい! 今必要なのは傲慢な自己愛! 貴方が最も貴方を美しいと感じるの! 中途半端はみっともないだけ! 全身全霊で美しい自分を魅せてやろうって煌めくのっ!」

 

 スゥ~、と大きく膨らませた小鼻から空気を吸い込んだクールホーンが、先ほどの熱弁とは打って変わって落ち着いた声音で締め括る。

 

「さぁ……ここからがあたし達の舞台。終幕(フィナーレ)まで存分に演じてやろうじゃないの♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あんただけは帰んな。ウチにゃお呼びじゃないんだよ」

「ちくしょオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 クールホーン、無念の降板。冷淡に現実を突きつけられた彼女が慟哭する傍ら、他の面々は特段驚いた様子も見せてはいなかった。

 

「どうして! どうしてなのよっ! こんなにも美しいあたしが!」

「男娼は雇ってないんだよ。そもそも言うほど美人でもないだろ」

「はあああんっ!? このあたしが美しくないですって!? あんたの目、さては腐ってドロドロに崩れ落ちて節穴になってるんじゃないのォォォオオオ!!?」

「いつまでもキーキー騒ぎ立ててんじゃないよ! ほら、帰った帰った! 商売の邪魔だよ!」

 

 門番に追い出される最後まで抗議していたクールホーンであったが、あえなく退場。これからはワンダーワイスのお守りを全うすることだろう。

 因みに男娼を雇わない以上、どれだけ抗っても結果は変わらなかっただろうが、一方で恐る恐るとルピが手を上げた。

 

「あのー……ボク、おとぐぉッ!!?」

「……なんでそいつは急にぐったりしてるんだい?」

「気にしないで、女将さん! ちょっと緊張でグロッキーになってるだけだから!」

 

 逃走するべく男であることを暴露しようとしたルピであったが、獣女達の拳によって意識を刈り取られた。

 純朴な笑顔で取り繕う虚白。その横で伸びる女装したルピ。中々に凄まじい光景だ。

 

 見るからに色物集団。

 そんな面子が「雇ってほしい」と尋ねてきたにも拘わらず、さして動揺した素振りも見せない遣手は、クイっと顎で屋敷を指し示す。

 

「まあいいさ。ウチは去る者は追わず来る者は拒まずの指針さね。働きたいってんなら今からすぐにでも働いてもらうよ」

『はーい』

「返事はキビキビ!」

『はいッ!』

 

 ここまではスムーズに潜入できた。

 問題はここから。もっと具体的に言えば、ハリベルの下まで辿り着けるかだ。

 

 渋みのある焦げ茶色の床を踏みしめる虚白。耳を澄ませれば艶やかな声が響く廊下の中、一歩後ろに付いて歩くリリネットに耳打ちする。

 

「(どうする? まさかいきなりお仕事なんて思ってなかったよ?)」

「(初日からやる仕事なんてたかが知れてるだろ……精々雑用とかさぁ)」

「(そういうもの)」

 

「私語は慎みな。ほら、早速客の相手しな」

 

 衝撃が一同を貫いた。

 見るからに冷や汗を流し狼狽する者、唐突な事態急変に絶句する者、死んだ瞳を浮かべて立ち尽くす者等々……とても先ほど自ら志望して雇われた者とは思えぬ姿ばかりだ。

 だが、構わず遣手はテキパキと部屋ごとの割り当てを決めていく。

 

「そこのあんた! ルピって言ったかい? あんたはここの部屋!」

「はぁ!?」

 

 抗議する暇も与えられず、ルピがとある部屋の中へ放り込まれる。

 

「次! 白いの着てる三人娘! あんたらはそっちの部屋! 常連の上客でね、ちょうど三人欲しいって言ってたとこなんだよ」

「はぁん!? 三人……だと……ッ!?」

「こりゃまた随分と……」

「コラ、顔に出すんじゃありませんの。真心こめて丁寧に―――締め上げましょう」

「客に怪我させてみなッ! あんたらすぐに追い出すからねッ!」

 

