虚白の太陽   作:柴猫侍

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*15 執拗く黒刀

 闇を駆け抜ける紅蓮の槍。

 虚白とハリベルが、それが命を灰と化さん攻撃と察するには、そう時間は掛からなかった。込められた霊圧の量が破壊力に比例する以上、仮に避けたとしても遊女屋は爆散する。それだけの霊圧を感じ取り、彼女達が取れる手段は少なかった。

 

 咄嗟に顔に手を翳す虚白。

 虚化―――内なる虚を表層に呼び出し、自らの力を高めんとする。

 しかし、そうした彼女の動きは不意に止まった。自分以外に膨れ上がる霊圧、そして巻き上がる黒々とした闘気を目の当たりにしたからだ。

 

 褐色に彩られる手を眼前に構えるハリベル。

 次の瞬間、勢いよく手を下へ振りぬいたかと思えば、彼女の美貌を覆い尽くさんばかりにおどろおどろしい仮面が現れた。

 

「まさかそれって……!?」

 

 傍らで一部始終を目の当たりにし、リリネットが驚愕の声を上げる。

 まさか虚白とルピ以外に虚化できる者が居ようとは思いもしなかった。だが、現に目の当たりにしている以上、否定の余地はない。

 

「はぁぁぁああ……!」

 

 鮫の顎を彷彿とさせる仮面の奥で、力の入った声を絞り出すハリベル。

 爆発的に霊圧が高まった彼女は、目に映る炎の槍に向けて指を突き出す。するとみるみるうちに指先に霊圧が収束していった。眩いばかりの金色。彼女の髪色に似た光を放つ霊圧は、その絢爛な瞬きからは想像もできない破壊の奔流を解き放った。

 

 虚閃

 

 何の捻りもない霊圧の光線。だからこそ、単純な強者が繰り出させば必殺の威力を誇る。

 大勢を焼き殺す筈だった炎は、ハリベルの虚閃に呑み込まれ、花街の上空で巨大な爆発を起こした。その余波は広大であり、地上で逃げ惑う者達が爆風に煽られるようにして倒れる。

 だが、死ぬよりは良い。そう割り切っているハリベルは、後方で腰を抜かす女達を一瞥した。

 

「無事か?」

「うぁ……」

「怖がらせてしまってすまない。だが、今は説明している暇はない。お前達は火の手が回る前に逃げるんだ、いいな?」

「ハリベル様……はい!」

 

 未だ状況を呑み込み切れていない女達であったが、信頼するハリベルの言葉に頷き、颯爽と避難の準備を進めていく。恐怖に嗚咽する者や腰を抜かして立てない者も居たが、幾度となく虚の襲撃を経験して肝が据わっている面子が、率先して先導役を担う。

 そうしてハリベル達が居る部屋は、虚白とリリネットを含め三人だけが残る形となった。

 虚閃を放った際、ぽっかりと穿たれた壁の穴の先には、霊圧知覚で感じ取っていた朱蓮と群青の姿を望むことができる。

 

「奴らがお前達の言っていた咎人か?」

「うん。ずぅ~~~っと付きまとってくるんだ。ホント、ヤんなっちゃうよね」

 

 わざとらしくため息を漏らす虚白に、ハリベルが頷く。

 

「そうか……だが、二人だけか」

「ねえねえ、ハリベルさんハリベルさん」

「どうした?」

「どのくらい戦える?」

 

 誰に口を訊いている、と従属官が居れば怒鳴られただろう。

 しかし、さして気にした様子も見せないハリベルは、短く熟考する。

 

「……問題ない。どちらでも相手取ってみせる」

「そっか」

「それと一つ訊いておきたいことがある?」

「ん?」

「町を焼いたのは()()()だ?」

 

 仮面の奥の眼光が鋭くなる。

 抑え切れぬ敵意。世話になった人々の家を焼かれた彼女は、義憤の炎を瞳に宿していた。悍ましくも清流の如く清廉であった霊圧も、今だけは沸々と湧きあがる怒りに呼応して荒立っている。

 

 これにはギョッと目を向いた虚白であったが、同時に彼女の義理人情の厚さに感銘を受けたように口角を吊り上げた。

 

()()()。触手が無い方だね」

「そうか……分かった」

「ハリベルさんは戦いたい? ()()()の人と」

「あぁ」

 

 即答。それだけ激情が胸中で燻っていた。

 

 ハリベルは、破面化する前―――それこそ最上級大虚であった時から、虚という括りで見れば良識ある部類だ。戦士としてある程度求められる非情さこそ持っていたが、仲間を、恩義を、そして犠牲を要しない平穏を重んじる心根は、彼女の“高潔”と言って差し支えない人格を端的に示している。

 

 だからこそ許し難かった。数多の命と長い時間を以て、安定の一途を辿り始めていた命を守る体系を、こうもあっさりと蹂躙されようとしている現実に。そして手に掛けようという不届き者に。

 

 店を築き上げてきた女将と、共に働いてきた遊女。彼女達の無念と、面倒を看て貰っていた幼子の恐怖を思えば、沸々と赫怒の泡が湧き上がる。

 

 許さない、許す訳にはいかない。

 今こうしている間にも、身勝手な解放を望み、無辜の民に手をかけている罪人を。

 

 固く拳を握るハリベルは、紅蓮に燃える空を睨む。

 

「……無益な戦いをするつもりはない」

 

―――終わらせる。

 

 一合も交えぬ内に言い切ったハリベルは、再び己の霊圧を高めていく。

 すると、彼女のしなやかな肢体が黄金色に発光し始めた。高まる霊圧は、虚化の時とは比べものにならない。傍に居るリリネットは、轟々と押し寄せる圧に体が軋む感覚を覚える。

 更には何処からともなく現れた波濤が二枚貝の如く、ハリベルの体を挟み込んだ。

 

「嘘……だろ……!?」

「これって……」

 

 見た記憶があるリリネットは愕然と、既視感を覚える虚白は驚嘆を口に出す。

 そう、それは虚白と同質の力。仮面を―――内なる虚を解放する力、帰刃(レスレクシオン)

 

 

 

「討て―――『皇鮫后(ティブロン)』」

 

 

 

 逆巻く波濤が霧散する。花街の一際高い一角から周辺に飛び散る水飛沫は、猛々しい火勢に見舞われる家屋に降り注ぎ、瞬く間に火を鎮めていく。

 

「ひゃあ……!」

「凄っ……」

 

 解放の余波だけで消化される街並みには感嘆するしかなかった。

 驚嘆する虚白とリリネット。

 その傍らにて、激流から姿を現したハリベルは、左腕を開いたり閉じたりと体の調子を確認していた。

 久方ぶりの帰刃。こうして尸魂界に来てから解放したことは、一度たりともない。

 だが、魂の奥底に覚える疼きを、不意に虚化できると知った瞬間から感じ取っていた。同時に漠然とした確信も。

 

 水を操る能力故に無駄な衣類を省いた―――端的に言えば肌面積の露出が増えた装いと化したハリベルだが、外観では分からぬ硬度を誇る鋼皮は鉄壁と言って差し支えない。

 右手に握られている大剣も、空座町での戦いと遜色ない鋭さを誇っている。

 

 総じて十刃時代と変わりない力。

 それが今―――虚の力がだ―――喰らう餌でしかなかった魂魄を守る為、魂の故郷にて顕現した。

 

「往くぞ、虚白。お前も戦えるんだろう?」

「んっ、任せちゃってよ!」

 

 ハリベルに促され、仮面を被る虚白。

 

「贖え―――『咎女(とがめ)』! 蹴散らせ―――『群狼(ロス・ロボス)』!」

 

 帰刃と同時にリリネットをも取り込む。

 慣れたものだと用心金に指を通して拳銃を回した虚白は、得意げな表情をハリベルに見せつける。

 

「どんなもんだ! ってね」

「成程、それがお前の帰刃か。本当に他人の帰刃を……」

「この前は他の皆も一緒に合体したんだけどね」

「そうか……頼りにしているぞ」

 