 嫌悪を露わにする三人であったが、こちらもまた強引に部屋へ叩き込まれた。

 残るは虚白とリリネットの二人。普段からあっけらかんとした態度の前者は兎も角、比較的真面な感性を備えているリリネットは、平静を取り繕う様子も消え失せていた。

 極度の緊張と焦燥から、紅潮しながらも血の気が引いた顔には、滝のような汗がダラダラと流れている。

 

「大丈夫、リリネット?」

「だ、大丈夫な訳ないだろ……ッ」

「ダメなら今からでも帰らせてもらえば?」

「あたしゃあんた程図太くなけりゃ肝も据わってないんだよ……!」

 

 すっかりへっぴり腰のリリネットは、虚白の手を掴んで離さない。

 

「……あんたら、どうしてウチの店なんかに……いや、無粋かねぇ」

「?」

 

 二人のやり取りを軽く一瞥した遣手は、やるせなさを覚えさせるため息を一つ零す。

 そうして廊下や階段を一つや二つ抜けていくこと数分。ルピや三人娘と違い、中々辿り着かぬ目的地に違和感を覚え始めた頃、ようやく遣手が立ち止まる。

 高級感の漂う襖。明らかに他の部屋とは別格の扱いがなされているように見える部屋を前に、リリネットの胃痛は限界近くに達する。

 

「あたし、ちょっとトイレに……」

「今更遅いよ。悪いようにはされないから、さっさとしな」

「うぐ……!」

 

 逃げ道は塞がれた。

 最早進むしかなくなった二人であるが、ここで怖いもの知らずの虚白が前へ出る。

 

「まあまあ、ボクも付いてるから!」

「頼んだぞ、虚白……」

「ドーンと任せちゃってよ! ドーン……と……?」

 

 取っ手に触れた瞬間、襖の奥から響く音を耳にし、つい手が止まった。

 

『ま、待て、お前達……!』

『逃げたって駄目ですよ……さぁ、観念してください』

『これは……! 流石に私でも……』

『何言ってるんですか。初めて会った時はあんなに見せつけるような恰好をしてた癖に……見られるのが好きなんですよね?』

『それとこれとは……』

『ほぅら、皆で剥いちゃいましょ♡』

『おい! いい、自分で脱げ……あぁ!』

 

 艶やかな女達の声。それも一人や二人ではなく、複数人が一人を取り囲むといった状況のようだ。

 遊女屋とは大抵男が遊びに来る店であるが、聞こえてくる声は女ばかり。かなり盛り上がっているようであり、黄色い歓声はいつになっても途絶えない。

 

「……」

「無言で鼻血流すな!」

「リリネット……ボク、胸のドキドキが止まらないよ。これってもしかして……恋?」

「恋に土下座しろ」

「とうとう感情に謝罪しなきゃいけないところまで来ちゃったの?」

 

 色々と謝罪しなければならない真似をしている点について自覚しているようだった。が、今となってはどうでもいい。

 恐らくは襖一つ挟んで繰り広げられている酒池肉林。例え女の身であろうとも、一度巻き込まれれば流されるがまま参加しかねない。

 

 リリネットが抵抗を覚える一方、リサのエロ本に興味を示していた虚白が反応しない訳もなく、この場の誰よりも進んで襖を開こうとする意志に満ち溢れていた。

 ごくりと生唾を呑み込めば、自然と手に力が入る。

 

「よぅし……」

 

 いざ、酒池肉林へ。

 

「お邪魔しますッ!!」

 

 一気に開かれ、乾いた音を響かせる襖。

 そして開かれる視界。四隅に置かれている行燈が穏やかな灯りを放つ中、部屋の中央には予想通り複数の女が屯していた。

 

―――1人の美女を中心に。

 

「! お前たちは確か……いや、それよりもお前はリリネット・ジンジャーバックか?」

 