 そう言うや、ハリベルの姿が消える。

 響転。それもかなりの速度だ。流石は上級十刃というべき歩法。これまでに幾度となく咎人との戦いを経た虚白でさえ、ほとんど目で捉えられなかった。

 

 それだけの実力者が味方となった。

 

「心強いね……ボクらも気張っていかなきゃ!」

『おう! あたしもあいつらにはむかっ腹立ってた頃なんだ! もう付きまとってこないよう、コテンパンにしてやろうぜ!』

 

 今度こそ、執拗く付きまとう咎人を馬鹿げた計画ごと打ち崩してやろう。そう考える二人の士気は高い。

 ハリベルに続き、悠々と構えていた朱蓮と群青の下へ赴く。

 

 次の瞬間、咎人の姿も消えた。

 移動する霊圧。どうやら自分達の下へ迫っているようだ。

 

「はぁ!!」

「ヌンッ!!」

 

 鎖を振るう虚白。すれば、姿を現した群青の触腕と衝突し、夜空に眩い火花を散らす。

 それから数度鎖と触腕をぶつけ合えば、朱蓮が炎で横やりを入れんとする。

 しかし、咄嗟に間に入ったハリベルが、朱蓮目掛けて大剣の切っ先を向け、水の塊を放った。

 

 戦雫(ラ・ゴータ)

 

 ハリベルの水弾が朱蓮の炎弾を相殺し、爆発を起こす。

 炎の熱で水が蒸発し、蒸気と化す。夜空に漂う白煙の中、家屋から蹴り上がるハリベルと朱蓮の二名は、数度刃を交え、地面へ飛び降りた。

 

 戦力は拮抗。あれほど虚白が融合して互角であった朱蓮に対し、帰刃したハリベルは一人で十分に相手取れている。これだけで彼女の実力を察するに余りある。

 そんなハリベルがじりじりと朱蓮との間合いを図る間、これまた一旦距離を取る虚白が飛び退くようにして、彼女の隣に並び立った。

 群青も同様に朱蓮の横へ。こうして両陣営は、殺気を迸らせながら向かい合った。

 

「ちゃお。キミらもしつこいねー」

「無論。我々は怨念の権化。我々の執念を舐めてもらっては困る。目的を果たすまでは地獄の涯まで追いかけるさ。それとも待ちかねたか?」

「まっさかぁ~! ……冗談も程々にしといた方が良いよ」

「クックック……良い霊圧だ。怒りと怨みの入り混じったドス黒い感触……それでこそ虚だ、虚白」

「気安く呼ばれる筋合いはないよ。こう見えてもボク、結構ガチで怒ってるんだからさ」

 

 普段とは違い、虚白の語気には凄みが込められていた。それも周囲を窺って凄惨な花街の有様を目の当たりにしたからだ。

 一方朱蓮はクツクツと喉を鳴らし、肩を上下に揺らす。

 端から虚白達と真面にやり合う気はないのか、若しくは虚風情が人間らしい感情をと嘲笑しているのかもしれないと考えつつ、ハリベルは口を開いた。

 

「何がおかしい」

「これはこれは……破面の女王。アルトゥロ・プラテアドに斬られ、芥火焰真に浄化されて辿り着いた尸魂界では、薄汚い微温湯の平穏に浸かっていたようだ」

「! ……どうしてそれを」

 

 僅かにハリベルの眉間に皺が寄った。

 人情味に溢れる街を侮蔑された怒りとは別に、戦争における己の結末まで知られているとはただ事ではない。

 怪訝に思うのも仕方ない。そうした感覚を理解しているからこそ、朱蓮は嗤う。

 

「我々は地獄の底から貴様らを()()()()。無論、戦争の結末をもな」

「……御託に付き合うつもりはない」

「いや、貴様らは耳を傾けざるを得なくなる」

「何を根拠に」

「コヨーテ・スターク。この男の居場所を知りたいんじゃあないか?」

『!』

 

 求めていた男の名。しかし、目の前に居る咎人の口からだけは聞きたくなかった言葉でもある。

 

『てめェ! スタークになんかしやがったのか!?』

「ちょ、落ち着いてリリネット! あいつの口車なんかに乗せられないでよ!」

『っ……ごめん。でも!』

「分かってるってば。あの人らをギッタンギッタンにして鎖で縛り上げて洗いざらい吐いてもらおうってことだよね?」

『そこまでは言ってねーよっ! ……まあ、言われてみればそれが一番かもしんないけど』

「でしょー?」

 

 荒ぶるリリネットを宥め、咎人に向かい合う。

 構える銃口には、みるみるうちに霊圧が収束する。

 

「だから……覚悟しなよ。関係ない人たちをバチクソ巻き込んでさ」

「傑作だな。虚が人命の尊さでも謳うつもりか?」

「っ……」

 

 返される言葉に、憤怒に染まり切っていた頭が一瞬にして冷めていく。

 確かに自分は虚。記憶にないだけで、数多の魂魄や同族を喰らってきた事実に間違いはない。反論もできなければ弁明もない。

 だがしかし、

 

「確かに、ボクはたくさん人を殺したかもしれない……命を弄んだかもしれないね。記憶にはないけど、きっとそうなんだと思う。でも……でも!」

 

 空いている掌で自身の胸倉をつかむ虚白。

 震える声音。絞り出す言葉には、己が犯した罪に対する罪悪感がにじみ出ている。血反吐を吐く想いで紡がれる言の葉には、耳と胸を痛ませるハリベルも、そっと耳を傾けた。

 決して無視してはならない。ここで聞き捨てれば、きっと自分は奴らと同じ穴の狢になる確信があった。

 

 だから、彼女の覚悟を聞き届けねばなるまい。

 

「死ぬなって言われたんだ! 生きろっても、これからだっても! 罪を悔い改めるなら、これから償っていけばいいって言われた!」

 

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ虚白の脳裏に過る、不鮮明な記憶。

 優しい笑みで諭す()。もう一人、少女を傍らに置いた彼は、血塗れになりながら()()()()()()

 はっきりと思い出せないのに、あの時の温もりや陽だまりに似た香りが、空いた孔に熱い衝動を思い出させる。

 

()()()()()()―――ちゃんといっぱい良いことをするって」

「それで罪が償えるとでも!? ハッ、笑わせてくれる! 消えぬさ、貴様が犯した罪は!」

「分かってるよ。だから背負っていくんだ。背負って、償って……ボクの(なか)に居る人に顔向けできるように生きていく」

 

 命は命を喰らって生きていく。それは人も虚も変わらない。

 ただ、理知を得たが故に共感を覚える。喰らわれた人にも大切な者が居たのだろうと。大切な者も死者を悼むのだろうと。それから己が犯した罪を漸く知る。

 人の心は酷く不安定だ。一時の過ちにより、取り返しのつかない罪を犯すことも往々にして存在する。

 

 ならばどうする? ―――贖罪だ。

 

 虚白の魂に刻まれた根源的な衝動の名。

 虚白が虚白として尸魂界に生まれ落ちた瞬間、何よりも早く本能として魂を突き動かす原動力となった想いがそれだった。

 感謝されようとされまいと関係ない。ただそれが生きる理由と感じているからこそ、彼女は今まで戦ってきた。仲間と出会う前―――独りで生きていた間も。

 

「フッ……利己的な考えだ。貴様のそれは所詮自分自身を慰める詭弁でしかない」

「そうだな。だが、この子とお前とでは天と地ほども隔たりがある」

「……なんだと?」

 

 虚白を嘲笑した朱蓮。

 しかし、会話に割って入ったハリベルが、怪訝な声を上げた朱蓮に向けて吐き捨てる。

 

「お前が地獄に堕ち、この子が尸魂界に来た訳……分からない訳ではないだろう?」

「……」

「この子は優しい。人の為に怒れる。この子は強い。心を圧し殺されてもおかしくない自責に駆られようと闘い続けた。この子の在り方を見れば……そうだ、お前が救いようのない悪人だと嫌な程に解らせられる」

 