 そう、他ならぬ従属官三人が探し求めていたティア・ハリベルその人だ。

 異様に密着して着物に手をかけている女達に着物を引き剥がされようとしている以外は、落ち着いた雰囲気を纏う大人の女性という雰囲気。

 リリネットの存在に気が付いた彼女は、数刻前にも感じた霊圧の持ち主である虚白にも目を向け、記憶にない容貌に目を見張っている。

 しかし、いくら彼女が真面目であろうとしても、周りがそれを許さない。

 

「ハリベル様ぁ~! 今度はこっちの振袖を着てください!」

「あっ、ずるい! あたしもハリベル様の為に色々と仕立てて来たんだから!」

「あ、あのっ、ハリベル様! 貴方の為に一生懸命仕立てて来たんです! ……くノ一装束を」

「なんでそんなもの着させるのよ!? まぁ、なんでも似合っちゃうハリベル様もハリベル様だけど……と、言う訳で! 現世で流行ってた水着を仕立ててみました! ささっ、どうぞ着ちゃって下さい! ハリベル様の水着姿、心のアルバムに焼き付けますので!」

 

「……ほとんど紐じゃないか、これは」

 

 次々に押し付けられる衣装をやんわりと断っていくハリベル。

 流魂街にでも流通しているような服から奇をてらった物まで―――特に、現世の代物まで用意されているとは、かなり熱烈な取り巻きである。

 

 押し付けられれば断り切れないハリベルは、苦々しい笑みを浮かべ、その腕に山盛りの衣装を抱えることとなる。

 

「とりあえず……中に入るといい」

 

 それでも気遣いを忘れない彼女は、立ち尽くしていた虚白とリリネットを部屋に招き入れるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――成程。三人には随分と苦労をかけてしまったらしいな」

 

 横座りするハリベルが申し訳なさそうに、それでいて部下の無事が確認できたことに対し、柔和な微笑みを湛える。

 群衆から一目しただけではなく、こうして人伝手に近況を耳に入れるだけでも、安心感は天と地ほどの差もあった。

 

「まあ、あんまり気にしてないと思うよ。二言目には『ハリベル様ぁー!』って言ってたし」

「……変わらないな」

「慕われてるんだね」

「向こうが慕ってくれているのさ。たいしたことはしていない」

 

 ハリベルは破面だった頃の追憶にふける。

 半ば自分の我儘で引き入れてから、破面へと昇華するまで、ずっと共にしてきた大切な仲間である。日常茶飯事だった喧騒や敗北の悔恨でさえ、今では懐かしい。

 それが今や尸魂界にまで舞台を移している。どうにも自分と彼女達との間には、切っても切れない縁があるのだと思えば、自然と笑みが零れてしまう。

 

「それで三人はどうしている? 霊圧を探る限り、屋敷には居る筈だが……」

「女将さんに言われてお客さんの相手してるよ」

「なんだと? いや、女将のことだ。早々に奇異な客にあてがわないとは思うが」

「そうなの?」

「ああ。口こそ厳しいが、器量がある人だ」

 

 曰く、何十年以上も前から遣手もかねて女将として店を切り盛りし、行く当てのない霊力を持った女の世話を看ているらしい。

 店で働いている遊女は、全員女将への恩義で勤めている者ばかり。無理に客の相手をさせられるといったことはなく、専ら抵抗を覚える者はあらかじめ別に斡旋されていた仕事が当てられるという。

 

「店の売り上げが働けない子供達の食い扶持にも繋がる」

「だからハリベルさんも働いているの?」

「働いているとは言い難いな。ただ、私が往来に顔を見せるだけで客足が増えるらしい。私も一宿一飯の恩義がある身だ。着物を着て表を歩くくらい訳は無い」

 

 ハリベル自身、わざわざ仕立ててもらってまで妖艶な衣装を着ることに、若干の抵抗感を覚えているようだった。しかし、それ以上に義理を返そうとする律儀さが勝っただけの話だ。

 