 他者に血に彩られた“犠牲”の道は見慣れている。

 だからこそ、贖罪の為とは言え命を救う姿を目の当たりにしたハリベルには、痛く気高い戦士の姿として映った。

 

 虚白と咎人が同類など、全くもって馬鹿馬鹿しい話だ。

 

「この子には生きるべき理由がある。お前には死ぬべき理由がある。勘違いするなよ、咎人。お前が地獄に堕ちた理由―――因果は、そう容易く絶ち切れるものではない」

「ほう……地獄の意思とは別に救われた貴様がよくも得意げに語るものだな、ティア・ハリベル」

「数えきれない罪を犯しても尚、私が此処に居る理由を考えただけだ。虚になる前の私でもなく、破面としての私でもなく、人としての私としての……な」

 

 諦観ではなく達観。(ホロウ)から(プラス)と成った今、思想を切り替え、己に見出した生きる意義。

 

 瞼を閉じていたハリベルが刮目する。

固い意志が宿る翠玉の瞳が咎人を射貫くや、神速の斬撃が()ぶ。

 

「なっ……!?」

 

 驚愕の声を上げたのは群青。

 無い―――左腕が。

 その隣では、彼と同様に肩口から血が噴き上がる朱蓮は、辛うじて切り落とされなかった手で傷口を押さえていた。

 

 トライデント

 

 隊長格でなければ視認さえ困難な斬撃。それが朱蓮と群青の片腕を切り落としたのだ。

 

「……それがお前の()だ。地獄が生温いと言うのなら、代わりに私が見せてやろう」

「くっ……流石は第3十刃だ。確かに下級十刃とは一線を画す強さ……仮面を被った我々では勝てんか……」

「? ……負け惜しみか」

「クックック……ハッハッハッハッハ!」

 

 突如、けたたましい笑い声を上げる朱蓮。

 片腕を切り落とされている状態だというのに、この狂気的な哄笑だ。余りにも不気味な姿に、虚白達の背筋に寒気が奔る。

 

「頭おかしくなっちゃった? いや、元々かな?」

『どっちにしろ気をつけろよ、虚白……なんかヤバいぞ』

「獣にしろ手負いの方が恐ろしい。構えておけ」

 

 侮蔑がてら煽る虚白に対し、リリネットとハリベルが注意を促す。

 すると、朱蓮が血に塗れた手を突き出す。

 

「貴様ら一つ思い違いをしている」

「……なんだって?」

「まさか我々が己の力量も測れぬ愚行を犯すかと思うか?」

 

―――我々は地獄の底から貴様らを視ていた

 

 フラッシュバックする朱蓮の言葉。

 

 刹那、ハリベルが目を見開く。

 そうだ、不審な点はいくつもあった。

 

 何故、自分と虚白達が合流した後に仕掛けてきたのか。

 一度虚白と相まみえたのであれば、彼女の実力は把握している筈。それを踏まえて考えれば合流前―――戦力が分断されている時こそ襲撃の好機。

 しかし、彼らは敢て合流した後に仕掛けてきた。

 

 つまり、狙いは別にある。

 

 戦力の分断と一口に言っても、それは強者と強者を巡り合わせないという意味だけではない。

 

「まさか……ッ!?」

「もう遅い!」

 

 勘付いたハリベルに、朱蓮が勝ち誇ったように叫ぶ。

 直後、花街の二か所で爆発が起こった。

 

 何事かと振り返る虚白。霊圧知覚に引っかかった複数の霊圧に、彼女はあり得ないと瞠目した。

 

「そんなのって……!?」

「言った筈だ!! ()()は怨念の権化!! 執念こそが原動力……殺されようと蘇る。何度でもな!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「オラァ!!」

 

 アパッチの拳が我緑涯の顔面を捉える。が、微動だにしない我緑涯は、そのままアパッチの細腕を掴む。

 凄まじい握力。余りの力に、アパッチは掴まれた部位の骨肉が潰れる光景を幻視する。

 

「アパッチ!!」

 

 彼女を救わんと背後から迫ったミラ・ローズが、我緑涯の脇腹に蹴りを入れる。

 それでも我緑涯の巨体は揺るがすことは叶わない。

 力で対抗するには余りにも差があり過ぎる。そこで飛びかかるスンスンが、我緑涯の丸太のような首に腕を回し、締め上げようと試みる。

 

「お放しなさい、この木偶の坊!」

「ウゥ……ウォオ!!」

「なっ!?」

 

 しかし、スンスンの首絞めに対し、我緑涯は空いていた手で赤子の手をひねるかの如く外してみせる。

 驚くスンスン。次の瞬間、彼女の視界が線と化した。

 投げられ、壁に叩きつけられたのだ。すでにもぬけの殻となっている遊女屋の部屋を幾つも貫いての激突。止まると同時に、スンスンの口からは多量の血が吐き出される。

 

「が……ふっ……!」

「スンスン!」

「ッソがぁ!」

 

 叫ぶミラ・ローズ。一方、腕を掴まれたままのアパッチが、反撃としてありったけの霊力を込めた光弾を解き放つ。

 零距離からの直撃。喰らえば例え席官であろうと一たまりもない威力の筈。

 しかしながら、敵は不動。アパッチは立ち込める白煙を切り裂くように振り回され、挙句ミラ・ローズと衝突し、先ほどのスンスンと同じく壁へと激突した。

 

「ぐぉ……!?」

「がっ!!」

「弱イ……」

 

 地を揺るがし、床に這いつくばるスンスンの下へと歩み寄る我緑涯。

 受けたダメージで言えば、二人よりもスンスンの方が大きい。確実に仕留められる方を狙いに行っているのだろう。

 

「逃げろ、スンスンっ……!」

「ちくしょう……あの野郎……!」

 

 衝突の衝撃で脳が揺れた二人は、未だ立ち上がることもままならない。

 その中で逃げるよう叫ぶアパッチの一方で、ミラ・ローズは一つの違和感に気付いていた。

 

 明らかに前回を凌駕する強さ。

以前ならば、勝ちこそせずともここまで圧倒されることもなかった。

 それがどうだろう。今や一方的に嬲られているだけ。一矢報いることも叶わず、仲間が殺されようとしている場面を傍観するだけだ。

 

(帰刃さえできれば……!)

 

 少なくとも破面のままだったらと思わずには居られない。

 が、それも叶わぬ願い。

 

「くっ……!」

 

 歯噛みするスンスンに影がかかる。

 我緑涯の巨体が眼前にそびえ立つ。威圧感に溢れた巨躯。振り上げられる拳は、スンスンの痩躯を叩き潰すには十分すぎる大きさだ。

 逃げなければ。しかし、体が言うことを聞かない。

 

「死んでも……呪ってやりますわ……!」

「ソウカ……死ネ」

 

 呪詛を吐き捨てるスンスンに、我緑涯の拳が振り下ろされた。

 鳴り響く轟音。

 それはスンスンが一介の肉塊と化した音―――ではなく、隣接した部屋の壁を貫いて迸った光線が奏でたもの。

 

「グゥ!!?」

 

 不意を突く攻撃を喰らい、家屋の外へと吹き飛ばされる巨躯。

 思わず呆気にとられるスンスン。すると、大きく刳り貫かれた壁から見慣れた男が現れた。

 

「はぁ……なにボコボコにされてんのさ」

「……そういう貴方は随分と遅れてのお出ましのようですわね」

「あんな恰好で戦える訳ないだろ」

 

 あからさまに苛立って返答する男はルピ・アンテノール。

 潜入の為に纏っていた着物を脱ぎ棄て、いつもの白装束を身に纏う彼は、顔面を覆う仮面の感触を確かめていた。

 

「うん……いいね。大虚(メノス)に戻った気分だよ。キミらも仮面だしたらー? って、ア・ごめーん。キミらは出せないんだっけ?」

「チッ。どうして貴方が仮面を……」

「さぁ? そういうのはボクより、あっちの木偶の坊に訊いた方が早いんじゃない?」

「お断りします。あちらのお猿さん然り、言葉が通じなさそうな獣と対話しようとする徒労なんて嫌ですもの」

「アハッ! 確かに言えてる」

 