「そんなこと言わないでくださいよぅ、ハリベル様ぁ~! 恩義なんて堅っ苦しいこと言わないで、いつまでも居てくださって構いませんよ!」

「そうですそうです! そもそもハリベル様は私たちの()()()()なんですから! 寧ろ私たちが恩返ししなくっちゃ!」

 

 だが、取り巻きの女達がハリベルを引き留めようと躍起になる。

 

「しかしだな……」

 

 やれやれと困り果てたハリベルは、「どういう意味?」と首を傾げる虚白の視線を受け、悩まし気な吐息を漏らす。

 と、不意な気配。

 微力な霊力を感じ取った虚白とハリベルが目を向ける。ほんの僅かに開かれた襖の間には、行燈の幽玄な光を宿す瞳が浮かび上がった。

 

「おいで」

 

 優しい声音で(いざな)うハリベル。

 すると十にも満たぬ幼子が、こぞってハリベルの下へと飛び込んでいった。

 

 これが彼女の花街に留まる最たる理由。

 

「……さっきも言ったが、ここに居る者達は霊力を持つが故に食い扶持を繋ごうと働いている」

「そうだね。でも、ハリベルさんの話を聞く限りじゃあ、別にお金が足りない訳でもなさそうだけど……割と経営難?」

「問題はそこじゃない。考えてもみろ。飢えるのは人以外にも居るという話だ」

「……あ」

 

 婉曲した言い回しであるが、ピンときた虚白が自然と紡ぐ。

 

「虚?」

 

 魂が飢えた化け物、虚。

 彼らの主食は魂魄であり、より魂の味が濃い―――つまり、霊力が高い魂魄を喰らおうとする傾向がある。

 それは尸魂界まで現れた個体も同様であり、流魂街の住民の中でもただの整よりも霊力の素養を持つ者を狙い、襲い掛かるのだ。

 

「ここは虚にとって餌場に等しい。守り手が居なければ容易に食い荒らされる。死神の見回りもあるが、常に駐在している訳でもない……だからこそ狡猾な虚はそこを狙う」

「それでハリベルさんが?」

「……ああ」

 

 それが離れずに留まる理由の全て。

 知るきっかけは偶然であった。虚の魔の手から住民を守り、感謝を告げられ、見ず知らずの他人から大いに慕われた―――それらが全て引き留めた理由でないと言えば嘘にはなるが。

 しかしながら、ハリベルなりに思う部分が大いにあった点は事実。

 

「この店が襲撃に遭ったことは一度や二度では済まない。死神が来るまで犠牲になる者の数も数知れず、恐怖に怯える女を……何の罪もない者達に白い目を向ける住民も、かつては居たと聞く」

 

 霊力を持っている。ただそれだけで飢えに喘ぎ、捕食者に付け狙われる恐怖を味わう羽目となるのだ。

 女将自身、手塩にかけて世話をした者達の無残な死体を、あるいは死体すら残らなかった者達を何人も見送った。その都度、絶望と悲嘆に打ちひしがれそうになったものの、遺された者が為に立ち上がり、幾度となく店を立て直してきたのである。

 

 数多の犠牲となった命、それらの血の海と灰の骨の上に聳え立つ店を、ハリベルはどうにも放っておけなかった。

 

「それで三人に長旅を強いてしまったようだが……後で謝らないとな」

「うーん、気にしなさそうどころか、むしろ謝り倒しそうな気がするなぁ。見つけるのが遅くてすみませぇーん! ……みたいな感じで!」

「フッ。目に浮かぶ」

「あ、やっぱり?」

「あぁ。早く顔を合わせたいが……まだかかりそうか」

「どうなんだろうね。その気になったらお客さんノックアウトしてきそうだけど……」

「……目に浮かぶのが頭の痛くなるところだ」

 

 眉間を押さえるハリベル。

 一方、当の従属官と言えば、

 

 

 

「おっふ!! イイ!! イイでござるよ!! わざわざ現世の衣装を調達した甲斐があったでござる!! デュフフフ!!」

 

「(……いつまで続くんだ、これ?)」

「(っつーか、この面……なんか既視感があるんだが……そうだ、あの副隊長とかなんだかに顔が似てるような……)」

「(喋らないでくださいます? 私は今無心を心掛けているんですの)」

 

 大層興奮した男主導のコスプレ撮影会に興じる羽目になっていた。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

ここは部下を信用するかないと考えないようにする。

 

「それより、ルピやバラガンの従属官……シャルロッテと言ったな? それにワンダーワイスも一緒に来ているらしいな。随分珍妙な組み合わせだ」

「まぁ、否定できないけどさ……」

「結構仲良くやってるよ! ちなみにルピさんも屋敷の中に居るよ!」

「……なんだと?」

 

 話題を変えるように、虚白と共に来た面子について言及される。

 リリネットが苦々しく笑う一方、虚夜宮における破面の因縁など知らぬ虚白は、屈託のない笑顔を浮かべて“今”を伝えた。

 仲良しなのは結構なことだが、男である筈のルピが遊女屋に居るとは如何に?

 

 そうハリベルが面食らっている頃、ルピはと言えば、

 

 

 

「ほらほらっ! これがいいの!? 鞭でお尻引っぱたかれるのが好きだなんて、ホントどうしようもないド変態だねっ! ねえ、生きてる価値あるぅ? ア・ごめーん……ついホントのこと言っちゃっ……たァ!!」

「ブヒィ! もっと! もっと私を叩いてくださィ!」

「ボクの! 許可もなしに! おねだりするんじゃないよォ!」

「ブヒィィィイイイ!」

 

 半ばヤケクソになってマゾヒストな客との女王様プレイに興じていた。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

「はっ!?」

「どうした、虚白?」

「なんだかルピさんが楽しんでるような気がして」

「……?」

 

 夜空に木霊する男の悦楽に溺れる声に、虚白が何かを感じ取ったようだ。

もっとも、感じない方がいいという意見には反論の余地も無いが。

 

 兎にも角にも、下の階に居る者が真面目に仕事をこなしている間、虚白達は事のあらましを話し終えた。

 偶然の邂逅や咎人の襲撃から、帰刃の覚醒まで。

 

「帰刃だと……?」

「うん! 多分だけどね。クールホーンさんが言うにはそうじゃないかって」

「……そうか」

 

 顎に手を当てるハリベル。彼女が浮かべる面持ちは神妙そのもの。

 リリネットは破面とも違う異質な帰刃について思案しているのだろうと真面目に推測するが、取り巻きの女達は「考え込むハリベル様も素敵……」と魅了されるばかりだ。

 だが、周囲の声に微動だにしない彼女の姿に、満を持した面持ちの虚白がリリネットに耳打ちする。

 

「ねえ、リリネット……」

「ん、なんだよ?」

「正直なこと言っていい?」

「正直なこと? ……まあ、別にいいけどさ」

「ぶっちゃけ、初めて会った瞬間からハリベルさんのおっぱいから目が離れないんだよね」

「いいか、あいつらの前で言ってみろ。殺されるかんな?」

 

 「あいつら」とは当然従属官三人のことだ。

 粗相するなと言われている手前、胸に釘付けになっていると告白した途端、目潰しが飛んできてもおかしくはない。

 

「だってだって! こんな魔乳をしてるなんて思ってもみなかったから! 三人のおっぱいを足して割らなかったサイズだよ!? 最早おっぱい大魔神だよ!」

 

「変な綽名をつけるのは止せ」

 

 真面目に熟考する傍で付けられそうになった綽名には反応せざるを得なかった。生まれて此の方“おっぱい大魔神”なる綽名などつけられそうになった記憶はない。

 流石にハリベルとて恥ずかしい綽名だと察しているのか、褐色肌がほんのりと紅潮している。すれば、これまた表情の変化に取り巻きが食いつく。

 如何せん流魂街の取り巻きは、従属官三人とは気色が違う。加えて純粋な好意を向けられていることも理解している為か、無下に扱うこともできず、大した制止もせずに囲われるがままであった。