「「聞こえてんぞ、てめェら!!」」

 

 遠回しな悪口に、伏していた二名が立ち上がる。

 しかし、時を同じくして、虚閃で吹き飛ばされた我緑涯も立ち上がる。

 黒い外套が所々擦れている以外は、大した傷は見受けられない。見た目に違わぬ頑丈さだと、ルピは呆れたように溜息を吐いた。

 

「流石に今のじゃやれないか。まァ、その方が甚振り甲斐あるけどさ」

「しかし、貴方の趣向に付き合っている暇はないようですわ」

「はぁ?」

「考えてもみなさい。一度倒した敵が目の前に。そして、ハリベル様と白いおチビはあの二人の相手を……」

「……あっ」

 

 思い至るルピ。

 同時にちょうど探り当てようとした霊圧が大きく揺れる感覚を感じ取る。

 

「シャルロッテとワンダーワイス……チッ! よりにもよってさァ!」

「行カセ……ナイッ!」

 

 仲間の危機に駆け出そうとする四人の前に立ちはだかる巨山。

 

「邪魔だよ……退きな!」

 

 ルピの虚閃と我緑涯の拳撃が激突する。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ンッフフ♡ アタシにかかれば、お前達なんてこんなモンよォ~!」

「ぐ……うぅ……!」

 

 黒い外套を纏う太金に抱えられるクールホーンとワンダーワイス。

 虚白達から離れた場所で待機していた彼らは、突如として現れた太金の襲撃を受け、為す術もなく敗北を喫した。

 距離が離れている以上、救援の望みも薄い。

 辛うじて意識が残っているクールホーンも、残された余力で太金から逃げおおせる真似は到底できそうもない。

 

「さぁ~て! 二名様、地獄にご招待~♡」

 

 太金の目的は我緑涯と同じく誰か一人でも虚白の仲間を地獄へ連れ去ること。

 コヨーテ・スタークという“餌”こそあるが、結局は相手が話を信用しなければ、地獄に誘き寄せるには至らない。なればこそ、もっと餌が必要だった。

 

 作戦はおおむね成功。後は地獄の門を潜るだけ。

 

 

 

 

 

「―――ちょ~っと待ちな」

 

 

 

 

 

 それだけの筈だった。

 地獄の門を潜らんとした太金の腹を、黒い一閃が斬りつける。

 

「なっ……!?」

「はんっ」

 

 血飛沫を上げる腹部に後退る太金は、()()()()()()()人影に瞠目した。

 

黒刀(コクトー)! どうしてお前が……!?」

「言ってなかったかァ? 俺はァ……」

 

 今一度歪な形状の黒い刀を振るう男。

 咄嗟に身を捩る太金であったが、俊敏な斬撃を避け切ることは叶わず、クールホーンを抱えていた腕を斬りつけられる。絶たれる筋線維。意思に反して脱力する腕からは、大男と言って過言ではないクールホーンが滑り落ちる。

 

「チィ!!」

 

 忌々し気に舌打ちする太金。

 そんな彼に、黒い包帯を顔面に巻いている男は、不敵な笑みを湛えた。

 

「―――てめェらが好き放題してんのを見るのがヤなんだよ」

 

 地獄の鎖をぶら下げる()()は、そう言い切った。

 




*ハリベル(虚化)

【挿絵表示】

【デザイン】破面だった頃の仮面の名残に加え、アニオリでやっていたハリベルの最上級大虚時代のデザインを取り入れてみました。後頭部から伸びる鮫っぽい尻尾と尾びれがそれです。唯一額から伸びる部分がオリジナルですが、そこは鮫の背びれを意識し、上へ伸びるような形に描いてみました。

*ルピ(虚化)

【挿絵表示】

【デザイン】仮面の下地となっているのは、解放後に頭部を覆う仮面の名残です。そこに下あごを加え、目元部分は”檻”を意識してみました。結果、フルフェイスの鉄仮面風に。最後に嬢っぽさ(?)を出すべく、口元部分に唇状の凸凹を足してみました。ウルトラマンの口的なあれです。

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