 

 が、そこは元十刃。

 瞬時に気を取り直し、脳裏を過る既視感の正体を探る。

 

(虚白という少女……帰刃できるのはまだいい。恐らくは虚の仮面が、破面で言う斬魄刀の役目を担っているんだろう)

 

 目の前に佇む少女、『虚白』と名乗る自称・元破面だ。

 現場を目の当たりにした訳ではないが、彼女の帰刃を可能とする事象について、ある程度推論は立てられる。

 問題はその()()だ。

 

(不思議な霊圧をしている。破面(わたしたち)に似ているような感触もあるが、これは……そうだ、あの侵入者(インバソール)

 

 虚夜宮で繰り広げられた死闘。

 第6十刃(セスタ・エスパーダ)、グリムジョー・ジャガージャック。彼が一人の死神と戦っている光景を遠巻きに眺めていた時の記憶が呼び起こされる。

 

(黒崎一護だ。死神とも虚とも言い切れないあの複雑な感触に似ている。お前は一体……)

 

―――何者なんだ?

 

 心の中で独り言つハリベルであったが、不意に肌を撫でる悪寒にハッとする。

 

「これは……!」

「ハリベルさん!? っ……!」

 

 窓を開け、外へ身を乗り出すハリベルに虚白が続く。

 

 眼下に広がる街並み。本来ならば夜の帳が落ち、穏やかな灯りに照らされる街が、今は苛烈な紅蓮に彩られていた。

 火事―――というにはあまりにも大規模、そして突発的。

 これほどまでの火勢が突然生まれるなどありえない。

 しかしながら、迫りくる火の粉と共に感じ取る霊圧の感触に、虚白の瞳が見開かれた。

 

「この霊圧は……まさか―――!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 日常が灰と化していく中、彼らは空に居座っていた。

 逃げ惑う人々を見下す目つきは邪悪そのもの。

 天を焦がさんばかりに立ち昇る炎も、そうした男の内心を表すかの如く、ゲラゲラと不気味な音を立てて燃え盛っていた。

 

「―――予定通りだ。事の全ては恙無く進んでいる。いいな、群青?」

「は!」

 

 朱蓮、そして群青。

 彼ら二人は悠々と空を歩みつつ、一軒の屋敷へと目を向ける。花街の中でも一際目立つ遊女屋。

 そう、虚白とハリベル達が居座る屋敷である。

 

「今宵、我々の地獄からの解放の可否が決まる」

 

 右手に炎を迸らせる朱蓮。

 投擲の構えを取る彼は、そのまま狙いをつける。

 標的は―――“鍵”となる元破面が屯する屋敷。

 

「これがその……狼煙だ!!」

 

 刹那、紅蓮が奔る。

 一直線に宙を駆ける炎槍は、見た目以上の爆発力を兼ね備えていた。それこそ少しばかり大きな屋敷など、軽々しく吹き飛ばせる程度には。

 数多もの命を焼き尽くさんとする炎槍は、数秒も経たぬ内に屋敷の目の前まで迫る。

 

 直後、爆発。()()()()()が炎槍を呑み込んだのだ。

 

「……出て来たな、ティア・ハリベル」

 

 遠巻きでも、肌をビリビリとひりつかせる程の霊圧。

 そして()()だ。鮫のアギトと尾ビレと彷彿とさせる仮面を出したハリベルは、虚閃を出した手をゆっくりと下ろし、花街に火を放った下手人をねめつける。

 隣には驚きつつも臨戦態勢を整える虚白の姿もあった。

 多少姿が見られない者達も居るが、霊圧の存在で場所は把握している。だからこそ、()()()()()()()であった。

 

「クックック……さぁ、始めようじゃあないか!!」

 

 狂ったように歓喜の声を上げる朱蓮。

 その瞳には清々しいまでの我欲しか映ってはいなかった。

 

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